Coolier - 新生・東方創想話

東方外界神 一章

2021/11/13 15:32:10
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一章 「お札と幻想郷」
清々しい朝。彼の緊張と裏腹に空は澄み切っている。
 「お待たせしました、皆さん。」
探索に寝間着のまま向かうわけにはいかないので急いで着替えて支度をしている。服装は昨日と同じ黒ずくめの一式。昨日、汚れてしまったはずだが、霊夢が洗っておいてくれたらしい。
寝る前に、白っぽい寝間着を支給されていたのでそれを返却する。
その途中、霊夢が一つのリュックを持ってきた。どうやら彼が倒れていたその近くにあったらしい。そしてそれは彼の私物に間違いないという事が判明した。
      ◇◇◇◇
 「お、終わったか。早速行こうぜ。」
 「はい。では・・・」
魔理沙達が待っている。そして彼の後ろには永琳と鈴仙が立っている。茉鵯禍は後ろの二人を向いて頭を下げた。
 「鈴仙さん、永琳先生。ありがとうございました。自分も行って参ります。」
 「頑張ってくださいね。」
 「気を付けてね。」
二人がこちらを見ている。鈴仙も顔色が良くなり、永琳も明るい笑顔を向けている。
 「本当にお世話になりました。」
 「行くわよ、茉鵯禍。」
 「はい。行きましょう!!」
朝日が差し込む幻想郷の朝。空気は凛と澄んで、気が引き締まる。彼の旅はここから始まる。
しかし、全員緊張している様子が無い。
 「・・・?」
気付けば全員が不思議そうに茉鵯禍を見ている。慌てて自分の体を見る。体に何かついている?否。ではどうしてだろうと思う彼。
 「・・・どうしたんです?皆さん揃ってこちらを見て?」
恐る恐る声を掛ける。
 「いいえ、貴方が気難しい顔しているから心配になったのよ。」
紫がクスクスと笑いながら答える。
 「ふぇ!?」
素っ頓狂な声が出る。そんな顔をしていたのか。
 「すいません八雲さん。緊張しまして。」
 「謝らなくていいのよ。それに私に限らず名字で呼ばなくていいのよ?むしろ名字で呼ばれることの方が珍しいんだから。」
 「そうだぜ。緊張しなくても問題ないぜ!!なぜなら私達が付いてるからな!!」
 「・・・はい!!」
思わず励まされる茉鵯禍。少し心を開いた。
      ◇◇◇◇
竹林を抜け、四人で様々な話をしている時、紫が突然言い出した。
「じゃ、二人とも頑張ってねー。私はもう寝るわぁ。」
 「え、紫この状況で寝る!?」
 「そうよ。眠いもの。」
そういうと紫は空間に隙間のようなものを出し、そこに入っていった。彼はポカンとしたままその様子を見ていた。
 「ごめんね。あいつこういう妖怪なのよ。」
 「あ、はい・・・。」
霊夢がこう言う頃には紫の気配はない。
 「霊夢ぅ、最初どこ行くんだ?幻想郷も広いぞ。」
 「そうね・・・最初は紅魔館かしら。あの吸血鬼姉妹はある意味面倒だからね。」
腕を組んで考える霊夢。
 「そうか。じゃあ私も本を借りていくとするかな。」
紅魔館という場所に行くことが分かり、浮足立っているような様子の魔理沙。
 「そんな余裕はないでしょ魔理沙。」
 「へいへい、わーってるよ。」
しかし、彼は聞き逃さなかった。
 「紅魔館って場所があるんですか?しかも吸血鬼がいるって言いました?」
幻想郷には人間以外の生命体もいることを未だに認識しきれていないが故の反応である。
「ええ。ちょっと面倒なのがいるわね。」
 「へぇ・・・。」
 「大丈夫だぜ。パチュリーの方がよっぽど怖い。あいつ毎回毎回変なもの仕掛けてくるんだ。」
 「それは自業自得よ、魔理沙。」
呆れながら指摘する霊夢。
 「うー、冷たいのぜ霊夢。もうお前霊夢から冷夢に名前変えたらどうだ・・・」
 「ぶはっ!!」
少し頬を膨らませて冗談を言う魔理沙。思わずそれに吹き出す茉鵯禍。 
 「お、茉鵯禍も笑ってるぞ。」
 「何よあんたまで!!」
顔を紅潮させながら言う霊夢。
 「な、面白いだろ?どうだ冷夢さんよぉ。」
 「う、うるさいわねキノコ!!」
 「あ、キノコ馬鹿にすると痛い目見るんだぜ!!キノコには様々な栄養が含まれていて健康にいいんだ。」
 「そうなの!?私も食べようかしら。」
 「おう、今度持ってきてやるぜ!!」
しばしそんな談笑が続いた。
      ◇◇◇◇
 「すいません、あれは何ていう建物なんですか?」
霧がかった湖を抜けて何か大きな建物が見えた。
 「ん?あれが紅魔館よ。」
 「おー、久々に来たぜ。なんかいいのあるかなぁ!!」
 「魔理沙、目的違う。」
浮足立つ魔理沙を制する霊夢。
 「大丈夫だって、目的はあのお札だろ?」
「分かってるならいいわ。それに君。」
 「何ですか?」
 「さっき吸血鬼がいるって言ったけど、大した奴らじゃないわ。子供だからなかなか聞く耳を持ってもらえないってだけのことよ。」
 「そうでしたか。」
 「そーいやお前あんまり驚かないんだな。普通の人間ならもっと驚きそうなものだが。」
魔理沙が少し感心している。
 「いいじゃないの。毎度毎度驚かれたらうるさくてたまらないわ。それに度胸のある人間は好かれるわよ。」
 「あぁ。お前はパチュリーに気を付けていればいいぜ!!」
 「それはあんただけでいいわ、魔理沙。」

この幻想郷に来て二日目。この世界のことはまだ分かっていないが彼なりに考えた事がある。
一つ、この世界は外の世界、つまり元々いた世界とは別の世界であるということ。その証拠に、この幻想郷では魔法使いや妖怪が普通にいるし幻想郷の住人もそれに驚くどころか慣れてしまっているように見える。
二つ、そんな特徴を持つこの世界ではいちいち珍しいものや現象に驚くだけ無駄だということ。あの紫相手に霊夢は堂々としていた上に、平然と犯人ではないかと疑っている。こんな状況である以上、共感できる者はいないのだ。自分だけ驚いていても疲れるだけだと考える。

 「さぁ乗り込むわよ。」
 「おう!!」 「はい!!」
      ◇◇◇◇
まさかこんな人が居ようとは誰が思うだろうか。朝から門の前で爆睡している人がいるとは思いもしなかった。ある程度陽が登った今の時間帯、元の世界でいうところのおよそ九時頃だろう。そんな時間に門の前で爆睡している人を見れば誰でも驚くだろう。
当然、彼も驚きを隠せない。
 「えーっと・・・。そのー・・・。」 
 「・・・ZZZ」
紅髪の女性。緑のチャイナドレスに帽子。その帽子には龍と書かれた金色で星形のバッヂが付けられている。
しかし、彼が一番驚いたのはそこではない。
 「この門番、今日も寝てるわね。」
 「あぁ。この隙に忍び込むぞ。」
 「・・・え!?」
仮にも門番の目の前で忍び込むと魔理沙が堂々と宣言したのだ。彼は困惑しているが。
 「この門番が寝ているうちに忍び込むの。早く来なさい。」
 「え・・・?」
「いいから早く来るんだ!!こいつが起きたら終わりだ。」
二人が彼を急かす。夜ならまだしもこんな白昼堂々と忍び込もうとする人間はいないだろう。なんでこんな犯罪者のようなことを平然とするのだろうか。別に悪いことしている訳ではないのに・・・と思っていたが、二人の目が怖かったので素直に従うことにした。
 「・・・ちょっと待った。貴女の言う通りならあなた方はとっくに終わっています。」
突然後ろから声がした。振り向くと後ろには門番の紅髪の女性が仁王立ちでこちらを見ている。表情も少し険しい。
 「・・・何よ起きてたの?」
 「いつでも寝ていると思われたくはないですね、霊夢さんに魔理沙さん。」
 「なんだよ、別に今日は本を借りに来たわけじゃないぜ。」
 「毎回言ってますけど、貴女の借りるは盗むなんですよ。パチュリー様怒ってるんですから。」
 「いつも言ってるじゃないか。死ぬまで借
りるぜって!!」
 「えぇ・・・。」
彼女と魔理沙のやり取りの内容に茉鵯禍が更に困惑した。
 「それを盗むって言うんですよ。分かったら二人は帰ってください。魔理沙さんはその後に本を返しにきてください。」
 「待ちなさいよ。私は関係ないでしょう?なんで私まで追い出すのよ。」
霊夢が抵抗する。
 「あのねぇ、霊夢さん、あなたも碌なことしないじゃないですか。この前なんか紅魔館の食糧全部盗もうとした上に私の顔に落書きしたじゃないですか。」
 「えぇぇ・・・。」
 「そんなのあんたが寝てるのが悪いのよ。」
 「・・・」
霊夢の発言にも行動にも困惑している。
 (自分はなんかとんでもない人に預かってもらってるなぁ。)
そしてもう一つ、彼の頭の中にあった一つの憶測が確信に変わった。この門番は、仕事をサボっているということ。それでも不法侵入に窃盗未遂という奇行。彼の中の穏やかな朝の雰囲気はもう崩れていた。あぁ、なんと酷い言い争いなんだろう、と彼は呆れるほかなかった。
 「今回は違うの!!異変解決の為に来てあげたっていうのに。」
駄々をこね続けてやっと本題に切り込んだ霊夢。なぜ最初からそれを言わなかったのだろうか。
 「異変?何か起きているんですか?」
門番の顔が真剣なものになった。
 「ええ。紅魔館に変なお札のようなものはないかしら?」
「お札?あぁ、これですか?」
ポケットの中から一枚のお札を取り出す。
茉鵯禍がそれを目視した瞬間、彼はまた崩れ落ちる。今回はすぐに視線をそらしたので一瞬の痛みで済んだ。
 「・・・っ!!」
(今朝と同じ痛みが走る。間違いない。この紅魔館にもあったんだ。)
 「・・・間違いないわね。さぁ調査が必要だから通してくれるかしら。ついでにそれ早くしまって、この人が危ない。」
霊夢が後ろの茉鵯禍に注意を向けさせた。
 「ハァハァ・・・」
相変わらず荒い息の茉鵯禍。彼女が慌てて茉鵯禍に駆け寄る。
 「だ、大丈夫ですか!?」
 「この人は野神茉鵯禍。昨日幻想郷に突然現れておまけに記憶も曖昧なの。ちょうどこの人が現れたのと同じ時に今みたいなお札らしきものが多数確認されていて、影響がないか調査しているの。」
 「どうも・・・野神茉鵯禍です。」
呼吸を整え、挨拶する茉鵯禍。
 「大丈夫ですか?私は紅美鈴。この紅魔館の門番をしています。」
茉鵯禍が立ち上がる為に手を差し出しながら言う彼女。
 「茉鵯禍、彼女も妖怪よ。」
霊夢が軽く補足する。
 「そう・・・でしたか。まぁよろしくお願いします、門番さん。」
手を差し出してくれたその優しさに、敵ではないと認識する茉鵯禍。
 「美鈴でいいですよー。それに私は妖怪ですが人を襲ったりはしないので安心してくださいね。」
笑顔で言う美鈴。つられて茉鵯禍も笑顔になる。
 「さ、通してくれる?魔理沙もこれに協力しているだけなの。」
霊夢の発言と一連の行動から流石にただ事ではないと思ったのだろうか、美鈴は腕を組んで考えている。
 「・・・ダメです。」
数秒の沈黙が流れる。まさか断られるとは思わなかった。確かに二人の普段の行動から信頼はできないかも知れないがこんな時でもダメなのか。
 「どうしてだよ!?なんでダメなんだ!?」
魔理沙が反論する。
 「今のところ何も起きていませんし、ここにはお嬢様やパチュリー様もいる。それにそんなに重要だというなら何故私を起こさないんですか?忍び込もうとするのならまだ隠し事があるとしか思えません。」
まぁ妥当な判断だと言えなくもない。
 「無いわよそんなもの!!あんな奴らに扱える代物じゃないから回収しに来てあげただけよ!!それに普通に起こしたってあんたは話聞いてくれるかも分からないじゃない!?」
 「それは普段の貴女達の行動のせいです!!それか私と勝負して勝ったら館の中に入れてあげます。負けたら即座にお引き取り願います。これでいいですか?」
 「いいわ。その勝負受けて立つ。」
いきなりの戦闘が始まりそうな雰囲気に彼が驚く。
 「戦うんですか!?穏便に話し合いとかではなく!?」
 「今回は負けませんよ。お嬢様やパチュリー様にも通すなと言われているのでね。」
彼の声を無視しながら話を続けている二人。
 「あら、じゃああの一人と一匹に土下座する用意でもしておくのね。」
 (この二人、話を聞いてない!?)
