時候も白露に移り、日中の暑さとは打って変わって日暮れの気温は随分下がる。
名前に霖の字を持つ僕が言うのもなんだけれど、鬱陶しい秋の長雨の時期だ。
とはいえ秋の彼岸を過ぎればカラッとした気候がやってくる。
いざ季節が変われば、この体にこたえる湿気も恋しくなったりするのだから不思議なものだ。
などと考えながら粗方店の片付けを終え、体を伸ばす。
―カラン、カラン
「ごめんください、誰かいます?」
丁度戸締りを終えようとしたところに客が入ってきた。
十六夜咲夜、湖辺にある洋館。そこに住む吸血鬼、レミリアお抱えのメイドである。
数少ないお得意先の一人だ。
「あぁ、すみません。今日はもう店仕舞いにするところでして」
「あら、そうなの。お菓子を探しているんだけれど」
……彼女はお得意先ではあるのだが、意図してなのかそれとも天然なのか、人の話を聞かないところがある。
そもそも香霖堂は道具屋であって決して甘味処ではない。
茶菓子を奪っていくやつらが絶えないので怪しいところではあるが。
「お嬢様が急に和菓子が食べたいって仰っるものだから作ろうとしたのだけど、生憎洋菓子のものしかなくて……。でも材料にしても既製品にしても、この時間に里に行って開いているお店なんてないでしょう?だからこちらに寄ってみたのですわ」
開いてる店がないような時間だと自覚したうえでここに来たのか……。
彼女も例外なく幻想郷の少女だ、うちに来たからには恐らくただでは帰ってくれないだろう。
しぶしぶ勘定場の棚を開けながら咲夜に応える。
「僕の茶菓子でよければ、まあ幾つか有りますが……」
「あら本当、結構バラエティが豊富なのね」
「!?」
気付けば隣で棚の中を覗いていた。
いや、彼女の能力について一応知ってはいるのだが、不意を突かれると慣れようがないし正直心臓に悪い。
ちなみに種類が多い理由は強突く張り(主に霊夢や魔理沙)が文句を言うから、というのが少し情けないところ。
「お嬢様は『どうせ買いに出るなら私に似合うものを買ってきてね』なんて仰るから丁度良かったわ」
「はあ、それはなんともまた」
以前のティーカップのときもそうだったが、彼女たちはどれだけユーモラスにお遣いをこなせるか勝負でもしているのだろうか。
「これなんかどうかしら」
咲夜が蠅帳をかけた皿に手を伸ばす。
秋の彼岸に供えるつもりで作っていたおはぎだ。
「いや、それはやめておいたほうがいいですよ」
「あら、どうして?紅くて丁度いいと思うのだけど」
それには理由がある。紅くて丁度いい、というのよりは大きな理由が。
単純に作り直すのが面倒だからなんてことは決してない。
「……おはぎというのは、季節で呼び名が変わるのはご存じですか?」
「そうね、春は牡丹の花で牡丹餅、秋は萩の花で御萩、でしたっけ」
「その通り。ただ夏と冬にも別名があって、夜舟と北窓というんですが」
「聞いたことないわね」
「勿論二つとも由来があって、おはぎって餅を搗かずに作るでしょう?だから夜船は暗闇で港に『着き知らず』って言葉遊びなんですが」
「なるほどそれで、冬の北窓っていうのは?」
「こっちのほうが重要でして、冬は北の空に『月知らず』ということで」
吸血鬼たるもの、月知らずというのは些かバツが悪いだろう。
それに小豆の紅も魔除けの意味合いがある。
吸血鬼だけに限った話じゃないが、表面に餡子がべったりついたお菓子は、少なくとも『似合う』という条件にはそぐわないだろう。
「ふぅん、じゃあこっちは?珍しそうな名前だわ」
咲夜が別の紙箱に興味を移す。
その箱の天面には『もみじ饅頭』と大きく書かれている。
紫が気まぐれに手土産として置いて行ったものだ。
馴染みがないが、外の世界では割と人気のご当地お菓子らしい。
「紅葉だったら季節にも合うし、なによりほら、紅いですし」
紅かったらなんでもいいのだろうか。
途端に難易度というか、彼女のお嬢様の気位が低く思えてきた。
「いや、紅葉もそちらのお嬢様には合わないと思いますよ」
「これも?」
流石に咲夜も訝しんでいる様子だった。
しかし勿論こちらにも理由がある。
