Coolier - 新生・東方創想話

東方外界神 三章

2021/11/14 20:24:37
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三章 「誰かを想う力」
お札に吸い込まれてやって来た世界は霊夢達曰く、とても幻想郷に似ているらしい。最初に目の前にあった大鳥居をくぐり、神社があったが、そこはやはり博麗神社だった。見える景色も全く同じだという。
すると、紫によく似た女性がスキマのようなものの中から現れた。
 「あら、成功したようね。どうやら別のお客さんもいるみたいだけど、彼女なら安心だわ。」
一同が目を見開いている。
 「え、ゆ、紫?」
一同驚愕する。顔や話し方、声はもちろん、服装まで紫そのものだったからだ。
 「えぇ、八雲紫よ。最も、あなた達の指す“紫”ではないけどね。」
一行はその言葉の意味を図りかねていたが、霊夢が続けた。
 「ちょっと紫!!ここは何なのよ!!なんで私たちが博麗神社にいるのよ。それに茉鵯禍まで現れて。説明してちょうだい。」
 「そうだ。説明してくれ。」
 霊夢と魔理沙が紫に詰め寄る。霊夢に関しては大幣を握っている。
 「そ、それしまって霊夢!!説明するから!!いきなりそんなもの向けないでぇ!!」
紫と思しき女性の説明が始まる。
その内容を要約すると次のようになる。
・ここは幻想郷だが、霊夢達一行がいた幻想郷ではなく、一般に、平行世界と称される場所だという。
・八雲紫を名乗る女性は、本当に八雲紫であるが、“この世界”の八雲紫であるという。
・部分的に赤く染まった外界札はこの紫の仕業であり、茉鵯禍の体調不良はこのお札が原因だと思われる。
・呼んだ目的は、この世界の異変解決。ここでは、大規模な飢饉が発生している。この世界の住民では解決できないと考えた紫がわざわざ呼び出したのだ。
・茉鵯禍の行ったことのある場所にもこれを置くことで、彼の知っている、力の強い者を一緒に呼び出そうとしたらしい。本人としては、幽々子やレミリアなどを予想していたらしく、さとりの登場は計算外だったそうだ。

 「「・・・」」
霊夢、魔理沙、さとりが黙る。どうやら話を理解できていないようだ。
 「で?結局ここは何なのよ。しかも飢饉てってどういう事よ!!」
霊夢が紫に噛みつく。
 「紫曰く、もう一つの幻想郷らしいぞ。」
魔理沙も、同じように理解できていないようだが、自身が理解できた部分をかいつまんで霊夢に話す。
 「意味が分かりません。」
さとりに関しては直接の読解を試みたが、無理だったようだ。
 「やっぱりそこからになるわよねぇ。」
紫が腕を組んで唸る。
 「まぁ、難しいと思いますよ。自分は貴女の言いたいことは理解できましたけど。」
 「あら、理解できたの?」
紫や霊夢達が驚いた表情でこちらを見る。
 「えぇ、要するにここはパラレルワールドという事ですね。で、ここで飢饉が発生していて、この世界の霊夢達はどういうわけか太刀打ちできず、このままでは幻想郷における妖怪と人間のバランスが崩れ、崩壊する。それを防ぐために、ご自身の能力を応用して別の世界に干渉したと。」
紫の説明の内容をかいつまんで確認する。
 「そのとおりよ。理解が早くて助かるわ。」
紫が感心した様子で頷く。
 「理解できたなら分かりやすく説明してちょうだい。こいつの説明は理解できないわ。」
霊夢が説明を要求する。
 「うん。じゃあ確認だけど、今いるこの場所が、最初にいた場所とは違うというのは認識できてるね?」
 「それぐらい分かるぜ。」
 「じゃあこの“違う世界”が一体何で、なぜそこに自分たちがいるのかってところがまず分からないと。」
 「えぇ、そうです。」
三人の現在の理解状況を把握し、説明を考えた。
 「んー。まず、紫さんが言っていた平行世界っていうのは、何らかの選択によって分かれてしまった世界、つまり、その選択で選ばれなかった方の世界の事を指すんだ。例えば霊夢、もし、賽銭箱にお賽銭が沢山入っていたらどうしたい?」
 「・・・そんなのご飯とかいろいろ買いたいに決まっているじゃない。」
霊夢は賽銭箱に多くの賽銭があることを想像したのか、少しニヤニヤしている。
 「まぁ、霊夢には無理な話だ。こいつ面倒なことはしないって言って何もしてないからな。」
 「うるさいわね!!」
揶揄する魔理沙とそれに噛みつく霊夢。
 「はい、今のがポイント。賽銭が無くていろいろ買えないっていうのが元の幻想郷。でも平行世界っていうのは、この場合は、賽銭が沢山あって、いろいろ買いたいものも買うことが出来る世界線を指す。」
 「なるほど、だからもう一つの世界って言ってたのね。」
例えの内容がちょっと残念だったけど、とポツリとつぶやいていたが、気にせず説明を続けた。
 「うん。ここは幻想郷のどの選択の違いによって現れた世界かは分からない。だが、どうしてここにいるかは説明がつく。」
 「それは紫さんが能力を応用したから、という事ですか。」
さとりが口元に手を当てながら答える。
 「ご名答。自身の能力で元いた幻想郷に干渉して、その結果、赤く染まった外界札と僕の体調不良が現れたと考えるのが妥当だろうね。」
ここまで言い終わると、茉鵯禍は紫の方を向いた。答え合わせの時間だ。
 「えぇ。本当に彼の言う通りよ。説明が分かりにくかったわね。」
紫も手を叩いている。
 「で、次の問題が本題。この世界では飢饉が発生している。これに関しては、まずは詳しく調べる必要があると思うよ。」
茉鵯禍が提案する。
 「そうね。そのために呼ばれたわけだし。」
 「ひとまず人里に行ってみようぜ。現場を見ないと何も分からないからな。」
そして、一行は人里へ向かう。
      ◇◇◇◇
人里は酷い有り様だった。畑に緑は無く、店が連なる場所も全て閑散としていた。道を行くものは全員、異常なまでに痩せており、道には餓死してしまったのであろう人の身体が転がっている。日照りが続き、水不足だそうだ。
 「これは酷い・・・あまりにも酷すぎる。」
茉鵯禍が愕然としている。
 「えぇ、全くよ。」
 「みんな苦しそうだぜ。」
霊夢も魔理沙も同調する。
 「人々の心の中が荒れています・・・。本当に酷すぎる。」
さとりは心の中からも観察する。
 「これがこの世界の現状。でも、この世界の霊夢も今は動けないわ。」
この一言が全員を、特に霊夢を驚愕させた。
 「はぁ!?どういう事よ紫!!この世界の私は何してるの!?」
霊夢が紫に噛みついた。
 「・・・神社に引きこもってるわ。それに霊夢だけじゃなく、早苗も。」
紫も申し訳なさそうに説明する。
 「どうして!!」
その時。
 「飛んで!!早く!!」
紫の声に一同が飛び上がった。そして数秒後には数名の村人たちが通り過ぎていった。
 「・・・あの人たちの会話を聞いていれば分かるわ。」
人間たちの会話を聞いてみる一行。人々はこんな話をしていた。
 「やっぱり神の祟りなんだ。」
 「博麗の巫女も守矢も動かない。」
 「心は痛むが、生贄に差し出すために無理やりにでも出てきてもらうしかない・・。」
 「・・・博麗神社や守矢神社。特に霊夢と早苗が動けない理由はあれよ。」
紫がどこか悲しそうに述べる。
 「・・・おいおいおいおいマジかよ。正気なのか。早苗も霊夢も幻想郷を守ってくれていたじゃないか。確かに守矢は異変を起こしたこともあったが・・・。」
 「人間というものは、醜いですね。この辺の人間の心を読むと同じ事を考えている人間がちらほらいます。」
魔理沙とさとりが憤慨する。
 「酷い・・・飢饉以上に酷い!!生贄なんて時代錯誤にも程がある!!同じ人間として看過できない!!」
茉鵯禍は今にも人々を殴りたいほど怒っている。
そして茉鵯禍達の後ろにいる霊夢は震えている。紫に肩を抱えられて恐怖に怯えたような目をしている。
 「紫さん、一度、人がいない静かな場所に戻りましょう。それと、博麗神社と早苗さんという方がいる場所にあの村人たちが向かってもおかしくない。結界なりなんなりでこの世界の霊夢とその早苗さんという方に村人たちが近づけないようにするべきです!!」
 「えぇ。結界を張ってあるから大丈夫よ。ひとまず神社に戻りましょう。」
 「はい。行こう、みんな。」
 「うん。」 「あぁ。」 「はい。」
茉鵯禍は霊夢に声をかける。
 「何とかするよ。魔理沙たちがいるから大丈夫。」
 「・・・ありがとう。」
 「うん。」
      ◇◇◇◇
博麗神社に向かう途中、数名の村人たちが博麗神社に向かおうとしているのを発見した。紫の結界によって近づくことはできないが、数名は結界の前で座り込みを続けている。霊夢がその様子を見ることが無いように周りを紫たちが囲んで飛んでいく。
博麗神社に着いた。景色は変わらずだが、皆深刻な表情をしている。楽園の素敵な巫女が動けないというのは幻想郷に大きな影響があるからだ。
 「現状は分かったけど、手掛かりは見つからなかったな。」
 「うん。困ったもんだよ。」
魔理沙と茉鵯禍が結果を整理する。
 「やはり里の人に詳しいことを聞いてみるのが一番かも知れません。少々心が痛みますが、この世界の霊夢さんや早苗さんにも話を聞いた方がいいかと。」
 「そうねぇ。霊夢の方には特に何も起きていないけど、守矢の方はかなりパニック状態よ。諏訪子も神奈子も早苗を守るために何か考えるとは言っていたけど・・・。」
さとりの状況分析に紫も頭を抱える。
 「じゃあまず、その早苗さんという方のところへ行って聞いてみることってできますかね。」
茉鵯禍が提案する。少しでも多くの手掛かりが必要だと。
 「えぇ。出来ると思うわ。でも私はここに残るわ。あなた達の世界の霊夢もこの世界の霊夢もショックが大きい。無理に連れまわすことはできないわ。」
紫が霊夢のところに残る役目を買って出た。彼女なら問題はあるまい。
 「じゃあ私が茉鵯禍と一緒に行くぜ。さとりはどうする?」
魔理沙は同行することに決定し、さとりに水を向ける。
 「ここは私だけで大丈夫よ。さとりは魔理沙たちと一緒に行って来て。」
紫がかぶりを振って、茉鵯禍達と行動するように促す。
 「分かりました。でも何かあったらすぐに呼んでください。」
 「じゃあ決定だな。場所は変わってないんだろう?さっさと行こうぜ。」
魔理沙は帽子を深く被り直した。
 「うん。」
茉鵯禍が霊夢に近づく。
 「じゃあ行ってくるよ。心配しないで大丈夫。・・・お願いします、紫さん。」
 「えぇ、任されたわ。」
 「じゃあ行こうか。」
      ◇◇◇◇
守矢神社は妖怪の山と呼ばれる大きな山にあるらしい。そこには[乾を創造する程度の能力]の持ち主である八坂神奈子と[坤を創造する程度の能力]の持ち主、洩矢諏訪子、そして守矢神社の風祝で[奇跡を起こす程度の能力]の持ち主、東風谷早苗がいる。守矢神社の祭っている神々の力故に、博麗神社よりも多くの村人が集まってくるという。紫によれば、博麗神社に張っている結界よりも強い結界を何枚か張っているらしい。
 「あれが妖怪の山・・・あそこにその守矢神社というのがあるんだね。」
茉鵯禍が目の前の大きな山を指す。
 「あぁ、私たちは結界が効かないようにしてもらってるから入れるが、騒ぎが起きないように裏から入るぜ。」
そして魔理沙が行動を説明する。
 「それが一番良い方法でしょう。人々が騒ぎ出しては余計に辛い思いをさせてしまいます。」
さとりもそれに首肯し、行動が決まった。
 「じゃあその方法でいこう。魔理沙、案内してもらえる?」
 「もちろんだ。飛ばすぜ!!」

守矢神社は博麗神社よりも大きい。ましてやロープウェイまである。それだけここの神を信仰する人が多いからだろう。彼はその大きさに驚いている。
 「大きい・・・ここが守矢神社・・。」
 「あぁ、この奥に早苗達がいるはずだぜ。」
 「じゃあ行きましょう。」
境内に入ったその時。
 「魔理沙、そんで地霊殿のさとり。お前らどうやって入ってきた?それにその人は誰だい。人里の人間だったらお前ら・・・」
社の屋根の上に大きな注連縄を輪にして背中に付けているやや紫がかった青髪の女性が座り込んでいる。
 「大丈夫だぜ、神奈子。紫に話はつけてあるし、こいつも人間ではあるが人里の人間じゃない。」
魔理沙が簡単に入ってきた経緯を説明する。
 「ほぉ・・・よっこらせっと。」
神奈子と呼ばれた女性が上から飛び降りてきた。
 「んで、うちになんの用だい?早苗の事は知ってるはずだが。」
一行を眺めた後、神奈子が問う。
 「あぁ、だからこそ来たんだ。この事態を何とかするために、わざわざもう一つの幻想郷からな。」
 「私も同じくです。地霊殿から来ました。」
もう一つの幻想郷から来たと伝える二人。
 「自分は野神茉鵯禍と言います。外の世界から幻想郷に迷い込んでしまった者です。魔理沙やさとりさんと同じようにもう一つの幻想郷からやってきました。」
 「・・・?一体どういうことかさっぱり分からないぞ。説明してくれ。」
 「あぁ、これは・・・・」
魔理沙が説明に入る。
