「そういえば青娥殿って誕生日はあるのですか?」
本日の論議の発端は、物部布都の何気なく失礼な一言であった。
「布都ちゃん様? 私を何だと思ってらっしゃるので?」
霍青娥はかんざしの鑿部分で布都の烏帽子をぺしぺしとノックする。一発ごとに山がぺこん、ぺこんと陥没していくが、布都はいつもの事と気にせず口を動かし続けた。
「いやあ、道場の門下生が申していたのです。来週は母の誕生日だから贈り物に悩んでいると。それで我も思い出しました。今日はなんと太子様の復活された記念すべき日では御座いませんか」
「何が"それで"だよ。門下生の悩みはどこへ行った」
蘇我屠自古が青娥の横から口を挟んだ。自分で淹れた濃いめの緑茶をすすり、煎餅をひとかじり。この渋さなら甘い物を用意すべきだったと戸棚のストックを思い返していた。
「親の事は子が考えてこそじゃ。我が口を挟めばそれは忠孝への不純物となろうよ。だから自分で考える気持ちが大事といつか太子様から聞いた御言葉を伝えておいたわ」
「まあ一般論だな。だがそれがこいつの誕生日にどうして繋がった」
「こいつと言うなー。こいつとぉぉぉ!」
青娥の横にもう一人、宮古芳香が唸り声を上げる。食いしばる歯が煎餅を易々と粉砕し、半分が畳の上に落ちた。それを青娥が機械的に拾い上げて再び芳香の口に突っ込む。
「うむ、太子様の事は今日祝えば良いであろう。我とお前も生前の誕生日に合わせれば問題はあるまい」
「それを私の前でよく言えたもんだな、お前」
仙人となる為に自殺した布都と、その布都に嵌められて仙人になれず怨霊となった屠自古。しかしこのやり取りも今となってはいつもの事だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「それでじゃ。思えば青娥殿だけ特別に祝う日が分からないではないかと」
「待てぇい。私を忘れるなぁー!」
芳香が煎餅の半分の半分を噛み砕いて落とし、またまた青娥に残りを戻してもらった。
「おお、すまんすまん。芳香と青娥殿は一心同体のようなものじゃろう。だから二人一緒に祝うので許してくれぬか?」
「むむむ、許す!」
煎餅を含んで横に広がった口で、芳香はにへらと笑った。
漫才のせいで話が一向に進んでいない。埒が明かないと思った屠自古が青娥に向き直った。
「で、お前って生まれた日とかあんの?」
「この、お馬鹿。二人して」
青娥の矛先が屠自古の幽体部分、すなわち脚に向いた。大根などと揶揄されがちな屠自古の脚だが実際はマシュマロのようにふわふわと柔らかい。押し付けられたかんざしの先端がズボズボと埋まっていく。
「私にも誕生日くらいありましたー。まあ、最後に祝ったのは千と何年前だったかしらね」
「あったんだな。お前だからなんかこう、放置された死体から生えてきたもんだと思ってた」
「生えてくれるならいくらでも生えてほしいぞぉ」
芳香が狂信的な台詞を口にする。彼女は脳が腐っているキョンシーなのでまともを期待するのが間違いなのだが。
「ふむ、確かに増えるのならばもう一人ぐらい居てくれた方が何かと……」
「正気に戻れ。こんな奴は半分、いや四分割するぐらいでちょうどいいわ」
増えてもいいと言った布都も、それを止めた屠自古も、傍から見れば文句無しに正気ではない部類である。しかし狂人同士が奇跡のバランスで成り立っているのが神霊廟なのだ。
「面白い話をしているな。青娥は菌類か何かだったのかい」
神霊廟の狂人をまとめる真の狂人も、彼女を慕う門下生から解放されて戻ってきた。神子も円卓という名のちゃぶ台に座り、すかさず隣の布都が急須から茶を注ぐ。流れるような連携プレー。
「……豊聡耳様ぁ? 最近開発したばかりの細菌型キョンシー発生術式があるんですけど、もしやここで使ってもよろしいと仰っておりますの?」
「ハハ、冗談だよ。いや、本当に冗談だから……やらないでくださいね、お願いですから」
目は口ほどに物を言う。神子が寒気を覚えるほどに、青娥の眼は座っていた。
