紫は、玄に乗った靈夢と空中で対峙する。
"せっかくだし、お話しましょうよ"
「何であんたと話す必要があるのよ」
"いいじゃない。別に急いでいるわけじゃないし"
「さっきと違って威勢が良いのね。魔梨沙の技に驚いていた癖に」
"それは認めるわ。あんな事起きるなんて予想できなかったもの"
自身の至らなさを認めながらも余裕な表情を崩そうとしない。
"それでね、お話のテーマなのだけど"
"何で米が育たない様にしたか分かる?"
「!?。…やっぱりアンタだったのね!何が目的なの!?」
靈夢は紫の言葉に反応して語気が強まる。
"それは当然、私達に縋ってもらうためよ。妖怪は誰かに強く意識してもらわないと生きていけないの"
「?。そんなの必要なの?食べ物があれば生きていけるじゃない」
"それがそういかないのよ。人間は物質から構成されているのに対して、妖怪は精神から構成されている。
肉体なんて、あってない様なものよ。だから、食べ物なんてなくたって生きていける。
まあ、恐怖を与えるために人間を食べるっていうのもあるけどね"
靈夢は手を丸めて拳を作る、強く。
「だからって、あんな事…他人を信じられなくするまで…!」
"何を言ってるのかしら?私は人間にとって最善の選択をしているのだけど?
微笑を見せる紫は口角を片方上げ、口を開ける。
―――最悪な選択とは、人間同士で殺しあって皆いなくなる事。―――
人間がいなくなれば私達もいなくなる。人間は生きていないといけないの"
「…」
筋が合っている様なそうでない様な不思議な感覚に靈夢は言葉を出せない。
"そこでどうしたか……聞きたい?"
「…分かってるわよ。あの村に住んでいたんだから」
"まあまあ、大人になったら役立つんだからちょっと勉強しなさいな"
紫は常に不敵な笑みしか見せない。
"まず、人間の生活を少しずつ変える事から始めたの。人間を不安にさせる事がポイントよ"
(この妖怪、調子に乗って…!)
"怒らないの。それで、不安にさせる為に食べ物を少なくしていった。
面白いことに人間って、米とか言う食べ物ばかり食べてるのよね。
それを食べられなくするだけで、大変なことになるのは予想できた。
だから、米の塩基配列を変えた。食べ物の様な食べ物ではない物質に変えた。
こうして、人間の食べ物が減った"
"貴方も知ってると思うけど、山に住んでいた人間たちが村へ一斉にやってきたでしょ?"
(そうだ。魔梨沙の家に沢山の人間が押し寄せて来た…)
「…」
"やっぱりね、これも私の予想通りだった。
食べ物が無くなれば有る場所に行く事くらい。
やがて、山の麓から広げて、村周辺まで遺伝子変換を行った。
食べ物も少なくなって頭が働かなくなると、そのうち将来の事も考えられなくなる"
紫は右手の人差指を頬の脇に立てた。
"そう、ここでもう一つポイントね。人間から思考を奪う事が大事よ。
もし、何も考えることが出来ない人間の目の前に食料を与えてくれる救世主がいたらどうするかしら?
自分が生きる為なら妖怪だって、寄生虫だって崇めるでしょ?だって、そうしないと死んじゃうもの。
それが完了して、米だったものを元に戻した。私を崇めたから良くなった事にして。
品種なんて簡単に変えられるわよ。遺伝子に潜り込んで塩基の境界を弄くればいいんだから"
「…」
"そしてこれが面白いのよ。あの変な宗教が出来てから、食べ物に"お薬"を入れる人が出てきたの。楽だわぁ。
みんな、ご飯を食べるだけで信仰してくれるなんて。最初からこうすれば良かったのよ"
「!。お前…」
怒り。簡単な言葉しか見つからない。
"お話はここでおしまい。貴方を失うのは惜しいけど、
早めに消さないと大変なことになるって感覚が叫んでいるの。ひどいくらい。
だから、もうさよなら"
―――ブゥン!!
