Coolier - 新生・東方創想話

妖弦に咲く藤の花

2021/10/14 23:37:53
最終更新
サイズ
18.64KB
ページ数
1
閲覧数
577
評価数
5/5
POINT
470
Rate
16.50

分類タグ

 里に時々流れの芸人が現れるのはそう珍しくなく、それらは(恐らく)妖怪であることもそこそこの人間が知る事実だ。ただ里のど真ん中で人を襲おうものなら瞬時に巫女がすっ飛んでくる上に、二度と里で買い食いやら小銭稼ぎが出来なくなるので暴れる者はいない。
 さて今日の里の広場には、心地の良い弦楽器の音が鳴り響いている。その音はまず子供を惹き付け、老人を呼び込み、最終的に大人も巻き込んでそこそこの人だかりとなっていた。その真ん中にいるのは、先の輝針城の騒ぎで体を手に入れた九十九姉妹である。二人は週に二回ほど里に出てはその身を鳴らし、小銭を稼いで生活していた。付喪神は人間ほど食事が必要なわけではないが、しないとするでは気力の持ちようが大分違う。それ以外にも他の妖怪との交渉材料に里の金は良いものだった。
「今日はここまでです。ありがとうございました」
 妹である九十九八橋が手を止めて観客にそう言えば、その場にいる誰もが拍手を送った。姉の九十九弁々が巾着を差し出せば、演奏に感心した人々が小銭を次々と入れてくれた。
「ねーちゃん凄かった! 今度皆にも演奏教えてくれよ!」
「ふふ、ありがと。もし機会があったらその時教えてあげるわ」
 声をかけてきた里の子供達の頭を撫でながら、弁々は穏やかに眼を細める。その藤色の瞳の焦点が仄かにずれていることに、目の前の子供達は気付かなかった。

「ふう、ただいまー」
「はいおかえり。お風呂の準備は・・・・・・」
「あー私がやっとくから、姉さんは座ってて」
「でも・・・・・・」
「姉さん歩かせるとどこにぶつかるか分かったもんじゃないんだから、ほらほら」
「むう」
 九十九弁々は目が見えない。全く見えないわけではないのだが、鼻先が触れるほど近づいた相手の口の動きがようやく分かる程度だ。演奏については自分自身が琵琶なので困ることはないが、生活については八橋がいなければ成り立たないほどである。移動の際は弁々の左手に繋がっている琵琶を持てば良いが、ねぐらにしている小屋での生活を始めた当初はそれなりに苦労したものだった。
「こんばんわー」
「あ、雷鼓姐さん。どしたの?」
「ちょっと野暮用よ。お酒持ってきたけど飲む?」
『飲むー!』
 雷鼓が持ってきた清酒をそれぞれに注ぐと、卓袱台を囲んで乾杯した。一気に呷ったところで、雷鼓が口を開く。
「そうそう要件なんだけどね、里の稗田家は知ってる?」
「妖怪図鑑書いてる大きな家でしょ? そこが?」
「今度あんた達のことも書かせて欲しいって。私もこの間取材受けたし」
「ふーん。じゃあ私達も今度行ってみようか」
「何か貰えたりしないかな?」
「いや別にお菓子貰いに行くわけじゃないんだからね?」

