『──いんや、煙の味はいっぺんも変わらなかったね。お前さんより早く虹龍洞の奥に入った奴は一人もいないと断言しよう』
洞窟の入り口で見張っていた賭博師、山女郎の駒草山如はそう証言した。
やはり、奴か。魅須丸は数十分前ぶつけたばかりのおでこに手を当てた。
昨日自分が出る時にはきっちりと片付けたはずの場所にボタ山があった。罠のように放置されたシャベルに足を取られて転んだ。マナーの悪い採掘者が、山如も知らない間に入り込んでいるのだ。
妖怪の山の中腹に隠れるように存在する虹龍洞。そこでは希少なマジックアイテムの原料を求める採掘者達が、シャベルとツルハシを握りしめて粉塵にまみれる毎日を送っている。それだけなら良かったのだが、目的が違う者が集まって作業をすれば必ず問題が発生する。もちろん、採掘者同士のトラブルは当事者が解決すべきではあるのだが──。
勾玉職人の玉造魅須丸は数か月前から盗掘者に頭を悩ませていた。時期としては最近幻想郷を騒がせたカード異変と同じ頃からだ。
犯人は既に判明している。大蜈蚣の姫虫百々世という、龍をも喰らう危険な妖怪である。そいつが勾玉の素材となる龍珠を掘り出し、あろうことか単に飢えの解消の為に貪り食っている。見張り役の山如が気付かない理由は単純で、大蜈蚣は坑道の中に拠点を掘って住み着いているから。どこまでもルール違反な奴だ。
そして掘った後を片付けない。クズ石は適当に捨ててほったらかし、帰る時も消灯しない、食事後のゴミもその辺にポイ、道具も出しっぱなし。作業現場の荒れっぷりに、流石の魅須丸も堪忍袋の緒が切れていた。
一度は博麗の巫女らに懲らしめられたがそれとこれとは別問題。巫女は現場指導員ではないし、そもそも奴は自分の意志だけで掘っているわけではない。百々世を動かしている者が背後に存在するのだ。
『君がカードの儲けを虚偽申告して一部をペットに注ぎ込んでいる事、天魔にバラしますよ?』
だから、魅須丸は動いた。
百々世と結託して龍珠を金儲けに使っている大天狗・飯綱丸龍との『平和的』な交渉の末、魅須丸と飯綱丸との間で提携が結ばれたのであった。めでたしめでたし。
と、素直にいかないのは、誰もが当然お分かりになるであろうが──。
◇
「今日から虹龍洞のお守り猫として採用されました、豪徳寺ミケです。よろしくお願いします!」
ついに見つけた、これが自分の天職だ! さあ今日から頑張るぞ!
三毛猫のミケはその猫耳をぴくぴくと震わせながら、百々世に向かって元気よく頭を下げた。
「──という事で、今日から我々は共同で採掘に当たります。出た物は分配するので決して勝手に食べないように」
飯綱丸お手製の握り飯を食べていた百々世の前に、魅須丸、山如、そしてミケの三人が立っていた。
「……何だ、お前ら。どうして俺が掘り出した物をお前に分けなきゃいかんのだ」
百々世は空いている手でツルハシを掴んだ。ふざけた事を抜かすならこれで頭蓋に穴を開けて中身を吸い出してやるぞと睨みつける。
「私が龍珠を得られないと博麗の巫女を始めとして困る者もいましてね。飯綱丸殿も納得済みですのでお願いしますよ」
「舐めるな! どうしても欲しけりゃ力ずくで奪ってみろ。この前だってカードだけ売って隠れてたヘタレには無理だろうが……ぁ、あ!?」
立ち上がろうとするも膝に力が入らず、百々世はガクンと崩れ落ちる。
「まあまあ、そういきり立ちなさんな。山に住む者同士、ここは仲良くやっていこうじゃないかい?」
「……お前、何か盛りやがったな!」
山如がキセルから煙を吹かしながらつかつかと歩み寄る。百々世が落ちた理由、それは彼女が漂わせている煙にあった。山如の能力は煙の作用で相手を操作するものだ。そして今回くゆらせたのは、単純に虫を酩酊させる煙である。
「そう悪い話でもないでしょう? 逆に言えば私が掘った物もそちらに分配するのですから、君が他の事をしている日でも龍珠にありつけるのですよ」
「む、むう……」
当然だが龍珠を喰う為には掘らなければならない。喰って得られるエネルギーと掘る労力はトントンといったところ。正直に言って龍珠も喰い飽きていた百々世にとって、他の食料を探しながら最低限の龍珠も確保できるのは願ったり叶ったりだ。
「……よく分かんないけど、二人が喧嘩して終わったらやっと見つけた私の仕事が無くなっちゃうんだよ。だからさ、仲良くしよう?」
ミケがしゃがんで招き猫のポーズで訴える。どんな頑固者も悩殺する、猫だけが持っている愛らしさ。出自が原因で苦労を重ねて生きてきたミケは、世渡りの術を熟知していた。
「あーそうだ、お前もだ。おいデコ丸、この猫娘はどういうつもりで呼んだ」
魅須丸は髪をまとめて額を綺麗に露出している。だからデコ丸。実に単純なあだ名だ。
「デコ丸ではなく魅須丸です。ミケ君は招き猫としては不完全で、金かお客のどちらかを招けばもう一方を遠ざけてしまうそうです。ということは、ここならば鉱脈を引き当てて部外者を遠ざけてくれるはず。まさに一石二鳥でしょう?」
百々世はしばしの間、無言でミケの琥珀のような瞳を見つめた。豪徳寺、と名乗ったからにはそこの出身なのだろう。居れば安泰であろう寺を飛び出し、こんな暗くて空気も悪い洞窟で働きたがる招き猫。嫌われ者の大蜈蚣には少なからず思うところがあった。
「チッ……いいだろう。だが、こんな煙で弱ってなければお前らなんか簡単に殺せる事は忘れるなよ」
「よろしい。私も神の端くれとして蜈蚣に喰い殺されるつもりはありませんよ。こういうのも用意してましたしね」
魅須丸はポケットから紙束を取り出した。ヴァンパイアファング、地獄の沙汰も金次第、不死鳥の尾といった強力なカードがてんこ盛りである。一方で百々世の手持ちは天狗の麦飯の一枚だけ。本人の能力がいかに強力でも流石に厳しい。
「ふん、それはそれで面白そうだがな。いいか、掘ったもんはまとめといてやるから、そっちもガメんじゃねえぞ!」
百々世は吐き捨てながら拳を前に突き出した。慣れ合う気は無くても妙なところで礼儀はあるらしい。魅須丸は鼻から小さく息を吐いて、彼女と拳を突き合わせた。
◇
「ピピーッ! 百々世さん、道具を放置しちゃダメ!」
ミケがシャベルを片手にホイッスルを吹き鳴らした。狭い坑道では反響に反響を重ねて笛の一吹きでも非常に耳障りである。
「……なんだよミケ。お前、お守りっていうからその辺に座ってるだけかと思ったらそこまで言ってくるのか?」
「意識して行動しないと危険から身を守れません! つまずいて転んだり、必要な時にどっかに行って困っちゃうよ!」
片付けは自分でやらせるように。魅須丸からそう言われているミケは、わざわざ遠くから引っこ抜いてきたシャベルを百々世の手に握らせた。
「はあ、思ったより面倒な奴だな。ちょっと甘い顔をしてやれば……」
「百々世さんがしっかりしてくれれば私はいつでもニコニコですよ!」
磨き上げた金剛石のようにきらきらした笑顔が百々世の全身を照らす。
卑怯だ。猫にこんな顔をされたら酷い目に遭わせようなんて気が失せてしまう。
「はい百々世さん、私に続いてください。使った道具を置き去りにしない、ヨシ!」
「……使った道具を置き去りにしない、ヨシ」
ミケに合わせて百々世も渋々と地面に向けて指差した。
「はい! 百々世さんエラい!」
ミケが拍手。叱った後は褒めて伸ばすといったところだろうが、百々世には何となく馬鹿にされているように映った。
「おい、俺だけじゃなくあっちのデコ助の方も見に行けよ。あいつだって何やってるか分かったもんじゃない」
「見に行ってますよ! そうしたらご苦労様って塩飴もらっちゃいました。百々世さんにも渡してあげてって、ほら」
「うっ……」
