1.
目を覚ますと、私の部屋には膝辺りまである巨大茸が自生していた。
「あ、フランちゃんおはよー」
寝惚け眼を何度か擦り幻覚でないことを確かめていると、扉の側からこいしが顔をのぞかせた。その手元には如雨露が携えられており、ちゃぷちゃぷと部屋に響いた音がその内になみなみと水の蓄えられていることを示唆していた。
全体何処から文句を付けたら良いものかと私は暫し頭を悩ませ、然る後に言った。
「そこは如雨露ではなく霧吹きなのではないかしら」
「フランちゃん」こいしは愕然として、言った。「天才」
巨大茸はその後もすくすくと成長を続け、数日のうちに私の背丈すら追い越した。
ここまで来れば流石に私も分かる。これは魔法茸だ。恐らく私の身体から漏れ出た妖力を吸って巨大化しているのだ。何故私の部屋に生えているのかは分からない。
「いやー、大きくなったねー。とっても食べ応えがありそう」
連日水やりに来るようになったこいしが言う。率直に言って正気を疑う。少なくとも青白く発光する自身の背丈より大きな茸を「食べ応えがありそう」などと評するのはこいしぐらいのものだろう。いや、或いは魔理沙も言うかもしれないが。
「ちょっと味見しちゃおっかな……ねえフランちゃん、少しでいいから食べていい?」
「勝手にすれば」そもそもその茸は私のものではない。私はそこまで趣味が悪くはない。この数日間、私がその茸の所有者であると口にしたことは一度もないし、もし仮にそう問われたとしたら私は恐らく全霊を以て否定するだろう。
「わーいありがとー、じゃあいただきまーす」
こいしはいつもの軽い調子で茸の傘の端辺りに齧りついた。もごもごと咀嚼していくうちにこいし特有の空っぽな笑顔はなりを潜め、段々と真剣な色が代わりに彼女の瞳を彩った。
「フランちゃん」ごくりと呑み込んで、こいしは言った。
「私、凄いことに気付いちゃったかもしれない」
「はあ、そう」
「遍く命はみんなみんな一つの細胞から生まれたの。それ自身――イブゲノムという名前の彼女は生前は意思を持っていなかったけど、その本能は歴史の集積によって無意識の深層に深く深く根を張っていた。私達は結局みんな彼女の手足に過ぎないのよ」
「はあ、そう」
「この世界はいわばイブゲノムの見ている胎児の夢。彼女の目指しているものはただ一つ――うーんもう駄目我慢できない! ごめんねフランちゃんちょっと私今から新しいスペルカード作んなきゃいけないからもう帰るね! ほんとにごめん!」
「はいはいまたね」
慌ただしく帰っていったこいしを見送って私は小さく溜息を吐いた。まるで突風が吹き荒れたかのような気分だった。こいしの弁はまったく意味不明であったが、あれが虚言を吐くことはまずないだろうという点において私はこいしを信用していた。
こいしがあのようなことを言い始めたのはまず間違いなくこの茸を食べたことによるものだ。それを考えると一気に魔法茸へ興味がわいてきた。衝動のままに私は茸の傘を一欠片千切り、口に含んで呑み込んだ。
視界の情報が爆発した。過去と未来と現在と異界と平行世界の情報が一斉に視界を埋め尽くした。これでも私は目が良い方だが、流石にこれは酔いそうだ。
視界を封鎖する寸前、視界の彼方に派手なシャツと変なスカートを身に着けて紅い球を頭に乗せた女が見えた。
私の方を見定めて、「見たわね」と口が動いていた。
その茸の残りは魔理沙が全て買い取っていった。能力増強茸「スカーレット」という名前で今も売っているらしい。こいしの曰く、売り上げはぼちぼちということだ。
2.