そんな時、魔理沙が彼に言った。
 「茉鵯禍、お前には危険だから少し離れた方がいい。絶対に私より前に出るなよ?」
こう言っているが、魔理沙の目はなぜか燦燦と輝いていた。まるで、面白いものを見るように。
風が吹いた。葉っぱが舞う。周りの音が消えていく。二人から不思議な何かを感じとった茉鵯禍は謎の緊張と高揚感に襲われていた。それでも、彼はこう続けた。
 「いや、止めましょうよ!!美鈴さんは妖怪で霊夢さんは人間。差がありすぎます!!止めましょう、魔理沙さん!!」
 「なに、死にはしないから大丈夫だ。」
満面の笑みで答える魔理沙。
 「そんな笑顔で言われても・・・!!」
やはり心配そうな顔で言う茉鵯禍。
「とにかく見てろって!!大丈夫だ、霊夢があんな門番ごときに負けるわけがない。」
 「そうですか・・・」
聞く耳を持ってもらえないと判断し、これ以上言及することは無かった。
 「霊夢ぅ、茉鵯禍と私は離れているから好きなだけドンパチやってくれ!!」
 「任せなさい、魔理沙、茉鵯禍。私は博麗の巫女。妖怪なんかよりも強いんだから!!」
力強い笑顔を向ける霊夢。
 「おや、私も鍛えているんでね。今までのように倒すことはできませんよ?」
首や手首を回しながら美鈴が答える。
「「いざ、尋常に!!」」
二人が言い放つとお互いに臨戦態勢に入る。空気が動くとはこのことだろうか。二人の初動で茉鵯禍の高揚感がさらに高まっている。美鈴は拳法の構えのような体勢をとり、霊夢はお札と大幣を構えている。
 「・・・!?」
霊夢が空を飛んだ。高く。本当に彼女は人間なのか?と思うぐらい鮮やかに。
 「・・・!?」
驚きを隠せない茉鵯禍を見て、魔理沙が言った。
 「霊夢は空を飛ぶ程度の能力を持っているんだ。でも私と同じく人間だぜ。」
 「へぇ・・・。でも美しく飛びますね。」
 「だろ?しかも霊夢は強いから誰にも負けないんだぜ!!」
 「魔理沙さんはなにかあるんですか?」
「あぁ。私は魔法を操る程度の能力を持っている。だから魔法使いをしているんだぜ。」
それなりに分かりやすく解説してくれた。
 「しかしお二人ともかっこいいですね。どうやって戦っているんです?見たところ肉弾戦って訳でもなさそうだし・・・。」
戦闘体系に対して問う茉鵯禍。
 「私たちは弾幕で戦っている。これが一番確実なんだ。攻撃も様々でな。霊夢はお札や大幣を使うが美鈴はエネルギー弾を使っている。私も昨日のマスタースパークのような形で弾幕を使っているんだ。」
 「そうなんですか!!面白そうではありますね。」
 「あぁ、それが弾幕勝負なんだ!!」
今朝一番の笑顔で答える魔理沙。
      ◇◇◇◇
 「お、霊夢が陰陽玉を出したぞ!!もうすぐ決着がつく。」
 「え!?もうですか!?」
 「あぁ、見てな。」
魔理沙の発言に彼は驚いたが、本当に終わりそうな雰囲気になっている。 
 「なかなか強くなったじゃない?美鈴。でも今回も私の勝ちよ・・・!!」
「霊符 [夢想封印]  」
霊夢の周りから色とりどりに発光する球体のようなものが現れ、美鈴に当たって、そして爆発した。その技はとても美しく鮮やかだった。
 「さ、勝負あったわね。通してもらうわ。」
 「・・・どうぞ。」
 「じゃ、入るぜー。」
 「・・・えっと、大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」
今の戦いで彼女の服はボロボロだ。とても辛そうで心配になってしまった。
 「・・・大丈夫です。」
 「そうよ、この程度じゃ死なないわ。でも大事をとって中で見てもらいましょう。咲夜にには寝てたこと黙っててあげるわ。君、美鈴を運んで来て。」
 「はい。失礼しますね美鈴さん。」
 「すいませんわざわざ・・・。」
 「いいんですよ。すごいものを見せてもらった訳ですし、通してくれるお礼も兼ねているんで!!」
 「ありがとうございます、茉鵯禍さん。」
美鈴は初めてこちらに優しい笑顔を向けてくれた。穏やかな朝、いきなり始まった紅魔館門前での戦いは終わり、無事に中に入ることができた。紅く妖しきこの館。吸血鬼姉妹はどんな者達なのだろうか。霊夢の強さを見て安心したせいか、不思議と楽しくなっている自分がいた。
     ◇◇◇◇
 「す、凄い。とても豪華だ・・・!!」
紅魔館に入館して目についたのは大きなエントランス。大きな階段や、どこに続いているのか分からないほど多くの分岐。そしてそのエントランスの天井には大きなシャンデリアが付いている。
 「そうなのよ。でもそれだけ妖精メイドとかが沢山いるのよ。」
 「そっか、初めてなんだよな。少し案内してやろうぜ?」
 「いいけど人間には気味の悪いところだとは思うわよ?」
 「そうだなぁ。どうする?茉鵯禍?」
 「はい!!興味あります!!」
 「おっし、じゃあ私たちが案内するぜ!!まずは図書館な。」
 「あんたそれが目的でしょ。」
 「半分そうだが半分違うぜ。探し物と言えば図書館だろ?」
 「まったく・・・」
二人に連れられてやって来た紅魔館の大図書館。本当に大きい。沢山の本棚にはびっしりと本が入っており、とても生きている間では読み切ることはできないだろう。
ワクワクして足を踏み入れようとした時、魔理沙が彼の腕を引っ張った。
 「茉鵯禍、ここでは勝手に動くな。きっとパチュリーの事だ。何か仕掛けているから危険だぜ。」
それなりに真面目な顔の魔理沙。
 「す、すいません。」
 「まぁいい。とにかく私の後ろに付いてきて、離れるんじゃないぞ。」
 「分かりました。」
一般論では図書館にそんなことをするだろうかと思う。しかし、美鈴が言っていた、盗むとはここの本を盗んでいるということであるなら、何か仕掛けてあっても不思議はない。すると後ろから突然声が聞こえた。
 「こんなところで何をしているんですか?しかも今回は協力者付きですか。」
若い女性の声がした。言葉こそ丁寧だが、二人を、特に魔理沙を震えあがらせるような威圧感があった。
 「げ、小悪魔!!」
振り返ると、スーツを着た悪魔のような女性が立っていた。
 「なによ、まだ何もしてないわ。」
 「まだってことはこれから何かをするってことですよね。・・パチュリー様!!侵入者です!!」
大声を上げる彼女。
 「ちょ、こあ、何やって・・・!!」
 「何もしないならパチュリー様に挨拶くらいできますよね?ほら、来ましたよ。」
 「あら、この図書館に忍び込むとはいい度胸・・・ってまた魔理沙か。懲りないのね。美鈴にも言っておいたのに、今日はどんな魔法で追い返されたいかしら?」
紫色の服、髪の少女が現れた。魔理沙を視認すると呆れたような物言いになる。
 「どれも嫌だぜ。っていうか怒らないんだな?」
若干拍子抜けしたような様子の魔理沙。
 「えぇ。もう怒らないから・・・本を返してくれるかしら。」
 「怒る気も失せるって相当怒ってるって事じゃねーか・・・!!」
人間、怒りやストレスが溜まりすぎると逆に穏やかになると聞く。もしその事例が今の彼女のこの症状なら、魔理沙はかなりの怒りを買っていることになる。
 「茉鵯禍。今度は魔理沙の番よ。魔理沙のもなかなか強いわ。」
今度は霊夢が前に立つ。
 「弾幕勝負ですね?」
 「・・・随分楽しそうね?まぁいいわ。」
      ◇◇◇◇
 「あぁ、魔理沙、魔理沙よ。もう怒りたくは無いの。だからお願い。本を返して。それだけでいいから・・・!!」
 「嫌だぜ☆死ぬまで借りるんだぜ~。」
いささか子供じみた言い争いに聞こえる為に忘れそうではあるが、魔法使いである魔理沙でも手強いという者。故に相当な実力者なのだろうと警戒する茉鵯禍。
 「む~。そこまで言うなら勝負。私が勝ったらすぐに本を全部返して。負けたらまだ本を貸してあげる。」
 「お、まじか!!それならいいぜ!!」
 「では、勝負よ。」 
図書館で弾幕戦を繰り広げるとは思わなかったが、ここまでくると誰にも止められない。この独特な雰囲気の中勝負が始まる。このパチュリーと言われた彼女からもどこか魔理沙に似たような雰囲気を感じる。そして仮にもここは図書館。弾幕が当たったらどうやって修復するのだろうか。などと思っているうちにパチュリーが口を開いた。
 「そこの協力者。後で貴方にもじっくり事情を聞かせてもらうわ。私はパチュリー・ノーレッジ。この大図書館の主で魔法を使う程度の能力の持ち主よ。私も魔理沙と同じように魔法を使うけど、彼女のような盗人魔法使い(白黒バナナ)よりも格上なのよ。覚えておきなさい。」
パチュリーは勝ち誇ったような笑みで茉鵯禍に語る。展開された陣の数や大きさから、相当の手練れと見て間違いないと茉鵯禍は勝手に判断した。
 「えっと、野神茉鵯禍です。別に協力者などでは・・・」
言いかけたところで霊夢から強めの肘鉄を食らった。
 「ぐえっ」
 「ちょっと黙ってて。・・・自己紹介どうも。魔理沙の代わりに説明する手間が省けたわ。」
 「いいのよ霊夢。ここで貴女もバイバイだから。」
 「・・・おい。誰が白黒バナナだ、この野郎。パチュリー、今回は本気で行くぞ。」
馬鹿にされたのが悔しいのだろうか。本気で怒っているのが分かる。魔理沙からは怒りのオーラが見えそうな感覚に陥る。
 「あら、楽しみね。なら私も本気で行くわよ。」
 「最初っから飛ばしていくぜ。」
魔理沙が持っていた物体をパチュリーに向ける。どうやらあの技を出すつもりのようだ。茉鵯禍に緊張が走る。
 「恋符 [マスタースパーク]  」
 (自分を吹き飛ばした技だ。あんなのを食らったらいくらパチュリーさんでも・・・)
 「あら・・・効かないわよ。」
飄々とした表情で続けるパチュリーの姿に彼は驚いた。
 (あれを食らって生きている!?いや、生きているどころかまだ活き活きとしている。パチュリーさんは一体何者なんだろうか。)
 「ちっ、避けたか。」
 「避けた!?」
