「ラルバ、いなくなっちゃうなんてイヤだよ!」
必死な声でそう呼びかけながら、チルノは手を伸ばして飛び起きていました。
「あ、れ……夢?」
縋りつくように引き止めるように伸ばした右手。握ったハズの友だちの手はまるで霞のようで、虚しく空を掴んだだけ。
でもそれは夢だったからというだけではありません。夢の中では、今まさに大事な友だちが消えていこうとしていたのです。
「そっか、夢か……」
心の底からほっとひと息。チルノの身体は暑さの盛りが過ぎた時季の朝だというのに汗でびっしょりです。
開け放った窓からそよぎこんでくるのは、ひんやりとした冷たい風。つい何日か前までは空気がじっとりとしていたのに、季節はいつの間にかチルノの好きな時季へと移っていたようです。
「夏が、終わる……」
それは、いつもなら彼女にとって望ましいハズのこと。でもチルノが口にしたひと言は、夢の中でラルバが儚げにつぶやいたものと同じ。眠りの世界の中で、大事な友だちはそう言って、霧のように消えていってしまったのです。
そんなの、ただの夢だ。ラルバが消えるなんて、そんなことあるわけないじゃないか。
そうはわかっているのですが、どうにも胸がモヤついてしまいます。
もし、今のが予知夢かなにかだったとしたら?
もし何かの間違いで、寒さに弱いラルバが危険なくらいに弱ってしまっていたら……?
いつもならそんなこと考えもしないのに、なぜだか今日だけは妙に気になってしまいます。
「ラルバ……そんなの許さないぞ!
勝手に消えちゃうなんて、そんなの認めないからな!」
そうなるともうじっとしてなんていられません。
氷の少女は好き放題に跳ねる髪もそのままに、とりあえず服の乱れだけを取り繕いながら外へ飛び出していくのでした。
そんな彼女の頭に、なにかを忘れているような感覚が引っかかっていましたが、今はそんなことを気にしている場合ではありませんでした。
[newpage]
「ラルバ、ラルバっ
どこにいるんだよ、いないならいないって言えー!」
そしてやってきたのは森の中。真っ直ぐにここへ飛んできたチルノは、アゲハの少女が住み家にしているほら穴の中を覗き込んでいます。
けれど、呼びかける声に返事はありません。穴の奥の壁にはラルバの集めた夏っぽいもの…… 浮き輪やビーチボール、ヒマワリやアサガオのドライフラワー、そして彼女の好物である夏みかんが置かれています。けれど肝心の本人の姿を見ることはできません。
「かくれんぼしてる、なんてわけないし……」
これがほかの小さい妖精なら、よくわからない遊びをすることもあるでしょう。でも相手は妖精の中でも常識的な性格のラルバです。いくらなんでもひとりかくれんぼ、なんて遊びをするとは思えません。
たぶんきっと、どこかに出掛けているだけ。夏は過ぎ去ってしまいましたし、その余韻が完全に消えてしまう前に夏っぽいものの名残を探しに行ったのかもしれません。
「ってことは、ヒマワリ畑かなぁ」
ひとまず、ここにいても仕方ないのは確かです。
それなら長居は無用と言うもの。チルノは何も気にしないようにして、さっさと次の目的地へと向かうことにするのでした。
そう、なにもかもみんな気のせい。
数日前まであんなに元気いっぱいだったセミの声がしないのも、それにとって代わってコオロギやスズムシの歌声ばかりなのも、みんなみんなただの気のせいなんだ……
そう自分に言い聞かせながら、少女は心を焦らせつつ森を飛び出していくのでした。
ところが……
「ひ、ヒマワリが、ない……!」
辿り着いたその場所で、チルノは思わずその場に立ち尽くしてしまいました。
「そんな、だってあんなにいっぱい咲いて……」
まるで、小さな太陽がいくつも並んでいるかのようだった大小様々な金色の花たち。陽の差すほうを見上げ、ときどきこちらを向いたりしていた夏の象徴たちは、ほとんど姿を消してしまっていたのです。
僅かに残っているものがあったとしても、みな黒くしおれて力なくうなだれているばかり。輝くようだった容姿はもう影も形も残っていません。
「あれ、チルノだ。どうしたのー?」
そこへ小さな妖精たちがひょこひょこと顔を出してきます。彼女たちはここに住んでいたり集まってきたりする花の妖精たちのようですが…… チルノの探す太陽の花を手にする者は見られません。
集まってくるのは、青色の濃い五角形だったり、真っ赤な色をした細い指を上向きに広げているようだったり、薄ピンクや薄紫をした小さいものといったような花たちばかり。輝くような大輪の金色や、瑞々しい青色のラッパ型といった夏っぽい花を持つ者は誰ひとりとしていないのです。
「ヒマワリ……ヒマワリはどこ!?