目を覚ますと、私の部屋には紫に妖しく光る巨木が生えていた。
部屋に生えていたというか、部屋を貫通していた。
前と同様のにこにこ笑顔で巨木の根元に水をやっているこいしがいたので、とりあえずその背に蹴りを一発叩き込んでおいた。
「それで、何か申し開きはあるかしら?」
「魔理沙さんが悪いよ」
「それが遺言ということで相違ないわね」
「わー待って待ってほんとだって、私は魔理沙さんに頼まれたの!」
曰く、先日この部屋に発生した茸が予想以上に優秀だったので、他の魔法植物でもできないかと魔理沙がこいしに相談したらしい。ちゃっかり契約書まで作られていた。おかしい。一応ここは私の部屋なのだが。
まあ、良いか。魔理沙だし。魔理沙と遊ぶのは楽しいし。今度図書館に、人間だけに反応する私の部屋への転送トラップを大量に配備するだけで我慢しておくことにする。
「それで?」
「それでって?」
「どうしてこんな巨木を選んだのかと聞いているのよ」
「いや違うの違うの、私が持ってきたときはまだ片手で持てるぐらいの苗木だったのよ」
「……予測できなかったのね。確かに漏れ出た魔力だけで一晩かからずにこの大きさまで成長するのは、私だって想像できないわ」
「あーいや、それはフランちゃんの血をちょっぴりもらってかけたからなんだけど」
「……」
「待って待って待って痛い痛い痛い今ゴキって言った関節外れたから!」
こいしの四肢の関節を全て外してやってから、改めて巨木と向き合った。
流石にこれは私の一存ではどうしようもない。お姉様にも咲夜にもパチェにも迷惑がかかってしまう。勿体ないが処分してしまおう、と思ったところで私のお腹が小さく鳴った。
……そりゃあまあ、そうもなるだろう。まだ寝起きの夕食も食べていないのだ。その上私が寝ている内に血まで取られていたとなっては、燃料不足もむべなるかなといったところだ。
咲夜を呼ぼうかと考えて、ふと、気付いた。
この巨木、美味しそうだ。
幹にばりりと齧りつくと、全身に妖力が染みわたるようだった。それも当然か。こいしの弁を考えれば、この樹は魔法の森原産だ。あの場所で芳醇な魔力に漬け込まれ、その上私の血まで啜ったこの巨木は、もはや魔力或いは妖力の塊と呼んでも相違ないだろう。
理解してからは夢中だった。ばりばりと端から食らいつき、気付けば数時間が経っていた。残っていたのは片手に収まる程度の量の木片ぐらいで、それもパチェの使い魔が回収していったから全てなくなってしまった。全身に満ちた妖力の心地好さに熱の籠った吐息を漏らしつつ座り込んでいると、背中にむずむずと違和感が走った。
「ううー、酷い目に遭ったー……あれ、フランちゃん?」
「あらこいし、一人で復活できたのね」
「あーうん、おかげさまで。ってそうじゃなくって、背中の羽が……」
「……?」
首を傾げて背を見やると同時、ごとりと二つ音がした。
落ちていたのは、骨のような木のような奇妙な黒い棒。そして、そこに連なった七色の宝石。
「ああ……」私は思い出して、呟いた。「そういえばそろそろ、生え代わりの時期だったわね」
3.
話す相手がいないので知られていないことなのだが、私の羽に連なった宝石は自然に生えてくるものではない。ざっくり言えば、外部演算補助アタッチメントのようなものだ。私の能力はどれもこれも考えることが多すぎるので、こういうものでも付けていないと、とてもではないがやってられないのだ。
「だから、宝石が欲しいのよ」
「なるほどー……なるほど?」
私の言葉に、こいしは首を傾げた。
「え、じゃあ前の羽のときに付けてた宝石じゃ駄目だったの?」
「良くはないわね。この宝石は羽との親和性が重要なのよ。そして今回の羽は魔法の森の巨木製。つまり」
私は、ぴ、とこいしを指で指し示した。
「魔法の森でできる宝石が、欲しいの」
とは言ったが、まさか本当にあるとは思わなかった。
「というわけで、こちらが魔法の森原産の宝石生成生物、タンスイマホウシンジュガイ……」
