射命丸文には不可解な記憶がある。
インタビューを許されたのは地下室。しかも天狗の夜目でさえ、真っ暗な闇に閉ざされてしまう地下室だった。
「すまないねぇ、今日はちょっと調子が悪いのよ」
暗闇の正面で少女の――それもかなり幼い少女の声がそう言って、ごほ、ごほと空咳。
「……いつもなら、ここだってもうちいっとは明るいのよ。本当よ」
そらぞらしいその響きを聞いて、文は相手の機嫌を推し量った。
「……ええ。別にこっちは構いませんから、始めましょう」
と口早に言う。このままうかうかしていると、とって喰われそうな雰囲気だった。
「終わり方が変だねぇ」
という声の後で、ばさばさと新聞紙が舞う軽い音がしたので、相手は一遍通りに記事を読み終えて、どこかへ放り捨ててしまったようだった。
「出来事の方がよっぽど変だったのです。春の陽気の仕業かもしれないと思って」
「春の陽気なんて知ったこっちゃないわ。春の夜はなんだか面白おかしくて好きだけど……」
と言う声は、左手から聞こえた。
「変じゃない出来事なんてあるわけがないでしょ。おかしな事を言う新聞記者さんね」
今度の声は右手から飛んでくる。
「事実を超えられない様じゃ、新聞なんて書いても無駄なんじゃないのー?」
からかうように言われながら居住まいを正そうとしたものの、自分の周囲をぐるぐると回る相手の気配に、内心ではたじろぐ。
「新聞は事実を超える物でも、おもしろおかしく伝える物でも無いのです」
「ふーん、ちょっとは殊勝なところもあるのね」
「しかし、事実はあんたらを飛び越えるよ、きっとね」
「真面目なのね。あなた、この館に向いていないわ」
「あー、すっかり春になったわね。もーすぐ新茶?」
あちこちから飛んでくる答えはまちまちで、しかも重なって聞こえた。記者としては溜め息をつくしかない。
「何となく、貴方に聞いても無駄な様な気がしますがもう一度聞いてみます。どうやったのかはともかく、本当に隕石を爆発させたんですよね?」
「私も、あんたに話すだけ無駄な気がするねぇ」
「何事も疑義を提示するのは悪い事ではないけれど、視点が見当違いね」
「お茶といえばね、最近自分で淹れるのに興味が湧いてきたの。うちの人々って、みんなそれぞれこだわりがあるでしょ? だから私も勉強してみようかなって」
「きゅっとしてドカーンね」
もう席を蹴っ飛ばして帰ってやろうかとも思ったが、こらえる。
「レミリアさんが言っていた様な事は本当の事なんでしょうか?」
「本当本当って、本当に本当を知りたいの?」
「そうね。いちいち不真面目なあいつに、いっちょご教授してもらった方がいいかもしれない」
「隕石が予定されていたって事? そんな事ある訳がないじゃない。それはあいつの口癖よ」
めちゃくちゃでごちゃごちゃとした返答の後で、ひとつだけ(多少は)筋道の通った答えが返ってきた。文はそれにすがりつくしかない。
「口癖、ですか」
「そう口癖。あいつは何でもかんでも最初から判っていた振りをするの。運命が判るだとか何だとか言って」
「でも、どうかなぁ……自分で淹れるといっそう美味しいって、本当なのかしら……」
「こらこら、お姉様をあいつ呼ばわりしないの」
「うわきたよ」
文がそちらにちょっと意識を向けると、地下の闇がわずかに薄れて、館の女主人が――レミリア・スカーレットが部屋に入ってくるところだった。フィルムの感光のようにその姿がしばらく印象に残ったが、このとき正面のフランドール・スカーレットから目を逸らさなければ、そこには何人のフランドールが眼に焼き付けられただろうか。
地下室はふたたび暗闇に戻った。
「あら、いつの間に後ろに居ましたの? お姉様」
「ああ、ちょうど良かったです。妹さん一人だと……」
「私一人だとなんなのよ」
「なにがちょうど良かったのよ」
「あら、話が通じないとでも言うのかしら?」
「その通りです。自分でも判っているじゃないですか」
「で、ちょうど良いって何の話?」
「判っていないのはあんただけよ。判っていないあんたが判っていない新聞を書けば、判っていない読者ができる……判っていない読者は私の事をわけの判らないやつだと言うでしょう。それが全て、あんたのせいなのよ」