あんなにいっぱいあったのに、どこいったのさ!」
ウソだとばかりに叫ぶチルノ。
「ヒマワリー?」
それを囲んで不思議そうな顔をする妖精たち。
怪訝そうに目を見合わせる様子が、彼女たちの思っていることをありありと示しています。
「……なんでもない。
あたい、もう行くから」
そう、ヒマワリの季節はとっくに終わっているのです。そんなこと、よく考えればわかるハズのことでした。
「いいのー? そんなにヒマワリ欲しいなら、幽香さんにお願いしてみるけどー」
「いい。大丈夫だから……」
大丈夫。ガッカリなんてしていない。
気持ちが沈んでいる気がするのは、きっと簡単なことに気付けなかったのが情けないからだ……
うつむきたくなるのをどうにか我慢して空を見上げるチルノ。
ほかにどこがあるだろう。夏っぽいものがありそうなところ、ラルバが遊びに行きそうなところ。心当たりを思い出そうとしていきます。
「次、は……」
小さな妖精たちへの返事もそこそこに、空へと浮かび上がっていくチルノ。
彼女の頭上では、魚のウロコのような形をした雲が一面に広がっていたのでした。
[newpage]
「ラルバを見なかったかって?
ルナ、スター、なにか知ってる?」
しばらくの時間がすぎてから。ほうぼうを探し回ってきたチルノは、途中で手伝いに加わってくれた妖精少女とともに、神社裏にそびえるミズナラの元を訪ねていました。
「うーん、ちょっと憶えないわね」
「サニーが見てないなら私たちだって知らないわよ」
いつも元気いっぱいなチルノでさえも、疲れを顔いっぱいに見せるくらいになるまで飛び回って。そしてダメ元とばかりに取りすがってみた光の妖精たち。
ですがその頼みの綱も、期待には応えてくれませんでした。部屋にススキの穂やらお酒やらを用意してなにかの宴会の準備をしているらしいミズナラの住人たち。彼女たちは顔を見合わせて、一様に首を横に振るばかりだったのです。
「………」
言葉も出せず、呆然とするチルノ。
「チルノちゃん、大丈夫?」
その横では、手伝いに加わってくれた若草色の髪をした妖精少女が心配そうに顔を覗き込んでいます。
「大ちゃん、チルノってばどうしたの?」
「うん、なんだかラルバちゃんを探してるみたいなの。
でもあちこち行っても見つからなくて、もしかしたらサニーちゃんたちのところに来てるんじゃないかなって」
そんなだから当然、サニーたちも尋常でない様子に疑問を抱いたようでした。
ただ事ではないなにかが起きてるんじゃないかと、三人は空気をざわつかせます。
「あちこちって……なにかあったの?」
「深刻そうな顔だし、かくれんぼってわけじゃないみたいね」
「あ……大丈夫。たくさん飛び回ってきてちょっと疲れちゃってるだけだから。
だから心配しなくても平気だよ。ルナちゃん、スターちゃん、ありがとうね」
そんな三人に、チルノに代わって言いつくろっていく大妖精。
夢で見たことが気になって、という事情を話すと呆れられるのが目に見えていたので、それを避けるために言葉を濁していったのです。
「ふーん…… チルノ、本当に大丈夫なんだよね?」
「……うん」
それが信じてもらえたのかはわかりません。
でも、あちこち探し回って疲労も限界なのは確かなこと。何事かがあったのか、それともただ疲れているだけなのか、チルノの様子からだけではどちらとも判断がつきません。
だから三人は、大妖精の言葉にひとまず納得したような頷きを見せていくのでした。
「……チルノちゃん、もう行こう? もしかしたら、チルノちゃんの家に遊びにきてるかもしれないよ」
「そう、かなぁ……」
「ほら、お話の中でもあったじゃない。王子様を探して歩いてたけど、すれ違い続きで最初のところに戻ったところでやっと会えました……っていうの。それと同じだよ、きっと」
ミズナラの樹を後にして、トボトボと歩いていくふたり。口をへの字にしてなにかを我慢しているような氷の少女に、若草色の少女が穏やかな調子で語りかけていきます。
すれ違い続き…… たしかにそういうこともあるかもしれない。
でも、ここまで探して見つからなかったのに?
