「クソみたいな気分」
ファミレスで待ち合わせをしていたら、宇佐見蓮子が時間ぴったりに頭から血を流してやってきた。
しかめっ面をしていた。
痛みを我慢しているからか、それとも怪我を負ってしまったことへの怒りなのか。
彼女はいつもどこか怒った表情をしているので、結局いつも通りだった。
私は違う。
「今日はなんて幸運なのかしら」
今なら神に祈りをささげてもいい。
相方は恨みのこもった目線をこちらに向けた。
「心配しろよ」
「大丈夫?」
「心がこもってない」
「生まれてこの方、他人の心配なんてしたことないもの」
「終わった人間」
「同感」
人として生きるのはいささか窮屈だと思っていたところだった。そろそろ人間をやめてもいいかもしれない。
相方の視線は見下したような目つきから、可哀想なものを見るそれに代わっていた。
頭から血を流してもなお他人を可哀想と思えるその感性は聖女に該当されてしかるべきだと思うので、彼女は大いにちやほやされたほうが良い。
はー、蓮子かわよ。
「すいません。お冷いただけますか?」
私達の傍を通った店員に蓮子が声を掛けた。
店員は血を流している彼女に目をむいたが、顔をひきつらせて了承した。
蓮子が余りに落ち着いているから何かのコスプレだと思ったのかもしれない。
蓮子は私の向かいに腰を下ろし、肘をついた。
「…」
むすっとしたまま黙っている。
「話さないの?」
「何を」
「何で血だらけになったか」
彼女は半眼で私を見た。
これがジト目というやつか。破壊力に富んでいる。蓮子かわよすぎ問題。
「どうせネタにするんでしょ」
「そりゃね」
顔を血だらけにする経験談など滅多に聞けるものではない。それを記さないなど蓮子の経験が可哀そうだ。
「じゃあ話さない」
「そう」
思ったよりすぐに諦めた私を見て、蓮子が警戒した。
残念。特に何もないわ。あるとすれば蓮子のかわよさぐらい。
蓮子は自分のかわよさを理解できていないので、蓮子を見る事が彼女のリアリティと血に溢れた経験談を聞く以上に満足感の高い行為だという事も理解出来ないだろう。
はあ、愚か。
蓮子はしばらくこちらを睨んでいたが、やがて溜息を吐いた。
「まあ、いいや」
良くないわ。
貴方のかわよいお顔に傷がついたらどうするのよ。
貴方はかわよい以外の取り柄がないのだから、外見を死守する義務がある。
「それで?今日は何?」
随分な言い方だ。
しかし許す。かわよいから。
「そろそろ同棲しない?」
蓮子の眉間に皺が寄った。
彼女が甘いコーヒーを飲んだときに、必ずあのような表情を良くする。
曰く、“苦味こそ味わいであるのになぜわざわざ甘くするのか?私のコーヒーに砂糖を入れるな。甘いのが飲みたいならソフトドリンクを飲めよ、この変態”、らしい。
珈琲を入れてあげると必ずそう返ってくる。
ふふ。貴女は分かっていない。
そうやって一口だけ口をつけてから、しかめっ面で蓮子は珈琲を私に押し付ける。
彼女の飲みかけブレンドを頂いて、私はやっと甘さを感じることが出来るのだ。
蓮子が口をつけたから甘いのよ。
そしてせっかくの甘さを苦味で邪魔されるのは我慢ならない。ゆえに砂糖は入れます、これからも。
「絶対やだ」
蓮子はおっかなびっくりお冷やを運んできたウェイトレスから引ったくるようにコップを奪い、お水を喉の奥に流し込んだ。
全くいい加減にそのツンデレはやめるべきだわ。
私のような完璧な女を前にしておちぬ女はいない。
「それで?」
それで?とは。
「さっさと本題に入りなさいよ」
む。
「今のが本題よ」
びしゃっ。
そんな音がした後、ファミレスの店内は静まり返った。
店内に流れるJポップがまるで葬送曲のように聞こえた。
ふむ。
客もスタッフもこちらを見ている。
やっと蓮子のかわよさに気づいたか、間抜けども。
残念だったな!蓮子は既に私の女よ!
