はじめに水があった。
水は大群を率いて空の国から舞い降りた。
降りてきた場所は溶岩という名の火の国であった。
火の国はあまりの水の軍勢に抗うことが出来ず滅亡した。
そう、水に恐れをなして固まってしまった。
そして、水は新たな兵器を生んだ。自律して動く物体、それを生物と呼んだ。
生物は開拓者という能力を持っていた。
水の中にいた生物は水の外へ開拓を着実に広げた。
やがて水の外、いわゆる陸へ抜け出すと陸も開拓し始めた。
だがここに重大な欠点があった。
"陸の外"が存在しなかった。この世は有限だったのだ
有限なこの世に対して生物という寄生体が繁殖していったのだ。
当然、自分たちが生きていけるモノを手に入れる為お互いに争った。
進化とはここで生き残った生物を指すに過ぎない。
ここで時代を遥か先に進めると、人間という名の生物がいる。
人間も同様に生物として生き残った成れの果てである。
つまり、未だにこの世は"生物"が支配しているのである。
「はい、ありがとう。席に座って。この通り、我々人間というのは元を辿ると水の中にいた事になる。
ここ重要だから覚えてくれ」
寺子屋で子供に学を教える人間、いや半獣がいた。名は、上白沢慧音。
「それじゃ、今週の金曜日にテストするからな。ここも範囲に入るぞ」
『うぇええー』
「そんなに嫌がるんじゃない。やることはやるんだ、分かったな?」
『…はーい』
「それじゃ、今日の授業はおしまいだ。さようなら」
「さようならー」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
上白沢慧音は人間の里、人間が集まる集落の寺子屋教師だ。元々は歴史の教師だったのだが…。
「慧音先生、すみません。お時間よろしいですか?」
「はい教頭先生、何か?」
「科学の担当がノイローゼになりましてね。代わりに科学の授業を執って欲しいのですよ」
「へ?なぜ私が?」
「私達は慧音先生の授業に強い魅力を感じています。生徒達からは面白くないと言われておりますが」
「そこは余計です」
「すみません余計でしたね。まあその、慧音先生の授業は非常にわかりやすいのです。
これからは、科学が重要と成される世の中になると思っております。
そこで、慧音先生による科学の授業を通して、次世代に貢献できるような若者を醸成したいと考えています」
「…面白く無いのなら科学の理解を得られないのでは?」
「何度も言いますが分かりやすい事が大事なのです。子供というのは様々な考え方を持っております。
意外と、ある小さな出来事を発端にして大きな事業を成し遂げるなんて事が往々にしてございます。
慧音先生にはそのファクターとなって頂きたいのです」
「…そうですか。しかし、私は昔から歴史を学んできた身。科学を理解するためには相当な時間がかかるかと」
「構いません。その間はなんとか私達で繋ぎます。何卒宜しくおねがいします」
「かしこまりました」
互いにお辞儀をし、慧音は職員室を去る。
慧音は、歴史兼科学の教師となった。
「…あー、請け負わなかった方がよかったかな…」
翌日、早速慧音は後悔していた。
「科学の本を呼んでみたのだが、如何せん難しい。文系の私には取っつき辛い」
何度も科学の本を読み返し、ため息を突く。
「まあ、気分転換だ。散歩するか」
自宅を出て人間の里を歩き始めた。
「…人間の里も中々栄えているな」
慧音は改めて人間の創造力に関心する。
「…私も頑張らなければ…とはいえ…難しいものは難しい…」
慧音に無力感が芽生え始めていた。
そのまま、慧音は人間の里を歩く。
川が流れている区画にぶつかった。
「…水…」
(ニュートンの流体方程式…)
「…ああ!名前だけ知っていても意味がない!理解しないといけないのに!」
本の内容が頭を遮り、慧音のフラストレーションは歩くたびに高まっていった。
「…もうちょっと歩こう…」
感情が収まるまで慧音は歩くことにした。人間の里から外に出る。
里の外は妖怪が跋扈している。その為、人間は里から出ることは無いが、慧音は半獣であるため、特に問題はなかった。