 その数日後。稗田家に向かい雷鼓の紹介と言うことを伝えると、奥の座敷に案内された。普段住んでる小屋が二つは入りそうな広さに加えて、高そうな調度品がいくつも見える。弁々は見えてこそいないが、真新しい畳の香りと普段の小屋でいつも感じる黴臭さがないことから、この家は手入れが行き届いる事を感じ取っていた。
「お待たせしました。ご足労頂いてありがとうございます」
「いえ、なんか訳も分からず来てしまったような感じで」
 しばらく待っていると、稗田家当主である稗田阿求が姿を見せた。弁々が挨拶に答えると、阿求は早速本題に入る。
「恐らく雷鼓さんからお話は伺っていると思いますが、貴女方を幻想郷縁起に書き記しておきたいと思いまして」
「それあんまりピンときてないんですけど、具体的にどういうこと書くんですかー?」
「まずお二人の見た目を絵にして、それからどういう存在なのか、どういう事をしているのかを書いていくつもりです。お二人とも付喪神なんですよね?」
「はい。小槌の影響でこの体を手に入れたというか、まあ色々と面倒な経緯があるんですけど」
「その辺も含めてお話を伺いたいと思います。この間の異変についての情報はどんどん欲しいので」
 阿求は早速鉛筆を手に取ると、二人を絵に描いていく。ある程度書いた所で、阿求が疑問を投げつけた。
「ところで弁々さん、明るい所は苦手でしたか?」
「え?」
「いえ、ずっと目を瞑っていらっしゃるので」
「ああ、これは」
 そう言いながら、目を開いて藤色の瞳を見ると阿求はああ、と言って納得した。
「弁々さんは眼の方が」
「ほぼ見えないですね。だから普段は閉じているんですけど」
「気分を害されたらすいません。それは付喪神になったときから?」
「ええ。弾幕はイメージのままに放てば良いし避けるのも霊力感知すればいいから、遊びとしてはとても良いんです」
「まあ慣れるまでは酷い物だったけどね。感知失敗して弾幕に突っ込んだり、イメージ凶悪すぎて避ける隙間がなかったり」
「そういうことは言わなくていい」
 ぺし、と弁々が八橋をたしなめる。その様子に阿求はくすくす笑うと、二人の絵を描き上げた。そしていよいよ本文へと移っていく。
「では、ここからは詳しくお話を伺わせて頂きます。姉妹喧嘩はその後で」
「・・・・・・はい」

 その後は二人について色々と話し、屋敷を出たのは日も暮れる頃だった。ご丁寧にお土産も持たされ、二人はほくほく顔で帰路に就く。
「うーん、話をするだけでお土産まで貰えるなんて、稗田っていい人だねえ」
「まあこれで私達のことも人間に伝わるでしょうし、少しは道具を大切にして貰えるでしょう」
「それもそうだね。さて、明日もまた演奏に行こっか!」
 元気に八橋が告げ、弁々の手を勢いよく引っ張る。それに弁々は転びそうになるも、どうにか八橋について行った。
「もう、勝手に走らないでよ」
「えへへ、ごめんごめん」
 そうして小屋に帰り着いたその日の晩である。戸を叩く音が聞こえて弁々が目を覚ますと、戸の向こうから小さな声が聞こえてきた。
「すいません、こちらに琵琶の弾ける方がいらっしゃると伺ったのですが」
「それなら私よ。こんな夜中に何かご用?」
「実は、琵琶の演奏を聴きたいという方々がいらっしゃいまして、弾ける方を探しているのです。どうか一曲、お願い出来ませんでしょうか?」
「お誘いは光栄だけど、私は目が悪いの。こんな夜中に妹の手もなしには出歩けないわ」
「それならば、私がご案内致します。どうでしょうか?」
 そこまで言われると弁々も悩んだ。せっかく自分の琵琶を聞きたいという人がいて、案内まで申し出てくれるのならば断るのは無礼ではないのか。それに内心、楽器としての『演奏したい』という思いが最近昂ぶっているのもある。というのも里での演奏は簡素な物ばかりで、余り満足していないのだ。だから一度思いっきり、それも十八番の『平家物語』を演奏したい気持ちが最近高まっていたのである。
「いいですよ、そのお話お受けしましょう」
「ありがとうございます! ではこちらへ・・・・・・」
 家を出るとひんやりとした硬い手が握ってきた。変わった手だとは思ったが、妹の手以外碌に握ったこともないので、こういう物だろうと納得して歩き出す。しばらく歩いた所で、飛び始めたのでそれに続いた。四半時ほど飛んだだろうか、漸く降りるとそこは随分と大きな屋敷のようだった。常に人の気配が絶えず、ざわざわとした声が聞こえる。その奥の座敷に通されたようで、稗田の屋敷のような畳の部屋に座らされた。
「ここで演奏を?」
「はい。どうか是非、お願い致します」
 そう言われて迎えの人物は少し後ろに座った。では早速、と弁々は己の琵琶に手を掛ける。
「~祇園総社の鐘の声~~~」
 そこから弁々は思い切り弾き語った。最初は楽しげだった周りがだんだんと嗚咽を漏らし始め、終わりの頃には嘆く声で自らの声が聞こえなくなるほどになっていた。それでもどうにか演奏を止めることなく続け、弾き終われば嗚咽と共に万雷の拍手が弁々に送られた。それから迎えに家まで送って貰い、漸く床に就いたのであった。