青娥は基本的に怒らない人だ。もちろん弟子がいけない事をすれば叱責するが、怒りの感情に身を委ねて行動したりはしない。それは裏を返せば、怒らなくてもラインを踏み越えてくるかもしれない、である。つまり何をしでかすか分からなくて恐ろしい。
「申し訳ございませんが、結局青娥殿の誕生日はいつなのでしょうか」
布都も意を決して流れを切った。そもそも誕生日一つ聞くだけでこうまで脱線するとは予想外だったのだが。
「はあ、そういうのは忘れてしまったんですよ。千年余も生きるには要らない記憶は捨てていかないと。一応戸籍上は文月の二十二日としてますが」
「ちょっと待ちなさい。貴女に戸籍があったのか」
「はい、現代に生きるには無いと面倒ですからちゃんと日本に帰化してるんですよ。だからカクセイガって日本語読みでしょう?」
「まあこいつは公文書偽造しましたけどね。でもやっておかないと団地の一部屋も借りられないから仕方ないんですよ」
「うむ……待たせ過ぎた我々の落ち度もあるからあまり言うまい」
為政者の目の前で堂々と告白された不正は不問とされた。もっとも、神子が今の日本国を治めているわけではないので管轄外の話だ。言うだけ無駄というものである。
「……あの、私からも。要らない記憶とは聞き捨てなりませんな。貴女が無条件で主役となれる日でありましょうに、必要ないとは」
布都が体を前に乗り出して主張した。力のひけらかしを喜びとする青娥とは思えない発言。あまりにもらしくない。
「無条件だからよ。誕生日は誰にでも一年に一度訪れます。そんな日に祝って貰ってもあまりに普通じゃありませんか」
「そうは思いません。現に青娥殿は太子様の生誕日には欠かさず参られていたでしょうに」
「豊聡耳様はそこに居られるだけで特別だから、本来は毎日が記念すべき日なんですー。私とは違いますー」
「どういう理屈だよ……」
屠自古は呆れていた。どうしてこの流れで幼児のように口を尖らせて反論するのか青娥の心情が理解できない。
布都が神子の為なら絶命も厭わないほど慕っていたのはよく知っているが、それは青娥も大概である。さりとて屠自古も狂信していたからこそ飛鳥の時代から今もここに居るのだ。
「よし、一度止めよう」
言い争いに発展しそうな空気を読み取って、神子がポンと手を打った。それはこの場の誰も望んでいない。そして二人を止められるのは自分だけという自覚から神子の判断は早かった。
「……昔の自分の誕生日は、昔の体だけ。青娥、そうだね?」
「……ええ、その通りです。豊聡耳様は流石でございますね」
青娥はあえて肯定した。
実のところ神子が触れたのは核心の触り程度にすぎない。だからこそ、そこで止めてくれた神子の心配りを青娥も汲んだ。
「布都、お前の気持ちも分かるよ。先生にこれまでの大恩を返したいという心、それは私だって持っているとも」
「いえ、私には青娥殿の御心は読み切れませんでした。まだまだ未熟でございます」
「だが想いは純粋だ。青娥もそれが伝わらない人ではないよ。そこで、私から提案があるのだが……」
そこで勿体ぶってタメを作るのは青娥以上に目立ちたがりな神子の本能であった。皆の注目が自分に集まるのを待って──待ったが芳香だけは青娥をずっと見つめていたので諦めて──人差し指を青娥に突き付けた。
「今日を私と青娥の生まれ変わり記念日とする!」
神霊廟はアンチ仏教のはずだがしばらく木魚の音が響いた、ような感覚に囚われた。
「……はあ」
屠自古は茶葉とお茶請けを買い足さなきゃなあとぼんやり考えていた。
「ふむ、屠自古には聞こえていなかったか? 今日を私と青娥の生まれ変わり記念日と……!」
「そこを恥ずかしがらずに言い直せるのはさすが豊聡耳様と申しておきますが、私の尸解日が今日でないのは確かですよ」
「まあ聞きなさい。私が仙人として復活したのは今日だ。ならば、私の師である貴女も! 仙人・豊聡耳神子の師匠(仮)であった貴女から(仮)が外れた事を意味する! そうだな、布都!?」
「あ、はい! 太子様の仰る通りです!」