「どうせ今日は休日だし、妖怪の山まで歩こうか」
慧音はそのまま山まで歩くことにした。
人間の里から妖怪の山まではそこそこ距離がある。北へひたすら歩き始めた。
「里の外は妖怪がいるだけで普通に平和なんだよな。こんな事人間なら言えないのだろうがな」
歩く視線の中に妖怪は複数見受けられた。しかし、人間ではない事を妖怪は察知しており、慧音を襲う事はなかった。
「なんだか、妖怪も生物なんだなって思うよ。結局強い者には戦わないってね」
慧音は妖怪に目もくれず山まで歩いた。
「やっと着いたな。まあ、天狗の領域には入らない様に歩くか」
妖怪の山に着いた慧音は天狗によって舗装された順路を歩いた。
「…緑が映えるな」
夏。生命力が極大化する季節。慧音は植物に感動しながら山を登って行った。
すると…。
「…?なんだ、この洞穴」
慧音はなぞの洞窟を見つけた。
「…ま、ちょっとだけ入ってみるか」
先も見えない洞窟に入ってみた。
「はぁ、コウモリばっかりだ」
洞窟はコウモリで溢れていた。手で振り払いながら進む。
「まあこんなもんだよな。ちょっとばかり進んでみるか」
慧音は物怖じせず洞窟を進んでいると…。
「そこの妖怪、止まりなさーい!!」
「!?」
洞窟の奥から大声が反響した。
「…誰だ」
「ここは採掘場です。この先は有毒ガスが蔓延しています。直ちに帰りなさい」
「…有毒ガス?」
「そうです。貴方は見たところ妖怪のようですが、妖怪であれ何であれ、
有毒ガスに適していなければすぐに死んでしまいます」
「…そうなのか。私は好奇心で洞窟に入っただけだ、邪魔してすまなかった」
「あら、物分りの良い事。毎度、貴方の様な方だと嬉しいですね。
たまに人間、最近は巫女達が入ってきたので警戒を強めていたのです」
「そうですか。警告ありがとうございます」
「ではでは、さようなら」
「…」
「なんです?やっぱり先に進みたいと?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「なら何か?」
「貴方になら少し話せるかななんて、私は上白沢慧音と申します」
「…一旦外に出ましょうか。私は玉造魅須丸。よろしく願います」
一行は洞窟から出て山の麓でくつろぎ始めた。
「それで、話したい事とは?」
「…私は人間ではありませんが人間の里で教師をしております」
「別にいいじゃないですか。結局は人間を襲わなければいいのです」
「まあそこは問題じゃないんですね。今悩んでいることがありまして」
「ほうほう」
「今まで私は歴史について鞭を執っていたのですが、急遽科学について教えなければならなくなりまして」
「?独学等で学び直せばいいのではないですか?」
「それはそうなのですが…。如何せん文系であった私が理系の学問を学び直すことにはハードルが高すぎまして、
どうすれば良いか悩んでいたのです」
「ふんふん」
「貴方は学には先見があるように思えます。何かアドバイスなどを頂ければ嬉しいのですが…」
「…」
「…」
魅須丸は短い沈黙の後、口を開いた。
「…古来から栄えた都市に共通点があるのですがご存知ですか?」
「?…いえ、存じ上げません」
「ふー。それでも歴史教師なのですか」
「すみません…」
「では言います。"塩"です。塩がたくさん採れる地域が古来から栄えてきたのです。
外の世界の近畿という地域に首都があったのも頷けます。瀬戸内海という近場でたくさん塩が採れたのですから」
「…塩…」
「塩は人間にはなくてはならない物質です。
塩に含まれるナトリウムを決まった分量摂取しないと人間はあっけなく死にます。
故に塩が採れる地域は生存しやすかったのです」
「…」
「科学と歴史とは意外と繋がっているものです。科学を理解することでより歴史に対する観点が深まるでしょう」
「…貴方の仰るとおりです。私も歴史教師という身、真摯に科学と向き合うべきだとひしひしと感じています」
「それは良かった。これは教え子だけでなく、貴方自身にも役に立つものと私は思っています。
…後世の為にも頑張ってください。教育こそが人類の最も重要な仕事といっても過言ではありません」
