Coolier - 新生・東方創想話

海辺の宿題

2021/08/03 23:20:35
最終更新
サイズ
58.16KB
ページ数
1
閲覧数
2650
評価数
22/25
POINT
2260
Rate
17.58

分類タグ

 こんなものは、毎日のように夢に見ていた。
 潮のさざめき。水平線から昇る雲。遠くに望む水天一碧。
 それはかつての残滓。外の世界に置いてきた、自分の中の構成要素。
 広がる青色と、頭上の蒼色と、立ち上がる白色と――その広大な空間に入り込む寸前に広がる、砂の色。
 どこまでも記憶通りで、それでもどれもが偽物のはずだった。
 だってここは、幻想郷なんだから。
「でも、本当だったんだ」
 そう彼女は――村紗水蜜は、呟いた。
 まるで蜃気楼のように。
 まるで不知火のように。
 吹いては消えるようなか細さで、声は溶けていった。
 村紗の目の前に広がる――海へと。
 ――幻想郷に、夏の海がやってきていた。

 ◆◆◆

「あ、なんだ。あんたも来てたんだ。えーと名前は……」
「村紗です。村紗水蜜」
「そうそう、村紗村紗。で、用件は退治されたいってことでいいのよね?」
「いや、普通に飲み物でも貰おうかと」
 海の家まであるなんてね――驚きというよりも、どこか呆れたような心持で村紗は目の前を見る。
 当然のように、海の家が建っていた。事実、海に海の家があるのは当然なのだが、それはあまりにも自然に建っていた。
 それは木組みの小屋であり、中にはござが敷かれている。外にせり出した飲食スペースには、幾つものテーブルセットが置かれていた。
 まるで昔からここにあったかのように、海の家は砂浜に鎮座していた。
 目の前の巫女は――巫女服では無く水着にエプロン姿だったが――どうやら海の家の店員らしい。
「サニーミルクオレ、ルナノンアルカクテル、スタージンジャー……なにこれ、霊夢が考えたの?」
「よく聞いてくれたわね。ほら、この海って三日前に突然わいてきたでしょ? だから急遽海の家を出そうってことになって、手伝ってくれそうな奴らとメニューを考えたのよ」
「へえ」
 ふと霊夢の背後を見てみると、人とそれ以外が慌ただしく店の中を駆けまわっていた。霊夢と同じく水着とエプロンの謎コーデで、誰もが手と足を動かしている。
 すると店中から声が聞こえて、
「よし、料理は持ったわね? バランスは大丈夫? やっぱり私が変わりましょうか?」
「大丈夫です華扇さん! さすがの私もこんなところで転ばないです!」
「そうよルナ、あんたなら出来るはずよ!」
「そうねサニー。あ、私はそろそろお客様を呼び込んでこようかしら?」
「まてまて、お前が抜けたら誰が料理をするんだ。お前は私とキッチンに缶詰だ」
「……焦熱地獄だぜえ」
 ……大変そうねえ。
「あー、私はこのヘルヘカテーラムネってやつでいいです。すぐに飲めるでしょ?」
「はいまいどー」
 霊夢が氷水の詰まった箱の中から、薄緑色の透明な瓶を二本取り出す。透き通った夏色に水滴が浮いて、その幾つかがしずくとなって霊夢のエプロンを濡らした。
 村紗が瓶を呷ると、口内に炭酸の爽やかさが弾けた。痛い、と思う程度が心地良い。村紗が生きた時代には無かった、それでいて海の象徴とも呼べる一本だ。
「ぷは。……で、霊夢はなんでこんなことしてるの?」
「え? だって儲かりそうじゃない?」
「さいですか」
「とりあえず一週間分の材料は仕入れたけど、まずは初日を乗り切らないとね。忙しくなるわー」
 確かに、海の家は満員に近い盛況を見せていた。これが数日も続けば、大きな儲けになるだろう。妖精の一匹が躓いて料理をぶちまけているのが目に映るが、村紗にはかかわりのないことだった。
「……退治しないの?」
「あんたを?」
「海をですよ」
 上半身だけ振り返って、背後を見る。そこには大海原が広がっていた。
 ――幻想郷に、海は無い。
 湖はあっても、沢はあっても、潮の鳴る水場はどこにも存在しない。
 それが非常識の世界における不変の常識。しかしその常識は、既に三日前に過去のものとなっていた。
 この海は、突然幻想郷の住民の前に姿を現したのだ。
「いいんじゃないの。悪意とか、邪気とかは感じられないし」
「水の中は危ないんですよ? 色々と」
「あんたが言うと説得力があるわね。でもまあ、私じゃどうしようもないのよ」
 霊夢は他人事のように言って、首を竦めた。
「この空間、閉じてないのよ。結界の類ならすぐに解呪できるんだけど……たぶん、海という概念そのものが遊びに来てるんだわ。だから私には追い出せないの」
 そして、事実他人事なのだろう。それだけ今の霊夢は、ただ海を楽しむ有象無象の一人に過ぎなかった。
「誰かに何か言われてないの? 働かないのは人間の特権よねえ……とか」
「……やたら、いらっとくる口調ね。そんなこと、言われてないわよ」
「そう」
 ならいいか、と身体を完全に後ろに向ける。
「あ、瓶はリサイクルするから返しなさいよねー。海には捨てないでよ?」
「あのねえ、よりにもよって私にそれを言います?」
 船幽霊の逸話を知らないのだろうか、と村紗は思う。
 柄杓で船に水を入れて、沈没させてしまう海の怪異。柄杓ないし、水の入る容器を海に投げ入れると、それを使って船幽霊は水を船に入れてしまう。
 村紗はそんな手間のかかる方法を取りはしなかったが、それでも船幽霊が海に瓶を捨てるなんて、笑い話でしかなかった。
 だけど霊夢は、
「あー? だってあんた、もう人殺しはしないんでしょ?」
「…………」
「寺のやつが言ってたからには、本当のことなんだろうけど。だからって、あまり人に寄られても困るんだからね」
「……大丈夫だって」
 あまり親しくない霊夢には、そう思われても仕方がない。
 ――否、きっと寺の皆だって、聖だって、自分のことを本当には理解していないだろう。
 だから村紗は背後に向き直る。
 困ったような笑みを浮かべて、こう言ったのだった。
「大丈夫――私はまだ、船幽霊ですから」

 ◇◇◇

「船幽霊の貴方に依頼があります。海を、消してくださらないかしら」
「……は?」
 彼女に話しかけられたのは、寺の屋根でぼうっと過ごしていたときのことだった。
 海が現れた、と話には聞いていた。
 つい昨日発生したその空間は、博麗神社の正面に展開されているらしい。鳥居を抜け階段を下りると、いつの間にか海岸線に出ていて――そこには広がっているらしい。砂浜と、雲と、岩場と――海が。
「ぬえの冗談だと思ってたのに」
「海、詳しいのでしょう?」
「貴方だって詳しいんじゃないですか? ええと確か――八雲紫さん、でしたっけ」
 真夏の空に、ぽっかりと虚空が開いていた。妖怪の村紗にして薄気味の悪い、黒い穴が。
 まるで夏に似つかわしくない怖気の走る空間に腰かけながら、彼女は言う。
「確かに私は詳しいわ。昔はよく友達と海に行ったし、海辺に眠る秘め封じられた伝説を紐解く一大スペクタクルを経験してもいますし」
「詳しく突っ込みませんからね。それじゃあ、紫さんがやったらどうですか」
「呼び捨てで構いませんわ。それに口調も」
「答えて」
「……私も海に詳しいですけど、それでも船幽霊たる貴方には敵わない。言うまでもないでしょう?」
 船幽霊。それは言葉通り、水辺で発生する怪異だ。海だけではなく、湖や川辺でも見られると聞いたことはあるが――村紗水蜜という存在が、海に近しいのは疑いようのない事実だった。
 それでも、紫の返事は答えになっていないと村紗は思う。何故なら、
「私がやらないといけない義務なんて、無いし」
「あらあら、海は嫌い?」
「私は船幽霊なんだから、むしろ海に消えて欲しくないと思うとは思わない?」
「人間達は海が好きなようね。さっそく人里で話題になっているわ」
「妖怪達だって、興味で動きそうなのは沢山いると思うけど」
「霊夢と魔理沙も何か企画しているみたいね。里の人達を守ってもらおうと思っていたのに、困っちゃうわ」
「…………」
 話が噛み合わない。というより、意図的に噛み合いを外されていた。
 まるで説明はしないでおくわと言うように。
 だって貴方は見過ごさないわと言いたげに。
 噂に聞いていた通りの不遜な笑みで、八雲紫は言葉を紡ぐ。
「ノーヒントは大変だろうから、一つ教えておいてあげるわ」
「ちょっと、私はやるなんて――」
「ローレライの伝説。ご同業として、聞いたことがあるでしょう?」
「――――」
「それが今回の異変の首謀者、と言ったらどうします?」
 勿論、知っている。それは船幽霊と似て非なる、海の伝承だ。
 曰く、その姿は岩礁に座る美しき少女である。
 曰く、その美しき歌声は全ての思考を霧へと変える。
 曰く、全ての海を往くものを魅了し本能を露わにさせる――と。
「……随分大きな名前がでてきたものね。突飛すぎて、子供の考えたB級映画の設定みたい」
「夏休みの特別番組としては、良い趣でしょう?」
「……興味が無いわけじゃない、けどさ」
「色々と変質しているようですけど、貴方なら大丈夫でしょう」
「…………」
「その顔、引き受けてくれるのね。よかったあ。海中は危ないから、人間達には頼みにくかったのよねえ。式は水に弱いし」
 だったらあなた自身がいけばいいのにと、やはり思わざるを得なかった。
 指一つで全てを解決できる、最高峰の妖怪。恐らくは聖をも超える存在が貴方だろうに、と。
「ああ安心した安心した。あっそうそう、お寺の皆さんには黙って行った方がいいでしょう。少々厄介な話になるでしょうから」
「心配かかるからってこと?」
「あら? まさか自覚が無いなんてことはないでしょう?」
「何が」
「お寺の皆さんにも、秘密なのでしょう?」
「…………」
 会話がやはり噛み合っていない――と、村紗は思うことはできなかった。
 何故なら、八雲紫の言いたいことが解ってしまったからだ。
 もっとも、依然としてどうしてこんな依頼をしてきたのかは、謎だったが。
「……行ってくればいいんでしょ、もう」
「ええ、もし解決してくれたならば望むものを与えましょう」
「……うさんくさい」
 嘆息を落とし、額を抑えて目を瞑る。一瞬の後に目を開くと、既に八雲紫の姿は消え失せていた。
 青い空に虚無はなく、ただ夏が存在しているだけだった。
 村紗は視線を里の外に――博麗神社の方向に向ける。
 遠くを眺めてみても、ただ山と森があるだけだ。
 その奥に、海が待っているとは到底思えない。
 だけれど、村紗の耳には確かに届いていた。
 外の世界に置いてきたはずの、海鳴りの声が。

