Coolier - 新生・東方創想話

拾われた空

2021/07/11 23:39:12
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 メリーは、何物にも囚われていない。人にも、物にも。
 良く言えば、ミニマリスト。悪く言えばがさつで無頓着。
 だから、彼女が夢で拾ってきた不思議で魅力的なマテリアルも、夢の中でどういった経緯で入手し、どんな物なのかを私に語れば、その時点で殆どが用済み。伊弉諾物質といった特殊な例を除けばは、問答無用で処分しようとする。私にとって、それが価値ある物だとしても。故に、メリーが持ち帰った物は、必然的に私が保管するようになっていた。

「今日も色々と持ってきたわね~」
「でしょでしょ」

 洒落た喫茶店の、アンティークで木目調が目を引くテーブルの上に、雰囲気に似つかわしくない品々が並ぶ。墨で書かれた判読不能な本、蛇の抜け殻、幼稚なイラストが描かれた紙切れ、空色のビー玉、吸い口が欠けた煙管、何の変哲も無い石ころ。
 メリーはそれらを恭しく手に取っては、慈しむような目線で見て、私と語り合う。品々の由緒も、彼女の語り口も、どれも突拍子も無くて、刺激的だ。
 ただ、ある程度語り尽くしてから、テーブルに戻す際の彼女の視線が、何処か冷たくて、そこだけがいつも気掛かりで。
 ……本日最後に残った物は、ビー玉だった。

「これはね、空なのよ。空を、拾ったの」

 独特な比喩表現か何かだろうか。思わず、首を捻った。

「誰かが落とす物だったっけ? 空って」

 メリーがころころと、掌でビー玉を転がす。ガラス製のそれは、確かに澄んだ空のように、美しい青色だった。

「確かに拾ったんだから、そうとしか言えないでしょう? 幾つかあったから、もう何個か持ってきても良かったんだけど、かさばりそうだから止めたわ」
「ポケットがじゃらじゃらして気持ち悪そうだしね」
「確かに」

 カチカチと音を立てながら歩くメリーの姿を想像し、クスリと笑った。それから、ふと思い出す。

「大昔の映画に、似たような話があったっけ」
「どんなの?」
「空が描かれた交通標識みたいな物が主人公の頭上に落ちてきて、実はそれは侵略してきたエイリアンのステルス船の一部で、最初は周囲に全く信じて貰えなかったけど、なんやかんやあって主人公が地球の危機を救うっていう、そんな感じ」

 酷く大雑把なあらすじに、メリーはクスクスと微笑した。

「それじゃあ、私達が悪の宇宙人から地球を救う役ってことになるわね」
「人類救済の実績を解除してもねぇ」
「履歴書に書く?」
「地球防衛隊に入隊するよう薦められそう」

 秘封倶楽部には、そんな大層な称号も功績も必要ない。私達は――私はただ、オカルトを暴ければ、それでいいのだから。……そのはず、なのだ。
 閑話休題。

「で、結局なんなの?」
「本当に空を映し出しているの。多分、このビー玉の真上の……。しかも、30分後の、ね」

 目をしばたたかせた。興味深い内容だ。

「要は、それを一目見るだけで、天気予報が出来るって訳ね」

 メリーがコクリと首を縦に振る。

「うっすらとだけど、結界の綻びが中に見えたの。未来と繋がっているだなんて、面白くない?」
「ええ、とっても」

 向こう側の世界で、一体誰が、どんな意図で、ビー玉の中に未来への覗き穴を封じ込めたのだろう。きっと――メリーの話曰く――科学や文明がこちらと比べて相対的に未発達な向こう側なら、重宝されていることに、間違いは無いだろうが。

「けど――」

 と言いかけ、口を噤む。

「? どうしたの?」
「ああ、いや。インテリアのアクセントに使えそうだなって」
「蓮子が部屋飾りを気にするなんて、驚きだわ」
「心外ね。結構気にしてるのよ?」

 その後、また四方山話に花を咲かせてから、本日の倶楽部活動は以上ということで、私達は喫茶店を後にして、各々の家路についた。
 川に掛かる巨大な橋を渡る。鞄の中には、メリーが持参した道具達が、彼女に飽きられ、見捨てられた物が、無理矢理押し込められていた。
 徐に、中から例のビー玉を取り出し、見つめる。澄んだ青色を湛えていたはずが、今は灰色に移り変わっていた。これから、曇り空になるのだろう。そんなこと、ビー玉を見るまでも無く、アプリを開けばすぐにでも分かることで。
 ……そう。このガラスの玉は、こちらでは、殆ど意味を成さない。無価値だ。便利で手軽な代替品が、既に存在しているのだから。メリーとの会話でも、そう言いかけた。
 寸でのところで止めたのは、無用の長物だと口にして、彼女に肯定されたくなかったから。何故なら、私の眼もまた――月と星を見て場所と時間が分かる瞳もまた、端末一つに取って代われる力だから。
 欄干に寄り掛かりながら、鼠色になったビー玉を、空に掲げる。色は変わらない。美しさの、欠片も無い。
 この玉の存在意義を、彼女が一笑に付しでもしたら。それはいつか、私の力さえもそう扱われてしまうのでは、という疑念を、抱かずには居られなくなるだろう。いや、現に抱いているそれが、更に色濃く輪郭を持ってしまうだろう。
 考えすぎだろうか? 悲観しすぎているだろうか?
 けれど私は、彼女に何らかの価値を見出して貰っているから、彼女に選んで貰っているから、メリーの側にいられているのだと、思ってしまっている。彼女の興味がない物に対する冷淡さを、近くで見聞きしてしまっているから。
 仮に、彼女に飽きられてしまえば、愛想を尽かされてしまえば、鞄の中に仕舞われている物のように、簡単に切り捨てられてしまうのだろうか。
 
「それは――」

 嫌だ。拒絶すると同時に、半ば無意識のうちに、ビー玉を橋の向こう側へと放り投げていた。
 透明感を失っていたそれは、放物線を描き、一瞬だけ日光をキラリと反射させたかと思うと、川底へ吸い込まれた。暫くの間、水面に形成された波紋だけが、ビー玉が存在していたことを、この世界に訴えていったが、やがてそれも、水流にかき消された。
 暫く落下地点をぼうと眺め、己の浅はかさに自嘲した後、再び帰路へと足を向ける。幸か不幸か、家に着くまでは晴れていそうだった。
ラムネが美味しい季節になってきました。海辺が近い駅で飲みたいです。
東風谷アオイ
http://twitter.com/A_kotiya
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
蓮子の胸中の一抹の不安が物質化したみたいな空色のビー玉が印象的な美しさでよかったです
もうしばらくは二人の関係も晴れたまま、その後のことは灰色の不安の中ですね
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.90サク_ウマ削除
この蓮子はメリーの瞳に囚われているなあと思ったのですけれど、それではメリーは何に囚われているのでしょうか。彼女もまた何かに囚われているように感じたのですが、さて。
良かったです。
4.90名前が無い程度の能力削除
不安のある日常が人間味があっていいですね
5.90クソザコナメクジ削除
良かったです
7.100ヘンプ削除
とってかわれるものになりたくないという不安がとても感じられて、蓮子が怖くなっていく様が印象的でした。
9.100Actadust削除
日常に忍び寄る日常、不穏な気配、そんな居心地の悪さが読んでいてひしと伝わってきました。楽しませて頂きました。
10.80めそふ削除
空色のビー玉が蓮子の心情を象徴していて良かったです。