「姉さん大丈夫? すっごく眠そうだけど」
「大丈夫よ。ちょっと寝付けなかっただけ」
 その翌日、欠伸の絶えない姉に思わず八橋は心配の声を掛けた。が、姉は大丈夫という。演奏も問題ないどころか、どこか音にハリがあるぐらいだ。夜中に散歩でもしていたんだろうかと、首をかしげながらも隣で演奏を続ける。日銭を稼いだ所で、団子屋で休憩することにした。二人分の団子を頼み、待っていたその間である。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」
「わっほーい、姉さん食べよ・・・・・・って」
 待っている間に寝てしまっている。揺すっても声を掛けても、耳元で演奏しても起きる気配がない。店員に一通り注意された所で、団子を食べながら八橋は逡巡した。
(こんな事初めてだ。夜中に勝手に出歩くわけないし、私より姉さんの方が寝付きが良いし。ああでも眠りはちょっと浅いんだよなあ。夜中に物でも落っこちたのかな、あの家ぼろいし)
 そう考えながら姉の団子まで食べ尽くし、背負って帰った。元が琴の分八橋は重いが、弁々は琵琶なので結構軽い。小屋まで飛んで帰ると、今日も雷鼓が来ていた。
「おかえりー。珍しいね、弁々寝落ち?」
「そうなの。団子屋さんでぱたりと。そもそも昨日寝付けなかったとかいってたけど、こういうこと初めてだからびっくりして」
「とりあえず寝かせてあげなよ。話はその後ゆっくり聞くからさ」
 そう言われて八橋は姉を下ろすと、毛布を掛けた。それから雷鼓と隣の部屋で話し合う。
「今日何か変わったことなかった? 演奏の様子とか」
「特に何も。演奏は普段より元気が有り余ってるくらいだったよ」
「ふーん、何か溜めてた物発散したのかな」
「それは思ったけど、昨日は普通に寝てたよ? 稗田の取材は受けたけど」
「それで発散とは考えにくいねえ。よし、じゃあ今夜様子見ておくよ」
「助かる! 私も見ておきたいけど姉さんと変わらないくらいのペースで寝ちゃうし」
「もうちょっとがんばんなさいよ、あんたの姉の問題なんだから・・・・・・」
 そんなことを話していると隣で物音がした。弁々が起きたようで二人で様子を見に行けば、くるくると辺りを見回している弁々がいた。
「おはよう姉さん。よく眠れた?」
「八橋? じゃあここは家なの?」
「お団子屋さんで寝落ちしたって聞いたよ。大丈夫なの?」
「雷鼓姐さんまで・・・・・・もう大丈夫・・・・・・あふ」
「まだ欠伸出てるじゃない。今日はちゃんと寝なさいよ」
「分かってるわよ・・・・・・」
 そう言いながら欠伸をかみ殺している辺り、まだまだ眠そうだ。とりあえず八橋と雷鼓で晩飯の支度を済ませ、今日は早々に床に就いた。
 さて深夜、宣言通り八橋はコロッと眠ってしまい、雷鼓もいよいよ眠くなってきた頃である。戸が何者かによって叩かれると弁々はそれに釣られるように目覚め、そのまま小屋を出て行く。慌ててその後を付けると、まず目を引いたのは弁々の手を引く者の姿だ。
「何、アレ」
 それは、鎧を着た武人のような女性だった。お団子ヘアにリボンがどこか愛嬌を漂わせているが、それでも凛とした雰囲気が強い。その女性に手を引かれるまま、弁々は空を飛んでいく。バレないよう低空から追いかけていると、とんでもない所に辿り着いた。
「ちょっ、ここって三途の川じゃない」
 武人は何のその、弁々ごと川を飛んでいく。流石にこれ以上は追いかけられず、雷鼓は急いで戻ると八橋を叩き起こした。
「痛い痛い痛い! 十六ビートは痛い!」
「早く起きる! とんでもないことが分かったのよ!」
 雷鼓が見たままを報告すれば、八橋も顔を真っ青にした。幾ら付喪神といえど一応は『生きて』いる。無理に三途の川を渡れば命に関わるだろう。最悪元の道具に戻るどころか、消滅してしまうかもしれない。
「どどどどうしよう! このままじゃ姉さんが!」
「まずは帰ってきた所で問い詰めないとね。解決策はそれから考えて・・・・・・」
 そこまで言った所で、再び戸が叩かれた。

