「ねえ、姉さん。どうして秋はこんなに短いの?」
「それはね、穣子。長いとみんな秋に飽きちゃうからよ」
「こんないい季節なのに?」
「ええ、そうよ。それにせっかく葉を染めてもせいぜい一ヶ月くらいしか持たないもの。短いくらいがちょうどいいのよ」
「姉さんはそうかもしれないけど、私はもっと長い方がいいわ!」
「あらどうして?」
「だって秋が長い方が美味しいものいっぱい食べられるじゃない!」
「確かにそうね。でもね穣子。美味しいものをいっぱい食べていると太るわよ?」
「そんなの別にいいじゃない。大きいことはいいことよ! 大は小を兼ねるって言うし、太っているのは健康の証! 栄養沢山取ってるって事だもの! ほら、お相撲さんだって健康の象徴って言われてるでしょ?」
「ええ、幻想郷ではね」
「っていうと……?」
「外の世界では今や不健康の象徴になってるわよ」
「えー!? どうして!? 力士の体には神が宿るって言うじゃない」
「生き物は太り過ぎると色んな病気になりやすいのよ」
「そんなー。だからって痩せ過ぎてても病気になるでしょ?」
「そうよ」
「生き物って大変なのねえ……」
「そう、大変なのよ。だから秋は短い方がいいの」
「なんか納得出来ないわ」
「そんなことより今日は立冬よ。こんな与太話していないで外に出ましょう。秋を見送りに行くわよ」
姉に引っ張られるように穣子は外へと連れ出される。外はすでに冬の風が吹きすさび、肌を刺すような冷たさで満ちていた。
二人が空から山を見下ろすと、山の木々はすでに葉を落とし寒々しい枝が露わとなっている。それを感慨深げに見つめる静葉に、穣子が尋ねる。
「そういや姉さーん。今年の紅葉はどうだったのー?」
「もう、穣子ったら風情がないわね……せっかく今年の秋を思い返していたのに」
「いいから教えてよー」
「平均より下よ」
「え、なんで?」
「……そう、今年は残暑が長かったのと、秋になった途端、気温が急に下がったせいで上手く色付かなかったのよ」
「ふーん、そうなのねぇ」
「そういう穣子は今年の作物の出来はどうだったの」
「んーと。穀物は普通。果物と野菜は割と豊作。キノコは微妙だったわね」
「なんでキノコだけ特別扱いなのよ」
「いいじゃん別に」
「キノコ微妙だったの。初めのうちは今年は松茸が豊作よーって毎日松茸ご飯作ってたじゃない」
「そうなんだけど、それ以外のキノコがからっきしだったのよ。ズボーもコムソウもウシビテも」
「そういえば確かに今年はキノコ鍋のキノコの具が少なかったわね」
「そういうことよ。仕方ないから美味しい毒キノコ鍋に入れてたわ。テッポウタケとか」
「ふーん、そうなのね。ま、確かに美味しかったけど」
などと言いながら静葉は何度も山に向かって礼を繰り返している。
「あの、姉さんそろそろ寒さ限界なんだけど……」
穣子は寒そうに歯を鳴らす。
「もう少しだから辛抱しなさい」
静葉はそう告げると、すっと右手を挙げる。すると山からぼんやりとした小さな光が次々と浮かび、彼女の手へと集まっていく。
「さ、穣子もやってみなさい」
仕方なさそうに穣子も歯を鳴らしつつ左腕を上げると、同じように光の粒のようなものが掌に集まる。穣子がその光を残さず集めるのを見届けると静葉が告げる。
「上出来ね。さ、帰宅するわよ」
「ささささささ、さむぃーーーー!!! もーだめー!」
「まったく、穣子ったら情けないわね」
「姉さんがだらだら話していたのが悪いのよー」
「始めに聞いてきたのはあなたの方でしょ」
「とにかくもうむりぃー動けないー」
「もう、仕方ないわね……」
静葉は寒さのあまり空中でふらふらしている穣子を背負うと帰路へとついた。
家に着くなり穣子は囲炉裏の側で寝っ転がってしまう。その様子を見た静葉が告げる。
「穣子ったら。これから大事な儀式をするというのに」
「そんなこと言っても動けないものは動けないのよー!」
「もう少し我慢しなさい。ほら起きて」
