長雨の続く時期というのは、サニーたちにとって人一倍憂鬱なときでした。
空はどんよりとした雲に覆われて、太陽も月も星も見ることができなくなってしまうのですから。
「ふあぁ…… おはよー」
「ちっともおはやくないわよ。早く寝たくせに」
「ふふっ、サニーがお寝坊なのはいつものことじゃない」
居間に顔を出すなり、ルナとスターの両方から遅起きを指摘されてしまうサニー。けれど彼女は少しもそれを気にすることなく、朝ごはんの用意されたテーブルについていきます。
だいたい、いくら寝すぎだと言われても眠いんだから仕方ありません。
陽の光も浴びられないし、こっちは電池切れなのよ…… そんなことを心の中で言い返しながら、寝ぼけ頭のサニーはトーストにジャムを塗り始めていくのでした。
「るなー てんきよほうー」
間違えてフォークをジャムに突き入れていたのに気が付いて、バターナイフを手に取りながらルナに尋ねます。
「見事に傘マークね。明日も明後日もお日様は無し」
「うぅぅ…… これじゃ私、しけっちゃうよぉ」
新聞に目を落としている少女がため息交じりに答えていき、視線を窓へと向けていきます。
窓際には、雨模様の空を眺める三体のてるてる坊主たち。それはまるで、願いを叶えられなかった気まずさから、少女たちから目を逸らしているかのようです。
「まあ仕方ないわよね、雨の季節なんだもの。
私たちがいくらため息ついても、雲はどいてくれないわ」
「そうかもしれないけどさぁ。
でも、スターみたいに物解りよくなんてなれないってば」
そこへ、静かな物腰でコーヒーを運んでくるスター。
彼女は雨続きなことに諦めをつけているのでしょう。ぐったりゲンナリなサニーとは打って変わった、澄ました微笑みを見せています。
そしてそれはルナも同様。騒いでも仕方がないとばかりに、彼女は表情のない顔でコーヒーを口に運んでいくのでした。
「もう、なによ! ふたりとも利口ぶっちゃって!」
でもやっぱり、そんな簡単に割り切って考えることなんてできません。いくら仕方ないとはいえ、恨み言のひとつくらい言わせてもらわないと気が済まないのです。
「サニー」
「いたっ!? ちょっとルナ!」
そんなときに。サニーはテーブルの下で脚をルナに小突かれてしまいました。
けれどどうしたのでしょう。サニーが抗議しようとした先で、ルナはなにやら真剣な面持ちをしています。
「話があるの。来てくれる?」
すっと席を立って、自室へとサニーを連れていこうとするルナ。
「あら、私は仲間外れ?」
そんなふたりに、冗談とも本気ともとれない声を投げるスター。
「うん、今日はそうなっちゃうわね」
「ルナ!? ちょっと、仲間外れだなんてそんなこと……!」
ルナの返事は冷たいくらいに率直なものでした。それこそ、横で聞いたサニーが本気でうろたえてしまうくらいに。
でもこういうときは変に誤魔化したりしないほうがいいのかもしれません。スターは特に気を悪くした風もなく、「仕方ないわねぇ」と静かに笑ってみせるのでした。
「ごめんね。明日はサニーのこと好きにしていいから」
「ありがとう、嬉しいわ♪ 約束だからね」
「はい!? なんで勝手に!!」
それから、サニー独占権が本人意思とは関係ないところで取引されたところで。太陽と月の少女は、手のひらを胸の前で合わせる星の少女に見送られながら居間を後にしていくのでした。
「で、話ってなによ」
小難しそうな本だとか、使いかたの解らない道具だとか、そんなものが整然と並んだルナの部屋。そこまで連れてこられたところで、サニーはムスッとした顔でルナに尋ねかけていきました。
ふくれっ面の理由は三つ。
わけもわからず引っ張ってこられて、勝手に変な取引を成立されて、あげくにコーヒーも飲みそびれて…… 朝イチからこんな目に遭わされて、サニーの気持はどんよりな曇り空。
いったいなんの話があってのことなのか、それなりの理由がないと納得なんてとてもできません。
「サニー、今日が何月何日だかわかってる?」
「はぁ? なによそれ」
だから、どうしても口調もキツいものになってしまいました。
今日の日付がなんだっていうのか。ルナの回りくどい物言いに少しイラ立ちつつ、壁に掛けられたカレンダーに目を向けます。
「今日は七月七日でしょ。それがどうしたのよ」
「そう、七夕の日。
じゃあ今日の天気はどうだったかしら」
「……あっ」
そこまで言われたことでようやく気が付きました。ルナが何を言おうとしているのかを。
「えっと……じゃあ、さっき脚を蹴ったのは……」
「解ったみたいね。それで正解よ」
そう。さっきのは、スターに「物わかりがよすぎだ」と言い放ったのをたしなめようとしてのことだったのです。
今日は七夕。いわば星のお祭りともいえる日であって、きっとスターは内心で晴れを強く願っていたことでしょう。けれどそんな思いも空しく、今日はあいにくな空模様となってしまいました。それを歯がゆく思う気持ちはサニー以上でしょう。
それでも彼女は、悔しい思いを外に出すことはありませんでした。愚痴や恨み言のひとつも言いたいだろうに、「仕方がない」と割り切った振舞いをしてみせていたのです。
「それなのにサニーが駄々こねるなんておかしいでしょ」
「そう、だよね……」
たぶんそれは、取り乱した姿を見せたくなかったからなのでしょう。もしかしたら今ごろ、人目につかないところでしょんぼりした顔をして空を見上げているかもしれません。
「私、謝ってくる! それで、それで……」
そうとなったらこうしてなんていられません。
まずは無神経だった発言をお詫びして、それからなんとかして彼女を元気づけて…… 方法は思いつかないけれど、なんとかしなくてはと思ったのです。
言うが早いか、部屋を飛び出していこうとしていくサニー。
「待ちなさいってば。
そんなことしたってスターは喜ばないわよ」
けれどそれは、もっともな意見とともに制されてしまいました。
「でも、だけど!」
「気持ちは解るけど落ち着いてよ。
私だって……なんとかしてあげたいんだから」
わずらわしげな声を上げるサニー。
ですが、そうして昂った感情もすぐに冷めていきました。
目の前では、悲し気で悔し気な顔をしたルナが唇を噛み締めていたからです。
「どうすればスターを元気づけてあげられるかなって、私も考えてたんだよ?