 ◇◇◇

 波の音を耳に受け、砂を踏みしめ歩みを進める。水平線と平行に。海を左に、浜と人を右にして。
 どうやら店を出しているのは霊夢達だけではないようだった。人里の見知った顔が焼きそばを売っているのを確認すると、村紗はソースの香ばしさに魅了されないように足を早めた。
 砂浜には同じような出店が幾つも立ち並んでいた。そしてそれらの出店は、一つの場所を囲うように建てられており――、
『皆――! 今日は突発ライブにきてくれてありがと――!』
『名残惜しいけど次がラストナンバーだよ! どうしてかわかんないけど、今日の私はとっても元気がみなぎってるから――皆最後までついてきてよね!』
 どうやって短時間で施工したのか、金属で組み上げられた野外ステージが砂の上に堂々と収まっていた。
 馴染の山彦と、その相方の夜雀が、ステージのクライマックスを迎えたところだった。音響装置が二人の声を増幅させて、観客の鼓膜と心を震わせている。
 二人とも水着だけど、一日歌っていたら日焼けが酷いんじゃあ……と思いかけたところで、村紗は本来の目的の為歩みを戻した。
 ……取りあえず崖の上から海を見てみようかな。空を飛ぶと、目立ちそうだしね。
 気にし過ぎかとは思うが、それでも自分が船幽霊の身の上であることが気にかかった。
 船幽霊が悪さをしようとしている、と噂が立つのは避けたい。既に海岸には人が溢れていて、その誰もが海という未知を楽しんでいる。そんな場を壊す恐れがあるのなら、不要に目立つ必要もない。
 浜辺を歩いている時点で今更だとは思うが――、
「できることは、やったほうがいいよね。透明になるとか、しばらく姿を消せるとか、できればなあ」
「欝々と考え込んでるから姿を消せないのよ。無の境地だっけー? 水蜜んところのお姉さんの言う通り、無になればいいのよ」
「…………ああ、こいしか」
 唐突に――けれども彼女らしく、古明地こいしが隣を歩いていた。
 聖のお気に入り。無意識の妖怪。無を我が物として悟りを開いたという――村紗はその解釈に懐疑的だったが――虚ろのような少女だった。
「いつから?」
「友達いないお姉さんと水蜜が話してたところから」
「最初からじゃん」
 こいしの手元を見れば、そこには薄緑色の瓶があった。赤白のスプライト柄のラベルが貼られたそれは、先ほど村紗が飲んだラムネと同一のものに違いない。
 彼女は帽子をかぶっておらず、代わりに帽子のリボンと同じ色合いの、黄を基本色とした水着しか身に着けていなかった。
「……お財布持ってないみたいだけど、お金は払ったの?」
「払ったよ? 水蜜が」
 無意識のうちに、こいしの分も払っていたらしい。キュロットスカートの中を手探りで確認すると、確かに小銭の数が合わなかった。
「うーん、ちょっと炭酸強すぎない? おいしくなーい」
「……はあ。それ飲んだら帰りなよ」
「えーやだー。だって面白そうじゃんー」
「ローレライの伝説が?」
「水蜜が楽しそうにしてるところが」
 かつん、と音を立てて足が止まった。
 いつの間にか、砂浜の終わりまで辿りついていたようだ。だから村紗は岸に背を向けて、海にせり出した、大きな岩場へと進路を変える。
「そんなに楽しそうに見える? 私」
「見える見える。さっきからニヤニヤ笑いながら歩いてる自覚、なかった?」
「……人間達が楽しそうだなあとか、響子頑張ってるなあとか、そんなことで笑ったとは思うよ。後は――」
「また人を沈められそうとか、だよね?」
 今度は、足を止めなかった。
「あれあれ? 冗談のつもりだったのに……水蜜も、実は殺戮がしたいなーと思ってるタイプだった?」
「水蜜もって、こいしはそう思ってるの?」
「やだなあ、私が何かを思ってるわけないじゃん。それよりも、水蜜の話を聞かせてってば」
 子どものような声色で、口の端を歪ませてこいしが問う。しかしその眼は、興味という感情を持っているかすら怪しい、がらんどうの瞳だった。
 村紗は知っている。この無意識の妖怪が、自分の思考を持っていないことを。
 聖曰くそれは悟りの境地だというが――目の前にして瞳を見れば、深海のような虚ろにしか思えなかった。
 これは心を読めないはずの空っぽの穴。その筈だ。その筈なのに、村紗の頬と背に、汗が伝う。
 熱さを感じている筈だった。照り付ける太陽は幻想の海においても本物で、幽霊の身に対しても熱を与えているのは疑いようがない。
 だけど、村紗は頭のどこかに寒さを感じていた。まるで暴かれてはいけない秘密を解かれようとしている、犯罪者のように。
 否。犯罪者にように、では無いのだ。
 村紗が過去に犯した罪は本物で――今も消えているわけではない。
 それどころか、
「……私さ、違うんだ」
「なにが?」
「私とタメを張れるのは、やっぱり雲山かな。昔は多くの首を落としてきたらしいけど、今じゃ寺に遊びに来る子供をあやすのが楽しくて仕方ないんだって」
「ふうん」
「ぬえはあれでいて頭が良くてさ、人間は一切殺めない癖に、しっかり怖がらせて畏れだけを上手く得てる。星も私達に会う前は人間を食べていたみたいだけど、聖のところに来てからは――聖がいない間も、本当に、人間に馴染んでくれててさ」
「…………」
「ナズーリンは色々事情があるし、響子は……まああんな感じで人間大好きで、あとは――」
「うーん水蜜が何を言ってるのかわかんなーい。私考えるの苦手だから、もっとストレートに教えてくれなきゃ」
 どこまでもふざけたような口調で、無意識の妖怪が言う。
 村紗の無意識を掘り起こすように。
 もしくは既に、意識に上った思考をより明敏にするように。
 しかし、
「……まあ、気が向いたら教えてあげる」
「約束ね。早く気が捻じれてこっちを向きますように」
 すんでのところで、村紗は意識を取り戻す。気が付けば岩場をだいぶ登っていて、高さもそれなりのところまで来ていた。
 この海岸を俯瞰して見てみると、どうやら入り江と呼んだ方がいいかもしれない形状をしていた。
 砂浜は広いが、その左右は岩の大地に挟まれている。
 海に向かって左側は岩石地帯が広がっていたが、右側――今村紗たちがいる側は、切り立った崖のように大地が隆起している。
 地上から見れば、断崖絶壁が立ち上がっているようにみえる形だ。
「散歩するのもいいけど、そろそろ空を飛んでもいいんじゃない?」
「やめとく。ここまできたら、なんか歩きたくなってくるし」
 なんとなしに言い返しただけであったが、一拍置くと今自分が喋ったことがやけに腑に落ちる。海辺を歩く、という行為そのものが村紗の心を高揚させているのかもしれない。
 あるいは単に、足を動かし続けていれば思考をしないで済むからかもしれない。
 いつの間にか砂浜の喧騒も遠くになって、今は意味の無い音としてしか聞こえなくなっていた。今聞こえるのは二人分の足音と、遠くから聞こえる歌声と、波の音。
 ざぱん。じゃぶん。どぷん。ざあざあ……。
 こいしも何も言わなくなって、村紗もまた何も言わなかった。実のところ、こいしと一緒にいる時はいつもこうだ。かつて、血の池地獄にいるところを見られたときも、何故か二人きりの帰り道をこうして歩いた記憶がある。
 どうして私なんかについてくるのだろう、と村紗は思う。
 こいしとはそれなりに長い間付き合いだ。地底に封印される前の繋がりを除けば、幻想郷最古の知り合いと言ってもいい。
 しかし村紗は、こいしのことを何一つ理解していなかった。突然現れて、何故かこちらにちょっかいを出してくる謎の少女。こいしに対しての認識は、そのような不理解だった。
 けれど同時にわかってもいた。彼女に懐かれているのは、きっと自分の心の中に眠っている衝動のせいなのだろう、と。
 そんなことを思っても、何も周囲の世界は変わらなかった。高度が上がり、視界が上がり、聴こえる音が減ろうとも、黙々と歩みを進める二人がいるだけだ。
 ――それももう、あと少しで終わろうとしていたが。
「……わ、私こんな景色初めて見た。きれいねー」
 そこは、崖の終端だった。振り返って岸側を見れば遠くに地平線が望めた。そこには神社も里も何も見えない。どうやら、この海辺は完全に独立していて、どこまでも広がっているらしい。
 そして岸を背にしてみれば――そこには、青色が横たわっている。
「…………」
 実のところ、実際に海を見てみないと、自分が何を思うかは村紗自身にも予想が付いていなかった。
 昂揚するのか、落ち込むのか、それとも何も思わないのか。
 今日実際に砂浜を歩いて、岩場を上って、そしてここからの景色を見た感想は――。
「ねえ水蜜。なんでそんなにつまらなそうなの?」
「……さっきと言っていること、違くない?」
「だってあなた、船幽霊なんでしょう? それならもっと、海を見て喜んだり、楽しんだりするはずだもの。それなのに、落ち着き過ぎだもん」
「まあ、ね」
 自覚はあった。海辺の光景に笑みを得たりはしたけれども、それでも傍から見れば落ち着いているように見えるだろう。巫女や妖精たちの方が、よっぽどはしゃいでいると言っていい。
 けれども、決して不愉快なわけでも、興味が無いわけでもなかった。寧ろ逆だ。海というものに対して、村紗は変わらず――昔から変わらず――強い興味を、持っていた。
 落ち着いて見えるのは、単に村紗自身が愉快さを表に出すまいと、抑えていただけに過ぎなかった。
「こーんなに素敵な世界なのに、楽しまないなんて嘘だわ」
「そうね。さっきから聴こえてる歌声も、綺麗だし」
「……? 私には何も聴こえないよ?」
「え?」
 歩いている最中も聴こえてきた歌声は、今も確かに村紗の耳に届いていた。
 しかし、よく聴いてみれば確かに違和感がある。音楽が聴こえた時点で、てっきり浜辺のライブ音がここまで届いているのかと思っていた。けれども今聴こえるのは、
「ソプラノの、女の人の、肉声。聴こえない?」
「ぜーんぜん」
 どうやら、この声は自分の耳にしか聞こえていないらしい。自分に原因があるのか、もしくはこいしが聴こえないだけなのか。村紗は疑問するが、答えは出るわけもなかった。
「あのお姉さん、確かローレライがどうって言ってたっけ。その人の歌声なのかな?」
「人じゃなくて、ええと確か……半魚人だか、鳥人だか、ともかく妖怪の筈」
「じゃあその歌声は、妖怪らしく精神を犯す声ってことなのかな?」
「たぶんね。伝説に曰く、船乗りたちを魅了したんだとか」
「じゃあ私には聞こえないかー。私、心を動かされることも、動かされる心もないもんね」
 耳を澄ましてみると、歌の発生源は沖であるように思えた。見たところ水面はどこまでも平たく、岩場も離れ小島も認められない。かの怪異は霧に紛れ夜に紛れ岩礁にてその美声を披露したと言うが、ここでは少々趣が異なるようだ。
「仕方がない、海に潜るしかないか」
「仕方がない? くすくす、おかしいのね」
 こいしの小馬鹿にしたような笑いに、村紗の心が総毛だつ。
 ……ああこれ、駄目だなあ。
 こいしに対して、疎ましいだとか、しつこいだとか、そんな感情を持ったことは一度もない。今後もそうなのだろうな、と心のどこかで感じさえする。
 けれど、この好意にも似た――そして船幽霊らしい――感情を覚えてしまうのは、本当に駄目だ。
「……こいし、さ。どうして私がそんなに楽しそうなのか、って聞いたよね」
「そうだっけ?」
「確かに、海は楽しいよ。深みのある青色も、空にかかる雲の白さも、私には眩しい太陽も、全部好きでさ。いつか寺の皆と遊びに行けたらなあなんて、思ったりしてね」
「お寺の皆、いつも窮屈そうだもんねえ」
「だけど、駄目なんだ。私が、一番海に行きたかった理由はさ――」
 息が荒い。自然と心臓の鼓動が早くなって、村紗は自分の胸に手を当てる。
 痛いほどの動悸が自覚できた。無意味な動揺を心が得ていた。
 ――そんな村紗の手を、こいしが自分の両手で握った。
「……何を」
「私、楽しいとか、面白いとか、そういうの全然わかんない。だけど……水蜜がどうしたいかは、知ってるよ?」
 こいしが握った両手を、自身の両手と一緒に胸に寄せた。
 違う。それは胸に寄せたのではなく――、
「水蜜はさあ。血の池地獄で溺れてみたり、神社に来た人を溺れさせてみたり……昔の暗ぁい自分が、忘れられないんだよね?」
「それは――」
「もし……もしもう一度海に出たら、本当にまた、人を殺しちゃうかもって――そう思ってたんだよね?」
 こいしが、二人の両手を、こいしの首元に置く。
 村紗を導くように。指をほぐして開かせて、こいし自身の首を掴ませるように――。
「――もしよかったら……代わりに、私のことを殺してみる?」