「そうそうもっと言ってやって」
「でもそれって、本当に彼らが判っていないという事になるのかしら?」
「ごめんなさい。私ったら、自分の事ばっかり話しちゃうのよ……で、何の話だっけ?」
「難しい問題よ、新聞記者さん」
「先日の隕石爆発の話ですが……」
「それこそお姉様の言う運命論と、同じ落とし穴に嵌まっていない?」
「ああ隕石、隕石の話ね……」
「あああれ。少しぐらい隕石が爆発したって罰は当たらないわよ」
「いやよ。全てが予定されていたなんて。私たちが幻想郷にやってきた時みたいじゃない……」
「……予定されていたって言ったのはどういう事だったのでしょうか?」
「新聞記事を書いている癖に日本語が通じないのかしら?」
「お姉様ひっどぉい」
からかうような笑いが四人分。
「……わかんないけど、予定されていたって事はないんじゃないかなぁ」
「失礼ですが、お二人が話している言葉は日本語だとは思いがたいのです」
「ちょっと、言語の問題にすりかえないでよ。これは純粋に理解力の問題でしょ、そんなだから新聞が売れないのよ」
「幻想郷に来てからどの位経ったっけなぁ」
「……ひどいこと言っちゃったかしら」
「も一度説明するわ。隕石は予定されていたというか」
「あっ、お姉様、それは……」
「隕石は人為的に落とされたのよ。この紅魔館の真上に、きっちり狙ってね」
「あーあ、言っちゃった。もう知らないからね」
「それは日本語でしょうか?」
「間違い無く古い日本語よ。人為的な隕石という証拠にほら、この隕石の欠片見て御覧なさい。呪文でびっしりでしょう?」
暗闇でそう言われても困ったもので、文は、ぽっと小さな天狗火を灯した。必要最小限の光が隕鉄の表面を滑る。部屋全体を照らすのは、なんとなく憚られた。
「……でも、地下生活が長いと、お日様の昇って降りてなんかで時を測るというのは、適切ではないように思えてくるわ」
文が隕石の欠片を観察している間も、フランドールはぶつぶつ呟き続ける。
「それよりも、心臓が何度どきどきしたとか……蝋燭が何本燃え尽きたとか……」
文は火を消した。もう見ていられなかった。
「いろんな数え方があると思うの」
「呪文は日本語じゃあ無いよね」
「……」
「ほら、これでも何が起こっているのか判らないのかしら?」
「私たちが日本語を話していないなら、隕石に刻まれているものも日本語ではないでしょうね」
「もしかして、隕石を使って誰かが攻撃を仕掛けてきているとか、それと戦っているとか……」
ようやく発言した文の喉は、いつのまにか渇ききっていて、カサカサした音しか出なかった。そんな声で私はいったいなにを言っているのだろうか。
「さあねぇ。もう一度聞くけど、隕石に書かれた呪文は日本語じゃあ無いんだよね」
「少なくとも、私には日本語には全く見えないのですが」
「いや、これは古い日本語ね。古い古~い日本語で、獅子座流星群って書いてあるよ」
「ふうん……こんなものが日本語ならば、私たちも案外日本語を話せているのかもね」
「……いやはや、どこまで本当なのでしょうか」
ぼやくように呟いたその時、ひやりと血の気が引いた。それは痛点に突き刺さるような冷たさにも、全身が焼かれるような熱波にも感じられる。
「そんなに本当の事が欲しければ、くれてやるわ。本当の事なんてね、あんたがそうだと書けば、そうよ」
射命丸文は突き飛ばされるように部屋から追い出されて、地下の通路にぼんやり立ち尽くしていた。暗闇に慣れていた目には、その薄暗さが夜明け前のようにほっとする。
「お疲れさま」
隣に立つレミリアは口角をつり上げるだけの、犬歯を見せない笑顔を作ると、小さく肩をすくめながら言った。
「……今日は機嫌がいい方だったわ」
「そうなんですか」
「うーん……いや、むしろ気に入られた方かもしれない」
「そうなんですか……」
「ええ」
上でお茶しましょう、と言いながらレミリアは先を歩き始めた。
インタビューを許されたのは地下室。しかも天狗の夜目でさえ、真っ暗な闇に閉ざされてしまう地下室だった。
「すまないねぇ、今日はちょっと調子が悪いのよ」