ここで吃ったら負けだと感じ取った神子は一切怯むこと無く前に進んだ。まず勢いで布都を味方に付ける。これで戦局は少し有利になった。
「私が尸解に失敗していれば貴女が私の師である事実に何の意味もない。私の復活こそが貴女の存在証明。つまり、私と貴女も一蓮托生だと言えるのです。そう思いません!?」
熱の籠もった手で青娥の両手を包み込む。聖徳太子時代、これで喜ばなかった女は居ない程の神子の決まり手なのだが、果たして青娥に通じるかどうか──。
「はい」
まるで仮装大賞で泣き出した子供へのお情けが如く、青娥から合格の一点が押された。
「ヨシ! そうと決まれば今日は私と青娥の祝宴だ。屠自古! 酒の準備を……お願いできますか?」
「はあ、いいですけど」
「そこで縮こまるなアホー。神子のヘタレー」
あまりの温度差に神子の気勢が削がれてしまった。例え王でも恐妻には絶対勝てない、それが自然の摂理なのだ。芳香のヤジも飛ぶというもの。
「ふふ……」
青娥から意味深な含み笑いが溢れた。神子への嘲笑か、あるいは屁理屈でも祝おうとしてくれた感謝か。もしかしたら両方かもしれない。
神霊廟とは神子なくして成立し得ない集団だ。神子のカリスマ性に惹かれた者、神子と共に永遠を生きたいと願った者の集まりである。神を名乗るに相応しい力を持ち、いつも自信満々で、だけどちょっぴり情けない。そんな神子だからこそ愛されているのだ。
神子の右腕として常に暗躍し続けた布都。神子と布都の凶刃性を包みこむ鞘の役割を果たしてきた屠自古。三人を人でなき存在へと導く全ての始まりであった青娥。その青娥と共にあって心の支えとなり、神霊廟を守り続けた芳香。
この中の誰が欠けても今の神霊廟はあり得なかった。この五人の存在が絶対だ。
「我が復活と師の生誕。そしてさらなる高みを目指して、乾杯!」
神子の音頭の下に、五人の杯が重なった。
この五人がいる限りはずっと、神霊廟は幻想郷で愉快な光景を見せてくれるだろう。
これまでも、これからも、離れることなく。
本日の論議の発端は、物部布都の何気なく失礼な一言であった。
「布都ちゃん様? 私を何だと思ってらっしゃるので?」
霍青娥はかんざしの鑿部分で布都の烏帽子をぺしぺしとノックする。一発ごとに山がぺこん、ぺこんと陥没していくが、布都はいつもの事と気にせず口を動かし続けた。
「いやあ、道場の門下生が申していたのです。来週は母の誕生日だから贈り物に悩んでいると。それで我も思い出しました。今日はなんと太子様の復活された記念すべき日では御座いませんか」
「何が"それで"だよ。門下生の悩みはどこへ行った」
蘇我屠自古が青娥の横から口を挟んだ。自分で淹れた濃いめの緑茶をすすり、煎餅をひとかじり。この渋さなら甘い物を用意すべきだったと戸棚のストックを思い返していた。
「親の事は子が考えてこそじゃ。我が口を挟めばそれは忠孝への不純物となろうよ。だから自分で考える気持ちが大事といつか太子様から聞いた御言葉を伝えておいたわ」
「まあ一般論だな。だがそれがこいつの誕生日にどうして繋がった」
「こいつと言うなー。こいつとぉぉぉ!」
青娥の横にもう一人、宮古芳香が唸り声を上げる。食いしばる歯が煎餅を易々と粉砕し、半分が畳の上に落ちた。それを青娥が機械的に拾い上げて再び芳香の口に突っ込む。
「うむ、太子様の事は今日祝えば良いであろう。我とお前も生前の誕生日に合わせれば問題はあるまい」
「それを私の前でよく言えたもんだな、お前」
仙人となる為に自殺した布都と、その布都に嵌められて仙人になれず怨霊となった屠自古。しかしこのやり取りも今となってはいつもの事だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「それでじゃ。思えば青娥殿だけ特別に祝う日が分からないではないかと」
「待てぇい。私を忘れるなぁー!」
芳香が煎餅の半分の半分を噛み砕いて落とし、またまた青娥に残りを戻してもらった。
「おお、すまんすまん。芳香と青娥殿は一心同体のようなものじゃろう。だから二人一緒に祝うので許してくれぬか?」