穣子は渋々と体を起こす。
「それじゃ穣子。集めた秋度を出しなさい」
「ふぁーい」
気の抜けた返事とともに穣子は両手から先ほど集めた光の粒のようなものを取り出す。
実はこれは秋の力、すなわち秋度であり、彼女たちは山から僅かに残っていたものを回収したのだ。
静葉も同じように秋度を取り出すと、用意してあった木の箱へ、穣子の秋度とまとめて入れる。
「今年もありがとうございました」
そう言って彼女は一礼し箱の蓋を閉じると護符を貼り付ける。
穣子はその様子をジト目で見つめる。
「さあ、穣子。これで儀式は終わりよ。もう、寝るなりはしゃぐなり好きにしていいわ」
「……ねえ、姉さん。質問いい?」
「何」
「ずっと思ってたんだけど、これ何の儀式なの……?」
「何って昨日話したでしょ。秋を見送る儀式だって」
「それはわかるんだけど、これ何の意味あるの……?」
「穣子。私たちは秋姉妹でしょ?」
「ええそうよ」
「秋姉妹、言わば秋仕舞い。つまり秋を仕舞うのも我々の大事な役目なのよ。秋を仕舞うことで秋が終わる。さっき山から秋度の残滓を集めたでしょう。これで幻想郷は本格的に冬へ入ったことになる。すなわち秋終いとなるのよ」
「……えーと、待って。そんな役割あるなんて初耳なんだけど。っていうか去年こんな儀式しなかったわよね?」
「ええ、当然よ。だって昨日思いついたんだもの」
悪びれなく言い放つ静葉に、穣子が確かめるように尋ねる。
「……あのさ。もしかしてさ。私って姉さんのしょーもない思いつきの儀式にずーっと付き合わされてたの?」
「まあ、しょうもない儀式なんて酷いわね。伝統の始まりなんてこんなものなのよ。きっと御柱祭りとかも最初は思いつきで始まったのよ。山から大木に乗って滑り降りたらスリルがあって面白いんじゃない的な」
「んなわけないでしょ!! つーか伝統って来年もやるの? こんなのを?」
「来年どころの話じゃないわよ。これから何十年、何百年も続く伝統になるんだから……って穣子どうしたの。急に立ち上がったりして」
立ち上がった穣子は、秋度が入った木の箱を勢いよく蹴り壊す。
「ちょっと、何て事をするのよ」
静葉の抗議を無視して穣子は箱を踏み潰す。
「やかましい! 咄嗟の思いつきで始めたようなこんなしみったれ儀式に付き合わされる方の身にもなれってーの!!」
蹴り壊された箱から漏れた秋度が部屋中に充満する。あっけにとられている静葉を尻目に穣子はそれを吸い込むように深呼吸する。
「あー。生き返るわー!! ったく、せっかくの秋度なんだからこうやって有効活用しないともったいないでしょ!」
秋度を吸収してすっかり元気になった穣子が静葉に言い放つ。
「こんな根暗で辛気くさい儀式なんて金輪際まっぴら御免よ! これから秋穣子式の秋仕舞いの儀ってヤツを見せてやるわ!! さあ、姉さん! 皆を集めてきて!!」
◆◆
その夜、二人の家からはいかにも美味しそうな匂いが漂い、賑やかな笑い声が響き渡っていた。
あの後、穣子の号令で二人の知り合いを片っ端から集め、酒盛りが繰り広げられていた。車座の中には穣子が腕によりをかけて作った山の幸をふんだんに使った鍋や箸休めの漬物などが並べられている。
「さあさあさあさあ! 皆の衆! 誰にも遠慮はいらないわ! 今年の秋を見送るために盛り上がるわよー!! さあ! これが最後の祭りだー!!」
すでにほろ酔い気味で上機嫌そうな穣子は、そう叫ぶように告げると秋仕舞なる舞いを始める。
本人創作の舞いだが、舞いと言っても両腕をバタバタさせながらその場で飛び跳ねる程度のものだ。とは言え、酒の席ではこんな子供のお遊戯染みたものでも盛り上がってしまうもので、彼女の滑稽な舞いを酒の肴にしながら皆、拍手喝采の様子であった。
静葉はそんな騒々しい周りの様子を端から半ば呆れ気味に眺めつつ、皆に囲まれて楽しそうにはしゃぎまくる穣子を見ると、思わずふっと笑みをこぼした。
「それはね、穣子。長いとみんな秋に飽きちゃうからよ」