 「なるほど、この世界の紫がお前らのいた幻想郷に干渉して、呼ばれて来たらこの状態で解決するために今は調査をしているというわけか。しかもそれにはこの茉鵯禍という青年が絡んでいると思われると。」
 「はい、そうなんです。」
茉鵯禍が申し訳なさそうに答える。
 「事情は分かった。だがなぁ、早苗も辛いだろう。私や諏訪子はまだ大丈夫だがあいつがしっかりと受け答えできるかといったところなんだよなぁ・・・。」
すると神奈子と茉鵯禍達の間に何かが入り込んできた。入り込んできたそれは神奈子の前に着地すると立ち上がり、鋭い声でこう言った。
 「・・・お前ら、帰ってくれ。早苗が今どんな状態か知らない訳ないだろう。」
 「おお、諏訪子か。ビックリしたぜ。」
諏訪子と呼ばれた少女は睨みを効かせて茉鵯禍達を見ている。そして茉鵯禍の首を掴み、上に持ち上げて言った。
恐ろしい程の力。見た目からはとても想像できないほどだったという。
 「うっ・・・」
 「お前人間だな。お前は誰だ、どこの人間だ、何しに来た、なぜ魔理沙たちといる。回答によってはこのまま絞め殺してもいいのだぞ。答えろ。」
睨みを利かせたまま問う諏訪子。
 「は・・・はな・・・してください。しゃべ・・・れ・・・ない・・・。」
諏訪子が手を離した。茉鵯禍は背中から落ちてしまったが、絞め殺されるよりはましだろう。
 「はぁ、死ぬかと思った・・・自分は野神茉鵯禍と言います。訳あって外の世界から幻想郷に迷い込んだ人間です。迷い込んだ幻想郷からこの幻想郷の紫さんの干渉を受けてもう一つの幻想郷からやって来ました。魔理沙たちと行動を共にしているのはこの飢饉に関しての調査と解決のためです。早苗さんという方の状態も紫さんから聞いています。」
 「・・・お前は村人たちの主張に対してどう思っている。」
諏訪子が試すように問う。
 「そんなの決まってるじゃないですか。生贄なんて時代錯誤にも程がある。同じ人間として恥ずかしい限りですよ・・・!!」
茉鵯禍も即答する。こんなことが許されてたまるか。
 「・・・そうか。すまない。私も気が立っててな。早苗を傷つける奴は許さない。」
 「いえ・・・心中お察しします。」
申し訳なさそうに、どこか神妙な顔になる茉鵯禍。
 「さっきの話は聞こえていたよ。この青年がいる理由も分かった。早苗のところへ案内しよう。それでいいかい、神奈子。」
 「あぁ、それがいい。・・・名乗り遅れてすまない。私は八坂神奈子。神様だ。」
 「私は洩矢諏訪子。見た目は幼女だが私も神様だぞ。蛙ではないのだ。崇めるのだぁ。」
神奈子も諏訪子も心なしか少し穏やかな表情になった。
 「よろしくお願いします、神奈子様、諏訪子様。」
茉鵯禍が慌てて跪く。相手は神だった。
 「まだこいつらに様は付けなくていいぜ。まだお前守矢を信仰してるわけじゃないからな。」
 「少々残念だが魔理沙の言う通りだ。普通に呼ぶといい。」
神奈子がかぶりを振った。
 「え、でも神様・・・」
 「いいんですよ、お二方ともその方が良いと思ってますので。」
困惑する茉鵯禍にさとりが言う。
 「そっかー。さとりは心を読めるもんね。楽しそうじゃん。」
諏訪子が面白そうにさとりに言う。
 「さとり妖怪ですから。でも嫌われちゃいますよ?」
さとりも笑顔で応える。
 「そりゃぁ困るなぁ。」
神奈子が苦笑いを浮かべる。
 「じゃあ・・・そろそろ早苗のところまで案内してもらえるか?」
魔理沙が切り出す。
 「お願いします。お二人とも。」
茉鵯禍も頭を下げる。
「あぁ、こっちだ。ついてきな。」
      ◇◇◇◇
「おーい、早苗―戻ったよー。」
「私もいるぞ。あと私たちに客人だ。」
扉の前で神奈子と諏訪子が話す。すると中から若い女性のような声が聞こえる。しかし、か細く怯えている様子が分かる。
 「・・・その客人は里の人達ですか?」
 「早苗、私たちが二人で対応したのに“反対”しない人間を招き入れるわけがないだろう?」
 「そうだよ早苗。神奈子だけじゃなくて私もいたんだよ。」
 「安心してくれ早苗。私だ。魔理沙と。」
 「この古明地さとりですから。」
 「そうですか・・・お客人は二人ですか?もう一人別の人間の気配を感じるんですが。」
 「あぁ、いるぞ。でも中に入っていいか?それからでも問題は無い。」
 「・・・はい。お待たせしました。お入りください。」
扉を開けると、そこには緑髪の女性が立っている。霊夢と同じように生贄にされるのではないかと怯えているようだった。
 「彼女がこの守矢神社の風祝。東風谷早苗だ。本来なら早苗は明るいんだが、こんな状況だからな・・・察してやっておくれ。」
神奈子が言う。
 「・・・初めまして早苗さん。」
茉鵯禍が跪き、優しく声を掛ける。
 「貴方がもう一人の人間さん・・・?」
早苗が一瞬、こちらを見て、そして目をそらす。そして奥に離れて蹲る。
 「えぇ。そのままでいいので聞いていただけますか?」
 「・・・はい。」
彼女の許可が下りたので、事情を話す。
 「自分は野神茉鵯禍と言います。幻想郷の外の世界から迷い込んだ人間です。紫さん達から状況は聞いています。・・・もちろん、生贄なんてそんなことは反対です。時代錯誤もいいところですから。そのために魔理沙たちと調査をしているんです。」
 「神奈子様、諏訪子様・・・。」
 「あぁ、こいつは本当の事を言っている。それに、さとりもいるから問題は無い。」
 「そうだよ早苗。加奈子の言う通りだ。安心して?」
神奈子や諏訪子のフォローがあったおかげで早苗が自ら口を開いた。
 「・・・私は東風谷早苗。この神社で風祝をしています。神奈子様が仰っていたように普段ならもっと明るく振る舞うこともできるのですが・・・。」
 「えぇ、心中お察しします。」
茉鵯禍も跪いたまま、頭を下げる。
 「じゃあ大広間に移動しよう。諏訪子はここにいてくれ。私が茉鵯禍達に話しておく。」
 「お願い、神奈子。」
      ◇◇◇◇
 「あれは突然の出来事だった。いきなり雨が降らなくなってしまったからな。しかも私たちの能力が通用しない。雨を降らせようとしても、全く降らないんだ。で、作物は育たなくなり、ついには早苗の奇跡も届かなかった。それからというもの、村人たちが毎日のように何とかしてくれと押し寄せるようになった。そしてついには神の祟りだと喚きだして早苗を・・・といったところだ。」
神奈子が今までの経緯を説明する。
 「おかしいですね。あなた方二人の能力なら雨を降らせるぐらい造作も無いことでしょうが・・・本当に通用しないとなると困りましたね。」
そこでさとりが問う。確かに二人の能力ならば、天候を操ることなど容易のはずなのだから。
 「神奈子さん、雨が降らなくなったのはいつごろからですか?」
茉鵯禍が問う。
 「んー三か月ぐらい前かな。ずっと雨が降らないんだ。・・・そうだ、一週間ほど前じゃなかったかな、今までとは比にならないほどの温度になったんだ。日照りだけならまだしも、気温も上がって、水が干上がるのが早くなってしまってな。それで水不足が激しくなったはずだ。」
全員が驚愕した。なぜなら。
 「おい・・・その一週間前ってまさか!!」
 「うん。僕が幻想郷に迷いこんだのと同時期だ。」
 「じゃあやはり、多少は茉鵯禍さんが絡んでいると見て間違いはなさそうですね。」
三人が、状況を分析する。やはり、彼が何かしらの影響を与えているのかも知れない。
 「そっちの幻想郷の事は分からないが、そうとなると大ごとだ。元の幻想郷にも被害があってもおかしくはない。」
 「とりあえず紫たちに報告しに行こう。」
 「そうですね。ある程度の事は分かりました。早く霊夢さんにも伝えないと。」
魔理沙とさとりが言う。
 「そうか。紫によろしく頼むぞ。そして、霊夢には守矢神社も総力を挙げて解決の手伝いをすると言っておいてくれ。」
 「分かりました。早苗さんや諏訪子さんにもよろしくお願いします。・・・行こう、魔理沙。」
茉鵯禍が頭を下げる。
 「あぁ。またなんかあったら来るぜ。」
 「そうしてくれ。」
一行は、守矢神社を後にした。
      ◇◇◇◇
 「んんー。あいつらの力が通じないってことはかなりの大事だ。特に神奈子は幻想郷で五大老と言われる実力者のうちの一人。紫や幽々子、永琳もそうだ。」
 「じゃあそんな実力者でも敵わないってことかい?」
 「・・・いえ、五大老の面々。いや、“幻想郷の住人”だからこそ敵わないという線もあります。」
さとりが新しい説を出した。
 「・・・どういうことだ?さとり。」
 「これは私の推測に過ぎませんが、幻想郷の住人の力が通じないという事は基本的に幻想郷の中ではあり得ない話です。でもここは紛れもなく幻想郷。ならば・・・幻想郷の外の世界の何かが幻想郷に干渉しているためだと思うんですよ。」
茉鵯禍が分析する。それも、暗に自分が疑われている内容であるが。
 「・・・おい。それって茉鵯禍のせいってことか!?そんなことあるわけ・・・」
 「落ち着いてください魔理沙さん。仮に茉鵯禍さんが黒幕だとして、まともな記憶も無い人間に幻想郷をおかしくさせる理由がどこにあるんですか。それなのに彼を疑う理由はありません。」
さとりが魔理沙を宥める。
 「そうだよな・・・。」
 「それに私はさとり妖怪。記憶が無いというのが演技ならすぐに分かります。でも彼は本当に記憶も動機もない。だからこそ茉鵯禍さん以外の“外の世界の何か”が干渉しているのではないかと言いたいのですよ。」
 「なるほど・・・そうすれば納得のいく話だぜ。」
茉鵯禍もさとりの主張に納得した。
 「でも仮にそうだったとして、誰がそんなことを?」
そして茉鵯禍が問う。
 「見当が付きませんね。」
 「まぁ・・・とりあえず先に報告しておこうぜ。それからでも遅くはないだろう。」
      ◇◇◇◇
 「どうだった、魔理沙。」
 「あぁ、何が起きているかは分かったが原因がさっぱりだ。」
 「紫さん、霊夢は?」
茉鵯禍が心配そうに問う。
 「霊夢なら少し休んでるわ。この飢饉の原因は私にも分からないの。それに、神奈子たちの力が通じないのは大きな問題よ。」
説明を終えた時点で全員が頭を抱えている。幻想郷を混乱させた犯人は一体何者なのか。それは何の為に。
 「ぐーーーー・・・」
魔理沙の腹が鳴った。恥ずかしそうに、まだ何も食べてなかったんだぜと。すると中から人影が現れた。
 「それならさっきの森に木の実とかが沢山あったじゃないの。」
霊夢が現れた。
 「霊夢!!大丈夫かい?」
 「えぇ、心配かけたわ。でも落ち着いたから大丈夫よ。話は紫から聞いたわ。でも調査に乗り出す前に腹ごしらえをしておきましょう。」
少し微笑んで提案する霊夢。
 「あぁ、それがいい。腹減ってたんだぜ。」
      ◇◇◇◇
神社の近くの森には沢山の木の実がなっているので、しばらくは食糧には困らない。
 「これで食材は大丈夫だね。後は水の確保だ。」
 「なら紅魔館の近くの湖に行きましょう。あそこなら水は多いし、今は人間もあまり近寄らないわ。それに、魚もいるかも知れないし。」
紫の提案により湖に行くことになった
      ◇◇◇◇
湖で水の確保を終え、魚を数匹釣り上げた時点で引き上げることになった。その頃には、空は夕暮れで赤く染まっていた。
 「結構収穫ありましたね。お見事です。」
この世界の霊夢を守るために残っていたさとりが出迎えに来る。
 「えぇ、ばっちりです。さとりさんもありがとうございます。」
 「いえいえ。大したことはしてませんよ。これも調理するのでしょう?魔理沙さん、八卦炉を貸してください。私が作りますよ。」
さとりが夕飯を作ってくれることになった。
 「おお、いいぜ。ほらよ。」
魔理沙が八卦炉を渡す。
 「じゃあ始めましょうか。」
トラベラー達の料理が始まる。紫がこの世界の霊夢を呼んでこようかと提案したが、霊夢が断った。
 「こんな状態じゃ誰にも会いたくないと思うわ。それに下手に干渉するのもあまりよくないって聞いているし。」
平行世界の人間には必要以上に干渉しない方が良い。これは茉鵯禍からの情報だ。
 「・・・えぇ。下手に干渉してしまうと歴史が変わりすぎてしまい、それはあまりよろしくないって外の世界にいたころに聞いた記憶があります。最も、この時点で大分干渉していますが、一応という事で。」
最も、なぜこんな記憶だけあるのかは本人にも分かってはいないが。
 「なるほどねぇ。まぁいいわ。調理を進めましょう。」
その後、無事に調理が終了し、ご飯の時間になった。そこで今後の動きを確認する。
 「さて、今後どうします?守矢も打つ手なしというのはかなり・・・というより本当におかしいですよね。」
さとりが全員に水を向ける。
 「さとりの言う通りね。でもこのままじゃこの幻想郷はおかしくなってしまうわ。」
紫が言う。
 「そうだ、天界はどうだ?アイツなら何とかできそうだが。」
 「いえ、無理でしょう。あの人より守矢の軍勢の方が力も強いですからね。」
魔理沙の提案も却下される。
 「そっかぁ。」
そして紫が続ける。