でも何も思いつかなくて、何もできなくて……!」
やり場のない気持ちをぶつけるように、手元にあった本を投げつけるルナ。
乱暴に放り出された本には、「よく効くおまじない」というタイトルが書かれています。きっと今日が天気になるように、彼女のほうでも色々と願いをかけていたのでしょう。
「………」
それを手に取って、なんとなくパラパラとページをめくっていくサニー。
息を荒くさせながら、そっと鼻をすすり上げるルナ。
痛々しいくらいの静けさが、部屋を重たく支配していました。
「ごめん、サニー。大きい声出したりして」
カッとなった気持ちが落ち着いたのでしょう。
ルナが申し訳なさそうにポツリとこぼします。
「……ねぇ」
それを聞いていたのかいないのか。
サニーはじっと本を見つめたまま、短くルナに呼びかけます。
「サニー?」
キョトンとした顔をするルナ。
「もしかしたら、なんとかなるかもしれない」
「……!?」
顔を上げ、力強い目を見せるサニー。
「私たちじゃ思いつかないなら、相談すればいいのよ。
星の専門家に!」
「ほしの、せんもんか……?」
本を放り出してルナの手を取って、確信を持っているようにサニーが頷きます。
けれどルナには、彼女の言う「星の専門家」というものがうまく飲み込めません。そんな人、知り合いにいたでしょうか。
「いるじゃない、星の専門家が!
魔理沙さんにきけば、きっといい考えが出てくるハズよ!」
「魔理沙、さん…… そっか、そうかもしれない!」
そこへ明かされる、専門家の名前。
たしかにあの魔法使いは星の魔法を得意としていますし、専門家と呼ぶのも過言ではないでしょう。
「そうとなったら出発よ!
スターに星を見せてあげるのよ!」
「そうね。スターをびっくりさせてあげましょ!」
目的があって、そこへ至るためのアテがある。そういうことならなら、もうモタモタなんてしていられません。サニーとルナはドタバタと支度をして、勢いよく家を飛び出していくのでした。
「……ふたりとも、何をやるつもりなのかしら」
そんなふたりが慌ただしく出かけていくのを静かに見送っていくスター。友人たちが駆け出していったおおよその理由を察しながら、彼女はクスっと微笑みを浮かべていきます。
それはまるで、わかりやすい隠し事をする子どもを見るかのような表情でした。
サニーが魔理沙のことを思いついたのは、ルナが本を投げつけたことがキッカケでした。
本といえば魔法使い。魔法使いと言えば魔理沙。そして魔理沙といえば……
そんな連想と発想から、星の専門家のもとを訪ねてみたサニーとルナだったのですが。
「へへっ、星のことで私をアテにしてきたのは大正解だぜ。
お前ら妖精のクセに賢いじゃないか」
「はぁ、ありがとうございます……」
どうやら残念なことに、その期待は外れてしまったようでした。
「なんだよその顔は。お前ら私のこと信用してないな?
たしかに雨雲を晴らすことはできないがな。顔の広い私にかかれば何かいい方法に辿り着く可能性は十分ありえるんだ。まあ任せとけって!」
勢い込んで押し掛けた魔理沙の家。ですが彼女からは、星空を見る方法は聞き出すことができませんでした。
その代わりということで、なんとかできそうな人を探すことになったのですが…… そもそもからして「何かできそうな人」というものにアテがありません。これではふりだしに戻ったのと同じなのです。
「ねえ魔理沙さん。どうしようもないならそれで諦めるから……」
「方法がないまま歩き回ってもムダだと思いますけど……」
サニーが、ルナが、おずおずながらに言っていきます。
「何もしないまま諦めたらそこで終わりだぜ」
けれど妙なやる気スイッチの入った魔法使いは聞く耳を持ってくれません。
これにはふたりも顔を見合わせるしかできませんでした。
アテが外れたこと。かえって変な方向に事態が進んでしまったこと。これからどうしようかということ。
困惑の視線を交わすサニーとルナでしたが、今は魔理沙についていくことしかできませんでした。
そんなモヤモヤを抱えて歩くことしばし……
「おーっす、邪魔するぜにとり」
「あれ、魔理沙じゃない。どうしたのさ妖精なんて連れて」
やってきたのは、妖怪の山の裾野でした。
「ちょっとワケアリでな。そんなわけでちょっと知恵を貸してくれ」
「知恵貸してくれって…… 貸すからにはタダじゃないよ?」
慣れた調子で声かける魔理沙に振り返るのは、サニーたちにとっても顔見知りである河童の少女でした。
「河童…… たしかになんか色んな機械作ってるって聞くけど……」
「雲を晴らす機会なんて、そんなおとぎ話じゃあるまいし」
でも、いくら凄腕の技術者とはいえ、天気を操ることなんてできるのでしょうか。
そんなこと聞いたことありませんし、とてもできるとも思えません。
「報酬は成功してからの話だ。
今夜、この雨を止ませて星空を見せてほしい」
それでも魔理沙はにとりを信頼しているのでしょう。星の魔法使いは、できて当然のことを頼むような調子で尋ねかけていきます。
こんなにも自信満々なら、もしかして……
「バカ言わないでよ。そんなことできるわけないだろ?
そういうやつは私よりも神様とかに頼んでおくれよ」
「え、そうなのか?