チルノはそう言いたくなるのをギリギリのところで飲み込んでいきました。
でもそう思ってしまうのも仕方ないでしょう。あれからいつもの遊び場である湖へ行って、花屋やお菓子のお店がある人里へ行って、そしてピースの住む神社を訪ねたりしてみました。ところがその全てがハズレ。ラルバの手がかりは見つけられませんでした。
数日前まで賑やかに水遊びをしていた妖精たちの姿もなく、かき氷屋さんも店をたたみ、軒先に出されていた日よけの葦簀も片付けられた、夏の気配が完全に過ぎ去った世界。それはチルノの不安をますます大きくさせるばかり。
「ねえ、大ちゃん……」
もしかしたら、本当にラルバは消えてしまったんじゃないか。
そんなこと絶対にありえないハズだけど…… でもあんな夢を見るくらいだし、もしもということがありえてしまうかもしれない。あの夢は、ラルバからの最後のメッセージだったのかもしれない……!
「ダメだよ、チルノちゃん」
そんな不安をぶちまけようとする少女の唇を、細い人差し指が止め塞いでいきました。
迷い揺れる目を見つめる、穏やかながらも真っ直ぐな瞳。それを見ていると、不安でいっぱいだった気持ちも少しづつ落ち着いてくるようです。
そうして目を合わせながら呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ。
「そう、だね…… 帰ってみよう、あたいの家に」
だいぶ頭が冷えてきたチルノは、しっかりとした眼差しに戻ってそう呟いていくのでした。
トンボが直線的に動いたり止まったりを繰り返す、樹々たちが立ち並ぶ中。チルノは大妖精からやや遅れて宙へと飛び上がっていきます。
「………」
それでも、どうしても心の奥の引っ掛かりは完全に拭い去れません。さっきまでみたいな足のフワつくような気持ちは少しマシになったものの、それでもどうしても胸は苦しい鼓動を打ってしまいます。
「チルノちゃん」
「ん……」
そんな彼女を振り返り、手を差し伸べてくれる若草色の少女。
温かいその手をしっかりと握りながら、氷の少女は引かれていくように慣れた帰り道を飛んでいくのでした。
そしてやがて、今朝以来の我が家に着いていると。
「あっ、チルノってば遅いよー! 約束してたのにどこ行ってたの?」
そこでは散々探していたアゲハの少女が、頬を膨らませ気味にして待っていました。
「ラルバ……!」
「ラルバちゃん……!
ふふっ、本当にお話と同じになっちゃったね」
あれだけ探したのに、あんなに必死に探したのに、こんなところにいるなんて……
しかもラルバの口ぶりは、もともとここに来ることになっていたかのよう。つまりこれまでのことは、ひとりで勝手に騒ぎ出して駆けずり回っていただけだったということになるのです。
「……? あの、どうかしたの?」
「んーん、なんでもないよ。ねっ、チルノちゃん」
「………」
自分がしてきたことはなんだったのか。そんな思いからポカンとするばかりのチルノ。そうして呆然としながら、約束なんてしていたっけと考えてみるのですが…… どうにも思い出すことができません。
でも、そんな話をしてたようなしてなかったような……
「ところでラルバちゃん、約束ってどういう話だったの?」
そんな様子を横目に、安心したように笑いをこぼしつつチルノに代わってさりげなく尋ねていく大妖精。
「約束って言うほどじゃないけどね。
今日は満月だし、お月見しようって話してたんだ。
憶えてないっぽいけど、お団子食べたいってチルノが騒いでたんだよね」
にこやかに笑いながら、しっかりチルノの忘れっぽさをつついていくラルバ。
「お月見……お団子……
でも、さっき里に行ったときはみんな見てないって……」
「ああ、それでだったんだ。
お団子屋さんからチルノが探してたって聞いたから、なんだろうと思ったら……」
そう。本当になにもかもがチルノのひとり騒ぎだったようでした。
でも仕方がありません。ラルバがいなくなってしまうだなんて、そんな夢を見てしまったんですから。世界から夏が完全に過ぎ去ってしまったのですから、ラルバが本当に消えてしまうかもしれないと不安になってしまうのも無理のないことなのです。たぶん、きっと。
「うぅぅ……っ ばかっ! ラルバのばか!