 「そうよ。技はわざわざ律義に食らう必要は無いわ。ちょうどさっきの美鈴は避ける余裕がなかっただけよ。」
 「へ、へぇ。」
 「あら、スペカを使うのね?なら私も使わせてもらうわ。」
パチュリーが“スペカ“とやらの使用を宣言する。
 「・・・スペカ?」
霊夢に問う茉鵯禍。
 「あぁ、スペルカードって言って、まぁ通常攻撃よりも強い技ってことよ。さっき私が使った、夢想封印や今のマスタースパークも全部スペカよ。」
霊夢の解説を聞いている間も、目の前では二人が色鮮やかな弾を射出し続けている。
 「へぇ、すごいですね。」
 「パチュリーのも出るわよ。」
 「日符 [ロイヤルフレア]  」
火の玉のようなものが現れ、魔理沙を追い詰める。
 「うわっ、危ねぇ!!」
 「すごい、避けた。」
 「魔理沙からすれば見慣れているからね。」
 「甘いわよ魔理沙。」
 「月符 [サイレントセレナ] 」
突然発光したレーザーが魔理沙を襲う。流石に避けきれなかった
「ぐはっ!!」
 「魔理沙さん!!」
 「魔理沙なら大丈夫よ。あんなので倒れるのは魔理沙じゃないわ。」
心配する彼に霊夢が優しく声を掛ける。
 「・・・そうだぜ茉鵯禍。霊夢の言う通りさ。今は運悪く食らっちまったが・・・しかしパチュリー、甘いのはお前の方だ!!」
傷を負った今だからこそだろうか。彼女の言葉には大きな力が籠っていると彼は感じた。
 「負け惜しみかしら、魔理沙。」
 「いいや、違うな。今回は私の勝ちだ。パチュリー、足元を見てみな。」
 「・・・!?これは結界!?」
パチュリーの足元に魔法陣のようなものがある。それのせいだろうか、パチュリーは動けない。
 「あぁ、白黒バナナなんて馬鹿にしてくれたからな。せめてものお返し(お礼)に、直接あの技を食らってもらうぜ!!」
パチュリーと同じ高さまで再び浮上し、そんな宣告をした。
 「ま、まさか!!」
 「あぁ、きっとそのまさかだ。」
マスタースパークの時のように、角ばった何かを向ける。しかし、今回は感じられるエネルギーの量がマスタースパークの時のそれとは違う。
まるで砲撃でもするように。
 「魔砲 [ファイナルスパーク]  」
 「あ、あぁぁぁぁっ!!」
目を開けていられないほどの閃光。ものすごく大きな音。パチュリーはひとたまりもないだろう。
 「・・・勝負あったな、パチュリー。」
 「えぇ、私の負けよ。・・・むきゅう。」
 「よし、じゃあ本借りてくぜ!!」
魔理沙は子供のように書棚へ走って行った。
 「こあ・・・」
 「はい、パチュリー様・・・ってどうしたんですか!?」
パチュリーが先程の彼女を呼び出した。彼女も驚愕している。
 「魔理沙に負けたわ。ちょっと助けてくれるかしら。」
 「はい。分かりました。」
 (・・・レミィ、咲夜。霊夢たちがそっちに向かうかも知れないわ。)
      ◇◇◇◇
一方、別室では。
 「・・・分かったわ、パチェ。貴女は休みなさい。行くわよ、咲夜。」
 「畏まりました、お嬢様。」
裏で少女と女性が話している。
 「・・・また霊夢たちと戦うのね。あの異変の時以来かしら。」
 「えぇ。久しぶりでございます。」
      ◇◇◇◇
 「にしても・・・派手に図書館壊しましたね、魔理沙さん達。」
魔理沙が本を数冊抱えて帰ってきた。
 「あぁ・・・回復したらパチュリーが魔法で元に戻すはずだが・・・少し手伝おう。」
 「自分も手伝います。」
 「ありがとな、茉鵯禍。ついでに霊夢も手伝ってくれ。
 「え、私も!?」
 「あぁ、手伝ってくれ、霊夢。」
 「ったくしょうがないわね・・・。」
大図書館での激戦の末、魔理沙はまた本を借りていくことになった。パチュリーも毎回こんな感じなのだろうか。しかし茉鵯禍にもやることがある。
 「・・・そうだ霊夢さん、この人達にもしっかり説明しなきゃ。」
一段落したところで、一向がパチュリーのもとへ向かう。
 「そうね。・・・パチュリー、少しいいかしら。」
 「・・・どうしたの霊夢。」
自身の椅子に座りながら答える彼女。
 「この紅魔館に謎のお札みたいなのがあるみたいなんだけど何か影響はないかしら。そもそもそれの調査に来たのだけど。」
 「あぁ、あのお札ね。美鈴から見せてもらったかしら。この紅魔館にも何枚もあったから・・・今レミィが持ってるわ。」
これを聞いた瞬間、霊夢が激しく驚いた。
 「あいつが!?今すぐ止めないと!!」
 「いいえ、無理よ。あの子、凄く興味津々だから手離さないと思うわ。」
 「全く毎度毎度迷惑ね・・・。」
 「ふふふ、レミィのそれは今に始まったことじゃないでしょう?それに貴女ならレミィからお札を貰えると思うわ。」
 「まぁ最悪、力づくでも頂くけどね。」
涼しい顔で微笑むパチュリーと呆れる霊夢。
 「ふふふ。ほら図書館は大丈夫だから行きなさい。」
 「分かったわ。行くわよ、茉鵯禍、魔理沙も。」
 「ほーい。じゃ、またなパチュリー。」
 「失礼します。」
 「・・・こあ、休憩しましょう。」
 「はい。」
紅魔館内大図書館での激戦の末、茉鵯禍達は先へ進めるようになった。この先に待ち構える影。彼女たちはどうなるのか。
      ◇◇◇◇
 「・・・ほんとに立派な建物ですよね。ここに吸血鬼が住んでいるんですか・・・。」
紅く染まった廊下と西洋の城のような壁を見ながら彼が話を始める。
 「えっとね、その姉妹の姉はこの紅魔館の主なのよ。」
 「その吸血鬼が主!?ニンニクが嫌いな血を吸うだけの吸血鬼が主!?」
驚愕した彼がうっかり大きな声を出してしまう。
 「馬鹿、そんな大声で言うと聞こえちまうぜ!!」
「あ、すいません。」
 「・・・そうよね。私達吸血鬼が主でもいいじゃない?」
「いやぁそうですよね・・・って、[私達吸血鬼]?」
慌てて後ろを振り向く。純黒の羽根、紅く染まった瞳の幼女らしき何かがこちらを向いて立っている。更に突然正面からも何か飛んでくるような気配がして右に避ける。すると壁には銀色に光るナイフが刺さっていた。
 「な・・・!!」
何かの殺気を感じ取った彼は慌てて正面を向きなおす。しかし誰もいない。慌てて少女の方を向くが、もう一度正面から声がする。
 「・・・ふふふ。私のナイフを避けるとは流石ね。でもまだまだ甘いわ。前を向きなさい。」
声の通りに慌てて前を向く。そこには目の前にはメイド服の女性がいて、茉鵯禍の顔には
その女性の持つ三本のナイフの刃先が突きつけられていた。
 「・・・!!」
彼は息を呑んだ。人があんなに速く動いた。影も見えないほど速く。
 「あんたらねぇ・・・幻想郷に入ったばかりの人間脅かしてどうするのよ。」
 「お前ら変わんねぇな!!」
 「あら、そうなの?なら仕方ないわね。咲夜、ナイフを仕舞いなさい。どうやらお客人みたいよ。」
 「畏まりました、お嬢様。」
 「驚かせて悪かったわ。私がアンタの言う吸血鬼姉妹の姉で紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。でも勘違いしないで。ただぶら下がって血を吸っているだけではないわ。そしてナイフを向けたのがここの完全で瀟洒な私自慢のメイド長。」
 「十六夜(いざよい)咲(さく)夜(や)です。」
 「ど、どうも。」
突然、茉鵯禍が土下座した。
 「お、お嬢様?さ、先程は無礼な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした。ど、どうか命だけは勘弁して頂けないでしょうか。」
恐怖が彼の体を襲う。こう言った頃にはすでに彼の身体の震えは止まらなくなっている。
 「・・・ビビりすぎよあんた。」
 「ど、どうか命だけは、命だけは勘弁してください。お、お慈悲をください!!」
彼は何度頭を下げただろう。酔ってくるほどだからそれなりに頭を下げたはずだ。
 「茉鵯禍。レミリアに頭下げるってその頭の無駄遣いだぜ。もっとましな奴に頭下げたらどうだ?」
茉鵯禍の横で魔理沙が笑っている。しかし、ナイフを突きつけた彼女は
「魔理沙、今お嬢様を侮辱したわね。今すぐ私の・・・」
と憤慨している。
 「咲夜、客人の前よ。やってもいいけど後にしなさい。」
 「申し訳ありません、お嬢様。」
 「さて、そこの人間よ。」
いきなり呼ばれて彼の体が震えあがる。慌てて顔を上げる。どうやら命の危険を感じたようだ。
 「は、はい。何でございますかお嬢様。」
土下座の姿勢のまま話をしているこの光景はとても不思議なものであろう。
 「知らなかったなら仕方ないし、別にお嬢様と呼ばなくてもいいわ。」
 「は、はい。わ、分かりました。」
茉鵯禍は少し安心した。しかし、正座は崩すことは無かった。
 「でもレミリアさんと呼びなさい。貴方のような人間風情よりも私達吸血鬼の方が格上なんだから。」
 「わ、分かりました、レミリアさん。」
そしてもう一度頭を下げた。
 「よろしいのですかお嬢様。」
 「いいのよ。咲夜。それよりこの人は本当に幻想郷に来たばかりのようだから、ちゃんともてなしてあげなさい。」
 「分かりました。・・・では人間さん、お名前をお願いします。」
 「えっと、野神茉鵯禍です。」
 「野神様ですね。畏まりました。」
 「は、はい、メイド長さん。」
 「咲夜で構いませんわ」
 「分かりました、咲夜さん。」
 「なーなー、私達もてなしを受けに来たんじゃないんだぜ。」
魔理沙が不満そうに言う。その時にやっと彼は立ち上がった。
 「そうよ。ちょっといいかしらレミリア。」
 「あら、どうしたの?」
レミリアが不思議そうな、否。むしろ待っていたかのような声で答える。
 「あんた、変なお札みたいなの持っているわね?それを私たちが回収しに来たのよ。」
 「あら、流石博麗の巫女ね。よく分かったじゃない。」
 「やっぱりね。ほら、早く渡して頂戴。」
 「嫌よ。絶対に渡さないわ。」
用件は既に把握していると言わんばかりの対応、そしてさも当たり前のように渡さないと主張する。霊夢も黙ってはいない。