珍しいものだから売らずに自分で食べてみたい、なんてことはない。決して。
「おそらくこの饅頭の由来になっているであろう信濃の戸隠に伝わる話で紅葉伝説というのがありまして、その内容が山に棲む鬼女が武士に討ち取られるという話なんですよ」
伝説や童話を基にした菓子や料理は少なくない。
少し物騒だが包装が真っ赤なのも首を取った伝説を意識しているのだろう。
種族に鬼の字が入っているレミリアにとってあまり縁起のいい逸話ではないはずだ。
「広島って書いてあるけれど」
「……今の外の世界は多少の距離なら時間をかけずに運べるそうなので、単に作りやすいところで作ってるんじゃないでしょうか」
霊夢や魔理沙と違って、流石に目ざとい。
まあ、いいわ。と再び棚の中に目を移す。
「あら、丁度いいのがあるじゃない」
そう言って彼女が取り出したのは、何の変哲もないどら焼きだった。
先程の月知らずの話で丸い月を連想したのだろう。
「そうですね、これといって縁起の悪い話も思い当たらないし、なにより満月のようで縁起がいい」
「満月?ああなるほど、言われてみればそうですわね」
……どうも見当が違ったようだ。
「いえ、名前が丁度いいと思って。さて、じゃあ三つ頂けます?」
レミリアと、その妹君と、館を間借りしている友人の分だそうだ。
流石に手持ちの茶菓子でお代を取るのも気が引けたが、そのあたりは流石メイドというか彼女のほうが譲らずしっかり支払ってくれた。
それでは、と彼女が去り今度こそしっかり戸締りをしたあとも、妙に彼女の言葉が引っかかっていた。
確かにあのどら焼きの包装は彼女が拘っていた紅でもなかったし、円形を月とするのも短絡的かもしれない。
だがそれにしても、名前が丁度いいとはいったいどういうことだろうか。
レミリア、吸血鬼、ヴァンパイア……。
そこまで考えて僕は、あんまりにもあんまりな符合に辿り着いてしまった。
「……『ドラ』焼きだからか?」
感じた肌寒さは、恐らく気候だけのせいではないだろう。
名前に霖の字を持つ僕が言うのもなんだけれど、鬱陶しい秋の長雨の時期だ。
とはいえ秋の彼岸を過ぎればカラッとした気候がやってくる。
いざ季節が変われば、この体にこたえる湿気も恋しくなったりするのだから不思議なものだ。
などと考えながら粗方店の片付けを終え、体を伸ばす。
―カラン、カラン
「ごめんください、誰かいます?」
丁度戸締りを終えようとしたところに客が入ってきた。
十六夜咲夜、湖辺にある洋館。そこに住む吸血鬼、レミリアお抱えのメイドである。
数少ないお得意先の一人だ。
「あぁ、すみません。今日はもう店仕舞いにするところでして」
「あら、そうなの。お菓子を探しているんだけれど」
……彼女はお得意先ではあるのだが、意図してなのかそれとも天然なのか、人の話を聞かないところがある。
そもそも香霖堂は道具屋であって決して甘味処ではない。
茶菓子を奪っていくやつらが絶えないので怪しいところではあるが。
「お嬢様が急に和菓子が食べたいって仰っるものだから作ろうとしたのだけど、生憎洋菓子のものしかなくて……。でも材料にしても既製品にしても、この時間に里に行って開いているお店なんてないでしょう?だからこちらに寄ってみたのですわ」
開いてる店がないような時間だと自覚したうえでここに来たのか……。
彼女も例外なく幻想郷の少女だ、うちに来たからには恐らくただでは帰ってくれないだろう。
しぶしぶ勘定場の棚を開けながら咲夜に応える。
「僕の茶菓子でよければ、まあ幾つか有りますが……」
「あら本当、結構バラエティが豊富なのね」
「!?」
気付けば隣で棚の中を覗いていた。
いや、彼女の能力について一応知ってはいるのだが、不意を突かれると慣れようがないし正直心臓に悪い。
ちなみに種類が多い理由は強突く張り(主に霊夢や魔理沙)が文句を言うから、というのが少し情けないところ。
「お嬢様は『どうせ買いに出るなら私に似合うものを買ってきてね』なんて仰るから丁度良かったわ」
「はあ、それはなんともまた」
以前のティーカップのときもそうだったが、彼女たちはどれだけユーモラスにお遣いをこなせるか勝負でもしているのだろうか。