なんだよ、お前を買いかぶりすぎてたな」
などと期待したのが間違いだったようでした。
やっぱり天気を操るだなんて無理な話。どうしてもということなら、にとりの言う通りに神様にお願いするしかないようです。
でもそんなツテなんてありません。もし頼めたとしても受けてもらえるとも限りません。
「サニー、ここはほかの誰かに相談してみましょ」
「そうね……魔理沙さんには悪いけど、音と姿を消してこっそりと……」
これ以上魔理沙に任せていたら、空振りを繰り返すことになってしまうでしょう。
ふたりは逃げ出す算段を固め、目線だけで頷きを交わしていきます。
「だいたい、星空を見せろってどういうことなのさ。
それって本物じゃないとダメなわけ?」
ですが、見切りをつけるのは早かったのかもしれません。
にとりは呆れ半分ながらも、代案を持っているかのようなことを口にしたのです。
「んー、あー 本物じゃないと、か……
そのへんどうなんだ?」
「えっ、あっ、それは……
ルナ、どうだったっけ」
「えっ? あの、えっと……どっちがいいのかな」
姿を消しかけていたのを慌てて解除して。しどろもどろで言葉を交わして。
サニーとルナは視線を感じながら相談を始めていきます。
「代わりのものでもいいのかな」
「そもそも最初からそうだったじゃない。スターに元気を出させてあげようって。
それなら……」
うんうんと迷うルナ。
決断を促すサニー。
でもたしかに、天気を変えられない以上は代用品でどうにかするしかありません。
「なるほどね。ならうちのプラネタリウムを見ていきなよ。
本物じゃないけど、本物そっくりの星を見せてあげようじゃないか」
「へえ、いつの間にそんなの作ったのか。
面白そうだな、見せてくれよ」
「もちろん。観覧料払ってくれればいくらでも見せてあげるよ」
ところが、そうも簡単にはいかないようです。
本物そっくりの星空を見せてもらうには、どうやらお金がいるようなのです。
「観覧料だぁ? ……って、なんだよこれ! ちょっと高すぎないか!?」
「高くなんてないよ。これは私たち河童や山童の技術の粋を集めたものなんだから」
しかもその額ときたら、簡単に出すことなんてできないようなもの。サニーたちがかなりの間おやつを我慢しないといけない金額を、三人分も払わないといけないのです。
「そこまで言われちゃ仕方ないな。
お前ら、どうするんだ?」
「どうしよう、サニー」
「む、む、む……」
すっかりオロオロしてしまったルナ。
難しい顔をして、何年に一度くらいの判断に迫られるサニー。
これは、本当に難しい選択でした。
大事な友達を元気づけたい。だけど、それを叶えるには決して軽くないお金が要る……
いくらスターを喜ばせてあげられたとしても、その横で自分たちは一緒に楽しむことができるでしょうか。身の丈に合わない出費に重たい気持ちがつきまとってしまうに違いありません。お金と友達を秤にかけるようで心苦しいですが、なにかするなら心の底から一緒に楽しめないのであれば意味がないと思えるのです。
「ごめんなさい、にとりさん。
プラネタリウムはすごくおもしろそうだけど……
おやついっぱいガマンして、お金貯めてから見に来ます」
だからサニーは、申し訳ない気持ちをいっぱいに込めて頭を下げていきました。河童の技術者に、そしてなにより大事な友達に。
「うん、まあそうだろうね。妖精がイキナリ出せる額じゃないだろうし」
「妖精じゃなくても出しやしないっての。
こんなの物好きか金持ちじゃないと見ていきゃしないぜ」
「技術はタダじゃないんだよ。
それが解らないならもう手伝ってなんてあげないよ!」
サニーたちには今ひとつピンときませんが、河童の技術というのはそこまですごいものなのでしょうか。
本気でにとりが食って掛かっているあたり、そういうものなのかもしれませんが…… いずれにせよ、妖精たちの小銭ではとても力を借りることはできなさそうです。
「サニー……」
せっかく見えた希望の光。
それがアッサリと消えてしまい、ルナは途方に暮れた様子でサニーに助けを求めます。
「大丈夫。私に考えがあるの」
その一方で、陽の光の少女は自信たっぷりな表情を見せていました。
何かを考え付いたのでしょう。それはアテのない曖昧な自信ではなく、根拠のある確かな自信。そんな頼もしげな顔でルナへ頷いてみせてから、サニーは魔理沙へと向き直っていきます。
「魔理沙さん、頼みがあるんだけど」
「おう? なんだよ、あらたまって」
にとりと言い合っているところへの真剣な頼み事。
少したじろいだ魔法使いに、妖精の少女はゆっくりと口を開いていくのでした。
「アリスさんの家に、連れていってくれませんか?」
夏の初めの長い昼が暮れ始めてきた頃。サニーとルナはようやく家へと帰り着いていました。
「おかえりなさい。大荷物背負って、なにを盗んできたのかしら」
「ん、星をね」
「星……?」
晩ご飯の支度をしていたスターに尋ねかけられ、静かな調子で答えていくルナ。
これからやろうとしていることがバレてしまうのではとサニーが顔を青くさせますが、月の妖精少女はいたって平然とした様子。
「じゃあ、ちょっと部屋で準備してくるわね。
ご飯できたら呼んでちょうだい」
「ちょっとルナ!」
「ふふっ、いったい何を見せてくれるのかしら。楽しみだわ♪」
「うん、期待してて」
挙句に彼女は、何かをしようとしていることを明かしていってしまいます。さすがにこれにはサニーも非難の声を上げますが…… 今はルナの言動のほうが正解なようでした。
なぜなら、スターはある程度のことを察してしまっているようなのですから。
