この作品は、東方Projectの二次創作です。
原作の上海アリス幻樂団様及びその関係者様とは関係ありません。
東方外界神
序章 「外界人と異変の前兆」
七月の中旬。夏の昼下がり。澄み切った青空に蝉や鳥達が歌う。心地よい風は熱さを少しの間だけだが和らげる。平和な午後。そうして時間は過ぎていく・・・はずだった。
ドサッ!!
「・・・何かしら今の音!?」
高いところから何かが落ちたような大きな物音がした。それを聞いた一人の少女が現場に駆け寄る。
彼女が駆け寄った先には一人の青年が倒れていた。彼女の名前は博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷と呼ばれるこの世界で博麗神社という神社の巫女をしている。
「ちょっと貴方!!大丈夫!?・・・意識が無いわね。中まで運びましょう。」
霊夢は彼を中に運んだ。
◇◇◇◇
「・・・ん、ここは一体・・・?」
青年が目を覚ました。隣には霊夢が座って彼を見ている。
「あら、気が付いたようね。貴方、さっき外で倒れていたわよ?」
少し心配そうな、しかしどこか警戒心を滲ませたような表情をしている。
「あ、そうでしたか・・・ありがとうございます。で、ここは一体?そして貴女は?」
ようやく体を起こし、周りを見るために首を左右に捻る。
黒いジーンズ、白いシャツの上にはフードとファスナーつきの黒いパーカー。全身が黒に覆われ、夜になれば存在すら認識できないほど闇に溶け込んでしまうだろう。
「あら?貴方、もしかして博麗神社と私を知らない!?」
「すいません。存じませんが・・・。」
霊夢は驚愕した。この幻想郷と言われる世界の中で彼女や博麗神社を知らない者はまずいないのである。
(おかしいわね。もしかして迷い込んだ人かしら?)
「ねぇ、この神社は何ていう場所にあるか分かる?」
深く探りを入れるために質問を続ける。
「・・・存じません。神社なんですか?」
「ほんとに知らないの?」
ここまで知らないというのもおかしな話だと思ったのだろう。少し怪訝な表情になった。
「・・・はい。気づいたらこの部屋にいました。」
怪訝な表情に怯んでしまってはいるが、答える。
「それ以前の記憶は?」
「・・・すいません。それが曖昧な状態なんです。」
この一言により、霊夢は大きなため息を一つついた。
「・・・名前とかは憶えてる?」
面倒くさそうに記憶の確認を始める。
「野神茉鵯禍(のかみまつひか)です。」
「野神茉鵯禍ね・・・。私は博麗霊夢。この博麗神社の巫女をしているわ。で、この世界は幻想郷って言うの。貴方は恐らく外の世界からここに来たと思われるわ。」
名前だけでも憶えていたのが幸いしていたのか、少し穏やかな顔になって簡単に説明をする。
「幻想郷・・・博麗神社・・・」
頭に叩き込むように二つの単語を呟く。
「そう。それより怪我とかはないかしら?ここでは妖怪とかがそこら辺にいるから弱い人間は簡単に襲われるわ。」
「よ、妖怪ですか!?おっかないですね。でも今のところは大丈夫ですが・・・」
涼しい顔で淡々と話す霊夢にも、その内容にも、彼は驚きを隠せない。
「でも記憶が曖昧、でしょ?」
「はい・・・。」
少し考えこんだ後、霊夢がまた口を開く。
「まぁ記憶喪失みたいな感じだろうし、あとで永遠亭っていうところ・・・外の世界で言う病院っていうのかしら?まぁそこに連れていくわ。」
「ありがとうございます、博麗さん。」
永遠亭とやらに連れて行ってくれるという事で、彼も礼儀正しく正座になって、頭を下げる。
「霊夢でいいわ。博麗さんって呼ばれるの慣れてないし。」
「あ、はい、霊夢さん。」
「・・・それよりお昼食べましょう。まだ食べてないからお腹空いたわ。」
雰囲気が少し穏やかになったところで、霊夢が提案してきた。
「はい。」
穏やかな天気の中、食事の支度を始める。
平和に流れているように感じるこの瞬間でさえも、幻想郷にはいくつかの異変が起きている。
「・・・んぉ、なんだこれ。お札か?良く分かんねぇから後で霊夢のとこ寄るか。」
◇◇◇◇
「ご馳走様でした。美味しかったです。」
しっかりと手を合わせて、空になった食器や霊夢に頭を下げる。
「お口に合って良かったわ。」
少しばかり嬉しそうな顔で答える。
「そういえばお祓いとかもできるんですよね?すごいです!!」
話していた内容の中で思ったことを率直に述べている。
「まぁそれが仕事だからね。私にかかれば悪霊なんてすぐに逃げ出していくわ。」
少しばかり気が大きくなった霊夢は、大幣を取り出し、それを掲げて自慢している。
「すごいですね!!それほど強いということですね!!」
「まぁここを守る素敵な巫女だからね。そろそろ永遠亭に・・・」
上機嫌のまま、永遠亭に行こうとしたその矢先。また別の一人の少女が現れる。
「おーい霊夢ぅー!!」
「ん?魔理沙じゃない。どうしたのよ。」
少し呆れたような顔でその少女を見る。
「よくぞ聞いてくれた!!さっき面白いもの見つけたんだよ!!・・・っていうか。」
魔理沙(まりさ)と呼ばれた少女が不思議そうに二人を見ている。黒い帽子に黄色の髪。箒を携えたその姿は、さながら魔法使いのようだ。そんな彼女は警戒している様子ではないが、ポカンとした表情である。するといきなり帽子を深く被り直して箒に跨るなりこう言った。
「・・・霊夢。邪魔して悪かった。その人と末永く幸せにな・・・!!」
「待ちなさい魔理沙。なーに勘違いしてんのよ。」
(なるほど。どうやら自分はこの人に霊夢さんの彼氏とでも勘違いされているようだ。)
心の中で冷静に分析してみる。
「えっと、彼女の事も何も存じ上げないんですが、そ、その・・・」
しかし、真っ当な言葉は出るはずもなく、余計にこじらせてしまった。
「うるさーい!!霊夢は私の嫁なのに!!私から霊夢を奪いおって!!」
顔を真っ赤にして猛抗議する彼女。
「嘘ぉ!!本当なんですか!?」
自分の嫁という発言に彼が戸惑う。
「何言ってんのよ魔理沙。勘違いよ。しかも私はあんたの嫁になった覚えはないわ。」
全力で驚いている彼に対し、霊夢は涼しい顔で淡々と否定する。
「霊夢も霊夢なんだぜ!!私がいるのに裏切って、私の何が不満なんだよ!!」
魔理沙は今にも泣きそうな顔をしている。よほど霊夢のことが好きなんだなぁと思ったのも束の間。彼女は懐から、角ばった何かを取り出して。
「うぅー!!二人揃って酷いぜ!!マスパでも食らえ!!」
こう言うと彼女が手にしていたものが変形した。彼が駆け出す。
(自分が霊夢さんを守らないと!!)
