時々、変な夢を見る。
セピア色に包まれた閑静な住宅街を、延々と歩く夢を。
デジャブ感を拭いきれない、けれど合致する光景は記憶に無い、判で押して作られたような家々が続く光景。建物の隙間からは、うっすらと紫色を帯びた陽光が差し込んでいる。日向に出ると、春の陽気のような、妙な温かさに身体が包まれた。反対に、日陰は酷く肌寒い。短い周期で寒暖差が体を襲う。
私はそんな場所を、宛てもなく、漫然と歩いている。
目前の光景で一層異様なのは、足下の状況だった。
路上には、死体が累々と埋め尽くされていた。
しかもその死体が、宇佐見蓮子こと私の身体と瓜二つなのだから、不可思議極まりない。
程々に整っていると自負している顔面がひしゃげ、夜空から時と場所を視る瞳が破裂していて、仰向けに斃れている私。
背中に細長い裂傷が切り刻まれていて、今なお血を流し続けている私。
口元から涎を垂らしながら、光を失った眼で数多の注射痕が残った腕をぼうと眺める私。
頭部の銃創から脳漿が飛び出ている私。
うつ伏せで斃れている私。
エトセトラエトセトラ。
様々な死因――あえて共通点を挙げるとするなら、他殺のように見える――を抱えた、私達。
目を背けたくなるような、凄惨の一言に尽きる光景。
何より恐ろしいのは、目前の光景に対して極めて無感動なまま歩み続けている私自身であった。
生きている私は、死体を踏まないように――損壊を恐れているのでは無く、ただ歩くのに邪魔だからという、冷たく合理的な理由で――何処かへ進んでいた。そこに自己の意志は介在していない。何かに導かれているのか、それとも立ち止まれないのか、そこまでは判然としない。
斃れている私と、歩いている私。
同時に複数も存在している以上、両者にはシームレスに遷移するような連続性は無い。私と死体は違う。
それは理解しているが、鏡面に映った自分とは異なる、もっと強い繋がり――関係性のようなものが、私達に存在しているらしいことは、無根拠なまま理解していた。
そんな夢も結局のところ夢らしく、何のオチも存在しない。道は延々と続き、死体はずっと遺棄され、私は歩を進める。そうしていつか、夢から醒める。
……通常の夢と決定的に異なるのが、夢を見たと自覚するタイミングだ。
睡眠時に見た夢は大抵、起床直後をピークに、輪郭が曖昧に融けていく。酷いときには朝食時には既に忘れ、保持してもお昼頃までが限界だろう。メモに書き記さない限り。
この夢は違う。
「ねぇ、蓮子はどうしたい?」
「じゃあ……」
何気ない、他愛もない日常生活を送る中で、メリーに選択を迫られ、数ある択の中から一つを選び取ろうとしたその瞬間。
唐突なまでに、そういえば、と思い出すのだ。
結果、異常な夢に意識が引っ張られ、別の選択肢を取り上げる羽目になってしまう。後はそのまま、夢を想起したことも忘れてしまう。
けれど、そんな機会の中でも、選択を歪められる顛末の仔細まで思い出すことも――丁度いまこの瞬間のように、稀にあって。
だからあえて。恐怖を乗り越えて。
「やっぱりアレがいいな」
直感と本能が怯んだ選択肢を、選んでみる。
「……そう」
途端。
数瞬前までは、あれほど楽しそうに会話していたのに、彼女の表情から表情が消え、瞳から光が失せて。
脳裏に浮かんだままの夢の中に、死体が一体増えたような、そんな気がした。
セピア色に包まれた閑静な住宅街を、延々と歩く夢を。
デジャブ感を拭いきれない、けれど合致する光景は記憶に無い、判で押して作られたような家々が続く光景。建物の隙間からは、うっすらと紫色を帯びた陽光が差し込んでいる。日向に出ると、春の陽気のような、妙な温かさに身体が包まれた。反対に、日陰は酷く肌寒い。短い周期で寒暖差が体を襲う。
私はそんな場所を、宛てもなく、漫然と歩いている。
目前の光景で一層異様なのは、足下の状況だった。
路上には、死体が累々と埋め尽くされていた。
しかもその死体が、宇佐見蓮子こと私の身体と瓜二つなのだから、不可思議極まりない。
程々に整っていると自負している顔面がひしゃげ、夜空から時と場所を視る瞳が破裂していて、仰向けに斃れている私。
背中に細長い裂傷が切り刻まれていて、今なお血を流し続けている私。
口元から涎を垂らしながら、光を失った眼で数多の注射痕が残った腕をぼうと眺める私。
頭部の銃創から脳漿が飛び出ている私。
うつ伏せで斃れている私。
エトセトラエトセトラ。
様々な死因――あえて共通点を挙げるとするなら、他殺のように見える――を抱えた、私達。
目を背けたくなるような、凄惨の一言に尽きる光景。
何より恐ろしいのは、目前の光景に対して極めて無感動なまま歩み続けている私自身であった。
生きている私は、死体を踏まないように――損壊を恐れているのでは無く、ただ歩くのに邪魔だからという、冷たく合理的な理由で――何処かへ進んでいた。そこに自己の意志は介在していない。何かに導かれているのか、それとも立ち止まれないのか、そこまでは判然としない。
斃れている私と、歩いている私。
同時に複数も存在している以上、両者にはシームレスに遷移するような連続性は無い。私と死体は違う。
それは理解しているが、鏡面に映った自分とは異なる、もっと強い繋がり――関係性のようなものが、私達に存在しているらしいことは、無根拠なまま理解していた。
そんな夢も結局のところ夢らしく、何のオチも存在しない。道は延々と続き、死体はずっと遺棄され、私は歩を進める。そうしていつか、夢から醒める。
……通常の夢と決定的に異なるのが、夢を見たと自覚するタイミングだ。
睡眠時に見た夢は大抵、起床直後をピークに、輪郭が曖昧に融けていく。酷いときには朝食時には既に忘れ、保持してもお昼頃までが限界だろう。メモに書き記さない限り。
この夢は違う。
「ねぇ、蓮子はどうしたい?」
「じゃあ……」
何気ない、他愛もない日常生活を送る中で、メリーに選択を迫られ、数ある択の中から一つを選び取ろうとしたその瞬間。
唐突なまでに、そういえば、と思い出すのだ。
結果、異常な夢に意識が引っ張られ、別の選択肢を取り上げる羽目になってしまう。後はそのまま、夢を想起したことも忘れてしまう。
けれど、そんな機会の中でも、選択を歪められる顛末の仔細まで思い出すことも――丁度いまこの瞬間のように、稀にあって。
だからあえて。恐怖を乗り越えて。
「やっぱりアレがいいな」
直感と本能が怯んだ選択肢を、選んでみる。
「……そう」
途端。
数瞬前までは、あれほど楽しそうに会話していたのに、彼女の表情から表情が消え、瞳から光が失せて。
脳裏に浮かんだままの夢の中に、死体が一体増えたような、そんな気がした。
不吉な未来を予感させられてワクワクしました