 ◇◇◇

 あの海に置いてきたはずだった。
 かつて聖に助けられて、救われて、船を与えられて、呪われた海を去ったとき、その情念は無くなった筈だった。
 事実地上で暮らした数十年、殺しの味はすっかりと忘れていた。
 だけど地底に封じられて。
 そして地上に戻ってきて。
 地獄を見た。血の池地獄の味を覚えて、自分は罪人であることを思い出した。
 楽園を見た。誰もが幸いに暮らす所で、自分はここにいて良いのかと思った。
 だって自分は、溺れるような苦しみを得ることに快感を覚えていて。
 そして現在も、溺れる人の顔を見るのがとても気持ちいいんだから。
 寺の皆と、自分が違うことなんて、とっくの昔に自覚していた。
 お酒を飲んだり、肉を食べたり、そんな些細ことはどうだっていい。
 聖は困った顔をするだろうけれど、自分が抱えている衝動と比べれば大したことはない。
 そうだ。
 村紗水蜜という存在は、今も思っている。
 あの海に置いてきたと思っていた感情は、今も燻っている。
 きっと自分は。
 誰かを、殺したいのだ――。 

 ◇◇◇

 ……え。
 村紗の思考は現実に追いついていなかった。
 しかし身体は意志とは別に、口よりも雄弁に動いた。
 こいしの首元にかけた自分の指に、自然と力が入るのがわかって――。
「私、苦しいとか、辛いとか、そういうのも、無、いからあん、しん、して――ぐ、げっ、ごっ」
 こいしの言葉が、意味の無い音に代わる。その瞳は虚ろを見ていて、そこには暗い光が宿っていた。
 ……ちょっと。
 悟り妖怪がどこまで酸素を必要とするか、村紗は知らない。こいしが苦痛に通ずる感情を喪失しているのも、本当だろう。
 だけど、
「駄目」
「……な、ぐ、に、が……?」
「私、こんなことしたいわけじゃない」
 口は動く。思考も動く。だけど手指は動いたままだった。
 こいしは身体をだらんと脱力させていて、本当に抵抗しないつもりらしい。既にぴくぴくと身体は震えて、このままでは取り返しの付かないことになるのは明らかだった。
 こいしは何の為にこんなことを。
 どうして自分は手を止められないのか。
 歌が聴こえた。海の中から歌声が。脳に響く魅了の声が。
 すると身体が動いた。指でも腕でもない。脚だ。脚が動いて、崖の方に歩いて、海の方に身体が動いて――。
「あっ」
 村紗とこいしの身体が、崖から落下した。
 風切り音と――それでも聴こえ続ける歌声が村紗の聴覚を支配した。
 結構高い所にいたはず、と村紗が呆けて思考した直後に全身が圧を受ける。
 水に触れたのだ、と思考が追い付くころには、海水が身体の熱を奪っていた。冷たく、暗く、寂しい、命を奪う恐ろしい水が。
 一つだけ熱を持ったままの個所があった。それは今なお、こいしの手にかかった手指だ。そしていつの間にか、霊体の腕がこいしの身体中を這い、押さえこんでいる。村紗の船幽霊としての性質が、能力が、青白い腕を幾つも呼び寄せていたのだ。
「がぼ? がぼびぼ?」
 どう? たのしい?
 冷たい水に浸されてなお、こいしが無表情で笑いかける。
 殺されようとしているのに、沈められようとしているのに、こいしはいつも通りの表情を変えなかった。
 しかしそれよりも村紗が一番驚いたのは――あるいは予想通りだったのは、自分自身の心だった。
 跳ねたのだ。まるで玩具を与えられた子供だった。胸がドキドキと弾んで、気持ちの良いリズムを奏でていた。
 本当に、海の中に戻ってきたようだった。
 あの船幽霊だったころの、冷たい海に。
「やめて」
「がぼぼ?」
 こいしの眼が細まって、瞳が薄く見えた。
 一体貴方は何を言っているのと、責めているように。
「違うの」
「?」
「私はもう殺したくないの」
 反射的に、口から言葉がでた。だけど身体も、心さえも、それを肯定してくれない。
 手指に込める力は強くなる一方で、ぎりぎりぎしぎしと感触が手に返る。
 弾んだ心は自分の元へと戻らない。命を奪っている事実に、ときめいてさえいた。
 歌が聴こえた。こいしの口から洩れるあわぶくの音に混ざって、歌声が聞こえる。心を呆けさせる魔性の歌が。
 ……ああ。
 村紗にも、わかっていた。この自分の異常は、きっとこの歌声のせいだ。八雲紫の言うことが正しいのであれば、きっとこの歌声は聴くものの心を蕩けさせて、本能に従属させる力があるのだろう。
 でも、それがどうしたっていうのだろう。歌声の持つ魔性が本物だったとて、それは自分の心も本物だという証明に過ぎないじゃないか――。
 ああ、それでも。
「私――もう、殺したくないよ」
 口から出たのは、そんな言葉だった。
 思念で吐露した船幽霊の言葉は、本人しか聴いていないはずだった。
 だけど違った。目の前でほほ笑む無意識の妖怪が、笑い方を変えたのだ。
 それは仕方が無さそうな、村紗が見たことの無い表情で――。
「がっ」
 一瞬の後に、村紗の視界は失われていた。
 その原因は、こいしが悟りの眼から伸びるコードを伸ばして村紗の頭を――耳を押さえたのだと理解するのに、刹那の時間がかかった。
 そのころには、腕も足も首も、全てコードに縛り上げられていて、
「――――」
「がっぼぼ。がぼぼがぼぼー」
 全身が、締め付けられていた。
 そして呆れたような、仕方ないなあとでも言いたげなこいしを感じたのを最後に、村紗の意識は途絶えたのだった。