ばっとこいしの手で指し示した先にあるのは、何故か私の部屋にできていた青く発光する淀んだ池だ。
「の、棲む池でーす!」
「なんで池ごと?」
「えーだって池がないと貝が死んじゃうもの」
「質問を変えるわ。どうして宝石だけじゃないのかしら?」
「魔理沙さん曰く、時期が悪いんですって」
タンスイマホウシンジュガイの真珠を作る時期は、普通は今からおよそ半年後なのだという。そのスパンを、私から漏れる妖力によって短縮させようという目論見らしい。
「あと魔理沙さんからフランちゃんに伝言だよー。真珠が余ったら分けてほしいんだって」
「私のところに遊びに来てくれるなら幾らでも手を貸すわ、と伝えておいて頂戴」
「それとこないだの羽、とっても研究に役立ったって言ってたわー」
「パチェより上手く使いこなせることを願っているわ、と付け加えておいてくれるかしら」
「うんうんいいよいいよー、ところで私には何かくれたりしないの?」
「仕方ないわね……骨が良い? それとも血? 心臓は駄目よ、大仰過ぎるもの」
「うーん、眼球! フランちゃんと同じものを見てみたいわ!」
「食べたからといって同じものが見えるわけではないと思うのだけど……はい、どうぞ」
「ありがとー、でもフランちゃんったら無粋だわー。これは単なる願掛けよ願掛け」
貴方の眼球はホルマリン漬けにして地霊殿のエントランスに飾ってあげる! と言い残してこいしは去っていった。本気で言っているのなら彼女の家はなかなか凄まじい様相なのだろう。見てみたい気持ちは少しだけあるが、実際に見ることは恐らくそうそうないだろう。なにせ彼女の家の中には太陽がいるという話だし。
4.
目を覚ますと、ぱちぱちと木の爆ぜる音が聞こえた。
「あ、フランちゃんおはよー。今ね、魚焼いてるんだけど食べる?」
こいしが私の部屋の中で焚火をしていたのだ。
「どうかな、美味しく焼けてる?」
「ええ。でも魔力は案外少ないのね」
「えー、だってそれ妖怪の山で取ってきたんだもん。もしかしてフランちゃん、私が常に魔法の森にしか行ってないって思ってない?」
「思ってないわよ、だって此処に来ているじゃない」
「うわそうやってけむに巻くんだ、フランちゃんのいじわるー」
「なら聞くのだけど、この薪は何処産なのかしら?」
「え? 魔法の森産だけど」
「そういうところよ」
ぱちぱちと静かな部屋に響く音が、不思議なことに心地好かった。最近慌ただしく過ごしていたからだろうか。こいしの持ってくる面倒ごとは奇妙奇天烈で振り回されることばかりだったが、けれど刺激的で愉快だったことも確かだ。そしてだからこそ、こういう何でもないような時間が心地好く感じるのだと思う。
「そういえば」とこいしが言った。その懐から取り出したのは、煙管が二本と、それに見覚えのある色をした乾燥茸だ。
「魔理沙さんからおすそ分けですって。こうやって煙を吸うと一番効能が強いらしいわ」
「ああ……私はパス。一度試してみたのだけど、視界に酔って楽しむどころではなかったもの」
「ありゃりゃ」
口調こそおどけているようだったが、こいしは見るからにしょんぼりとした様子だった。どうしたものかと一瞬私は考え込んだが、何のことはない、丁度良いものはすぐ傍にあるのだ。
「こいし、ちょっと貰うわよ」
言って、返事を待たずに彼女の触手を指先程度切り取った。ついでに私の羽の先の辺りを、同じくらいだけ切り離す。
「フランちゃん、何やってるのそれ?」
「茸は吸えないけれど、こっちなら付き合うわ」
宙に浮かべて、裁断、乾燥。入る分だけ集めて丸め、煙管の火皿に詰め込んだ。私が取ったのはこいしの管、こいしに渡すのは私の羽の入った方だ。
「はい、どうぞ」
「……フランちゃんって、もしかして天才?」
こいしが私の顔を覗き込んだ。その目はきらきらと輝いていたから、きっとお気に召したのだろう。私は、は、と鼻で笑った。
「何をいまさら」
わーフランちゃんの味がするー、とにこにこ笑顔のこいしを横目に、私も煙管に火をつけた。