だからここは変に誤魔化したりせず、一定のところまでを明かしてしまったほうが得策であるわけなのです。そんな機微を読めるあたり、ルナはスターの気質というものをよく理解しているようでした。
そして……
「ごちそうさまでした! スター、今日も美味しかったわ」
「サニーったら、今日に限ってどういう風の吹き回し?」
「えっ…… い、いいじゃないたまには……」
晩ご飯が終わって、サニーが毎度の不器用な気遣いを披露して。いよいよスターに星を見せてあげる段となりました。
もちろん、具体的に何をするかについては秘したまま。薄々感づかれているものの、そこについては悟られずにこれました。あとは彼女が気に入ってくれるかどうかだけ。
サニーとルナは少し緊張を覚えながら、最後の準備に入っていくのでした。
「で、そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃない?」
「もちろんそのつもりよ。あとはサニーの準備だけだし」
食器を片付けようと洗い場に立つスター。そちらへとお皿を運んでいくルナ。
その言葉にスターがテーブルのほうへと目を向けると、いつの間にかサニーの姿が見えなくなっていました。
部屋で何かをしているのか、それとも姿を消して細工をしているのか。どちらなのかは判りませんが、それはどちらでもいいでしょう。スターは深く追及することなく、友人ふたりが行動を始めるのを静かに待っていくのでした。
そうしてお皿が片付いた頃に、どこからともなく何かを叩く音がコトコトと聞こえてきます。
それは言うまでもなく、準備完了を知らせるサニーからの合図。小さく頷いたルナはスターをテーブルの前に座らせて、そして明かりを消していきます。
「……?」
一瞬にじませる怪訝そうな様子。
そうかと思うと、辺りの壁や天井に無数の細かい光が浮かび上がっていきました。
「えっ なに、これ……」
キョトンと小首を傾げる声が聞こえます。
少し驚きながら、何が始まったのかを理解しきれずにいる声。けれどそれでも、星の少女は周りで揺らめくたくさんの光に心を動かされたようです。
言葉もなくゆっくりと視線を巡らせて、その光景を頭の中の何かをすり合わせて。サニーたちがどんなつもりでこれを見せてきたのかを考えていきます。
そう。この光景はまるで……
「北極星があって、北斗七星がこっちだから……
織姫と彦星がここで……その間にあるのは、天の川!」
大まかながらに再現された、七夕の夜空が広がっているようでした。
「どう? 気に入ってくれた?」
目を見開くスターにそっと声かけるルナ。
そちらへチラリと目を向けて、クスっと嬉しそうに笑うスター。
その様子はいつものような澄ました振舞いでしたが、それでも十分に驚き喜んでくれたのでしょう。星の少女は、今日で一番の嬉しげな顔を見せていました。
「ちょっと不格好な感じだけどね。でも気に入らないなんて言えないわ。
だって、ふたりで作ってくれたんでしょ?」
「手厳しいわねぇ。それでもできるだけ正確になるように頑張ったのよ?
サニーだって一生懸命光源役やってくれてるし」
「あら、不満だなんてひと言も言ってないわ♪」
妖怪の山を後にしてから、サニーとルナは魔理沙とともにこう動いていたのでした。
まずはアリスの家に向かい、布に大小の穴を開ける道具を借りてきて。それから魔理沙の家で、星の地図をもとにしながら大きな布に星空を再現していったのです。
布に穴を開けるとき、星の専門家である魔理沙はとても頼りになりました。再現するからには正確なものに近付けられるよう、夏の星図を見ながら細かい指示をしてきてくれたのです。
そしてあとは、布を半球状に広げられるものと光源となるものを用意できれば必要なものは揃います。特大サイズのザルと、手頃なランプを失敬してきて。ザルを骨格だけの状態にして、布を被せて内側から照らせばいいわけなのです。
「サニー、聞こえてる? 満足してくれたってさ」
「当たり前よ。ここまでやったんだから喜んでもわらなきゃ納得できないわ」
ルナの呼びかけに、くぐもった声が返ってきます。
それがもれてくるのは、部屋の中央で光を放つ半球状の布の中から。つまりサニーは、ザルと布をかぶり、ランプを抱え、光を強めて放射する役を担っているわけなのです。
「……ルナ、サニー」
「んん?」
「なーにー?」
「ありがとう。まさかこんな形で七夕の星を見られるなんて思ってなかったわ」
壁や天井に浮かぶ星々を見上げながら、少し照れくさそうに、それでいて真っ直ぐに感謝を口にするスター。
サニーとルナが何かをしようとしているのは気付いていても、こんなことをしてくれるとは思ってもいなかったのでしょう。笑顔を向けてきたりせず、星たちを見つめながらという自然な調子。それが、今の言葉が彼女の本心からの気持ちであることをよく示していたのでした。
「ねえ。ありがとうついでに、もうひとつお願いしてもいい?」
「お願い?」
それからルナのほうへと目を向けて、星の少女は上目遣い気味な視線で口を開いていきます。
「今朝の約束、明日じゃなくて今夜にしてもいいかしら」
「約束? そんなのしたっけ」
なんのことでしょう。突然の言葉にルナは小首を傾げていきます。
「言ったじゃない、明日はサニーのこと好きにしていいって」
「んなっ!?」
そこで持ち出されるのは、場の勢いで出たような会話。あのときは互いに軽口のように言っただけだったものを、今になって約束として求めだしてきたのです。
サニーを好きにさせてもらうということ。それはつまり……
「私、まだ光広げてないといけないの!?