「お客様!大丈夫ですか⁉」
「あ、大丈夫です。連れが手を滑らしてしまっただけなのでお気遣いなく」
布巾を持ってこようとする店員を制止する。
布巾でふくなど勿体ない。
私は、先程まで蓮子が握っていたコップの中の水が頭から垂れて前髪が顔に張り付く鬱陶しさを感じながら蓮子を見つめた。
蓮子は怒りに震えている。
「あのね、こちとら20連勤の末やっと取れた休みを一日中お布団の上で過ごすと決めた矢先だったのよ」
隈がすごい。
威圧感マシマシ。
かわよ。
「それでも、メリーが大事な話があるっていうから自転車で飛ばしてきて、途中信号無視の車に轢かれたけど運転手ぶん殴って全力疾走でここまできたわけ」
なるほど。
それで頭から血が流れているわけね。
ところでおそらく大破したと思われる自転車はどこに置いてきたのだろう。
「それをよぉ…そんな下らない冗談のためだけに私を呼び出したっていうならよぉ。次は水を被せるだけじゃなくて、ドリンクバーのコーラぶっかけんぞ」
あら、はしたない。
蓮子はそんなに私をベトベトにしたいのね。
蓮子ので!私を!ベトベトにしたいのね!
「下らなくない。私は本気よ」
重要な問題だ。
蓮子の唇に触れた水にまみれたせいで、意識が飛びそうなので手早く解決するべき問題である。
「帰って寝る」
血が垂れ切ってゾンビみたいになった顔は無表情。
蓮子は無表情のまま席を立った。
いけないわ。
そのままは良くない。
「美少女というのは相対的なものだと思うのよ」
私の言葉は聞こえたようで、こちらの席に背を向けていた蓮子は訝しげに振り返る。
「世の中には容姿端麗な美男美女がいるわよね。彼らがなぜ美しいのか、分かる?」
蓮子は訝しげな表情のまま答えた。
「…大半が美しくないから」
素晴らしい。
「そう、その通りよ、蓮子。時代によって美的価値観が変わろうと、美しいと言われる器量を所持している人間はほんの一部。多くの人間はファニーでアグリーな顔面で生きているの」
店内の人間から恨みがましい目で見られている気がする。
は。蓮子に慕われるのが妬ましいか。
残念だったな。貴様らがいくらイケメンだろうが、美女だろうが蓮子は私にしかなびかない!
このマエリベリー・ハーンに生まれなかったことを後悔しろ。
見なさい!今も蓮子が私を三角コーナーから湧くハエを見るかのように見下ししているわ。
「みんなが醜いから一部の美しさが価値を持つわけよ。それってつまりブスのおかげで美人がいるという事でしょ」
美人はブスに立脚している。
「美人はブスに支えられて生きているのよ。優しくしてくれる彼氏も、すぐに通る二次面接も、異常に優しい上司も、美しいがゆえに被っている恩恵は無数のブスの、屍の上に成り立っている」
「死んではいねえよ」
「分かるわね?美しさは相対的なもの。世の石ころが全てダイヤでできていれば、ダイヤの価値はないも同然。美少女も同様なの。世の女が全て美少女なら、美少女は無価値なのよ」
「よかったな。それならお前も無価値だぞ」
「つまり奴らは相対的美少女なの。自分の価値を外部に依存している極めて脆い美少女なのよ」
「さっきから思ってたんだけど、なんで美少女限定なの?美女とかイケメンはどこ行った?」
「美しさに相対性がなくなったとき、美少女に価値はあるのか?」
私は悩んだ。
世の女、全員が蓮子の顔を持った時、果たして私は蓮子だけをかわよと言い切れるのであろうか、と。
今の私から見れば、世の愚民どもはすべて砂にまみれたジャガイモである。
俳優は毛が生えた大根だし、女優は途中で折れたごぼうである。
アイドルなんぞ里芋の大群にしか見えない。
蓮子だけがかわよいのだ。
しかし誰もかれもが蓮子の皮をかぶったら?
蓮子だけがかわよいのか?
“かわよ”とはなんなのか?
美しさに絶対性はないのか?
「絶対的美少女は存在しうるのか?」
蓮子が唯一無二のかわよであり得る条件はなにか。
そこで私は気付いたの。
「私はまだ蓮子のガワと内臓の一部しか知らなかったのよ!」
「は?」
そう。そうなのである。
考えてみれば私は蓮子の皮膚の付き方と筋肉のしなやかさ、股ぐらの色、それから外で見せる癖ぐらいしか知っていないのだ。
生活リズム、朝食や夕食の献立。思考の癖、内臓の位置、尿の排出量、その他諸々。
ノータッチ。
そもそも蓮子を知っていないのに、その蓮子を抽象的な概念に抽出した“かわよ”を定義できるはずもない。
前提の破綻した命題を探求するような阿呆ではいけない。
「つまり!私は蓮子の中を知って絶対的美少女を追求するために同棲を…」
バシャっ。
「これが浴びたかったんだろ」
いつの間にやら、蓮子がつい先ほどまでコーラで満たされたグラスを片手に立っている。
あら。
蓮子にベタベタな液を掛けられちゃったわ。
蓮子ので!私が!ベトベトにされちゃったわ!