無味無臭、とはこういう味を言うのだろう。言語化し難い、唯の吐息のような、或いは真水のような不思議な味。仙人の食うという霞とやらは、やもすればこんな味なのかもしれない。
まあ、要するに、こいしらしい味だ。彼女の振り撒く騒々しさとは比較する気にもなれないが、それでもこの空っぽな味こそが彼女の本質なのだと思う。
「フランちゃん、どう? 私、美味しい?」
「味はしないわね」
「そんなー」
肩を竦めて私は返した。
「でも、こういう落ち着いた気分の時に吸う分には、丁度良いわ」
目を覚ますと、私の部屋には膝辺りまである巨大茸が自生していた。
「あ、フランちゃんおはよー」
寝惚け眼を何度か擦り幻覚でないことを確かめていると、扉の側からこいしが顔をのぞかせた。その手元には如雨露が携えられており、ちゃぷちゃぷと部屋に響いた音がその内になみなみと水の蓄えられていることを示唆していた。
全体何処から文句を付けたら良いものかと私は暫し頭を悩ませ、然る後に言った。
「そこは如雨露ではなく霧吹きなのではないかしら」
「フランちゃん」こいしは愕然として、言った。「天才」
巨大茸はその後もすくすくと成長を続け、数日のうちに私の背丈すら追い越した。
ここまで来れば流石に私も分かる。これは魔法茸だ。恐らく私の身体から漏れ出た妖力を吸って巨大化しているのだ。何故私の部屋に生えているのかは分からない。
「いやー、大きくなったねー。とっても食べ応えがありそう」
連日水やりに来るようになったこいしが言う。率直に言って正気を疑う。少なくとも青白く発光する自身の背丈より大きな茸を「食べ応えがありそう」などと評するのはこいしぐらいのものだろう。いや、或いは魔理沙も言うかもしれないが。
「ちょっと味見しちゃおっかな……ねえフランちゃん、少しでいいから食べていい?」
「勝手にすれば」そもそもその茸は私のものではない。私はそこまで趣味が悪くはない。この数日間、私がその茸の所有者であると口にしたことは一度もないし、もし仮にそう問われたとしたら私は恐らく全霊を以て否定するだろう。
「わーいありがとー、じゃあいただきまーす」
こいしはいつもの軽い調子で茸の傘の端辺りに齧りついた。もごもごと咀嚼していくうちにこいし特有の空っぽな笑顔はなりを潜め、段々と真剣な色が代わりに彼女の瞳を彩った。
「フランちゃん」ごくりと呑み込んで、こいしは言った。
「私、凄いことに気付いちゃったかもしれない」
「はあ、そう」
「遍く命はみんなみんな一つの細胞から生まれたの。それ自身――イブゲノムという名前の彼女は生前は意思を持っていなかったけど、その本能は歴史の集積によって無意識の深層に深く深く根を張っていた。私達は結局みんな彼女の手足に過ぎないのよ」
「はあ、そう」
「この世界はいわばイブゲノムの見ている胎児の夢。彼女の目指しているものはただ一つ――うーんもう駄目我慢できない! ごめんねフランちゃんちょっと私今から新しいスペルカード作んなきゃいけないからもう帰るね! ほんとにごめん!」
「はいはいまたね」
慌ただしく帰っていったこいしを見送って私は小さく溜息を吐いた。まるで突風が吹き荒れたかのような気分だった。こいしの弁はまったく意味不明であったが、あれが虚言を吐くことはまずないだろうという点において私はこいしを信用していた。
こいしがあのようなことを言い始めたのはまず間違いなくこの茸を食べたことによるものだ。それを考えると一気に魔法茸へ興味がわいてきた。衝動のままに私は茸の傘を一欠片千切り、口に含んで呑み込んだ。
視界の情報が爆発した。過去と未来と現在と異界と平行世界の情報が一斉に視界を埋め尽くした。これでも私は目が良い方だが、流石にこれは酔いそうだ。
視界を封鎖する寸前、視界の彼方に派手なシャツと変なスカートを身に着けて紅い球を頭に乗せた女が見えた。
私の方を見定めて、「見たわね」と口が動いていた。
その茸の残りは魔理沙が全て買い取っていった。能力増強茸「スカーレット」という名前で今も売っているらしい。こいしの曰く、売り上げはぼちぼちということだ。
2.