その言葉を発してすぐ、紫の体の周りにある気味悪いスキマから光線が飛んでくる。
直線の光線は、相手を撃ち落とす様な勢いで飛んでくる。
「は…はや…!」
―――ヒュゥン!!
「!?」
「靈夢様、しっかり掴まってください!」
「速い速い!!落ちちゃうわよ!」
「このくらいの速度でないとあの妖怪の攻撃に当たってしまいます。耐えてください」
「くぅ…」
この亀にしがみつくだけで精一杯だ。攻撃なんて考える暇がない…。
"攻撃出来ないなら貴方は永遠に勝てないわよ。時間の問題…
いや、面倒くさいから終わらせよ"
スキマから新しく発された光線は直線に進むが、次第に曲線へ変わる。
靈夢に追尾を始めた。
「!?なによこれ!!卑怯よ!!」
"お褒めに預かり光栄ですわ"
直線に進む光線よりもスピードは遅いが、逃げ続けることによる玄の体力はすり減る。
「…靈夢様。これ以上は…!」
(まずい、これでは靈夢様共々全滅…。なら…)
「え、きゃあ!」
高度を勢いよく下げ、靈夢を神社の近くに振り落とした。その反動を活かして甲羅を光線に向けて反転した。
甲羅に当てる事でダメージを軽減する。
「ぐぅっ…!」
光線の勢いは強く、玄は体まるごと吹き飛ばされた。
致命傷は防ぐことができたが、衝撃により神社の庭にたたきつけられた。
"あらあら、亀さんもそんなものなの?巫女から力をもらったのに?"
妖怪だけ、神であるかのように宙に浮いていた。
"じゃあ、まず亀さんから消えてもらおうかしら。さようなら"
直線の光線が意気揚々に走る。亀を貫こうと。
「くっ…避けきれない…!」
「マスタースパーク!!」
ビュゥゥン!!
「!?」
"何!?"
玄爺に向かっていた光線は極太光線の壁に当たって消えた。
「相手は靈夢だけじゃないんだぜ!」
八卦炉を空に向けたまま魔梨沙は声を張る。
「って、何じゃあの人だかりは…!」
魔梨沙は猫の妖怪を無事に倒すことができ、村の入り口の手前まで着いていた。
だが、村の入口では大勢の大人が武器を持って殴り合いをしていた。
すると、見慣れた姿がこちらへ向かってきた。
「魔梨沙!無事だったか…」
「こーりん!お前も無事なのか。って、泣いてるのか!?何があった!」
「…いや、気にしないでくれ。…ずすっ。あそこで起きているのは、
「村人同士の戦いだ」
「!?」
「そう、やっとこのタイミングが来たんだ!
村も人間も捨てたもんじゃないって…僕は思ったんだ」
霖之助はこれまでの経緯を魔梨沙に語る。
――――――――
「紫様に仇なす者は消えちまえ!!」
「くっ…、この人数は…捌ききれない…!」
靈夢の母を神社へ逃がし、その間に自分が囮になっていた。
四方を囲まれた上、一本の剣で対応するには無理があった。
「さっきのおっさんみたいに死ぬのが運命なのさ、ひゃっはっは!」
優勢になる兆しが見えない。むしろ、敵が増えている様な、そんな気さえする。
(だめだ、勝てない…ここで終わりか…。
魔梨沙、靈夢……お姉ちゃん…)
『おおおおおおおおおおおおお!!』
「!?」
『おい、何が起きてんだ、うわぁ!!』
「この村を邪教から解放するぞ!」『おぉ!』
村の門からなだれ込むように人間が押し寄せ、霖之助を囲んでいた人間を攻撃し始めた。
「え、何が起きているんだ…!?」
攻撃を始めた人間の一人が霖之助に向かってくる。
武器を収めている事を確認して、霖之助は警戒を解く。
「君が村を救おうとしている英雄か!」
「?。英雄…って何の話しですか?」
霖之助は訳が分からず、目を丸くしている。
「誰かが蜂起しているって噂を聞いてな。ちょうど村の外で戦っているっていうから、
そいつらじゃないかって皆で話してたんだ。もうチャンスはこれしかない」
「え…!今までどうやって…」
「家に引き篭もってたよ!ちょうど俺らの家に米が残ってたからちまちま食ってたさ。
信者が作る飯なんてやばいもんが入ってるに決まってら!食べた後、みんな目ぇギラギラに光らせてるもんな!」
はっはっはと笑う。今まで隠れていたストレスを発散するかの様だ。
「ところでお前さん、名前は?」
「森近霖之助と申します」
「ああ、噂に聞いていたよ。霧雨商会のご令嬢と容姿が歪な男の子が一緒に遊んでるってな」
「…」
(はぁ…)
「でも、俺たちはそんな事気にしねぇ。どんな容姿だろうが、どんな生まれだろうが、
優しい心を持っているならそれでいい。受け止めてやる。」
(!)