蓮子はポップアップした広告の×マークを押したら、なぜかわけのわからないサイトに飛んだスマホ画面を見るような目で私を見ていた。
「クソして寝る」
そう言って蓮子はファミレスを出ていった。
「…」
机には千円札が置かれていた。
ふう。
糞する蓮子。かわよ。
「お客様⁉大丈夫ですか⁉」
ホールに出てきたジャガイモの一人が駆け寄ってきた。
水とコーラでびしょびしょになった私を見てジャガイモが揺れていたが、表情はよく分からない。
ジャガイモがわんさか動いていると失笑を禁じ得ないため、愛想笑いを固めた。
「連れの体調が悪かったみたいで。お会計、お願いできます?」
§
「時間の無駄だった」
もう本当に久しぶりに休みが取れた。
医局長の嫌味も、看護師の視線も、同僚の死にそうな顔も耐えに耐えてやっと取れた休みだった。
だというに…あのサイコパスは。
狂ったように叫びながら猥褻物を振り回している猿のような女がなぜ法律に引っかからないのか理解できない。
それどころか芥川賞をとり、200万部をこえるベストセラー作家であるなど、理解する気すら起きない。
「ったく、これだから自由業は。人の感情ってもんが分かってない」
──そろそろ同棲しない?
ほんと分かってない。
思い出しただけもう。
右目に入った血を拭い、ついでに何かしょっぱいものが目から流れてきたのでそれも拭った。
「期待させないでよね」
ファミレスで待ち合わせをしていたら、宇佐見蓮子が時間ぴったりに頭から血を流してやってきた。
しかめっ面をしていた。
痛みを我慢しているからか、それとも怪我を負ってしまったことへの怒りなのか。
彼女はいつもどこか怒った表情をしているので、結局いつも通りだった。
私は違う。
「今日はなんて幸運なのかしら」
今なら神に祈りをささげてもいい。
相方は恨みのこもった目線をこちらに向けた。
「心配しろよ」
「大丈夫?」
「心がこもってない」
「生まれてこの方、他人の心配なんてしたことないもの」
「終わった人間」
「同感」
人として生きるのはいささか窮屈だと思っていたところだった。そろそろ人間をやめてもいいかもしれない。
相方の視線は見下したような目つきから、可哀想なものを見るそれに代わっていた。
頭から血を流してもなお他人を可哀想と思えるその感性は聖女に該当されてしかるべきだと思うので、彼女は大いにちやほやされたほうが良い。
はー、蓮子かわよ。
「すいません。お冷いただけますか?」
私達の傍を通った店員に蓮子が声を掛けた。
店員は血を流している彼女に目をむいたが、顔をひきつらせて了承した。
蓮子が余りに落ち着いているから何かのコスプレだと思ったのかもしれない。
蓮子は私の向かいに腰を下ろし、肘をついた。
「…」
むすっとしたまま黙っている。
「話さないの?」
「何を」
「何で血だらけになったか」
彼女は半眼で私を見た。
これがジト目というやつか。破壊力に富んでいる。蓮子かわよすぎ問題。
「どうせネタにするんでしょ」
「そりゃね」
顔を血だらけにする経験談など滅多に聞けるものではない。それを記さないなど蓮子の経験が可哀そうだ。
「じゃあ話さない」
「そう」
思ったよりすぐに諦めた私を見て、蓮子が警戒した。
残念。特に何もないわ。あるとすれば蓮子のかわよさぐらい。
蓮子は自分のかわよさを理解できていないので、蓮子を見る事が彼女のリアリティと血に溢れた経験談を聞く以上に満足感の高い行為だという事も理解出来ないだろう。
はあ、愚か。
蓮子はしばらくこちらを睨んでいたが、やがて溜息を吐いた。
「まあ、いいや」
良くないわ。
貴方のかわよいお顔に傷がついたらどうするのよ。
貴方はかわよい以外の取り柄がないのだから、外見を死守する義務がある。
