Coolier - 新生・東方創想話

秋なのか

2021/11/03 22:22:32
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 大抵の場合、闇を引き裂くのは眩い金色の光で、ルーミアはもう慣れっこになっていた。
 嘘ついた。ルーミアはちょっと涙目になって、おでこを抑えて地面に蹲っている。恨みがましく視線をあげた先には、
「あら」
 と、不思議そうな顔をした静葉がいる。
 具体的に言うと、なんか急に暗くなってびっくりした。で、蹴ったら何かに当たった、みたいな。いや、あら、じゃないんだわ。

 辺りを見渡すと、ルーミアの明るさに慣れない目が、その紅色に圧倒される。強く、頭を殴られたような気がした。
 金と赤の山、金と赤の地面。荘厳な大聖堂にも似た煌びやかな金と赤は、全てが秋色に染められた葉の色だ。獣道ですらないのだろう。人跡未踏の山の地面は柔らかい腐葉土で、その上に、まるで幾星霜の時を経たように落ち葉が散り敷いている。
 幾千にも折り重なった葉は、手で探る度にしゃかしゃかと音を鳴らす。堆積した泥、深く積もった雪、折り重なるものと言えば総じて重たいのに、積もった落ち葉は意を翻して軽かった。
 どこからか、果実の酸っぱくも甘い匂いが漂っている。リンゴに似ているけれど、どうだろう。
 幾星霜、のはずもない。一つの秋の始めから散り敷いて、絨毯を織り上げたのか。そんなことって有り得るのかとも、少し思う。この光景は、世界の始まりからある楽園のように完成しているのに。
 世界はそこかしこに神秘を隠し過ぎていて、少し、貴方のことを信じられなくなりそう。と、ルーミアは思った。だって最初に聞いていた話と違うもの。光よ在れと神は言った。ルーミアはそれを見て善しとした。あの簡単な世界はいずこへ?