「…そうですね。ありがとうございます」
慧音は雲ひとつ無い青空を見上げた。
「私は特に山へ用はなかったのでここでお暇します。ありがとうございました」
「上白沢慧音君、期待していますよ」
「はい、頑張ります」
互いに笑顔で挨拶すると二人は元の住処へ帰っていった。
(今日から心を入れ替えよう)
その日から慧音はスイッチが入った様に勉強し始めた。
「…えー、水の融点が高いのは双極子作用による…」
平日は歴史の授業を執りながら家に変えると科学の勉強というルーティンを繰り返した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2ヶ月後
慧音は堂々たる態度で職員室に入った。
「あ、慧音先生。おはようございます」
「おはようございます、教頭先生。科学授業の件ですが、ある程度の科学は覚えてきました。私に授業をさせて下さい」
「おお!慧音先生!待っていましたよ!」
「少しうろ覚えもあるのでそこは補助して頂けると助かります」
「是非是非!ある程度の期間は私もサポートしますよ」
慧音の科学の授業は始まった。
「…私達の住む日本列島は、4つのプレートの衝突部にあって…」
「はい、ありがとう。その通り、日本列島の周辺には4つのプレートがある。
ただ、陸地については、北米プレートとユーラシアプレートの上にあり、
太平洋プレートとフィリピン海プレートの沈み込みによる圧縮が行われている」
(…慧音先生も見違えましたな。何か、以前よりも堂々としておられる)
慧音の初授業は無事に終わった。
「慧音先生、素晴らしい授業でした。ありがとうございます」
「いえいえ、私の方からも感謝したいです。教頭先生」
「我々が何かしましたか?」
「別に難しい話ではありません。この様なチャンスを与えてくださった事に感謝をしております。
おかげで新しい世界が開けた様な、その様な心地です」
「そうですか。私も嬉しく思います。これからも頼みましたよ」
「喜んで!」
それから、慧音は歴史の授業と併せて科学の授業・実験を教授していった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
半年後
桜が散る中、教師と生徒の最後の日となった。
「遂に卒業の時だな。君たちは素晴らしい。私の授業に逃げることなく付いてきた。
それだけで君たちの人生は素晴らしいものになる事を私が保証する。
まあ最後なんだ、ちょっとだけ言いたいことがある。私は歴史と科学の授業を請け負った。
そして、出来るだけ正確な知識を君たちに与えたつもりだ。
だが、これだけは覚えて欲しい。本当に正しい知識なんて存在し得ない。
君たちはついこの間、オームの法則を習ったと思う。
法則とは、一般的に例外なく現象が理論通りに発生する事を指す。
だが、君たちは電気化学実験で分かっているはずだ。オームの法則なんて正しくないことなど。
全てが法則に従うのならサイクリックボルタンメトリーなんていらないし、それが非線形を示すはずがない。
ここで分かるのが、法則すら当てにならないことだ。
熱力学第二法則も量子力学で一部否定されてしまった。科学なんてそんなものだ。
だからこそ、君たちは考えてほしい。こんな、正しいものが何か分からない世界で何を基準とするか、前提とするか。
そして、自分なりの答えを見つけて欲しい。そう、私も探している途中だ。
…私からは以上だ。ここにいる皆が社会で活躍する事を祈っている。さようなら」
『…慧音せんせぇ、さようなら!今までありがとうございました!』
生徒の目は潤んでいる。
「…なんだよ、そんな目をされたら…」
慧音の目も潤む。
すると、とある生徒が慧音の前まで駆けて来た。
「先生!」
「…お、なんだ?」
「僕は将来立派な科学者になります!慧音先生が教えてくれた科学を使って、新しい物を発明して、
この村、そして慧音先生を幸せにします!」
「…!…ぅ…そうか…そうか…!」
「あー慧音先生泣いてる……ぅぇぇん」
教師と生徒の顔は赤に染まった。
「…ぐす…はいはい、そういうのは言わなくていいの!