 今日も弁々は演奏を終えて小屋に帰ってくると、八橋が起きて待っていた。そして何故か、泊まっていったはずの雷鼓がいなくなっている。
「姉さん、お話があります」
「ど、どうしたの改まって」
 八橋と弁々が向き合っている頃、外では送ってきた武人と雷鼓が睨み合っていた。その刹那、飛び出してきた埴輪兵団が雷撃に砕かれる。
「私は帰らないと行けないのですが」
「冗談じゃない。あの子を勝手に連れ出した挙句、邪神の遣いなんて話を聞いたら黙っていられないよ」
「動物霊共め、余計なマネを。とにかく、邪魔しないで貰いましょう」
「邪魔で結構。でも一曲聴かせてやらないと気が済まないのよ!」
 日も昇りきらぬ幻想郷に、始原のビートが鳴り響いた。

「と、いう訳なのよ」
「いやそう言われても、ねえ?」
 小屋では八橋が弁々に話をしていたが、どうにも弁々は納得いかないようだ。
「というかそれはどこから聞いたのよ」
「たった今。迎えの人を知ってるって人から」
「では私から改めて説明しましょう」
「八千慧さん」
 背後から聞き慣れない声がした。八橋が口にした八千慧という名前にも馴染みがない。恐らくこの女性が迎えを知っているという女性なのだろう。
「初めまして、吉弔八千慧と申します」
 慇懃無礼な声だった。口調こそ丁寧だが、内心でこちらを見下しているような、嫌な気配のする声だった。
「あなたを連れて行っているのは邪神の遣いです。我々の住む場所に攻め入り、大切な民を奪っていきました。彼奴の言うとおりにする必要などありませんよ」
「邪神の遣いかどうかはともかく、私の演奏を望む人達がいるのならばやめるわけにはいきません。それに貴女方は私をどうしようって言うんですか」
「何も取って食うわけではありませんよ。ただ我々が貴女を守ろうというだけです。我々ならば彼奴等を防ぐ結界を作れますからね」
 どうされますか、と聞かれるが、弁々の腹は最初から決まっていた。そもそも彼女は信用出来ない。それに演奏を聞く者達の声はとても喜んでいた。嗚咽を漏らしていたが、それだけ自分の演奏に感情移入してくれている証である。
 九十九弁々は目が見えない。その代わり耳がとても良かった。単に小さい音を聞くだけではなく、声に込められた感情まで読み取ることが出来る。だから八千慧からはどうにも信用出来ない声がするし、迎えの人物は任を果たそうとする芯の強い声が聞こえた。ならばそちらを信じてみるべきだろう。
「せっかくですけど、お断りさせて頂きます」
「・・・・・・そうですか、では私はこれで」
 八千慧が小屋を出た後、舌打ちしたのを弁々は聞き逃さなかった。やはり信用しないで正解だと思っていると、今度は騒がしく雷鼓が戻ってくる。
「たっだいまー! 捕まえてきたよ!」
「ええい、離しなさい。これ以上余計な時間は・・・・・・」
「負けたんだからきちんと弁々に説明する! それともあんたは約束も守れない奴なの?」
「そういうわけでは・・・・・・」
 どうやら迎えの人物を捕まえてきたらしい。しばらく雷鼓と口論していたが、諦めたようでその場に座り込んだ。
「まず、謝罪します。目の見えない貴女を碌に説明のないまま連れ出したことを。すいませんでした。その上で改めてお願いします。我々のいる畜生界で後一夜だけ演奏をして頂けないでしょうか。後一夜あれば人間霊がみな満足すると思うのです」
「ええと、ちょっと待ってくださいね。そもそも、貴女は何者で、私はどこに連れて行かれてたの?」
「・・・・・・そうですね、まずはそこからです。私の名前は杖刀偶磨弓、袿姫様の創造物で霊長園の守護をしています」
「霊長園というのは?」
「畜生界にある場所です。地獄とは隣り合わせで、地獄経由で貴女をそこまで案内していました」
「つまり私が三途の川を越えていたって言うのは」
「嘘じゃないって説明したじゃん姉さん・・・・・・」
 八橋が心底呆れた声を出す。せめて妹の言うことくらい信じて欲しいとゴネる八橋を余所目に、磨弓は話を続けた。
「そこにいる人間霊、要は死んだ人間の魂が娯楽が欲しいと言い始めまして。我々は仕事は得意ですが、娯楽にはとんと疎いものでした。そこで此岸で情報収集を行っていると」
「私達の話を聞いた・・・・・・と」
「彼らは琵琶の演奏と聞いたとき大層喜びました。なればその人にお任せしようと思い、こうしてここまで迎えに上がったというわけです」
「そういうことだった訳ね・・・・・・わかったわ、後一晩演奏をしましょう」
「姉さん!?」
「きちんとこうして説明してくれたわけだし、それにあんまり悪い人には思えないもの。だったら私は貴女を信じてみたいわ」
「・・・・・・本当に、すいません。貴女のような善い方を欺していたと思うと、心が痛みます」
「まあさっきの八千慧って人が信用ならないのもあるけど」
「まあアレはヤクザなので。信じないで正解かと」
「ヤクザって・・・・・・そんなのいるの?」
「まあ実際目にしたとおりです。我々の敵ではありませんが」
 磨弓は誇らしげにそう言いながら立ち上がる。気付けば既に夜が明けていた。
「今夜、もう少し早い時間にお迎えに上がります。一応お二人も連れて行くことは出来ますが・・・・・・」
「私は良いよ。琵琶の演奏中に鳴るドラムとか雰囲気ぶち壊しだし」
「じゃあ私だけでも連れて行ってよ」
「わかりました、そのように。それではまた」
 ぺこりと頭を下げると、磨弓は帰っていった。それを見送ると三人は、その場に倒れ込む。
「よし、寝よう」
「寝ましょう」
「もう眠くて眠くて仕方ない・・・・・・おやすみー」
『おやすみー』
 そうして三人は、昼過ぎまでぐっすり眠っていたのであった。