「これなんかどうかしら」
咲夜が蠅帳をかけた皿に手を伸ばす。
秋の彼岸に供えるつもりで作っていたおはぎだ。
「いや、それはやめておいたほうがいいですよ」
「あら、どうして?紅くて丁度いいと思うのだけど」
それには理由がある。紅くて丁度いい、というのよりは大きな理由が。
単純に作り直すのが面倒だからなんてことは決してない。
「……おはぎというのは、季節で呼び名が変わるのはご存じですか?」
「そうね、春は牡丹の花で牡丹餅、秋は萩の花で御萩、でしたっけ」
「その通り。ただ夏と冬にも別名があって、夜舟と北窓というんですが」
「聞いたことないわね」
「勿論二つとも由来があって、おはぎって餅を搗かずに作るでしょう?だから夜船は暗闇で港に『着き知らず』って言葉遊びなんですが」
「なるほどそれで、冬の北窓っていうのは?」
「こっちのほうが重要でして、冬は北の空に『月知らず』ということで」
吸血鬼たるもの、月知らずというのは些かバツが悪いだろう。
それに小豆の紅も魔除けの意味合いがある。
吸血鬼だけに限った話じゃないが、表面に餡子がべったりついたお菓子は、少なくとも『似合う』という条件にはそぐわないだろう。
「ふぅん、じゃあこっちは?珍しそうな名前だわ」
咲夜が別の紙箱に興味を移す。
その箱の天面には『もみじ饅頭』と大きく書かれている。
紫が気まぐれに手土産として置いて行ったものだ。
馴染みがないが、外の世界では割と人気のご当地お菓子らしい。
「紅葉だったら季節にも合うし、なによりほら、紅いですし」
紅かったらなんでもいいのだろうか。
途端に難易度というか、彼女のお嬢様の気位が低く思えてきた。
「いや、紅葉もそちらのお嬢様には合わないと思いますよ」
「これも?」
流石に咲夜も訝しんでいる様子だった。
しかし勿論こちらにも理由がある。
珍しいものだから売らずに自分で食べてみたい、なんてことはない。決して。
「おそらくこの饅頭の由来になっているであろう信濃の戸隠に伝わる話で紅葉伝説というのがありまして、その内容が山に棲む鬼女が武士に討ち取られるという話なんですよ」
伝説や童話を基にした菓子や料理は少なくない。
少し物騒だが包装が真っ赤なのも首を取った伝説を意識しているのだろう。
種族に鬼の字が入っているレミリアにとってあまり縁起のいい逸話ではないはずだ。
「広島って書いてあるけれど」
「……今の外の世界は多少の距離なら時間をかけずに運べるそうなので、単に作りやすいところで作ってるんじゃないでしょうか」
霊夢や魔理沙と違って、流石に目ざとい。
まあ、いいわ。と再び棚の中に目を移す。
「あら、丁度いいのがあるじゃない」
そう言って彼女が取り出したのは、何の変哲もないどら焼きだった。
先程の月知らずの話で丸い月を連想したのだろう。
「そうですね、これといって縁起の悪い話も思い当たらないし、なにより満月のようで縁起がいい」
「満月?ああなるほど、言われてみればそうですわね」
……どうも見当が違ったようだ。
「いえ、名前が丁度いいと思って。さて、じゃあ三つ頂けます?」
レミリアと、その妹君と、館を間借りしている友人の分だそうだ。
流石に手持ちの茶菓子でお代を取るのも気が引けたが、そのあたりは流石メイドというか彼女のほうが譲らずしっかり支払ってくれた。
それでは、と彼女が去り今度こそしっかり戸締りをしたあとも、妙に彼女の言葉が引っかかっていた。
確かにあのどら焼きの包装は彼女が拘っていた紅でもなかったし、円形を月とするのも短絡的かもしれない。
だがそれにしても、名前が丁度いいとはいったいどういうことだろうか。
レミリア、吸血鬼、ヴァンパイア……。
そこまで考えて僕は、あんまりにもあんまりな符合に辿り着いてしまった。
「……『ドラ』焼きだからか?」
感じた肌寒さは、恐らく気候だけのせいではないだろう。
発想好き
笑っちゃったので負けです
霖之助適当なことばかり言いやがってと思いましたが咲夜さんの方が適当でした
くだらないというかちょっとかかってるだけのお前それでいいのか感よかったです。