ちゃんとあたいのわかるところにいてくれなきゃダメじゃないか!
ラルバも大ちゃんも、会いたいって思ったときはいてくれなきゃダメなんだから!!」
だから、それもこれもラルバのせいなのです。誰がなんと言おうとも、無茶苦茶だと思われたとしても、ラルバがいけなかったわけなのです。そうに決まってるのです。
「あぁ…… よくわかんないけど、そういうことにしとけばいいのかな」
「そういうことにしておいて。後で事情は教えてあげるから……」
少し困ったように大妖精へ目を向けて。しばらく視線を交わし合ってから諦めたようにラルバが頷いて。そして彼女はカバンの中からお団子や柿といった果物を取り出していきます。
お月見のお供や秋の果物を手にした、ミノムシみたいに厚着をしたアゲハの少女。夏が好きな彼女のその姿は少し寒々しそうではありますが、秋は秋で楽しもうとしているかのようです。
「ラルバ……」
差し出されるお団子を受け取る代わりに、大事な友だちの手をしっかりと掴んでくチルノ。それから、傍らにたたずむ大妖精の手もしっかりと握っていって、氷の少女はふたりの顔をまっすぐに見つめてきます。
今朝の夢の中では、霞を掴むばかりだったその手。けれど今は、温かな感触をたしかに感じることができたのでした。
「ラルバ、大ちゃん。いなくなっちゃうなんて、イヤだよ?」
必死な声でそう呼びかけながら、チルノは手を伸ばして飛び起きていました。
「あ、れ……夢?」
縋りつくように引き止めるように伸ばした右手。握ったハズの友だちの手はまるで霞のようで、虚しく空を掴んだだけ。
でもそれは夢だったからというだけではありません。夢の中では、今まさに大事な友だちが消えていこうとしていたのです。
「そっか、夢か……」
心の底からほっとひと息。チルノの身体は暑さの盛りが過ぎた時季の朝だというのに汗でびっしょりです。
開け放った窓からそよぎこんでくるのは、ひんやりとした冷たい風。つい何日か前までは空気がじっとりとしていたのに、季節はいつの間にかチルノの好きな時季へと移っていたようです。
「夏が、終わる……」
それは、いつもなら彼女にとって望ましいハズのこと。でもチルノが口にしたひと言は、夢の中でラルバが儚げにつぶやいたものと同じ。眠りの世界の中で、大事な友だちはそう言って、霧のように消えていってしまったのです。
そんなの、ただの夢だ。ラルバが消えるなんて、そんなことあるわけないじゃないか。
そうはわかっているのですが、どうにも胸がモヤついてしまいます。
もし、今のが予知夢かなにかだったとしたら?
もし何かの間違いで、寒さに弱いラルバが危険なくらいに弱ってしまっていたら……?
いつもならそんなこと考えもしないのに、なぜだか今日だけは妙に気になってしまいます。
「ラルバ……そんなの許さないぞ!