「あいつ、お前の仲間だろ?さっさと助けに行け!ここは俺たちで何とかする」
「…ぐすっ…うっ…」
「男なら泣くんじゃねぇ!行って来い!」
霖之助は顔を上げ、魔梨沙が近くにいることを確認した後、
迷いが晴れた顔を村人に向ける。
「ありがとうございます!!行ってきます!!」
「おうよ!!」
(…本当に、この村に生きて良かった…!)
――――――――
「…そうか。なら、神社に向かうぞ!」
「おう!」
襲いかかって来る信者に霖之助が剣を振るいながら、
人間がいない畑を周りながら神社へ向かった。
"…橙がいないわね。あいつか"
空から紫は地面にいる魔梨沙を見下ろす。
"そこの魔法使いさん。お話があるのだけどいいかしら?"
「!なんだ……言葉が…」
頭に響いてくる。
「魔梨沙!どうしたんだ!?」
「平気さ。あの化け物と女子会だぜ」
冗談を言えるくらいの余裕はある。少し目が回った時の気持ち悪さぐらいだ。
"私の家族を知らない?橙って言うんだけど"
「橙ってあの猫の事か?あいつなら私の光線で人っ飛びさ!山で伸びてるだろうよ」
紫は山の中に倒れている橙をスキマを通して確認し、
憤りを感じていた。
"…よくも私の家族を倒してくれたわねぇ、人間の分際で…!"
「人間の分際だが、この武器さえあればどんな奴でもイチコロだぜ!」
"…!!。本当にしぶとい人間ね。橙を傷つけた罪は重いわ。
もう地獄に落ちるしか償いはない!くたばりなさい!!"
光線が魔梨沙と霖之助に襲い掛かる。
「うわっ!」
―――キイン!
「こーりん!」
霖之助が持っている剣で光線を受け止めている。
「大丈夫か!こーりん!」
「何とか…弾けそうだ…はっ!!」
バシュン!
霖之助の剣は光線を弾き、山の彼方に飛ばした。
「助かったぜ、こーりん」
「いいさ、これくらい。気にしないでくれ」
"ふん!!"
