Coolier - 新生・東方創想話

山の女王

2021/11/14 20:24:58
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山の女王



-1-



 新聞の順位を見るため姫海堂はたては集会所にいた。変わり映えしない順位を無表情で受け止めるとテーブルに座っている射命丸文を見つけた。顎肘をついていてつまらなさそうな表情をして机上の書類を眺めていた。目がふとあってしまい諦めて椅子に座り文に向き合った。
「面白くないって顔してるわよ」
「そりゃするわ。はたての所にもこれ届いたでしょ」
 文は書類をヒラヒラと見せつけた。題目は『市場開設にあたって』だった。
「来た来た。新聞作ってる人には全員送ってるでしょう」
「記事を書けって言われても市場を開いただけで、トラブルも何も起こってない。こんなんじゃ面白い記事なんて書けないわ」
「向こうも期待してないでしょ。宣伝にしか思ってないわよ。第一、任意でしょ?」
「書かなかったら目をつけられる。難癖つけて邪魔してくるでしょう」
 抗議の意思のように文は書類をヒラヒラふり続けていた。一瞬だけ結びの署名が目に入ると振るのをやめた。
「そういえば、アンタと飯綱丸様って同じ学校の出身だっけ?」
 はたては視線をそらす。
「まあね」
「昔からお山の大将っていう性格だったの?」
「学年がずれてて会ったことないわ。よく知らない」
「記事にしようとしなかったの?」
 はたては視線を泳がせてすぐに答えようとしなかった。記者ならこういう仕草を見逃さない。
「したのね」
「まあね。けど、記事にするのはやめた」
「なんでよ」
 しばしの躊躇いの後はたては見せつけるように長いため息をついた。
「昔っからお山の大将みたいだったらしい。けど、色んな人から聞いてるうちに悪い話が聞こえてきたの」
「なに?」
「いじめの……リーダーというか、煽ってたみたい」
 文は目を細め辺りを見渡しはたての手首を掴んだ。目の奥には今までとは違う輝きがあった。
「場所を変えましょう」


-2-



 書類をチェックしていると部下から声をかけられた。
「飯綱丸様よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「天弓様から郵便です。市場ルールのたたき台とか」
 郵便は机に置いてもらってチェックを進める。こちらの方が先だ。
「決めることが多いですね」
「人が大勢集まる仕組みでしょ。ややこしくて当然よ」
「それでもあの神のおかげでマシなんでしょうね」
「精通している人がいるだけ助かるわ。けど、いつまで素直でいるかなと思ってる」
 部下の手が止まり、私の方を見た。
「なんですか? 彼女が約束を破ると」
「いや、約束は守るでしょう」
 悩んでいる様子は見なくてもわかったので補足をした。
「あの神って市場の神でしょ。市場ってのは契約とか約束が非常に大事なの。けどその反面、契約外のことは何でもやっていいってことだからね」
「裏で何か企んでいるってことですか」
「それはお互い様ね。私達だって天狗の地位向上とか産業の盛り上がりを第一にしているんだから」
 チェックが終わって千亦の郵便に手を伸ばした。
「こういうのは100年は見守っていかないと。今の子ども達が大人になるまでは続けましょう」
 子どもに誇れる市場を作りたいと思うが、子ども時代の私はきっと興味を持たないだろう。冷笑して終わりだ。
 私の子ども時代は荒んでいた。父は政界の重鎮だったが家庭では横暴で度々母に暴力を振るっていた。父の事は嫌いだったし、家では父の顔色を伺ってばかりいたから、家よりも学校のほうが楽しかった。
 学校ではグループの中心人物で私が動けば周りが金魚の糞のようについてきた。その人達のことを当時は友達と呼んだが今なら部下とか取り巻きとかのほうがしっくりくる。とにかく周りの人を思うように操れる気でいた私は何でもできるような全能感に浸っていたし、何年も過ぎて自信を深めると新しいことに挑戦したくなった。
 人付き合いは得意ではなく、失敗の多い要領の悪い子がいた。対立はなかったが周りからは浮き気味な子だった。いじるのにはちょうどよかった。
 私から直接は何もしないという独自ルールを作って、準備を始めた。会話の中でその子の話題を出し印象を少しずつ悪くした。その子がいじめのターゲットになるのは簡単だった。
 ただ、いじめが始まったあといじめをコントロールする事は考えていなかった。私の目に止まったのが運の尽き。ご愁傷様。という感じで眺めるだけだった。いじめがエスカレートしてその子が怪我するのも必然だった。
 教師は実行犯には厳重に指導をしたが、私にはほとんどなかった。独自ルールのおかげだと心の中でほくそ笑んでいた。ただ教師は保護者には伝えていて母から父に知られることになった。
 父に呼ばれてその時の話をすることになった。緊張はしていたがボロを出さない自信はあったし、何より私は何もしていないのだ。実際に話は何の問題もなく進んだ。けれど、ほどほどに話をすると父は突然「次はもっと上手にやりなさい」と言ってきた。
 この時ようやく私は嫌っていた父と同じことをしていたのだと気が付いた