幻想郷では流通経路の限られる塩を惜しげもなく。ちょうど重労働で塩分を失っていた百々世は歯を食いしばって飴を受け取った。
「湧き水も汲んできました。ここに置いときますね」
「くそぅ、こんな物で……!」
しかし体が本能で求める物には逆らえない。飴を頬張り、山の滋養分に満ちた冷たい水をすする。百々世の体に活力がみなぎった。
「また様子を見に来ますから、何か必要な物があったら言ってくださいね」
「おーおー、誰にも邪魔されない時間が必要だ。しばらく来なくていいぞ」
軽い憎まれ口のつもりだったのだったが、ミケの体がぴたっと止まり、口をあんぐりと開けて百々世の顔をじっと見つめてきた。それは飼い主に信じられない事をされた時の動物行動に近い。来るなと言ったのがそんなにショックだったかと、さしもの百々世にも僅かに罪悪感が芽生えたのだ、が。
「……しばらくってことは、また来ても良いんですね?」
思っていたのとは真逆の理由で感銘を受けていたらしい。唯一の友人と呼べる飯綱丸を除いて忌み嫌われ続けた百々世には、何でも好意的に受け取ってしまうミケが今までにない強敵であった。
「勝手にしろ!」
話は終わりだと言わんばかりにツルハシを岩に打ち付ける。それはあろうことか、今日一番の会心の一掘りであった。がらがらと崩れ落ちた岩肌の先に新しい鉱脈が見つかったのだ。
「ご利益、ありましたね」
百々世の後ろで、ミケが手招きをしながらにっこりと笑った。
「……ということで、百々世さんは頑張って作業してくれてます!」
一方の魅須丸。先ほどの百々世とのやり取りをミケが報告しに来たところである。
「そうですか。危険な役割を任せたけど上手くやっているようで安心しましたよ。早速金脈も招いてくれたようですし、君を選んで正解でした」
「う、うっ……」
ミケの耳と尻尾がピンと張った。どうやらまた感極まってしまったらしい。
「真っ当な招き猫の道は諦めていたのにこんな、こんな……!」
「こらこら、泣かない。顔が粉まみれなんですから」
市場にてカードを交換した時が魅須丸とミケの初めての出会いだったが、その時はもっと食わせ者の印象を受けたと記憶している。招き猫と言うには遠ざかる運気の流れが気になって声をかけたのが今回の縁だった。
白猫だらけの豪徳寺で生まれた三毛猫のミケ。色の違いというのはどの世界でも根深い差別を生む。彼女の身に何があったのか、それは決して想像に難くない。
「あ~、デコ女が猫を泣かしてやがる。いけないんだ~」
そんな二人から少し離れた横を、ツルハシとシャベルを二刀流する百々世が冷やかしながら通過した。いけない子を見つけた時、人はどうなるだろうか。答えは『児童に戻る』である。
「ああ姫虫君、今日はもう上がりですか」
「名字で呼ぶのはよせやい。姫って柄じゃねえんだ」
「ふふ、では百々世と。それで鉱脈はどうしたのです?」
「軽めに掘ってみたが今回は大当たりだな。龍珠は逃げないし今日はゆっくり休んで明日一気にやったるよ。お前らのせいで疲れたからな」
妖怪の身でも本気で硬い岩を掘ればそれなりに負担はある。まして今回は煙で弱った後にやかましい猫に見られながらの作業だったのだ。余計に疲れて当然だ。
「それはごもっとも。初日なので掘った物は全て君側で構いませんよ。明日からは分配しますがね」
「いいのか? お前の事だからてっきりつまみ食いしてないかーとか、ガメてないかーとか聞くと思ったぞ」
「君は粗暴だが卑怯者でないことはこの前の戦いで分かっていますから」
「へっ。外から眺めてただけで俺を理解できた気になれるとはおめでたい頭だな」
百々世が挑発的な笑みを向ける。なんならここで一戦交えてもいいんだぞ、と百々世の眼が訴えていた。採掘疲れはどちらも同じ、今戦っても魅須丸ごときに負ける気はしない。あまり美味くはなさそうだが食い殺してやっても、と舌なめずりして涎を垂らし、たのだが。
「百々世さん、お腹減ってるんですか? だったら一緒にご飯食べに行きましょうよー」
そのせいで、そんなピリピリムードをまた猫が台無しにするのだった。
「あ、ああ? そりゃまあ減ってるが……」
「人間の里に夜だけ営業してる妖怪向けの居酒屋があるんですよ。行きましょ行きましょ~」
先ほどまで涙ぐんでいたのが嘘のようにミケの顔は晴れやかだった。両手をくいくいと上下させ、おいでおいでと訴えている。
「ああ、行ってらっしゃい。私は駒草太夫との予定があってもう少し残りますから二人でどうぞ」
「おい待て。そっちの方が面白い事になりそうだから俺も……」
「ええ~っ!? 私と飲むのはつまらないって言うんですか!?」
「百々世君、酷いですね」
ミケのこの世の終わりのようなリアクション、魅須丸の氷のような眼差し。どちらも妙に芝居がかっていて、あまり考えずに行動する百々世ですらも二人が自分を懐柔する為にやっている事は薄々感じ取ってしまう。
が、しかし。ツルハシを握る手を少しだけ緩める。それも百々世と上手くやっていく為の歩み寄りだ。かつての飯綱丸が時に自身の体を差し出してまで自分との友好を求めた事を、百々世はふと思い出していた。
「……分かったよ! 案内しな、ミケ」
「もちろんです!」
ミケがにゃっ、にゃっと百々世の前で小さく飛び跳ねた。
別に仲良くしたいわけじゃないが、酒と飯にありつける場所が増えるんなら断る理由はない。そう自分に言い訳し、百々世は早足で駆けるミケの後を渋々と追うのであった。
その夜、当の妖怪居酒屋である蚕食鯨呑亭で、その店の影の主を気取る小鬼と百々世の間で乱闘騒ぎが発生するなどがあったのだが、概ね楽しい酒だったとミケは語る。
クジラの帽子がチャームポイントの店員、奥野田美宵が潮を、もとい泡を吹いて倒れたりしたが、大妖怪同士の争いの場となった店が崩壊にまで至らなかっただけ幸運と思うべきであろう。
◇
それから、数週間。
相変わらずミケや魅須丸から注意をされつつも、百々世はそれなりに上手くやっていた。元々掘る事に関してはプロ中のプロだ。それが雑な部分をサポートする真面目な人物と組んだ事で効率はかなり上がっていた。当初心配していた取り分も、ミケが招いた金脈のおかげでむしろ分配前より増えていたほどである。
「おい、お前ら。ヘルメット被ってねえぞ。お前が俺から言われるようじゃお役御免だな」
「え、えへへ。ちょっと猫耳が……」
「あ、あー……ちょっと頭が蒸れたもので」
気まずそうにもじもじと下を向くミケと魅須丸を、百々世が意地の悪い顔で嘲笑った。ヘルメットなんて被らなくても俺は死なないと豪語する百々世であったが、魅須丸から弓取りの一矢を食らって退治されたエピソードを持ち出されて渋々と着用していた。言った以上は魅須丸だって着用しなくては示しが付かない。そして猫とはヘルメットを被るものなので実力もそこそこな野良妖怪のミケは尚更被らなくてはいけない。
「ああそうそう、魅須丸さんと山如さんが話してたの聞きました? 何か大規模な計画があるらしいですよ」
ミケは猫耳の角度を調整してそっとヘルメットを着用した。多少痛くて痒くとも、ちゃんと付けておかないと額を強打して涙を流した魅須丸みたいな羽目になる。
「ヨシ。そういやデコ丸が言ってたな。そろそろ龍珠が枯渇しそうだからってごちゃごちゃやってたわ」
おさらいするが龍珠というのは非常に希少な鉱石である。先日見つけた鉱脈を掘り尽くせば次はもう無いかもしれない。そこで魅須丸は独自に対策を進めていたのである。
「……百々世君、いい加減私の名前くらい覚えられません?」
「ああん? ミスなんて縁起の悪い名前よりデコ丸の方がイカしてるからいいんだよ」