自分の身を顧みず、突っ込んでいった。
「恋符 [マスタースパーク] 」
彼女の手にしていた物体が発光し始めた。その時、彼は霊夢の前に立ち、両手を広げる。
「ちょ、ちょっと野神茉鵯禍!?」
「うぁぁぁぁぁっ!!」
彼の体が宙を舞った。そして背中に衝撃が走る。おそらく背骨は折れていない。しかし、彼の意識は再び、遠のいていく。
「何やってくれてんのあんた!!」
彼のもとに駆け寄った霊夢が魔理沙を大声で怒鳴る。
「いきなりマスパ撃つとかいい加減にしなさい!!この人ついさっきまで私やこの神社どころか博麗神社(ここ)のことも知らなかった人なのよ!!しかも記憶が曖昧だから今から永遠亭に連れて行こうとしてたのに!!」
先程の涼しい顔とは対照に、大きな声で怒鳴り続ける。
「嘘を言うな!!そんな奴いるわけない!!」
これには魔理沙も黙らず、再び抗議する。
「私だって驚いたわよ!!それにあんたに嘘ついてどうすんのよ!!」
「うっ・・・すまん霊夢。」
ようやく観念したのか、魔理沙が謝罪の文言を述べた。
「ならあんたもこの人を永遠亭に運ぶの手伝いなさいよ。」
「わかった。」
◇◇◇◇
だいぶ時間が経った。
(・・・ここはどこだ?ベッド?病院なのかな。)
彼が再び目を覚ます。そこはまるで病床のような場所だった。
「ん・・・霊夢さん?」
彼が目を覚まして、起き上がると、そこには霊夢の姿がある。
「あら、気づいた?ここが永遠亭よ。永琳呼んでくるから待ってなさい。」
「はい・・・。」
しばらくすると、一人の女医らしき人物が現れた。長い銀髪、赤と紺のツートンカラーで星座があしらわれている特徴的な服。帽子はナース帽のようで、その真ん中には赤十字のマークがある。
「こんばんは、私が八意永琳(やごころえいりん)よ。貴方よく生きていたわね。あの子のマスタースパークを食らって生きているのは普通の人間なら考えられないわ。」
「はぁ・・・」
穏やかな顔でさらっと、生きているのが考えられないと言われて彼も言葉が出ない。
「霊夢から話は聞いているわ。おそらく何かがきっかけで幻想郷に迷い込んだ時に何らかの衝撃を受けて記憶がとんでいると思われるわ。最も、断言はできないけどね。」
「はぁ。」
やっと本題に入ったので少し警戒を強める。
「体の方に問題は無かったわ。でも疲れているだろうし大事をとって今日はここで一晩休んでいきなさい。」
「・・・分かりました。」
「・・・そうそう。貴方は普通の人間。妖怪達が襲ってくるかもしれないから、この部屋に護衛をつけるわ。入ってきて頂戴。」
「はい。」
すると外から一人の女性がやって来た。ブレザーを着て、兎のような耳をつけている。
「この子は鈴仙(れいせん)・優曇華院(うどんげいん)・イナバ(いなば)。彼女が貴方の護衛よ。」
永琳が簡単に紹介する。
「よろしくお願いします。」
彼女が淡々と頭を下げる。同時に、彼も頭を下げた。
「何かあったら彼女に知らせてね。じゃあ後はお願い。」
永琳と鈴仙が部屋から出た。
(ここが永遠亭。やっぱりなんとなく落ち着かない。というかマスタースパークっていうの食らって生きてるって相当なんだなぁ。あの魔理沙って人には気を付けないといけないな。)
身体をベッドに倒して思考を巡らせる。
すると、誰かがドアを叩いた。
「入るわよー」
霊夢が入ってきた。隣には沈んだ表情の魔理沙もいた。
「どうも霊夢さん。すいません運んで頂いて・・・。」
身体を再び起こして頭を下げる。
「貴方は謝らないの!!ほら魔理沙、言うことあるでしょ。」
「・・・えっと・・ごめん。勘違いした上にいきなりマスタースパーク撃って。」
魔理沙が申し訳なさそうな表情と声色で頭を下げる。
「私からもお願い。許してあげて。」
「大丈夫ですよ。頭を上げてください。結局生きてますし。でもお二人は本当に仲が良いんですね。」
恐怖は覚えていたが、恨むことでもなかった為、謝罪を快諾した。
「ありがとう。よかったわね魔理沙。」
「うん。本当にすまない。」
少し落ち着いたようだが、魔理沙がまた頭を下げ始める。
「本当に大丈夫ですから。えっと・・」
茉鵯禍も反応に困るが、魔理沙が明るい声に戻って、
「私は霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。普通の魔法使いだ。魔理沙って呼んでくれ!!」
と意気揚々と自己紹介を始めた。
「魔法使い!?・・・魔法使いって本当に存在していたんですね!!よ、よろしくお願いします!!」
彼も魔法使いが実在することに興奮しているため、明るくなる。
「おう、正真正銘、魔法使いだ、よろしく頼むぜ!!」
それに応えるように魔理沙も笑顔で続ける。
「さ、君も疲れてるだろうし自己紹介も済んだことだから私達、今日は帰るわ。」
ここで霊夢が間に入る。
「また明日な、茉鵯禍!!」
「はい。」