-3-



 文とはたては資料庫の隅にいた。人通りが少ないし足音が目立つ場所なので密談にはちょうどよかった。
「調べようとしたきっかけは?」
「大したことじゃないわよ。幻想郷に移住して初めて就任した大天狗だし、学校は同じ。一緒にいなかったとはいえ歳は近い。学校時代のつながりを追えばそれなりの情報は集まると思ったの」
 はたては文と目を合わせなくなった。目を逸らして遠くの風景を見ようとした。
「まあ、お父様の影響かしらね。周りから好かれて人を動かすのが上手かったって。で、ある時期にいじめられてた人がいるって話があったの。詳しく話したくないのかサラッと終わらせる人が多かったんだけど何人かが言ってたの。飯綱丸様がその人のことを話すことが妙に多かったって。今考えたら飯綱丸様がいじめを引き起こすように誘導したんじゃないかって」
 はたての声は重く、喉に何かがひっかかり続けていたようだった。
「飯綱丸様はいじめをしたの?」
「直接的ないじめはやってないみたい。むしろ徹底してその人の印象が悪くなることだけをしていたって感じ。やっぱり人を動かすのがうまかったんでしょうね」
 2人の横を天狗が通ったので一瞬だけ黙り込んだ。文はその人物の顔を一瞥して聞かれていないか確認した。
「で、イジメがエスカレートしてその人が怪我をしたんだって。直接いじめた人は怒られたけど飯綱丸様には強く言われなかった。当時の教員は疑っていたけど、直接関わっていなかったら踏み込んだことはできなかったって」
「被害者はそのあとどうなったの?」
「学校には通わないで家業の勉強に専念したって」
「今は?」
 はたては首を横に振った。
「行方不明」
 文は手を伸ばし、はたての肩を鷲掴みした。
「行方不明? ちゃんと探したの?」
「探したわよ。けど行方不明としか言えないの」
「バカ言わないでよ。そんなに広くない幻想郷で見つけられないってアンタ一体何やってるの」
 はたては文の目の前に手を広げて文の追及を止めた。
「違うのよ。聞いて。どんなに探しても足取りが追えたのは天狗わたしたちが幻想郷に移住する直前までなの。だから、その人は外の世界にいる可能性が高いの」
 文の視線が揺らぎ、はたての肩から手を離した。
「こっちに来るのに間に合わなかったんでしょうね」
「……いや、わからない」
「そうなの?」
「敵対勢力が来てほしくないからって嘘の情報を流してた所もあったから」
「確かに、あり得そうね。当時は八雲を信用してなかった人もいたし」
 そこで言葉は途切れた。まるで黙祷を捧げるように沈黙が続いた。
「けどさ、結局わからなかったのよ」
「なにが?」
「いじめを始めた理由よ。繋がりが全然見えなかったし、家同士の交流もなかった。直接には何もやってなかったし、理由もなくいじめたようにしか見えなかったの」
 文は姿勢を正し呪文をかけるようにはたての顔を覗き込んだ。
「そういう事は考えないほうがいいわよ。当事者の気持ちに深入りすると目が曇って見逃すことも増えるわ」
「そうかもしれないけどさ。当事者を理解することも重要じゃない?」
「小説を書きたいならそれでいいわ」
 はたてはムッと眉間にシワを寄せた。
「つまんない報告書は書きたくないの」


