「文ってペット飼ってるのかなぁ」
夕食を作る文の背中をボーっと見ていたら不意に思った。
ので呟いた。
ただの戯言だった。
けれども文は怪訝な顔で振り向いた。
「はぁ?」
げ、聞こえてた。
「いきなり何の話よ」
振り返った彼女の両手には二皿の冷やし中華が乗せられていた。
ああ、作り終わったのね。
「いやさ、思ったの。文はさ、だらしない私のためにこうやって家に来て、料理作ってくれるじゃん?」
我が家の中で口に入れることが出来るものは革の靴だけ。
私の家は有機生命体とはかけ離れた位置にある。
「ちょくちょく私の様子見に来てくれるし」
文が来ると日付が変わったんだなって気付く。
便利。
「すごーい面倒見がいいから、最初はお姉さんなのかなって思ったの」
ずるずる。
文は既に麵を啜っていた。
えー。頂きますって言わなきゃダメじゃん。
しょうがないなぁ。
「頂きます。それと、頂きます」
よし、文の分まで言った。これでだいじょーぶ。
食べましょう、食べましょう。
おー、ハムだ。お肉を食べるのはいつぶりだったかな。
「それで?」
ああ、そうだった。話が途中だったね。
ええっと、ああそうお姉さん。
文がお姉さんって話。
お姉さんって年下の面倒を見るのに慣れてるって言うじゃん?
だから文は私の世話を焼いてくれるのかなって思ったんだけど。
「でもさ、文はお姉さんなのかなって聞いたら、“君は大丈夫か?”って言われちゃったから違うんだなって思ったの」
「それ言ったの誰?」
「椛」
「そ」
“あの人が他人の世話を焼いているところなんて見たことないよ”とは椛の談。
面倒見がいいわけじゃあないのか。
じゃあ、お姉さんじゃない。
なら何で私の世話を焼くのかな?
「それで次は、私を食べようとしてるのかなって思ったの」
家畜を育てて、さばく人。
私を太らせて食べるためって言うなら納得できるかも。
「なら、私が文の料理を食べなかったら怒るかなって思ってね。食べないようにしてみたの」
太らせるために餌を与えてるなら、餌を拒めば怒るだろう。
無理矢理にでも食べさせてくるかな。
そう思ったけど文は作る量を減らして、お粥とかお雑炊とか食べやすいものを作ってくれた。
ああいうのって水分が多くて栄養があまり無いって聞いたから、太らせようとしてるわけじゃないみたい。
「じゃあ、私を食べるのもやっぱり違うかってなってね」
「麵、伸びるよ」
「あ、ごめん」
私は麵を啜るのが上手ではないので、噛み入れるように少しずつ口に運ぶ。
はむはむ。
程よい噛み応え。
麵の湯で加減が上手だ。
前に私がやった時は粘土みたいになった。
水から茹でてはいけないと後で文に教えてもらった。
「美味しいね」
「そ」
味付けも強すぎない。
私は濃い味付けが苦手だから、文の料理は食べやすい。
露店で拉麺を食べた時は刺激が強すぎて吐いた。ごめんなさい。
「それで?」
「うん。で、面倒見がいいでもない、私を食べるでもない。次にあるとしたら何かなって考えて、お金かなってなってね」
新聞コンクールで何度か賞を取ってると、賞金が幾らか懐に飛び込んでくる。
欲しいものなんて特にないし、放っておいたからそれなりの額が溜まっていた。
携帯見てたら、押し込み強盗にご注意くださいってメールが来たからね、それかなって思ったのね。
「じゃあ、お金出しとくかって賞金を居間に放り出して、寝たの」
結構多かったから、運ぶのに疲れてぐっすり寝てしまった。
日頃の運動不足が祟った。
起きたら居間のお金が無くなってて、寝室に金庫が出来ていた。
金庫の中に賞金が全部整理されて入ってた。
「だからお金も違うかなってなったの」
一銭も減ってなかったから、ちょっと悲しかった。
せめて金庫のお代は払いたいなぁ。
ちらりと前を見ると文は残ったキュウリをつまんでいた。
文って食べ方が綺麗。
食事って本能的な行為だと思うんだけど、文が食べ物を口に入れる様は品がある。
一緒に食べると綺麗な光景が見れてお得です。
「それで?」
「あ、ええっと、そう。慈悲でもないし、食料も違うし、お金も間違い。そうなるともう全然分かんないじゃん?」
「ふーん」
「で、分かんないから椛の尻尾をもふもふして、椛の耳をこねこねしながら考えてたの」
「は?」
文が険しい声を出した。
え。何。
何か悪いことをしてしまったのでしょうか……?
文は優しいけど、怒った時はすごく怖いから勘弁して欲しいです。
怒られてからはちゃんと服着て寝てるよ!