しかし、光線は次々に降り落ちる。
再び霖之助は魔梨沙の盾になって光線を弾いている。
「ぐっ、これは体力が持たないな…どうする…?」
防げなくなるのは時間の問題だった。
―――――――
「きゃあ!」
靈夢は玄爺から降り飛ばされた。
体が地面に擦れて痛みを感じながらも立ち上がる。
「あの亀、振り落としたわよ!!何よ!」
「貴方を守るために振り落としたのです、靈夢」
巫女は靈夢に険しい顔を見せる。
その顔のまま玄爺に視線を向ける。
「あ…」
申し訳ない気持ちがこみ上げる。
「ご、ごめんなさい…」
巫女は靈夢に視線を戻し、険しい顔を和らげる。
「よろしい。早速ですが、もう時間はありません。貴方に私の力を全て捧げます。
あの妖怪に対して反撃しなければなりません。
仮に次の儀式で玄様に私の力が渡っても、あの妖怪に匹敵する力を玄様は得るでしょう。
それでもいい。私達はあの妖怪に勝たなければならない」
「巫女様…」
巫女は靈夢を見つめる。
「正直に言いますと、玄様に力を与えた時点でかなり消耗していました。
もう一度力を捧げた時点で私は確実に死ぬでしょう。
それでも、あの妖怪を倒してほしい。それが私の願いです」
靈夢は首を横に振る。
「死ぬなんて!他に方法は本当にないの!?」
「…ありません」
「そんな!」
「聞きなさい。まだあの妖怪は、力を出し切っていません。
私が力を捧げる事で確実に強くなる。あなたも、玄様も。
その力であの妖怪を圧倒してほしい」
「…」
「あの妖怪はまだ力を抑えている。貴方達が圧倒することで、
力を出し始めるでしょう。その時にしてほしい事があるのです。
詳しいことは床の間にメモを残しました。
何とかしてそこに書いてあることを実践してほしいのです」
「何よそれ…」
―――マスタースパーク!!―――
『!?』
「あれは何!?」
「魔梨沙!?近くにいるの!?」
呼びかけに返事はない…
「…そうか、希望が見えました」
巫女は大きな独り言を喋る。
「何?」
「あの光線を発した者は村の近くにいます。
私の勘が合っていれば、その者は神社へと来るでしょう。
私が床の間に置いたメモを彼の者が手にするまで、
それまで耐えなさい。さすれば、必ず…。」
「魔梨沙…」
(来てくれるのは嬉しいけど…でも、危険だから…いや、だからこそ…)
「早く力を頂戴。あの光線は私の友達が放ったもの。あの子を守りたいの。
だから、早く」
「分かりました。この場所で大丈夫です。それでは―――」
靈夢を座らせると、巫女はお祓い棒を持って呪文を唱え始めた。
「我命博麗之力与…………」
力を捧げる儀式が始まった。粛々と行われる間、靈夢の焦りは募っていく…。
「友達の事は分かりますが、今は何も考えないで」
「はい…」
精神を一にする。映像も、破壊の音楽も、全て遮断する。
「…力が…」
焦りとは対照的に体が軽くなる感覚。
と、同時にふと目を開けて巫女を見ると…だんだん体が弱っていく姿が見えた。
痛々しさと罪悪感からそれ以上見る事は出来なかった。口を開ける。
「大丈夫よ。これなら戦える…」
「命還其地再誕之為…」
何を言おうとお構いなしである。これは、本当に死ぬ気だ。
「もういいわ。やめ――」
「ハァッ!!!!」
ビュン――
「!?」
体が軽い。飛んでいるかのような…いや!?「飛んでる!!??」
靈夢は宙に浮いていた。直立不動でありながら、地面から離れている。
足が地面から離れている事に驚きを隠せない。
「え、えええ!!??」
「靈夢。いえ、博麗の巫女様。これこそ…博麗代々に伝わる力…空を飛ぶ力。
貴方が持っている武器の力も上昇しているでしょう。その力…あの妖怪にぶつけて下さい…うっ…」
「巫女様!!」
巫女、もとい前巫女は抜け殻になったかのように倒れる。
靈夢は前巫女を横にして目の前に座る。前巫女は顔だけ靈夢を見る。
「…私の事はもう放っておきなさい。それより、あの妖怪を倒すのです。頼みましたよ…」
「…はい!私が、あの妖怪を倒して見せます!!」
苦しそうに呼吸をしている姿は見ていられなかった。
「安心しました…。博麗の代を継承出来て私は幸せでした。
ずっと、孤独の中で本当に巫女を引き継いでくれる人が来るのか…。
そして、貴方がやってきた。こんなにも優しくて…真面目な…貴方こそ…巫女になるべき人。
ようやく…私は…やっと、解放され―――」
「巫女様?」
「………………………」
「……ぐっ……ぅぅ……」
靈夢も呼吸が苦しかった。
体の軽さとは対照的に心は重く、倒れない様に必死に支えていた。
「…あの妖怪を倒す。それがこの方の為…私のため…みんなの為!」
空に言葉を残すと、巫女は立ち上がる。
そのまま飛び上がり、紫の元へと向かう。
紫は魔梨沙と霖之助に光線を発している。
「待ってて!!」
靈夢はお札を投げる。
御札によって光線ははじかれ、消滅する。
"!?。まさか…"
「妖怪!よく聞きなさい!私は博麗神社の"巫女"、靈夢よ!あなたを倒して村を救い出すわ!」
"…さっさと貴方を消すべきだったわね。まあ、でも大丈夫かしら。まだ浮いているのも覚束ないし。
今度こそ消えなさい。"
紫は高速直線の光線を発射する。
「くっ……ん?」
(光線が遅い…。さっきは逃げるだけで精一杯だったのに。
…!。そうか、私が早くなっているんだ!)