「こんないい季節なのに?」
「ええ、そうよ。それにせっかく葉を染めてもせいぜい一ヶ月くらいしか持たないもの。短いくらいがちょうどいいのよ」
「姉さんはそうかもしれないけど、私はもっと長い方がいいわ!」
「あらどうして?」
「だって秋が長い方が美味しいものいっぱい食べられるじゃない!」
「確かにそうね。でもね穣子。美味しいものをいっぱい食べていると太るわよ?」
「そんなの別にいいじゃない。大きいことはいいことよ! 大は小を兼ねるって言うし、太っているのは健康の証! 栄養沢山取ってるって事だもの! ほら、お相撲さんだって健康の象徴って言われてるでしょ?」
「ええ、幻想郷ではね」
「っていうと……?」
「外の世界では今や不健康の象徴になってるわよ」
「えー!? どうして!? 力士の体には神が宿るって言うじゃない」
「生き物は太り過ぎると色んな病気になりやすいのよ」
「そんなー。だからって痩せ過ぎてても病気になるでしょ?」
「そうよ」
「生き物って大変なのねえ……」
「そう、大変なのよ。だから秋は短い方がいいの」
「なんか納得出来ないわ」
「そんなことより今日は立冬よ。こんな与太話していないで外に出ましょう。秋を見送りに行くわよ」
姉に引っ張られるように穣子は外へと連れ出される。外はすでに冬の風が吹きすさび、肌を刺すような冷たさで満ちていた。
二人が空から山を見下ろすと、山の木々はすでに葉を落とし寒々しい枝が露わとなっている。それを感慨深げに見つめる静葉に、穣子が尋ねる。
「そういや姉さーん。今年の紅葉はどうだったのー?」
「もう、穣子ったら風情がないわね……せっかく今年の秋を思い返していたのに」
「いいから教えてよー」
「平均より下よ」
「え、なんで?」
「……そう、今年は残暑が長かったのと、秋になった途端、気温が急に下がったせいで上手く色付かなかったのよ」
「ふーん、そうなのねぇ」
「そういう穣子は今年の作物の出来はどうだったの」
「んーと。穀物は普通。果物と野菜は割と豊作。キノコは微妙だったわね」
「なんでキノコだけ特別扱いなのよ」
「いいじゃん別に」
「キノコ微妙だったの。初めのうちは今年は松茸が豊作よーって毎日松茸ご飯作ってたじゃない」
「そうなんだけど、それ以外のキノコがからっきしだったのよ。ズボーもコムソウもウシビテも」
「そういえば確かに今年はキノコ鍋のキノコの具が少なかったわね」
「そういうことよ。仕方ないから美味しい毒キノコ鍋に入れてたわ。テッポウタケとか」
「ふーん、そうなのね。ま、確かに美味しかったけど」
などと言いながら静葉は何度も山に向かって礼を繰り返している。
「あの、姉さんそろそろ寒さ限界なんだけど……」
穣子は寒そうに歯を鳴らす。
「もう少しだから辛抱しなさい」
静葉はそう告げると、すっと右手を挙げる。すると山からぼんやりとした小さな光が次々と浮かび、彼女の手へと集まっていく。
「さ、穣子もやってみなさい」
仕方なさそうに穣子も歯を鳴らしつつ左腕を上げると、同じように光の粒のようなものが掌に集まる。穣子がその光を残さず集めるのを見届けると静葉が告げる。
「上出来ね。さ、帰宅するわよ」
「ささささささ、さむぃーーーー!!! もーだめー!」
「まったく、穣子ったら情けないわね」
「姉さんがだらだら話していたのが悪いのよー」
「始めに聞いてきたのはあなたの方でしょ」
「とにかくもうむりぃー動けないー」
「もう、仕方ないわね……」
静葉は寒さのあまり空中でふらふらしている穣子を背負うと帰路へとついた。
家に着くなり穣子は囲炉裏の側で寝っ転がってしまう。その様子を見た静葉が告げる。
「穣子ったら。これから大事な儀式をするというのに」
「そんなこと言っても動けないものは動けないのよー!」
「もう少し我慢しなさい。ほら起きて」
穣子は渋々と体を起こす。
「それじゃ穣子。集めた秋度を出しなさい」
「ふぁーい」