 「さとりの言う通りなのは事実だけど、それならどうしていくか真剣に考えていかなきゃいけないわ。」
紫が今後の心構えを示した。
 「そういえば紫は何か考えあるか?」
 「・・・特に思いつかないわね。何せ状況が状況だから・・・。」
全員が黙ってしまった。そして。
 「・・・茉鵯禍ならどうする?」
霊夢が彼に問う。
 「うーん。・・・やっぱりまだ情報が足りない気がするんだ。心苦しいけど、里の人々にも話を聞いてみよう。そうすれば何か分かるかも知れない。」
 「というと?」
 「まずは人々の主張を聞いてから情報を集める。人々が神の仕業だと主張するならそれを覆すだけの証明をするんだ。例えば、神に対する考え方って一般人と霊夢みたいな巫女さんとかとは少なからず違うはずだし、日照りが続くのは自然現象として数えることもできるはずなのに神の祟りと恐れるのは何かおかしい気がする。でも、自然現象だろうと何だろうと、異常な日照りで人々はそれによって苦しんでいるわけだから、祟りだと主張してもおかしくはない。」
 「・・・そうね。」
 「で、一つ考えたことがあるんだ。」
 「考えたこととは?」
紫が代表して問う。
 「それは・・・」
      ◇◇◇◇
 「これでここにある書物は全部よ。最も貴方の言っている内容が載ってる本がここにあるかは分からないけどね。」
 「ありがとうございます紫さん。それにみんなも。」
 「えぇ。まさかこんな考えがあるとは驚きましたよ。」
 「流石茉鵯禍だな!!」
 「ありがとう。・・・にしても本当に大量の書物がある。しかも紅魔館からも大量の本を借りることが出来るとは思わなかった。さて、用意が出来たら取り掛かろう。時間の猶予は多くない。みんなで手分けして情報を探していこう。」
      ◇◇◇◇
茉鵯禍の提案はこうだった。
 「外の世界の神について調べてみよう。」
 「・・・いきなりどうしたんだ?なんでここで外の世界が?」
魔理沙が不安そうに彼を見つめる。
 「そうよ。これは幻想郷の問題であって外の世界は何も関係ないはずだわ。」
霊夢も同調し、さとりも同様に。
 「説明してください、茉鵯禍さん。」
ここで深呼吸をした。
 「えっと、説明する前に一回整理しよう。今ここでは飢饉が起きている。それは異常なほど長い日照りによるもので、なぜか雨が降らず、神奈子さんや諏訪子さんの力をもってしても覆らない。ここまでは理解している。そして日照りが三か月以上続いている。」
 「でもそれは外の世界と関係ないんじゃないかしら。」
紫が推測を述べるも。
 「紫さん、本題はここからです。」
 「ほぉ。」
紫が試すように茉鵯禍を見る。
 「更に日照りに加えて急激な気温上昇。自然現象にしてもこれはおかしいです。しかもそれが始まったのはおよそ一週間前。そう、一週間前。僕が幻想郷に迷い込んだのと同時期なんです。」
 「確かにそうだけど・・・でも貴方からそれほどの力は感じられないわ。」
 「外の世界に自由に天気を操れる人間はいないんです。なら・・・本当に神が。それも力のある外の世界の神。長いから【外界神】とでも呼びましょうか。それが影響しているんじゃないかと思ったわけですよ。もし外界神の仕業なら何か情報があるはずだし、無いのなら自然現象として片づけるしかない。」
 「外界神ねぇ。なくはないかもだけど。」
霊夢が頷く。
 「じゃあどうやってそれを確かめるかってことですよね。」
そしてさとりが課題を述べる。
 「そう。そもそも外の世界には八百万の神と言って沢山の神がいる。それなら天候を操る神、はたまた水を操る神がいてもおかしくない。」
 「だから外の世界の神ね。理解したわ。」
紫も納得したようだ。
 「理解してもらったところで問います。どうしますか?やってみますか?話を聞く限り時間の猶予はあまりないようですが。」
 「・・・やってみましょう。」
霊夢が頷く。
 「いいのか?霊夢。」
魔理沙が心配そうな顔で問う。
 「えぇ。守矢も元は外の世界の奴らだったけどもうずっとここにいる以上、外の世界の神に劣ってもおかしくはない。それに、可能性があるならやってみればいいじゃない。」
霊夢が彼女らの状況を踏まえて、話をする。
 「・・・じゃあやるか。私も協力するぜ。」
 「えぇ。私もやります。」
 「私も協力させてもらうわ。」
全員の意見が固まった。
 「ありがとう。でも外の世界について載っている本や媒体はあるかな。」
そして、必要なものがあるか尋ねる。
 「それなら神社にも書物がある。参考程度にはなると思うわ。」
霊夢が神社を指さした。
 「本なら紅魔館にもあるぞ。あそこ魔導書以外にもいろいろ種類があるんだ。」
そして魔理沙も提案する。
 「じゃあ紅魔館には私が交渉しておくわ。霊夢や魔理沙たちはこの神社から書物を出しておいて。」
 「「はい。」」 「えぇ。」 「おう。」
      ◇◇◇◇
というわけで書物から情報を探し始めることになった。紫が紅魔館の大図書館から大量の本を取り寄せてきた。かなりの量だが、魔導書等の類は除いているらしい。(あまり関係ないからという理由だが、魔理沙に盗まれることを危惧しているのもあるだろう。)神社からも大量の書物が出てきた。神社にある書物という事で、最優先でこちらは全て調べていくことになる。何十冊かまとめていくつかの山を作ってもその山の数は何十にも及ぶ。
紫や神奈子たちに聞いてみた結果、里の人々が全員死に絶えるまでは残り数か月も無いらしい。茉鵯禍達が食事をしながら話し合っている時間にも里では何人もの人が餓死していた。
これ以上被害を拡大させてはならない。全員がそう誓ったところで、妖怪の山からは神奈子と諏訪子、そして早苗がやって来た。早苗は博麗神社で書物の解読を手伝うことになった。更に守矢神社からも大量の書物が届けられた。神奈子と諏訪子は人里に降り、改めて事情を説明するとともに、早苗や霊夢を生贄に出そうと言うのなら我々は絶対に許さないというスタンスを明確にした。そして、平行世界から彼らがやって来たことも我々の援軍を神の力で呼んだとい設定で紹介して、別の世界の神、【外界神】の仕業ではないかという仮説を発表した。
仮説を立てることが出来たという事と神奈子たちの“援軍”が手を打っているという事を強調した結果、少しではあるが人々を勇気づけることに成功した。
そして、紅魔館や妖怪の山にいる妖怪たちが手を組んで食糧の調達、調理、そして人々の衛生管理をしてくれることになった。
幻想郷の住民たちのおかげで時間の猶予が少し増えた。
そしてすべての作業を開始する前に、茉鵯禍が里の人々の前に立った。
 「里の皆さん、私は野神茉鵯禍。この世界ではない別の世界から援軍としてやって来た者です。博麗の巫女や守矢の風祝様達から事情を聞いています。」
まずは自分たちの立ち位置を明確にした。
 「私をはじめとする援軍は神奈子様や諏訪子様からの交渉を受けてこの場所にやって来ました。既に説明は聞いているとは思いますが、この飢饉は一人の力では対処できるものではないかも知れません。」
あくまでも“援軍”という設定なので、二人には様をつけた。
 「でも我々は仮説を立て、それを基に異変解決の為に調査を始めます。この場所に残された猶予は短い。だからこそ皆さんの協力が不可欠なんです。這いつくばっても生きる、息をしている間は頑張れる、そんな意識を持ってほしいのです!!皆さんの意識があれば、きっと多くの人が助かります。これから我々は様々な方法で解決に向けて行動していきます。時には皆さんのところに向かう事があるかも知れません。その時はご協力をお願いします!!」
最後に全員の顔を見渡した。
 「我々は今こそ立ち上がるべきなのです!!必死に生きて、生きて、生きて、乗り越えましょう!!」
この瞬間、人々の間から大きな拍手が巻き起こった。この時の人々の顔は、希望に満ち溢れていたという。その希望を、願いを守るため。一行は行動を始めた。
      ◇◇◇◇
書物を読み解き、そこから求めるものを見つけ出すという行動は、単純に小説の頁に踊る文字を追いかけ、物語を楽しむというそれとは異なる。如何なる頁の如何なる文字であれど、読み飛ばしたり、理解しないまま読み終えたりするという事はあってはならない。だからこそ、集中を途切れさせないことが重要になるのだが。
それでも、人間の体というものはそう都合よくはできていない。心身共にすり減っていくのがこの作業なのである。

ある日の夕暮れ。
 「なんでいつまでもこんなことをしていなくちゃいけないんですか・・・!!」
ぽつりとこぼした早苗の一言に一同が一瞬だけ動きが止まる。しかし、またすぐに動き出す。それでも彼女は続けた。
 「こんなことを続けていても、何も変わらない!!こんなの最初から分かりきっていたことじゃないんですか!!」
早苗が声を荒げる。
 「早苗さん、一回落ち着いてください。」
さとりが早苗をなだめようとしたが、早苗は落ち着くどころか更に声を荒らげた。
 「うるさい!!人の心読んで分かった気にならないでください!!あなたには分かるわけ無いんですよ!!」
 「・・・」
これに関しては、さとりも何も言えない。
 「今更何を言ってんのよ。確かに可能性は低いけど、他に方法が無いからこうやって全員で書物から手掛かりを探してるんじゃないの。それにあんただってそれくらいは分かってるはずじゃないの。」
霊夢が呆れたような声で言う。
だから疲れる前に休めって言ったのよ。霊夢のそんな一言に早苗の理性が飛んだ。更に声を荒げた。
 「外の幻想郷から来ただけの霊夢さんに何が分かるんですか!!世界は違えど、この幻想郷の霊夢さんも疲弊しきってる!!なのに!!」
 「早苗さん、落ち着いてください・・・。」
茉鵯禍が立ち上がって制止を促す。
 「元はと言えば全て貴方が言い出したことですよね!!そもそも幻想郷の住民でもない貴方には一番分かるわけない話なんですよ!!」
 「それはそうですが・・・。」
確かにそうだ。一番分かるはずのない人物は自分だ。幻想郷の住人ではないのだから。
 「第一貴方が迷いこんだりしなければこんな目には合わなかったんじゃないですか!?」
 「・・・」
遂には何も言えなくなった。その主張に間違いはない。
 「それに、本当に外の世界の神が影響していたとして、その神を突き止めたとしてもそれだけでは根本的な解決にはならないじゃないですか!!」
 「・・・なら貴女はどうしろというのですか?」
言葉を返すことが出来なくなった茉鵯禍に代わり、さとりが問うた。
 「もう諦めればいいじゃないですか!!仮にこちらの幻想郷がおかしくなってもどうせ元の幻想郷に戻ればいつも通りの平和な日々が待ってるじゃないですか!!そんなんだったら
もういっそ・・・」
 「それ以上いけない!!」
一足先に心を読んだのであろう。さとりが途轍もない剣幕で言った。しかし、遅かった。
 「もういっそ・・・私が生贄にでも何にでもなればいい話じゃないですか・・・!!」
早苗の目には涙が溢れている。
 「・・・させるかっ!!」
茉鵯禍が慌てて立ち上がり、早苗のもとへ走る。
早苗が握っていたのは銀色に光る包丁。早苗はその柄を強く握りしめ、自分の腹に向けて突き刺そうとする。
ぐさりと音がした。
 「ぐぅっ・・・!!」
 「「!?」」
一同が驚愕した。
血を流していたのは早苗ではなかった。

せめてその包丁をはたき落したかった。でも間に合わない。ならやるしかないのか。
早苗の横から割り込んで。腕を伸ばした。
右腕から紅い血を流したのは茉鵯禍だった。
そのおかげで、早苗には傷は無い。
 「らぁっ・・・!!」
少しフラつきながらも立ち続けた彼。腕に刺さり、紅に染まった刃を抜き、地面に叩き落とし、遠くに蹴る。早苗が震えだす。全員が慌てて駆け寄る。しかし、歩みを進める霊夢の動きは遅く、怒りのオーラを感じる。
 「早苗!!」
霊夢が叫び、腕を上げたその時、早苗から少し離されたところで傷の手当てを受けようとしていた茉鵯禍が再び間に入り込んだ。
パチン!!という鈍い音が鳴り響いた。
 「・・・どうして邪魔するのよ。」
温度も何も無い低い声で問う霊夢。
 「・・・正しければ他人に手を出してもいいと?それが許されるとでも?」
赤く染まった右腕を押えながら霊夢に問う茉鵯禍。本来なら早苗が食らうはずだった平手打ちを茉鵯禍が代わりに受けたのだった。
そして大きく息を吸い込み。
 「どんなに主張が正しくてもそれを証明する行動が正しくないのなら、その主張は“正解”にはならない!!そうなればただの“押し付け”だ!!」
初めて声を荒げ、非難する茉鵯禍。
 「おい茉鵯禍!!」
魔理沙が二人の間に入る。大きな声を出した為に傷口からまた血が流れだす。そしてすぐさまさとりに右腕を強く押さえつけられた。
それでも、霊夢は止めない。
 「じゃあそれは正しい行動なの?私にはただ早苗を甘やかしているようにしか見えないんだけど。」
同じトーンで問う霊夢。
 「何も手を上げたりすることが正義じゃない。・・・それに早苗さんを見てみなよ。」
全員が早苗を見つめる。