「遅い!」
靈夢は空を駆け、光線を避けた。
"…強くなっているようね。でも、私の技は早くなくていい。確実に相手を追い詰める。死ぬまで逃げなさい"
紫は追尾光線を発する。楕円を描く光線はさっきの光線より速度はゆっくりだ。だが、確実に靈夢を追いかける。
「くっ…、でも!」
ポケットの中にあるお札を取り出し、追尾光線に向けて投げる。お札に光線が弾かれる。
「貴方には負けられないの!」
紫より高い位置にいた靈夢は体を狭めて空気を切り裂きながら、紫へ一気に間合いを詰める。
紫の目の前で足を前に伸ばし、その速度のまま放つは靈夢の蹴り。紫の胴体は勢いよく地面に叩き付けられた。
"ぐっ!ぁ…!"
「はぁ…はぁ…どう!?」
"くっ………本当に私の計画力のなさには呆れるわ。こんなに本気で戦うなんて考えていなかったもの。
妖怪の為、××の為、私は負けられない…"
―――今度こそ、本気で貴方を殺すわ―――
空に戻った紫は、その瞬間――
ギィィイン!!!
「うぁっ!」
紫から放たれる不快な音と衝撃。本当に本気のようだ。
並の人間はその衝撃で吹き飛ばされるが、
靈夢はその場に残っていた。
(こんなにすごい衝撃…吹き飛ばされそう…だけど…)
「博麗の力はこんなもんじゃないわよ!」
巫女の仕事が始まった。
"せっかくだし、お話しましょうよ"
「何であんたと話す必要があるのよ」
"いいじゃない。別に急いでいるわけじゃないし"
「さっきと違って威勢が良いのね。魔梨沙の技に驚いていた癖に」
"それは認めるわ。あんな事起きるなんて予想できなかったもの"
自身の至らなさを認めながらも余裕な表情を崩そうとしない。
"それでね、お話のテーマなのだけど"
"何で米が育たない様にしたか分かる?"
「!?。…やっぱりアンタだったのね!何が目的なの!?」
靈夢は紫の言葉に反応して語気が強まる。
"それは当然、私達に縋ってもらうためよ。妖怪は誰かに強く意識してもらわないと生きていけないの"
「?。そんなの必要なの?食べ物があれば生きていけるじゃない」
"それがそういかないのよ。人間は物質から構成されているのに対して、妖怪は精神から構成されている。
肉体なんて、あってない様なものよ。だから、食べ物なんてなくたって生きていける。
まあ、恐怖を与えるために人間を食べるっていうのもあるけどね"
靈夢は手を丸めて拳を作る、強く。
「だからって、あんな事…他人を信じられなくするまで…!」
"何を言ってるのかしら?私は人間にとって最善の選択をしているのだけど?
微笑を見せる紫は口角を片方上げ、口を開ける。
―――最悪な選択とは、人間同士で殺しあって皆いなくなる事。―――
人間がいなくなれば私達もいなくなる。人間は生きていないといけないの"
「…」
筋が合っている様なそうでない様な不思議な感覚に靈夢は言葉を出せない。
"そこでどうしたか……聞きたい?"