魅須丸はふと、悪態を付く百々世の体を眺めた。体のいたる所に結ばれた、ムカデの節を模した意匠であろうリボン。口調こそ男勝りだがおしゃれ心と言うか女の子らしさもしっかり持っている。あるいはデコ丸も真面目に可愛いと思って呼んでいるのだろうか、と。
「この髪型、気に入ってるんですけど変えた方がいいですか?」
「何だよ、なーに気にしてんだよ! 似合ってるからそれでいろって!」
「ええ……まあ、悪気が無いなら大目に見ましょう。それで、計画の為に一度外に出るので後を頼みます。行きますよ、ミケ君」
「はーい!」
ミケはスキップ、したいところをぐっと堪えて魅須丸の後ろに付いていった。本来猫とはもっと自由な生き物だ。彼女も野生を抑えて苦労しながら安全巡視をやっているのである。
「……やれやれだな」
百々世は突き立てたシャベルで体を支えて息を吐いた。
悪くはない。
ミケは度胸があって良い奴だし、魅須丸も嫌味ったらしいが仕事は真面目だ。たまに様子を見に来る龍や典以外の気晴らしが全く無かった前より心も成果も充実している。
しかし、だ。やはり何か物足りない。龍すら恐れた忌み嫌われ者の大妖怪が、あっさり言いくるめられて仲良しごっこは何かの沽券に関わる気がする。
別に仲良しが嫌ではない。飯綱丸は親友として気に入っているし肉も美味い。それはそれとして、肉食系としては何かしらドーンと派手なやり合いが欲しかったのだ。
まあ弾幕遊びならそのうち適当な理由を付けて仕掛ければいいか、などと百々世が目を閉じて思考を巡らせていた、そんな折である。
「どうされました百々世殿。貴方のような強者でも思い悩むことがあるのですか」
百々世の耳元にふっと甘ったるい声がかけられた。ああ、この感じは。初めこそ驚かされたが、三回目ぐらいからは慣れてしまっていた。
小柄の細見にぴったりと合った白い服に、黄金色の豊かな毛を蓄えた一本の尻尾。少女の名は菅牧典。例の大天狗が溺愛するペットにして収益の不正な注ぎ込み先でもある。
「よお典、久々じゃねえか。龍は元気でやってるか?」
「ええ、多忙にてあまり会えず申し訳ないと。それよりも、あのような野良妖怪といつ仲良くなったのですか?」
「お前にはアレが仲良く聞こえたかよ。俺のやることに一々お小言垂れやがるんだぞ。昨日なんか落盤事故に備えて緊急避難訓練なんかやらされたし。そもそもこうなったのは龍のせいなんだろ?」
「……はて?」
典は耳元から離れるとこれ見よがしに顎を手で押さえた。
「話が見えません。あの猫が主の所に来たと?」
「はあ? 違う違う、デコ丸……じゃなくてえーと、玉造魅須丸だよ。そいつが龍と話を付けたって聞いたぞ」
「ふむ、しばらく主とは行動を共にしておりましたが、私はそのような場面は見ていませんね……」
「ほーう……?」
典は軽く咳をすると顎の手を口に移動させた。粉塵を吸わない為の自然な行動に見えるが、その目的は上につり上がる口角を隠したいからに他ならない。
嘘ではないが、作為的に事実を述べた。何しろ飯綱丸にとって都合の悪い話であるから人払いして魅須丸と会談をしたのだ。それは典も例外ではないので、よって飯綱丸と魅須丸が話していた場面を直接は見ていない。
「おそらく、それは貴方を納得させる為の嘘でしょう。まったく、百々世殿を謀ろうなどとは」
「はん、なるほどな」
問題なのは典がこのように言う理由である。ここ数週間の龍珠の採掘量は上々で、ただ受け取る側の飯綱丸としては百々世の働きに文句の付けようがない。だのに余計な事を言ってまで関係にヒビを入れようとする理由とは──。
「舐められたままでは貴方の面目に関わるでしょう? 今一度、奴らを殺すべきではないでしょうか」
──単なる典の趣味だ。他人がいがみ合うのを眺めているのが楽しい。喧嘩を観戦しながら飲む酒が何より美味い。彼女にとって他人を争わせる理由なんてそれで十分なのだった。典は立てかけてあったツルハシを手に取り、ゆっくりと前後させる。こいつで頭をかち割ってしまえ、のアピールだ。
「典、お前は勘違いしているようだが」
「……何ですか?」
「納得するのに奴が龍と話したかどうかは関係ない。この俺を追い出すでもなく、一緒に掘ろうなんて言い出しやがる根性をちっとは認めてるからだ」
そして魅須丸やミケが口うるさく言うのは百々世にもっと良くなってほしいからだ。その意思を汲み取るかは別として、気持ちを否定までする気はない。
「ふむ、そうですか」
やはり近しい中では百々世が最も度し難いようだ。
面白くない。典の顔にはっきりと不満の色が表れるが、この状況で無理を言えば怒りが自分に向くことは明らかだ。無駄に持ち上げてしまった重いツルハシを雑に放り投げて、小さなため息をついた。
さて、出直して別の方便でも考えてくるか、それとも飯綱丸様の方にこちらの現状を歪めて報告するか、そのように思案を始めたその時だった。典の敏感な耳に入ってくる小さな音。
数人の足音が遠くから伝わってきたのだ。
「おっとっと、部外者が見つかっては面倒ですね。ちょっと失礼」
典は言うやいなや腰に据え付けたシリンダーの栓を引っこ抜いた。そして青白い光になったと思うと、その体が自身より遥かに小さいシリンダーの中に吸い込まれていく。管の中で丸い光となった典は、その状態のまま地面にポトリと落ちた。
『しばらく匿ってくださーい……』
「へーへー分かったよ」
姑息な奴だが親友の可愛がるペットだ。わざわざ龍を困らせる必要もない。百々世はシリンダーの蓋を閉めて、無造作にスカートのポケットに突っ込んでおいた。
「百々世さん、誰かと話してました?」
戻ってきて早々、ミケは坑道に響いていた百々世の会話に疑問を挟んだ。
「あー……ほれ、誰も居ないと歌いたくなるだろ。洞窟の中はよく響くからな」
「おお~、分かります! ちなみに私は演歌が趣味なんですよ~。今度カラオケに行きませんか?」
「……あるのか? 幻想郷にカラオケ」
百々世は内心で、咄嗟だが中々上手いはぐらかし方ではないかと自画自賛していた。魅須丸はまだ何となく納得いかない顔をしていたが、シリンダーが見つからなければどうにでもなるだろう。
「それよりだ、何だよそいつらは」
そいつらとは、魅須丸とミケが連れてきた二名である。一人は百々世だって知っている見張りの駒草山如だ。こちらは別に虹龍洞に入ってきてもおかしくないが、問題はもう一人。緑色の迷彩服とやたら角ばったヘルメットに身を包んだ姿は山童に近いが、童だけあって彼女らは幼い見た目のはず。この人物は鉱山の重労働には似つかわしくない謎の老婆だった。
「こちらのご老人は今回の計画の最重要人物なのです。まあ貴方はモグリでご存じでないかもしれませんが大変にご高名な方ですよ」
「どの業界の有名人だよ。ご存じねえわ」
「……では、百々世君もお望みのようですので今こそ説明致しましょうか。虹龍洞リジェネレーションプロジェクトについて!」
魅須丸の瞳がきらきらと輝いていた。これは多分長くなるな、と百々世は知らないババアなんか気にした事を心から悔やむのだった。
──そもそも龍珠とは伊弉諾物質の事ですね。ご存じのようにまだ物が名前を持たなかった太古の時代の物質であるからこそ、あのカードのように名前を付与する事であらゆるアビリティを持たせられる可能性があるわけです。そう、龍珠はあらゆる物に成れる可能性がある。ならば逆説的にあらゆる物が龍珠に成れる可能性もあるのでは。いや、あるのです。龍珠は人工的に作り出すことができる。いえ、ただの人には無理ですから『神工的』とでも言いましょうか。神の力、高エネルギー、元となる物質、限定された環境。これらの条件が揃えば僅かにですが何の変哲もない石ころからでも龍珠が生まれる可能性があるのです。その為に私は以前から物を集めて相談して環境を整えて……!