 「はぁ!?あんた何言ってんのよ、こんな得体の知れないものをあんたらが扱えるわけないじゃない!!」
 「あら、パチェの魔法で封印しておけば問題ないじゃない。それに何かあればフランの力で壊してしまえばいいわ。」
 「そうよ霊夢。お嬢様の仰る通り問題は無いわ。」
咲夜がレミリアを援護するように続ける。しかし、次に彼女の口から出てきた一言には驚きが隠せなかった。
 「それに、周りでこのお札が出てきたときには、封印するための代金としてお金が取れるもの。」
 「「えぇ・・・。」」
咲夜を除く全員が困惑している。
 「まったく、これだから困るのよあんた達は・・・。それに茉鵯禍を返してもらえないかしら。」
霊夢が呆れたような口調で咲夜に言う。
 「すいません咲夜さん、お願いします。一回戻してください。」
 「あらあら。分かりましたわ。」
 「ありがとうございます。」
咲夜から一度開放されたので、この四人から少し離れた。弾幕勝負が始まってもいいように。そして間もなくその予想は当たる。
      ◇◇◇◇
 「お嬢様、ここはひとつ弾幕で勝負して決めるのはいかがでしょう。それならいくらでも本気を出せますわ。」
 「お、咲夜は話が早いな。」
 「あんたらほんと弾幕勝負好きよね。で、どうするの?レミリア。」
 「お嬢様、この戦いには紅魔館の経済がかかっています。」
 「主の私が知らないところでそこまで話を進めていたのね・・・いいわ。その勝負受けて立つ。咲夜、スペカの使用を許可するわ。私と一緒に戦いなさい。」
 「畏まりました、お嬢様。」
 「魔理沙、あんたも協力しなさい。」
 「もちろんだぜ。」
二対二の弾幕勝負とは彼も正直驚いたが楽しみではある。レミリアや咲夜の弾幕やスペカはどんなものなのだろうか。そんな期待をしつつ、距離を置いている。
 「「いざ、勝負!!」」
四人全員が臨戦態勢に入った。咲夜はナイフを構えている。そこでレミリアが動いた。紅く綺麗な弾幕の雨。弾の間隔が狭いので避けても別の弾に当たってしまいそうだが二人は難なくかわしている。
 「霊夢たちと弾幕で戦うのは確か紅霧異変の時以来かしら。」
 「あー、あの時ね。あの時はよくもやってくれたわね。」
 「それはお嬢様も反省したはずよ、霊夢。」
 「まぁ別に今更怒る必要はないな!!」
 「まぁね。」
 「え、何かあったんですか!?」
茉鵯禍が問う。
 「そうよ、後で教えてあげるわ!!あれは迷惑な話だったのよ。」
と、こんな感じで普通に会話しているが、お互いに一歩も譲らない戦いが続いている。咲夜はナイフを投げ続けている。そしてなぜか異様に移動速度が速い。
 「あら、レミリアも咲夜もこの前より強くなったじゃないの。でもそろそろ決着を付けるわ。」
 「霊符 [封魔陣] 」
カードを高く掲げ、それを下に降ろすと、そこから青白い結界らしきものが立ち上がる。目を開けていられない。
 「うわっ!!」 「キャッ!!」
レミリアも咲夜も食らってしまったようだ。発光したので目がくらんだようだ。
 「魔理沙、今よ!!」
「任せておけ!!いくぜ・・・」
 「恋符 [マスタースパーク] 」
スペカのダブルパンチ。さすがに吸血鬼でもこれは痛いだろうと思った。しかし違った。煙が消えたその瞬間、咲夜が動いた。
 「あら、では私も使ってしまいましょう。」
 「幻符  [殺人ドール]  」
こう言うと咲夜の周りに大量のナイフが一瞬で現れた。それを霊夢達に向かってすべて飛ばした。それもとても速い。一瞬でんなに大量のナイフを出せるということは咲夜にも何かしらの力があるはずだ、と彼は察した。
 「痛っ!!」 「うわっ!!」
流石に霊夢や魔理沙も食らってしまったようだが、まだ余裕そうな表情をしている。
 「ふふふ、よくやったわ咲夜。私がとどめを刺してあげる。」
 「神槍 [スピア・ザ・グングニル] 」
レミリアの手に紅い槍が出てきた。そして投げた。二人はまた攻撃を食らってしまったのか。煙で何も見えないので分からない。
 「これが紅魔館のコンビネーションよ。分かったかしら、人間。」
レミリアと咲夜が不敵な笑みを浮かべて茉鵯禍を見ている。しかし、霊夢と魔理沙の姿がない。すると、咲夜とレミリアの後ろから霊夢と魔理沙の声が聞こえた。
 「霊夢さん、魔理沙さん!!無事でよかったです!!」
 「まったく、その程度で私たちを倒したつもりかしら。強くなったと思ったけど、紅霧異変の時の方が強かったのね。」
 「あぁ、まったくだ。しかも勝負が終わってないのに茉鵯禍と話すなんて油断してやがる。」
 「まだ生きていたのね。しぶとい奴らですわ。」
 「えぇ、そうね。」
お互いに向き合った。第二ラウンドが始まらんとしているが霊夢が言い切った。
 「あら、でももう終わりよ、レミリア、咲夜。用意はいいかしら」
 「食らいなさい!!」 「食らえ!!」
 「霊戦 [幻想之月] 」
 「恋符 [ノンディレクショナルレーザー] 」
陰陽玉からはお札が飛び出し、それで動きづらくなっているところに回転するレーザー。二人に逃げ場はない。この勝負、決着が着いたようだ。
 「さぁ、あんたらの持っているお札、全部渡しなさい。」
 「うー。また霊夢に負けたー!!」
 「くっ、強くなっているわね。」
 「咲夜、私の部屋の引き出しから持ってきなさい。」
 「畏まりました、お嬢様。」
一瞬で。
 「はい、お持ちしました。」
 「!?」
激痛が走るが、彼はすぐ目を閉じたので問題は無かった。しかしおかしい。一瞬の出来事だった。
 「・・・やっぱり早いわね。流石私の咲(メイ)夜(ド長)。」
 「勿体ないお言葉ですわ。」
 「あの・・・咲夜さん、どうやってあんなに早く移動を?」
いよいよ怖くなったのか、目を閉じたままの彼が問う。
 「その前に野神様、お怪我はございませんでしょうか。」
 「は、はい大丈夫ですが、咲夜さんは大丈夫ですか?」
茉鵯禍はかぶりを振りつつ、咲夜に問う。
「お気遣いありがとうございます。問題ありません。」
 「それは良かったです。あと、茉鵯禍って呼び捨てで構いませんし、お客って訳でもないので・・・。」
 「そうよ咲夜。茉鵯禍をもてなすなら私たちももてなしなさいよ。」
霊夢が同調する。
 「うるさいわね貴女達!!じゃあ茉鵯禍。私の能力を説明するわね。」
 「私の能力は時間を操る程度の能力。さっき貴方にナイフを投げて、貴方が避けてからすぐに前から私の声が聞こえたでしょう。あれは時間を止めてその隙に移動して時間を動かしたのよ。それに今のもそうなの。」
 「じゃあ、咲夜さんは時間を止めてその間にお札を持ってきたというわけですか。」
 「そうよ。すごいでしょう。」
 「はい、かっこいいです!!流石メイド長さんですね!!」
 「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、なんで貴方はずっと目を閉じているのかしら。」
ポカンとした表情で咲夜が問う。
 「あ、咲夜。それ今すぐ私に頂戴。この人がこのお札を見ると激しい頭痛が起きるっていう不可解なものなの。」
 「あら。だから目を閉じていたのね。」
 「すいません、そうです。」
目を閉じたまま答える茉鵯禍。
 「茉鵯禍、もう仕舞ったわ。」
 「はい。」
茉鵯禍が目を開ける。魔理沙が続ける。
 「なーなー、レミリア。他にこのお札がありそうな場所知らないか?」
 「そうね・・・私も分からないわ。とにかくいろんな場所に出向いてみましょう。」
 「え、あんたも来るの?」
 「あら、不満?紅魔館の主であるこの私が手伝ってあげるというのに。」
レミリアはカリスマ感溢れる(?) ポーズをしている。
 「はぁ、邪魔しなければいいわ。」
 「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
 「あら、咲夜も来るのよ?」
「畏まりました、お嬢様。」
こうして紅魔館の総力戦は幕を閉じ、紅魔館を後にした。
      ◇◇◇◇
 「霊夢さん、次はどこへ行くんです?」
紅魔館を出てから彼が聞いた。ちなみに、レミリアと咲夜は別の場所を探すことにしたらしい。
もうお昼ごろになったのだろう。陽はとても高い。あんなに激しい戦いだったのに霊夢と魔理沙から疲れているような様子が見受けられないので彼が驚いているのは言うまでもないのだろう。
 「うーん、どこがいいかいしら。白玉楼にでも行こうかしらね・・・。」
すると一人、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。
 「霊夢さーん!!助けてください!!」
 「あら、どうしたのよ、うどんげ。」
彼は聞き覚えのある名前に反応した。表情が固くなる。
 「霊夢さん!!あのお札が、永遠亭にも現れたんですよ!!」
 「え!?永遠亭にも!?」
それを聞いた瞬間。
「行きましょう、霊夢さん!!永琳先生が危ないです!!」
茉鵯禍が絶望感溢れる顔で慌てる。しかし霊夢たちは冷静だ。
 「そんなに慌てなくてもあいつは死なないわ。でも向かった方がいいわね。じゃあ行くわよ、みんな!!」
 「おう!!」 「はい!!」
というわけで永遠亭に向かうことになった。まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなかったが。
      ◇◇◇◇
 「さて、問題はこの竹林ね。」
目の前には大きな竹林が広がっている。薄暗く周りもおなじ景色の為に、不気味さを覚える一行。
 「うどんげ、道は分からないのよね?」
質問に対する答えは分かっているが、ダメ元で聞いているようにも見える霊夢。
 「はい、行きはてゐに聞いたので大丈夫でしたが・・・。」
鈴仙も少し沈んだ声で答える。
 「そうよね・・・もう分からなくなっているのよね。」