 ◆◆◆

「――は」
 夜の中で、村紗は目を覚ました。
 最初に見えたのは、天井だった。しかし視界の端には暗い水平線が見えて、ここが岸辺だということはすぐに理解できた。
「……私、どうしたんだっけ」
「ここは海の家だよ?。今日はお泊りだー」
「うわっ!」
 真横に、こいしが寝そべっていた。
 昼間見たときと変わらない水着姿で、何かを羽織ることもなくそこに寝ており、
「ちゃんと覚えてる? 私が水蜜のことを引っ張って、ここまで引きずって来たのよ?」
「ええと」
 自分の姿を見れば、薄いタオルケットが身体にかかっていた。どうやらこいしにここまで連れてこられた後、寝かせられていたらしい。
「――そうだ! こいし、貴方身体は――」
「え? 大丈夫だよ、さっきは気持ち良かったねー」
 まるで海水浴をしたばかりの子供の様に、こいしは言う。
 しかし、村紗には見えていた。こいしの身体を這う、手の形をした青痣を。特にその首に残ったものは、痛々しいほどにくっきりと残っていた。
「……ごめん」
「随分と情熱的だったね。やっぱり、久々に海に潜ってテンション上がっちゃった?」
 けらけらと笑うこいしを前にして、それでも村紗の顔は晴れなかった。
「やっちゃったものは仕方ないって。それに今更罪が増えたところで、貴方にとってはどうってこともないでしょ?」
「う」
 こいしには、詳しい身の上を話した記憶は無い筈。村紗はそう思うが、彼女の言葉と瞳は村紗の過去と心を的確に刺し貫いていた。
「まあまあ水蜜、今日はゆっくり休んで、また明日考えれば?」
「そういうわけにも……あ、そういえばここって」
 判断が保留になっていたが、そういえばと思い出す。村紗は、自分が今どこにいるのかさえも把握していなかった。
「――あ、起きてる。死んだかと思ったのに」
 そんな村紗に、背後から声がかけられた。
 声に振り向くと、そこには水着パーカーの巫女がいて、
「幽霊が死ぬとどうなるか、見れると思ったのに」
「……ご期待に沿えなくて申し訳ないですね」
 どうやら昼間に立ち寄った、霊夢の海の家で寝かされているらしい。
 落ち着いて周囲を見渡すと、ごく少数ながら客と思しき姿も見えた。
「夜もやってるんだ」
「一応ね。この時間は危ないから、封鎖しようと思ったんだけど……」
 霊夢の視線に合わせて村紗が海の方を向くと、そこには子供のようなシルエットが幾つか見え、
「――さあフラン今日は思いっきり泳ぐわよ! 太陽のビーチなんて人間達にくれてやるわ、夜は私達の時間がぼぼぼぼぼ」
「あらお姉さま、陽は無くても海は常に流れ続けているのよ。ビニールボートに乗って楽しむのが正しい海との付き合い方というものよあっ波がごぼぼぼぼぼ」
「ふふ、お二人ともはしゃぎすぎて風邪など引かぬように気を付けてくださいね?」
 村紗は半眼で霊夢の方を向いて、
「……あれ、いいの?」
「昼は人間達に開放して、夜は妖怪達に開放することにしたの。そうすれば自然と、夜人間達が来ないようにできるでしょ?」
「そうじゃなくて……まあ霊夢がいいのならいいんですけど」
 人気の無い――しかし妖の気配がする海辺を、村紗はぐるりと見渡す。
 そこに親しい顔がいないことを認めると、思わず安堵の息が漏れてしまった。
「……そういえば、寺の連中がいないわね。あんた一人?」
「ええ、まあ」
「水蜜はお寺の皆には言えないことしてたんだよねー? あとで言いつけちゃおーっと」
「ちょっとこいし」
「ふうん」
 じろり、と霊夢の視線がこいしの身体を撫でる。
「……まあ人の趣味に口は出さないけど、ほどほどにしなさいよね」
「いやいや霊夢、これには海より深い事情があってですね」
「そうそう、事情があったから仕方ない仕方ないー」
 腕に引っ付くこいしを、村紗は一旦無視することにした。
 ため息と共に霊夢に視線を合わせると、
「……どうやらこの海には、心を惑わす怪異が住み着いているみたいで」
「怪異?」
「ローレライって知ってる?」
「ああ、あの雑魚妖怪」
「雑魚……? まあとにかく、その妖怪が歌声で人を惑わしているみたいなの」
「ボコれば?」
「またまた……」
 真顔で言うあたり、霊夢は本気らしい。
 実際そうするしかなさそうなあたりが、村紗としてもどうしようもない。
「しかし歌声ねえ。今日も浜辺でライブをしてたみたいだけど、聴いてた人達は大丈夫かなあ」
「歌声といっても響子達は関係ないですよ。私が聴いたのは肉声の、もっと頭に響くような……」
「え、そうなの?」
 暗い海からは、今は何も聴こえなかった。妖怪達の遊ぶ声だけが浜に響いていた。村紗が海を睨んでも、海はさざ波の音を返すだけだった。
「霊夢は聴いてない? ソプラノの綺麗な歌声」
「聴いてないし、聴いたなんて話も聞いてないわね」
「そう。じゃあ、聴こえる条件があるのかな」
 てっきり、あの声は海に訪れた相手を区別なく引き入れるものだと思っていた。それなのに、こいしや霊夢には聞こえておらず、自分の耳にしか聴こえてないという。
 危険性があるのは確かだ。人が海で一瞬でも呆けたら、途端に溺れて、誰かが手を下すまでもなく水没してしまうだろう。今は自分の耳にしか届いていなくても、今後も同じだとは限らない。どんな理由があるかはわからないが、今出ている情報だけを根拠に考えてはいけないはずだ。
 しかし少なくとも、あの歌声がもたらす効力はわかっている。そして、自分一人で挑むのならば、きっと誰にも迷惑は掛からないだろうということも。
「私一人で行くしかないか。こいしはもう付いてこないでよ?」
「……もう寝ちゃってるわよ。どういう遊びしてたのよ、これ」
 霊夢が、こいしを挟んで隣に座り込む。こいしの髪を整え、撫でている霊夢を見ると、本当にあの異変で出会った巫女と同じ人物か疑問が出てくるというものだ。
「……あのさ霊夢、私がまだ人を殺したいって言ったらどうする?」
 言葉は、漏れるように自然に出たものだった。
 この巫女なら、客観的に判断を下してくれるのではないかと。すると、
「喧嘩売ってるのかと思ってとりあえず弾幕ね」
「だと思った」
 楽でいいなあ、と反射的に思う。だけど直ぐに思い直して、
「……弾幕なんだ。消滅させたり、封印したりじゃなくて」
「もし本当に里の人達に手を出したら、そうするわよ。でも、しないでしょ?」
「それは巫女としての勘? それとも意外と私信頼されてる?」
「いやべつに。私あんたのことよく知らないし。それに私勘は鋭い方だけど、それだけで全部が解るわけじゃあないし」
「じゃあ、なんで実行するまでは許してくれるの?」
 村紗が返すと、それまで流水のような口ぶりを披露していた霊夢がぴたりと止まった。
 霊夢は数瞬の間の後、何かを迷うように俯いて、と思えばじろりと周囲を見渡した後、そっぽを向いて手で顔を覆うと、
「……あいつがあんたを幻想郷に居るのを許してるんだから、大丈夫でしょ」
 と、そう言った。
「……あいつって?」
「誰でも良いでしょ」
「えー」
 わざとらしく霊夢が口笛を吹いて、無理矢理話を終わらせにかかる。
 ……まあ、そこまで興味は無いけどさ。
 村紗水蜜という、あまり親交が無い相手にも言えないとは。余程有名な名前なのだろうか。もしくは誰に言おうとも恥ずかしく思う、心に秘めた相手なのか。
「はいこの話は終わり! いいわね? ……で、あんた。その怪異を倒しに行くの?」
「そのつもりだけど」
「放っておいてもいいんじゃないの? なんとなく、危険じゃない気がするし」
 今度こそ、これは巫女としての勘なのだろう。そしてそれはきっと、当たっているのだ。
 だけど村紗は、
「もしかしたらそうかもしれないけど、私がやらないと」
「どうして?」
「わかんない」
「寺の奴ら呼んで来たら?」
「……やだ」
「そう」
 小さくうなずくと、霊夢はそれ以上追及してこなかった。興味が無くなったのか、それとも何かの納得をしたのか。
「じゃあまあ、もうすぐ朝だからそれまで休んだら?」
「さっきまで寝てたから、そういう気分じゃないんだよね」
「なら泳いで来れば? 好きなんでしょ、海」
 気兼ねなく霊夢が言って、顎で海を刺す。
 いつの間にか、雲の影から月が顔を見せて海を照らしていた。
 遊泳には理想的な、明るい夜だった。
「ほら、妖怪達なら幾らでも沈めていいから。あんたの欲求? 衝動? なんかも満たせるでしょ?」
「実は霊夢って、二重人格だったりしない?」
「あー?」
 呻く霊夢に苦笑しながら、村紗は立ち上がった。
「博麗の巫女がそう言うなら、別にいいか」
「戻ったらこいしにお礼言っておきなさいよ。結構大変そうだったんだから」
「あーうん、そうする」
 こいしに付けたあの痣は暫く残ってしまうだろう。家族に謝るべきかなあ、と村紗はさらに苦笑を濃くした。
 自分自身の中で、誰かを沈めたいという欲求と折り合いが付いたわけではない。正直なところ、寺の皆と比べて未だ負の衝動を持つ自分に、引け目を感じているところもある。
 霊夢の言うあいつ、というのが誰なのかも村紗には解らなかった。幻想郷が只一つの存在に管理されているわけではない以上、誰かの一存で村紗の存在が確約されることは無いだろう。
 八雲紫クラスの存在ならば話は別だが――ただの幽霊に過ぎない村紗が、あの大妖怪に目をかけられているとは、到底思えなかった。
 八雲紫が自分に声をかけたのは、むしろ逆の魂胆があるかもしれない。ローレライの怪異という船幽霊と似通った存在をぶつけて、同士討ちをさせようとしているのではないか――村紗は本気でそう思う。
「まあ、気軽にやりますか」
 霊夢にはお墨付きを貰ったのだ。相手が誰であろうと、自分らしく沈めてしまえばいい。
 少なくとも、自分一人ならば幻想郷の誰にも迷惑は掛からないのだから。
 海の家を出て、砂を踏んで、さざ波に足を浸して冷たさを得る。ふくらはぎが、膝が、太腿が冷水に浸かった。キュロットスカートの中から海水が侵入したかと思えば、一瞬で下半身が――瞬く間に全身が海の中へ沈んでいく。
 視界は一瞬で全てが暗闇に溶けて、それでも透明な世界が眼を支配する。
 どこまでも遠くて。
 どこまでも暗い。
 それでいて、どこまでも明るい海。
 自分が知っている通りの、恐ろしい海。
 ……ああ、気持ちいい。
 泳ぎたい、と念じるだけで身体が動く。船幽霊としての霊力が、身体を飛ばして自由な遊泳を可能とした。
 霊体で構成されたセーラー服を透過させ、全身で海を撫でる。
 どんな妖怪であっても、海の中では自分以上の存在はいない。そんな奢りを胸にして、村紗はただ夜の海を往く。
 海面を見ると月が見えた。
 水底を見ると闇が見えた。
 どこまでも進んで、この空間の果てを想う。
 村紗は泳ぎを止めるつもりは無い。
 この海を支配する、自分以外の存在に出会うまでは。