「……で、その婆さんが何の役に立つんだよ」
「それをこれから説明するんでしょうが!」
話の腰を折られて魅須丸が珍しくぷんぷん顔だ。長生きする者は総じて話が長い、と言っても百々世だってそれなりに長生きしてるのだが。
「……つまりだねえ、この中に今まで掘ったクズ石とかも全部突っ込んで爆発させてやるんだよ。そうすりゃ龍珠が出来るかもしれんって話だ」
山如が代わりにこれからやる事をとても簡単に説明してくれた。
「ぶっちゃけて言うと……マップ再生成? でしたっけ?」
ミケの説明は分かる人間にとって一番分かりやすかった。なお、当人は理解できていない模様。
「……はあ。旧地獄にも連絡して溶岩流を噴出させる予定です。それも合わせて虹龍洞自体をドロドロに作り直す、と。しばらく虹龍洞には入れませんがその間は玉造業に集中しますよ。と言いますか、貴方の相手に夢中になってて本業を忘れるところでね……」
それを情緒豊かに二十行ほど語るつもりだったのに、と魅須丸は少し残念そうに呟いた。
「お前ら……」
百々世の体がワナワナと震えていた。そのような重要な話を百々世抜きで勝手に進めていたのだから怒りも当然、なのだが。
「いい! めっちゃくちゃ面白そうじゃん!」
幸い百々世は単純であった。求めていた『ドーンと派手なやり合い』をちゃんと用意していただなんて!
龍珠はしばらく掘れないがどうせ食い飽きていた。その間は飯綱丸の方の龍でもかじっていればいい。百々世の脳裏では既にキノコ雲の立ち上る紅蓮の空が広がっていた。
『ちょっと、ちょっと待て!』
「あっ、おい……」
洞窟にガラス越しの曇った声が響いた。発したのはもちろん百々世のポケットシリンダーだ。
「虹龍洞を爆破って、妖怪の山はどうなるんだよ!」
ポケットから飛び出した光が一瞬でキツネ娘に変化した。あまりにも荒唐無稽な計画に黙ってはいられなかったようだ。
「ああ君は、いつぞやのホラ狐。居たんですね」
「そこはどうでもいい! そのふざけた計画、飯綱丸様の許可は取っているのか。私は聞いてないぞ!」
「飯綱丸殿には言いましたよ。君みたいに面倒な言いがかりが来るから人払いしていたのですし」
「くっ、あの時か……」
つまり二人が会っている所を見なかったのがそのまま裏目に出た形だ。もしこの狐やどこぞの三流新聞記者天狗に聞かれていたら妖怪の山が爆破されるなどと触れ回ったであろう。ついでに、百々世に吹き込んだ話が嘘だというのも自分で認めてしまっている。
「心配しなくても隔離結界は張るし、誰も近付かないように煙を炊くさ。その為の私だよ」
顔が広く、万が一横やりが入っても煙で強制させられる山如。魅須丸からの信用も篤く、今回のプロジェクトも初めから相談を受けていた。
「何か焦ってるけど、爆発なんて幻想郷じゃ日常茶飯事だよねえ。それより無許可の侵入者を叩き出す方が先だと思います!」
「うん、まあ仕方ないよな。すまん典」
ミケがやる気満々に爪を見せ、百々世も庇うのを放棄した。お祓い棒で殴られたり、レーザー兵器やナイフや蛇と蛙のやべー女に襲われるのに比べたら、こんな管狐の一匹、である。
「と、とにかく一度飯綱丸様にも確認するから、それまでは勝手に爆破とかしないでいただきたい! いいな!」
流石にミケ一匹なら典でも勝てる自信はあるが、完全にアウェーの状況で戦うほど愚かではない。そもそもついシリンダーから飛び出したのが重大なミスだが後悔先に立たず。爆破と聞いてはしゃぐ百々世がこのまま皆と仲良しごっこしそうなのが、典にはどうしても気に入らなかったのだ。
典は駆け出した。一刻も早くこの場から逃げ出して安心できる飯綱丸の下に戻らなければ……のはずだったのだが──。
ごすっ。
典の足に引っかかったのは、よりによって先ほど自分で放り投げたツルハシである。
「ふぎゅっ!?」
さらに悪いのは典が転んだ先である。ミケを突き飛ばし、ずっと放置されていた緑色で妙に角ばった老婆に真正面から激突したのだ。
「栗井婆さん!」
「栗井婆!!」
「クリーバーさん!!!」
山如、魅須丸、ミケが一斉に青ざめた顔で絶叫した。
『カウントダウン……』
もう手遅れだ。栗井婆の体は白く点滅を始めていた。
「ピピーッピーッピ! 離れてー!!」
ミケが肺の空気を全部使って緊急事態のホイッスルを吹く。
先日の避難訓練で鍛えられていた皆は笛の音に従って全力で飛び退いた。とにかく栗井婆から一寸でも遠くへ!
「え、あの、ちょ……」
『サン……ニィ……イチ……』
そう、転んで身動きの取れない典を置き去りにして──。
◇
「典……いい奴だった、かなあ……?」
百々世は坑道に出来たクレーターを前にしてしみじみと呟いた。栗井婆さんの爆発は本人と典の体が一欠片も残らぬ超威力であった。
「だから道具を置きっぱなしにするなって言ったじゃないですかー……」
「アレは俺じゃねえ! 典が自分で放り投げた奴だ」
「まさに1メートルは一命取る、ですね……」
ミケも爆心地に向けて合掌した。なお、今の標語は頭から落ちればどんな高さからでも死ぬリスクが有るという話であって使い所が違う。
「えー、説明が遅れましたがあの方は栗井さんというマインの匠ですね。あの通り自爆の能力を持っています」
「あの通り死んだが?」
「大丈夫です。最後に使った寝具の上で復活しますから」
めちゃくちゃだな、と百々世はシンプルに思った。ついでにせっかく片付けていた虹龍洞もめちゃくちゃである。
「本番では神鳴のパワーもチャージしてもっと大規模な爆発を起こす予定でしてね。今日が下見で良かったですよ。本番だったら大事故になっていましたから」
人が一人犠牲になっている時点で重大事故なのだが、幸い巻き込まれたのは狐なのでセーフ判定らしい。
「というか、誰もあの狐のこと助けようとしなかったよね……」
ミケが気まずそうにチラリと二人の顔を見た。
「いや、私は百々世君が助けると思いましたので」
「急に言われても逃げる方でいっぱいいっぱいだよ。俺もミケかお前が助けるだろうと思った」
三人の間に気まずい沈黙が訪れた。
「まあ、安心しな」
山如が空気を和ませるように煙管に火をつける。焦げ臭かった虹龍洞に独特の甘ったるい匂いが広がった。
「確か栗井婆さんの爆発に巻き込まれた奴もリスポーン対象になるからさ。匠の名は伊達じゃないんだよ」
「そうか。ならば、ヨシ!」
百々世は大穴に向けて適当に指を差した。
生きてるならばそれで良し。注意一秒、怪我一生。虹龍洞は今後も健全な労働環境を目指しますのでよろしくお願いします。
◇
「……ヒィッ!?」
一方その頃、飯綱丸邸。
本日も激務だった。こういう日は典を吸って疲れを癒そう。そう思って帰宅した龍も思わず怯える恐怖がそこに待ち構えていた。
「つ、典です……」
全身が四角形の荒いパーツで構成された菅牧典のような生き物である。爆発に巻き込まれたはずなのに、次の瞬間には飯綱丸のベッドで目覚めていた。それは良いのだが、どうやらあの婆さんの呪いで体がおかしくなってしまったらしい。
こんな体ではシリンダーにも入れないし人前にも出たくない。典の呪いが解けるまで、虹龍洞と天狗組織につかの間の平穏が訪れるのであった。
洞窟の入り口で見張っていた賭博師、山女郎の駒草山如はそう証言した。
やはり、奴か。魅須丸は数十分前ぶつけたばかりのおでこに手を当てた。
昨日自分が出る時にはきっちりと片付けたはずの場所にボタ山があった。罠のように放置されたシャベルに足を取られて転んだ。マナーの悪い採掘者が、山如も知らない間に入り込んでいるのだ。
妖怪の山の中腹に隠れるように存在する虹龍洞。そこでは希少なマジックアイテムの原料を求める採掘者達が、シャベルとツルハシを握りしめて粉塵にまみれる毎日を送っている。それだけなら良かったのだが、目的が違う者が集まって作業をすれば必ず問題が発生する。もちろん、採掘者同士のトラブルは当事者が解決すべきではあるのだが──。
勾玉職人の玉造魅須丸は数か月前から盗掘者に頭を悩ませていた。時期としては最近幻想郷を騒がせたカード異変と同じ頃からだ。
犯人は既に判明している。大蜈蚣の姫虫百々世という、龍をも喰らう危険な妖怪である。そいつが勾玉の素材となる龍珠を掘り出し、あろうことか単に飢えの解消の為に貪り食っている。見張り役の山如が気付かない理由は単純で、大蜈蚣は坑道の中に拠点を掘って住み着いているから。どこまでもルール違反な奴だ。
そして掘った後を片付けない。クズ石は適当に捨ててほったらかし、帰る時も消灯しない、食事後のゴミもその辺にポイ、道具も出しっぱなし。作業現場の荒れっぷりに、流石の魅須丸も堪忍袋の緒が切れていた。
一度は博麗の巫女らに懲らしめられたがそれとこれとは別問題。巫女は現場指導員ではないし、そもそも奴は自分の意志だけで掘っているわけではない。百々世を動かしている者が背後に存在するのだ。
『君がカードの儲けを虚偽申告して一部をペットに注ぎ込んでいる事、天魔にバラしますよ?』
だから、魅須丸は動いた。
百々世と結託して龍珠を金儲けに使っている大天狗・飯綱丸龍との『平和的』な交渉の末、魅須丸と飯綱丸との間で提携が結ばれたのであった。めでたしめでたし。
と、素直にいかないのは、誰もが当然お分かりになるであろうが──。
◇
「今日から虹龍洞のお守り猫として採用されました、豪徳寺ミケです。よろしくお願いします!」
ついに見つけた、これが自分の天職だ! さあ今日から頑張るぞ!
