メリーは、何物にも囚われていない。人にも、物にも。
良く言えば、ミニマリスト。悪く言えばがさつで無頓着。
だから、彼女が夢で拾ってきた不思議で魅力的なマテリアルも、夢の中でどういった経緯で入手し、どんな物なのかを私に語れば、その時点で殆どが用済み。伊弉諾物質といった特殊な例を除けばは、問答無用で処分しようとする。私にとって、それが価値ある物だとしても。故に、メリーが持ち帰った物は、必然的に私が保管するようになっていた。
「今日も色々と持ってきたわね~」
「でしょでしょ」
洒落た喫茶店の、アンティークで木目調が目を引くテーブルの上に、雰囲気に似つかわしくない品々が並ぶ。墨で書かれた判読不能な本、蛇の抜け殻、幼稚なイラストが描かれた紙切れ、空色のビー玉、吸い口が欠けた煙管、何の変哲も無い石ころ。
メリーはそれらを恭しく手に取っては、慈しむような目線で見て、私と語り合う。品々の由緒も、彼女の語り口も、どれも突拍子も無くて、刺激的だ。
ただ、ある程度語り尽くしてから、テーブルに戻す際の彼女の視線が、何処か冷たくて、そこだけがいつも気掛かりで。
……本日最後に残った物は、ビー玉だった。
「これはね、空なのよ。空を、拾ったの」
独特な比喩表現か何かだろうか。思わず、首を捻った。
「誰かが落とす物だったっけ? 空って」
メリーがころころと、掌でビー玉を転がす。ガラス製のそれは、確かに澄んだ空のように、美しい青色だった。
「確かに拾ったんだから、そうとしか言えないでしょう? 幾つかあったから、もう何個か持ってきても良かったんだけど、かさばりそうだから止めたわ」
「ポケットがじゃらじゃらして気持ち悪そうだしね」
「確かに」
カチカチと音を立てながら歩くメリーの姿を想像し、クスリと笑った。それから、ふと思い出す。
「大昔の映画に、似たような話があったっけ」
「どんなの?」
「空が描かれた交通標識みたいな物が主人公の頭上に落ちてきて、実はそれは侵略してきたエイリアンのステルス船の一部で、最初は周囲に全く信じて貰えなかったけど、なんやかんやあって主人公が地球の危機を救うっていう、そんな感じ」
酷く大雑把なあらすじに、メリーはクスクスと微笑した。
「それじゃあ、私達が悪の宇宙人から地球を救う役ってことになるわね」
「人類救済の実績を解除してもねぇ」
「履歴書に書く?」
「地球防衛隊に入隊するよう薦められそう」
秘封倶楽部には、そんな大層な称号も功績も必要ない。私達は――私はただ、オカルトを暴ければ、それでいいのだから。……そのはず、なのだ。
閑話休題。
「で、結局なんなの?」
「本当に空を映し出しているの。多分、このビー玉の真上の……。しかも、30分後の、ね」
目をしばたたかせた。興味深い内容だ。
「要は、それを一目見るだけで、天気予報が出来るって訳ね」
メリーがコクリと首を縦に振る。
「うっすらとだけど、結界の綻びが中に見えたの。未来と繋がっているだなんて、面白くない?」
「ええ、とっても」
向こう側の世界で、一体誰が、どんな意図で、ビー玉の中に未来への覗き穴を封じ込めたのだろう。きっと――メリーの話曰く――科学や文明がこちらと比べて相対的に未発達な向こう側なら、重宝されていることに、間違いは無いだろうが。
「けど――」
と言いかけ、口を噤む。
「? どうしたの?」
「ああ、いや。インテリアのアクセントに使えそうだなって」
「蓮子が部屋飾りを気にするなんて、驚きだわ」
「心外ね。結構気にしてるのよ?」
その後、また四方山話に花を咲かせてから、本日の倶楽部活動は以上ということで、私達は喫茶店を後にして、各々の家路についた。
川に掛かる巨大な橋を渡る。鞄の中には、メリーが持参した道具達が、彼女に飽きられ、見捨てられた物が、無理矢理押し込められていた。
徐に、中から例のビー玉を取り出し、見つめる。澄んだ青色を湛えていたはずが、今は灰色に移り変わっていた。これから、曇り空になるのだろう。そんなこと、ビー玉を見るまでも無く、アプリを開けばすぐにでも分かることで。
……そう。このガラスの玉は、こちらでは、殆ど意味を成さない。無価値だ。便利で手軽な代替品が、既に存在しているのだから。メリーとの会話でも、そう言いかけた。
寸でのところで止めたのは、無用の長物だと口にして、彼女に肯定されたくなかったから。何故なら、私の眼もまた――月と星を見て場所と時間が分かる瞳もまた、端末一つに取って代われる力だから。
欄干に寄り掛かりながら、鼠色になったビー玉を、空に掲げる。色は変わらない。美しさの、欠片も無い。
この玉の存在意義を、彼女が一笑に付しでもしたら。それはいつか、私の力さえもそう扱われてしまうのでは、という疑念を、抱かずには居られなくなるだろう。いや、現に抱いているそれが、更に色濃く輪郭を持ってしまうだろう。
考えすぎだろうか? 悲観しすぎているだろうか?