-4-



 幻想郷に移住した直後、戸籍を管理する仕事に就いた。一から作り直す必要があったから人手がいくらでも必要だったのだ。
 戸籍を見ているとあの人の名前がどこにも無いことに気がついた。ポッカリと穴が空いていた。
 あの時代の混乱は相当なもので、幻想郷に移住できなかったものは一定数いた。むしろ自分の意思で外の世界へ留まったものもいる。けれど一度気になってしまうとどうしても頭から離れなかった。私のいじめがきっかけで巡り巡って来れなくなったのではと思ってしまう。
 戸籍作成の仕事を最後までやったがあの人の名前はなかった。モヤモヤした気持ちは残り続けた。私が父の地盤を継いだ後継者に指名されたのもその頃だった。
 いくら一人娘とはいえ後継者になりうる男児は親戚に何人もいたのに、私が指名されたのは父の性質を受け継いでいると父が認めたということだ。そしてきっかけはあのいじめの件だろう。
 受けたくはなかった。父から認められたなんて思いたくなかった。誰かの人生を台無しにして掴み取ったなんて認めたくはなかった。
 本当は嫌だと泣き叫べばよかったのに家督が継げるという途方もないメリットに目が眩んでしまった。家督を継げば大天狗どころかもっと上を目指せるのだ。
 家督を継いで当主になって、名前も変わった。ただ、名前の読み方は代々使われた龍(たつ)ではなく龍(めぐむ)に変えさせた。父のようになりたくはないという決意だったが、誰にも話せなかった。話したかった人にはもう会えないし、伝えるべき言葉は伝えられないのだ。
 
 ごめんなさい

 ごめんなさい


-5-



 久しぶりに森の中を徒歩で歩く。歩くたびに地面を踏みしめる音なんて普段の生活では聞こえてこない。服を枝に引っ掛けないようにゆっくり歩いていると、森が開けた。そこで百々世が待っていた。
「おう、待ってたぞ」
「久しぶり。元気にしてた?」
「もちろん」
 二人肩を並べて歩く。虹龍洞の前に到着してポッカリと空いた入り口の前で話し込む。
「手紙に書いてあったけど、なんかあった?」
「ああ、龍珠の質にバラつきがあるんだけど何か変えた?」
「うーん。掘る場所を変えたんだけど、質が変わったのかな」
「元に戻せる?」
「今まで掘っていた場所が深すぎて運ぶのが大変なんだよ。元に戻しても生産量が減っちまうぞ」
「現場を見せてもらってもいい?」
「もちろん。ああ、けどその前に……」
 百々世は私の背中を掴んで回れ右させる。その後も背中を押し続け事務所まで連れてこられた。中に案内されると鉄鍋と山と積まれた肉があった。
「いい牡丹が手に入ったんだ。仕事もいいけど一緒に食べよう」
 私の返事を聞く前からモモヨは鍋を火にかけて肉を焼き出した。焼く音だけでも美味しいと思わせてしまう。
 会食なんてしょっちゅうあるが、こんな屈託のない笑顔を振りまく奴と食事をしたことなんていつ振りだろう。
 モモヨが自家製の酒を私のグラスに注ぐ。
「乾杯」
「乾杯」

 どうやっても過去は消せないし、許されることもない。だったら未来を見るしかない。
 少しでも良い未来を作れる御山の大将を目指し続けようと思っている。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
龍とはたてが同じ学校出身なのは、龍とはたてがお嬢様で文が生え抜きってイメージです。
カワセミ
http://twitter.com/0kawasemi0
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コメント



0.140簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
天狗の関係性は様々あると思うのですが、この作品は斬新な視点だと感じました。面白かったです。
4.90モブ削除
過去を振り返ることが出来るのは本人のみの特権ですね。だからこそ謝ることも許されることも本人のみなんですよね。ご馳走様でした。