 そして夜。普段より早い時間に磨弓が迎えに来た。雷鼓は宣言通り外しており、予定通り三人で畜生界に向かっていく。
「うわあ・・・・・・」
 三途の川を越え、地獄を超えて畜生界に辿り着くと、思わず八橋は声を漏らした。それは幻想郷のどの場所とも違う、まさに異境と呼べる場所だったからだ。
 サイバネティックな建物達の中に大きく構える鍵穴状の山。あれこそが霊長園だと磨弓から説明を受け、中に入れば幻想郷にはない機械的な世界が広がっていた。
「姉さん凄いよ! こんなの幻想郷じゃ見たことない!」
「そうなの? そんな凄い所を通っていたのね・・・・・・」
 そして最深部には沢山の人間霊達が待ちかねており、その中央にぽつんと畳が敷かれている。演奏会場と言うには余りにも寂しく、さながら処刑場のようだ。
「八橋さんも演奏されますか?」
「いえ、姉さんの邪魔はしたくないので」
 弁々が畳に座った所で演奏が始まった。それは今まで八橋が聞いたこともない音だった。普段里で演奏をしている時の穏やかな音とは程遠い、力強く哀しい音。音に釣られるように嗚咽が漏れ始め、進むごとにわんわんと泣く声すら上がり始める。一晩通しての大語りだというのに、気がつけば八橋すらぼろぼろと涙をこぼしていた。そして周りから大喝采を送られ、弁々の平曲は幕を閉じたのであった。
「いやー素晴らしかったわ! 音楽は専門外だけど、心がここまで震えるってことはとっても良いものだってことね!」
 拍手の中に明るい声が響く。見ればポケットというポケットに彫刻道具を押し込んだエプロン姿の女性が奥から現れた。
「袿姫様。制作中では?」
「いい音が聞こえたから出てきちゃった。貴女が最近演奏をしていた子ね?」
「はい。ええと、貴女は?」
「私は埴安神袿姫。いわゆる造形神(イドラデウス)よ」
「造形神?」
「もの作りの神様って思って貰えば良いわ。それで貴女、目が見えないんでしょ?」
 一発で言い当てられた。それに弁々が戸惑っていると、袿姫は得意げに続ける。
「それでこれは貴女さえ良ければなんだけど、体を変える気は無いかしら」
「どういう、意味ですか?」
「貴女の体を作り直すってことよ。木工も私は得意だし、付喪神なら体を乗り換えることも出来ると思うのよ」
「ちょっとあんた・・・・・・」
 文句を言おうとする八橋を宥めると、弁々は静かに問う。
「この目も、見えるようになるんですか」
「ええ! なんなら今より感覚を鋭くすることだって出来るわ!」
 心底楽しげに笑う袿姫に、弁々は静かに笑いかけて堪えた。
「せっかくですけど、お断りさせて頂きます」
「あら、そうなの?」
「この体でも不自由はしていませんから。勿論目が見えないことに不便を感じることもあります。でもそれは治すほどのことでは無いと思うんです」
「・・・・・・そう。わかったわ」
 それに納得したのか、袿姫はそれ以上無理強いはしなかった。帰ろう、とまだむっとしている八橋に声を掛けると、もう一つ質問を投げかけた。
「ところで参考までに聞きたいんだけど、目が見えないことで一番不便なことって何かしら」
「そうですねえ」
 しばし逡巡すると、また笑って答えた。
「可愛い妹の顔や、貴女方の顔が見えないことでしょうか」