二人は元気よく帰っていった。
(魔理沙さんとは無事に和解できたが、まだ一息つけるような段階ではないよな。しかし今日は眠いしなぁ。)
外にいる鈴仙に聞こえないように欠伸をかみ殺す。
「すいません、鈴仙さん。」
「どうしましたか?」
「お先に寝かせて頂きたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「あ、わかりました。じゃあ電気消しますね・・・では、お休みなさい。」
「はい、お先に失礼します。」
(今日は何かと不思議なことだらけだったなぁ。幻想郷・・・か。なんで自分はいきなりこんなところに迷い込んだんだろうか。そもそも本当にここはどこだ?元いた場所に帰れるのか?・・・でも元いた場所ってどこだっけ。・・・今は考えても仕方ない。今は休もう。)
◇◇◇◇
翌朝。彼もぐっすり眠れたようで体が楽になっている。
「おはようございます鈴仙さん。」
「ん・・・おはようございます。眠れましたか?」
「はい。ばっちりです。ありがとうございました鈴仙さん。」
「いえいえ。・・・それはよかった・・・です・・。」
言い終わると鈴仙が急に眠そうな顔になってしまった。どうやら一睡もせず起きていたようだ。
「すいませんでした。自分が弱い為にこんなお手間をお掛けしてしまって・・・鈴仙さん大丈夫ですか?」
「私は・・・大丈夫です。それに・・・貴方は何も悪くないし・・・お師匠様からのお達しですから・・・。」
まずい、と彼は察した。相当眠そうだ。お師匠様?八意永琳を指すと思われる。とりあえず呼びに行こう。と思った矢先、永琳がやって来た。
「八意先生、鈴仙さんが!!」
「ん?優曇華がどうかした?」
「はい。とんでもなく眠そうです。立っているのも辛そうで・・・どこまで運べばいいですか?」
「んーとりあえず貴方が寝ていた隣のベッドにでも寝かせてあげて。」
「はい!!・・・鈴仙さん、今ベッドに運びます。ゆっくり休んでください。」
「・・・」
眠っているようだ。疲労の色が窺える。
「・・・ありがとう鈴仙さん。今は休んでください。」
「ありがとう野神君。」
「いえ、彼女のおかげで眠れたんです。しかしその分八意先生や鈴仙さんにお手間をかけてしまった・・・申し訳ない限りです。」
小さな寝息をたてる鈴仙を見ながら言う茉鵯禍。
「・・・じゃあ貴方。手間を掛けさせない為なら休むなと言われて耐えられるかしら?
妖怪に襲われても一人で対処できるかしら?誰の力も借りず全てを自分だけで。」
同じように鈴仙を見つめる永琳が言った。
「・・・いいえ。自分だけでは何もできません。」
無論、彼もこの問いにYESと言えるわけは無かった。
「なら何故謝るのかしら?謝ることができるのは自分で出来るのに、やらなった者だけであると思うわ。今の貴方では絶対にすぐ死んでしまう。自分が見捨てなければ救えたその命。それを救えなかったら、私の医師としてのプライドが傷ついたら・・・貴方はどう責任取ってくれるのかしら?」
「・・・。」
彼は黙り込んだ。
「自分の命を無駄にするような発言はもうしないでくれるかしら。」
「・・・申し訳ありませんでした。考えが至っていなかったが為にこのようなことを言ってしまった。」
しっかりと永琳の方を向いて頭を下げる。
「・・・分かればいいの。それと、いい加減八意先生って呼ぶのも勘弁してもらえないかしら。」
「す、すいません。ではなんとお呼びすればいいですか。」
「永琳先生とでも呼んでくれればいいわ。」
「分かりました、永琳先生。」
「よろしい・・・おや、貴方にお客さんが来たわよ。私は仕事に戻るわ。」
「ありがとうございます。頑張ってください!!」
「はいはい、どうも。」
永琳が去って行った。しかし、彼に客人が来ているとは言ったが姿が見えない。不思議に思いつつも、永琳の言葉が頭から離れない。
『命を無駄にするような発言はしないでもらえるかしら。』
「・・・どうした?難しい顔して。」
正面から顔を覗き込む魔理沙。茉鵯禍もそこでやっと魔理沙の存在を認識する。
「・・・!?あ、魔理沙さん。どうも。」
「おっす。元気そうでよかったぜ。霊夢ももうすぐ来るぜ。」
昨日の夜と同じように屈託の無い笑顔を浮かべる魔理沙。
「了解です。」
「よく寝られたか?」
「はい。鈴仙さんや永琳さんのおかげで。」
少女が声をかけながら茉鵯禍に近寄る。
「おはよう茉鵯禍。よく寝れたみたいね。」
「どうも、霊夢さん。」
霊夢だ。右手を後ろに隠しているような姿勢を見せている。
「・・・起きたばかりで悪いんだけど、これを見てもらえるかしら。」
「分かりました。」
隠していた手から出したのは一枚のお札。
それを見た瞬間、彼の頭に激痛が走る。
「・・・・っ!!」
(なんだコレ!?立っていられない!!心臓の鼓動が早い!!それに、頭になんか浮かんでくる!!なんだよコレ!!)