暗闇の正面で少女の――それもかなり幼い少女の声がそう言って、ごほ、ごほと空咳。
「……いつもなら、ここだってもうちいっとは明るいのよ。本当よ」
そらぞらしいその響きを聞いて、文は相手の機嫌を推し量った。
「……ええ。別にこっちは構いませんから、始めましょう」
と口早に言う。このままうかうかしていると、とって喰われそうな雰囲気だった。
「終わり方が変だねぇ」
という声の後で、ばさばさと新聞紙が舞う軽い音がしたので、相手は一遍通りに記事を読み終えて、どこかへ放り捨ててしまったようだった。
「出来事の方がよっぽど変だったのです。春の陽気の仕業かもしれないと思って」
「春の陽気なんて知ったこっちゃないわ。春の夜はなんだか面白おかしくて好きだけど……」
と言う声は、左手から聞こえた。
「変じゃない出来事なんてあるわけがないでしょ。おかしな事を言う新聞記者さんね」
今度の声は右手から飛んでくる。
「事実を超えられない様じゃ、新聞なんて書いても無駄なんじゃないのー?」
からかうように言われながら居住まいを正そうとしたものの、自分の周囲をぐるぐると回る相手の気配に、内心ではたじろぐ。
「新聞は事実を超える物でも、おもしろおかしく伝える物でも無いのです」
「ふーん、ちょっとは殊勝なところもあるのね」
「しかし、事実はあんたらを飛び越えるよ、きっとね」
「真面目なのね。あなた、この館に向いていないわ」
「あー、すっかり春になったわね。もーすぐ新茶?」
あちこちから飛んでくる答えはまちまちで、しかも重なって聞こえた。記者としては溜め息をつくしかない。
「何となく、貴方に聞いても無駄な様な気がしますがもう一度聞いてみます。どうやったのかはともかく、本当に隕石を爆発させたんですよね?」
「私も、あんたに話すだけ無駄な気がするねぇ」
「何事も疑義を提示するのは悪い事ではないけれど、視点が見当違いね」
「お茶といえばね、最近自分で淹れるのに興味が湧いてきたの。うちの人々って、みんなそれぞれこだわりがあるでしょ? だから私も勉強してみようかなって」
「きゅっとしてドカーンね」
もう席を蹴っ飛ばして帰ってやろうかとも思ったが、こらえる。
「レミリアさんが言っていた様な事は本当の事なんでしょうか?」
「本当本当って、本当に本当を知りたいの?」
「そうね。いちいち不真面目なあいつに、いっちょご教授してもらった方がいいかもしれない」
「隕石が予定されていたって事? そんな事ある訳がないじゃない。それはあいつの口癖よ」
めちゃくちゃでごちゃごちゃとした返答の後で、ひとつだけ(多少は)筋道の通った答えが返ってきた。文はそれにすがりつくしかない。
「口癖、ですか」
「そう口癖。あいつは何でもかんでも最初から判っていた振りをするの。運命が判るだとか何だとか言って」
「でも、どうかなぁ……自分で淹れるといっそう美味しいって、本当なのかしら……」
「こらこら、お姉様をあいつ呼ばわりしないの」
「うわきたよ」
文がそちらにちょっと意識を向けると、地下の闇がわずかに薄れて、館の女主人が――レミリア・スカーレットが部屋に入ってくるところだった。フィルムの感光のようにその姿がしばらく印象に残ったが、このとき正面のフランドール・スカーレットから目を逸らさなければ、そこには何人のフランドールが眼に焼き付けられただろうか。
地下室はふたたび暗闇に戻った。
「あら、いつの間に後ろに居ましたの? お姉様」
「ああ、ちょうど良かったです。妹さん一人だと……」
「私一人だとなんなのよ」
「なにがちょうど良かったのよ」
「あら、話が通じないとでも言うのかしら?」
「その通りです。自分でも判っているじゃないですか」
「で、ちょうど良いって何の話?」
「判っていないのはあんただけよ。判っていないあんたが判っていない新聞を書けば、判っていない読者ができる……判っていない読者は私の事をわけの判らないやつだと言うでしょう。それが全て、あんたのせいなのよ」
「そうそうもっと言ってやって」
「でもそれって、本当に彼らが判っていないという事になるのかしら?」
「ごめんなさい。私ったら、自分の事ばっかり話しちゃうのよ……で、何の話だっけ?」