…でも、ありがとう。私はあなた達のおかげで私も成長出来た。だから、君たちは私よりも成長するんだ」
「はい!ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
その日、数十人の子供が社会へと旅立った。
生徒全員を親の元へ見送り、再び教室へ戻った。教壇の椅子に腰掛ける。
「…ふぅ。今年は色々と激動だったな。…本当に人生で忘れられない一年になりそうだ。」
窓越しに外を見ると、梅の花が桃色に開いていた。
「…梅の花も咲いたか。…それじゃ、次の生徒の為に授業の準備をするか!」
花見すら予定もつかないのに、幸せそうな顔をする慧音であった。
水は大群を率いて空の国から舞い降りた。
降りてきた場所は溶岩という名の火の国であった。
火の国はあまりの水の軍勢に抗うことが出来ず滅亡した。
そう、水に恐れをなして固まってしまった。
そして、水は新たな兵器を生んだ。自律して動く物体、それを生物と呼んだ。
生物は開拓者という能力を持っていた。
水の中にいた生物は水の外へ開拓を着実に広げた。
やがて水の外、いわゆる陸へ抜け出すと陸も開拓し始めた。
だがここに重大な欠点があった。
"陸の外"が存在しなかった。この世は有限だったのだ
有限なこの世に対して生物という寄生体が繁殖していったのだ。
当然、自分たちが生きていけるモノを手に入れる為お互いに争った。
進化とはここで生き残った生物を指すに過ぎない。
ここで時代を遥か先に進めると、人間という名の生物がいる。
人間も同様に生物として生き残った成れの果てである。
つまり、未だにこの世は"生物"が支配しているのである。
「はい、ありがとう。席に座って。この通り、我々人間というのは元を辿ると水の中にいた事になる。
ここ重要だから覚えてくれ」
寺子屋で子供に学を教える人間、いや半獣がいた。名は、上白沢慧音。
「それじゃ、今週の金曜日にテストするからな。ここも範囲に入るぞ」
『うぇええー』
「そんなに嫌がるんじゃない。やることはやるんだ、分かったな?」
『…はーい』
「それじゃ、今日の授業はおしまいだ。さようなら」
「さようならー」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
上白沢慧音は人間の里、人間が集まる集落の寺子屋教師だ。元々は歴史の教師だったのだが…。
「慧音先生、すみません。お時間よろしいですか?」
「はい教頭先生、何か?」
「科学の担当がノイローゼになりましてね。代わりに科学の授業を執って欲しいのですよ」
「へ?なぜ私が?」
「私達は慧音先生の授業に強い魅力を感じています。生徒達からは面白くないと言われておりますが」
「そこは余計です」
「すみません余計でしたね。まあその、慧音先生の授業は非常にわかりやすいのです。
これからは、科学が重要と成される世の中になると思っております。
そこで、慧音先生による科学の授業を通して、次世代に貢献できるような若者を醸成したいと考えています」
「…面白く無いのなら科学の理解を得られないのでは?」
「何度も言いますが分かりやすい事が大事なのです。子供というのは様々な考え方を持っております。
意外と、ある小さな出来事を発端にして大きな事業を成し遂げるなんて事が往々にしてございます。
慧音先生にはそのファクターとなって頂きたいのです」
「…そうですか。しかし、私は昔から歴史を学んできた身。科学を理解するためには相当な時間がかかるかと」
「構いません。その間はなんとか私達で繋ぎます。何卒宜しくおねがいします」
「かしこまりました」
互いにお辞儀をし、慧音は職員室を去る。
慧音は、歴史兼科学の教師となった。
「…あー、請け負わなかった方がよかったかな…」
翌日、早速慧音は後悔していた。
「科学の本を呼んでみたのだが、如何せん難しい。文系の私には取っつき辛い」
何度も科学の本を読み返し、ため息を突く。
「まあ、気分転換だ。散歩するか」
自宅を出て人間の里を歩き始めた。
「…人間の里も中々栄えているな」
慧音は改めて人間の創造力に関心する。
「…私も頑張らなければ…とはいえ…難しいものは難しい…」
慧音に無力感が芽生え始めていた。
そのまま、慧音は人間の里を歩く。
川が流れている区画にぶつかった。
「…水…」
(ニュートンの流体方程式…)
「…ああ!名前だけ知っていても意味がない!理解しないといけないのに!」
本の内容が頭を遮り、慧音のフラストレーションは歩くたびに高まっていった。
「…もうちょっと歩こう…」
感情が収まるまで慧音は歩くことにした。人間の里から外に出る。
里の外は妖怪が跋扈している。その為、人間は里から出ることは無いが、慧音は半獣であるため、特に問題はなかった。
「どうせ今日は休日だし、妖怪の山まで歩こうか」