疲れてきたし、もう眠いんだけどー!」
「約束しちゃったんだし仕方ないわね。
それにこれも、スターが気に入ってくれたなによりの証拠じゃない」
「そうそう。サニーとルナが作ってくれた星空、もっと見ていたいわ♪」
「そんなの今じゃなくてもいいじゃない! また別のときにしてよー!」
情けない悲鳴を上げていくサニー。それでも光源役を投げ出さないのは、大事な友達の頼みに応えたいという気持ちからなのでしょう。彼女は光の量を不安定にさせつつありながらも、そのまましばらく居間に星を浮かべ続けていったのでした。
外ではいつの間にか雨がやみ、ほんのわずかにだけ雲に切れ間ができています。その隙間から覗く織姫と彦星が、賑やかな声のするミズナラの樹を静かに見下ろしています。
それはまるで、星たちも手作りの天の川に興味を示しているかのようでした……
空はどんよりとした雲に覆われて、太陽も月も星も見ることができなくなってしまうのですから。
「ふあぁ…… おはよー」
「ちっともおはやくないわよ。早く寝たくせに」
「ふふっ、サニーがお寝坊なのはいつものことじゃない」
居間に顔を出すなり、ルナとスターの両方から遅起きを指摘されてしまうサニー。けれど彼女は少しもそれを気にすることなく、朝ごはんの用意されたテーブルについていきます。
だいたい、いくら寝すぎだと言われても眠いんだから仕方ありません。
陽の光も浴びられないし、こっちは電池切れなのよ…… そんなことを心の中で言い返しながら、寝ぼけ頭のサニーはトーストにジャムを塗り始めていくのでした。
「るなー てんきよほうー」
間違えてフォークをジャムに突き入れていたのに気が付いて、バターナイフを手に取りながらルナに尋ねます。
「見事に傘マークね。明日も明後日もお日様は無し」
「うぅぅ…… これじゃ私、しけっちゃうよぉ」
新聞に目を落としている少女がため息交じりに答えていき、視線を窓へと向けていきます。
窓際には、雨模様の空を眺める三体のてるてる坊主たち。それはまるで、願いを叶えられなかった気まずさから、少女たちから目を逸らしているかのようです。
「まあ仕方ないわよね、雨の季節なんだもの。
私たちがいくらため息ついても、雲はどいてくれないわ」
「そうかもしれないけどさぁ。
でも、スターみたいに物解りよくなんてなれないってば」
そこへ、静かな物腰でコーヒーを運んでくるスター。
彼女は雨続きなことに諦めをつけているのでしょう。ぐったりゲンナリなサニーとは打って変わった、澄ました微笑みを見せています。
そしてそれはルナも同様。騒いでも仕方がないとばかりに、彼女は表情のない顔でコーヒーを口に運んでいくのでした。
「もう、なによ! ふたりとも利口ぶっちゃって!」
でもやっぱり、そんな簡単に割り切って考えることなんてできません。いくら仕方ないとはいえ、恨み言のひとつくらい言わせてもらわないと気が済まないのです。
「サニー」
「いたっ!? ちょっとルナ!」
そんなときに。サニーはテーブルの下で脚をルナに小突かれてしまいました。
けれどどうしたのでしょう。サニーが抗議しようとした先で、ルナはなにやら真剣な面持ちをしています。
「話があるの。来てくれる?」
すっと席を立って、自室へとサニーを連れていこうとするルナ。
「あら、私は仲間外れ?」
そんなふたりに、冗談とも本気ともとれない声を投げるスター。
「うん、今日はそうなっちゃうわね」
「ルナ!? ちょっと、仲間外れだなんてそんなこと……!」
ルナの返事は冷たいくらいに率直なものでした。それこそ、横で聞いたサニーが本気でうろたえてしまうくらいに。
でもこういうときは変に誤魔化したりしないほうがいいのかもしれません。スターは特に気を悪くした風もなく、「仕方ないわねぇ」と静かに笑ってみせるのでした。
「ごめんね。明日はサニーのこと好きにしていいから」
「ありがとう、嬉しいわ♪ 約束だからね」
「はい!? なんで勝手に!!」
それから、サニー独占権が本人意思とは関係ないところで取引されたところで。太陽と月の少女は、手のひらを胸の前で合わせる星の少女に見送られながら居間を後にしていくのでした。
「で、話ってなによ」
小難しそうな本だとか、使いかたの解らない道具だとか、そんなものが整然と並んだルナの部屋。そこまで連れてこられたところで、サニーはムスッとした顔でルナに尋ねかけていきました。
ふくれっ面の理由は三つ。
わけもわからず引っ張ってこられて、勝手に変な取引を成立されて、あげくにコーヒーも飲みそびれて…… 朝イチからこんな目に遭わされて、サニーの気持はどんよりな曇り空。
いったいなんの話があってのことなのか、それなりの理由がないと納得なんてとてもできません。
「サニー、今日が何月何日だかわかってる?」
「はぁ? なによそれ」
だから、どうしても口調もキツいものになってしまいました。
今日の日付がなんだっていうのか。ルナの回りくどい物言いに少しイラ立ちつつ、壁に掛けられたカレンダーに目を向けます。
「今日は七月七日でしょ。それがどうしたのよ」
「そう、七夕の日。
じゃあ今日の天気はどうだったかしら」
「……あっ」
そこまで言われたことでようやく気が付きました。ルナが何を言おうとしているのかを。
「えっと……じゃあ、さっき脚を蹴ったのは……」
「解ったみたいね。それで正解よ」
そう。さっきのは、スターに「物わかりがよすぎだ」と言い放ったのをたしなめようとしてのことだったのです。
今日は七夕。いわば星のお祭りともいえる日であって、きっとスターは内心で晴れを強く願っていたことでしょう。けれどそんな思いも空しく、今日はあいにくな空模様となってしまいました。それを歯がゆく思う気持ちはサニー以上でしょう。
それでも彼女は、悔しい思いを外に出すことはありませんでした。愚痴や恨み言のひとつも言いたいだろうに、「仕方がない」と割り切った振舞いをしてみせていたのです。
「それなのにサニーが駄々こねるなんておかしいでしょ」
「そう、だよね……」
たぶんそれは、取り乱した姿を見せたくなかったからなのでしょう。もしかしたら今ごろ、人目につかないところでしょんぼりした顔をして空を見上げているかもしれません。
「私、謝ってくる! それで、それで……」
そうとなったらこうしてなんていられません。
まずは無神経だった発言をお詫びして、それからなんとかして彼女を元気づけて…… 方法は思いつかないけれど、なんとかしなくてはと思ったのです。
言うが早いか、部屋を飛び出していこうとしていくサニー。
「待ちなさいってば。
そんなことしたってスターは喜ばないわよ」
けれどそれは、もっともな意見とともに制されてしまいました。
「でも、だけど!」
「気持ちは解るけど落ち着いてよ。
私だって……なんとかしてあげたいんだから」
わずらわしげな声を上げるサニー。
ですが、そうして昂った感情もすぐに冷めていきました。
目の前では、悲し気で悔し気な顔をしたルナが唇を噛み締めていたからです。
「どうすればスターを元気づけてあげられるかなって、私も考えてたんだよ?