早苗は返り血の付いた自分の両手に目を落としたまま震えている。
 「私が、私が、私が、彼を・・・」
その瞬間、早苗が膝から崩れ落ち、両手で顔を覆い、泣き叫んだ。
 「私は、なんてことを!!」
しばし、早苗の悲痛な叫びが聞こえる。
 「・・・自分が何をしてしまったか。それが分かればおのずと自分の取るべき行動が分かるはずなんだ。・・・平手打ち(そんなこと)しなくてもね。」
茉鵯禍が告げる。
 「・・・あっそ。」
同じトーンで引き下がる霊夢。
そして茉鵯禍が早苗に歩み寄る。
 「早苗さん、怪我はないですか。」
 「私は大丈夫だけど・・・貴方が・・・。」
 「それは良いんです。確かに貴女の言う通り、この仮説にも不確定要素は多くある。」
優しく語り掛ける茉鵯禍。
 「こんなことをする意味が本当にあるのかと問われれば、答えることはできない。それに、この一件の全ての発端は自分が幻想郷に迷い込んだことと言われてもおかしくは無い話なんです。」
 「でも・・・私は・・・。」
 「だからこそ自分は、腹を括って可能性に懸けているんですよ。たとえそれが小さなものであったとしてもね。」
 「・・・」
茉鵯禍の覚悟に、早苗が黙る。
 「なぁ・・・今日は一回休まねぇか?こんな状態じゃ読み解くのも難しいだろう。特に早苗が。」
魔理沙が控えめに提案する。
 「えぇ。魔理沙さんの言う通りです。私達も一回休みましょう。」
さとりもそれに賛同する。
 「はい・・・」
茉鵯禍も頷き、霊夢と早苗を見る。
 「「・・・・」」
      ◇◇◇◇
早苗が先に戻り、その他のメンバーは少し残る。そこで茉鵯禍が言う。
 「どうか早苗さんを責めないであげてください。」
茉鵯禍が全員に頭を下げる。しかし、全員困惑している。
 「確かに早苗さんの手で右腕を刺されました。でもそれも覚悟のうえで腕を出したんです。だからどうか・・・。」
 「でもよ・・・。」
魔理沙が不安そうに見つめる。
 「人間は脆い生き物。自分の容量にも限りがある。その容量を超えてしまえば誰だってああなると思うんだ。」
 「確かにそうですが・・・でも・・・」
さとりも同様に見つめる。
 「誰も悪くないんですよ。少なからず、自分はそう信じています。」
 「・・・いいんじゃないの。本人が言ってんだから。」
霊夢はぶっきらぼうに吐き捨てる。今回はその方が都合が良かった。
 「まぁ、お前がそう言うなら別に責めないけどよ・・。」
 「そうしてあげましょう、皆さん。」
全員が納得した。
 「ありがとうございます。」

心身がすり減った状態では、少しの事にも敏感になってしまう。今回の早苗はその代表格と言えよう。
彼女はこのアイデアにすぐさま賛同し、行動を始めてからというもの、まともな休息や睡眠を取っていない。毎日毎日、寝る間も休む間も惜しんで書物に踊る文字を追いかけ、解こうとした。
でも、まともに休息を取らずにそんなことが出来るはずがないというのは全員が分かっていた。早苗に対しても休憩するように言ったが、休もうともせず、休んだとしてもすぐに作業に戻ってしまう。
 「私がこの謎を解いてみせます!!」
最初は意気込んでいて明るかった彼女の顔。初めて会ったあの日の早苗からは想像も出来なかったあの笑顔。しかし、日に日にその笑顔は無くなり、目の下にはクマができ、笑う気力もないほど疲弊した顔になっている。
そして、過剰に溜まった疲労や先々の事に対する不安、不確定要素の多い仮説に、野神茉鵯禍という外界人。彼女のキャパシティーは限界を超えた。
そして、ついに抑えきれなくなった感情が爆発して、あのような行動に出てしまった。
誰も悪くない。誰も彼女を責め立てることはできない。強いていうなれば、休息をまともにとらなかったことを咎めることが出来るだけなのだ。
      ◇◇◇◇
その日の夜。夕焼けの赤は消え、星々が輝き幻想の地を月と紺色の空が照らす。火を焚いてその前で文字を追いかける茉鵯禍。
 「・・・どうしましたか。」
書物に踊る文字の読み解きを続ける彼が、早苗の気配を察知した。彼の右腕には包帯が巻かれ、所々うっすらと赤色が滲んでいる。しかし、彼は気にすることもなく作業を続けていた。
そして数秒後にまた口を開く。
 「今日は休んでいたらどうですか。魔理沙たちだってそう言ってたじゃないですか。それに、もう夜ですし。」
彼は後ろを振り向くこともしないまま早苗に言った。途中まで読んでいた書物に手を伸ばし、続きを読もうとしていたらしい。
 「なんで分かるんですか。」
 「・・・なんかそういうような気配がしたからです。」
 「そうですか・・・。」
 「とりあえず今日は休んでください。少し寝ただけでは体の疲労は取れません。」
 「でも・・・・。」
素直に引き下がらない早苗。
ここで茉鵯禍が動いた。
 「・・・では、お茶を入れましょう。どうぞ座ってください。」
茉鵯禍は本に栞を挟み、二人分のカップを用意した。早苗も目の前に座る。
紅魔館から支給された紅茶。集中するのにおススメの紅茶と、脳や身体を休めるのにおススメの紅茶。二種類があるが、今回は休めるための紅茶を二人分用意する。
慣れた動きで火を起こし、湯を沸かす。
      ◇◇◇◇
しばらくして、紅茶を淹れ、渡す。
 「どうぞ。熱いのでお気をつけて。」
 「はい・・・。」
しばらくの沈黙が流れる。彼も早苗も紅茶を飲み進め、黙りこむ。その上、お互いに上を向いたり俯いたりしているので、目線が合う事は無かった。
 「・・・あの。」
俯いたままの早苗が口を開いた。
 「・・・どうしましたか。」
優しい声で応える茉鵯禍。早苗は今にも泣きそうな声で言った。
 「先ほどは本当にごめんなさい・・・私も余裕がなくなっちゃって・・・その・・・。」
必死に弁明する早苗。
 「えぇ。分かっています。」
優しく、しかし淡々と答える茉鵯禍。
 「私、この先どうしたらいいか分からなくて・・・。」
遂に泣き出した早苗。
数秒後、茉鵯禍が口を開いた。
 「人間というのは。」
 「・・・え?」
 「人間という生き物は非常に脆いんです。どれだけ頑張ろうとしても、どれだけ意志が強くても。」
 「・・・・」
 「それでも自分の容量はすぐにいっぱいいっぱいになってしまう。感情の爆発はそこで起きる。」
 「・・・・」
 「・・・誰も悪くないんです。もちろん早苗さんも。誰かが誰かを責めることはできない。」
 「それはどういう・・・。」
ずっと黙って話を聞いていた早苗がおずおずと口を開いた。
 「貴女はずっと頑張っていた。それも一番頑張らなければいけない僕よりも。」
そこまで言うと、彼も笑顔になって続ける。
 「胸を張っていてください、早苗さん。貴女ならできるはずです。でも、無理はしないで。辛ければ泣いてもいいんですから。」
自分の事を一番知っているのは自分のはずでしょう?と残す。
すると、早苗は立ち上がり、茉鵯禍に抱き着く。
 「え・・・!?」
困惑する彼に対し、そのまま号泣する早苗。
 「私、怖くて!!ずっと怖かった!!だから少しでも可能性があるならって思って!!それでも怖くて!!私・・・・。」
思いの丈を必死にぶつけてくる早苗。
彼は少し、空を見上げて、息を吸い込む。
 「僕たちで終わらせましょう。この飢饉(絶望)を。
そして取り戻しましょう。元の平和な世界(今まで通りの幻想郷)を。」
彼もそのまま、早苗を抱きしめた。
しばらく、その光景が続いた。
      ◇◇◇◇
 「ありがとうございます。茉鵯禍さん。」
泣き腫らした笑顔で言う早苗。
 「えぇ。辛ければ泣いてもいいんです。誰も責めはしないですよ。早苗さんが大丈夫ならそれでいいんです。」
そして早苗は戻っていった

 「さて、続きを・・・」
本に手を伸ばした彼の横には霊夢がいた。先ほど、少し空を飛んで散歩の代わりにすると言って飛んで行った霊夢。彼も気配を感じ取れなかったらしい。険しい顔をしてこちらを見ている。
 「・・・そんな敵を見るような目で見ないでおくれよ。」
やっと霊夢の存在に気付いた彼が言った。
すると霊夢は。
 「なんで邪魔したのよ。」
彼もため息をついて、
 「・・・言っただろう、正しいことを証明するなら行動も正しくないと・・・」
 「違う。」
発言を遮ってきっぱりと否定する霊夢。
 「なんで休んでいればこんなことにはならなかったって早苗を咎めないのって聞いてんの。それに、あんただって大して休んで無いじゃない。」
 「・・・」
霊夢が言った。彼も言い返すことはできなかった。なぜなら。
一番休んでいないのは早苗であることに変わりはないが、茉鵯禍に関しても同じだった。早苗よりは休息や睡眠を多く取っている。しかし、霊夢や魔理沙たちに比べれば休憩や睡眠の時間は圧倒的に少ない。朝早くから起きては文字を追いかけ、夜遅くまで続ける。更に朝や昼、夜の食事の支度もほとんど彼がしている。一般には過労と言われてもおかしくはない。本人は自覚していなくても、体や精神にはかなり応える。彼も睡眠不足によって判断力や注意が散漫になっていることが多くなった。
 「確かにその通りだ。まともに休んではいないだろう。それでも自分が深く関わっている可能性がある以上、ゆったりしている時間は無い。」
 「・・・で?」
霊夢はまだ納得していないようである。
 「いや・・・で?と言われてもね・・・。」
 「あんただって人間じゃないの。それとも
何?自分は強いとでも思い上がってるの?」
ヒステリックに責め立てる。
 「そんなことは・・・」
 「じゃあどうして!!」
声を荒げる。
 「あんた全然休んで無いじゃない!!私にも魔理沙にもさとりにも、全員に心配かけて!!そんなこと許すとでも思ってるの!?」
 「・・・」
 「なんとか言いなさいよ!!」
霊夢が少し泣きそうな顔で彼の胸倉を掴んで言った。
 「霊夢・・・。」
 「うるさい!!」
すると霊夢も早苗のように抱き着いてきた。
その力は、少女にしては強い。でも、解くことは簡単だが、思いが強い。離さないという思い。
      ◇◇◇◇
 「ごめんね、霊夢。心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫なんだ。確かに僕は君たち程強くない。それでもまだ、自分が諦めちゃいけないっていう思いがある。だからずっと向き合っていられるんだ。」
 「何よ、それ・・・。」
霊夢が少し笑顔になって言った。
 「それが僕なんだ。さぁ、霊夢も休むといいよ。」
 「それは私のセリフよ。」
少し頬を膨らませて応える。
 「まったく・・・・。」
茉鵯禍も霊夢と一緒に戻っていった。
      ◇◇◇◇
その頃。この幻想郷のどこかで。
 「見つけましたよ。あの青年。」
誰かの声だけが響く。姿も無い、誰かの声。
 「誰かいるのかしら?」
紫だ。何かの物音が聞こえてやって来た。
 「気のせいか・・・。」
紫は離れていった。そして声の主も同様。
 「下手に手出しは出来なさそうですね。まだまだ様子を見る必要がありそうだ。」
      ◇◇◇◇
そして次の日。
 「皆さん、昨日は本当に申し訳ありませんでした。」
早苗が頭を下げる。
 「まぁ、人間だし、しょうがないよな。気にすること無いぜ。」
 「同じくです。」
 「同じく。」
三人が同調する。そして茉鵯禍も。
 「らしいですよ。今日も頑張りましょう。」
早苗が全員の顔を見渡す。優しく微笑む者、力強い笑顔の者。
 「・・・はい!!」
再び、一行の挑戦は始まった。

そんな日々が毎日毎日続いている。彼の持っていた不思議な手帳には最近、なにも書かれなくなった。幻想郷に迷い込んでからというもの、毎日が新しいことばかりだった為に、日々様々なことが勝手に記され続けていた。しかし、今はそれも全て更新されていない。新しいこともなければ心動いたことも無いからだ。
だからこそ、自分で記録をつける。変わり映えしない毎日でも、無駄にはしない。
日々文字を追いかけ、頭を回し、読み解こうとする。そんな日々が一か月半ほど続いた。
      ◇◇◇◇
 「見つけた・・・!!見つけたよ!!」
目に黒いクマを作りながら声を張る。茉鵯禍がついに見つけた。
農業用水を分配する神。水分神のうちの一体で、天から降り注ぐ雨水を分配する神。天之水分神の存在。
 「やるじゃない!!これならいけそう!!」
 「すごいぞ茉鵯禍!!大手柄だ!!」
 「やりましたね!!茉鵯禍さん!!」
 「素晴らしいです。」
歓喜の声を上げている一行のもとに、神奈子と紫がやって来た。
 「お、随分賑やかじゃないか。どうしたんだい。」
神奈子がとても嬉しそうに問う。
 「あ、神奈子様!!茉鵯禍がやってくれましたよ!!」
 「あら、茉鵯禍どうしたの?」
紫が茉鵯禍に問う。
 「久しぶりです、紫さん。今回の仮説で立てた外の世界の神についてなんですが、この神様ならって思うような一体を見つけたんですよ。」
茉鵯禍が言うと、紫よりも先に神奈子が食いついた。
 「何!?教えろ!!どんな神だ!!私の知っている神かも知れない!!」