勝手に消えちゃうなんて、そんなの認めないからな!」
そうなるともうじっとしてなんていられません。
氷の少女は好き放題に跳ねる髪もそのままに、とりあえず服の乱れだけを取り繕いながら外へ飛び出していくのでした。
そんな彼女の頭に、なにかを忘れているような感覚が引っかかっていましたが、今はそんなことを気にしている場合ではありませんでした。
[newpage]
「ラルバ、ラルバっ
どこにいるんだよ、いないならいないって言えー!」
そしてやってきたのは森の中。真っ直ぐにここへ飛んできたチルノは、アゲハの少女が住み家にしているほら穴の中を覗き込んでいます。
けれど、呼びかける声に返事はありません。穴の奥の壁にはラルバの集めた夏っぽいもの…… 浮き輪やビーチボール、ヒマワリやアサガオのドライフラワー、そして彼女の好物である夏みかんが置かれています。けれど肝心の本人の姿を見ることはできません。
「かくれんぼしてる、なんてわけないし……」
これがほかの小さい妖精なら、よくわからない遊びをすることもあるでしょう。でも相手は妖精の中でも常識的な性格のラルバです。いくらなんでもひとりかくれんぼ、なんて遊びをするとは思えません。
たぶんきっと、どこかに出掛けているだけ。夏は過ぎ去ってしまいましたし、その余韻が完全に消えてしまう前に夏っぽいものの名残を探しに行ったのかもしれません。
「ってことは、ヒマワリ畑かなぁ」
ひとまず、ここにいても仕方ないのは確かです。
それなら長居は無用と言うもの。チルノは何も気にしないようにして、さっさと次の目的地へと向かうことにするのでした。
そう、なにもかもみんな気のせい。
数日前まであんなに元気いっぱいだったセミの声がしないのも、それにとって代わってコオロギやスズムシの歌声ばかりなのも、みんなみんなただの気のせいなんだ……
そう自分に言い聞かせながら、少女は心を焦らせつつ森を飛び出していくのでした。
ところが……
「ひ、ヒマワリが、ない……!」
辿り着いたその場所で、チルノは思わずその場に立ち尽くしてしまいました。
「そんな、だってあんなにいっぱい咲いて……」
まるで、小さな太陽がいくつも並んでいるかのようだった大小様々な金色の花たち。陽の差すほうを見上げ、ときどきこちらを向いたりしていた夏の象徴たちは、ほとんど姿を消してしまっていたのです。
僅かに残っているものがあったとしても、みな黒くしおれて力なくうなだれているばかり。輝くようだった容姿はもう影も形も残っていません。
「あれ、チルノだ。どうしたのー?」
そこへ小さな妖精たちがひょこひょこと顔を出してきます。彼女たちはここに住んでいたり集まってきたりする花の妖精たちのようですが…… チルノの探す太陽の花を手にする者は見られません。
集まってくるのは、青色の濃い五角形だったり、真っ赤な色をした細い指を上向きに広げているようだったり、薄ピンクや薄紫をした小さいものといったような花たちばかり。輝くような大輪の金色や、瑞々しい青色のラッパ型といった夏っぽい花を持つ者は誰ひとりとしていないのです。
「ヒマワリ……ヒマワリはどこ!?
あんなにいっぱいあったのに、どこいったのさ!」
ウソだとばかりに叫ぶチルノ。
「ヒマワリー?」
それを囲んで不思議そうな顔をする妖精たち。
怪訝そうに目を見合わせる様子が、彼女たちの思っていることをありありと示しています。
「……なんでもない。
あたい、もう行くから」
そう、ヒマワリの季節はとっくに終わっているのです。そんなこと、よく考えればわかるハズのことでした。
「いいのー? そんなにヒマワリ欲しいなら、幽香さんにお願いしてみるけどー」
「いい。大丈夫だから……」
大丈夫。ガッカリなんてしていない。
気持ちが沈んでいる気がするのは、きっと簡単なことに気付けなかったのが情けないからだ……
うつむきたくなるのをどうにか我慢して空を見上げるチルノ。
ほかにどこがあるだろう。夏っぽいものがありそうなところ、ラルバが遊びに行きそうなところ。心当たりを思い出そうとしていきます。
「次、は……」
小さな妖精たちへの返事もそこそこに、空へと浮かび上がっていくチルノ。
彼女の頭上では、魚のウロコのような形をした雲が一面に広がっていたのでした。
[newpage]
「ラルバを見なかったかって?