でも何も思いつかなくて、何もできなくて……!」
やり場のない気持ちをぶつけるように、手元にあった本を投げつけるルナ。
乱暴に放り出された本には、「よく効くおまじない」というタイトルが書かれています。きっと今日が天気になるように、彼女のほうでも色々と願いをかけていたのでしょう。
「………」
それを手に取って、なんとなくパラパラとページをめくっていくサニー。
息を荒くさせながら、そっと鼻をすすり上げるルナ。
痛々しいくらいの静けさが、部屋を重たく支配していました。
「ごめん、サニー。大きい声出したりして」
カッとなった気持ちが落ち着いたのでしょう。
ルナが申し訳なさそうにポツリとこぼします。
「……ねぇ」
それを聞いていたのかいないのか。
サニーはじっと本を見つめたまま、短くルナに呼びかけます。
「サニー?」
キョトンとした顔をするルナ。
「もしかしたら、なんとかなるかもしれない」
「……!?」
顔を上げ、力強い目を見せるサニー。
「私たちじゃ思いつかないなら、相談すればいいのよ。
星の専門家に!」
「ほしの、せんもんか……?」
本を放り出してルナの手を取って、確信を持っているようにサニーが頷きます。
けれどルナには、彼女の言う「星の専門家」というものがうまく飲み込めません。そんな人、知り合いにいたでしょうか。
「いるじゃない、星の専門家が!
魔理沙さんにきけば、きっといい考えが出てくるハズよ!」
「魔理沙、さん…… そっか、そうかもしれない!」
そこへ明かされる、専門家の名前。
たしかにあの魔法使いは星の魔法を得意としていますし、専門家と呼ぶのも過言ではないでしょう。
「そうとなったら出発よ!
スターに星を見せてあげるのよ!」
「そうね。スターをびっくりさせてあげましょ!」
目的があって、そこへ至るためのアテがある。そういうことならなら、もうモタモタなんてしていられません。サニーとルナはドタバタと支度をして、勢いよく家を飛び出していくのでした。
「……ふたりとも、何をやるつもりなのかしら」
そんなふたりが慌ただしく出かけていくのを静かに見送っていくスター。友人たちが駆け出していったおおよその理由を察しながら、彼女はクスっと微笑みを浮かべていきます。
それはまるで、わかりやすい隠し事をする子どもを見るかのような表情でした。
サニーが魔理沙のことを思いついたのは、ルナが本を投げつけたことがキッカケでした。
本といえば魔法使い。魔法使いと言えば魔理沙。そして魔理沙といえば……
そんな連想と発想から、星の専門家のもとを訪ねてみたサニーとルナだったのですが。
「へへっ、星のことで私をアテにしてきたのは大正解だぜ。
お前ら妖精のクセに賢いじゃないか」
「はぁ、ありがとうございます……」
どうやら残念なことに、その期待は外れてしまったようでした。
「なんだよその顔は。お前ら私のこと信用してないな?
たしかに雨雲を晴らすことはできないがな。顔の広い私にかかれば何かいい方法に辿り着く可能性は十分ありえるんだ。まあ任せとけって!」
勢い込んで押し掛けた魔理沙の家。ですが彼女からは、星空を見る方法は聞き出すことができませんでした。
その代わりということで、なんとかできそうな人を探すことになったのですが…… そもそもからして「何かできそうな人」というものにアテがありません。これではふりだしに戻ったのと同じなのです。
「ねえ魔理沙さん。どうしようもないならそれで諦めるから……」
「方法がないまま歩き回ってもムダだと思いますけど……」
サニーが、ルナが、おずおずながらに言っていきます。
「何もしないまま諦めたらそこで終わりだぜ」
けれど妙なやる気スイッチの入った魔法使いは聞く耳を持ってくれません。
これにはふたりも顔を見合わせるしかできませんでした。
アテが外れたこと。かえって変な方向に事態が進んでしまったこと。これからどうしようかということ。
困惑の視線を交わすサニーとルナでしたが、今は魔理沙についていくことしかできませんでした。
そんなモヤモヤを抱えて歩くことしばし……
「おーっす、邪魔するぜにとり」
「あれ、魔理沙じゃない。どうしたのさ妖精なんて連れて」
やってきたのは、妖怪の山の裾野でした。
「ちょっとワケアリでな。そんなわけでちょっと知恵を貸してくれ」
「知恵貸してくれって…… 貸すからにはタダじゃないよ?」
慣れた調子で声かける魔理沙に振り返るのは、サニーたちにとっても顔見知りである河童の少女でした。
「河童…… たしかになんか色んな機械作ってるって聞くけど……」
「雲を晴らす機会なんて、そんなおとぎ話じゃあるまいし」
でも、いくら凄腕の技術者とはいえ、天気を操ることなんてできるのでしょうか。
そんなこと聞いたことありませんし、とてもできるとも思えません。
「報酬は成功してからの話だ。
今夜、この雨を止ませて星空を見せてほしい」
それでも魔理沙はにとりを信頼しているのでしょう。星の魔法使いは、できて当然のことを頼むような調子で尋ねかけていきます。
こんなにも自信満々なら、もしかして……
「バカ言わないでよ。そんなことできるわけないだろ?
そういうやつは私よりも神様とかに頼んでおくれよ」
「え、そうなのか?