かなり興奮した様子で急かしてくる神奈子。
 「天之水分神です。神奈子さんご存じですか?」
 「知ってるも何も・・・有名な神じゃないか。外の世界にも水分神を祀っているとされる神社はいっぱいあるぞ!!」
神奈子の発言に驚く一行。
 「本当ですか!!神奈子さん。」
 「あぁ。会ったこともあるぞ。でもあいつは無意味に水を止めたりしないはずなんだけどなぁ。」
首を傾げる神奈子。
 「じゃあその神が外から影響を与えているかも知れないという認識でいいのかしら。」
紫が核心を突いた質問をする。
 「その認識で間違いないかと。」
茉鵯禍が応える。
 「じゃあその事実を確かめてみましょう。神奈子。その神が祀られている場所を教えてちょうだい。その神をここに呼び寄せるわ。」
 「分かった。」
紫が神奈子の指定した場所にスキマを用意した。スキマの先は外の世界にある神社。そこに水分神が祀られているらしい。
 「じゃあ呼ぶぞ・・・。」
スキマを抜けた先の神社。神奈子は宙にどしりと座るように浮き、四本の御柱を背中に付け、集中している。その光景はとても厳格なもので、息をすることもためらってしまいそうなほどの雰囲気だった。
      ◇◇◇◇
いきなり立ち会がった神奈子が険しい顔をして言う。
 「まずいぞ。暴走している。何かに操られているかのように自分を、自分の力を制御できていない。」
この発言に対し、一行の警戒度が上がる。
 「強いんですか?神奈子様。」
 「強いどころの騒ぎじゃないぞ。ここまで力があるというのに、よく外の方が何も起きていないなと思うぐらいだ。」
 「全員、最大級の警戒をしましょう。」
茉鵯禍が促す。
 「飢饉の原因はこいつで間違いない。スキマはまだ開けたままにしておくが、こいつが入り込んだらすぐに閉めろ。今のこいつの力は強すぎる。スキマを開けたままにしたら今度は外の世界にも影響が出るかも知れない。」
的確に指示を出す神奈子。
 「そんな・・・仮説が当たったっていうのか・・・。」
魔理沙も驚愕しているが。
 「来るぞ!!」
神奈子の一声に一同が動きを止めた。一瞬だけ途轍もなく不穏な雰囲気を感じ取った。暴走した神が幻想郷に入って行く。一行も急いでスキマの中に戻り、スキマを閉じる。
スキマを抜けた先には事前に用意しておいた陣がある。ここで神の身動きを封じ、尋問していく算段だ。
 「今だ!!霊夢!!」
 「任せなさい!!」
霊夢が何かを唱え始める。すると陣が光りだし、不穏な空気の塊が陣の上を通り抜けようとしたその瞬間、動きが止まった。
 「成功したようだな。」
状況を確認し、ひとまず安心する一行。
 「えぇ。しばらくすれば陣の効果で姿が見えるようになるわ。」
霊夢が陣の効果を説明する。
 「・・・にしても本当に神の仕業とは思いませんでした。それも神奈子さんが知っている神だったとは。」
 「あぁ。その通りだ。」
 「魔理沙さんと同意見です。にしてもそんなに狂暴ですか。貴女が大きな恐怖を感じているのが読み取れます。」
さとりが心を読んで、神奈子を気に掛ける。
 「大丈夫ですか、神奈子様。」
 「あぁ・・・私は大丈夫だが、こいつは恐ろしく狂暴だ。油断するなよ?最悪の場合、陣の効果が効かないという可能性も視野に入れなければならないかもしれない。」
神奈子が推測を始め、今一度警戒するように
 「来るわよ!!」
霊夢の一声に全員が陣を睨みつける。
 (狂暴な神・・・どんな姿なんだろう。どんな力なんだろう・・・怖いな・・・。)
少しずつ姿が見える。しかし、ほとんどが黒い靄に覆われており、その神の姿を目視することが出来ない。
姿が完全に現れる前に、その神は何やら不思議な言葉のようなものを発している。神奈子がそれを通訳する。
 「・・・・なるほど。私がここにお前を呼んだ理由は二つ。どうして雨を降らせないんだ。そしてその姿はどうした。お前はそんな禍々しい姿ではなかったはずだ!!」
また言葉なのかも分からないような音を発している。
 「これが私の新しい姿!?お前、ふざけるのも大概にしろ!!」
神奈子が問い詰めるたびに空気はどんどん禍々しいものになっていく。それと同時に、靄が体のような形を成していくのが分かる。女性のような体つき。恐らく長髪で痩せ型。手には何も持っていないと思われる。目だと思われる場所は赤く染まり、尖っている。
 「おい!!聞いてるのか!!」
この一言を封切りに、禍々しい空気が陣を超えて溢れ出してきた。
 「まずい!!」
神奈子が叫ぶ。
 「何よコレ!!湿っぽい!!その上に気持ち悪い!!」
霊夢が率直な感想を述べる。
 「うわぁ、なんだよコレ!!」
 「くっ、苦しいです・・・。」
 「神奈子様ぁ!!」
 「神奈子!!これは何なのよ!!」
 「何なんだこれは!!重い!!湿っぽい!!苦しい!!」
全員が苦しみ藻掻いている。湿っぽく、重いその空気はまとわりついて離れない。
「おそらくそれが暴走したこいつの力だ。これが人里に届こうものなら人里の人間は苦しみ、中には死んでしまうものも現れるだろう。全員、意識をしっかり持て!!」
神奈子も必死に叫ぶ。
 (このままでは意識が飛びそうだ!!深呼吸したくても空気が重すぎて口を開けることも難しい!!どうにかしてこの空気を何とかしないと!!)
 「くっそお、お前!!どうしたんだ!!昔のお前はこんなことをする奴じゃなかっただろうが!!どうしたんだよ本当に!!」
 声のような音は激しくなっていく。そして遂に、神奈子には何も聞こえなくなってしまった。
 「何も聞こえなくなった!!このままでは話にならんぞ!!」
すると突然、茉鵯禍の耳に激痛が走る。耳をつんざくような高い音。その場に蹲ってしまう。
 「うあぁぁぁぁ!!」
 「どうした茉鵯禍!!」
魔理沙が叫ぶ。
 「耳が!!耳が!!壊れる!!それに!!何かの声ようなものが聞こえる!!」 
 「何!?どんなものが聞こえるんだ!!」
神奈子が叫びながら問う。
 「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
あまりにも大きく高い音。一刻も早くシャットダウンしないと鼓膜が破れてしまう。耳を手で塞いだまま藻掻き苦しむ。
 「しっかりしなさいよ茉鵯禍!!」
霊夢が背中を叩く。
 「そうだ!!落ち着いて、聞きとるんだ!!」
「茉鵯禍さん!!頑張って!!」
 「聞き取って!!そうすれば私達や神奈子様が何とかしますから!!」
 「頑張って、茉鵯禍!!この幻想郷の未来は貴方に懸かっているわ!!」
 「あぁぁぁぁぁあぁ!!」

大きい音が止まり、女性の声。エコーが掛かっているように聞こえる。しかし、その声は茉鵯禍にしか聞こえない。
 「私は天之水分神。人間よ。あなたは神に対して頭が高すぎるとは思いませんか。」
 「・・・どういう事だ・・・!!」
耳から手を離し、立ち上がり、前を向き直り話をする。
 「そのような言い方を指しているのです。我々は神である。それ故に人々を多く助けている。当然、信仰されるのが当たり前の存在なのです。」
至って当たり前のことを述べ続ける神。
 「だからどうした・・・!!」
茉鵯禍が真意を問う。
 「なのにこの場所はどうですか。人里の人間たちは皆、神奈子や諏訪子たちに対する信仰する心を忘れている。それが気に食わないのですよ。」
 「神奈子さんと諏訪子さんに対する信仰が無いのが気に食わないだと!?」
この一言に全員が驚愕する。特に神奈子。しかし、茉鵯禍は続ける。
 「確かに神様にとって信仰は大切なものだと言っていた。でもこんなやり方で、罪のない人々を大勢苦しめて!!それが通用すると思っているのか!!そもそも、神奈子さん達がそんなことしてくれと望んでいたのか!!仮にそうだとしても、神様なら何をしても許されると思うなよ!!」
 「茉鵯禍・・・。」
神奈子達が立ち尽くす。そして神奈子達の耳にも声が届く。
 「貴方・・・神である私にそのような口を利くとは見上げた根性ですね。貴方たちなど所詮はただの人間のくせに。」
彼の前方から禍々しい波動が押し寄せる。
 「ぐっ・・・!!」
神奈子が間に入った。
 「・・・茉鵯禍。下がれ。」
 「神奈子さん!!」
 「話は大体分かった。お前・・・やっぱりおかしい。確かに信仰が無いのは問題だ。しかし、いつ、誰がお前に何とかしてくれと頼んだ?私は頼んだ覚えはない。動機はとても素晴らしいが、それでもやり方というものがあるだろう。」
今までに聞いたこともない低い声で問う神奈子。
 「神奈子。いつまでそんな人間の肩を持つのですか。信仰が足りないと困るのはお互い様のはずでしょう。」
小さな子供を宥めるかのような声で諭そうとする天之水分神。
 「そんなやり方で信仰が集まるなら!!天変地異の百個や二百個、三百個でも四百個でもとっくに起こしてる!!でもそんなやり方では何も変わらない!!むしろ人々の心は離れていく!!お前も神をやっているならそれくらい分かるはずだろう!!」
 「八坂神奈子。いつまで夢を見ているのですか。いい加減に目を覚ましなさい。」
少し厳しい声で応える天之水分神。
 「天之水分神。その言葉そっくりそのまま返してやるよ。」
 「・・・」
数秒の沈黙の末。
 「紫、霊夢!!」
 「何かしら。」 「何よ。」
 「この神社、および博麗大結界に対して結界を張ってくれ。うんと強力なやつをな。」
 「神奈子・・・あんたもしかして。」
 「その通りだ紫。ここで始めるぞ。」
 「私も参加するの?」
 「もちろんだ霊夢。協力してくれ。」
 「まったく世話が焼けるわね・・・行くわよ、紫。結界張りに行きましょう。」
 「えぇ。」
 「神奈子様、もしかして。」
神奈子の指示及び口調から何かを察した早苗達。
 「あぁ。」
早苗たちの方を向いて頷いた。
 「今からここは戦場になる。腹括っとけ。」
と、天之水分神の方を向いたまま全員に伝える。そしてそれは神への宣戦布告となった。
 「おやおや・・・私と勝負しようというのですか。何とも嘆かわしい。もっと聞き分けがあると思っていたのに・・・残念です。
 「はっ、これでももう立派な幻想郷の神様だからね。」
嘲笑うかのように言う。そして息を吸い込み続ける。
 「私の家族、仲間そして幻想郷に危害を加える奴を私は絶対に許さない!!天之水分神!!正々堂々かかってこい。私と私の家族、そして仲間が全力で相手をしてやる!!」
 「分かりました・・・ではこちらも本気で行かせてもらいましょう・・・。」
 「あぁ。仮に私たちが負ければこの幻想郷を好きにするといい。しかし、私たちが勝てば、私たちの自由にさせてもらう!!」
 「構いませんよ。精々、最期まで足掻いてください。」
 「大した度胸だな。しかし私たちは絶対に負けない!!お前のような奴に負けるほど幻想郷は弱くない!!全員、手を貸してくれ!!」
 「任せろ!!」 「えぇ。」 「「もちろんですよ!!」」
魔理沙、早苗、さとり、茉鵯禍が応える。 
 「私たちを忘れないでちょうだい。そんであんた。私たちの幻想郷に手を出したこと。後悔させてやるわ。」
大幣と札を構える。
 「美しく残酷にこの大地から・・・なんてね。」
扇で口元を隠しながら微笑む紫。
 「話は聞いたよ。私も混ぜておくれ。」
 「諏訪子!!」
諏訪子も飛んできた。いつになく上機嫌そうな顔で。
 「別にいいだろう?人数が増えて困ることはないし。」
無邪気な顔で言う諏訪子。だが。
 「それよりそこの神!!お前・・・覚悟は出来ているんだろうね。私たちを敵に回すとどうなるか・・・教えてあげるよ。」
この発言の時だけは恐ろしい顔をしていた。恐怖を感じるような笑顔だったのだ。
 「一、二、三、四・・・何人増えても変わりませんよ?今のあなた達では何人仲間が増えようが私には敵わない。たとえ神奈子や諏訪子がいたとしてもね。」
 「その発言、後悔するなよ。」
天之水分神と神奈子が吐き捨てる。
 「いざ、勝負!!」
幻想郷の未来を懸けた大勝負が始まる。相手は外界神の一体である天之水分神。
境内や博麗大結界に張り巡らされた無数の結界。幻想郷の最大勢力、五大老と恐れられるうちの二人、紫と神奈子も勝負に出る。
相手は自身の身体を覆っていた黒く禍々しい靄を黒光りする鎧にして身に纏い、靄の一部を剣のような形に変形させ、自らの動きを封じていた陣を難なく抜け出す。
禍々しいオーラは陣を抜け出すと更に強く感じる。こんなものが人里に出てしまえば、人里の人間たちはまず無事ではいられないだろう。突然襲い来る眩暈、吐き気。向かう者の足を止めてしまうほどのオーラを発する。
 「・・・この姿ならあなた達とも戦えますね。」
黒い長髪。黒光りした鎧。右手には黒い剣。
先制攻撃を仕掛けたのはこちら側だった。
 「さっさと終わらせましょう?手加減はしないわ!!」
霊夢と魔理沙が飛び上がった。
 「霊符 [夢想封印] 」
 「私もいくぜ!!」
 「恋符 [マスタースパーク] 」
不敵な笑みを浮かべながら攻撃の先に立つ。臆することも、守りの姿勢を見せることもなく。
 (いくら鎧があるとはいえ、あの攻撃を受けたなら流石に・・・)