目を覚ますと、私の部屋には紫に妖しく光る巨木が生えていた。
部屋に生えていたというか、部屋を貫通していた。
前と同様のにこにこ笑顔で巨木の根元に水をやっているこいしがいたので、とりあえずその背に蹴りを一発叩き込んでおいた。
「それで、何か申し開きはあるかしら?」
「魔理沙さんが悪いよ」
「それが遺言ということで相違ないわね」
「わー待って待ってほんとだって、私は魔理沙さんに頼まれたの!」
曰く、先日この部屋に発生した茸が予想以上に優秀だったので、他の魔法植物でもできないかと魔理沙がこいしに相談したらしい。ちゃっかり契約書まで作られていた。おかしい。一応ここは私の部屋なのだが。
まあ、良いか。魔理沙だし。魔理沙と遊ぶのは楽しいし。今度図書館に、人間だけに反応する私の部屋への転送トラップを大量に配備するだけで我慢しておくことにする。
「それで?」
「それでって?」
「どうしてこんな巨木を選んだのかと聞いているのよ」
「いや違うの違うの、私が持ってきたときはまだ片手で持てるぐらいの苗木だったのよ」
「……予測できなかったのね。確かに漏れ出た魔力だけで一晩かからずにこの大きさまで成長するのは、私だって想像できないわ」
「あーいや、それはフランちゃんの血をちょっぴりもらってかけたからなんだけど」
「……」
「待って待って待って痛い痛い痛い今ゴキって言った関節外れたから!」
こいしの四肢の関節を全て外してやってから、改めて巨木と向き合った。
流石にこれは私の一存ではどうしようもない。お姉様にも咲夜にもパチェにも迷惑がかかってしまう。勿体ないが処分してしまおう、と思ったところで私のお腹が小さく鳴った。
……そりゃあまあ、そうもなるだろう。まだ寝起きの夕食も食べていないのだ。その上私が寝ている内に血まで取られていたとなっては、燃料不足もむべなるかなといったところだ。
咲夜を呼ぼうかと考えて、ふと、気付いた。
この巨木、美味しそうだ。
幹にばりりと齧りつくと、全身に妖力が染みわたるようだった。それも当然か。こいしの弁を考えれば、この樹は魔法の森原産だ。あの場所で芳醇な魔力に漬け込まれ、その上私の血まで啜ったこの巨木は、もはや魔力或いは妖力の塊と呼んでも相違ないだろう。
理解してからは夢中だった。ばりばりと端から食らいつき、気付けば数時間が経っていた。残っていたのは片手に収まる程度の量の木片ぐらいで、それもパチェの使い魔が回収していったから全てなくなってしまった。全身に満ちた妖力の心地好さに熱の籠った吐息を漏らしつつ座り込んでいると、背中にむずむずと違和感が走った。
「ううー、酷い目に遭ったー……あれ、フランちゃん?」
「あらこいし、一人で復活できたのね」
「あーうん、おかげさまで。ってそうじゃなくって、背中の羽が……」
「……?」
首を傾げて背を見やると同時、ごとりと二つ音がした。
落ちていたのは、骨のような木のような奇妙な黒い棒。そして、そこに連なった七色の宝石。
「ああ……」私は思い出して、呟いた。「そういえばそろそろ、生え代わりの時期だったわね」
3.