気の抜けた返事とともに穣子は両手から先ほど集めた光の粒のようなものを取り出す。
実はこれは秋の力、すなわち秋度であり、彼女たちは山から僅かに残っていたものを回収したのだ。
静葉も同じように秋度を取り出すと、用意してあった木の箱へ、穣子の秋度とまとめて入れる。
「今年もありがとうございました」
そう言って彼女は一礼し箱の蓋を閉じると護符を貼り付ける。
穣子はその様子をジト目で見つめる。
「さあ、穣子。これで儀式は終わりよ。もう、寝るなりはしゃぐなり好きにしていいわ」
「……ねえ、姉さん。質問いい?」
「何」
「ずっと思ってたんだけど、これ何の儀式なの……?」
「何って昨日話したでしょ。秋を見送る儀式だって」
「それはわかるんだけど、これ何の意味あるの……?」
「穣子。私たちは秋姉妹でしょ?」
「ええそうよ」
「秋姉妹、言わば秋仕舞い。つまり秋を仕舞うのも我々の大事な役目なのよ。秋を仕舞うことで秋が終わる。さっき山から秋度の残滓を集めたでしょう。これで幻想郷は本格的に冬へ入ったことになる。すなわち秋終いとなるのよ」
「……えーと、待って。そんな役割あるなんて初耳なんだけど。っていうか去年こんな儀式しなかったわよね?」
「ええ、当然よ。だって昨日思いついたんだもの」
悪びれなく言い放つ静葉に、穣子が確かめるように尋ねる。
「……あのさ。もしかしてさ。私って姉さんのしょーもない思いつきの儀式にずーっと付き合わされてたの?」
「まあ、しょうもない儀式なんて酷いわね。伝統の始まりなんてこんなものなのよ。きっと御柱祭りとかも最初は思いつきで始まったのよ。山から大木に乗って滑り降りたらスリルがあって面白いんじゃない的な」
「んなわけないでしょ!! つーか伝統って来年もやるの? こんなのを?」
「来年どころの話じゃないわよ。これから何十年、何百年も続く伝統になるんだから……って穣子どうしたの。急に立ち上がったりして」
立ち上がった穣子は、秋度が入った木の箱を勢いよく蹴り壊す。
「ちょっと、何て事をするのよ」
静葉の抗議を無視して穣子は箱を踏み潰す。
「やかましい! 咄嗟の思いつきで始めたようなこんなしみったれ儀式に付き合わされる方の身にもなれってーの!!」
蹴り壊された箱から漏れた秋度が部屋中に充満する。あっけにとられている静葉を尻目に穣子はそれを吸い込むように深呼吸する。
「あー。生き返るわー!! ったく、せっかくの秋度なんだからこうやって有効活用しないともったいないでしょ!」
秋度を吸収してすっかり元気になった穣子が静葉に言い放つ。
「こんな根暗で辛気くさい儀式なんて金輪際まっぴら御免よ! これから秋穣子式の秋仕舞いの儀ってヤツを見せてやるわ!! さあ、姉さん! 皆を集めてきて!!」
◆◆
その夜、二人の家からはいかにも美味しそうな匂いが漂い、賑やかな笑い声が響き渡っていた。
あの後、穣子の号令で二人の知り合いを片っ端から集め、酒盛りが繰り広げられていた。車座の中には穣子が腕によりをかけて作った山の幸をふんだんに使った鍋や箸休めの漬物などが並べられている。
「さあさあさあさあ! 皆の衆! 誰にも遠慮はいらないわ! 今年の秋を見送るために盛り上がるわよー!! さあ! これが最後の祭りだー!!」
すでにほろ酔い気味で上機嫌そうな穣子は、そう叫ぶように告げると秋仕舞なる舞いを始める。
本人創作の舞いだが、舞いと言っても両腕をバタバタさせながらその場で飛び跳ねる程度のものだ。とは言え、酒の席ではこんな子供のお遊戯染みたものでも盛り上がってしまうもので、彼女の滑稽な舞いを酒の肴にしながら皆、拍手喝采の様子であった。
静葉はそんな騒々しい周りの様子を端から半ば呆れ気味に眺めつつ、皆に囲まれて楽しそうにはしゃぎまくる穣子を見ると、思わずふっと笑みをこぼした。
いつもの秋姉妹でとても安心しました
秋度の設定好きです。春度があるのなら当然秋度もあるのは道理というもの