二人を中心に、全員がそう思った。しかし、
黒煙が立ち上る中、嘲笑うような声が聞こえる。
 「うふふふふ。その程度で私を倒せるとでも?そのような攻撃では倒すどころかかすり傷一つ付きませんよ?」
黒煙が晴れ、傷一つ付くことなく黒く輝く鎧が見える。一同が驚きを隠せずにいる。
 「おいおいおい、私のマスパも霊夢の夢想封印も効かないって・・・。」
 「えぇ・・・。どうしよう・・・。」
 「任せてください!!」 「いきますよ!!」
今度は早苗とさとりが動く。
 「秘術  [グレイソーマタージ] 」
 「想起 [テリブルスーヴニール] 」
赤や青の弾一つ一つが星形に集まり、散っていく。そして螺旋状に広がる弾と放射状に伸びていくレーザー。二人の射出する弾はどんどん広がっていくために避けられる範囲は狭くなっていくというのに黒い鎧はまだ動こうとしない。変わらず浮かべ続ける不敵な笑みに、驚愕することを忘れ、恐怖を覚えるようになった。
 「効きませんよ?いい加減に学んだらどうなんですか?特にそこの貴方。」
茉鵯禍に水を向ける黒い鎧。
 「な、なんだ!!」
 「貴方はもう分かっているでしょう?私に彼女らの攻撃は通用しないと。」
 「違う!!それはたまたまお前が避けられただけだ!!今の技をどうやって避けたのかは知らないが、当たれば無傷ではいられないはずだ!!」
必死に抵抗する茉鵯禍。
 「いえ、違います。間違いなく攻撃は通っていません。」
さとりが口を開いた。
 「どういう事だ?」
魔理沙が問う。
 「なぜ攻撃が通らないかは知りませんが、もう一つ分かったことがあります。ずっと心を読もうとしたのですが、全てが黒く塗りつぶされたように何も見えないんです。でもこの攻撃で一つ分かったことがあります。先ほどの私の技は、相手のトラウマを呼び起こすことで間接的に深層心理を覗くことができるのですが。」
恐怖を覚えているような顔でこちらを振り向く。
 「彼女にトラウマと呼べるものが無いんです。いくら神とはいえどもトラウマの一つや二つありそうですがどうなんですか、神奈子さん。」
神奈子や諏訪子が驚愕する。
 「そうだねぇ。おかしいとは思うぞ。こいつにだってトラウマぐらいはあるはずだ。だよな、諏訪子。」
 「でも、だとしたら変だよね。あるはずなのに呼び起こせないというのは。だとすればトラウマがあるという認識がそもそもおかしいのか、能力が機能していないのか、“トラウマそのもの”が隠されているという可能性もあるよ・・・。」
 「いや、今回は本人若しくは何者かによって隠されていると考えるのが妥当だろう。私も何度かこいつとは話したりしているがとてもトラウマが無いようには見えない。かといってさとりの力が機能していないというのも考え難い。お前もそうは思わないか?」
もう一度諏訪子に問う神奈子。しかし、それを霊夢が遮った。
 「なんにせよ今までのやり方じゃこいつは倒せないってことね。」
 「これは厄介だぜ。」
数秒の沈黙が流れる。そしてさとりが何かを思い出した。
 「そういえば茉鵯禍さん。」
 「何でしょう、さとりさん。」
 「貴方の持っている手帳などに何かヒントは無いんですか?いろいろ調べてまとめたじゃないですか。」
彼が手を叩く。
 「なるほど手帳!!どれどれ・・・」
茉鵯禍が慌てて手帳を取り出し、ページをめくっていく。そしてある地点で手が止まる。
 「・・・大変ですよ。」
青ざめた表情で言う茉鵯禍。
 「どうしたのよ。」
霊夢が反応する。
 「こいつに関する記述が無い、いや書き換えられてる!!しかも一瞬で文字の羅列が変わっている!!」
 「「何!?」」
全員が彼の方を見る。
 「本当なの?茉鵯禍。」
紫が問う。
 「とりあえず見てみて下さい。本当に無いんです。」
絶望の表情を浮かべたまま、手帳を見せる。彼の言う通り、まとめた記述は意味の分からない言葉の羅列に書き換えられている。そしてそれが一瞬のうちに変わり続けて。
 「参ったねぇ。」
諏訪子が頭を抱える。紫たちもどんどん険しい表情になっていく。その上に。
 「そろそろ私も反撃といきましょうか。」
天分神が攻撃の構えになった。剣を使うようだ。
 「■■■ ■■■■■■■■■」
また言葉なのかも分からない音を発する。その音が発せられると、剣から禍々しいオーラが発せられる。重く、苦しく、とても体に悪そうな感じだ。先ほどの空気とはまた違った禍々しさ。全員が苦しそうだ。
 「なんだこれ、苦しい!!」
 「それに・・・気持ち悪いわ!!」
 「くそう、禍々しすぎる。」
 「苦しいぜ!!なんだよコレ!!」
 「神奈子・・・こいつは元からこんな奴だったのかしら?」
苦しみながらも紫が問う。
 「違う!!こいつはこんな禍々しい奴じゃないんだ!!なんでこうなってるかは分からないけど!!」
悲痛に近い声で応える神奈子。
 「神奈子さんの言うことは本当です。嘘はついていません。でもそれは本当に打つ手が無いことを意味します。その上、今のオーラのようなもののせいで心が更に読みづらくなってしまいました。」
さとりが神奈子をフォローし、現状を述べていく。
そして。
 「■■■ ■■■■■■!!」
今度は黒い斬撃が飛んでくる。斬撃の通った道には湿っぽい空気が流れる。やはり農業用水として水を司る神である以上、その力は攻撃にも応用されているのだろう。しかし、この湿り気は通常のそれとは違い、周りの空気を吸い込みたくもない程苦しく感じる。
まるで、水に溺れているかのように。
 「おやおや、今の一撃をかわすとは。なかなかやりますね。でも次はそうはいきませんよ。」
 「茉鵯禍!!」
敵の宣戦布告の後に霊夢が叫ぶ。
 「なんだい、霊夢!!」
 「あんた離れてなさい。もっと重い一撃をかまさないと倒れなさそうよ。でもそれだと近くにいるあんたにも攻撃が当たりかねないし、そもそも戦いが始まった時点で離れてないと危ないのよ!!」
 「分かった!!じゃあ離れているけど、何かできることは無いのかい?」
彼は即座に指示に従い、後ろに歩を進めた。
 「一応、手帳とかを用意しておいて。そろそろ何かしらの変化があっても良い頃だと思うわ。」
 「分かった!!」
茉鵯禍が前線を離れ、手帳のページを手繰り始める。場に流れる緊張感は、逆に博麗の巫女達の感情を高ぶらせた。
 「さて、いっちょかましていきましょ。」
 「おう。頑張ろうぜ。」
 「いきましょう!!皆さん!!」
 「私らも用意しないとな、諏訪子。」
 「あぁ。そっちも御柱用意しとけよ?」
第二ラウンドの始まりだ。
 「もう一度別の角度の攻撃から深層心理にアプローチしてみます。」
 「私も久しぶりに頑張ろうかしら。」
 「自分もいろいろ探してみます!!」
第二ラウンド開始の合図だ。
 「勝負だ!!天之水分神!!」
 「まだ諦めませんか・・・いい加減に腹が立ちますね。もう苦しまずに逝かせてあげますよ!!」
 「それはこっちのセリフよ。」
 「霊符 [夢想封印] 」
 「恋符 [マスタースパーク] 」
 「開海 [海が割れる日] 」
 「神祭 [エクスパンデッド・オンバシラ] 」
 「開宴 [二拝二拍一拝] 」
 「想起 [二重黒死蝶] 」
 「符の壱 [四重結界] 」
全員が各々のスペルカードを発動する。辺り一帯が眩しい光に包まれる。その光の中では鎧も何も見えない。
しかし。光の中に一つだけ黒く存在感を発しているものがある。それを視認した茉鵯禍。すると、衝撃によって閉じてしまった手帳がいきなり開き、先ほどのページで止まり、言葉の羅列が変わった。
 「壱之神 天之水分神
 心臓に札を示せ
 鎧を斬らねば現れぬ
 断ち切れるは迷い人のみ」

 「なんだ・・・これは・・・。」
攻撃が収まり、光が消えていく。全員の一斉攻撃が効いたのだろうか、鎧にはヒビがいくつか入っている。
 「おのれ・・・おのれおのれおのれ!!もういい!!こんな世界今すぐ壊してくれる!!」
いきなり飛び上がり、黒い弾を乱発する。誰かを狙うというより、ただ滅茶苦茶に撃っているように見える。
しかし、霊夢達は気付いていた。
滅茶苦茶に撃っているのではなく、“結界を壊す為”に撃っているという事を。
敵の暴走を抑え、人里に危害が及ばないようにするために、紫と霊夢が境内のいたるところに結界を張っている。彼女はその結界の存在に気づき、それを破壊することで、外に出ようとしているのだ。外に出てしまえばもう止めることはできない。仮に止めることができたとしても、人里や妖怪の山などに対する被害は今まで以上に大きくなることは避けられない。それに、止められなければ、幻想郷の崩壊も時間の問題といえる。
何としてもこの結界は死守しなければならない。
 「紫!!結界が壊されるわ!!」
 「そんな!!強い結界を張ったはずなのにそれが壊されるっていうの!?」
霊夢の懸念に紫が悲痛に近い叫びをあげる。
 (これはまさにピンチだ、どうしよう。結界が壊されればヤツは間違いなく外に出る。そうなると手が付けられない・・・賭けてみよう。この手帳の記述の通りにすれば状況が好転してくれるかも知れない。)
 「霊夢!!」
 「茉鵯禍!?」
茉鵯禍が叫ぶ。そして駆け寄る。
 「これを見て!!さっきこの文章に羅列が変わったんだ!!」
紫や魔理沙たちが応戦している間に霊夢に手帳のあのページを見せる。
 「・・・もうこれしかないわ。札って絶対外界札ね。しかも鎧は斬れると・・・断ち切れるのは迷い人のみ・・つまりあんたね。」
 「え、ちょっと霊夢!!」
茉鵯禍の声を後ろに霊夢は神社の中に入って行った。
 「おいおいおい霊夢!!どうしたんだよ!!」
「霊夢!!戻って来なさい!!」
魔理沙と紫が叫ぶ。しかし、霊夢は気にもしない。
数秒後、霊夢が戻ってきた。手には木刀を持っている。
 「霊夢さん、正気ですか!?そんな木刀であいつは倒せませんよ!!」
 「そうだ。どうした霊夢。落ち着くんだ!!まだ諦めるな!!」
残りの仲間が叫ぶ。
 「うるさいわねぇ!!見てなさいよ!!」
一度全員に怒号を浴びせる。そして霊夢はその木刀に外界札を何枚も張り付けていく。そしてそれを茉鵯禍に渡す。
 「頭痛、耐えなさいよ。」
霊夢はそう言うが、茉鵯禍は既に少し目をそらしている。
 「そんないきなり!!」
すると彼の左頬に痛みが走る。そして霊夢が口を開く。
 「いい加減にしなさい!!あんたこの状況でまだ無理だって言うの!?このままだと幻想郷滅ぶのよ!!いつまで逃げてんのよ!!手帳に変化があったんでしょ!?」
 「「何!?」」 「「本当ですか!?」
全員の声が重なるが、左頬を押えたまま茉鵯禍は黙りこんでいる。
 「前向きなさい!!そして手を出して!!」
霊夢が茉鵯禍に木刀を持たせようとする。
 「・・・」
 「茉鵯禍!!」
諏訪子が声を上げる。
 「いつまで逃げてんだい!!腹括れ!!お前さんは守りたくないのかい!!この幻想郷を!!」
 「あぁ。確かに怖いだろう。でもこれはお前しかできないことかも知れない!!お前がその木刀を振るわない限り、きっと話は前に進まない!!」
神奈子が続いて叫ぶ。
 「「まだ逃げる?野神茉鵯禍。」」
      ◇◇◇◇
(三人だけじゃないこの場にいる全員の思いが伝わってくる。でもこのお札の効果は自分にとって厄介なものだし・・・)
その時。
「「茉鵯禍!!」」
紫の声。見上げると早苗や魔理沙たちが力頭よく頷いている。
 「・・・分かった。もう一気に一太刀で心臓を狙う。それでいいかな。」
 「えぇ!!やって来なさい!!」
 「分かった!!」
茉鵯禍が覚悟を決めた。
      ◇◇◇◇
 「そんな木刀ごときで私を斬れるとでもお思いか。いくら動きを封じられようとも、お前の力では私を斬ること以前に触れることすら叶わぬわ!!」
天之水分神が叫ぶ。そして霊夢がそれを上回る声で叫ぶ。
 「みんな!!どんな手を使ってもいいからそいつの動きを止めなさい!!茉鵯禍の最後の一撃に懸けるわよ!!」
霊夢が指示を出す。
 「任せなさい。」 「えぇ!!」 「任せろ。」
それぞれが魔力、妖力で動きを封じようとする。その結果、動きは止まりつつあるが、鎧の傷は直っている。
 「茉鵯禍!!今よ!!」
 「よし!!」
木刀を両手で強く握って深呼吸をする。激痛は酷いが目を閉じて抑え、集中する。
風が動いた。その瞬間、閉じていた目を大きく開き、刀を強く握りしめたまま飛ぶ。
 「食らえ!!この一太刀!!」
 「外界 [天想フ者ノ魂] 」
 「お前なんかに!!愛しいこの世界を!!壊されてたまるかぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、刀に張り付けられた外界札が発光し、持っていた木刀は大きな光の刃となる。
 「「いっけぇぇぇぇぇ!!」」
全員の声が重なる。
彼から見て左脇腹から切り込んだ刃は、斜め上に切り込み続け、心臓に達し、体を二つに割る。
 「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