 「えぇ。」
どこか落ち込んだような様子の二人に茉鵯禍が声を掛ける。
 「ここは迷いやすいんですか?」
霊夢がこちらを向いてきっぱりと答える。
 「迷いやすいどころか絶対に迷うわ。」
 「なら自分の時はどうやって?」
 「その時もてゐが連れてってくれたんですよ。」
この質問は鈴仙が直々に答える。
 「なるほど。なら今度そのてゐさんにお礼をさせてください。」
 「分かりました!!」
てゐという人物にお礼をしたいと述べる茉鵯禍の要望を鈴仙が承諾した。
 「でもてゐは今いないし・・・こんな時に妹紅でもいてくれたらいいのにね。」
霊夢が誰かを探しているようだ。
 「あ、霊夢さんも思いますよね。」
 「まったくだぜ。」
するとその瞬間、竹林から人影が現れた。
 「お、私の事呼んだか?」
明るい声だった。ただ、三人は気付いていないようだ。
 「なんでこんな必要な時にいないのよ。また慧音のところにでも行っているのか、それともあんたのとこの姫と戦っているのか。」
霊夢が呆れたように文句を言う。しかし、その妹紅という人物はすぐ近くにいるのかも知れないというのに。
 「おーい、私はここにいるぞぉ。」
やっと全身が見えた。白く、膝の近くまでかかるかなりのロングヘアーでリボンがついている。白いシャツにサスペンダー。かなり特徴的な服装だ。
 「いやぁ、それならすぐ分かります。」
鈴仙が声にだけ反応した。姿を見たわけではないが。
 「いや、ここにいるんだって!!」
妹紅が反論する。
 「ちょっとあんたうるさい!」
 「・・・へいへい。」
ついに霊夢に怒られた。しかも気付いてもらえないまま。かわいそうに。とりあえずこちらにも気付いていたようなのでお互いに会釈を交わした。すると霊夢が。
 「ん、誰かいた?」
やっと気づいたようだ。そして茉鵯禍は前を指して。
「あの、妹紅さんはこちらの方じゃないですかね。」
恐る恐る現れた女性に注意を向けさせる。
 「ん?あ、いたのね妹紅。いるなら言いなさいよ。」
 「そうですよ妹紅さん!!私達困っているんですから。」
霊夢と鈴仙が彼女に不満を爆発させる。
 「え、何度も言ったじゃん。しかも私の扱い酷くないか?」
それに彼女が文句を言う。
 「まぁいいじゃないか別に。とにかく永遠亭まで連れてってくれ。」
魔理沙が少し慌てたような顔で案内を頼み込む。
 「なんか慌ててるな。どうした?」
妹紅と呼ばれた少女の表情が少し引き締まった。何かを感じ取ったのだろう。
 「いいから早く!!」
 「お願いします妹紅さん。師匠の身になにかあったら・・・!!」
霊夢と鈴仙も必死に頼み込む。茉鵯禍はその様子を後ろから見ていることしか出来なかった。
「うーん・・・よし、案内してやるが二つ条件を呑んでもらおう。」
数秒の沈黙の末に彼女が口を開いた。
 「何よ。急いでるんだけど。」
 「一つ、用事が終わったら霊夢、私と勝負しろ。」
 「はぁ。別に構わないわ。んで?二つ目の条件とやらは何なのよ。」
霊夢が呆れたような口調で急かす。
 「二つ、そこの人間は元いた場所に置いていけ。永遠亭には連れて行くな。」
彼女が霊夢達の後ろに立っている茉鵯禍を指さして言う。
 「・・・一つ目のはいいけど二つ目はどういうことかしら。」
 「もし仮に鈴仙ちゃんが言うように本当に大変な状況なら、特に怪我をしている訳でもなく、病に苦しんでいる様子も見受けられない見ず知らずの人間を連れて行くのは永琳が困るだけだろう。」
理屈の通った主張だ。仮にも永遠亭は病院のような場所。そこの一大事に、何の問題もなさそうな見ず知らずの人間を連れて行くのは非常にナンセンスと言える。
 「いや、永琳はこいつのこと知ってるぞ。昨日入院して、今日退院しているからな。」
 「そうですよ妹紅さん。だから大丈夫ですよ。」
 「それに今回はこの人が関わっているの。だから案内してちょうだい。」
魔理沙、鈴仙、霊夢の三人が主張する。
 「ふーん。」
妹紅は一通り話を聞くとすぐに茉鵯禍に詰め寄った。そしあたかも疑っているような口調と態度で聞いてきた。
 「なぁ。」
 「は、はい・・・。」
茉鵯禍は少し怯えている。
 「君、外の世界の人間だろう?私も普段からここで道案内をしてるんでね。君のような見かけない人間ならすぐ分かるんだよ。」
妹紅が彼に詰め寄る。顔こそ微笑んではいるが、圧を感じるような笑顔だった。
 「は、はい。そうですけど・・・それが何か?」
怯えながら答える茉鵯禍。
 「この事態に君がどのように関わっているのか説明してくれよ。それができたら案内してやる。霊夢達と一緒にな。できなければ君は追い出すかこの竹林に置いていく。」
妹紅が彼に深く探りを入れる。しかも、答えないと追い出すか竹林に置いていくとまで。
 「ちょっと妹紅!!あんた・・・」
霊夢が抗議する。それを遮るように妹紅が続ける。
「こいつが関わっている自覚があるなら本人にも説明できるはずだ。それも出来やしない人間を連れて行って何になる?」
 「「・・・」」
四人が黙り込んでしまった。しかし、魔理沙が口を開いた。
 「・・・それは無茶だぜ。こいつ昨日幻想郷に迷い込んだばっかりなうえに記憶も曖昧なんだ。それなのにいきなり巻き込まれてるんだぜ?そんな人間に説明なんてできないだろうよ。」
 「ならその証拠はどこにある?どういう理由で何も分からない人間がお前らの心配するような事件を起こせるんだ。」
妹紅が自身の疑問を述べる。その指摘も間違ってはいない。博麗の巫女達が慌てるほどの事件に関わっている張本人が、幻想入りしたばかりで記憶も無いなどとはにわかに信じがたい話であるから。
「・・・妹紅、なんでそんなに疑うのよ?いつものあんたらしくないじゃない。」
霊夢が説得は無理と判断したのか、逆に揺さぶりをかけていく。
 「あぁ、いつもの私ならすぐに案内するだろうな。でも今回は違う。」
しかし、涼しい顔で受け流していく妹紅。
 「妹紅さん・・・」
鈴仙が不安そうに呟く。散々問い詰められ、気まずい空気になっている。薄暗い竹林も相まって空気はどんどん険悪になっていく。
そこでやっと茉鵯が口を開いた。
 「・・・みなさん。自分の事はいいので永遠亭に行ってあげてください。それと妹紅さん、とりあえずせめてどこか安全な場所を教えてください。」
それを聞いた瞬間、聞き捨てならぬと言わんばかりに霊夢が怒鳴る。
 「ちょっと茉鵯禍!!あんた何馬鹿な事言ってるのよ!!」
 「そうだぜ。ここは妖怪とかがうじゃうじゃいるし、迷っちまうんだ。普通の人間なら死んじまうぞ。」
 「しかも安全な場所が見つかるかどうかも不明なんですよ。」
魔理沙と鈴仙の二人も黙ってはいなかった。
「いいんです。みなさん、とにかく今は早く永遠亭に!!」
彼は、自分は残るから全員で先へ行けと提案してきた。命を無駄にするようなことは言うなと言われていたが、助けてくれた永琳が大変なら身を投げ打つと覚悟したようだ。
 「ほぉう。」
品定めをするように、今度は面白がっているような顔で茉鵯禍に詰め寄る。
 「な、なんですか。」
少し語気を強めて対応する茉鵯禍。
 「君、気に入ったよ。みんなまとめてついてきな。」
 「「え・・・?」」
茉鵯禍達は戸惑った。
「案内してやるって言ってるんだ。ついて来いって。」
 「あら、最初からそうだと有難かったんだけど?」
「どうしたんだいきなり?」
 「・・・。」
霊夢と魔理沙が妹紅に問うが、妹紅は何も答えなかった。
突然案内してくれることになって驚く一行だが、妹紅は気にもせずスタスタと竹林を歩いていく。緩い傾斜や背の高い竹。不思議な感覚である。
      ◇◇◇◇
しばらく妹紅に付いて行くと、見覚えのある建物が見えてきた。
 「ほい、到着。」
 「助かったぜ妹紅。ありがとな!!」
 「ありがとうございます妹紅さん。これで師匠を助けられる!!」
 「行きましょう。」
 「ありがとうございました。」
お礼の文言を述べると、霊夢達三人はすぐにでも永遠亭に乗り込もうとする。一刻も早く動こうとしていた一行。しかし、妹紅が言った。
 「なぁ、この人間少し借りていいか?こいつに少し興味が湧いてな。安心してくれ。変な場所に連れて行ったりしないし、必要なら
呼びにくればいい。」
突然の事態に困惑する一行。しかし、霊夢は涼しい顔で答える。
 「まぁ少しならいいけど。・・・茉鵯禍、こいつにいろいろ詰め寄られたけど、悪い奴じゃないの。その辺は勘違いしないであげてちょうだい。」
 「はい・・・」
こう言い残すと魔理沙や鈴仙とともに行ってしまった。少し風が吹く竹林。少し沈んだ空気が流れる。

 「・・・妹紅さん?」
数分の沈黙の末、重い空気の中、茉鵯禍が口を開いた。
 「どうした?」
至って変わりのない口調で妹紅が返す。
 「その・・・妹紅さんは人間がお嫌いですか?人間が憎いですか?過去に人間に何かされたんですか?」
最初はゆっくりだったが、最後の方は少しまくし立てる感じになってしまった。
 「・・・どうして?」
「・・・あまり自分が信用されてないんだなって感じましたし・・・それは仕方ないにしてもなんでしょうか・・・妹紅さんは人間に対して何かあったっていうように感じられたので・・・。」
 「・・・」
今度は逆に妹紅が黙り込む。
重い口を開いたはいいものの、なんとなく妹紅を責めているような感じになってしまったようだ。彼も妹紅も俯いている。
 「・・・すいませんいきなり。忘れてください。」
重い空気に耐え切れなくなった彼が言う。
 「・・・別に私は人間が嫌いなわけじゃない。むしろ積極的に関わっていきたいと思っている。」
数秒した後、妹紅が口を開いた。
 「でもなんだろう・・・君のような人間を見ているとなんだか複雑な気持ちになってしまってな。」
遠い過去を思い出すかのように、空を見上げる妹紅。その口調は、どこか寂しさを感じさせるものだった。
(複雑な気持ちってなんだ?)