慧音はそのまま山まで歩くことにした。
人間の里から妖怪の山まではそこそこ距離がある。北へひたすら歩き始めた。
「里の外は妖怪がいるだけで普通に平和なんだよな。こんな事人間なら言えないのだろうがな」
歩く視線の中に妖怪は複数見受けられた。しかし、人間ではない事を妖怪は察知しており、慧音を襲う事はなかった。
「なんだか、妖怪も生物なんだなって思うよ。結局強い者には戦わないってね」
慧音は妖怪に目もくれず山まで歩いた。
「やっと着いたな。まあ、天狗の領域には入らない様に歩くか」
妖怪の山に着いた慧音は天狗によって舗装された順路を歩いた。
「…緑が映えるな」
夏。生命力が極大化する季節。慧音は植物に感動しながら山を登って行った。
すると…。
「…?なんだ、この洞穴」
慧音はなぞの洞窟を見つけた。
「…ま、ちょっとだけ入ってみるか」
先も見えない洞窟に入ってみた。
「はぁ、コウモリばっかりだ」
洞窟はコウモリで溢れていた。手で振り払いながら進む。
「まあこんなもんだよな。ちょっとばかり進んでみるか」
慧音は物怖じせず洞窟を進んでいると…。
「そこの妖怪、止まりなさーい!!」
「!?」
洞窟の奥から大声が反響した。
「…誰だ」
「ここは採掘場です。この先は有毒ガスが蔓延しています。直ちに帰りなさい」
「…有毒ガス?」
「そうです。貴方は見たところ妖怪のようですが、妖怪であれ何であれ、
有毒ガスに適していなければすぐに死んでしまいます」
「…そうなのか。私は好奇心で洞窟に入っただけだ、邪魔してすまなかった」
「あら、物分りの良い事。毎度、貴方の様な方だと嬉しいですね。
たまに人間、最近は巫女達が入ってきたので警戒を強めていたのです」
「そうですか。警告ありがとうございます」
「ではでは、さようなら」
「…」
「なんです?やっぱり先に進みたいと?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「なら何か?」
「貴方になら少し話せるかななんて、私は上白沢慧音と申します」
「…一旦外に出ましょうか。私は玉造魅須丸。よろしく願います」
一行は洞窟から出て山の麓でくつろぎ始めた。
「それで、話したい事とは?」
「…私は人間ではありませんが人間の里で教師をしております」
「別にいいじゃないですか。結局は人間を襲わなければいいのです」
「まあそこは問題じゃないんですね。今悩んでいることがありまして」
「ほうほう」
「今まで私は歴史について鞭を執っていたのですが、急遽科学について教えなければならなくなりまして」
「?独学等で学び直せばいいのではないですか?」
「それはそうなのですが…。如何せん文系であった私が理系の学問を学び直すことにはハードルが高すぎまして、
どうすれば良いか悩んでいたのです」
「ふんふん」
「貴方は学には先見があるように思えます。何かアドバイスなどを頂ければ嬉しいのですが…」
「…」
「…」
魅須丸は短い沈黙の後、口を開いた。
「…古来から栄えた都市に共通点があるのですがご存知ですか?」
「?…いえ、存じ上げません」
「ふー。それでも歴史教師なのですか」
「すみません…」
「では言います。"塩"です。塩がたくさん採れる地域が古来から栄えてきたのです。
外の世界の近畿という地域に首都があったのも頷けます。瀬戸内海という近場でたくさん塩が採れたのですから」
「…塩…」
「塩は人間にはなくてはならない物質です。
塩に含まれるナトリウムを決まった分量摂取しないと人間はあっけなく死にます。
故に塩が採れる地域は生存しやすかったのです」
「…」
「科学と歴史とは意外と繋がっているものです。科学を理解することでより歴史に対する観点が深まるでしょう」
「…貴方の仰るとおりです。私も歴史教師という身、真摯に科学と向き合うべきだとひしひしと感じています」
「それは良かった。これは教え子だけでなく、貴方自身にも役に立つものと私は思っています。
…後世の為にも頑張ってください。教育こそが人類の最も重要な仕事といっても過言ではありません」
「…そうですね。ありがとうございます」
慧音は雲ひとつ無い青空を見上げた。
「私は特に山へ用はなかったのでここでお暇します。ありがとうございました」
「上白沢慧音君、期待していますよ」
「はい、頑張ります」
互いに笑顔で挨拶すると二人は元の住処へ帰っていった。
(今日から心を入れ替えよう)
その日から慧音はスイッチが入った様に勉強し始めた。
「…えー、水の融点が高いのは双極子作用による…」
平日は歴史の授業を執りながら家に変えると科学の勉強というルーティンを繰り返した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2ヶ月後
慧音は堂々たる態度で職員室に入った。
「あ、慧音先生。おはようございます」