頭を押さえて倒れこむ。
「茉鵯禍、大丈夫か!?」
魔理沙が慌てて茉鵯禍に駆け寄る。
「・・・やはり何かあるわね。」
霊夢がもう一度そのお札のようなものを後ろに隠した。
「ハァハァハァハァ・・・」
そのお札が視界から消えた時、激痛は消えていき、体が楽になった。
「だから言ったでしょう、霊夢。」
誰か別の女性の声。
「そうね。今回もあんたが絡んでるのかしら。毎回毎回面倒なことを。」
その女性と呆れたように会話を続ける霊夢。
「だから違うって言ってるじゃない。これも私の勘よ」
それを否定する女性。
「・・・霊夢さん、なんですか今のは。」
やっと声を上げた茉鵯禍。顔を下に向けたまま座り込んでいる。
「いきなりごめんなさい。でも文句はこいつに言ってちょうだい。」
顔を上げるとそこには不思議な女性が立っていた。言葉こそおしとやかな感じではある。しかし、彼女からは何か只者ならぬ気配を感じる。
「貴女は・・・」
少し震えたような声で茉鵯禍がその女性に問う。
「私は八雲(やくも)紫(ゆかり)。境界を操る程度の能力を持つ立派な妖怪よ。」
「妖怪!?人間みたい・・・」
おしとやかな、しかしどこか不思議な彼女は自らをスキマ妖怪と語った。
「そう。正真正銘妖怪よ。でも貴方を襲いに来たわけではないわ。貴方をもとの世界に戻せる方法を探しているけど、直接顔を合わせておきたいと思ったの。それにさっきのお札にも関係があると思ったし。」
「はぁ・・・。」
いきなりの展開に話が掴めない茉鵯禍。
「それにいくつか言わせて頂戴。一つ、私は境界を操れるから外の世界から人や物を幻想郷に入れることは可能。でも貴方を幻想郷に招き入れたのは私ではないわ。そしてもう一つ。貴方がここに来たのとほぼ同時にさっきのようなお札がいろんなところで発見されているの。しかしこんなお札は幻想郷では使わない。」
「はい・・・。」
少なからず彼女は敵ではないことを茉鵯禍はやっと認識した。
「そして最後にこの手帳。中に貴方の情報があると思って開こうとしたんだけど開くことができない。それにこの手帳からもあのお札と似たような力を感じた。つまりこの中にも何かあると思われる。」
見覚えのない黒革の手帳を紫が差し出す。
「見覚えがないですね・・・あ、開いた。」
手帳を受け取り、表示と裏表紙を確認し、開こうとすると手帳は開いてしまった。
「「開いた!?」」
驚愕する三人。
一度閉じて三人に渡す。しかし、三人には開くことはできなかった。
「何だこりゃ。訳が分からんな。」
「全くよ。」
魔理沙と霊夢が呆れる。
「まぁ、なんにせよ、この一連の謎を解かない限り、恐らく貴方の記憶は戻らないし、仮に途中で戻ったとしても元の世界に返すわけにはいかない。」
涼しい顔で、いや、どこか危機感を感じているような、焦っているような様子の紫。
「そんな・・・」
困惑している彼に霊夢が続けた。
「だから正直に言うわ。謎を解くために貴方の力が必要なの。協力してちょうだい。」
(そんなこと突然言われても・・・。ここがどんな場所かも分からないのに・・。しかしこうしてはいつまでも変わらないままなのかもしれないし・・・。)
数分の沈黙の時が流れる。この部屋にいる三人が彼を見つめる。
「やっぱりいきなりじゃ・・・」
魔理沙が諦めたかのように言葉を発したその瞬間。彼が同時に口を開いた。
「分かりました。協力させて頂きます。」
その時の彼の目を後に、『なぜか冷たく、何かを貪欲に求めようとしているようだった。』と霊夢達は証言した。
「・・・ありがとう。ほら紫も。」
「本当に感謝するわ。」
話がまとまったところで、次の問いを投げかける。
「でも謎を解くといってもまず何をすればいいんです?」
「まずは幻想郷の各地へ行きお札が出現しているのか、影響はないかを確認しに行きましょう。」
「分かりました。」
突如現れたお札。あれはただのお札では無いことは明確。それが彼にも影響している可能性まで浮上して来た。しかも開かない手帳。
(未だに何が起きているか掴めずに混乱してはいるが、悩むよりも動こう。もうそれしか道はないのかも知れないから。)
自分や幻想郷の為に。そう決意した彼は、動揺しつつも湧いてくる使命感のようなものに心を震わされていた。
序章 完
原作の上海アリス幻樂団様及びその関係者様とは関係ありません。
東方外界神
序章 「外界人と異変の前兆」
七月の中旬。夏の昼下がり。澄み切った青空に蝉や鳥達が歌う。心地よい風は熱さを少しの間だけだが和らげる。平和な午後。そうして時間は過ぎていく・・・はずだった。
ドサッ!!