けれど私は、彼女に何らかの価値を見出して貰っているから、彼女に選んで貰っているから、メリーの側にいられているのだと、思ってしまっている。彼女の興味がない物に対する冷淡さを、近くで見聞きしてしまっているから。
仮に、彼女に飽きられてしまえば、愛想を尽かされてしまえば、鞄の中に仕舞われている物のように、簡単に切り捨てられてしまうのだろうか。
「それは――」
嫌だ。拒絶すると同時に、半ば無意識のうちに、ビー玉を橋の向こう側へと放り投げていた。
透明感を失っていたそれは、放物線を描き、一瞬だけ日光をキラリと反射させたかと思うと、川底へ吸い込まれた。暫くの間、水面に形成された波紋だけが、ビー玉が存在していたことを、この世界に訴えていったが、やがてそれも、水流にかき消された。
暫く落下地点をぼうと眺め、己の浅はかさに自嘲した後、再び帰路へと足を向ける。幸か不幸か、家に着くまでは晴れていそうだった。
良く言えば、ミニマリスト。悪く言えばがさつで無頓着。
だから、彼女が夢で拾ってきた不思議で魅力的なマテリアルも、夢の中でどういった経緯で入手し、どんな物なのかを私に語れば、その時点で殆どが用済み。伊弉諾物質といった特殊な例を除けばは、問答無用で処分しようとする。私にとって、それが価値ある物だとしても。故に、メリーが持ち帰った物は、必然的に私が保管するようになっていた。
「今日も色々と持ってきたわね~」
「でしょでしょ」
洒落た喫茶店の、アンティークで木目調が目を引くテーブルの上に、雰囲気に似つかわしくない品々が並ぶ。墨で書かれた判読不能な本、蛇の抜け殻、幼稚なイラストが描かれた紙切れ、空色のビー玉、吸い口が欠けた煙管、何の変哲も無い石ころ。
メリーはそれらを恭しく手に取っては、慈しむような目線で見て、私と語り合う。品々の由緒も、彼女の語り口も、どれも突拍子も無くて、刺激的だ。
ただ、ある程度語り尽くしてから、テーブルに戻す際の彼女の視線が、何処か冷たくて、そこだけがいつも気掛かりで。
……本日最後に残った物は、ビー玉だった。
「これはね、空なのよ。空を、拾ったの」
独特な比喩表現か何かだろうか。思わず、首を捻った。
「誰かが落とす物だったっけ? 空って」
メリーがころころと、掌でビー玉を転がす。ガラス製のそれは、確かに澄んだ空のように、美しい青色だった。
「確かに拾ったんだから、そうとしか言えないでしょう? 幾つかあったから、もう何個か持ってきても良かったんだけど、かさばりそうだから止めたわ」
「ポケットがじゃらじゃらして気持ち悪そうだしね」
「確かに」
カチカチと音を立てながら歩くメリーの姿を想像し、クスリと笑った。それから、ふと思い出す。
「大昔の映画に、似たような話があったっけ」
「どんなの?」
「空が描かれた交通標識みたいな物が主人公の頭上に落ちてきて、実はそれは侵略してきたエイリアンのステルス船の一部で、最初は周囲に全く信じて貰えなかったけど、なんやかんやあって主人公が地球の危機を救うっていう、そんな感じ」
酷く大雑把なあらすじに、メリーはクスクスと微笑した。
「それじゃあ、私達が悪の宇宙人から地球を救う役ってことになるわね」
「人類救済の実績を解除してもねぇ」
「履歴書に書く?」
「地球防衛隊に入隊するよう薦められそう」
秘封倶楽部には、そんな大層な称号も功績も必要ない。私達は――私はただ、オカルトを暴ければ、それでいいのだから。……そのはず、なのだ。