「おはようございます、教頭先生。科学授業の件ですが、ある程度の科学は覚えてきました。私に授業をさせて下さい」
「おお!慧音先生!待っていましたよ!」
「少しうろ覚えもあるのでそこは補助して頂けると助かります」
「是非是非!ある程度の期間は私もサポートしますよ」
慧音の科学の授業は始まった。
「…私達の住む日本列島は、4つのプレートの衝突部にあって…」
「はい、ありがとう。その通り、日本列島の周辺には4つのプレートがある。
ただ、陸地については、北米プレートとユーラシアプレートの上にあり、
太平洋プレートとフィリピン海プレートの沈み込みによる圧縮が行われている」
(…慧音先生も見違えましたな。何か、以前よりも堂々としておられる)
慧音の初授業は無事に終わった。
「慧音先生、素晴らしい授業でした。ありがとうございます」
「いえいえ、私の方からも感謝したいです。教頭先生」
「我々が何かしましたか?」
「別に難しい話ではありません。この様なチャンスを与えてくださった事に感謝をしております。
おかげで新しい世界が開けた様な、その様な心地です」
「そうですか。私も嬉しく思います。これからも頼みましたよ」
「喜んで!」
それから、慧音は歴史の授業と併せて科学の授業・実験を教授していった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
半年後
桜が散る中、教師と生徒の最後の日となった。
「遂に卒業の時だな。君たちは素晴らしい。私の授業に逃げることなく付いてきた。
それだけで君たちの人生は素晴らしいものになる事を私が保証する。
まあ最後なんだ、ちょっとだけ言いたいことがある。私は歴史と科学の授業を請け負った。
そして、出来るだけ正確な知識を君たちに与えたつもりだ。
だが、これだけは覚えて欲しい。本当に正しい知識なんて存在し得ない。
君たちはついこの間、オームの法則を習ったと思う。
法則とは、一般的に例外なく現象が理論通りに発生する事を指す。
だが、君たちは電気化学実験で分かっているはずだ。オームの法則なんて正しくないことなど。
全てが法則に従うのならサイクリックボルタンメトリーなんていらないし、それが非線形を示すはずがない。
ここで分かるのが、法則すら当てにならないことだ。
熱力学第二法則も量子力学で一部否定されてしまった。科学なんてそんなものだ。
だからこそ、君たちは考えてほしい。こんな、正しいものが何か分からない世界で何を基準とするか、前提とするか。
そして、自分なりの答えを見つけて欲しい。そう、私も探している途中だ。
…私からは以上だ。ここにいる皆が社会で活躍する事を祈っている。さようなら」
『…慧音せんせぇ、さようなら!今までありがとうございました!』
生徒の目は潤んでいる。
「…なんだよ、そんな目をされたら…」
慧音の目も潤む。
すると、とある生徒が慧音の前まで駆けて来た。
「先生!」
「…お、なんだ?」
「僕は将来立派な科学者になります!慧音先生が教えてくれた科学を使って、新しい物を発明して、
この村、そして慧音先生を幸せにします!」
「…!…ぅ…そうか…そうか…!」
「あー慧音先生泣いてる……ぅぇぇん」
教師と生徒の顔は赤に染まった。
「…ぐす…はいはい、そういうのは言わなくていいの!
…でも、ありがとう。私はあなた達のおかげで私も成長出来た。だから、君たちは私よりも成長するんだ」
「はい!ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
その日、数十人の子供が社会へと旅立った。
生徒全員を親の元へ見送り、再び教室へ戻った。教壇の椅子に腰掛ける。
「…ふぅ。今年は色々と激動だったな。…本当に人生で忘れられない一年になりそうだ。」
窓越しに外を見ると、梅の花が桃色に開いていた。
「…梅の花も咲いたか。…それじゃ、次の生徒の為に授業の準備をするか!」
花見すら予定もつかないのに、幸せそうな顔をする慧音であった。
まず読んでみて感じたのが、構成の薄さと描写の不足です。読んでいてどこかぱっとしない展開なんですよ。例えば、2ヶ月後の場面とかですかね。ただ時間が経ったという事実だけであって、転換した場面に何も含まれていないのが非常に勿体無く感じます。
次に、化学というテーマ、それが意味を成さないんですよ。別に教科がなんであっても成り立ってしまう話で、発想としては面白いのにそれが全く活かされてないんですよね。もっとそのテーマをうまく使って欲しいというのはありました。
読んですぐに出てきた感想としてはこういうものでした。発想は面白いと感じたのでその発想をうまく活かせるように頑張ってもらいたいです。
慧音が科学を教える際、歴史に絡めて教えるというのが素晴らしい発想だと思いました。