「・・・何かしら今の音!?」
高いところから何かが落ちたような大きな物音がした。それを聞いた一人の少女が現場に駆け寄る。
彼女が駆け寄った先には一人の青年が倒れていた。彼女の名前は博麗霊夢(はくれいれいむ)。幻想郷と呼ばれるこの世界で博麗神社という神社の巫女をしている。
「ちょっと貴方!!大丈夫!?・・・意識が無いわね。中まで運びましょう。」
霊夢は彼を中に運んだ。
◇◇◇◇
「・・・ん、ここは一体・・・?」
青年が目を覚ました。隣には霊夢が座って彼を見ている。
「あら、気が付いたようね。貴方、さっき外で倒れていたわよ?」
少し心配そうな、しかしどこか警戒心を滲ませたような表情をしている。
「あ、そうでしたか・・・ありがとうございます。で、ここは一体?そして貴女は?」
ようやく体を起こし、周りを見るために首を左右に捻る。
黒いジーンズ、白いシャツの上にはフードとファスナーつきの黒いパーカー。全身が黒に覆われ、夜になれば存在すら認識できないほど闇に溶け込んでしまうだろう。
「あら?貴方、もしかして博麗神社と私を知らない!?」
「すいません。存じませんが・・・。」
霊夢は驚愕した。この幻想郷と言われる世界の中で彼女や博麗神社を知らない者はまずいないのである。
(おかしいわね。もしかして迷い込んだ人かしら?)
「ねぇ、この神社は何ていう場所にあるか分かる?」
深く探りを入れるために質問を続ける。
「・・・存じません。神社なんですか?」
「ほんとに知らないの?」
ここまで知らないというのもおかしな話だと思ったのだろう。少し怪訝な表情になった。
「・・・はい。気づいたらこの部屋にいました。」
怪訝な表情に怯んでしまってはいるが、答える。
「それ以前の記憶は?」
「・・・すいません。それが曖昧な状態なんです。」
この一言により、霊夢は大きなため息を一つついた。
「・・・名前とかは憶えてる?」
面倒くさそうに記憶の確認を始める。
「野神茉鵯禍(のかみまつひか)です。」
「野神茉鵯禍ね・・・。私は博麗霊夢。この博麗神社の巫女をしているわ。で、この世界は幻想郷って言うの。貴方は恐らく外の世界からここに来たと思われるわ。」
名前だけでも憶えていたのが幸いしていたのか、少し穏やかな顔になって簡単に説明をする。
「幻想郷・・・博麗神社・・・」
頭に叩き込むように二つの単語を呟く。
「そう。それより怪我とかはないかしら?ここでは妖怪とかがそこら辺にいるから弱い人間は簡単に襲われるわ。」
「よ、妖怪ですか!?おっかないですね。でも今のところは大丈夫ですが・・・」
涼しい顔で淡々と話す霊夢にも、その内容にも、彼は驚きを隠せない。
「でも記憶が曖昧、でしょ?」
「はい・・・。」
少し考えこんだ後、霊夢がまた口を開く。
「まぁ記憶喪失みたいな感じだろうし、あとで永遠亭っていうところ・・・外の世界で言う病院っていうのかしら?まぁそこに連れていくわ。」
「ありがとうございます、博麗さん。」
永遠亭とやらに連れて行ってくれるという事で、彼も礼儀正しく正座になって、頭を下げる。
「霊夢でいいわ。博麗さんって呼ばれるの慣れてないし。」
「あ、はい、霊夢さん。」
「・・・それよりお昼食べましょう。まだ食べてないからお腹空いたわ。」
雰囲気が少し穏やかになったところで、霊夢が提案してきた。
「はい。」
穏やかな天気の中、食事の支度を始める。
平和に流れているように感じるこの瞬間でさえも、幻想郷にはいくつかの異変が起きている。
「・・・んぉ、なんだこれ。お札か?良く分かんねぇから後で霊夢のとこ寄るか。」
◇◇◇◇
「ご馳走様でした。美味しかったです。」
しっかりと手を合わせて、空になった食器や霊夢に頭を下げる。
「お口に合って良かったわ。」
少しばかり嬉しそうな顔で答える。
「そういえばお祓いとかもできるんですよね?すごいです!!」
話していた内容の中で思ったことを率直に述べている。
「まぁそれが仕事だからね。私にかかれば悪霊なんてすぐに逃げ出していくわ。」
少しばかり気が大きくなった霊夢は、大幣を取り出し、それを掲げて自慢している。
「すごいですね!!それほど強いということですね!!」
「まぁここを守る素敵な巫女だからね。そろそろ永遠亭に・・・」
上機嫌のまま、永遠亭に行こうとしたその矢先。また別の一人の少女が現れる。
「おーい霊夢ぅー!!」
「ん?魔理沙じゃない。どうしたのよ。」
少し呆れたような顔でその少女を見る。
「よくぞ聞いてくれた!!さっき面白いもの見つけたんだよ!!・・・っていうか。」
魔理沙(まりさ)と呼ばれた少女が不思議そうに二人を見ている。黒い帽子に黄色の髪。箒を携えたその姿は、さながら魔法使いのようだ。そんな彼女は警戒している様子ではないが、ポカンとした表情である。するといきなり帽子を深く被り直して箒に跨るなりこう言った。
「・・・霊夢。邪魔して悪かった。その人と末永く幸せにな・・・!!」
「待ちなさい魔理沙。なーに勘違いしてんのよ。」
(なるほど。どうやら自分はこの人に霊夢さんの彼氏とでも勘違いされているようだ。)
心の中で冷静に分析してみる。
「えっと、彼女の事も何も存じ上げないんですが、そ、その・・・」
しかし、真っ当な言葉は出るはずもなく、余計にこじらせてしまった。
「うるさーい!!霊夢は私の嫁なのに!!私から霊夢を奪いおって!!」
顔を真っ赤にして猛抗議する彼女。
「嘘ぉ!!本当なんですか!?」
自分の嫁という発言に彼が戸惑う。
「何言ってんのよ魔理沙。勘違いよ。しかも私はあんたの嫁になった覚えはないわ。」
全力で驚いている彼に対し、霊夢は涼しい顔で淡々と否定する。
「霊夢も霊夢なんだぜ!!私がいるのに裏切って、私の何が不満なんだよ!!」
魔理沙は今にも泣きそうな顔をしている。よほど霊夢のことが好きなんだなぁと思ったのも束の間。彼女は懐から、角ばった何かを取り出して。
「うぅー!!二人揃って酷いぜ!!マスパでも食らえ!!」
こう言うと彼女が手にしていたものが変形した。彼が駆け出す。
(自分が霊夢さんを守らないと!!)