知りたい気持ちもあったが、深くは掘り下げないことにした。
 「それで当たりがきつくなってしまったんだろう。それに君からは何か特別・・・?なものを感じる。」
必死に言葉を選びながら紡いでいく妹紅。
その言葉を彼はどのように受け止めればいいのか分からなかった。
複雑な気持ち。彼女のそれを彼が理解する日が来るかは分からないが、彼の心に引っかかるものが残った。それでも、自分に心を開いてくれているような気がして少し嬉しいのもまた事実だった。
 「まぁ、その、なんだ。改めてよろしく。えっと・・・」
重い空気を振り払うように明るく笑おうとする妹紅。
 「野神茉鵯禍。茉鵯禍ってよんでもらえると嬉しいです。」
お互いに少し儚げな笑顔で握手を交わす。
 「よろしく、茉鵯禍。私は藤原妹紅。今まで通り、妹紅と呼んでくれればいい。」
 「よろしくお願いします、妹紅さん。」
お互いに少したどたどしい感じではあるが、仲良くなれそうな雰囲気になった。そしてその時、霊夢が戻ってきた。
 「お取込み中悪いんだけど茉鵯禍、来てもらえる?」
 「はい、今行きます。」
と首肯する茉鵯禍。
 「お、じゃあ私はここで待っているよ。帰りも案内してやる。」
と、帰りの案内もすると妹紅。
 「ありがとうございます妹紅さん!!」
「あんたも呼ばれてるわよ、妹紅。」
しかし、霊夢は妹紅にも水を向けた。
 「え、私も?もしかしてそれって。」
 「多分考えている通りね。とにかく二人ともきてちょうだい。」
 「はぁ、しょうがないなあいつは。行こうぜ茉鵯禍。」
霊夢の発言から何かを読み取った妹紅は一つため息をついていた。しかし、すぐに笑顔になって茉鵯禍に声を掛ける。
 「・・・はい!!」
      ◇◇◇◇
いよいよ茉鵯禍達も永遠亭に乗り込むことになった。ただ、案内されたのは病室ではなかった。とても豪華な部屋だった。平安貴族の生活を思わせるような。
 「あら、元気そうね。」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。永琳だ。
 「先生、無事でしたか!!良かった!!」
スタスタと部屋に入ってくる永琳を見て彼は思わず立ち上がり、永琳の元へ駆け寄る。
 「あら、貴方も無事なようで良かったわ。でも優曇華には何も問題ないとあれほど言っておいたのに・・・いきなり出ていくからなにかと思えば。」
呆れたような顔で鈴仙を見る永琳。
 「いや、問題しかありませんって!!いくら師匠の頭脳でもこれはまだ・・・。」
 「やっぱり研究か何かするつもりだったのね。」
今度は霊夢が呆れたような表情を永琳に向ける。
 「はい。師匠がこれは私が研究するから何も問題ないって仰ってたんですけど心配で。」
困った顔の鈴仙。心なしか兎耳もしわしわになりかけている。
 「永琳、あんたいい助手を持ったわね。うどんげの言う通り、問題しかないわ。」
その様子を見た霊夢が皮肉を込めて永琳を褒める。
 「あら、何が問題なのかしら。月の頭脳を甘く見ないでほしいのだけど?」
霊夢の挑発に乗った永琳。しかし、それを受け流そうとしている様子も見える。
 「ならあなたには私のような知識はあるのかしら?こういうものを調べるのは代々博麗の巫女の仕事よ。しかもこれはお札。私が調べるのが最適じゃないの。」
そんな永琳の様子など気にもせず、霊夢が抗議した。
 「なら逆に聞くけど、これが何かを知るのに貴女の持つような知識がいるという絶対的な根拠はどこにあるのかしら?証明できるなら諦めるけどそうでないならこれは渡せないわね。」
 「っ、それは・・・」
霊夢が完全に言い負かされてしまったようである。室内に不穏な空気が流れる。
 「でもよ永琳。そのお札にはこいつに影響があるんだよ。だから霊夢に渡さないでお前が勝手に研究を始めて茉鵯禍に何かあったらお前・・・」
魔理沙が別の視点から切り込みを入れる。霊夢の主張も永琳の主張も間違ってはいない。だからこそ、別の視点が必要だと思ったのだろう。
 「知っているわ。これを見ると突然激しい頭痛に襲われる、でしょう?ならこのお札には脳に作用する何かがあるとしか思えない。それは医者である私の研究すること。」
あくまでも医学的な知識の方が必要になるのよ、と一蹴する。
 「でも師匠・・・」
鈴仙が更に困る。ちょうどその時。
 「あら、姫である私を除け者にして楽しそうじゃないの?」
部屋にある襖の奥から声がした。優曇華と永琳が驚いた様子でそちらを見る。襖が開き、中から着物姿の女性現れた。茉鵯禍のような普通の人間から見れば随分と時代錯誤も甚だしいと思うかも知れない。しかし、彼女の姿はそれを感じさせなかった。
 「ごめんなさい、輝夜。優曇華や霊夢達と話していたのよ。」
 「ええ、それが楽しそうなのよ。あら、それに・・・」
着物姿の女性は興味深そうにこちらに寄ってきた。そして値踏みでもするかのように彼を見ている。
 「今日はお客様がいるのね。でも貴方は見ない顔。名前を言いなさい。」
 「えっとその・・・」
唐突に言われたので永琳に目で助けを求めたが、早く名乗れと言わんばかりの顔をしている。優曇華も同様。霊夢は呆れた顔で、魔理沙はなぜかニヤニヤしている。どうすればいいか分からないが、とりあえず名乗ろうとする。
 「・・・聞こえなかったかしら?早く名前を・・・」
彼女は呆れたようにもう一度繰り返す。それを遮るように名乗る茉鵯禍。
 「自分は野神茉鵯禍と言います。」
 「あら、聞こえているなら早く答えなさいよ。私は蓬莱山輝夜。この永遠亭の姫よ。覚えておきなさい?」
「はい・・・。」
蓬莱山輝夜を名乗る彼女は彼を観察する。そして数秒の沈黙の末、こう続けた。
 「貴方、見たところ普通の人間ね。ましてや幻想郷の住人って訳でもなさそうだし。まぁいいわ。永遠亭にようこそ。歓迎するわ。」
あっさりと彼女に認められた。とりあえず不審な者ではないと認識されたようだ。
 「はぁ、ありがとうございます。」
茉鵯禍は少し動揺しながらも彼女の前に土下座した。姫と呼ばれたいたことを気にしている。
 「まぁ・・・礼儀正しい人間だこと。面をお上げなさい。」
突然、少し和やかな声を掛ける輝夜。
茉鵯禍は顔を上げた。
 「でもどうやって幻想郷に来たのかしら?普通の人間なんて久しく見てないわね。」
輝夜も彼の目の前に座り、不思議そうに首をかしげながら微笑んでいる。
 「輝夜、その人は記憶が曖昧なの。」
霊夢が説明に入る。
 「あら。そうだったの?なら茉鵯禍、うちの永琳に診てもらうといいわよ。優秀でどこの医者よりも診断や治療が早くて的確で安全よ。」
優秀、早くて的確、安全の三つを強調して力説する。
 「輝夜、こいつ一度永琳の世話になってるから知ってるぞ。」
 「あら、そうなの?永琳。」
魔理沙の補足に、少し顔を曇らせたが、気にせずそのまま永琳に水を向ける。
 「えぇ、昨日てゐが彼と霊夢達を連れて来たの。彼は幻想入りしたばかりのようだから一晩休ませたわ。」
永琳が一通り事情を説明すると、輝夜はすぐこちらに顔を向けて
 「流石でしょうちの永琳は。」
と自慢する。彼もそれを首肯した。
 「はい。仰る通りです。先生や鈴仙さん達のおかげで助かりました。」
 「なら良かったわ。そうするとなぜまた永遠亭に来たのかしら?」
輝夜が至極当然の質問をする。
 「姫様、ここからが本題です。」
鈴仙が口を挟んだ。
 「あらイナバ。本題っていうのは一体何かしら?」
 「姫様、謎のお札を持っていましたよね。あのお札は先ほど師匠に渡したもので全部ですか?」
 「いえ、まだいっぱいあるわよ。面白そうじゃない。それに永琳にも何枚か渡してあるから研究もできるわ。」
輝夜が自慢げに話す。
 (幻想郷の住民は珍しいものに興味がる人が多いんだなぁ。)
と茉鵯禍は考察する。
 「輝夜、一人で勝手に盛り上がってるところ悪いんだけど、それ全部渡してもらえるかしら。」
霊夢が明け渡しを要求する。紅魔館の時と同じパターンであが、今回は素直に渡してくれるだろうか。
 「嫌よ。渡さないわこんな面白そうなものを手放す訳ないじゃないの。絶対に渡さないわ。これは私のよ。」
即答だった。即、拒否された。
しかも輝夜が駄々を捏ねている。畳の上に寝転がってジタバタしない辺り大人だとは思うが、子供っぽい部分もある。
 「駄々捏ねないの。これはあんたみたいなのに扱える代物じゃないのよ。」
これを聞くとついに輝夜が喚きだし、寝転がって永琳の足を掴むなりこう言った。
 「うわぁぁん、えーりーん、霊夢が私の事馬鹿にしてきたぁぁ!!!ひどいよぉー私ここの姫なのに、ひどいよぉぉお!!」
 「はぁぁ。」
永琳も少し呆れている。
茉鵯禍の目には、輝夜は姫というより、ただ駄々を捏ねる子供に見えてきた。これで姫が務まるなら永琳は大変なのだろうと彼は思った。先程までの威厳は消え去り、呆れる以外に成す術はなかった。
 「霊夢、輝夜を馬鹿にしないでもらえるかしら。今謝罪すれば許してあげるけど?」
輝夜を馬鹿にしたことより、自分の手間を増やされたことにお怒りらしい。
 「何よ、こいつが私やあんたよりも知識がないからじゃないのよ。それともあんたより輝夜の方が知識あるのかしら?」
「・・・それもそうね。立場は下でも頭脳や実力は私の方が圧倒的に上なのよね。」
霊夢の質問に対して永琳はかぶりを振った。つまり、実質的に永琳は輝夜を見下したことになる。当然、輝夜も黙ってはいなかった。
 「ああぁぁ!?ひどいよぉ!!えーりんまで私の事ばかにしたぁぁぁ!!」
一瞬絶望感漂う表情になった後また泣き出した。いよいよ笑うしかなくなったと思った彼は何とか堪えているが、魔理沙は笑い転げている。
 「お前よくそれで姫が務まるよなぁ。まだ永琳の方がましだぜ。」
 「う、うるさい!!それより霊夢!!このお札は渡さないんだからね!!」
お札は渡さないとお言いながら自身が掴んでいるのは永琳の足である。
「ならしょうがないわね。力づくで頂いていくわ。
 「待て、霊夢。」
後ろから妹紅が入ってきた。そして輝夜の方を向いて言った。
 「お前の相手は霊夢じゃなくて私だ、永琳の足掴んでぐやぐや言ってないでさっさと表出やがれバ輝夜。」
 「あら・・・もこたん。いたのね。」
妹紅が勝負を仕掛けたが、永琳の足を掴んだまま輝夜が挑発する。妹紅はお怒りの様子で
 「お前・・!!その呼び方はやめろと言ったはずだぞ”永遠亭の永遠のお荷物“がよぉ。」
 「はぁ!?何よ不良!!」
 「事実を言ったまでだろうがニートが!!」
口論が始まった。茉鵯禍が止めに入ろうとすると霊夢が止めた。
 「好きにさせてあげなさい。こいつらはそういう仲なのよ。」
 「はぁ・・・。」
暴言が乱発している。永琳と鈴仙は頭を抱えている。
 「いいわ妹紅。勝負しましょう。霊夢、もし私がこいつに負けたら永遠亭にあるお札は全部貴女に渡すわ。それでいいわね?永琳。」
 「いえ、輝夜は何も懸けずに勝負をしていてちょうだい。」
どうせ決着が着くわけではないでしょう、とやや含みを込めた言い草だった。だが、永琳はそのまま霊夢の方を向いて続けた。
 「永遠亭のお札を懸けた争いなら私がやるわ。」
言い終わると、永琳は弓矢を用意した。
 「あら、永琳と戦うのはいつ以来かしら。妹紅、あんたの相手できなくなるかも知れないわよ。」
霊夢が妹紅に水を向け、妹紅が首肯する。
 「構わない。輝夜の代わりに戦ってほしかっただけだからな。」
「じゃあ永琳。私たちも行きましょう。ここじゃ戦えないわ。」
 「じゃあ留守番頼むわよ。」
四人は揃って部屋を出た。
      ◇◇◇◇
部屋を出たのを確認すると魔理沙が寝転がった。
 「あー私も戦いたかったなぁ!!」
畳の上に大の字になって寝っ転がる魔理沙。
 「師匠と?姫と?」
「師匠の方だな。・・・輝夜と妹紅(あいつら)の邪魔はしたくないしな。」