なんだよ、お前を買いかぶりすぎてたな」
などと期待したのが間違いだったようでした。
やっぱり天気を操るだなんて無理な話。どうしてもということなら、にとりの言う通りに神様にお願いするしかないようです。
でもそんなツテなんてありません。もし頼めたとしても受けてもらえるとも限りません。
「サニー、ここはほかの誰かに相談してみましょ」
「そうね……魔理沙さんには悪いけど、音と姿を消してこっそりと……」
これ以上魔理沙に任せていたら、空振りを繰り返すことになってしまうでしょう。
ふたりは逃げ出す算段を固め、目線だけで頷きを交わしていきます。
「だいたい、星空を見せろってどういうことなのさ。
それって本物じゃないとダメなわけ?」
ですが、見切りをつけるのは早かったのかもしれません。
にとりは呆れ半分ながらも、代案を持っているかのようなことを口にしたのです。
「んー、あー 本物じゃないと、か……
そのへんどうなんだ?」
「えっ、あっ、それは……
ルナ、どうだったっけ」
「えっ? あの、えっと……どっちがいいのかな」
姿を消しかけていたのを慌てて解除して。しどろもどろで言葉を交わして。
サニーとルナは視線を感じながら相談を始めていきます。
「代わりのものでもいいのかな」
「そもそも最初からそうだったじゃない。スターに元気を出させてあげようって。
それなら……」
うんうんと迷うルナ。
決断を促すサニー。
でもたしかに、天気を変えられない以上は代用品でどうにかするしかありません。
「なるほどね。ならうちのプラネタリウムを見ていきなよ。
本物じゃないけど、本物そっくりの星を見せてあげようじゃないか」
「へえ、いつの間にそんなの作ったのか。
面白そうだな、見せてくれよ」
「もちろん。観覧料払ってくれればいくらでも見せてあげるよ」
ところが、そうも簡単にはいかないようです。
本物そっくりの星空を見せてもらうには、どうやらお金がいるようなのです。
「観覧料だぁ? ……って、なんだよこれ! ちょっと高すぎないか!?」
「高くなんてないよ。これは私たち河童や山童の技術の粋を集めたものなんだから」
しかもその額ときたら、簡単に出すことなんてできないようなもの。サニーたちがかなりの間おやつを我慢しないといけない金額を、三人分も払わないといけないのです。
「そこまで言われちゃ仕方ないな。
お前ら、どうするんだ?」
「どうしよう、サニー」
「む、む、む……」
すっかりオロオロしてしまったルナ。
難しい顔をして、何年に一度くらいの判断に迫られるサニー。
これは、本当に難しい選択でした。
大事な友達を元気づけたい。だけど、それを叶えるには決して軽くないお金が要る……
いくらスターを喜ばせてあげられたとしても、その横で自分たちは一緒に楽しむことができるでしょうか。身の丈に合わない出費に重たい気持ちがつきまとってしまうに違いありません。お金と友達を秤にかけるようで心苦しいですが、なにかするなら心の底から一緒に楽しめないのであれば意味がないと思えるのです。
「ごめんなさい、にとりさん。
プラネタリウムはすごくおもしろそうだけど……
おやついっぱいガマンして、お金貯めてから見に来ます」
だからサニーは、申し訳ない気持ちをいっぱいに込めて頭を下げていきました。河童の技術者に、そしてなにより大事な友達に。
「うん、まあそうだろうね。妖精がイキナリ出せる額じゃないだろうし」
「妖精じゃなくても出しやしないっての。
こんなの物好きか金持ちじゃないと見ていきゃしないぜ」
「技術はタダじゃないんだよ。
それが解らないならもう手伝ってなんてあげないよ!」
サニーたちには今ひとつピンときませんが、河童の技術というのはそこまですごいものなのでしょうか。
本気でにとりが食って掛かっているあたり、そういうものなのかもしれませんが…… いずれにせよ、妖精たちの小銭ではとても力を借りることはできなさそうです。
「サニー……」
せっかく見えた希望の光。
それがアッサリと消えてしまい、ルナは途方に暮れた様子でサニーに助けを求めます。
「大丈夫。私に考えがあるの」
その一方で、陽の光の少女は自信たっぷりな表情を見せていました。
何かを考え付いたのでしょう。それはアテのない曖昧な自信ではなく、根拠のある確かな自信。そんな頼もしげな顔でルナへ頷いてみせてから、サニーは魔理沙へと向き直っていきます。
「魔理沙さん、頼みがあるんだけど」
「おう? なんだよ、あらたまって」
にとりと言い合っているところへの真剣な頼み事。
少したじろいだ魔法使いに、妖精の少女はゆっくりと口を開いていくのでした。
「アリスさんの家に、連れていってくれませんか?」
夏の初めの長い昼が暮れ始めてきた頃。サニーとルナはようやく家へと帰り着いていました。
「おかえりなさい。大荷物背負って、なにを盗んできたのかしら」
「ん、星をね」
「星……?」
晩ご飯の支度をしていたスターに尋ねかけられ、静かな調子で答えていくルナ。
これからやろうとしていることがバレてしまうのではとサニーが顔を青くさせますが、月の妖精少女はいたって平然とした様子。
「じゃあ、ちょっと部屋で準備してくるわね。
ご飯できたら呼んでちょうだい」
「ちょっとルナ!」
「ふふっ、いったい何を見せてくれるのかしら。楽しみだわ♪」
「うん、期待してて」
挙句に彼女は、何かをしようとしていることを明かしていってしまいます。さすがにこれにはサニーも非難の声を上げますが…… 今はルナの言動のほうが正解なようでした。
なぜなら、スターはある程度のことを察してしまっているようなのですから。
だからここは変に誤魔化したりせず、一定のところまでを明かしてしまったほうが得策であるわけなのです。そんな機微を読めるあたり、ルナはスターの気質というものをよく理解しているようでした。
そして……
「ごちそうさまでした! スター、今日も美味しかったわ」
「サニーったら、今日に限ってどういう風の吹き回し?」
「えっ…… い、いいじゃないたまには……」
晩ご飯が終わって、サニーが毎度の不器用な気遣いを披露して。いよいよスターに星を見せてあげる段となりました。