「それで?今日は何?」
随分な言い方だ。
しかし許す。かわよいから。
「そろそろ同棲しない?」
蓮子の眉間に皺が寄った。
彼女が甘いコーヒーを飲んだときに、必ずあのような表情を良くする。
曰く、“苦味こそ味わいであるのになぜわざわざ甘くするのか?私のコーヒーに砂糖を入れるな。甘いのが飲みたいならソフトドリンクを飲めよ、この変態”、らしい。
珈琲を入れてあげると必ずそう返ってくる。
ふふ。貴女は分かっていない。
そうやって一口だけ口をつけてから、しかめっ面で蓮子は珈琲を私に押し付ける。
彼女の飲みかけブレンドを頂いて、私はやっと甘さを感じることが出来るのだ。
蓮子が口をつけたから甘いのよ。
そしてせっかくの甘さを苦味で邪魔されるのは我慢ならない。ゆえに砂糖は入れます、これからも。
「絶対やだ」
蓮子はおっかなびっくりお冷やを運んできたウェイトレスから引ったくるようにコップを奪い、お水を喉の奥に流し込んだ。
全くいい加減にそのツンデレはやめるべきだわ。
私のような完璧な女を前にしておちぬ女はいない。
「それで?」
それで?とは。
「さっさと本題に入りなさいよ」
む。
「今のが本題よ」
びしゃっ。
そんな音がした後、ファミレスの店内は静まり返った。
店内に流れるJポップがまるで葬送曲のように聞こえた。
ふむ。
客もスタッフもこちらを見ている。
やっと蓮子のかわよさに気づいたか、間抜けども。
残念だったな!蓮子は既に私の女よ!
「お客様!大丈夫ですか⁉」
「あ、大丈夫です。連れが手を滑らしてしまっただけなのでお気遣いなく」
布巾を持ってこようとする店員を制止する。
布巾でふくなど勿体ない。
私は、先程まで蓮子が握っていたコップの中の水が頭から垂れて前髪が顔に張り付く鬱陶しさを感じながら蓮子を見つめた。
蓮子は怒りに震えている。
「あのね、こちとら20連勤の末やっと取れた休みを一日中お布団の上で過ごすと決めた矢先だったのよ」
隈がすごい。
威圧感マシマシ。
かわよ。
「それでも、メリーが大事な話があるっていうから自転車で飛ばしてきて、途中信号無視の車に轢かれたけど運転手ぶん殴って全力疾走でここまできたわけ」
なるほど。
それで頭から血が流れているわけね。
ところでおそらく大破したと思われる自転車はどこに置いてきたのだろう。
「それをよぉ…そんな下らない冗談のためだけに私を呼び出したっていうならよぉ。次は水を被せるだけじゃなくて、ドリンクバーのコーラぶっかけんぞ」
あら、はしたない。
蓮子はそんなに私をベトベトにしたいのね。
蓮子ので!私を!ベトベトにしたいのね!
「下らなくない。私は本気よ」
重要な問題だ。
蓮子の唇に触れた水にまみれたせいで、意識が飛びそうなので手早く解決するべき問題である。
「帰って寝る」
血が垂れ切ってゾンビみたいになった顔は無表情。
蓮子は無表情のまま席を立った。
いけないわ。
そのままは良くない。
「美少女というのは相対的なものだと思うのよ」
私の言葉は聞こえたようで、こちらの席に背を向けていた蓮子は訝しげに振り返る。
「世の中には容姿端麗な美男美女がいるわよね。彼らがなぜ美しいのか、分かる?」
蓮子は訝しげな表情のまま答えた。
「…大半が美しくないから」
素晴らしい。
「そう、その通りよ、蓮子。時代によって美的価値観が変わろうと、美しいと言われる器量を所持している人間はほんの一部。多くの人間はファニーでアグリーな顔面で生きているの」
店内の人間から恨みがましい目で見られている気がする。
は。蓮子に慕われるのが妬ましいか。
残念だったな。貴様らがいくらイケメンだろうが、美女だろうが蓮子は私にしかなびかない!