魔理沙もやや含みのある言い方だった。
 「輝夜さんと妹紅さんってそんなに仲悪いんですか?お互い憎みあっている感じでしたが。」
茉鵯禍が口を開き、鈴仙たちに水を向ける。
 「まぁ、そう思うのは当然・・・なんですかね・・・。」
 「確かに複雑だからな。あいつらはもう普通の人間じゃないとはいえな・・・」
 「普通の人間・・・?」
      ◇◇◇◇
沈黙が流れている中、また後の襖が開いた。腰まで届く、青色がかった銀髪。ワンピースとはまた違う上下一体の青い服。そして特徴的な形をした帽子。
 「・・・あいつはまたやってるのか。」
凛とした声で言った。しかしどこか呆れているような感じがする。
 「よぉ、慧音。」
 「どうも慧音さん。」
魔理沙も鈴仙も親しそうな雰囲気を出しているので少なからず敵ではないことは彼にも分かった。慧音と呼ばれたその人も彼を見ると近寄ってきた。
 「おやおや・・・初めて見る人間だね。私は上白沢慧音。よろしく頼むよ。」
優しい笑顔をこちらに向けてきた。彼も安心した様子で答えた。
 「初めまして。野神茉鵯禍です。よろしくお願いします。」
 「慧音、こいつ昨日幻想郷に迷い込んだばっかりなんだよ。」
 「おや、そうか。いきなりで分からないことも多いだろう。でも悪い奴はあんまりいないから安心して大丈夫だぞ。」
 「はい。」
 「ちなみに私は寺子屋で先生をしている。だから外の世界ではどんな勉強をしているのか興味があるんだが、教えてくれないか?」
 「慧音さん、彼、記憶が曖昧な状態なんですよ。」
 「何!?記憶が曖昧だと!?大変じゃないか。申し訳ないな・・・。」
慧音は申し訳なさそうな顔になった。人に対しての気遣いが良く分かる。幻想郷に迷い込んでやっとまともな人に出会ったと感じた瞬間だ。
 「いえいえ。大丈夫です。勉強した内容の記憶はあるんです。それに・・・。」
 「え、そうだったのか!?てっきり全部ないのかと思ったぜ。」
魔理沙が驚愕する。鈴仙も同様。
 「えぇ、なぜかそういう記憶はあるんですよ。不思議ですよね。」
そう言いながら彼はリュックの中を漁った。そして、一冊のノートを取り出した。
 「確かこのノートに外の世界の勉強の内容が書かれていた気がします。」
 「本当か!!見ても良いか?」
一気に明るくなった。目を輝かせているその姿に、なぜか嬉しくなった。
 「どうぞ。」
 「ありがとう。どれどれ・・・。」
しばらくノートをパラパラとめくる。すると突然あるページで手が止まった。どうやらここまでのようだ。
 「なるほど、外の世界の勉強は分からないがやはり興味深いな。特にこのページ。カタカナばかりで面白そうだ。」
慧音が指したページにはカタカナの用語が並んでいる。
 「へぇ、外の世界ではこんな面倒な事してるんだなぁ。書くのが大変だなこれは。」
魔理沙が感心している。すると慧音が
 「おや、この程度で面倒だと感じるのは忍耐が足りぬ証拠だぞ。一度寺子屋に来たらどうだ。」
と一蹴した。
 「断る。勉強なんて嫌だぜ。」
まるで小学生のようなことを言い出した。彼も同じような経験があるだろう。
      ◇◇◇◇
しばらくするとまた襖が開いた。
 「あら慧音。来てたのね。」
 「あぁ、永琳。お邪魔しているよ。」
永琳と霊夢が戻ってきた。
 「あら、それは何かしら。もしかして外の世界の事が載っているのかしら。」
永琳がノートに食いついた。
 「なんかいろんなカタカナや漢字が書いてあったぞ。茉鵯禍、見せてもいいだろ?」
 「どうぞ。」
 「見せてもらうわ。どれどれ・・・。」
しばらく読み続けると永琳が言った。
 「これは恐らく外の世界の社会の仕組みなどに関するものだと思われるわね。なんとか法とかって書いてあるわ。」
 「えぇ。永琳先生はやはりすごいですね。見たばかりの内容がこんなにすぐ分かるなんて。」
茉鵯禍が感心している。
 「これが私の誇る頭脳よ。あのお札も研究は私に任せておけばよかったのに。
自慢げに語る永琳。
 「でもあんた負けたでしょ。」
 「そうね、負けたわ。」
霊夢も得意げに言う。どうやらお札は全て引き渡されるらしい。
 「お疲れ様でした、二人とも。」
鈴仙がほっとした様子で二人に労いの言葉を掛ける。
 「どうも。じゃあ優曇華、棚にあるお札全て持ってきて。」
 「はい。」
鈴仙が部屋を出た。近くにあった箱を持って行ったことから、それなりに量が多いとみて間違いないだろう。
 「やっぱりあんた強いわね。流石長生きしてるだけあるわ。」
霊夢が戦った感想を述べている。
 「あらそれは嬉しいわね。博麗の巫女に言われるのは。」
永琳も涼しい顔で受け取る。
 「やっぱり強かったか?」
 「えぇ、流石五大老って言ったところね。」
魔理沙の問いに霊夢が答えていく。
 「お持たせしました、師匠。」
 「霊夢、これが全部よ。なかなか多いでしょう?」
箱いっぱいに入ったお札。霊夢や魔理沙もびっくりの量だ。
 「おいおい、すごい量だなこれは。」
 「そうね。紅魔館ではここまでなかったわよ。」
 「そんなに多いんですか?」
目を閉じたままの茉鵯禍が問いかける。
 「そうよ。びっくりするわ。まぁ見ない方がいいけど。」
 「おや、なんで彼は目を閉じているんだ?それにこの大量のお札は一体なんだ?」
慧音が問いかける。彼女ははまだこれを知らないようだ。
 「あぁ、説明するわ。これはね・・・。」
霊夢達による説明が始まった。茉鵯禍の事、お札の事、起きていること全て。
 「なるほど、だからまたここへ来たと。随分大変なことが起きてるじゃないか。」
慧音はまるで自分の事のように悩んでいる。
 「慧音、寺子屋とかにお札が出てきたら、すぐに私たちを呼んで。こいつらや紅魔館の吸血鬼のように下手に触らないように。いいかしら?」
慧音にも念を押す霊夢。慧音は快諾した。
 「分かった。寺子屋の生徒たちには彼の事も伝えておくか?」
 「いや、お札の事だけでいいわ。人間が迷い込んだってことならともかく、その人間がお札に関与しているなんて知ったらあいつら騒ぐでしょう。」
 「それもそうだな。」
慧音は苦笑した。
      ◇◇◇◇
そのころ、竹林では、妹紅と輝夜の戦いが始まっていた。
夕暮れに染まる竹林。光の輝きと炎の明るさが竹林の一部を包む。
 「あら妹紅、貴女の体、鈍っているんじゃないの?前はこの攻撃効かなかったのに。それとも私が強くなったのかしらね。」
 「それはどうかな。お前も鈍っているだろう。思いっきり服が焦げたじゃないか。やっぱニートは動きが遅いなぁ。」
 「言ってくれるじゃない不良のもこたん。」
 「その呼び方はやめろって言ったよな?それに私は不良じゃねぇ。」
罵り合いの口論、弾幕の雨。光と炎の応戦。一見ただの争いに見えるが、そこには茉鵯禍はもちろん霊夢や魔理沙のような常人、仮に常人でなかったとしても同じ立場に立った者のみがやっと知ることができる確執と心情が深く、複雑に絡み合っている。
 「輝夜、永琳はまだあれを完成できていないのか?」
不死鳥を模った炎を出しながら攻撃を続ける妹紅が輝夜に問う。
 「ええ。データが足りないみたいなのよ。何せこの体になったのは私と妹紅、そして永琳の三人だけだから。」
不死鳥に応戦するように光輝く弾を射出していく輝夜。妹紅の問いに答えた。
 「そうか・・・私達どれだけこの体のまま“生きてきた”だろうか。そしてあとどれだけ“生き続ける”だろうか。」
 「そうね。途轍もなく長い年月をこの体のまま“生きてきた”わね。幻想郷の歴史のほぼ全てを見てきたわ。今後もまた途轍もない年月を“生きていく”ことになるでしょう。それも三人だけで。」
一貫して激しい攻防が続く。しかし、そこには、彼女らも知らない、不安があった。
      ◇◇◇◇
 「先生、妹紅さんと輝夜さんの間に何かあったんでしょうか?」
永琳達が戻ってきて落ち着いた頃、茉鵯禍が口を開いた。
 「茉鵯禍、お前・・・。」
 「いいのよ魔理沙。別にやましいことではないもの。」
止めに入ろうとした魔理沙を永琳が制した。そして一つ小さなため息をついてから息を吸い込んで話を始めた。
 「まずどうして何かがあるって思ったのかしら?」
 「あの二人は仲が悪そうでしたし、それに魔理沙さんが普通の人間ではないって言ってた。しかも、あの二人から何か不思議なオーラを感じたというか・・・。」
永琳の表情が変わった。“普通の人間じゃない”この部分に何かあったようだ。
 「・・・
あんた余計な事言ったわね、魔理沙。永琳悩んでるじゃない。」
 「あぁ・・・そうだ、すまない永琳。」
霊夢が指摘したという事から普通の人間じゃないという点に何かがあるとみて間違いないだろう。
部屋の中にいる全員の顔を見ると複雑な顔をしている。踏み込んではいけない場所だったのだと茉鵯禍は今更ながら気づいた。
 「いや、言いにくい事なのでしょうから理無理に掘り下げることはしません。そこまで重い話なんでしょうか、その・・。」
忘れてくださいと、茉鵯禍が言った。別に深く関わりがあるわけでもないのに、いきなりこの質問は悪手だった。
 「いや、そこまで聞いたなら教えるわ。なんかの拍子にありもしない話が出回るのは嫌だからね。」
ここまで言うと永琳は顔を上げた。その顔には優しさも怒りも無い、ただただ後悔しているような顔だった。その顔を見るなり霊夢が言った。
 「茉鵯禍、これからする話はあんたには信じられないかもしれない。でも落ち着いて聞いてちょうだい。それぐらいの事なの。」
永琳の表情と霊夢の発言。相当な内容だと気付いた彼は息を呑んだ。深呼吸をして落ち着かせて永琳の目を見る。
 「・・・分かりました。教えてください。」
 「分かったわ。」
永琳がまた一つため息をついた。数秒間が開いて口を開いた。
 「単刀直入に言うわ。姫と妹紅、そして私は・・・不老不死なの。」
最後の四文字で彼は驚愕した。不老不死。老いることも死ぬこともない、永遠の命である不老不死。そんな人が本当にいたのだという事実。永琳もそれであったという事実。
 「不老・・不死・・ですか。それも先生まで・・・。」
茉鵯禍も神妙な顔になる。
 「・・・えぇ。不老不死の体になってしまったの。きっかけは話すと長いから今度気が向いたら話すわ。」
 「そんな状態になってしまった私たちは。」
ここまで言って永琳は黙ってしまった。後悔しているのだろう、彼女に余裕はない。
 「先生・・・」
心配そうに顔色を伺う茉鵯禍。
 「ごめんなさい、もう何も言えない・・・言いたくない・・・」
深い後悔の色が窺える。それも途轍もなく大きな後悔。
 「永琳、代わりに伝えてもいいかしら?」
霊夢が動いた。鈴仙は永琳の肩を抱いて悲しそうな表情をしている。魔理沙も慧音も悲しげな顔をしている。
 「・・・お願いするわ、霊夢。私と優曇華は離れるわ。」
 「・・・すいません。余計なことを聞いたばっかりに・・・。」
 「・・・いいの。いつか言わなければいけない日が来るとは思っていたから・・・。」
鈴仙と永琳は部屋を出た。
      ◇◇◇◇
鈴仙と永琳が部屋から出たのを確認すると霊夢が口を開いた。
 「永琳達三人は不老不死の体になった。文字通り“年をとることができない”“死ぬこともできない”。つまり、あいつらは大切な人をどんどん失ったりすることに耐えなければいけなくなったの。ここまでは分かる?」
年をとれない、死ぬこともできない。この二つを強調したうえで確認する。
 「はい・・・。」
茉鵯禍が答える。
 「永琳はあれでも医者だからこれが言えなかった・・言いたくなかったんだと思うわ。会ったばかりだし、どうせあんたにそれっぽい事言った矢先の話だったんでしょう。でも事情を知らなければとんでもないことを言っていることには変わりないの。それこそ、命を守る者としてはどうかと思う発言よ。」