びくびく。
祈りながら視線を上げたら、文は机に肘をついてこちらを睨んでいた。
「なんでしょう…」
「で?」
「えっと」
「で?次は?」
圧がすごい。
私はプレッシャーに弱すぎて、プレゼン形式のコンクールではもれなくゲロを吐く。
今回も酸っぱいものがのどに上がってくる感じがしました。
「う、うん。それで、尻尾をもふもふしてたらこれじゃんって思ったの」
手慰みでいじってしまう。
ついつい構い倒したくなる。
ペットがいるとこういう癖つくじゃん?
事実として私は椛の尻尾も髪も耳もいっぱいいじってるわけだし。
なら文がついつい私の世話をしてしまうのも、ペットがいるからじゃない?
ペットの世話をしてたら世話焼きが癖になった、とかさ。
「だから私は、文がペットを飼っていると推理したわけです」
どや。
ちょっと振り返って考えてみたけど、中々の名推理ではないでしょうか。
もしかして、私ってすごい頭いい?
「ね、どう?当たってる?当たってるんじゃない?」
当たってるなら是非とも私に見せて欲しい。
出来たら猫がいいな。触る機会ないし。
犬は間に合ってます。
「はぁ」
文は呆れ顔でため息をついた。
あれ?違う?
「あのね、私が慈悲とか、食人癖とか、金とか、そんなものの為に好きでもない奴の世話を焼くと思ってんの?」
「…?」
それは違うと確認した。
だからペットを飼っていると推理したのです。
何か間違ってた?
「えーっと、飼ってないの?」
「…」
そういう話じゃないの?
文は苦虫を嚙み潰したように眉をしかめていたが、しばらくしてため息をついた。
「はぁ。もういいわ」
「え、え?なに?飼ってるの?飼ってるんじゃないの?」
文が食べ終わったお皿を下げようとするので、腰に張り付いた。
蹴られた。
いたぁい。
「…飼ってるよ。図体がでかい癖にぐうたらで、物臭で、察しが悪い馬鹿を一匹」
おお!
「ほら!やっぱり!見たい!見せて!」
おっきいって事は犬かな。
犬もいいよね!
写真撮りたい!もふもふしたい!
「絶対見せない」
「…酷いよ、文。なんでそうなこと言うの」
意地悪!ケチ!ゴシップ!
黒髪光ってる!
翼綺麗!
可愛い!
…くそう。悪口くらい言わせろよぉ。
泣き崩れる私を見て、文が口を尖らせた。
「気づいた時の顔が見たいのよ」
夕食を作る文の背中をボーっと見ていたら不意に思った。
ので呟いた。
ただの戯言だった。
けれども文は怪訝な顔で振り向いた。
「はぁ?」
げ、聞こえてた。
「いきなり何の話よ」
振り返った彼女の両手には二皿の冷やし中華が乗せられていた。
ああ、作り終わったのね。
「いやさ、思ったの。文はさ、だらしない私のためにこうやって家に来て、料理作ってくれるじゃん?」
我が家の中で口に入れることが出来るものは革の靴だけ。
私の家は有機生命体とはかけ離れた位置にある。
「ちょくちょく私の様子見に来てくれるし」
文が来ると日付が変わったんだなって気付く。
便利。
「すごーい面倒見がいいから、最初はお姉さんなのかなって思ったの」
ずるずる。
文は既に麵を啜っていた。
えー。頂きますって言わなきゃダメじゃん。
しょうがないなぁ。
「頂きます。それと、頂きます」
よし、文の分まで言った。これでだいじょーぶ。
食べましょう、食べましょう。
おー、ハムだ。お肉を食べるのはいつぶりだったかな。
「それで?」
ああ、そうだった。話が途中だったね。
ええっと、ああそうお姉さん。
文がお姉さんって話。
お姉さんって年下の面倒を見るのに慣れてるって言うじゃん?
だから文は私の世話を焼いてくれるのかなって思ったんだけど。
「でもさ、文はお姉さんなのかなって聞いたら、“君は大丈夫か?”って言われちゃったから違うんだなって思ったの」
「それ言ったの誰?」
「椛」
「そ」
“あの人が他人の世話を焼いているところなんて見たことないよ”とは椛の談。
面倒見がいいわけじゃあないのか。
じゃあ、お姉さんじゃない。
なら何で私の世話を焼くのかな?