三毛猫のミケはその猫耳をぴくぴくと震わせながら、百々世に向かって元気よく頭を下げた。
「──という事で、今日から我々は共同で採掘に当たります。出た物は分配するので決して勝手に食べないように」
飯綱丸お手製の握り飯を食べていた百々世の前に、魅須丸、山如、そしてミケの三人が立っていた。
「……何だ、お前ら。どうして俺が掘り出した物をお前に分けなきゃいかんのだ」
百々世は空いている手でツルハシを掴んだ。ふざけた事を抜かすならこれで頭蓋に穴を開けて中身を吸い出してやるぞと睨みつける。
「私が龍珠を得られないと博麗の巫女を始めとして困る者もいましてね。飯綱丸殿も納得済みですのでお願いしますよ」
「舐めるな! どうしても欲しけりゃ力ずくで奪ってみろ。この前だってカードだけ売って隠れてたヘタレには無理だろうが……ぁ、あ!?」
立ち上がろうとするも膝に力が入らず、百々世はガクンと崩れ落ちる。
「まあまあ、そういきり立ちなさんな。山に住む者同士、ここは仲良くやっていこうじゃないかい?」
「……お前、何か盛りやがったな!」
山如がキセルから煙を吹かしながらつかつかと歩み寄る。百々世が落ちた理由、それは彼女が漂わせている煙にあった。山如の能力は煙の作用で相手を操作するものだ。そして今回くゆらせたのは、単純に虫を酩酊させる煙である。
「そう悪い話でもないでしょう? 逆に言えば私が掘った物もそちらに分配するのですから、君が他の事をしている日でも龍珠にありつけるのですよ」
「む、むう……」
当然だが龍珠を喰う為には掘らなければならない。喰って得られるエネルギーと掘る労力はトントンといったところ。正直に言って龍珠も喰い飽きていた百々世にとって、他の食料を探しながら最低限の龍珠も確保できるのは願ったり叶ったりだ。
「……よく分かんないけど、二人が喧嘩して終わったらやっと見つけた私の仕事が無くなっちゃうんだよ。だからさ、仲良くしよう?」
ミケがしゃがんで招き猫のポーズで訴える。どんな頑固者も悩殺する、猫だけが持っている愛らしさ。出自が原因で苦労を重ねて生きてきたミケは、世渡りの術を熟知していた。
「あーそうだ、お前もだ。おいデコ丸、この猫娘はどういうつもりで呼んだ」
魅須丸は髪をまとめて額を綺麗に露出している。だからデコ丸。実に単純なあだ名だ。
「デコ丸ではなく魅須丸です。ミケ君は招き猫としては不完全で、金かお客のどちらかを招けばもう一方を遠ざけてしまうそうです。ということは、ここならば鉱脈を引き当てて部外者を遠ざけてくれるはず。まさに一石二鳥でしょう?」
百々世はしばしの間、無言でミケの琥珀のような瞳を見つめた。豪徳寺、と名乗ったからにはそこの出身なのだろう。居れば安泰であろう寺を飛び出し、こんな暗くて空気も悪い洞窟で働きたがる招き猫。嫌われ者の大蜈蚣には少なからず思うところがあった。
「チッ……いいだろう。だが、こんな煙で弱ってなければお前らなんか簡単に殺せる事は忘れるなよ」
「よろしい。私も神の端くれとして蜈蚣に喰い殺されるつもりはありませんよ。こういうのも用意してましたしね」
魅須丸はポケットから紙束を取り出した。ヴァンパイアファング、地獄の沙汰も金次第、不死鳥の尾といった強力なカードがてんこ盛りである。一方で百々世の手持ちは天狗の麦飯の一枚だけ。本人の能力がいかに強力でも流石に厳しい。
「ふん、それはそれで面白そうだがな。いいか、掘ったもんはまとめといてやるから、そっちもガメんじゃねえぞ!」
百々世は吐き捨てながら拳を前に突き出した。慣れ合う気は無くても妙なところで礼儀はあるらしい。魅須丸は鼻から小さく息を吐いて、彼女と拳を突き合わせた。
◇
「ピピーッ! 百々世さん、道具を放置しちゃダメ!」
ミケがシャベルを片手にホイッスルを吹き鳴らした。狭い坑道では反響に反響を重ねて笛の一吹きでも非常に耳障りである。
「……なんだよミケ。お前、お守りっていうからその辺に座ってるだけかと思ったらそこまで言ってくるのか?」
「意識して行動しないと危険から身を守れません! つまずいて転んだり、必要な時にどっかに行って困っちゃうよ!」
片付けは自分でやらせるように。魅須丸からそう言われているミケは、わざわざ遠くから引っこ抜いてきたシャベルを百々世の手に握らせた。
「はあ、思ったより面倒な奴だな。ちょっと甘い顔をしてやれば……」
「百々世さんがしっかりしてくれれば私はいつでもニコニコですよ!」
磨き上げた金剛石のようにきらきらした笑顔が百々世の全身を照らす。
卑怯だ。猫にこんな顔をされたら酷い目に遭わせようなんて気が失せてしまう。
「はい百々世さん、私に続いてください。使った道具を置き去りにしない、ヨシ!」
「……使った道具を置き去りにしない、ヨシ」
ミケに合わせて百々世も渋々と地面に向けて指差した。
「はい! 百々世さんエラい!」
ミケが拍手。叱った後は褒めて伸ばすといったところだろうが、百々世には何となく馬鹿にされているように映った。
「おい、俺だけじゃなくあっちのデコ助の方も見に行けよ。あいつだって何やってるか分かったもんじゃない」
「見に行ってますよ! そうしたらご苦労様って塩飴もらっちゃいました。百々世さんにも渡してあげてって、ほら」
「うっ……」
幻想郷では流通経路の限られる塩を惜しげもなく。ちょうど重労働で塩分を失っていた百々世は歯を食いしばって飴を受け取った。
「湧き水も汲んできました。ここに置いときますね」
「くそぅ、こんな物で……!」
しかし体が本能で求める物には逆らえない。飴を頬張り、山の滋養分に満ちた冷たい水をすする。百々世の体に活力がみなぎった。
「また様子を見に来ますから、何か必要な物があったら言ってくださいね」
「おーおー、誰にも邪魔されない時間が必要だ。しばらく来なくていいぞ」
軽い憎まれ口のつもりだったのだったが、ミケの体がぴたっと止まり、口をあんぐりと開けて百々世の顔をじっと見つめてきた。それは飼い主に信じられない事をされた時の動物行動に近い。来るなと言ったのがそんなにショックだったかと、さしもの百々世にも僅かに罪悪感が芽生えたのだ、が。
「……しばらくってことは、また来ても良いんですね?」
思っていたのとは真逆の理由で感銘を受けていたらしい。唯一の友人と呼べる飯綱丸を除いて忌み嫌われ続けた百々世には、何でも好意的に受け取ってしまうミケが今までにない強敵であった。
「勝手にしろ!」
話は終わりだと言わんばかりにツルハシを岩に打ち付ける。それはあろうことか、今日一番の会心の一掘りであった。がらがらと崩れ落ちた岩肌の先に新しい鉱脈が見つかったのだ。
「ご利益、ありましたね」
百々世の後ろで、ミケが手招きをしながらにっこりと笑った。
「……ということで、百々世さんは頑張って作業してくれてます!」
一方の魅須丸。先ほどの百々世とのやり取りをミケが報告しに来たところである。