 ◆◆◆

 そうして、村紗は出会った。
 どこまで来たのだろうか。海中では岸までの距離を測ることもできず、参考になるものといえば水底までの距離くらいのものだ。
 その水の底に、巨大な残骸が沈んでいた。途方もなく広大な一帯に、数えきれない屍が横たわっていた。
 それは、船だった。
 小舟ではない。大きな船だった。それも巨大な、聖輦船に匹敵する木造の船。数多の巨大船が、躯と化していた。
「私の知ってる船とは、違う」
 恐らくは外国の船なのだろう。塔のように立つ帆柱に、辛うじてしがみ付く布きれが空しく海流にたなびいていた。砲門があったと思しき箇所には無数の珊瑚が取りついて、芸術的なオブジェと化している。
 どれもこれもが、既に完結していた。
 終わりを迎えたものが漂流する、海の廃棄場。
 村紗が抱いたのは、そんな印象だった。
 そしてそれは事実間違っていないのだろう。見れば、明らかに時代が異なる船が混在していた。一つの墓地に収まるべきではない存在達が、一堂に会していたのだ。
「……なるほど。ここは、沈めれたモノ達の集まる場所ってわけね」
 その船には、一つの例外もなく外傷があった。それも致命傷が。それは弾痕であり、炭化の痕であり――座礁した船底の疵であった。
 この海がどうやって具現化したのか、未だに村紗にはわからない。しかしここが幻想郷ならば、きっと集まって来たということだろう。忘れられた、沈められて思い出されることの無い記憶達が。
「――で、それをまとめているのが貴方なんですかね?」
 村紗が一つの方向を向く。それは残骸の中でもひと際大きい直立した船がある方向だった。
 その船首に――船首に取り付けられた人魚像の上に、一つの少女が座っていた。
『――――』
 それは人と鳥の姿をしていた。あどけない童女のようでいて、羽毛に覆われた耳と大きな翼は彼女が人ではないことを示している。
 響子の相方にそっくりだな、と村紗は思う。爪こそ伸びていないが、容姿は似姿と言っていい。もっとも、雰囲気は全く異なるものだったが。
「ええと、会話できます?」
『――ええ』
 頭の中に響くように声が聴こえた。見たところ相手は口を動かしていない。恐らくは、念話か何かなのだろう。
「申し訳ないですけど、幻想郷から出ていっていただけませんか?」
『あら、それはどうして? 私、何か悪いことをしてしまいました?』
 まるで御伽噺の妖精のように、彼女は首をかしげる。それは伝承通りの、魔性の姿だった。
「あの歌声は、貴方のものでしょう?」
『うん、そうよ。じゃあ、貴方がムラサ?』
「私を知ってるんですか?」
『ええ、聞いていますよ。私達のお仲間ってね』
「私は――」
 違う、と言おうとした。今はもう足を洗って、空の上で生きる船幽霊なのだと。
 だけど言えなかった。言えるはずもない。胸に残っているのは、昨日こいしに手をかけたときの胸の高鳴りで――
「――私のことはいいの。それよりも、幻想郷から出ていってください」
『悪いことをしていないのに?』
「あの歌声は人と妖の隔てなく、精神を狂わせます。そんな歌を朗じている時点で、悪いことをしていないは通りませんよ」
『うーん』
 少女が、手を頬に沿えて目を瞑る。本当に、自分が悪いことをしているとは思っていないようだった。
『私の歌は、普通の相手には聴こえないはずなんですけどね』
「普通、とは?」
『善人には聴こえない歌なんですよ。悪いことをしたいと思う人にしか、聴こえないと言ってもいいですね』
「それは……」
 水の中にも関わらず、村紗は冷や汗が背を伝う感触を得た。それが錯覚だとはわかっていた。しかし心の焦りは、本物であるともわかっていた。
『あなた、私の歌が聴こえたんでしょう? だったらうん、あなたもやっぱり――』
「――――!」
 反射的な動きだった。村紗は大きく右手を振りかぶり、宙を掻くように腕を振るう。そしてその手の中には、数瞬前には握られていなかった錨があり――。
「出ていかないなら!」
『わっ』
 船幽霊としての力で霊体の錨を呼び出す。
 力で投げるのではなく、力を飛ばすように、村紗は青黒い錨を投じた。
『聞いてた話と違うのね。平和主義者ばっかりって聞いてたのに』
 と、少女が身をひねった。
 迎撃をするのかと思えば、違う。水流の音を木霊させ、軽い動きで船首を蹴ると、一足飛びで身体を跳ねさせたのだ。
 速い、と村紗が思う頃には彼女は既に錨とすれ違い、村紗に向かって真っすぐに身を飛ばしていた。
『案外、強引なんですね』
「私は歌とか歌えませんので!」
 泳ぐというより空を飛ぶ動きで、村紗は頭上に飛び上がる。
 村紗は妖怪に近い存在で、それでもあくまで霊の身だ。肉体を持った霊体は現世の物質に干渉し、しかし通常よりも少ない抵抗を持って身体を動かす。
 今もそうだ。瞬く間に相手の頭上を取りつつ、水の流れは乱れていない。高速で物体が移動したにもかかわらず、そこに真空が生まれることもなく、押しのけられなかった海水がただ満ちていた。
 本来水中では、水の抵抗により進路の変更も行いにくい。高速で空飛びながら弾幕を避けるのが至難なのは、速さだけではなく空気の抵抗も大きいのだ。水の中なら尚更だ。
 しかし船幽霊の身は、抵抗を気にすることもなく水の中を往く。空の中を、空気の中を飛ぶよりも早く、ムラサの怪異は海を渡った。
 だが村紗は見た。こちらと位置を取り替え、真下となったローレライの怪異が動くのを。彼女はまるで鳥が空を飛ぶように、翼を持って水を叩き海を乱して中を往く。
 村紗と対照的に強引な、それでいて素早い動きを持って彼女が行くのは海底だ。数多の船の残骸しかいない筈のその場所に、迷いなく彼女は飛び込んだ。
 そして村紗は確かに聴いた。彼女の口が開かれて、音の無い声で、
「セイレーンの歌声」
 と、そう叫んだのを。

 ◆◆◆

 ……これは――。
 村紗の眼下が蠢いた。
 それはローレライの少女が叫んだことを起点にしながら、しかし彼女が源となっている物では無かった。
 その奥。彼女の背後で、何かが蠢いていたのだ。
 一つではない。二つでもない。村紗の視界の全てにおいて、水底何かが動いていた。
 ――船だ。
 残骸だった筈の、躯だったはずの船が動き、その全ての船首をこちらに向けつつあった。
 村紗には聴こえていた。船の稼働音と、そしてそれ以上に存在を主張する彼女の歌声が。
「ぁ――」
 衝動が去来した。誰かを沈めたい。何かを終わらせたい。そんな感情が。
 歌声に影響されているのは、船の残骸達も同様に見えた。それらは錆び付いた筈の砲門を駆動させ、まるで機械仕掛けかのように鎌首をもたげた。
 大砲の取り付けられていない船達の動きはより単純だ。水底から浮き上がり、木造の身体を軋ませながらも船首を上へと向け、
「――――!」
 発射された。
 既に死に体の船体から破損した木屑が零れ堕ちては背後に流れる。しかし欠損を気にすることもなく迫りくる壊れた船は、勢いを落とすことなく村紗に向かった。
 無数の、視界に入りきらない程の船群が村紗へと殺到する。
 一つ一つが重量級。ぶつかり押され潰されれば、例え妖怪でも海の藻屑に代わるのは必至と言えた。
 だが、
「――これくらいなら、何も問題は無いわ」
 未だ抑えきれない衝動を胸に抱えながら、それでも村紗の身体は力強く海を割く。
 ひたすらに飛び込んで来る船の群れ。それは威力として見れば脅威でありながら、それでも回避を是とする少女達にとっては脅威足りえない。
 攻撃としては甘く、弾幕としても初級の難易度。
 村紗が思ったのは、そんな感想だ。
 そして村紗は海底へと飛び込むように身を投じさせる。
 弾幕において大きなものを避けるコツは一つ。接近を恐れないことだ。
 巨大な相手に対し、遠くに下がって左右に振っても、進行方向を容易に調整されて狙いを定め直されてしまう。巨大さゆえの速度の遅さから、角度を変える余裕があるからだ。
 だから村紗は肉薄した。竜骨を滑るように、甲板を撫でるように、帆柱を潜るように、数多近づく船の群れを通り過ぎては背後に流す。
 船影を見送るその度に、轟音が鼓膜を震わせ自己を主張する。海が攪拌されて流れを生み、船体が崩れて藻屑となる。腹の底に響く音達を、村紗は自分の物にしながら前に出る。
 そのとき村紗は見た。船群の影から、ローレライの怪異が笑いかけているのを。
「――――」
 笑っていた。何の陰りもなく。心の底から愉快であるかのように。
 更には、彼女は何かを言っていた。村紗はその口の形には覚えがあった。
 まるで、昨日のこいしのようだった。
 友達に気兼ねなく聞くように、
 “どう? 楽しい?”と。
 彼女は確かに口を動かしていた。
 そしてその瞬間、
「――がっ」
 村紗は背後から衝撃を受けていた。
 砲弾だ。
 遅れ参じた砲撃船が、射撃を開始していたのだ。