「むむむ、許す!」
煎餅を含んで横に広がった口で、芳香はにへらと笑った。
漫才のせいで話が一向に進んでいない。埒が明かないと思った屠自古が青娥に向き直った。
「で、お前って生まれた日とかあんの?」
「この、お馬鹿。二人して」
青娥の矛先が屠自古の幽体部分、すなわち脚に向いた。大根などと揶揄されがちな屠自古の脚だが実際はマシュマロのようにふわふわと柔らかい。押し付けられたかんざしの先端がズボズボと埋まっていく。
「私にも誕生日くらいありましたー。まあ、最後に祝ったのは千と何年前だったかしらね」
「あったんだな。お前だからなんかこう、放置された死体から生えてきたもんだと思ってた」
「生えてくれるならいくらでも生えてほしいぞぉ」
芳香が狂信的な台詞を口にする。彼女は脳が腐っているキョンシーなのでまともを期待するのが間違いなのだが。
「ふむ、確かに増えるのならばもう一人ぐらい居てくれた方が何かと……」
「正気に戻れ。こんな奴は半分、いや四分割するぐらいでちょうどいいわ」
増えてもいいと言った布都も、それを止めた屠自古も、傍から見れば文句無しに正気ではない部類である。しかし狂人同士が奇跡のバランスで成り立っているのが神霊廟なのだ。
「面白い話をしているな。青娥は菌類か何かだったのかい」
神霊廟の狂人をまとめる真の狂人も、彼女を慕う門下生から解放されて戻ってきた。神子も円卓という名のちゃぶ台に座り、すかさず隣の布都が急須から茶を注ぐ。流れるような連携プレー。
「……豊聡耳様ぁ? 最近開発したばかりの細菌型キョンシー発生術式があるんですけど、もしやここで使ってもよろしいと仰っておりますの?」
「ハハ、冗談だよ。いや、本当に冗談だから……やらないでくださいね、お願いですから」
目は口ほどに物を言う。神子が寒気を覚えるほどに、青娥の眼は座っていた。
青娥は基本的に怒らない人だ。もちろん弟子がいけない事をすれば叱責するが、怒りの感情に身を委ねて行動したりはしない。それは裏を返せば、怒らなくてもラインを踏み越えてくるかもしれない、である。つまり何をしでかすか分からなくて恐ろしい。
「申し訳ございませんが、結局青娥殿の誕生日はいつなのでしょうか」
布都も意を決して流れを切った。そもそも誕生日一つ聞くだけでこうまで脱線するとは予想外だったのだが。
「はあ、そういうのは忘れてしまったんですよ。千年余も生きるには要らない記憶は捨てていかないと。一応戸籍上は文月の二十二日としてますが」
「ちょっと待ちなさい。貴女に戸籍があったのか」
「はい、現代に生きるには無いと面倒ですからちゃんと日本に帰化してるんですよ。だからカクセイガって日本語読みでしょう?」
「まあこいつは公文書偽造しましたけどね。でもやっておかないと団地の一部屋も借りられないから仕方ないんですよ」
「うむ……待たせ過ぎた我々の落ち度もあるからあまり言うまい」
為政者の目の前で堂々と告白された不正は不問とされた。もっとも、神子が今の日本国を治めているわけではないので管轄外の話だ。言うだけ無駄というものである。
「……あの、私からも。要らない記憶とは聞き捨てなりませんな。貴女が無条件で主役となれる日でありましょうに、必要ないとは」
布都が体を前に乗り出して主張した。力のひけらかしを喜びとする青娥とは思えない発言。あまりにもらしくない。
「無条件だからよ。誕生日は誰にでも一年に一度訪れます。そんな日に祝って貰ってもあまりに普通じゃありませんか」
「そうは思いません。現に青娥殿は太子様の生誕日には欠かさず参られていたでしょうに」
「豊聡耳様はそこに居られるだけで特別だから、本来は毎日が記念すべき日なんですー。私とは違いますー」
「どういう理屈だよ……」
屠自古は呆れていた。どうしてこの流れで幼児のように口を尖らせて反論するのか青娥の心情が理解できない。