自分の身を顧みず、突っ込んでいった。
「恋符 [マスタースパーク] 」
彼女の手にしていた物体が発光し始めた。その時、彼は霊夢の前に立ち、両手を広げる。
「ちょ、ちょっと野神茉鵯禍!?」
「うぁぁぁぁぁっ!!」
彼の体が宙を舞った。そして背中に衝撃が走る。おそらく背骨は折れていない。しかし、彼の意識は再び、遠のいていく。
「何やってくれてんのあんた!!」
彼のもとに駆け寄った霊夢が魔理沙を大声で怒鳴る。
「いきなりマスパ撃つとかいい加減にしなさい!!この人ついさっきまで私やこの神社どころか博麗神社(ここ)のことも知らなかった人なのよ!!しかも記憶が曖昧だから今から永遠亭に連れて行こうとしてたのに!!」
先程の涼しい顔とは対照に、大きな声で怒鳴り続ける。
「嘘を言うな!!そんな奴いるわけない!!」
これには魔理沙も黙らず、再び抗議する。
「私だって驚いたわよ!!それにあんたに嘘ついてどうすんのよ!!」
「うっ・・・すまん霊夢。」
ようやく観念したのか、魔理沙が謝罪の文言を述べた。
「ならあんたもこの人を永遠亭に運ぶの手伝いなさいよ。」
「わかった。」
◇◇◇◇
だいぶ時間が経った。
(・・・ここはどこだ?ベッド?病院なのかな。)
彼が再び目を覚ます。そこはまるで病床のような場所だった。
「ん・・・霊夢さん?」
彼が目を覚まして、起き上がると、そこには霊夢の姿がある。
「あら、気づいた?ここが永遠亭よ。永琳呼んでくるから待ってなさい。」
「はい・・・。」
しばらくすると、一人の女医らしき人物が現れた。長い銀髪、赤と紺のツートンカラーで星座があしらわれている特徴的な服。帽子はナース帽のようで、その真ん中には赤十字のマークがある。
「こんばんは、私が八意永琳(やごころえいりん)よ。貴方よく生きていたわね。あの子のマスタースパークを食らって生きているのは普通の人間なら考えられないわ。」
「はぁ・・・」
穏やかな顔でさらっと、生きているのが考えられないと言われて彼も言葉が出ない。
「霊夢から話は聞いているわ。おそらく何かがきっかけで幻想郷に迷い込んだ時に何らかの衝撃を受けて記憶がとんでいると思われるわ。最も、断言はできないけどね。」
「はぁ。」
やっと本題に入ったので少し警戒を強める。
「体の方に問題は無かったわ。でも疲れているだろうし大事をとって今日はここで一晩休んでいきなさい。」
「・・・分かりました。」
「・・・そうそう。貴方は普通の人間。妖怪達が襲ってくるかもしれないから、この部屋に護衛をつけるわ。入ってきて頂戴。」
「はい。」
すると外から一人の女性がやって来た。ブレザーを着て、兎のような耳をつけている。
「この子は鈴仙(れいせん)・優曇華院(うどんげいん)・イナバ(いなば)。彼女が貴方の護衛よ。」
永琳が簡単に紹介する。
「よろしくお願いします。」
彼女が淡々と頭を下げる。同時に、彼も頭を下げた。
「何かあったら彼女に知らせてね。じゃあ後はお願い。」
永琳と鈴仙が部屋から出た。
(ここが永遠亭。やっぱりなんとなく落ち着かない。というかマスタースパークっていうの食らって生きてるって相当なんだなぁ。あの魔理沙って人には気を付けないといけないな。)
身体をベッドに倒して思考を巡らせる。
すると、誰かがドアを叩いた。
「入るわよー」
霊夢が入ってきた。隣には沈んだ表情の魔理沙もいた。
「どうも霊夢さん。すいません運んで頂いて・・・。」
身体を再び起こして頭を下げる。
「貴方は謝らないの!!ほら魔理沙、言うことあるでしょ。」
「・・・えっと・・ごめん。勘違いした上にいきなりマスタースパーク撃って。」
魔理沙が申し訳なさそうな表情と声色で頭を下げる。
「私からもお願い。許してあげて。」
「大丈夫ですよ。頭を上げてください。結局生きてますし。でもお二人は本当に仲が良いんですね。」
恐怖は覚えていたが、恨むことでもなかった為、謝罪を快諾した。
「ありがとう。よかったわね魔理沙。」
「うん。本当にすまない。」
少し落ち着いたようだが、魔理沙がまた頭を下げ始める。
「本当に大丈夫ですから。えっと・・」
茉鵯禍も反応に困るが、魔理沙が明るい声に戻って、
「私は霧雨魔理沙(きりさめまりさ)。普通の魔法使いだ。魔理沙って呼んでくれ!!」
と意気揚々と自己紹介を始めた。
「魔法使い!?・・・魔法使いって本当に存在していたんですね!!よ、よろしくお願いします!!」
彼も魔法使いが実在することに興奮しているため、明るくなる。
「おう、正真正銘、魔法使いだ、よろしく頼むぜ!!」
それに応えるように魔理沙も笑顔で続ける。
「さ、君も疲れてるだろうし自己紹介も済んだことだから私達、今日は帰るわ。」
ここで霊夢が間に入る。
「また明日な、茉鵯禍!!」
「はい。」
二人は元気よく帰っていった。