「…分かってるわよ。あの村に住んでいたんだから」
"まあまあ、大人になったら役立つんだからちょっと勉強しなさいな"
紫は常に不敵な笑みしか見せない。
"まず、人間の生活を少しずつ変える事から始めたの。人間を不安にさせる事がポイントよ"
(この妖怪、調子に乗って…!)
"怒らないの。それで、不安にさせる為に食べ物を少なくしていった。
面白いことに人間って、米とか言う食べ物ばかり食べてるのよね。
それを食べられなくするだけで、大変なことになるのは予想できた。
だから、米の塩基配列を変えた。食べ物の様な食べ物ではない物質に変えた。
こうして、人間の食べ物が減った"
"貴方も知ってると思うけど、山に住んでいた人間たちが村へ一斉にやってきたでしょ?"
(そうだ。魔梨沙の家に沢山の人間が押し寄せて来た…)
「…」
"やっぱりね、これも私の予想通りだった。
食べ物が無くなれば有る場所に行く事くらい。
やがて、山の麓から広げて、村周辺まで遺伝子変換を行った。
食べ物も少なくなって頭が働かなくなると、そのうち将来の事も考えられなくなる"
紫は右手の人差指を頬の脇に立てた。
"そう、ここでもう一つポイントね。人間から思考を奪う事が大事よ。
もし、何も考えることが出来ない人間の目の前に食料を与えてくれる救世主がいたらどうするかしら?
自分が生きる為なら妖怪だって、寄生虫だって崇めるでしょ?だって、そうしないと死んじゃうもの。
それが完了して、米だったものを元に戻した。私を崇めたから良くなった事にして。
品種なんて簡単に変えられるわよ。遺伝子に潜り込んで塩基の境界を弄くればいいんだから"
「…」
"そしてこれが面白いのよ。あの変な宗教が出来てから、食べ物に"お薬"を入れる人が出てきたの。楽だわぁ。
みんな、ご飯を食べるだけで信仰してくれるなんて。最初からこうすれば良かったのよ"
「!。お前…」
怒り。簡単な言葉しか見つからない。
"お話はここでおしまい。貴方を失うのは惜しいけど、
早めに消さないと大変なことになるって感覚が叫んでいるの。ひどいくらい。
だから、もうさよなら"
―――ブゥン!!
その言葉を発してすぐ、紫の体の周りにある気味悪いスキマから光線が飛んでくる。
直線の光線は、相手を撃ち落とす様な勢いで飛んでくる。
「は…はや…!」
―――ヒュゥン!!
「!?」
「靈夢様、しっかり掴まってください!」
「速い速い!!落ちちゃうわよ!」
「このくらいの速度でないとあの妖怪の攻撃に当たってしまいます。耐えてください」
「くぅ…」
この亀にしがみつくだけで精一杯だ。攻撃なんて考える暇がない…。
"攻撃出来ないなら貴方は永遠に勝てないわよ。時間の問題…
いや、面倒くさいから終わらせよ"
スキマから新しく発された光線は直線に進むが、次第に曲線へ変わる。
靈夢に追尾を始めた。
「!?なによこれ!!卑怯よ!!」
"お褒めに預かり光栄ですわ"
直線に進む光線よりもスピードは遅いが、逃げ続けることによる玄の体力はすり減る。
「…靈夢様。これ以上は…!」
(まずい、これでは靈夢様共々全滅…。なら…)
「え、きゃあ!」
高度を勢いよく下げ、靈夢を神社の近くに振り落とした。その反動を活かして甲羅を光線に向けて反転した。
甲羅に当てる事でダメージを軽減する。
「ぐぅっ…!」
光線の勢いは強く、玄は体まるごと吹き飛ばされた。
致命傷は防ぐことができたが、衝撃により神社の庭にたたきつけられた。
"あらあら、亀さんもそんなものなの?巫女から力をもらったのに?"
妖怪だけ、神であるかのように宙に浮いていた。
"じゃあ、まず亀さんから消えてもらおうかしら。さようなら"
直線の光線が意気揚々に走る。亀を貫こうと。
「くっ…避けきれない…!」
「マスタースパーク!!」
ビュゥゥン!!