ルナ、スター、なにか知ってる?」
しばらくの時間がすぎてから。ほうぼうを探し回ってきたチルノは、途中で手伝いに加わってくれた妖精少女とともに、神社裏にそびえるミズナラの元を訪ねていました。
「うーん、ちょっと憶えないわね」
「サニーが見てないなら私たちだって知らないわよ」
いつも元気いっぱいなチルノでさえも、疲れを顔いっぱいに見せるくらいになるまで飛び回って。そしてダメ元とばかりに取りすがってみた光の妖精たち。
ですがその頼みの綱も、期待には応えてくれませんでした。部屋にススキの穂やらお酒やらを用意してなにかの宴会の準備をしているらしいミズナラの住人たち。彼女たちは顔を見合わせて、一様に首を横に振るばかりだったのです。
「………」
言葉も出せず、呆然とするチルノ。
「チルノちゃん、大丈夫?」
その横では、手伝いに加わってくれた若草色の髪をした妖精少女が心配そうに顔を覗き込んでいます。
「大ちゃん、チルノってばどうしたの?」
「うん、なんだかラルバちゃんを探してるみたいなの。
でもあちこち行っても見つからなくて、もしかしたらサニーちゃんたちのところに来てるんじゃないかなって」
そんなだから当然、サニーたちも尋常でない様子に疑問を抱いたようでした。
ただ事ではないなにかが起きてるんじゃないかと、三人は空気をざわつかせます。
「あちこちって……なにかあったの?」
「深刻そうな顔だし、かくれんぼってわけじゃないみたいね」
「あ……大丈夫。たくさん飛び回ってきてちょっと疲れちゃってるだけだから。
だから心配しなくても平気だよ。ルナちゃん、スターちゃん、ありがとうね」
そんな三人に、チルノに代わって言いつくろっていく大妖精。
夢で見たことが気になって、という事情を話すと呆れられるのが目に見えていたので、それを避けるために言葉を濁していったのです。
「ふーん…… チルノ、本当に大丈夫なんだよね?」
「……うん」
それが信じてもらえたのかはわかりません。
でも、あちこち探し回って疲労も限界なのは確かなこと。何事かがあったのか、それともただ疲れているだけなのか、チルノの様子からだけではどちらとも判断がつきません。
だから三人は、大妖精の言葉にひとまず納得したような頷きを見せていくのでした。
「……チルノちゃん、もう行こう? もしかしたら、チルノちゃんの家に遊びにきてるかもしれないよ」
「そう、かなぁ……」
「ほら、お話の中でもあったじゃない。王子様を探して歩いてたけど、すれ違い続きで最初のところに戻ったところでやっと会えました……っていうの。それと同じだよ、きっと」
ミズナラの樹を後にして、トボトボと歩いていくふたり。口をへの字にしてなにかを我慢しているような氷の少女に、若草色の少女が穏やかな調子で語りかけていきます。
すれ違い続き…… たしかにそういうこともあるかもしれない。
でも、ここまで探して見つからなかったのに?
チルノはそう言いたくなるのをギリギリのところで飲み込んでいきました。
でもそう思ってしまうのも仕方ないでしょう。あれからいつもの遊び場である湖へ行って、花屋やお菓子のお店がある人里へ行って、そしてピースの住む神社を訪ねたりしてみました。ところがその全てがハズレ。ラルバの手がかりは見つけられませんでした。
数日前まで賑やかに水遊びをしていた妖精たちの姿もなく、かき氷屋さんも店をたたみ、軒先に出されていた日よけの葦簀も片付けられた、夏の気配が完全に過ぎ去った世界。それはチルノの不安をますます大きくさせるばかり。
「ねえ、大ちゃん……」
もしかしたら、本当にラルバは消えてしまったんじゃないか。
そんなこと絶対にありえないハズだけど…… でもあんな夢を見るくらいだし、もしもということがありえてしまうかもしれない。あの夢は、ラルバからの最後のメッセージだったのかもしれない……!