(魔理沙さんとは無事に和解できたが、まだ一息つけるような段階ではないよな。しかし今日は眠いしなぁ。)
外にいる鈴仙に聞こえないように欠伸をかみ殺す。
「すいません、鈴仙さん。」
「どうしましたか?」
「お先に寝かせて頂きたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「あ、わかりました。じゃあ電気消しますね・・・では、お休みなさい。」
「はい、お先に失礼します。」
(今日は何かと不思議なことだらけだったなぁ。幻想郷・・・か。なんで自分はいきなりこんなところに迷い込んだんだろうか。そもそも本当にここはどこだ?元いた場所に帰れるのか?・・・でも元いた場所ってどこだっけ。・・・今は考えても仕方ない。今は休もう。)
◇◇◇◇
翌朝。彼もぐっすり眠れたようで体が楽になっている。
「おはようございます鈴仙さん。」
「ん・・・おはようございます。眠れましたか?」
「はい。ばっちりです。ありがとうございました鈴仙さん。」
「いえいえ。・・・それはよかった・・・です・・。」
言い終わると鈴仙が急に眠そうな顔になってしまった。どうやら一睡もせず起きていたようだ。
「すいませんでした。自分が弱い為にこんなお手間をお掛けしてしまって・・・鈴仙さん大丈夫ですか?」
「私は・・・大丈夫です。それに・・・貴方は何も悪くないし・・・お師匠様からのお達しですから・・・。」
まずい、と彼は察した。相当眠そうだ。お師匠様?八意永琳を指すと思われる。とりあえず呼びに行こう。と思った矢先、永琳がやって来た。
「八意先生、鈴仙さんが!!」
「ん?優曇華がどうかした?」
「はい。とんでもなく眠そうです。立っているのも辛そうで・・・どこまで運べばいいですか?」
「んーとりあえず貴方が寝ていた隣のベッドにでも寝かせてあげて。」
「はい!!・・・鈴仙さん、今ベッドに運びます。ゆっくり休んでください。」
「・・・」
眠っているようだ。疲労の色が窺える。
「・・・ありがとう鈴仙さん。今は休んでください。」
「ありがとう野神君。」
「いえ、彼女のおかげで眠れたんです。しかしその分八意先生や鈴仙さんにお手間をかけてしまった・・・申し訳ない限りです。」
小さな寝息をたてる鈴仙を見ながら言う茉鵯禍。
「・・・じゃあ貴方。手間を掛けさせない為なら休むなと言われて耐えられるかしら?
妖怪に襲われても一人で対処できるかしら?誰の力も借りず全てを自分だけで。」
同じように鈴仙を見つめる永琳が言った。
「・・・いいえ。自分だけでは何もできません。」
無論、彼もこの問いにYESと言えるわけは無かった。
「なら何故謝るのかしら?謝ることができるのは自分で出来るのに、やらなった者だけであると思うわ。今の貴方では絶対にすぐ死んでしまう。自分が見捨てなければ救えたその命。それを救えなかったら、私の医師としてのプライドが傷ついたら・・・貴方はどう責任取ってくれるのかしら?」
「・・・。」
彼は黙り込んだ。
「自分の命を無駄にするような発言はもうしないでくれるかしら。」
「・・・申し訳ありませんでした。考えが至っていなかったが為にこのようなことを言ってしまった。」
しっかりと永琳の方を向いて頭を下げる。
「・・・分かればいいの。それと、いい加減八意先生って呼ぶのも勘弁してもらえないかしら。」
「す、すいません。ではなんとお呼びすればいいですか。」
「永琳先生とでも呼んでくれればいいわ。」
「分かりました、永琳先生。」
「よろしい・・・おや、貴方にお客さんが来たわよ。私は仕事に戻るわ。」
「ありがとうございます。頑張ってください!!」
「はいはい、どうも。」
永琳が去って行った。しかし、彼に客人が来ているとは言ったが姿が見えない。不思議に思いつつも、永琳の言葉が頭から離れない。
『命を無駄にするような発言はしないでもらえるかしら。』
「・・・どうした?難しい顔して。」
正面から顔を覗き込む魔理沙。茉鵯禍もそこでやっと魔理沙の存在を認識する。
「・・・!?あ、魔理沙さん。どうも。」
「おっす。元気そうでよかったぜ。霊夢ももうすぐ来るぜ。」
昨日の夜と同じように屈託の無い笑顔を浮かべる魔理沙。
「了解です。」
「よく寝られたか?」
「はい。鈴仙さんや永琳さんのおかげで。」
少女が声をかけながら茉鵯禍に近寄る。
「おはよう茉鵯禍。よく寝れたみたいね。」
「どうも、霊夢さん。」
霊夢だ。右手を後ろに隠しているような姿勢を見せている。
「・・・起きたばかりで悪いんだけど、これを見てもらえるかしら。」
「分かりました。」
隠していた手から出したのは一枚のお札。
それを見た瞬間、彼の頭に激痛が走る。
「・・・・っ!!」
(なんだコレ!?立っていられない!!心臓の鼓動が早い!!それに、頭になんか浮かんでくる!!なんだよコレ!!)