霊夢の目が怖い。それほど重要な話なのだ。覚悟を決めた。
 「はい。状況は分かりました。」
 「・・・あいつらはね、年を取れないというところはもう諦めて・・・死ぬ方法を探し始めたの。」
この瞬間、茉鵯禍以外の全員が唇を噛んだ。しかし、彼は茫然としていた。命を無駄にするなと話した彼女が命を絶つ方法を探していた。信じられる話ではない。だからあんなに真面目だったのか。
 「そんな・・・先生が・・・。まさか。」
信じられない、と茉鵯禍。
 「・・だから言えなかったんだと思うわ。」
 「「・・・」」
壁越しに聞いていた永琳。何を思ったのかは本人にしか分からない。
 「・・・妹紅と輝夜だが。」
そして慧音が口を開いた。彼女の目線は、今なお戦う二人のいる竹林に向いていた。
 「あいつらは永琳に死ねる薬を作るよう頼んで、その間、戦うことで死ねる時が来るのではないかと考えるようになった。あいつらがあんな調子なのはそれだからだ。」
 「そうでしたか・・・。」
確かにあの二人なら考えそうなことだと思った。
 「あぁ、普通に戦っては倒すことはできない。ならそれを倒せるのは同じ力を持った者だけではないのかと考えたらしい。」
その解釈も間違ってはいないのだろう。そもそも、確かめる方法など無いのだ。
 「・・・複雑ですね。」
体感にして数十分と感じた数分の沈黙が流れる。彼も意味を理解しようとしたがどうしても理解できない。できるはずがないのだ。自分はどこにでもいる“普通の人間”なのだから。そして場を和ませたかったのか魔理沙が言った。
 「・・・まぁ、あいつら今んとこ死なないから二人揃って帰ってくるけどな!!安心して大丈夫だぜ。」
 「「・・・・」」
      ◇◇◇◇
少しして鈴仙と永琳が戻ってきた。どこか浮かない表情ではあるが、心なしか少し余裕が戻ったように見える。
 「・・・聞いたと思うけどそういうことなの。医者として死ねる薬を作っているなんて言いたくなかったの。ごめんなさい。」
矛盾を隠し、それに迫る核心を突かれてしまった永琳。とても普段通りにとはいかなかったはずだ。
 「いえ、先生が謝ることではないと思います。むしろ自分が深く掘り下げようとしたばかりにこんなことになってしまい、申し訳ないです。」
茉鵯禍はかぶりを振って答える。それもそうだ。誰も悪くない、いや、掘り下げた自分が悪い。自分の中ではそう片づけるしかなかった。
 「永琳、妹紅たちに頼まれたその薬、できてしまったのか?」
慧音が不安そうに問う。
 「いえ、まだ無理ね。データが足りないから作れないのよ。」
 「そうか。」
そして永琳が少し微笑んで続ける。
 「仮にできたとしても簡単には渡さないつもりよ。しかも・・・下手したらその薬はいらなくなるかもね。」
 「そ、それはどういう・・・?」
全員が驚愕し、慧音が代表で質問した。
 「あの二人、前までは悲しそうに殺し合いをしていたけど今は少し変わっててね。」
 「それって・・・まさか。」
霊夢も少し微笑んで永琳に問う。
 「えぇ、永遠の人生を楽しむためにやっているような感じがするわ。お互いにね。」
この一言を聞いた瞬間、全員の肩の力が緩んだ。全員が笑顔でお互いの顔を見合う。
 「良かった。・・・いや、良くは無いのかも知れないけど楽しもうとしているなら良かったです。でも師匠はどうなんです?」
そして鈴仙が問う。
 「私ももう少し楽しんでみようと思っているのよ。救える命は救うのが今の生きがいみたいなものだし。」
それからは、他愛もない話が数十分続いた。
      ◇◇◇◇
 「えーりーん!!お札はー!?」
 「うるせぇ、騒ぐな!!」
妹紅と輝夜が戻ってきた。永琳の言う通り本当に楽しそうだ。茉鵯禍は二人を見て胸を撫で下ろした。
 「ん、どうしたんだ?」
妹紅が尋ねる。それもそうであろう。茉鵯禍がいきなり嬉しそうな顔で見ているからだ。
 「え、あぁ、いえ、仲いいんだなぁって思って。」
 「良くないわよ。」「良くねぇよ。」
妹紅も輝夜も和んだような顔で答える。しかし、回答が被るとお互いに睨み合う。しかしその光景は喧嘩などのそれとは違った。
 「まぁまぁ。そうだ輝夜、お札だけど。」
 「そうそう、どうだった永琳!!」
 「負けちゃったわ。お札の研究は霊夢達に任せましょう。」
 「えぇー!?・・・まぁしょうがないわ。博麗の巫女が私たちに負けるなんておかしな話だものね。持って行きなさい。」
 「えぇ。受け取るわ。」
楽しそうに話しているその光景。
しかし、茉鵯禍は少し複雑な心境だった。
苦しかった過去、そして明日、明後日、その先の未来切り開こうとする今。永遠亭の中にある“永遠”。その言葉に含まれた重みを彼は知った気がした。そして彼は願う。妹紅や輝夜、永琳が自分の人生を楽しむことできますようにと。
 「・・・妹紅、また殺し合いか。」
 「げ、その声は。」
そういえば慧音がいないと思っていた。どうやら隠れて待っていたらしい。
 「喧嘩はしても殺し合いはするなとあれほど言ったのに今日もやったのかこの馬鹿!!」
 「しょうがないだろぉ、霊夢達のためだ。」
 「言い訳無用!!覚悟しろ妹紅!!」
 「うあぁぁぁぁっ!!」
慧音が妹紅を取り合さえて頭突きをお見舞いする。
全員から笑いが起きた。こんな幸せな光景が“永遠”に続くことも合せて彼は願う。
      ◇◇◇◇
永遠亭を後にした茉鵯禍達は博麗神社に戻った。永遠亭で長く過ごしたのだろう、もう夜も更けていた。三日月が神秘的な雰囲気を醸し出す。
 「いやぁ疲れたわね。いろいろあったけどどうだった?」
霊夢が茉鵯禍に水を向ける。
 「とても楽しかったです。面白いところですね、幻想郷!!」
彼はこの上ない笑顔で答える。
 「それは良かったぜ。明日も探索行くんだろ?」
魔理沙も笑顔で答え、霊夢に問う。
 「えぇそのつもりよ。あんたも当然来るでしょ?」
 「あぁ、もちろんだ。」
魔理沙が首肯する。
すると隙間から紫が出てきた。
そして一行が無事なのを確認すると優しく微笑んだ。
 「あら、みんなお疲れ様。」
 「あ、紫。あんたずっと寝てたの!?」
突然の登場に霊夢が驚愕する。
 「よく寝るよなこいつ。」
魔理沙は驚くというよりかは笑っている。
 「違うわ。少し寝て、そのあといろいろ調べたわ。それより茉鵯禍。」
スキマから上半身を乗り出した紫はいきなり茉鵯禍のリュックを漁り始めた。
 「あったあった。これを開いてみて頂戴。」
朝、話していた黒い手帳だ。
 「なんなんだこれ・・。」
茉鵯禍が開いた手帳には今日の事が鮮明に事細かく記されている。紅魔館門前、館内大図書館での各戦闘、紅魔館総力戦、永遠亭での出来事、三人の過去など今日であった人々も含め、今日の見聞が全てが記されている。
 「私が思うにこれは、一般にいう日記というものだと思うわ。しかもこれが埋まった時に茉鵯禍の記憶が戻ると思うの。まだ推測の域を超えてはいないけど。」
突然記された手帳と彼の記憶との関係。一体どうなっているのだろう。
 「ただ一つだけ言えることがあるとするのなら。」
紫が彼を見て言った。
 「貴方の記憶が完全に戻りすべてが元通りになるまで、貴方を元の世界に帰すことができないのは確実ということよ。こんな状態のままで帰す訳にはいかないの。慣れない場所で大変かも知れないけど、我慢してもらえるかしら。」
 「そんな・・・なんで自分が・・・」
先の見えない不安に駆られる茉鵯禍。そんな不安を見透かしたかのように語りだす紫。
 「別に今すぐ貴方を元の世界に帰すことは出来るわ。でもその状態で戻れたとして、記憶も曖昧な状態の貴方は何が出来るか。」
同情も否定もしない。ただ淡々と事実と疑問を並べる紫。
 (でもいきなりそんなこと言われても・・しかし紫さんの言う事にも一理ある・・・。)
目の前で悩む茉鵯禍に対し、紫は更に続けていく。
 「今すぐ帰るも私達と行動を共にするも貴方の自由。“貴方の意思”で決めて頂戴。」
 「・・・・」
 「紫・・・あんたねぇ・・・」
霊夢が紫に文句を言おうとするが、魔理沙が止める。
 「待て、霊夢。これはこいつの問題だ。こんな状況だが、まずは本人の意思を聞かずしてどうする。」
月は雲に覆われた。無情な風が吹く。
非情な沈黙が流れていく。その時。彼が口を開いた。
 「・・・決めました。しばらくここで皆さんのお世話になります。」
言い放った時、雲が三日月から離れ、優しく彼の決意の笑顔を照らす。
 「よく決めてくれたわ。ありがとう。」
紫がスキマを抜け出し、茉鵯禍の頭を優しく撫でる。
 「よっしゃ、ならしばらくは一緒だな。頑張ろうぜ!!」
「改めてよろしくね。しばらくの間だけど頑張っていきましょう。」
霊夢も魔理沙も気分上々といったところだ。
 「はい!!よろしくお願いします!!」
もう一度、深く頭を下げる。
      ◇◇◇◇
 「じゃあ私は帰るぜ。また明日な!!」
魔理沙は帰っていった。
姿が見えなくなって数秒後、霊夢は一つ大きな問題があることに気づいた。
 「・・・そういえばこの人どこで寝泊まりするの!?」
霊夢が茉鵯禍を見るなり叫んだ。
 「それも気にしてはいたんですよ。どうしましょうか!?」
その茉鵯禍は霊夢と紫を交互に見て助けを求める。
 「紫のところ・・・は駄目だ。なら仕方ない。」
 「霊夢さん・・・?」
腕を組んで悩む霊夢を茉鵯禍が心配そうに見つめる。その時、霊夢がこちらを向いて。
 「君は今日から博麗神社預かりとするから衣食住の面倒は見てあげる。その代わり、仕事は共同でやるわよ。いいわね!?」
きっぱりと明言した。それに対して、きっぱりと首肯する茉鵯禍。
 「はい、分かりました!!」
 「あと、いい加減敬語とさん付けを止めなさい!!」
指を差して指摘する霊夢。他人行儀なのが気に食わないらしい。
 「りょ、了解!!」
 「よろしい!!じゃあ・・・。」
霊夢はちらっと後ろの神社を見てため息をついた。
 「部屋を用意するから君はとにかく・・・“ゆっくり”入って来なさいね。」
ゆっくりという部分を強調して霊夢が急いで中に入っていった。片付けをするのだろう。その後ろ姿を見つめる二人。
 「・・・これは推測でも何でもないただの私の願いだけど。」
紫がおもむろに言い出した。
 「何ですか、紫さん。」
 「貴方はきっととても辛い真実を知ることになるかも知れない。でも、きっと受け入れることができる、そして無事に元の世界に戻れる。」
紫の目線は彼に向いている。その顔はとても優しく、強いものだった。
 「そう・・・でしょうか。」
真正面でずっと目を合わせているのが気恥ずかしくなって照れ笑いを隠すように地面に目を背ける茉鵯禍。
 「えぇ、私はそう思うわ。また明日も探索に行くのでしょう?なら今日は早めに休みなさいな。」
 「はい、おやすみなさい、紫さん。」
 「えぇ、おやすみ。」
紫はまた隙間に消えていった。
 「幻想郷・・・か。」
見上げると雲に隠れていた星が見える。三日月と星々が夜の幻想郷を照らす。
 (なんで自分がここにいるかは分からないけど・・・それでも霊夢やその仲間がいればやっていけると思う。明日はどこへ行って何を知るのだろうか・・・・。楽しみだなぁ。)
少しの不安と大きな期待。
雲がほとんどないこの月の夜。彼は空へ手を掲げてみた。そしてぎゅっと握った。幻想郷での生活二日目。紅魔館の皆と永遠の意味。学んだことは多くあった。自分の目に、幻想郷は今後どのように映っていくのだろう。
 「・・・そろそろ行くかな。」
笑顔で彼は中へ入っていった。まだ見ぬ世界に期待を膨らませながら。夜空に一筋、星が流れていった。
               一章 完
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