「そうですか。危険な役割を任せたけど上手くやっているようで安心しましたよ。早速金脈も招いてくれたようですし、君を選んで正解でした」
「う、うっ……」
ミケの耳と尻尾がピンと張った。どうやらまた感極まってしまったらしい。
「真っ当な招き猫の道は諦めていたのにこんな、こんな……!」
「こらこら、泣かない。顔が粉まみれなんですから」
市場にてカードを交換した時が魅須丸とミケの初めての出会いだったが、その時はもっと食わせ者の印象を受けたと記憶している。招き猫と言うには遠ざかる運気の流れが気になって声をかけたのが今回の縁だった。
白猫だらけの豪徳寺で生まれた三毛猫のミケ。色の違いというのはどの世界でも根深い差別を生む。彼女の身に何があったのか、それは決して想像に難くない。
「あ~、デコ女が猫を泣かしてやがる。いけないんだ~」
そんな二人から少し離れた横を、ツルハシとシャベルを二刀流する百々世が冷やかしながら通過した。いけない子を見つけた時、人はどうなるだろうか。答えは『児童に戻る』である。
「ああ姫虫君、今日はもう上がりですか」
「名字で呼ぶのはよせやい。姫って柄じゃねえんだ」
「ふふ、では百々世と。それで鉱脈はどうしたのです?」
「軽めに掘ってみたが今回は大当たりだな。龍珠は逃げないし今日はゆっくり休んで明日一気にやったるよ。お前らのせいで疲れたからな」
妖怪の身でも本気で硬い岩を掘ればそれなりに負担はある。まして今回は煙で弱った後にやかましい猫に見られながらの作業だったのだ。余計に疲れて当然だ。
「それはごもっとも。初日なので掘った物は全て君側で構いませんよ。明日からは分配しますがね」
「いいのか? お前の事だからてっきりつまみ食いしてないかーとか、ガメてないかーとか聞くと思ったぞ」
「君は粗暴だが卑怯者でないことはこの前の戦いで分かっていますから」
「へっ。外から眺めてただけで俺を理解できた気になれるとはおめでたい頭だな」
百々世が挑発的な笑みを向ける。なんならここで一戦交えてもいいんだぞ、と百々世の眼が訴えていた。採掘疲れはどちらも同じ、今戦っても魅須丸ごときに負ける気はしない。あまり美味くはなさそうだが食い殺してやっても、と舌なめずりして涎を垂らし、たのだが。
「百々世さん、お腹減ってるんですか? だったら一緒にご飯食べに行きましょうよー」
そのせいで、そんなピリピリムードをまた猫が台無しにするのだった。
「あ、ああ? そりゃまあ減ってるが……」
「人間の里に夜だけ営業してる妖怪向けの居酒屋があるんですよ。行きましょ行きましょ~」
先ほどまで涙ぐんでいたのが嘘のようにミケの顔は晴れやかだった。両手をくいくいと上下させ、おいでおいでと訴えている。
「ああ、行ってらっしゃい。私は駒草太夫との予定があってもう少し残りますから二人でどうぞ」
「おい待て。そっちの方が面白い事になりそうだから俺も……」
「ええ~っ!? 私と飲むのはつまらないって言うんですか!?」
「百々世君、酷いですね」
ミケのこの世の終わりのようなリアクション、魅須丸の氷のような眼差し。どちらも妙に芝居がかっていて、あまり考えずに行動する百々世ですらも二人が自分を懐柔する為にやっている事は薄々感じ取ってしまう。
が、しかし。ツルハシを握る手を少しだけ緩める。それも百々世と上手くやっていく為の歩み寄りだ。かつての飯綱丸が時に自身の体を差し出してまで自分との友好を求めた事を、百々世はふと思い出していた。
「……分かったよ! 案内しな、ミケ」
「もちろんです!」
ミケがにゃっ、にゃっと百々世の前で小さく飛び跳ねた。
別に仲良くしたいわけじゃないが、酒と飯にありつける場所が増えるんなら断る理由はない。そう自分に言い訳し、百々世は早足で駆けるミケの後を渋々と追うのであった。
その夜、当の妖怪居酒屋である蚕食鯨呑亭で、その店の影の主を気取る小鬼と百々世の間で乱闘騒ぎが発生するなどがあったのだが、概ね楽しい酒だったとミケは語る。
クジラの帽子がチャームポイントの店員、奥野田美宵が潮を、もとい泡を吹いて倒れたりしたが、大妖怪同士の争いの場となった店が崩壊にまで至らなかっただけ幸運と思うべきであろう。
◇
それから、数週間。
相変わらずミケや魅須丸から注意をされつつも、百々世はそれなりに上手くやっていた。元々掘る事に関してはプロ中のプロだ。それが雑な部分をサポートする真面目な人物と組んだ事で効率はかなり上がっていた。当初心配していた取り分も、ミケが招いた金脈のおかげでむしろ分配前より増えていたほどである。
「おい、お前ら。ヘルメット被ってねえぞ。お前が俺から言われるようじゃお役御免だな」
「え、えへへ。ちょっと猫耳が……」
「あ、あー……ちょっと頭が蒸れたもので」
気まずそうにもじもじと下を向くミケと魅須丸を、百々世が意地の悪い顔で嘲笑った。ヘルメットなんて被らなくても俺は死なないと豪語する百々世であったが、魅須丸から弓取りの一矢を食らって退治されたエピソードを持ち出されて渋々と着用していた。言った以上は魅須丸だって着用しなくては示しが付かない。そして猫とはヘルメットを被るものなので実力もそこそこな野良妖怪のミケは尚更被らなくてはいけない。
「ああそうそう、魅須丸さんと山如さんが話してたの聞きました? 何か大規模な計画があるらしいですよ」
ミケは猫耳の角度を調整してそっとヘルメットを着用した。多少痛くて痒くとも、ちゃんと付けておかないと額を強打して涙を流した魅須丸みたいな羽目になる。
「ヨシ。そういやデコ丸が言ってたな。そろそろ龍珠が枯渇しそうだからってごちゃごちゃやってたわ」
おさらいするが龍珠というのは非常に希少な鉱石である。先日見つけた鉱脈を掘り尽くせば次はもう無いかもしれない。そこで魅須丸は独自に対策を進めていたのである。
「……百々世君、いい加減私の名前くらい覚えられません?」
「ああん? ミスなんて縁起の悪い名前よりデコ丸の方がイカしてるからいいんだよ」
魅須丸はふと、悪態を付く百々世の体を眺めた。体のいたる所に結ばれた、ムカデの節を模した意匠であろうリボン。口調こそ男勝りだがおしゃれ心と言うか女の子らしさもしっかり持っている。あるいはデコ丸も真面目に可愛いと思って呼んでいるのだろうか、と。
「この髪型、気に入ってるんですけど変えた方がいいですか?」
「何だよ、なーに気にしてんだよ! 似合ってるからそれでいろって!」
「ええ……まあ、悪気が無いなら大目に見ましょう。それで、計画の為に一度外に出るので後を頼みます。行きますよ、ミケ君」
「はーい!」
ミケはスキップ、したいところをぐっと堪えて魅須丸の後ろに付いていった。本来猫とはもっと自由な生き物だ。彼女も野生を抑えて苦労しながら安全巡視をやっているのである。
「……やれやれだな」
百々世は突き立てたシャベルで体を支えて息を吐いた。
悪くはない。