布都が神子の為なら絶命も厭わないほど慕っていたのはよく知っているが、それは青娥も大概である。さりとて屠自古も狂信していたからこそ飛鳥の時代から今もここに居るのだ。
「よし、一度止めよう」
言い争いに発展しそうな空気を読み取って、神子がポンと手を打った。それはこの場の誰も望んでいない。そして二人を止められるのは自分だけという自覚から神子の判断は早かった。
「……昔の自分の誕生日は、昔の体だけ。青娥、そうだね?」
「……ええ、その通りです。豊聡耳様は流石でございますね」
青娥はあえて肯定した。
実のところ神子が触れたのは核心の触り程度にすぎない。だからこそ、そこで止めてくれた神子の心配りを青娥も汲んだ。
「布都、お前の気持ちも分かるよ。先生にこれまでの大恩を返したいという心、それは私だって持っているとも」
「いえ、私には青娥殿の御心は読み切れませんでした。まだまだ未熟でございます」
「だが想いは純粋だ。青娥もそれが伝わらない人ではないよ。そこで、私から提案があるのだが……」
そこで勿体ぶってタメを作るのは青娥以上に目立ちたがりな神子の本能であった。皆の注目が自分に集まるのを待って──待ったが芳香だけは青娥をずっと見つめていたので諦めて──人差し指を青娥に突き付けた。
「今日を私と青娥の生まれ変わり記念日とする!」
神霊廟はアンチ仏教のはずだがしばらく木魚の音が響いた、ような感覚に囚われた。
「……はあ」
屠自古は茶葉とお茶請けを買い足さなきゃなあとぼんやり考えていた。
「ふむ、屠自古には聞こえていなかったか? 今日を私と青娥の生まれ変わり記念日と……!」
「そこを恥ずかしがらずに言い直せるのはさすが豊聡耳様と申しておきますが、私の尸解日が今日でないのは確かですよ」
「まあ聞きなさい。私が仙人として復活したのは今日だ。ならば、私の師である貴女も! 仙人・豊聡耳神子の師匠(仮)であった貴女から(仮)が外れた事を意味する! そうだな、布都!?」
「あ、はい! 太子様の仰る通りです!」
ここで吃ったら負けだと感じ取った神子は一切怯むこと無く前に進んだ。まず勢いで布都を味方に付ける。これで戦局は少し有利になった。
「私が尸解に失敗していれば貴女が私の師である事実に何の意味もない。私の復活こそが貴女の存在証明。つまり、私と貴女も一蓮托生だと言えるのです。そう思いません!?」
熱の籠もった手で青娥の両手を包み込む。聖徳太子時代、これで喜ばなかった女は居ない程の神子の決まり手なのだが、果たして青娥に通じるかどうか──。
「はい」
まるで仮装大賞で泣き出した子供へのお情けが如く、青娥から合格の一点が押された。
「ヨシ! そうと決まれば今日は私と青娥の祝宴だ。屠自古! 酒の準備を……お願いできますか?」
「はあ、いいですけど」
「そこで縮こまるなアホー。神子のヘタレー」
あまりの温度差に神子の気勢が削がれてしまった。例え王でも恐妻には絶対勝てない、それが自然の摂理なのだ。芳香のヤジも飛ぶというもの。
「ふふ……」
青娥から意味深な含み笑いが溢れた。神子への嘲笑か、あるいは屁理屈でも祝おうとしてくれた感謝か。もしかしたら両方かもしれない。
神霊廟とは神子なくして成立し得ない集団だ。神子のカリスマ性に惹かれた者、神子と共に永遠を生きたいと願った者の集まりである。神を名乗るに相応しい力を持ち、いつも自信満々で、だけどちょっぴり情けない。そんな神子だからこそ愛されているのだ。
神子の右腕として常に暗躍し続けた布都。神子と布都の凶刃性を包みこむ鞘の役割を果たしてきた屠自古。三人を人でなき存在へと導く全ての始まりであった青娥。その青娥と共にあって心の支えとなり、神霊廟を守り続けた芳香。
この中の誰が欠けても今の神霊廟はあり得なかった。この五人の存在が絶対だ。
「我が復活と師の生誕。そしてさらなる高みを目指して、乾杯!」
神子の音頭の下に、五人の杯が重なった。
この五人がいる限りはずっと、神霊廟は幻想郷で愉快な光景を見せてくれるだろう。
これまでも、これからも、離れることなく。
でもまだ5年くらいしか経ってないって信じています