 ◆◆◆

 ……目は離していなかった筈なんだけどね……!
 先ほど、砲が動き、駆動の前兆を見せていた船体へは意識を割いていた。今も視界の端で、未だ出番を待つ船達が沈んでいるのが確認できる。
 だが解る。この敵は、潜ませていたのだ。海の底の暗がりにではなく、先に飛ばした船達の中に、既に砲撃が行える者達を。
「やりますね、この私に当てるなんて!」
『そんなに自信があったんですか?』
「いやまあ、一応こっちの世界だと射撃はメジャーな決闘方法ですので」
『そうですか。じゃあ、初心者の私には勝てますよね?』
 にっこりと少女が笑って、念話で言葉を飛ばしてくる。
 ……結構好戦的なのね。
「出来れば、このまま帰ってくれると嬉しいんですけどね!」
『もう少し遊びましょう? 海も射撃も、得意なんでしょう?』
「貴方の歌声のせいでやりすぎちゃいそうなんですよ!」
 音の無い会話を飛ばす間にも、少女の歌は辺りに響き続けていた。
 船達は今や一隻残らず海中を泳ぎ、こちらに迫っては離れ自由な回遊を果たしていた。砲台を持つ者たちはもはや何も隠すことは無く、煙硝の匂いさえはらんで鈍色の弾丸を連打する。
 まるで歌声の主を指揮者とするように、軽やかなメロディに乗って海中の船隊は一人の船幽霊を沈めにかかった。
 それでも村紗が思うのは、ただ一つの懸念だった。
「このままだと私、貴方を沈めてしまうんですよ!」
『もう海の中なのに?』
「それでもです!」
 今日出会ったばかりの少女に、村紗は叫びを上げた。
「昨日、貴方の歌声で我を忘れて思い知りました。私は、きっと誰かを殺したいんです」
『殺したら駄目なんですか?』
「駄目なんです! だって殺したくないから!」
『……二重人格?』
 ……予想外のところから時間差ブーメランが!
「いいえそうじゃないんですけど」
『んーどっちなんですか?』
「私の衝動? というか習性? は殺したいなーと思ってるみたいなんですけど、それはそれとしてもう死ぬとか殺すとかそういうのはいいかなあというか、その」
『話が長いです』
 少女が手を叩くとひと際巨大な砲弾が叩き込まれた。
 うわ、と声を上げて回避する。が、一瞬でも反応が遅かったならば被弾していたであろう射線だった。相手も相手で、それなりに本気らしい。
「とにかく私は貴方のことも殺したくないんですよ!」
『ふうん。私は、あなたを誘惑できればそれでいいんですけどね』
 軽く言ったその言葉は、きっと彼女の本心なのだろう。本質と言ってもいいし、存在意義と言っても過言ではないだろう。何故なら彼女は、「そういう伝承」なのだから。
「――でも、それに乗ってあげるわけにはいかないんですよ」
『私はいいって言っているのに。あなたはどうして自分を抑えようとするんですか?』
「それは――」
 どうして自分を押さえようとするのか。
 決まっている。
 そんなことは決まっている。
 誰かを殺したくない理由だなんて、あのときに決まっている。
 だって船幽霊の己の身が、それでも海を離れていた理由なのだから。
 その筈だった。
 それなのに、今の村紗には答えを出すことができなかった。
『まあ、別にいいですけどね。私、殺すのも大好きですから』
 少女が言う。冷たい思念の声で。先ほどまでの笑みさえ含んだ声色の一切を隠して。氷のように少女は言った。
『あなたが何もしないなら、私があなたを沈めて終わりですよ』
 言葉と同時に、周囲の流れが早くなるのを村紗は感じた。
 ……動きが更に早く――。
 既に相手の武器は全て見えていて、それが何ができるのかもわかっている。不意打ちで一度被弾したとて、集中を切らさなければ二度被弾することは無いだろう。
 なら、難易度を上げる手段は単純だ。弾速が上れば、その分被弾を招きやすくなるのだから。
 だが、その考えが違うことを村紗は直後に悟った。
 影が落ちてきたのだ。それも村紗一人を覆う範囲ではなく、周囲の船隊までも覆うほどの大きな影が。
「――――」
『木製船は簡単に座礁してしまうものですが――近代の船も、沈まないわけじゃあないんですよ?』
 それは、村紗にして見たことの無いものだった。
 聖輦船と匹敵する巨大な木造船が、矮小な存在に思える程の存在感。
 木造ではない。鉄だ。上下逆になって投下されたその船には、四本の煙突が備え付けられていた。腕力ではなく、風力でもなく、石炭と蒸気の力によって駆動する鋼鉄の巨大船。
 近代文明の機械船が、真っ逆さまに落下していた。
 金属の冷たさを滲ませる船体には、白の塗料で英名が書かれており、
『お察しの通り、私は海で忘れられた存在をまとめているものです。ローレライは、もっとも有名な姿を借りているにすぎません』
「なら、これは――」
『はい。座礁した船の中で、もっとも大きいものを持ってきました。折角遠征してきたものですから、とっておきをと』
 さあ、と少女は言った。
 冷たい声のままで。それでいて口元は笑いを押され切れずに端を吊り上げて。
『上で待ってますね――もし沈んでいなかったら、またお会いしましょう?』
 と、重ねて告げた。

 ◆◆◆
 
 遥か遠くの海上に、変化が起きたのを霊夢は観測した。
 岸辺からでもわかるほどの水柱が、立ち上ったのだ。
 ……うーん、波とか大丈夫かなあ。
 などと思いながら、それでも動く気にはなれなかった。昨日からついさっきまで、一睡もせずに働いていたのだ。これくらいの堕落は許されるべきだと霊夢は思う。
「ふわあ眠い。でも寝たら勿体ないわよねー、折角の海なんだし」
「うわー霊夢ったらこんなところでごろごろしてる。恥ずかしいんだあ」
「む、その声は」
 霊夢は寝ころんだまま――何故か浜辺に置いてあったチェアに身体を預けながら――顔だけを声のする方向に向けた。
「こいし、あんた朝からどこに行ってたのよ。寝かせてやったのに何も言わずに出ていくから心配したじゃない」
「ごめーん、私って自由だから。それより……」
 こいしが額へと水平に手を当てて、きょろきょろを周囲を見渡す。はっきり言ってわざとらしいが、それが許される程度には可愛いのが腹立たしい。
「水蜜はどこ?」
「たぶんあそこ」
 霊夢は海の向こう、遥か彼方を指刺した。
「……どこ?」
「さっきあっちのほうで、なんか大きなものが落下したのが見えたから。たぶんあそこで弾幕戦でもしてるんじゃない?」
「えー見たかったなあ。絶対大迫力だったのにー」
 どこまで本気なのか、こいしは頬を膨らませてさも怒っているかのように振る舞っていた。しかしこの無意識の妖怪が本心で動いているかはそれなりに怪しく、つまり本気で付き合うとそれだけ損をする可能性が高い。
 なので霊夢は適当に相手をすることにして、
「今から行ってくれば?」
「んー今からだと間に合わなそう」
 今度はがっかりした――ような顔を見せて、こいしが項垂れる。
「でもまあ、一応行ってくるね。帰りは遅くなるけど、ご飯は食べるからー」
「ここはあんたの家じゃないっての」
 お母さんか私は、と言いたいところだがこれ以上付き合うと更にややこしいことになりそうなので黙っておく。
 しかしふと、一つ気になることが思い浮かんだ。
「そういえばこいし、なんであんたあの船幽霊につきまとうのよ」
「幽霊に憑き纏うとはこれ如何にー」
「いいから」
 やっぱりさっさと行かせた方が良かったかなあ、と霊夢は思う。
 だけどこいしは少しだけ静かになって、
「だってさ、気になっちゃうもん」
「何が?」
「水蜜ったらお寺の皆と楽しくやってるくせに、時たま私みたいな……地底の妖怪みたいな顔をするんだもん」
「へえ」
「お寺の皆は霊夢と違って平和で優しい日和見主義者だから、きっと水蜜にも触れないでいてあげてるのよねえ」
 うんうん、とこいしが一人で納得するように言葉を続ける。
 しかし霊夢には、こいしの姿が普段よりもはっきり見えるような気がして、
「だからー、この機会に私が先に触れちゃおうーって思ったのよ。聖やぬえの悔しそうな顔が眼に浮かぶわー」
「……嫌な奴ねえあんたも」
 聞いて損した。こうなったらやはり眠ってしまうのが一番だろうか。
 霊夢が、そう思ったときだった。
 こいしは更に言葉を続けていて、
「……でもまあ、やっぱり悪だくみは上手くいかないね。結局皆の方が先になりそう」
「どういうこと?」
「だーかーらー」
 言葉を切り、こいしは沖を見る。
「やっぱり地上の妖怪は愛されてるのねえって……そう思っただけよ」
 そういうこいしの横顔が、霊夢にはほんの少しだけ普通の少女のように見えた。

 ◆◆◆
 
 ああ、これは駄目だ。村紗は直観的にそう思った。
 何せ隙間が無い。渦のように周囲を廻る船の群れと、天井より落とされた機械の船。これを避ける隙間が残されていない。
 村紗は知っている。これは弾幕で言うところの、切り返しを間違えたのだと。
 あるいは、弾の囲いを抜け損ねたと言ってもいい。
 隙間が無くなる前に。
 籠が閉じる前に。
 手が無くなる前に。
 先が見えなくなって詰む前に、どうにかしなければならない弾幕。
 それは待つだけではどうしようもない攻略法だ。大丈夫だろうと待った結果、どうしようもなく詰んでいる性格の悪い弾幕。
「……まるで私みたい」
 この状況に置かれているのは言うまでもなく自分自身なのに、まるで他所事かのように、村紗は呟きを漏らした。
 歌声は未だに聞こえている。
 だけどそんなものは意味が無い。
 ずっと誰かを殺したいと思っていた。
 まだ解決していないことはわかっていた。
 それでも解決するだろうとも思っていたのだ。
 それがどうだ。
 こんなことに巻き込まれて、何もできずに負けようとしている。
 やりたいこともできずに。
 やらなければならないこともできずに。
 ……やだなあ。
 ふと、八雲紫が言っていたことを思い出す。
 “お寺の皆さんにも、秘密なのでしょう?”
 彼女がそう言った理由を、村紗は正しく理解していた。
 どうしてか八雲紫は知っていたのだ。村紗が暗い衝動を持っていて、そしてそれを表にしていないのを。
 里人を脅かしたのも妖怪としてのポーズに過ぎない。もう自分は安全な妖怪なんですよ、と、皆に思わせようとしているのを。
 村紗が依頼を引き受けた理由だってなんてことはない。自分の欲求を海が満たしてくれるかもと思ったからに過ぎないのだ。
 ……ああ、でも。
 こいしに手をかけたとき、どうして口からは心と別の言葉が出たのだろう。
 どうしてわざわざ怪異の前までやってきて、博麗の巫女の真似事などしているのだろう。
 八雲紫の言うことなんて無視して、船幽霊らしく海を楽しめばよかったのに。
「お寺に戻ったら、考えてみますか」
 目前に迫る船に潰されたとて、きっと消滅はしないだろう。悪くて存在が希薄になって、数年か十数年か、この海を漂うだけだ。
 だからお寺に戻った後は理由を自分で考えて、そして次にあの人に会ったら相談してみよう。自分のこの、矛盾した心を。
 でも、できるならば。
「……何時かの時みたいに、海まで迎えに来てくれないかなあ」
 薄く笑って、村紗は脱力した。最後くらいは力を抜いて、漂うようにしていようと。
 だけど、
 ……音が――。
 一瞬の後に、霊体の鼓膜が機能を停止していた。
 幽霊の身体にも干渉する音の震えが、一時的に耳を麻痺させていたのだ。
 それだけではない。全身が痺れるような衝撃を受けていて、瞬間的に何も感じなくなっていることを村紗は悟った。
 否、それどころか――。
「水が、無くなって――」
 色が見えていた。
 それは蒼と白だ。
 空と雲の色。
 水底を照らす、光の色。
 未だ落下し続ける巨船の背後に、膨大な明るさが広がっていた。
 海が割れたのだと理解した頃には、全身の感覚は元に戻っていて。
 その頃には、村紗は自分が誰かに抱きかかえられていることに気が付いていた。
 それが誰なのか。疑問する余地は無かった。迷う必要は無かった。
 だってこんなことができるのは、きっと一人しかいないのだから。
 だから村紗は叫んだ。太陽の逆光を背に、水しぶきを物ともせず、覗き込むようにこちらの顔を見たその相手の名前を。
 それは、
「――聖!」

