夜空には、火を吸って咲いた花が浮かぶ。
水面はその花を映していて、夜空と同じ顔をしていた。
私はありきたりな雑踏、見飽きた屋台を横目に、やけに騒がしい夜を歩く。
君が「花火を見に行こう」そんなことを言った気がして、いつもの白いワイシャツ、足首までの黒いズボン、いつもの黒いハット、履きやすい靴をはいて外へ出た。
真っ赤な色のりんご飴、丁度いい甘さのベビーカステラ、鼻先をくすぐるソースの香り、群衆の喧騒、子供の笑い声、夜に響く迷子のお知らせ、やけに濃い湿気の気配、それに紛れる深い夜の群れ、浴衣姿が目立つ中でもいつもの服装の私たち。
君は、やけに騒がしいなんて言うけれど、その横顔も周りの人と同じ表情で、夜の花が咲くのを待ち望んでいるよう。
私は君とはぐれない様に、君の手を握って人混みを歩く。君は、暢気に私の手に引かれて嬉しそうにしているけれど、私は君とはぐれてしまうと二度と会えない様な気がして、その手を必死に掴んでいた。
雲の様な綿菓子、ぬらぬらと光る金魚すくいの水槽、怪しいお面屋さん、豪華賞品を並べるクジ引きの屋台、香ばしい匂いの焼きとうもろこし、高価な缶ジュース。どれもが魅力的で、私たちはそれらを眺めながら歩いて行く。
誰もが夜だと言うことを忘れているようで、私は少し怖かった。
どこか落ち着ける場所はないかと思いながら歩いていると、やがて何処からともなく花火の打ち上げを告げる放送が響き渡り、周囲はより一層盛り上がる。
人ごみにまみれながらの花火などは見たくない。と、私は思い、君と静かな場所を探す。
なんとか水辺に近いベンチに君と腰かけて、一息ついていると、やがてひゅうぅと大きな音をこぼしながら夜空を進む火の玉は、やがて大きな花を夜空に咲かせた。
冷たい手で私の右手の甲をなぞる君は、意味ありげに私に向かって微笑む。
私は、思わず右手で君の手をとろうとするも、君はひらひらと躱して、私を弄ぶ。
呆れながらも、私は思わず君の方を向く。
そこには、暗がりだけの虚空が浮かぶ。
水面は君の姿を映していて、君はあの頃と同じ顔をしていた。
>>真っ赤な色のりんご飴、丁度いい甘さのベビーカステラ、
>>雲の様な綿菓子、ぬらぬらと光る金魚すくいの水槽、
広い視野と文章化の力をお持ちで羨ましい。
実際に歩いてるかのようだなぁと思いました。
感覚が麻痺する縁日特有の感じがしてとても良きです。