断ち切ったその瞬間、刃となっていた光は太い大きな光の柱となって天高く昇っていく。晴れた空でも、光の柱が良く見えるほど眩しい。人里の人間たちはこの光を見て何を思うのだろうか。
      ◇◇◇◇
光の柱は見えなくなり、晴れた空はそのままに、雨が降り出した。
晴れているはずなのに土砂降りの大雨。こんな景色を見ることは、後にも先にもこれが最後だろう。
人里の人間たちが何か月も待っていた雨。ぬかるみ始めた地面には、斜めに二つに割れた天之水分神の鎧が転がっている。斬られたことで、実態を失ってはいるが、存在がまだそこにある彼女に、神奈子が問う。
 「・・・お前、どうしてあんなことしたんだよ・・・。心変わりしちまったのか?いつだって人間たちと共にありたいって言ってたのはお前じゃないか・・・。」
 「ふふふ、神奈子。そんな幻想はもう通用しないんだよ・・・。外の世界はね・・・」
おぼろげな意識の中、天之水分神が語る。
      ◇◇◇◇
私は天之水分神として、水が足りなくなってきて、農業に影響が及ぶ前に雨を降らせ、神社から人々を見守ってきた。
しかし。
時代が進むにつれ、私はおろか、神を信仰する人々は減っている上に、最後まで信じていてくれた人々も私の前から姿を消した。
もう私を信じる者はいない。
最後まで信じていた者もこの世にはいない。
この神社は廃れていき、悪事を働く悪い輩たちの溜まり場、蛮行の現場となり、ついにはこの神社は取り壊しが決まった。表向きの理由としては、老朽化を挙げていた。
 「もう 人間たちが許せない。」
何百年にも渡って続けた私の努力は全て終わりを告げた。私が一番望まなかった形で。
取り壊し三日前。
 「人間はいつの時代も勝手だよな。」
どこかからか声がした。
 「貴女は・・・?」
そこには在りし日の神奈子の姿。
 「ねぇ。幻想郷って知ってるかい?」
 「もう一人いたの!?」
そして、隣にいたのは、在りし日の諏訪子。
 「三日後に、この神社は取り壊される。そうだろう?」
確認するように問う神奈子。
 「なぜそのことを知っているのです!?それに貴女達は一体?それに幻想郷なんて知りません!!用が無いなら帰ってください!!」
気が立っていたので、当たりが強くなっていた。それでも彼女たちは続けた。
 「私は八坂神奈子。こいつは洩矢諏訪子。」
 「私と神奈子は幻想郷という場所から来た神。持っている力は君のそれと似ているんだよ。」
 「私たちはこの神社とアンタを助けに来たのさ。」
半信半疑もいいところだった。二人は自分たちの事を神だと言っていた。能力も似ていると。この言葉には嘘は無い。彼女らの能力が私と似ているのも、二人が神であるという事も全て分かっている。
でも。一つだけ分からない。
 この神社と私を“助ける”理由と方法。
これだけが分からなかった。聞いてみても口を濁して答えてはくれない。そしてその方法を、次の日の朝から見せつけられることになる。
雨が降っていた。無論、自身の意図などではない。これも最近の現象なのだろうと思っていた矢先。
晴れてしまった。どういう事だろう。一瞬の出来事だったのだ。雲が一瞬のうちに全て消え、晴れだした。それが数分続いたと思えばまた一瞬のうちに雲が空を覆い、雨を降らせた。数分後、さっきと同じように一瞬で雲が消え、晴れだした。
その日はこんな気持ち悪いような天気が続いた。
その日の夜。彼女達は再び現れた。
 「ねぇ。驚いただろう?」
 「貴女は・・・諏訪子といったかしら。」
 「おや、覚えていてくれたのかい。嬉しいねぇ。」
 (見え透いた演技ね。何をしに来たのよ。)
 「あれは私たちの力だ。私たちの力があればあんな天気にするくらい、造作も無いことだ。」
 「神奈子・・・?」
後ろから神奈子も現れた。
 「おや、私の事も覚えてくれてたのかい。じゃあ、明日も期待していておくれ。」
神奈子も諏訪子も不敵な笑みを浮かべる。
 「ちょっと!!待ちなさいよ!!」
声が届く前に彼女たちは消えてしまった。空間に空いた穴に入っていった。
翌日、昨日と全く同じ天気になった。止めようとしてみた。でもなぜか変わらなくて。しかも、止めようとすればするほど、変わっていく周期が早くなっていく。
その日の夜。
 「明日だね。」
 「気分はどうだい。」
同じように二人が現れる。
 「アンタたち何なのよ!!なんでこんなことするのよ!!人間たちが困るじゃない!!アンタ達それでも神!?」
ヒステリックに叫ぶ彼女。それでも二人は笑顔で続けた。
 「神だからこそだ。アンタはもう弱ってきている。それは自分で分かっているだろう。だから私たちが代わりに天気を弄ったのさ。」
 「明日、未来は大きく変わるよ。いかにして私たちがこの神社とアンタを助けたか。それを目の当たりにしてもらおう。」
二人が言った。しかし、彼女が納得できるわけもなく。
 「なんでよ!!」
彼女は叫んだ。
 「おや・・・何か不服かい。」
それを神奈子が不思議そうに見つめる。
 「なんでアンタらが私とこの神社を助けるのよ!!名前も知らなかったのに・・・。」
 「理由?そんなのは簡単だよ。」
呆れたような声で諏訪子が言う。そして神奈子が続ける。
 「アンタが私や諏訪子と同じように神だからだよ。神に信仰は絶対になくてはならないものだ。私達も信仰が危うくなって、消滅しかけた時期があった。」
昔を懐かしむように動機を説明する神奈子。
 「私も神奈子も信仰が無いってどれほど辛いのかよく分かるんだよ。それだけさ。」
諏訪子も同様に空を見上げる。
 「でも・・・。」
言いかけたところで二人は消えてしまった。
「明日を待てって言ってたけど・・・本当に信じていいのかしら。」
翌日。そろそろ業者が来るであろう時間帯になる。
やはりいつもより騒がしい。
 「止まれ!!」
 「そうだそうだ!!認めないぞ!!」
何だろう。業者を止めに入っている住人がいる。何で止めるんだろう。もうこの神社に意味は無いのに。
 「アンタらだって知ってるだろう!!あれはきっと、神様のお告げなんだ!!天候がおかしくなって気付いたんだよ!!だから昨日役所に署名を出しただろ!!」
 「でももう決まったことですし・・・。」
 「うるせぇ!!関係ねぇよ!!」
愚かな押し問答だ。今更神を信じてもこの神社は取り壊されるんだ。私もここから離れなくてはならない。
 「署名見ただろ!!俺たちは、この神社を守り続けなきゃいけないんだ!!確かに今までの俺たちは神なんて信じてなかった。でも今は違う!!あの天気は神様のお告げだって信じてる!!今後もこの場所で暮らし続ける為に守り続けなければいけないんだ!!」
住民たちが業者に対し、抵抗を続ける。
 「どうだい。分かっただろう。」
 「神奈子!?」
 「これが私たちの力だよ。」
 「諏訪子・・・。」
いきなり二人が現れた。わざと異変を起こすことで、もう一度神の存在を知らしめ、私への信仰を取り戻そうとしたらしい。人々もそれに呼応するようにこの神社の取り壊しを阻止しようとしている。
 「野郎ども!!用意はいいかゴラァ!!」
 「「オッス、兄貴!!」」
この神社で悪事を働く計画を立てていた人達だ。何をする気なんだろう。
 「お前ら・・・なんの用だ!!」
当然住民たちも驚くよな・・・
 「近隣住人の皆さん。今まで俺たちがご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!!俺たちも神様には感謝しなきゃいけないんだなって思ったんです。今まで悪事を働くための拠点のような扱いをしていたことが大変恥ずかしく思います!!それに、悪事を働こうとしていたことも恥ずかしく思いました!!だから俺たちも協力させてください!!」
リーダー格の男が神社の取り壊しの阻止と美化活動をしたいと言う。
 「これは・・・」
彼女が二人を見る。
 「おやおや、これは想定外だねぇ。」
 「私たちはあいつらに関しては何もしてないからね。単純に天候をおかしくしただけ。」
本当に驚いた様子で彼らを見る二人。
悪い人でも変わることが出来るんだ。
 「おぉぉ・・!!」
 「その言葉を待ってたぞアンタら!!」
 「一緒に止めるぞ、アンタら!!」
 「「押忍!!」」
 「おいコラ、業者!!兄貴や住民の皆さんの言う事が聞けねぇってのか!!」
 「でも・・・」
 「うるせぇ!!」
弟分のような人たちが住民と一緒に業者を責める。
 「住人の皆さま!!落ち着いてください!!工事はしません!!」
やっと役所の人が出てきた。不満そうな顔をしている業者には後で必死に頭を下げるのだろう。
 「おう!!それでいいんだよ!!」
 「絶対に私たちが守りぬく!!」

涙が止まらない。とても嬉しくて、止まりそうにない。お礼を言わなきゃ!!
 「ありがとう!!」
人々に向かって声の限り叫んだ。何度も。自分の声が枯れるまで。心の限り。
声がきっと届いたのだろう。いきなり住民たちが私の方を向いた。困惑しつつも、笑顔で頭を下げている。本当に頭を下げたいのは、私の方なのに!!
 「神奈子!!諏訪子!!」
「どうした?」
 「ありがとう!!本当にありがとう!!もうなんてお礼したらいいか・・・。」
 「いいよ。お互いに助け合って人間に寄り添っていくのが神様だろう。でもそれは神様同士でも例外じゃないはずだから。」
 「今度はアンタが、助けてあげればいいんだ。」
二人は笑顔で去っていった。
      ◇◇◇◇
それ以降、二人とは仲良くなり、幻想郷と呼ばれた場所にも何度も顔を出した。
でも。幻想郷は神を信仰こそしているが、何かが物足りないと神奈子達が言っていた。
何が足りないかを、私にはすぐに理解した。
 「畏怖の念」
足りないのはそれだ。でも神奈子達は平然としている。信仰があっても畏怖の念が無ければ本来の力発揮することができない。
 「私がやってみせる!!」
と言ったが、方法なんて思いつかなかった。幻想郷では、下手に天気を弄ったりしてはいけないらしい。いや、弄ったとしても構わないが、その時は博麗の巫女と呼ばれる者が飛んできて神奈子達が怒られるらしい。無論、自分も例外ではない。
      ◇◇◇◇
私があの神と出会ったのはその時だ。
ある日の夜。彼女は突然やって来た。
 「そこの貴女。話があるのですが。」
 「えっと・・・どちら様でしょうか・・。」
 「申し遅れました。私は禍津日神。皆さんご存じの災厄を司る神です。」
 「・・・そんな貴女が私に何の用!?」
なぜそんな厄神がここに!?驚きを隠せない。
 「まぁ、そんなに焦らないで聞いてくださいよ。」
 「幻想郷を知っていますね?」
結論から言えば、私はその神と契約をした。幻想郷に外から異変を起こせるだけの力と引き換えに、幻想郷に大きな打撃を与えてくると。その神は、なぜか幻想郷に対して敵意を
むき出しにしている。でもそんなのはどうでもいい。私がやるべきことは一つ。
そして私は攻撃を始めた。
幻想郷の住人の神奈子達に対する畏怖の念を抱かせる為に。そうすれば、神奈子達は喜ぶと思った。
そして三か月前、強くなったこの力で、無理やり幻想郷に干渉しそこで天候を狂わせた。そして一週間前、最大規模の飢饉を起こすことに成功した。
あとはもう知っている通りだ。
      ◇◇◇◇
 「・・・馬鹿野郎。」
 「神奈子・・・?」
 「この大馬鹿野郎!!」
神奈子が彼女のいるであろう方を向いて怒鳴る。
 「何が畏怖の念だ!!ふざけるな!!そんなものはいらないんだ!!」
 「え・・・?だって神には畏怖の念だって必要でしょう?」
 「確かにあれば本来の力を出せる。でも私たちはそんな事望んじゃいない!!それになんだよ!!なんでそんな災厄の神と契約なんかするんだよ!!お前が幻想郷の人間に与えたのは畏怖の念じゃない!!ただの恐怖だ!!神に対するただの恐怖なんだよ!!」
必死に怒鳴り続ける神奈子。
 「そんな・・・でも私は・・。」
彼女が弁明しようとするも、諏訪子が遮る。
 「分かってるよ!!私たちの事を考えてくれたんだろう?自らが幻想郷で異変を起こすことで、それを私たちが何とかする。そうすれば私たちのその力に畏怖の念を抱く。そういう算段だったんだろう!?あの時、私たちがやって見せたように!!お前が今度は私たちを助けてくれようとしたんだろう!?」
涙を流す二人の姿に、天之水分神は茫然としているかもしれない。
 「で、どこにいるのよ。」
そして冷たい声で霊夢が問う。
 「え?」
 「禍津日神は今どこにいるのって聞いてんのよ!!」
霊夢が語気を強めて問う。
 「・・・分からない。」
そして神奈子が全員に向けて宣誓する。
 「いいか!!私たちはそいつを見つけて首を撥ねてやる!!こいつの純粋な心に付け込んで悪用した!!私は絶対にそれを許さない!!」
 「神奈子・・・」
神奈子の身体が怒りで震え、目が本気で憤慨していることを示している。
 「・・・話は聞いたぜ。」
後ろから魔理沙達が現れる。
 「天之水分神。よく聞け。お前の罪は重いぞ。関係のない里の人が大勢餓死している。お前が殺したんだ。」