ミケは度胸があって良い奴だし、魅須丸も嫌味ったらしいが仕事は真面目だ。たまに様子を見に来る龍や典以外の気晴らしが全く無かった前より心も成果も充実している。
しかし、だ。やはり何か物足りない。龍すら恐れた忌み嫌われ者の大妖怪が、あっさり言いくるめられて仲良しごっこは何かの沽券に関わる気がする。
別に仲良しが嫌ではない。飯綱丸は親友として気に入っているし肉も美味い。それはそれとして、肉食系としては何かしらドーンと派手なやり合いが欲しかったのだ。
まあ弾幕遊びならそのうち適当な理由を付けて仕掛ければいいか、などと百々世が目を閉じて思考を巡らせていた、そんな折である。
「どうされました百々世殿。貴方のような強者でも思い悩むことがあるのですか」
百々世の耳元にふっと甘ったるい声がかけられた。ああ、この感じは。初めこそ驚かされたが、三回目ぐらいからは慣れてしまっていた。
小柄の細見にぴったりと合った白い服に、黄金色の豊かな毛を蓄えた一本の尻尾。少女の名は菅牧典。例の大天狗が溺愛するペットにして収益の不正な注ぎ込み先でもある。
「よお典、久々じゃねえか。龍は元気でやってるか?」
「ええ、多忙にてあまり会えず申し訳ないと。それよりも、あのような野良妖怪といつ仲良くなったのですか?」
「お前にはアレが仲良く聞こえたかよ。俺のやることに一々お小言垂れやがるんだぞ。昨日なんか落盤事故に備えて緊急避難訓練なんかやらされたし。そもそもこうなったのは龍のせいなんだろ?」
「……はて?」
典は耳元から離れるとこれ見よがしに顎を手で押さえた。
「話が見えません。あの猫が主の所に来たと?」
「はあ? 違う違う、デコ丸……じゃなくてえーと、玉造魅須丸だよ。そいつが龍と話を付けたって聞いたぞ」
「ふむ、しばらく主とは行動を共にしておりましたが、私はそのような場面は見ていませんね……」
「ほーう……?」
典は軽く咳をすると顎の手を口に移動させた。粉塵を吸わない為の自然な行動に見えるが、その目的は上につり上がる口角を隠したいからに他ならない。
嘘ではないが、作為的に事実を述べた。何しろ飯綱丸にとって都合の悪い話であるから人払いして魅須丸と会談をしたのだ。それは典も例外ではないので、よって飯綱丸と魅須丸が話していた場面を直接は見ていない。
「おそらく、それは貴方を納得させる為の嘘でしょう。まったく、百々世殿を謀ろうなどとは」
「はん、なるほどな」
問題なのは典がこのように言う理由である。ここ数週間の龍珠の採掘量は上々で、ただ受け取る側の飯綱丸としては百々世の働きに文句の付けようがない。だのに余計な事を言ってまで関係にヒビを入れようとする理由とは──。
「舐められたままでは貴方の面目に関わるでしょう? 今一度、奴らを殺すべきではないでしょうか」
──単なる典の趣味だ。他人がいがみ合うのを眺めているのが楽しい。喧嘩を観戦しながら飲む酒が何より美味い。彼女にとって他人を争わせる理由なんてそれで十分なのだった。典は立てかけてあったツルハシを手に取り、ゆっくりと前後させる。こいつで頭をかち割ってしまえ、のアピールだ。
「典、お前は勘違いしているようだが」
「……何ですか?」
「納得するのに奴が龍と話したかどうかは関係ない。この俺を追い出すでもなく、一緒に掘ろうなんて言い出しやがる根性をちっとは認めてるからだ」
そして魅須丸やミケが口うるさく言うのは百々世にもっと良くなってほしいからだ。その意思を汲み取るかは別として、気持ちを否定までする気はない。
「ふむ、そうですか」
やはり近しい中では百々世が最も度し難いようだ。
面白くない。典の顔にはっきりと不満の色が表れるが、この状況で無理を言えば怒りが自分に向くことは明らかだ。無駄に持ち上げてしまった重いツルハシを雑に放り投げて、小さなため息をついた。
さて、出直して別の方便でも考えてくるか、それとも飯綱丸様の方にこちらの現状を歪めて報告するか、そのように思案を始めたその時だった。典の敏感な耳に入ってくる小さな音。
数人の足音が遠くから伝わってきたのだ。
「おっとっと、部外者が見つかっては面倒ですね。ちょっと失礼」
典は言うやいなや腰に据え付けたシリンダーの栓を引っこ抜いた。そして青白い光になったと思うと、その体が自身より遥かに小さいシリンダーの中に吸い込まれていく。管の中で丸い光となった典は、その状態のまま地面にポトリと落ちた。
『しばらく匿ってくださーい……』
「へーへー分かったよ」
姑息な奴だが親友の可愛がるペットだ。わざわざ龍を困らせる必要もない。百々世はシリンダーの蓋を閉めて、無造作にスカートのポケットに突っ込んでおいた。
「百々世さん、誰かと話してました?」
戻ってきて早々、ミケは坑道に響いていた百々世の会話に疑問を挟んだ。
「あー……ほれ、誰も居ないと歌いたくなるだろ。洞窟の中はよく響くからな」
「おお~、分かります! ちなみに私は演歌が趣味なんですよ~。今度カラオケに行きませんか?」
「……あるのか? 幻想郷にカラオケ」
百々世は内心で、咄嗟だが中々上手いはぐらかし方ではないかと自画自賛していた。魅須丸はまだ何となく納得いかない顔をしていたが、シリンダーが見つからなければどうにでもなるだろう。
「それよりだ、何だよそいつらは」
そいつらとは、魅須丸とミケが連れてきた二名である。一人は百々世だって知っている見張りの駒草山如だ。こちらは別に虹龍洞に入ってきてもおかしくないが、問題はもう一人。緑色の迷彩服とやたら角ばったヘルメットに身を包んだ姿は山童に近いが、童だけあって彼女らは幼い見た目のはず。この人物は鉱山の重労働には似つかわしくない謎の老婆だった。
「こちらのご老人は今回の計画の最重要人物なのです。まあ貴方はモグリでご存じでないかもしれませんが大変にご高名な方ですよ」
「どの業界の有名人だよ。ご存じねえわ」
「……では、百々世君もお望みのようですので今こそ説明致しましょうか。虹龍洞リジェネレーションプロジェクトについて!」
魅須丸の瞳がきらきらと輝いていた。これは多分長くなるな、と百々世は知らないババアなんか気にした事を心から悔やむのだった。
──そもそも龍珠とは伊弉諾物質の事ですね。ご存じのようにまだ物が名前を持たなかった太古の時代の物質であるからこそ、あのカードのように名前を付与する事であらゆるアビリティを持たせられる可能性があるわけです。そう、龍珠はあらゆる物に成れる可能性がある。ならば逆説的にあらゆる物が龍珠に成れる可能性もあるのでは。いや、あるのです。龍珠は人工的に作り出すことができる。いえ、ただの人には無理ですから『神工的』とでも言いましょうか。神の力、高エネルギー、元となる物質、限定された環境。これらの条件が揃えば僅かにですが何の変哲もない石ころからでも龍珠が生まれる可能性があるのです。その為に私は以前から物を集めて相談して環境を整えて……!