「!?」
"何!?"
玄爺に向かっていた光線は極太光線の壁に当たって消えた。
「相手は靈夢だけじゃないんだぜ!」
八卦炉を空に向けたまま魔梨沙は声を張る。
「って、何じゃあの人だかりは…!」
魔梨沙は猫の妖怪を無事に倒すことができ、村の入り口の手前まで着いていた。
だが、村の入口では大勢の大人が武器を持って殴り合いをしていた。
すると、見慣れた姿がこちらへ向かってきた。
「魔梨沙!無事だったか…」
「こーりん!お前も無事なのか。って、泣いてるのか!?何があった!」
「…いや、気にしないでくれ。…ずすっ。あそこで起きているのは、
「村人同士の戦いだ」
「!?」
「そう、やっとこのタイミングが来たんだ!
村も人間も捨てたもんじゃないって…僕は思ったんだ」
霖之助はこれまでの経緯を魔梨沙に語る。
――――――――
「紫様に仇なす者は消えちまえ!!」
「くっ…、この人数は…捌ききれない…!」
靈夢の母を神社へ逃がし、その間に自分が囮になっていた。
四方を囲まれた上、一本の剣で対応するには無理があった。
「さっきのおっさんみたいに死ぬのが運命なのさ、ひゃっはっは!」
優勢になる兆しが見えない。むしろ、敵が増えている様な、そんな気さえする。
(だめだ、勝てない…ここで終わりか…。
魔梨沙、靈夢……お姉ちゃん…)
『おおおおおおおおおおおおお!!』
「!?」
『おい、何が起きてんだ、うわぁ!!』
「この村を邪教から解放するぞ!」『おぉ!』
村の門からなだれ込むように人間が押し寄せ、霖之助を囲んでいた人間を攻撃し始めた。
「え、何が起きているんだ…!?」
攻撃を始めた人間の一人が霖之助に向かってくる。
武器を収めている事を確認して、霖之助は警戒を解く。
「君が村を救おうとしている英雄か!」
「?。英雄…って何の話しですか?」
霖之助は訳が分からず、目を丸くしている。
「誰かが蜂起しているって噂を聞いてな。ちょうど村の外で戦っているっていうから、
そいつらじゃないかって皆で話してたんだ。もうチャンスはこれしかない」
「え…!今までどうやって…」
「家に引き篭もってたよ!ちょうど俺らの家に米が残ってたからちまちま食ってたさ。
信者が作る飯なんてやばいもんが入ってるに決まってら!食べた後、みんな目ぇギラギラに光らせてるもんな!」
はっはっはと笑う。今まで隠れていたストレスを発散するかの様だ。
「ところでお前さん、名前は?」
「森近霖之助と申します」
「ああ、噂に聞いていたよ。霧雨商会のご令嬢と容姿が歪な男の子が一緒に遊んでるってな」
「…」
(はぁ…)
「でも、俺たちはそんな事気にしねぇ。どんな容姿だろうが、どんな生まれだろうが、
優しい心を持っているならそれでいい。受け止めてやる。」
(!)
「あいつ、お前の仲間だろ?さっさと助けに行け!ここは俺たちで何とかする」
「…ぐすっ…うっ…」
「男なら泣くんじゃねぇ!行って来い!」
霖之助は顔を上げ、魔梨沙が近くにいることを確認した後、
迷いが晴れた顔を村人に向ける。
「ありがとうございます!!行ってきます!!」
「おうよ!!」
(…本当に、この村に生きて良かった…!)
――――――――
「…そうか。なら、神社に向かうぞ!」
「おう!」
襲いかかって来る信者に霖之助が剣を振るいながら、
人間がいない畑を周りながら神社へ向かった。
"…橙がいないわね。あいつか"
空から紫は地面にいる魔梨沙を見下ろす。
"そこの魔法使いさん。お話があるのだけどいいかしら?"