冷たい声で指を指しながら淡々と事実を突き付ける。
 「えぇ・・・分かっているわ・・・。」
 「だから私もお前を許すつもりはない。本当なら今すぐにでも霊夢が封印するのが筋。」
と言い放つ魔理沙。
 「でも、まだしばらくは封印しないでおいてあげるわ。」
打合せでもしたかのように続けて言う霊夢。
 「霊夢・・・。」
神奈子が茫然とする。魔理沙もそれを分かっていたかのように笑っている。
 「勘違いしないで、神奈子。こいつに罰を与える前に、倒さなきゃいけないのがいるんでしょ。禍津日神だったかしら。私だってそんな奴知りもしない。だからこそそいつを倒してからよ。それに、誰かの想いに付け込んだのは許せない。先にそいつを倒して、それから罰を与える。そういう事よ。」
霊夢が淡々と言う。
 「あぁ・・・ありがとう・・・。」
神奈子も安心したようだ。そして霊夢が声を張った。
 「紫!!スキマ開けなさい!!」
空間にスキマが開いた。繋がっていたのは先ほどの神社。大きい神社とは言えないが、綺麗にされている。参拝客も多いだろう。
 「天之水分神。行きなさい。そこが貴女の居場所なんでしょ。神奈子と諏訪子が守ってくれた大切な場所。さぁ、行きなさい。」
いつになく優しい声で帰還を促す。
 「・・・ありがとう、博麗の巫女。」
声でしかないが、感謝の気持ちが良く伝わるような声。
 「霊夢でいいわ。」 
真正面から感謝されて、照れているのを隠すように、素っ気なく言う。
 「ありがとう、霊夢。・・・それに。」
 「ありがとう、この場にいる全員。」
そして気配が彼に近づく。
 「そしてそこの人間。」
優しい声で茉鵯禍に話しかける。
 「なんですか・・・?」
なぜか少し緊張したような様子で応える茉鵯禍。
 「君の一太刀は素晴らしかったわ・・・。」彼女が元の居場所に戻った時、光の柱が立った。しばらくすると、光が消え、驚いた参拝客が来たのと同時にスキマを閉じた。
      ◇◇◇◇
 「さて・・・」
スキマを閉じた後、すぐに霊夢達全員が茉鵯禍を見る。用件は既に分かっているようだ。
 「もう何を聞きたいかなんて分かっているわね?」
代表して霊夢が問う。
 「あぁ。何であんなことが出来たかは分からない。深呼吸して、目を開いたその瞬間に光の刃になった。それに今は木刀に張り付けたお札を見ても頭痛が起きない。」
 「なるほどね。で、手帳はどうなの?」
「それなんだけど・・・」
手帳の一ページはこう書き換えられている。
 壱ノ神 天之水分神の文字の上に大きく赤い×印が書いてあった。まるで、彼女の存在を否定するかのような赤い大きな印。不思議と違和感を覚える。
霊夢達もそれを覗き込む。
 「やっぱり不思議な手帳ねぇ。しかも外界札からは妖力というか、不思議なオーラを感じないわ。私もさっきまで異様なオーラのようなものを感じていたけど、今は何も感じないわ。」
 「よく分かんねぇけど・・・お前のあの技かっこよかったぜ!!あの名前はお前が付けたのか?」
魔理沙は目を輝かせて茉鵯禍に問う。
 「外界 [天想フ者ノ魂]だったかな。あれは急に頭の中に浮かんだんだ。天を見上げて雨を願う人たちの思いを“雨”と“天”にかけたんだと思う。そしてそれを届けるために、下から上に斬り上げる動きも突然浮かんだ。」
 「すごかった!!かっこよかったですよ!!」
 「驚きました。あんなことが出来るとは。」
早苗やさとりも感心している。
 「でも本当によく分かってないのか?」
 「えぇ。」
神奈子が問う。自分の頭に浮かんだ名前やモーションなのによく分かっていないというのは不自然な部分もある。しかし、これは嘘ではないのだ。
 「でもまぁいいじゃないですか。面白い天気ですし。」
早苗が明るく話す。
雲一つない青空に恐ろしいぐらいの土砂降りの雨。
 「さぁ。人里の人達と、この世界の霊夢に教えてあげよう!!」
諏訪子が言った。
      ◇◇◇◇
そして翌日の朝。青空の博麗神社の下、全員が集まっている。
 「もう行くのかい?」
 「えぇ。随分楽しませてもらったわ。」
神奈子の問いに霊夢が代表して答える。
      ◇◇◇◇
昨日の戦闘後、人里に出向き、解決したことを報告した。その時の時の人々の顔はとても幸せそうだった。
 「皆さん!!ご存じの通り、今は雨が降っています!!何か月も待った雨です!!やはり今回の異変は、我々の仮説の通り、外の世界の神が干渉していたことが原因でした。でも、それだけではないのです!!神奈子様や諏訪子様に感謝していますか?急な異常気象に見舞われることなく、生活できているのは、神奈子様や諏訪子様の力のおかげなのです!!このことを忘れてはいけないのです!!そして、今回の異変解決までの期間、皆さまの生活を支えてくれていた方々にも心からの感謝をしてあげてください!!彼女らは必死に頑張ってくれていました!!
でも、何より。皆さんが必死に生きようとしてくれたことが一番です!!この異変は、皆さんの意識と行動のおかげで解決することができたのです!!この異変を解決したのは、ここにいるすべての者達なのです!!お互いを称え合いましょう!!誰か一人でも欠ければ解決できなかった異変なのだから!!」
      ◇◇◇◇
 「最後に素晴らしいスピーチをしてくれて感謝しているよ、茉鵯禍。」
諏訪子が感心している。
 「いえいえ、大したことはしていません。皆が頑張っていたおかげです。それに。」
目の前に現れた人影を見て言った。
 「そこにいるもう一人の霊夢もそうです。」
全員が茉鵯禍の指した場所を見る。
そこには。この世界の霊夢がいた。痩せてしまっているが、笑顔を向けている。
 「皆、ありがとう。紫から話は全部聞いてるわ。迷惑をかけてごめんなさいね。」
声には元気が籠っていた。
 「気にしなくていいぜ!!何せ私と霊夢の仲だからな!!どんな霊夢でも霊夢は霊夢なんだぜ!!」
 「魔理沙・・・?魔理沙なのね。やっぱり変わらないわね。」
こちら側の霊夢が不思議そうに魔理沙を見つめる。
 「あら。大丈夫?“この世界の”私。」
迷い込んだ側の霊夢が現れた。そして同じ者同士が向き合っている。
 「あら・・・すごく不思議ね。違う世界の人とは言えども、同一人物に遭遇するっていうのは。」
 「それはお互い様よ。もう解決したからまた人里に顔でも出しに行きなさい。謝罪したいって人が多くて困ってるわ。もちろん、早苗もね。」
 「えぇ。」 「はい!!」
 「さとりは何か言っておきたいこととかある?」
霊夢がさとりに水を向ける。
 「えぇ。特にありませんが・・・。一つだけ言うとするなら、元気でいてくださいってことですかね。」
少し照れているように答えるさとり。
 「やっぱりさとりも変わらないわね。」
 「この世界の私もそんなもんですか。私らしいと言えば私らしいですが。」
 「ねぇ。茉鵯禍。」
こちら側の霊夢が声を掛ける。
 「何かな?」
 「幻想郷に迷い込んでいろいろ大変なこともあると思うの。外の世界ではあり得ないことが普通だったりするからね。」
 「そうだね。今でも驚くことがいっぱいあるよ。」
 「時には不安になることもあるかも知れない。でもね。」
彼女は彼の手を握って言う。
 「そっちの幻想郷の私や魔理沙たちを信じて動けば絶対に大丈夫。自分が言うのもなんだけど、絶対に守るわ。君が記憶を取り戻して、全てが解決して、もといた世界に帰れるまでは絶対に守り抜く。だから怖がらずに皆を信じてあげて。信じていれば、きっといい結果に繋がるわ。今の私のようにね。」
力のこもった言葉。やはり霊夢は強い。
 「うん。ありがとう。そうするよ。」
彼も彼女の手を強く握り返す。
 「あら、いくら私とはいえ、すごい自信があるのね?」
 「あら、同じ博麗の巫女なのに弱気なのかしら?違うでしょう?」
 「当たり前よ。」
 「そうよね。」
 「「私こそが、博麗の巫女だから。」」
      ◇◇◇◇
 「そろそろ行きましょう。もとの幻想郷の私とは連絡が取れてるわ。すごく心配してるわよ。元気な顔を見せてあげなさいな。」
 「え、まさかもといた世界の紫は私たちがこっちに来てるってこと知らなかったの!?」
霊夢をはじめとして、迷い込んだ一行が驚愕する。
 「えぇ。言ってないもの。」
 「え、ってことはあれか?私達失踪扱いなのか!?」
魔理沙が分析し、その結果に慌てている。
 「そうなるわね。」
 「そうなるわね・・・じゃないわよ!!なんでいつもあんたはそうやって勝手な事するのよ!!」
霊夢が紫を激しく非難する。
「あらあら。今に始まったことじゃないでしょ?それに、向こうの私には先に謝ってあるから気にすることはないわ。」
 「それなら私も早く帰らねば。お燐たちだけでは地霊殿が大変です。」
各々が心配を始める。
 「本当に行くんだな。短い期間だったけど楽しかったよ。」
 「私もだよ!!」
 「全員同じです!!」
 「また来てくださいね!!」
 「気を付けてね。向こうの私(八雲紫)にもよろしくね。」
全員が別れの挨拶をする。
 「私たちはいつでも歓迎するわ。また機会があれば是非来てちょうだいね。」
最後に全員と握手を交わす。
 「では、皆さん。本当にありがとうございました!!皆さんの事は絶対に忘れません!!どうかお元気で!!」
茉鵯禍が手を振る。
全員がスキマに入って行く。
 「帰って行っちゃったね。」
 「あぁ。向こうの世界が本来の居場所だ。ずっとここに残す訳にはいかない。」
 「大丈夫ですよ!!絶対に上手くやっていけるはずです!!ですよね、霊夢さん!!」
 「えぇ。私もあっちの世界の私も同じ博麗の巫女。弱くちゃやっていけないわ。」
 「そうだ。茉鵯禍も上手く生きていけるだろう。あいつの力は強かった。」 
 「え、神奈子、あいつと戦ってたの?」
霊夢が驚いた様子で神奈子に問う。
 「そういうわけじゃない。まだ戦ってはいないよ。私が言っているのは精神の方だ。いきなり迷いこんで、良く分からないまま平行世界に飛ばされて、そこで異変解決に走る。普通の人間なら逃げ出したりしているはずだが、あいつは違った。最後まで諦めたり、逃げ出したりしなかった。そしてここを守るために捨て身の覚悟で木刀を握ったんだ。」
今までの日々に思いを馳せながら語る。
 「私が閉じこもってる間にそんなことしていたのね。」
霊夢も想像を巡らせる。しかし。
 「それよりなぜか地面が滅茶苦茶なのよ。地面を元に戻すの手伝いなさい。」
 「えぇぇぇ。やだぁぁぁ。」
諏訪子が非難する。
 「私らだけじゃないだろう?紫も・・・あの野郎逃げたな!!」
神奈子が紫を巻き添えにしようとしたが、彼女は既にいなかった。
 「まぁまぁ二人とも。頑張りましょう?」
早苗が明るい笑顔で促す。
 「そうだね。頑張ろうか。」
 「あぁ。そうしよう。」
二人も賛同した。
      ◇◇◇◇
 「みんな!!」
元の幻想郷にスキマを抜け戻って来た一行を紫が抱きしめる。
 「ちょっと、離しなさいよ!!」
霊夢が抵抗する。
 「みんなよく生きて帰ってきたわ!!心配したんだから!!特に茉鵯禍!!」
それでも紫は離さず、茉鵯禍を見つめる、
 「うあぁぁ。すいません!!」
すこし顔を赤らめて謝る茉鵯禍。
 「気にすること無いぜ。あいつが言ってなかったのが悪いんだ。」
魔理沙がニヤニヤしている。
 「そういえば、さっきあっちの幻想郷の紫さんに聞いたんですけど、どうやら呼び寄せる前にスキマからこちらの幻想郷を覗いていたらしいですよ。だから彼の行った場所が分かったって言ってました。」
さとりが補足するが、紫は。
 「プロセスなんかどうでもいいわ!!貴女も無事で良かった!!」
 「あ、ありがとうございます・・・。」
さとりも顔を赤らめた。
 「やっぱりどこに行っても紫は変わらないわねぇ。」
 「あぁ。心配しすぎだぜ。」
 「無事で良かったわぁ!!いきなり姿を消したと思えばさっき向こうの幻想郷の私が現れて事情を説明されて。本当に良かった!!」
紫が必死に喜びを伝えようとしている。
 「え、待って、紫。泣いてる?」
 「何よぉ!!悪い!?」
大粒の涙を流しながら離そうとしない紫。それほど大切に思われているのだろう。
 (ここまで心配してくれていたんだなぁ。しばらくはこのままで離してくれそうになさそうだ・・・それでも良いか。ここまで大切にしてくれるのはとても嬉しい。)
 「今日は宴よ!!無事に帰って来たんだから宴よ!!後でいろいろ聞かせなさい!!」
 「はいはい。分かったわよ。」
 「いろいろ土産話もあるんですよ。」

誰かを想うが故に暴走した彼女。それでも誰かを想うことは止められない。天之水分神もきっとそれに気づいたのかも知れない。
大切な誰かを想う力は、時に、別の誰かを傷つけてしまう事もあるかもしれない。それでも、例え行動は良くなくとも、その想いだけはいつでも強いものであり、温かく、なにより優しいものなのだ。
               三章 完
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