このマエリベリー・ハーンに生まれなかったことを後悔しろ。
見なさい!今も蓮子が私を三角コーナーから湧くハエを見るかのように見下ししているわ。
「みんなが醜いから一部の美しさが価値を持つわけよ。それってつまりブスのおかげで美人がいるという事でしょ」
美人はブスに立脚している。
「美人はブスに支えられて生きているのよ。優しくしてくれる彼氏も、すぐに通る二次面接も、異常に優しい上司も、美しいがゆえに被っている恩恵は無数のブスの、屍の上に成り立っている」
「死んではいねえよ」
「分かるわね?美しさは相対的なもの。世の石ころが全てダイヤでできていれば、ダイヤの価値はないも同然。美少女も同様なの。世の女が全て美少女なら、美少女は無価値なのよ」
「よかったな。それならお前も無価値だぞ」
「つまり奴らは相対的美少女なの。自分の価値を外部に依存している極めて脆い美少女なのよ」
「さっきから思ってたんだけど、なんで美少女限定なの?美女とかイケメンはどこ行った?」
「美しさに相対性がなくなったとき、美少女に価値はあるのか?」
私は悩んだ。
世の女、全員が蓮子の顔を持った時、果たして私は蓮子だけをかわよと言い切れるのであろうか、と。
今の私から見れば、世の愚民どもはすべて砂にまみれたジャガイモである。
俳優は毛が生えた大根だし、女優は途中で折れたごぼうである。
アイドルなんぞ里芋の大群にしか見えない。
蓮子だけがかわよいのだ。
しかし誰もかれもが蓮子の皮をかぶったら?
蓮子だけがかわよいのか?
“かわよ”とはなんなのか?
美しさに絶対性はないのか?
「絶対的美少女は存在しうるのか?」
蓮子が唯一無二のかわよであり得る条件はなにか。
そこで私は気付いたの。
「私はまだ蓮子のガワと内臓の一部しか知らなかったのよ!」
「は?」
そう。そうなのである。
考えてみれば私は蓮子の皮膚の付き方と筋肉のしなやかさ、股ぐらの色、それから外で見せる癖ぐらいしか知っていないのだ。
生活リズム、朝食や夕食の献立。思考の癖、内臓の位置、尿の排出量、その他諸々。
ノータッチ。
そもそも蓮子を知っていないのに、その蓮子を抽象的な概念に抽出した“かわよ”を定義できるはずもない。
前提の破綻した命題を探求するような阿呆ではいけない。
「つまり!私は蓮子の中を知って絶対的美少女を追求するために同棲を…」
バシャっ。
「これが浴びたかったんだろ」
いつの間にやら、蓮子がつい先ほどまでコーラで満たされたグラスを片手に立っている。
あら。
蓮子にベタベタな液を掛けられちゃったわ。
蓮子ので!私が!ベトベトにされちゃったわ!
蓮子はポップアップした広告の×マークを押したら、なぜかわけのわからないサイトに飛んだスマホ画面を見るような目で私を見ていた。
「クソして寝る」
そう言って蓮子はファミレスを出ていった。
「…」
机には千円札が置かれていた。
ふう。
糞する蓮子。かわよ。
「お客様⁉大丈夫ですか⁉」
ホールに出てきたジャガイモの一人が駆け寄ってきた。
水とコーラでびしょびしょになった私を見てジャガイモが揺れていたが、表情はよく分からない。
ジャガイモがわんさか動いていると失笑を禁じ得ないため、愛想笑いを固めた。
「連れの体調が悪かったみたいで。お会計、お願いできます?」
§
「時間の無駄だった」
もう本当に久しぶりに休みが取れた。
医局長の嫌味も、看護師の視線も、同僚の死にそうな顔も耐えに耐えてやっと取れた休みだった。
だというに…あのサイコパスは。
狂ったように叫びながら猥褻物を振り回している猿のような女がなぜ法律に引っかからないのか理解できない。
それどころか芥川賞をとり、200万部をこえるベストセラー作家であるなど、理解する気すら起きない。
「ったく、これだから自由業は。人の感情ってもんが分かってない」
──そろそろ同棲しない?
ほんと分かってない。
思い出しただけもう。
右目に入った血を拭い、ついでに何かしょっぱいものが目から流れてきたのでそれも拭った。
「期待させないでよね」
笑っちゃったからには点数入れないとね
メリーが狂ってて素晴らしかったです
かわよ。
お互い言いたいこと言って貶しながら収まるところに収まる、やっぱり秘封倶楽部でよかったです。
超弩級で頭のおかしい女がおかしい御託を並べ続けて、しかもその御託がどれもテンポ良く味も良く読めるのだからたまったものではありません、大好き。
最高だ――――