「それで次は、私を食べようとしてるのかなって思ったの」
家畜を育てて、さばく人。
私を太らせて食べるためって言うなら納得できるかも。
「なら、私が文の料理を食べなかったら怒るかなって思ってね。食べないようにしてみたの」
太らせるために餌を与えてるなら、餌を拒めば怒るだろう。
無理矢理にでも食べさせてくるかな。
そう思ったけど文は作る量を減らして、お粥とかお雑炊とか食べやすいものを作ってくれた。
ああいうのって水分が多くて栄養があまり無いって聞いたから、太らせようとしてるわけじゃないみたい。
「じゃあ、私を食べるのもやっぱり違うかってなってね」
「麵、伸びるよ」
「あ、ごめん」
私は麵を啜るのが上手ではないので、噛み入れるように少しずつ口に運ぶ。
はむはむ。
程よい噛み応え。
麵の湯で加減が上手だ。
前に私がやった時は粘土みたいになった。
水から茹でてはいけないと後で文に教えてもらった。
「美味しいね」
「そ」
味付けも強すぎない。
私は濃い味付けが苦手だから、文の料理は食べやすい。
露店で拉麺を食べた時は刺激が強すぎて吐いた。ごめんなさい。
「それで?」
「うん。で、面倒見がいいでもない、私を食べるでもない。次にあるとしたら何かなって考えて、お金かなってなってね」
新聞コンクールで何度か賞を取ってると、賞金が幾らか懐に飛び込んでくる。
欲しいものなんて特にないし、放っておいたからそれなりの額が溜まっていた。
携帯見てたら、押し込み強盗にご注意くださいってメールが来たからね、それかなって思ったのね。
「じゃあ、お金出しとくかって賞金を居間に放り出して、寝たの」
結構多かったから、運ぶのに疲れてぐっすり寝てしまった。
日頃の運動不足が祟った。
起きたら居間のお金が無くなってて、寝室に金庫が出来ていた。
金庫の中に賞金が全部整理されて入ってた。
「だからお金も違うかなってなったの」
一銭も減ってなかったから、ちょっと悲しかった。
せめて金庫のお代は払いたいなぁ。
ちらりと前を見ると文は残ったキュウリをつまんでいた。
文って食べ方が綺麗。
食事って本能的な行為だと思うんだけど、文が食べ物を口に入れる様は品がある。
一緒に食べると綺麗な光景が見れてお得です。
「それで?」
「あ、ええっと、そう。慈悲でもないし、食料も違うし、お金も間違い。そうなるともう全然分かんないじゃん?」
「ふーん」
「で、分かんないから椛の尻尾をもふもふして、椛の耳をこねこねしながら考えてたの」
「は?」
文が険しい声を出した。
え。何。
何か悪いことをしてしまったのでしょうか……?
文は優しいけど、怒った時はすごく怖いから勘弁して欲しいです。
怒られてからはちゃんと服着て寝てるよ!
びくびく。
祈りながら視線を上げたら、文は机に肘をついてこちらを睨んでいた。
「なんでしょう…」
「で?」
「えっと」
「で?次は?」
圧がすごい。
私はプレッシャーに弱すぎて、プレゼン形式のコンクールではもれなくゲロを吐く。
今回も酸っぱいものがのどに上がってくる感じがしました。
「う、うん。それで、尻尾をもふもふしてたらこれじゃんって思ったの」
手慰みでいじってしまう。
ついつい構い倒したくなる。
ペットがいるとこういう癖つくじゃん?
事実として私は椛の尻尾も髪も耳もいっぱいいじってるわけだし。
なら文がついつい私の世話をしてしまうのも、ペットがいるからじゃない?
ペットの世話をしてたら世話焼きが癖になった、とかさ。
「だから私は、文がペットを飼っていると推理したわけです」
どや。
ちょっと振り返って考えてみたけど、中々の名推理ではないでしょうか。
もしかして、私ってすごい頭いい?
「ね、どう?当たってる?当たってるんじゃない?」
当たってるなら是非とも私に見せて欲しい。
出来たら猫がいいな。触る機会ないし。
犬は間に合ってます。
「はぁ」
文は呆れ顔でため息をついた。
あれ?違う?
「あのね、私が慈悲とか、食人癖とか、金とか、そんなものの為に好きでもない奴の世話を焼くと思ってんの?」
「…?」
それは違うと確認した。
だからペットを飼っていると推理したのです。
何か間違ってた?
「えーっと、飼ってないの?」
「…」
そういう話じゃないの?
文は苦虫を嚙み潰したように眉をしかめていたが、しばらくしてため息をついた。
「はぁ。もういいわ」
「え、え?なに?飼ってるの?飼ってるんじゃないの?」
文が食べ終わったお皿を下げようとするので、腰に張り付いた。
蹴られた。
いたぁい。
「…飼ってるよ。図体がでかい癖にぐうたらで、物臭で、察しが悪い馬鹿を一匹」
おお!
「ほら!やっぱり!見たい!見せて!」
おっきいって事は犬かな。
犬もいいよね!
写真撮りたい!もふもふしたい!
「絶対見せない」
「…酷いよ、文。なんでそうなこと言うの」
意地悪!ケチ!ゴシップ!
黒髪光ってる!
翼綺麗!
可愛い!
…くそう。悪口くらい言わせろよぉ。
泣き崩れる私を見て、文が口を尖らせた。
「気づいた時の顔が見たいのよ」
碌でもなくて好き。良かったです。