 ◆◆◆
 
 村紗が叫んだ先――彼女を抱えていた聖は、安堵の溜息を隠さなかった。
 そして腕の中で驚きの表情を隠さない彼女は、何を言っていいのかわからないように見えた。それどころか、状況も呑み込めていないのは明白だった。
 ……ああもう、本当に――。
「寺にいないと思ったら、こんなところにいたのね」
「聖……本当に聖なんですか? どうしてこんなところに……」
「さて、何故でしょう。ところで何か私に言うことはありませんか?」
「――ごめん」
 驚くほど素直に、村紗は呟いた。
 まるで子供が親に謝るように、何か後ろめたいことがあるかのように、村紗は目を伏せてごめんと言った。
「ごめんなさい、聖」
 一体、何に対して謝っているのかはわからない。こちらは急いで駆け付けて、村紗の気配がしたので取りあえず海を割ってみただけなのだ。まさかできるとは思わなかった。案外奇跡って大したことが無いんですね。
 とはいえ、聖からしても村紗には言っておかなければならないことがある。それは、
「村紗」
「……はい」
「謝ったからって、許しませんからね」
「え――」
 聖の手の中で、村紗が顔を青ざめさせた。僅かに身体を震わせてすらいた。
 しかしこの反応は、聖の言葉が予想外だったからという理由で生じたものではない。寧ろ逆だ、と聖は思った。
 だけど聖は気にすることもなく言葉を続けて、
「いいですか、村紗」
「ええとその、あの――」
「絶対に許しませんからね、私達に黙って海へ遊びに行ってしまったことは」
「……へ?」
「折角ぬえと計画を立てていたのに、気が付いたらどこにもいなかっただなんて……正直、ショックでした」
 今にも泣きそうだった村紗の顔が、ぽかんと間の抜けたものに変わる。今度こそ、予想外の言葉だったらしい。
 ……ふふ、良い表情ね。
 少し意地悪をし過ぎてしまったかもしれない。でも勝手に一人で行ってしまって寂しかったのは事実なのだ。これくらいは許されるだろう。
 大体、村紗が言っていることの方がおかしいのだ。
「何を驚いているのかわかりませんが……貴方が私に謝ることなんて、何も無いでしょう?」
「え、うん。でも、その、ですね……」
「――あ。もしかして、貴方がまだ殺生に未練があることの件を言ってます?」
「ちょ、ちょっと。どうしてそれを知ってるんですか!?」
 今日の村紗はころころと表情が変わる。いつもクールに見せているけれど、本当はこんなに感情が豊かなことを聖は知っていた。
 そして聖は知っている。村紗水蜜という船幽霊が、自分という存在に救われながらも、未だに未練を残していることを。
「前から知っていましたよ。貴方は呪われた船を捨てて、それでも妖怪としての要求に捕らわれていましたね」
「…………」
 今度は沈んで無言になってしまった。
 聖はあの海で出会ったときのことを思い出した。あのときと同じ暗い顔だ。聖は村紗のいろんな表情が好きだったが、この顔だけは好いてはいなかった。
 だから聖は言った。
「しかし、まあ……いいんじゃないかしら? ほら、幻想郷は適度に人を脅かしたほうが良いらしいので。私としては見過ごせませんが」
「ひ、聖?」
 そして村紗の顔が、初めの何が何だかわからんという顔に戻った。その事実に聖は笑みを浮かべて、
「私も、他の皆も、村紗のそういうところはわかってるので、大丈夫です。むしろ理解が無いと思われているなら悲しいわ」
「……あー、そうなんですか?」
「そうなんです。というか言っておきますけど、色々と耳に入って来てるんですからね、村紗がやってることは」
「あー……はい。ごめんなさい」
 改めて、村紗がぺこりと頭を下げる。
「ではこれ以降、できるだけ人様には迷惑をかけないように。人を襲うときは、相手を見てするように」
「……それだけでいいの?」
 いいんです。だって、
「村紗」
「はい」
「貴方、好きですよね?」
「はい?」
「そうですよね?」
「聖のこと?」
「私も貴方のことは好きですが、そうではなく」
「うん」
「幻想郷のことがです」
「――――」
「だから、それだけでいいんです」
 言うまでもないことだと思っていたけれど。
 どうやら本人に自覚が無いようなので改めて口に出しておく。
「貴方は……私や、皆や、幻想郷のことが好きだから人を殺さないのでしょう? だったら――それでいいと、私は思いますよ?」

 ◆◆◆
 
 ……うわ、参ったなあ。
 村紗は素直にそう思う。
 欝々と悩んでいたのが、嘘のように解決されてしまった。
 他人から言われればこれ以上なく単純なことだ。
 私は誰かを殺したいけれど。
 私は皆を好いているから、誰も殺したくはない。
 ただ、それだけの話だった。
 笑ってしまうような二律背反。悩んでいたことが本当に馬鹿らしい。
 だけど、だけども、それが真実なのだろう。
 だって、聖がそう言うんだから。
「さて、いい加減アレをどうにかしないと駄目ね」
「アレ? ……うわ」
 聖が指で真上を刺す。そういえばと見上げてみれば、そこには逆さのままで宙に浮く鉄船があった。
 その巨大な船は、しかし今は宙で動きを止めていて――
「いや、あれは……」
 船を覆うように何かがまとわりついていた。
 霧のような、もやのような、真っ白な瓦斯状のものが辺り一面に広がっていた。
 傍から見ただけでは正体の解らない夏の帳。しかしその正体を、村紗は知っている。それは寺に近しい者ならば、誰だって知っているモノだった。
「あれは……雲山?」
「ええ、昨日のうちに村紗がいなくなったものですから、明日になったら皆で貴方のことを探しに行こうと集まっていたんです。そうしたら早朝、こいしさんが私のところにきましてね」
「ああ、それですぐさまここまできたと」
 どうやら皆に迷惑をかけていたらしい。
 心の靄が取れた後では、なんともくだらないことで手間をかけたとただ反省するしかない。
「後で埋め合わせしないとなあ」
「――そう思うんだったら、早くこの場をどうにかしてくれないか?」
「……あれ、その声は」
 聖の腕の中から逃れて後ろを見れば、そこにはロッドを手にしたナズーリンがいて、
「ナズーリンも来てくれてたんだ」
「どうやってこの場所を見つけたと思ってたのやら。水柱が立ったのはついさっきのことだろう?」
「あーなるほど……じゃあ星も一緒に?」
「ご主人様はあんまり強くないから、浜辺でバーベキューの準備をしてるってさ」
「さいですか」
 ……いいのかなあバーベキュー。どうせ豆腐で出来た肉とかなんだろうなあ。
「――ってこら! なにぼーっとしてるのよ村紗! 早くどうにかしなさいって!」
「あー、一輪まで。いやほんと迷惑かけちゃってごめんというか……」
「いいから! 私の霊力で雲山に無理させてるんだから! あああそろそろ限界が話長いんですよ姐さんは姐さんでうあああああ」
「わかった! わかったって!」
 落ち着いて周りを見れば、海が割れる前に周囲を泳いでいた船達は全て消えていた。恐らくは沈没した船という存在が故に、空気の中では形が保てないのだろう。よく目を凝らすと、霞のように薄くぼやけた船影が未だそこにあるのが視えた。
 この状況ならば、囲いを抜けて大外回りで船の上まで至れるだろう。
「あ、浜辺に戻ったらぬえに構ってあげてくださいね。とてもとても拗ねてたので」
「ぬえにも悪いことしたなあ」
 聖達を避けて一人で来た報いとはいえ、謝る先が多すぎる。
 ……まあいいか。
 ひっそりと願っていた、寺の皆で海に来たいという願いは果たされたのだし。
「――よし、じゃあ行ってきますね、聖」
「――ええ、いってらっしゃい、村紗」
 敬礼のように指を立てて、村紗は空へと飛びあがった。