閑話休題。
「で、結局なんなの?」
「本当に空を映し出しているの。多分、このビー玉の真上の……。しかも、30分後の、ね」
目をしばたたかせた。興味深い内容だ。
「要は、それを一目見るだけで、天気予報が出来るって訳ね」
メリーがコクリと首を縦に振る。
「うっすらとだけど、結界の綻びが中に見えたの。未来と繋がっているだなんて、面白くない?」
「ええ、とっても」
向こう側の世界で、一体誰が、どんな意図で、ビー玉の中に未来への覗き穴を封じ込めたのだろう。きっと――メリーの話曰く――科学や文明がこちらと比べて相対的に未発達な向こう側なら、重宝されていることに、間違いは無いだろうが。
「けど――」
と言いかけ、口を噤む。
「? どうしたの?」
「ああ、いや。インテリアのアクセントに使えそうだなって」
「蓮子が部屋飾りを気にするなんて、驚きだわ」
「心外ね。結構気にしてるのよ?」
その後、また四方山話に花を咲かせてから、本日の倶楽部活動は以上ということで、私達は喫茶店を後にして、各々の家路についた。
川に掛かる巨大な橋を渡る。鞄の中には、メリーが持参した道具達が、彼女に飽きられ、見捨てられた物が、無理矢理押し込められていた。
徐に、中から例のビー玉を取り出し、見つめる。澄んだ青色を湛えていたはずが、今は灰色に移り変わっていた。これから、曇り空になるのだろう。そんなこと、ビー玉を見るまでも無く、アプリを開けばすぐにでも分かることで。
……そう。このガラスの玉は、こちらでは、殆ど意味を成さない。無価値だ。便利で手軽な代替品が、既に存在しているのだから。メリーとの会話でも、そう言いかけた。
寸でのところで止めたのは、無用の長物だと口にして、彼女に肯定されたくなかったから。何故なら、私の眼もまた――月と星を見て場所と時間が分かる瞳もまた、端末一つに取って代われる力だから。
欄干に寄り掛かりながら、鼠色になったビー玉を、空に掲げる。色は変わらない。美しさの、欠片も無い。
この玉の存在意義を、彼女が一笑に付しでもしたら。それはいつか、私の力さえもそう扱われてしまうのでは、という疑念を、抱かずには居られなくなるだろう。いや、現に抱いているそれが、更に色濃く輪郭を持ってしまうだろう。
考えすぎだろうか? 悲観しすぎているだろうか?
けれど私は、彼女に何らかの価値を見出して貰っているから、彼女に選んで貰っているから、メリーの側にいられているのだと、思ってしまっている。彼女の興味がない物に対する冷淡さを、近くで見聞きしてしまっているから。
仮に、彼女に飽きられてしまえば、愛想を尽かされてしまえば、鞄の中に仕舞われている物のように、簡単に切り捨てられてしまうのだろうか。
「それは――」
嫌だ。拒絶すると同時に、半ば無意識のうちに、ビー玉を橋の向こう側へと放り投げていた。
透明感を失っていたそれは、放物線を描き、一瞬だけ日光をキラリと反射させたかと思うと、川底へ吸い込まれた。暫くの間、水面に形成された波紋だけが、ビー玉が存在していたことを、この世界に訴えていったが、やがてそれも、水流にかき消された。
暫く落下地点をぼうと眺め、己の浅はかさに自嘲した後、再び帰路へと足を向ける。幸か不幸か、家に着くまでは晴れていそうだった。
もうしばらくは二人の関係も晴れたまま、その後のことは灰色の不安の中ですね
良かったです。