 その後日。弁々と八橋はまた人里で演奏を行っていた。あの時の力強い演奏は嘘のようで、弁々の音は穏やかなものである。観客を見送った所で、聞き覚えのある声が二人を呼び止めた。
「はあい、お久しぶり」
「その声・・・・・・袿姫さん?」
「私もいますよ」
「磨弓さんも。しばらくぶりですね」
 袿姫と磨弓が着物姿で里に来ていたのだ。それにやや驚きつつも、話をするべく茶屋に入っていく。
「演奏聞いてたわ。霊長園で聞いたものとはまた違って良いわね」
「ありがとうございます。あのときみたいに一人でって言うのも好きなんですけど、やっぱり私は八橋と演奏するのが好きですね」
「えへへ・・・・・・」
「姉妹、か。いいわねそういうの。磨弓、妹とか欲しくない?」
「個人的には姉が欲しいです」
「それは難しい相談ね・・・・・・」
 まさかの無茶ぶりに苦笑を漏らす袿姫。と、何かを思い出したようで弁々に問うた。
「ところで、また畜生界で演奏をしてくれないかしら」
「良いですけど・・・・・・またソロで?」
「いえ、今度は二人で。あの平曲も良いものだったけれど、貴女達二人の演奏もじっくり聞きたいわ」
「そう言う話なら是非。その時は袿姫さんも聞いてくださいな」
「ええ勿論。新しく楽団埴輪とか作ってみるのもアリね!」
 この人は寝ても覚めてももの作りのことばかりらしい。その様子に笑いながら、袿姫達と別れた。その帰り道、八橋が弁々に問う。
「ねえ、姉さん」
「なあに、八橋」
「姉さんあのときはいいって言ったけど、やっぱり眼だけでも見えるようになった方が良かったんじゃないかな」
「どうしたの急に」
「私思うんだ。姉さんに私の顔見て欲しいって。それだけじゃなくて、色々見せたい景色がいっぱいあるの。だから・・・・・・」
 そこまで言った所で、弁々は八橋を抱きしめていた。そのまま弁々は優しく語りかける。
「あのね八橋。見えなくても私は幸せなの。こうして貴女に触れているだけで、分かることは沢山あるんだから」
「姉さん・・・・・・」
「だからこのままで大丈夫。それに存外、目が見えなくても見えるものはあるんだから」
「え、何それ」
「内緒。さ、帰りましょ」
 そのまま弁々は八橋の手を引いて歩き出す。夕日に照らされる藤色の瞳は、きらきらと水面のように輝いているのだった。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.90名前が無い程度の能力削除
九十九姉妹の仲の良さが微笑ましい話でした。
2.100名前が無い程度の能力削除
仲良くてけなげな二人や周囲のやりとりがほほえましくて素敵です。
3.90Actadust削除
姉妹愛が伝わってきました。お互いがお互いを想い合っている関係は美しくて好きです。
4.90めそふ削除
面白かったです。
5.100南条削除
面白かったです
芯の強い弁々が素敵でした