 ◆◆◆
 
「……反則じゃないですか? これ」
「ええとまあそこはほら、この世界のルールだと複数人で戦ったりもするんですよ。そういうことで許してくれません?」
「まあいいですけどね。あーあ」
 ……あー、海の外だと普通に喋るんですね。
 そこはまるで甲板だった。
 雲山に支えられた逆さ船の上で――甲板と化した船底の上で、村紗と怪異は向かい合っていた。
「……その様子だと、ムラサさんの悩みは解決したみたいですね」
「私のこと知ってるの?」
「はい。知り合いから貴方のことは聞いていましたので。ついでに、この世界の決闘法のことも」
「あー……やっぱりさっきの、スペルカードのつもりだったんだ」
 スペルカード。弾幕決闘法。それは遊びの果し合い。致死の弾幕を多量に浴びせながら、しかし殺すことが目的ではない遊びの射撃。
 先ほど怪異の少女が行った攻撃は、激しく殺意に溢れていて――それでも、いくらでも躱しようのある攻撃だった。
 ……“抜け”間違えた私が言えることじゃないけどね。
 だから、さっきの戦いは弾幕戦だったのだ。好き勝手に相手のことを言いながら、それでも相手を殺すことの無い平和な決闘。そんな戦いを、この相手は仕掛けてきていたのだ。
「ええと、ローレライさん……でいいのかな? 貴方が幻想郷に来た理由を、改めて聞いてもいいですか?」
「知り合いに遊びに来ないかと誘われたんですよ。ムラサという貴方に似た存在がいるので、きっと仲良くなれますって」
「そんな無責任なことを……ちなみに、その知り合いってのは――」
「申し訳ないんですけど、口止めされてますので」
「だと思いました」
 まったく迷惑にも程がある――とも言えないのがなんとも腹立たしい。
 現実、村紗が色々と得をしたのは事実なのだから。
 一体どこの誰がわざわざ自分のことを彼女に伝えたのやら。村紗水蜜の抱えた未解決の宿題のことを知っていて、それでいて世話を焼いてくれる相手だなんて――村紗には全く思いつかなかった。
「……一応、お礼は言っておきますね。有難う御座います」
「いえいえ」
「でも、貴方のせいで傷つけてしまった子がいますので、その子には謝ってください。まあ半分くらいはあの子自身の芸風が悪いんですけど」
「あ、それはそれは……ムラサさんのお知り合いで?」
「いや、その、えーと」
 そう言われるとなんと言っていいかわからなくなる。
 聖のような、仲間ではないのは確かだ。しかしだからといって、長い付き合いの彼女を、知り合いの一言で無下にするのは、違うのではないかと村紗は感じた。
 だから村紗はこう言った。
 聖から聴いて、既に自覚はできている。
 自分は幻想郷のことが好きなんだという、そんな言葉を胸にして。
「――私の、友達なんです」
 恥ずかしがることもなく、そう言ったのだ。
「貴方にも紹介しますよ。下で待ってる私の仲間も、誰のことも全部」
 だから、
「ちょっとだけ、歌うのを我慢してくれると嬉しいですね。――皆のことを、殺したくなっちゃうかもしれませんので」
 と、心から村紗は笑ったのだった。
ここまで読んで頂きまして有難う御座います。楽しんで頂けたら幸いです。
村紗水蜜のお話です。水蜜は前から結構お気に入りのキャラだったのですが、中々書けずにいたので今回ここまで書けて良かったです。
気が付けばほぼほぼ60kbになってました。よくある。
星設定テキストからの口授での悪行や、こいしちゃんからのコメントから得た解釈が作品になったという感じです。
殺したいのと好きなのが両立するのっていいですよね。
海景優樹
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.150簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
2.90夏後冬前削除
とかく文体が好みでしたし、この村紗にも合っているように感じました。この村紗は自らのアンビバレンスさを理屈で理解しながら、根本のところでは迷ってないように感じられたので、倫理を逸脱しそうなハラハラ感があったらもっと良かったのかなー、なんて思いました。
4.100サク_ウマ削除
てんさい
素晴らしいと思います。水蜜の旧都風味なアングラさとかこいしちゃんの空っぽな独占欲とかがたいへん魅力的な上、それを包み込む命蓮寺組の面々の暖かさがとても魅力的ですね。良かったです。
5.100蒼月東伍削除
色や音の表現や水蜜と様々なキャラクターとの絡みが印象的に描かれていてとてもいいです…
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。冒頭から海が堂々と顕現してるのに笑いました。水蜜の葛藤とそれを受け入れる聖をはじめとした命蓮寺のみんなの優しさが素敵でした。
7.100まやしま削除
本当に文体が綺麗で、文章が透き通ってる感じ。葛藤の後の迷いが晴れた村紗が美しく見えました。
8.60Ren削除
よい海と、よいムラサでした。
こいしを手に掛けそうになる闇を丁寧に描いたあと、命蓮寺の面々とともにいる光をも丁寧に書いていて、彼女の物語を心行くまで味わうことができました。
(得点はオリキャラががっつり絡むSSに出せる最高点です、申し訳ありません)
9.100クソザコナメクジ削除
面白かった
10.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
11.100アルジャバル削除
雰囲気の描写が一貫して丁寧でよかったです。こいしちゃんの回し方も好き。
12.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。村紗の葛藤がひしひしと伝わってくるようで、だからこそ戦う時の活き活きした描写が映えていたように感じます。そして最後の大団円、まさに幻想郷という
13.100モブ削除
 どうして罪を犯した者は罪人と呼ばれるのか、どうして人を食べてしまった熊は撃たれなければならないのか、その理由がなんとなくわかる作品だなあと思います。境界線を上手く描いている作品だなあと思ったのです。
 それを踏まえたうえで、人間臭さにとても共感できました。ご馳走様でした。面白かったです。
14.100名前が無い程度の能力削除
重い題材を海の家のサイダーのように爽やかに表現していて面白かったです。
15.100南条削除
面白かったです
村紗の苦悶と解放が素晴らしかったです
手を差し伸べてくれる仲間たちもとても素敵でした
透き通るようなお話でした
16.100Actadust削除
読んでいて激烈で巨大な感情が生まれました。
船幽霊としての自分とムラサとしての自分、その二つの葛藤が綺麗に描かれていて、引き込まれました。非常に楽しませて頂きました。
17.100牛丼ねこ削除
全体的に良かったのですが、特に村紗がこいしの首を絞めるシーンが良かったです。
18.100名前が無い程度の能力削除
舟幽霊のサガに縛られる村紗が答えを見つけてくれてよかったです
19.100水十九石削除
幻想郷に海という有り得ざる存在を持って来たその展開もさながら、未開の海ではしゃぐ幻想少女とは対照的に一歩引いた目線で感じている村紗の一人称視点が潮風のように心地良い作品でした。
それに加え会話劇主体で進行する物語が爽やかな読み心地を演出していたのと同時に、序盤のやり取りの際に思考を介さず喋るこいしを狂言回し的に挟む事で、意図的にかこいしが村紗の鏡であるかの如く展開させていたのも面白かったです。
こいしの首に手を掛けてから入水までの展開の速さも、それに付随する地の文の追い付かなさが逆に村紗の焦りを表現していたようで、書き口の妙を感じたものでした。
怪異との対峙においても、霊夢や紫の口ぶりからすれば村紗は本質的には幻想郷に認められているのに当の本人だけがその後ろめたさを隠せないという状態で物語がスタートしていたが故に、すぐさま戦闘へと移行してしまう動機付けの強さも良かったのですが、やはり怪異側がスペルカードルールを履行していたという事実そのものが、村紗の怒りや過去への焦りが最初から空回りしていたという事実を端的に表現していたのがなんともニクかったもの。
しかし、そうであったからこそ寺組の温かさや実直さが終盤になって村紗の蟠りを氷解させにかかって、他でも無い聖の口から村紗の抱いた感情全てへの理解が示された事がとても綺麗だったように思えます。
他でもない聖の手で海面へと掬い上げられたら疑いようもなく信じられる、その信頼や吹っ切れ方の描写もなんとも好みで、かつそういった心情的な変化を聖の登場という劇的なイベントと共に、パッと視界が開けたような感銘を受けさせる展開そのものを視覚的にも表現していたように感じられたのが特に好みに刺さりました。

最終的に海を消す所に至らずに物語がフェードアウトしていったのも、海を起点とした自身の気持ちとの和解を感じさせ、かつその後の展開を委ねさせるような終わり方で、村紗の目を通して語られる地の文の青々とした風景描写も含めてとても爽やかな気分のまま読み終わる事が出来ました。ありがとうございます。面白かったです。
にしても、村紗はもし海を消せていたなら紫に何を望んでいたのでしょう?
21.100名前が無い程度の能力削除
村紗の葛藤がとても丁寧に描かれており、大変面白かったです。
夏の海の爽やかさと、それとは反対にやや陰湿なシーンも同時に含まれており、とある夏の不思議な物語の一つにピッタリな作品だと個人的に思いました。面白かったです。
22.100めそふ削除
この作品はキャラクターへの解像度がとても深い作品だなと思いました。要は、こいつ〇〇だなって思わせてくれる作品なんですよ。原作設定にとても基づいて作られていて、大きく逸脱した自己解釈とかがないから、万人に共通幻想を見せているって感じです。例えば、村紗の葛藤とか自分の衝動への恐れとか、心情の描写。あれはとても良かったですね。こいつは村紗だって気持ちになる。そしてそれを唆す古明地こいしとかいう女。あの性格の悪さが無意識で出てるとか恐ろし過ぎるんすよ。口調は可愛げなのに言ってること辛辣とかそういうところが、古明地こいしだなって思わせてくるのが好きでした。あとは聖。茶目っ気があって可愛くて、それでいて良いやつだってのが分かりやすく書かれているんです。
ただ一方で、この作品は原作キャラクターをとても魅力的に書いてある分、オリキャラの魅力がうまく伝わってこなかったとも思いました。村紗に葛藤を与える舞台装置のみの存在であるみたいなイメージ。あのキャラクター、出番というか登場する分量がかなり多い。それでいて人格を持って喋ってくるんですよ。現象や存在だけキャラクターであれば舞台装置のみ出番で良かったとも思いましたが、ちゃんと1人のキャラクターとして読者に認識させてくる訳だから、もう少し深掘りというかキャラクターの魅力が感じる要素が欲しかったなと思いました。
まあ、そうは言っても面白かったのは変わらないです。海がある幻想郷の雰囲気、それを楽しむキャラクターの"らしさ"。それらが垣間見えてとても良かったです。
24.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
25.90名前が無い程度の能力削除
ローレライも含め、出てくる皆が恐れずに村紗の内面に踏み込んでいこうとする、その感覚は優しさと同時に危うさも孕んでいたような気がします。しかしその良心を村紗がきちんと自分の葛藤と向き合うための糧とし、矛盾する心に折り合いをつける様は、読んでいてとてもすっきりとするものでした。あくまで折り合いをつけた形なので、村紗自身にもまだ危うさが完全には取り払われていないのも現実感があっていいなあと思いました。
一点気になるとすれば、ちょっとだけ宿題の出題者の行動にはさすがに押し付けがましさを感じてしまったりして(いや、それもおそらく幻想郷の現実なので仕方がないのですが)……。
素敵な作品をありがとうございました。