話す相手がいないので知られていないことなのだが、私の羽に連なった宝石は自然に生えてくるものではない。ざっくり言えば、外部演算補助アタッチメントのようなものだ。私の能力はどれもこれも考えることが多すぎるので、こういうものでも付けていないと、とてもではないがやってられないのだ。
「だから、宝石が欲しいのよ」
「なるほどー……なるほど?」
私の言葉に、こいしは首を傾げた。
「え、じゃあ前の羽のときに付けてた宝石じゃ駄目だったの?」
「良くはないわね。この宝石は羽との親和性が重要なのよ。そして今回の羽は魔法の森の巨木製。つまり」
私は、ぴ、とこいしを指で指し示した。
「魔法の森でできる宝石が、欲しいの」
とは言ったが、まさか本当にあるとは思わなかった。
「というわけで、こちらが魔法の森原産の宝石生成生物、タンスイマホウシンジュガイ……」
ばっとこいしの手で指し示した先にあるのは、何故か私の部屋にできていた青く発光する淀んだ池だ。
「の、棲む池でーす!」
「なんで池ごと?」
「えーだって池がないと貝が死んじゃうもの」
「質問を変えるわ。どうして宝石だけじゃないのかしら?」
「魔理沙さん曰く、時期が悪いんですって」
タンスイマホウシンジュガイの真珠を作る時期は、普通は今からおよそ半年後なのだという。そのスパンを、私から漏れる妖力によって短縮させようという目論見らしい。
「あと魔理沙さんからフランちゃんに伝言だよー。真珠が余ったら分けてほしいんだって」
「私のところに遊びに来てくれるなら幾らでも手を貸すわ、と伝えておいて頂戴」
「それとこないだの羽、とっても研究に役立ったって言ってたわー」
「パチェより上手く使いこなせることを願っているわ、と付け加えておいてくれるかしら」
「うんうんいいよいいよー、ところで私には何かくれたりしないの?」
「仕方ないわね……骨が良い? それとも血? 心臓は駄目よ、大仰過ぎるもの」
「うーん、眼球! フランちゃんと同じものを見てみたいわ!」
「食べたからといって同じものが見えるわけではないと思うのだけど……はい、どうぞ」
「ありがとー、でもフランちゃんったら無粋だわー。これは単なる願掛けよ願掛け」
貴方の眼球はホルマリン漬けにして地霊殿のエントランスに飾ってあげる! と言い残してこいしは去っていった。本気で言っているのなら彼女の家はなかなか凄まじい様相なのだろう。見てみたい気持ちは少しだけあるが、実際に見ることは恐らくそうそうないだろう。なにせ彼女の家の中には太陽がいるという話だし。
4.
目を覚ますと、ぱちぱちと木の爆ぜる音が聞こえた。
「あ、フランちゃんおはよー。今ね、魚焼いてるんだけど食べる?」
こいしが私の部屋の中で焚火をしていたのだ。
「どうかな、美味しく焼けてる?」
「ええ。でも魔力は案外少ないのね」
「えー、だってそれ妖怪の山で取ってきたんだもん。もしかしてフランちゃん、私が常に魔法の森にしか行ってないって思ってない?」
「思ってないわよ、だって此処に来ているじゃない」
「うわそうやってけむに巻くんだ、フランちゃんのいじわるー」
「なら聞くのだけど、この薪は何処産なのかしら?」
「え? 魔法の森産だけど」
「そういうところよ」
ぱちぱちと静かな部屋に響く音が、不思議なことに心地好かった。最近慌ただしく過ごしていたからだろうか。こいしの持ってくる面倒ごとは奇妙奇天烈で振り回されることばかりだったが、けれど刺激的で愉快だったことも確かだ。そしてだからこそ、こういう何でもないような時間が心地好く感じるのだと思う。
「そういえば」とこいしが言った。その懐から取り出したのは、煙管が二本と、それに見覚えのある色をした乾燥茸だ。
「魔理沙さんからおすそ分けですって。こうやって煙を吸うと一番効能が強いらしいわ」
「ああ……私はパス。一度試してみたのだけど、視界に酔って楽しむどころではなかったもの」
「ありゃりゃ」
口調こそおどけているようだったが、こいしは見るからにしょんぼりとした様子だった。どうしたものかと一瞬私は考え込んだが、何のことはない、丁度良いものはすぐ傍にあるのだ。
「こいし、ちょっと貰うわよ」
言って、返事を待たずに彼女の触手を指先程度切り取った。ついでに私の羽の先の辺りを、同じくらいだけ切り離す。
「フランちゃん、何やってるのそれ?」
「茸は吸えないけれど、こっちなら付き合うわ」
宙に浮かべて、裁断、乾燥。入る分だけ集めて丸め、煙管の火皿に詰め込んだ。私が取ったのはこいしの管、こいしに渡すのは私の羽の入った方だ。
「はい、どうぞ」
「……フランちゃんって、もしかして天才?」
こいしが私の顔を覗き込んだ。その目はきらきらと輝いていたから、きっとお気に召したのだろう。私は、は、と鼻で笑った。
「何をいまさら」
わーフランちゃんの味がするー、とにこにこ笑顔のこいしを横目に、私も煙管に火をつけた。
無味無臭、とはこういう味を言うのだろう。言語化し難い、唯の吐息のような、或いは真水のような不思議な味。仙人の食うという霞とやらは、やもすればこんな味なのかもしれない。
まあ、要するに、こいしらしい味だ。彼女の振り撒く騒々しさとは比較する気にもなれないが、それでもこの空っぽな味こそが彼女の本質なのだと思う。
「フランちゃん、どう? 私、美味しい?」
「味はしないわね」
「そんなー」
肩を竦めて私は返した。
「でも、こういう落ち着いた気分の時に吸う分には、丁度良いわ」
私大好物なんですよ!!!