「ダメだよ、チルノちゃん」
そんな不安をぶちまけようとする少女の唇を、細い人差し指が止め塞いでいきました。
迷い揺れる目を見つめる、穏やかながらも真っ直ぐな瞳。それを見ていると、不安でいっぱいだった気持ちも少しづつ落ち着いてくるようです。
そうして目を合わせながら呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ。
「そう、だね…… 帰ってみよう、あたいの家に」
だいぶ頭が冷えてきたチルノは、しっかりとした眼差しに戻ってそう呟いていくのでした。
トンボが直線的に動いたり止まったりを繰り返す、樹々たちが立ち並ぶ中。チルノは大妖精からやや遅れて宙へと飛び上がっていきます。
「………」
それでも、どうしても心の奥の引っ掛かりは完全に拭い去れません。さっきまでみたいな足のフワつくような気持ちは少しマシになったものの、それでもどうしても胸は苦しい鼓動を打ってしまいます。
「チルノちゃん」
「ん……」
そんな彼女を振り返り、手を差し伸べてくれる若草色の少女。
温かいその手をしっかりと握りながら、氷の少女は引かれていくように慣れた帰り道を飛んでいくのでした。
そしてやがて、今朝以来の我が家に着いていると。
「あっ、チルノってば遅いよー! 約束してたのにどこ行ってたの?」
そこでは散々探していたアゲハの少女が、頬を膨らませ気味にして待っていました。
「ラルバ……!」
「ラルバちゃん……!
ふふっ、本当にお話と同じになっちゃったね」
あれだけ探したのに、あんなに必死に探したのに、こんなところにいるなんて……
しかもラルバの口ぶりは、もともとここに来ることになっていたかのよう。つまりこれまでのことは、ひとりで勝手に騒ぎ出して駆けずり回っていただけだったということになるのです。
「……? あの、どうかしたの?」
「んーん、なんでもないよ。ねっ、チルノちゃん」
「………」
自分がしてきたことはなんだったのか。そんな思いからポカンとするばかりのチルノ。そうして呆然としながら、約束なんてしていたっけと考えてみるのですが…… どうにも思い出すことができません。
でも、そんな話をしてたようなしてなかったような……
「ところでラルバちゃん、約束ってどういう話だったの?」
そんな様子を横目に、安心したように笑いをこぼしつつチルノに代わってさりげなく尋ねていく大妖精。
「約束って言うほどじゃないけどね。
今日は満月だし、お月見しようって話してたんだ。
憶えてないっぽいけど、お団子食べたいってチルノが騒いでたんだよね」
にこやかに笑いながら、しっかりチルノの忘れっぽさをつついていくラルバ。
「お月見……お団子……
でも、さっき里に行ったときはみんな見てないって……」
「ああ、それでだったんだ。
お団子屋さんからチルノが探してたって聞いたから、なんだろうと思ったら……」
そう。本当になにもかもがチルノのひとり騒ぎだったようでした。
でも仕方がありません。ラルバがいなくなってしまうだなんて、そんな夢を見てしまったんですから。世界から夏が完全に過ぎ去ってしまったのですから、ラルバが本当に消えてしまうかもしれないと不安になってしまうのも無理のないことなのです。たぶん、きっと。
「うぅぅ……っ ばかっ! ラルバのばか!
ちゃんとあたいのわかるところにいてくれなきゃダメじゃないか!
ラルバも大ちゃんも、会いたいって思ったときはいてくれなきゃダメなんだから!!」
だから、それもこれもラルバのせいなのです。誰がなんと言おうとも、無茶苦茶だと思われたとしても、ラルバがいけなかったわけなのです。そうに決まってるのです。
「あぁ…… よくわかんないけど、そういうことにしとけばいいのかな」
「そういうことにしておいて。後で事情は教えてあげるから……」
少し困ったように大妖精へ目を向けて。しばらく視線を交わし合ってから諦めたようにラルバが頷いて。そして彼女はカバンの中からお団子や柿といった果物を取り出していきます。
お月見のお供や秋の果物を手にした、ミノムシみたいに厚着をしたアゲハの少女。夏が好きな彼女のその姿は少し寒々しそうではありますが、秋は秋で楽しもうとしているかのようです。
「ラルバ……」
差し出されるお団子を受け取る代わりに、大事な友だちの手をしっかりと掴んでくチルノ。それから、傍らにたたずむ大妖精の手もしっかりと握っていって、氷の少女はふたりの顔をまっすぐに見つめてきます。
今朝の夢の中では、霞を掴むばかりだったその手。けれど今は、温かな感触をたしかに感じることができたのでした。
「ラルバ、大ちゃん。いなくなっちゃうなんて、イヤだよ?」