「……で、その婆さんが何の役に立つんだよ」
「それをこれから説明するんでしょうが!」
話の腰を折られて魅須丸が珍しくぷんぷん顔だ。長生きする者は総じて話が長い、と言っても百々世だってそれなりに長生きしてるのだが。
「……つまりだねえ、この中に今まで掘ったクズ石とかも全部突っ込んで爆発させてやるんだよ。そうすりゃ龍珠が出来るかもしれんって話だ」
山如が代わりにこれからやる事をとても簡単に説明してくれた。
「ぶっちゃけて言うと……マップ再生成? でしたっけ?」
ミケの説明は分かる人間にとって一番分かりやすかった。なお、当人は理解できていない模様。
「……はあ。旧地獄にも連絡して溶岩流を噴出させる予定です。それも合わせて虹龍洞自体をドロドロに作り直す、と。しばらく虹龍洞には入れませんがその間は玉造業に集中しますよ。と言いますか、貴方の相手に夢中になってて本業を忘れるところでね……」
それを情緒豊かに二十行ほど語るつもりだったのに、と魅須丸は少し残念そうに呟いた。
「お前ら……」
百々世の体がワナワナと震えていた。そのような重要な話を百々世抜きで勝手に進めていたのだから怒りも当然、なのだが。
「いい! めっちゃくちゃ面白そうじゃん!」
幸い百々世は単純であった。求めていた『ドーンと派手なやり合い』をちゃんと用意していただなんて!
龍珠はしばらく掘れないがどうせ食い飽きていた。その間は飯綱丸の方の龍でもかじっていればいい。百々世の脳裏では既にキノコ雲の立ち上る紅蓮の空が広がっていた。
『ちょっと、ちょっと待て!』
「あっ、おい……」
洞窟にガラス越しの曇った声が響いた。発したのはもちろん百々世のポケットシリンダーだ。
「虹龍洞を爆破って、妖怪の山はどうなるんだよ!」
ポケットから飛び出した光が一瞬でキツネ娘に変化した。あまりにも荒唐無稽な計画に黙ってはいられなかったようだ。
「ああ君は、いつぞやのホラ狐。居たんですね」
「そこはどうでもいい! そのふざけた計画、飯綱丸様の許可は取っているのか。私は聞いてないぞ!」
「飯綱丸殿には言いましたよ。君みたいに面倒な言いがかりが来るから人払いしていたのですし」
「くっ、あの時か……」
つまり二人が会っている所を見なかったのがそのまま裏目に出た形だ。もしこの狐やどこぞの三流新聞記者天狗に聞かれていたら妖怪の山が爆破されるなどと触れ回ったであろう。ついでに、百々世に吹き込んだ話が嘘だというのも自分で認めてしまっている。
「心配しなくても隔離結界は張るし、誰も近付かないように煙を炊くさ。その為の私だよ」
顔が広く、万が一横やりが入っても煙で強制させられる山如。魅須丸からの信用も篤く、今回のプロジェクトも初めから相談を受けていた。
「何か焦ってるけど、爆発なんて幻想郷じゃ日常茶飯事だよねえ。それより無許可の侵入者を叩き出す方が先だと思います!」
「うん、まあ仕方ないよな。すまん典」
ミケがやる気満々に爪を見せ、百々世も庇うのを放棄した。お祓い棒で殴られたり、レーザー兵器やナイフや蛇と蛙のやべー女に襲われるのに比べたら、こんな管狐の一匹、である。
「と、とにかく一度飯綱丸様にも確認するから、それまでは勝手に爆破とかしないでいただきたい! いいな!」
流石にミケ一匹なら典でも勝てる自信はあるが、完全にアウェーの状況で戦うほど愚かではない。そもそもついシリンダーから飛び出したのが重大なミスだが後悔先に立たず。爆破と聞いてはしゃぐ百々世がこのまま皆と仲良しごっこしそうなのが、典にはどうしても気に入らなかったのだ。
典は駆け出した。一刻も早くこの場から逃げ出して安心できる飯綱丸の下に戻らなければ……のはずだったのだが──。
ごすっ。
典の足に引っかかったのは、よりによって先ほど自分で放り投げたツルハシである。
「ふぎゅっ!?」
さらに悪いのは典が転んだ先である。ミケを突き飛ばし、ずっと放置されていた緑色で妙に角ばった老婆に真正面から激突したのだ。
「栗井婆さん!」
「栗井婆!!」
「クリーバーさん!!!」
山如、魅須丸、ミケが一斉に青ざめた顔で絶叫した。
『カウントダウン……』
もう手遅れだ。栗井婆の体は白く点滅を始めていた。
「ピピーッピーッピ! 離れてー!!」
ミケが肺の空気を全部使って緊急事態のホイッスルを吹く。
先日の避難訓練で鍛えられていた皆は笛の音に従って全力で飛び退いた。とにかく栗井婆から一寸でも遠くへ!
「え、あの、ちょ……」
『サン……ニィ……イチ……』
そう、転んで身動きの取れない典を置き去りにして──。
◇
「典……いい奴だった、かなあ……?」
百々世は坑道に出来たクレーターを前にしてしみじみと呟いた。栗井婆さんの爆発は本人と典の体が一欠片も残らぬ超威力であった。
「だから道具を置きっぱなしにするなって言ったじゃないですかー……」
「アレは俺じゃねえ! 典が自分で放り投げた奴だ」
「まさに1メートルは一命取る、ですね……」
ミケも爆心地に向けて合掌した。なお、今の標語は頭から落ちればどんな高さからでも死ぬリスクが有るという話であって使い所が違う。
「えー、説明が遅れましたがあの方は栗井さんというマインの匠ですね。あの通り自爆の能力を持っています」
「あの通り死んだが?」
「大丈夫です。最後に使った寝具の上で復活しますから」
めちゃくちゃだな、と百々世はシンプルに思った。ついでにせっかく片付けていた虹龍洞もめちゃくちゃである。
「本番では神鳴のパワーもチャージしてもっと大規模な爆発を起こす予定でしてね。今日が下見で良かったですよ。本番だったら大事故になっていましたから」
人が一人犠牲になっている時点で重大事故なのだが、幸い巻き込まれたのは狐なのでセーフ判定らしい。
「というか、誰もあの狐のこと助けようとしなかったよね……」
ミケが気まずそうにチラリと二人の顔を見た。
「いや、私は百々世君が助けると思いましたので」
「急に言われても逃げる方でいっぱいいっぱいだよ。俺もミケかお前が助けるだろうと思った」
三人の間に気まずい沈黙が訪れた。
「まあ、安心しな」
山如が空気を和ませるように煙管に火をつける。焦げ臭かった虹龍洞に独特の甘ったるい匂いが広がった。
「確か栗井婆さんの爆発に巻き込まれた奴もリスポーン対象になるからさ。匠の名は伊達じゃないんだよ」
「そうか。ならば、ヨシ!」
百々世は大穴に向けて適当に指を差した。
生きてるならばそれで良し。注意一秒、怪我一生。虹龍洞は今後も健全な労働環境を目指しますのでよろしくお願いします。
◇
「……ヒィッ!?」
一方その頃、飯綱丸邸。
本日も激務だった。こういう日は典を吸って疲れを癒そう。そう思って帰宅した龍も思わず怯える恐怖がそこに待ち構えていた。
「つ、典です……」
全身が四角形の荒いパーツで構成された菅牧典のような生き物である。爆発に巻き込まれたはずなのに、次の瞬間には飯綱丸のベッドで目覚めていた。それは良いのだが、どうやらあの婆さんの呪いで体がおかしくなってしまったらしい。
こんな体ではシリンダーにも入れないし人前にも出たくない。典の呪いが解けるまで、虹龍洞と天狗組織につかの間の平穏が訪れるのであった。
そうか…栗井婆さんってそういう意味か…
ヨシ!
ゼロ災で行こう! ヨシ!
虹龍洞のキャラたちの掛け合いがすごく楽しくて良かったです!
ミケの無邪気な様子がとても良いですし百々世可愛いな……良かったです
良いですね、虹龍洞組のギャグとしてとても楽しませて戴きました。ヨシ!!
ヨシ!
匠って聞くと、駒草咲くパーペチュアルスノーを思い出します。
(劇的ビフォーアフt...)