私大好物なんですよ!!!
私大好物なんですよ!!!
とてもよいこいフラでした
開幕巨大茸
>>軽い調子で茸の傘の端辺りに齧りついた。
>>一欠片千切り、口に含んで呑み込んだ。
茸生食、ダメ、ゼッタイ
>>笑顔で巨木の根元に水をやっているこいし
安定こいしムーブ
>>こいしの四肢の関節を全て外してやってから
とりあえず全部外すのかw
>>それでもこの空っぽな味こそが彼女の本質なのだと思う。
ぐっ、スタティックでありながらなんて濃度のこいフラ!
画面が眩しい尊過ぎて直視できない!
良かったです!
羽の宝石を演算機と見る解釈は初耳ですが、不思議にすとんと腑に落ちました。
……最初に子供たちが地下室でキノコを育てだすあたりで、ブラッドベリのぼくの地下室においでを連想してやべーぞシリアスホラー巨編だ!と勝手に身構えてしまうなどもしました。
愉しい狂気でしっかりとカップリングを魅せてこられたのは実にズルい。好き。
実に体重の乗った百合でした
面白かったです
こいフラは良いぞ。
ありがとうございます。
眼球貰っていいのか?ってなったけど二人がいいならいいんだろうと納得した。
とても面白すぎました。ありがとうございます。
お互いがお互いに触れ合える事が当たり前だと思っているふたりの物語は健康に良い
とても美味しいこいフラでした
こいしが青白く光る茸を生で齧るという絵面はなかなかシュールで、その後の展開(彼女が何かに目覚める)も茸だからしっくりくるものと思われます。これがもし、魔法の果物などではやや説得力に欠けます。というのも、茸というのは食料という観点で見ると野菜に分類されますが、植物ではなく菌類――つまり生き物なのです。植物のようで生き物であり、またその見た目が男性器を彷彿させる(一説によると〇〇たけのたけは男性器が猛っている様子から取ったという)という点でおいても、やはり茸は妖しい存在なのです。
また、随所にマジックマッシュルームを彷彿させる描写がありますが、この手の茸は科学的観点では神経系統に異常をきたす成分が含まれており、摂取すると、幻覚や幻聴、多幸感など所謂、バッドトリップ状態になると言われていますが、オカルト的な観点で見ると文字通り一種の魔法のような扱いを受けることもあります。事実、シャーマンなど魔術等に携わる人はマジックマッシュルームを摂取していたという記録があります。致死率が低いことも大きかったでしょう。故に魔法使いにとっては茸は切っても切り離せない存在であり、魔理沙などが日常的にマジックマッシュルームを摂取していても何も不思議なことはありません。
そう思うと、こいしとフランドールが織りなすこの一見危うくてでどこか愛らしいこのお話も一種の幻覚のようなものと、考えることもできると言えるのではないでしょうか。フランドールがこいしの四肢を外したり、自分の眼球を渡すなどの一見奇妙なやりとりの数々はどことなく幻覚の世界を彷彿させるものであり、極めて非日常的です。この非日常的な魅力と幻覚的な魅力が相まって構築された、どことなく危うさを孕んだ二人だけの世界が、この物語の本質的な魅力なのだろうと思います。
長々となりましたが、素敵なお話ありがとうございました。
たまにはサイケ、たまには猟奇、そしていつだって奇想天外。そんな非常識な日常が二人にとってはいつも通り。
こういうおかしな「いつも通り」を自然に読ませてしまうのがサク_ウマさんの上手さであり、同時にこいフラの妙味でもあるのだなぁと納得させられました。
無茶苦茶なことやってるはずなのにいつも通りな雰囲気漂う、その雰囲気が心地よく、面白おかしい日常譚、楽しく読ませていただきました。