「難しい問題よ、新聞記者さん」
「先日の隕石爆発の話ですが……」
「それこそお姉様の言う運命論と、同じ落とし穴に嵌まっていない?」
「ああ隕石、隕石の話ね……」
「あああれ。少しぐらい隕石が爆発したって罰は当たらないわよ」
「いやよ。全てが予定されていたなんて。私たちが幻想郷にやってきた時みたいじゃない……」
「……予定されていたって言ったのはどういう事だったのでしょうか?」
「新聞記事を書いている癖に日本語が通じないのかしら?」
「お姉様ひっどぉい」
からかうような笑いが四人分。
「……わかんないけど、予定されていたって事はないんじゃないかなぁ」
「失礼ですが、お二人が話している言葉は日本語だとは思いがたいのです」
「ちょっと、言語の問題にすりかえないでよ。これは純粋に理解力の問題でしょ、そんなだから新聞が売れないのよ」
「幻想郷に来てからどの位経ったっけなぁ」
「……ひどいこと言っちゃったかしら」
「も一度説明するわ。隕石は予定されていたというか」
「あっ、お姉様、それは……」
「隕石は人為的に落とされたのよ。この紅魔館の真上に、きっちり狙ってね」
「あーあ、言っちゃった。もう知らないからね」
「それは日本語でしょうか?」
「間違い無く古い日本語よ。人為的な隕石という証拠にほら、この隕石の欠片見て御覧なさい。呪文でびっしりでしょう?」
暗闇でそう言われても困ったもので、文は、ぽっと小さな天狗火を灯した。必要最小限の光が隕鉄の表面を滑る。部屋全体を照らすのは、なんとなく憚られた。
「……でも、地下生活が長いと、お日様の昇って降りてなんかで時を測るというのは、適切ではないように思えてくるわ」
文が隕石の欠片を観察している間も、フランドールはぶつぶつ呟き続ける。
「それよりも、心臓が何度どきどきしたとか……蝋燭が何本燃え尽きたとか……」
文は火を消した。もう見ていられなかった。
「いろんな数え方があると思うの」
「呪文は日本語じゃあ無いよね」
「……」
「ほら、これでも何が起こっているのか判らないのかしら?」
「私たちが日本語を話していないなら、隕石に刻まれているものも日本語ではないでしょうね」
「もしかして、隕石を使って誰かが攻撃を仕掛けてきているとか、それと戦っているとか……」
ようやく発言した文の喉は、いつのまにか渇ききっていて、カサカサした音しか出なかった。そんな声で私はいったいなにを言っているのだろうか。
「さあねぇ。もう一度聞くけど、隕石に書かれた呪文は日本語じゃあ無いんだよね」
「少なくとも、私には日本語には全く見えないのですが」
「いや、これは古い日本語ね。古い古~い日本語で、獅子座流星群って書いてあるよ」
「ふうん……こんなものが日本語ならば、私たちも案外日本語を話せているのかもね」
「……いやはや、どこまで本当なのでしょうか」
ぼやくように呟いたその時、ひやりと血の気が引いた。それは痛点に突き刺さるような冷たさにも、全身が焼かれるような熱波にも感じられる。
「そんなに本当の事が欲しければ、くれてやるわ。本当の事なんてね、あんたがそうだと書けば、そうよ」
射命丸文は突き飛ばされるように部屋から追い出されて、地下の通路にぼんやり立ち尽くしていた。暗闇に慣れていた目には、その薄暗さが夜明け前のようにほっとする。
「お疲れさま」
隣に立つレミリアは口角をつり上げるだけの、犬歯を見せない笑顔を作ると、小さく肩をすくめながら言った。
「……今日は機嫌がいい方だったわ」
「そうなんですか」
「うーん……いや、むしろ気に入られた方かもしれない」
「そうなんですか……」
「ええ」
上でお茶しましょう、と言いながらレミリアは先を歩き始めた。
脳をぐわんぐわん揺らされているかのような感覚が異界へ足を運んでいるようで実に心地良いですね。しかし書籍持ってこないと原典の台詞が見わけもつかないのは見事としか言いようがないです。
たいへんに良かったです。ご馳走様でした。
新たに付け加えられた台詞、フランちゃんが言いそうな台詞がいっぱいあって可愛かったです。ちなみにお茶の台詞が一番好きです。