 ルーミアは招かれない者を見る目で、静葉を見る。せっかく、色々と面倒なことを忘れられそうな所、急に寝所から蹴り出されたんだから、これは当然。
 静葉は、お茶の時間に迷い込んで来た猫を見るような目で、ルーミアを見る。にっこりと、そう笑ったのだろうけど、微笑には気品の鎖が巻き付いていて、ゆったりと落ち着いた微笑に見えた。静葉は足元の落ち葉を掻き集めて、洗礼の水のように、ルーミアの頭上から注いだ。
「しゃわしゃわ~」
 髪についた小さい毛虫を無表情に投げ捨てながら、人によっては怒るだろうと、ルーミアはまともなことを考える。しゃわしゃわ~、じゃないんだわ。
「行こっか」
 猫に話し掛ける程度には、独り言のようなものだった。静葉はルーミアの手を引いて歩き出す。何処へ連れて行かれるのかと思ったけれど、秋の廻廊は何処までも続いて、一向に何処にも辿り着かない。いい加減、離して欲しいとルーミアが思う、その一歩手前くらいの時に、静葉は一人で駆け出した。スカートの裾を軽くつまんで落ち葉を蹴り上げる姿は、喩えて言うなら、波打ち際で戯れているみたい? はしゃぎようは無邪気なのに、おとなびているのが不思議だった。
 混ざる気には、なれない。
 ルーミアはそっぽを向いて秋の山を眺めやり、また、頭の上から落ち葉を注がれた。かさかさ具合が、正直ちょっと好きじゃない。ルーミアの非難がましい目線を涼しげに無視して静葉は笑う。
「私ね、妹が欲しかったんだ」
 いるでしょ、妹。
「気難しくて、物憂げな、私によく似た妹」
 いるでしょ。似てるかどうかは、知らないけど。
「妹はいるよ。気難しくて、物憂げな、私と違っているから何を考えているのかよく分からない妹。いいえ、気難しいのも物憂げなのも私の方かしら? 私のせいで、あの子を分かってあげられないのかしら?」
 知ったことかと言おうとして、やめた。
「気さくで、朗らかな、あの子によく似た姉であれば良かったのかしら?」
 落ち葉の軸をつまんで、くるくると回した。つまらない手遊びでも、話を聞くよりは楽しい。ルーミアは今、誰かに構っているような気分じゃない。
「君は、おとなしい子だね。借りてきた猫みたい」
 静葉はルーミアのほっぺを抑えて、自分の方を向かせた。
「秋さん家の子になっちゃおうか」
 ならない。
 ルーミアには、眩しいものを嫌う習性がある。
 秋の山で急に視界が拓けた時、お前が見ていなくたって時間は流れるのだと、季節に殴られたような気がした。視界を埋め尽くす赤色が血でないことが不思議に思える程の赤い景色は、けれども陰性の赤と違っていて、色付く葉の色は金色を帯びていた。
 あまりに美しい景色は、聖堂じみて荘厳だ。
 過去、廃墟の聖堂に棲み付くことはままあったけれど、それは一種の諧謔であって、別に好きなわけじゃない。
 光と影で世界を分けた。そっちとこっちの取り分は、最初に決めたことだから。
「食べる?」
 唐突に、静葉は山ぶどうの実を差し出した。硬く、酸っぱく、一応甘さはないでもないのだけれど、ルーミアは他に好みの味があった。既製品の甘さも知っているし、野趣に価値を見出すほど滑稽にもなれなかった。
「どんぐり屋さんをします」
 静葉はどんぐりを並べてそう言った。
 ルーミアは、品物に興味が無い客の役をした。
 静葉は何も気にした風もなく、つれない態度のルーミアのことを連れ回す。
「特別だよ? 君にだけ、良いものを見せてあげよう」
 そうして、少し拓けた場所に出た。高台の上からは、今まで遊んでいた山の景色が見える。
 反対側の山裾の方には、まだ緑が残っているようだ。すると静葉は落ち葉を掻き集めて、わあっと空に撒き上げた。
 舞い散る落ち葉の中で、静葉は踊った。
 静葉の踊りに合わせて風が従う。静葉がくるくる踊ると風はつむじを巻いた。紅葉を抱き込んだ風は、秋の色をしていた。
「秋ですよー!」
 声と共に、吹き下ろす風は木々を揺らし、まだ青い木の葉たちを、金に赤に染めていく。季節が動く音は、さああっと風の吹き抜ける音。
 それは秋の神秘。神の御業。秋ですよーと静葉が言った。すると秋になった。
 ルーミアは、憮然としていた。
 話が違う。あれ、手作業じゃなかったのか。
 あとそれは春告げ精のやつだ。
「……うひぃぃぃ……しおれるー」
 何て言うか、変な悲鳴。しおしおくたくたになった静葉だけど、それでも何事か成し遂げたような顔をして倒れた。
 そろそろ、日が暮れようとしている。染まり立ての黄金の木の葉が、降り立つ天使に伴う羽毛のように降り注いでもいる。真横から差す夕陽は翻る葉に反射して、山間は黄金の光に包まれる。
 茜が差して、差し過ぎて、光の中に満ちて消えていく。琥珀に閉じ込められた虫の気分。窒息する、生きてられない。ここから出してと鳴いたって無駄、とろける蜜は悲鳴ごと包み込んで固めた。
「どう? 綺麗でしょう?」
 そうだね。綺麗だとは、思うよ。
 でもね、目に沁みるんだよ。眩しくて、熱くて、見ていられないんだよ。
 沈む夕陽を見ていると、もう二度とこうして過ごせない気がしてくる。何を、いじけてばかりいたんだろう。なんて罪深いのでしょう。誰も赦してくれないよ。だってもう今日という一日はもう終わりだよ。──と、そんなことを、突き付けてくるようで。
 本当に、見ていられたものじゃないよ。いっそのこと、首でも断ち落とすように一息に、早く夜になってしまえば良いよ。
 夕焼けって綺麗でさ、なんかそういうの、きついよ。ルーミアは、そういうの無理だから。
「そうなのかー」
 と、静葉が言った。
 それ、ルーミアのやつなんだけど。
「じゃあ、しょうがないや」

 秋ですよ、と静葉は言った。
 それを見たルーミアは、秋なのか、と言った。
 そうなものに、そうなのかと頷いた。そんな話。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
親しみやすい神様と、美しい荘厳な季節描写が相まって、素敵でした。
4.100南条削除
面白かったです
つかみどころのない静葉に神様としての片鱗を感じました
5.100Actadust削除
山の描写が見事で、脳裏に秋に戯れる二人が浮かんできました。
6.90めそふ削除
情景描写の表現力の高さが好きでした。
7.90夏後冬前削除
短い中にもなかなかに個性の強烈な静葉さんを書かれてて好きでした。表現の端々が凝ってるのも素敵でした。
8.90yakimi削除
良かったです。
9.100そらみだれ削除
簡潔で豊かな情景描写が好みでした。ありがとうございました。
11.90竹者削除
いい感じでした