頭を押さえて倒れこむ。
「茉鵯禍、大丈夫か!?」
魔理沙が慌てて茉鵯禍に駆け寄る。
「・・・やはり何かあるわね。」
霊夢がもう一度そのお札のようなものを後ろに隠した。
「ハァハァハァハァ・・・」
そのお札が視界から消えた時、激痛は消えていき、体が楽になった。
「だから言ったでしょう、霊夢。」
誰か別の女性の声。
「そうね。今回もあんたが絡んでるのかしら。毎回毎回面倒なことを。」
その女性と呆れたように会話を続ける霊夢。
「だから違うって言ってるじゃない。これも私の勘よ」
それを否定する女性。
「・・・霊夢さん、なんですか今のは。」
やっと声を上げた茉鵯禍。顔を下に向けたまま座り込んでいる。
「いきなりごめんなさい。でも文句はこいつに言ってちょうだい。」
顔を上げるとそこには不思議な女性が立っていた。言葉こそおしとやかな感じではある。しかし、彼女からは何か只者ならぬ気配を感じる。
「貴女は・・・」
少し震えたような声で茉鵯禍がその女性に問う。
「私は八雲(やくも)紫(ゆかり)。境界を操る程度の能力を持つ立派な妖怪よ。」
「妖怪!?人間みたい・・・」
おしとやかな、しかしどこか不思議な彼女は自らをスキマ妖怪と語った。
「そう。正真正銘妖怪よ。でも貴方を襲いに来たわけではないわ。貴方をもとの世界に戻せる方法を探しているけど、直接顔を合わせておきたいと思ったの。それにさっきのお札にも関係があると思ったし。」
「はぁ・・・。」
いきなりの展開に話が掴めない茉鵯禍。
「それにいくつか言わせて頂戴。一つ、私は境界を操れるから外の世界から人や物を幻想郷に入れることは可能。でも貴方を幻想郷に招き入れたのは私ではないわ。そしてもう一つ。貴方がここに来たのとほぼ同時にさっきのようなお札がいろんなところで発見されているの。しかしこんなお札は幻想郷では使わない。」
「はい・・・。」
少なからず彼女は敵ではないことを茉鵯禍はやっと認識した。
「そして最後にこの手帳。中に貴方の情報があると思って開こうとしたんだけど開くことができない。それにこの手帳からもあのお札と似たような力を感じた。つまりこの中にも何かあると思われる。」
見覚えのない黒革の手帳を紫が差し出す。
「見覚えがないですね・・・あ、開いた。」
手帳を受け取り、表示と裏表紙を確認し、開こうとすると手帳は開いてしまった。
「「開いた!?」」
驚愕する三人。
一度閉じて三人に渡す。しかし、三人には開くことはできなかった。
「何だこりゃ。訳が分からんな。」
「全くよ。」
魔理沙と霊夢が呆れる。
「まぁ、なんにせよ、この一連の謎を解かない限り、恐らく貴方の記憶は戻らないし、仮に途中で戻ったとしても元の世界に返すわけにはいかない。」
涼しい顔で、いや、どこか危機感を感じているような、焦っているような様子の紫。
「そんな・・・」
困惑している彼に霊夢が続けた。
「だから正直に言うわ。謎を解くために貴方の力が必要なの。協力してちょうだい。」
(そんなこと突然言われても・・・。ここがどんな場所かも分からないのに・・。しかしこうしてはいつまでも変わらないままなのかもしれないし・・・。)
数分の沈黙の時が流れる。この部屋にいる三人が彼を見つめる。
「やっぱりいきなりじゃ・・・」
魔理沙が諦めたかのように言葉を発したその瞬間。彼が同時に口を開いた。
「分かりました。協力させて頂きます。」
その時の彼の目を後に、『なぜか冷たく、何かを貪欲に求めようとしているようだった。』と霊夢達は証言した。
「・・・ありがとう。ほら紫も。」
「本当に感謝するわ。」
話がまとまったところで、次の問いを投げかける。
「でも謎を解くといってもまず何をすればいいんです?」
「まずは幻想郷の各地へ行きお札が出現しているのか、影響はないかを確認しに行きましょう。」
「分かりました。」
突如現れたお札。あれはただのお札では無いことは明確。それが彼にも影響している可能性まで浮上して来た。しかも開かない手帳。
(未だに何が起きているか掴めずに混乱してはいるが、悩むよりも動こう。もうそれしか道はないのかも知れないから。)
自分や幻想郷の為に。そう決意した彼は、動揺しつつも湧いてくる使命感のようなものに心を震わされていた。
序章 完