もちろん、具体的に何をするかについては秘したまま。薄々感づかれているものの、そこについては悟られずにこれました。あとは彼女が気に入ってくれるかどうかだけ。
サニーとルナは少し緊張を覚えながら、最後の準備に入っていくのでした。
「で、そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃない?」
「もちろんそのつもりよ。あとはサニーの準備だけだし」
食器を片付けようと洗い場に立つスター。そちらへとお皿を運んでいくルナ。
その言葉にスターがテーブルのほうへと目を向けると、いつの間にかサニーの姿が見えなくなっていました。
部屋で何かをしているのか、それとも姿を消して細工をしているのか。どちらなのかは判りませんが、それはどちらでもいいでしょう。スターは深く追及することなく、友人ふたりが行動を始めるのを静かに待っていくのでした。
そうしてお皿が片付いた頃に、どこからともなく何かを叩く音がコトコトと聞こえてきます。
それは言うまでもなく、準備完了を知らせるサニーからの合図。小さく頷いたルナはスターをテーブルの前に座らせて、そして明かりを消していきます。
「……?」
一瞬にじませる怪訝そうな様子。
そうかと思うと、辺りの壁や天井に無数の細かい光が浮かび上がっていきました。
「えっ なに、これ……」
キョトンと小首を傾げる声が聞こえます。
少し驚きながら、何が始まったのかを理解しきれずにいる声。けれどそれでも、星の少女は周りで揺らめくたくさんの光に心を動かされたようです。
言葉もなくゆっくりと視線を巡らせて、その光景を頭の中の何かをすり合わせて。サニーたちがどんなつもりでこれを見せてきたのかを考えていきます。
そう。この光景はまるで……
「北極星があって、北斗七星がこっちだから……
織姫と彦星がここで……その間にあるのは、天の川!」
大まかながらに再現された、七夕の夜空が広がっているようでした。
「どう? 気に入ってくれた?」
目を見開くスターにそっと声かけるルナ。
そちらへチラリと目を向けて、クスっと嬉しそうに笑うスター。
その様子はいつものような澄ました振舞いでしたが、それでも十分に驚き喜んでくれたのでしょう。星の少女は、今日で一番の嬉しげな顔を見せていました。
「ちょっと不格好な感じだけどね。でも気に入らないなんて言えないわ。
だって、ふたりで作ってくれたんでしょ?」
「手厳しいわねぇ。それでもできるだけ正確になるように頑張ったのよ?
サニーだって一生懸命光源役やってくれてるし」
「あら、不満だなんてひと言も言ってないわ♪」
妖怪の山を後にしてから、サニーとルナは魔理沙とともにこう動いていたのでした。
まずはアリスの家に向かい、布に大小の穴を開ける道具を借りてきて。それから魔理沙の家で、星の地図をもとにしながら大きな布に星空を再現していったのです。
布に穴を開けるとき、星の専門家である魔理沙はとても頼りになりました。再現するからには正確なものに近付けられるよう、夏の星図を見ながら細かい指示をしてきてくれたのです。
そしてあとは、布を半球状に広げられるものと光源となるものを用意できれば必要なものは揃います。特大サイズのザルと、手頃なランプを失敬してきて。ザルを骨格だけの状態にして、布を被せて内側から照らせばいいわけなのです。
「サニー、聞こえてる? 満足してくれたってさ」
「当たり前よ。ここまでやったんだから喜んでもわらなきゃ納得できないわ」
ルナの呼びかけに、くぐもった声が返ってきます。
それがもれてくるのは、部屋の中央で光を放つ半球状の布の中から。つまりサニーは、ザルと布をかぶり、ランプを抱え、光を強めて放射する役を担っているわけなのです。
「……ルナ、サニー」
「んん?」
「なーにー?」
「ありがとう。まさかこんな形で七夕の星を見られるなんて思ってなかったわ」
壁や天井に浮かぶ星々を見上げながら、少し照れくさそうに、それでいて真っ直ぐに感謝を口にするスター。
サニーとルナが何かをしようとしているのは気付いていても、こんなことをしてくれるとは思ってもいなかったのでしょう。笑顔を向けてきたりせず、星たちを見つめながらという自然な調子。それが、今の言葉が彼女の本心からの気持ちであることをよく示していたのでした。
「ねえ。ありがとうついでに、もうひとつお願いしてもいい?」
「お願い?」
それからルナのほうへと目を向けて、星の少女は上目遣い気味な視線で口を開いていきます。
「今朝の約束、明日じゃなくて今夜にしてもいいかしら」
「約束? そんなのしたっけ」
なんのことでしょう。突然の言葉にルナは小首を傾げていきます。
「言ったじゃない、明日はサニーのこと好きにしていいって」
「んなっ!?」
そこで持ち出されるのは、場の勢いで出たような会話。あのときは互いに軽口のように言っただけだったものを、今になって約束として求めだしてきたのです。
サニーを好きにさせてもらうということ。それはつまり……
「私、まだ光広げてないといけないの!?
疲れてきたし、もう眠いんだけどー!」
「約束しちゃったんだし仕方ないわね。
それにこれも、スターが気に入ってくれたなによりの証拠じゃない」
「そうそう。サニーとルナが作ってくれた星空、もっと見ていたいわ♪」
「そんなの今じゃなくてもいいじゃない! また別のときにしてよー!」
情けない悲鳴を上げていくサニー。それでも光源役を投げ出さないのは、大事な友達の頼みに応えたいという気持ちからなのでしょう。彼女は光の量を不安定にさせつつありながらも、そのまましばらく居間に星を浮かべ続けていったのでした。
外ではいつの間にか雨がやみ、ほんのわずかにだけ雲に切れ間ができています。その隙間から覗く織姫と彦星が、賑やかな声のするミズナラの樹を静かに見下ろしています。
それはまるで、星たちも手作りの天の川に興味を示しているかのようでした……
可愛かったです!
全体として読みやすく、綺麗にまとまっていると思いました。
有難う御座いました。
最後まであきらめずに何とか工夫する妖精たちがかわいらしかったです