「!なんだ……言葉が…」
頭に響いてくる。
「魔梨沙!どうしたんだ!?」
「平気さ。あの化け物と女子会だぜ」
冗談を言えるくらいの余裕はある。少し目が回った時の気持ち悪さぐらいだ。
"私の家族を知らない?橙って言うんだけど"
「橙ってあの猫の事か?あいつなら私の光線で人っ飛びさ!山で伸びてるだろうよ」
紫は山の中に倒れている橙をスキマを通して確認し、
憤りを感じていた。
"…よくも私の家族を倒してくれたわねぇ、人間の分際で…!"
「人間の分際だが、この武器さえあればどんな奴でもイチコロだぜ!」
"…!!。本当にしぶとい人間ね。橙を傷つけた罪は重いわ。
もう地獄に落ちるしか償いはない!くたばりなさい!!"
光線が魔梨沙と霖之助に襲い掛かる。
「うわっ!」
―――キイン!
「こーりん!」
霖之助が持っている剣で光線を受け止めている。
「大丈夫か!こーりん!」
「何とか…弾けそうだ…はっ!!」
バシュン!
霖之助の剣は光線を弾き、山の彼方に飛ばした。
「助かったぜ、こーりん」
「いいさ、これくらい。気にしないでくれ」
"ふん!!"
しかし、光線は次々に降り落ちる。
再び霖之助は魔梨沙の盾になって光線を弾いている。
「ぐっ、これは体力が持たないな…どうする…?」
防げなくなるのは時間の問題だった。
―――――――
「きゃあ!」
靈夢は玄爺から降り飛ばされた。
体が地面に擦れて痛みを感じながらも立ち上がる。
「あの亀、振り落としたわよ!!何よ!」
「貴方を守るために振り落としたのです、靈夢」
巫女は靈夢に険しい顔を見せる。
その顔のまま玄爺に視線を向ける。
「あ…」
申し訳ない気持ちがこみ上げる。
「ご、ごめんなさい…」
巫女は靈夢に視線を戻し、険しい顔を和らげる。
「よろしい。早速ですが、もう時間はありません。貴方に私の力を全て捧げます。
あの妖怪に対して反撃しなければなりません。
仮に次の儀式で玄様に私の力が渡っても、あの妖怪に匹敵する力を玄様は得るでしょう。
それでもいい。私達はあの妖怪に勝たなければならない」
「巫女様…」
巫女は靈夢を見つめる。
「正直に言いますと、玄様に力を与えた時点でかなり消耗していました。
もう一度力を捧げた時点で私は確実に死ぬでしょう。
それでも、あの妖怪を倒してほしい。それが私の願いです」
靈夢は首を横に振る。
「死ぬなんて!他に方法は本当にないの!?」
「…ありません」
「そんな!」
「聞きなさい。まだあの妖怪は、力を出し切っていません。
私が力を捧げる事で確実に強くなる。あなたも、玄様も。
その力であの妖怪を圧倒してほしい」
「…」
「あの妖怪はまだ力を抑えている。貴方達が圧倒することで、
力を出し始めるでしょう。その時にしてほしい事があるのです。
詳しいことは床の間にメモを残しました。
何とかしてそこに書いてあることを実践してほしいのです」
「何よそれ…」
―――マスタースパーク!!―――
『!?』
「あれは何!?」
「魔梨沙!?近くにいるの!?」
呼びかけに返事はない…
「…そうか、希望が見えました」
巫女は大きな独り言を喋る。
「何?」
「あの光線を発した者は村の近くにいます。
私の勘が合っていれば、その者は神社へと来るでしょう。
私が床の間に置いたメモを彼の者が手にするまで、
それまで耐えなさい。さすれば、必ず…。」
「魔梨沙…」
(来てくれるのは嬉しいけど…でも、危険だから…いや、だからこそ…)
「早く力を頂戴。あの光線は私の友達が放ったもの。あの子を守りたいの。
だから、早く」
「分かりました。この場所で大丈夫です。それでは―――」
靈夢を座らせると、巫女はお祓い棒を持って呪文を唱え始めた。
「我命博麗之力与…………」
力を捧げる儀式が始まった。粛々と行われる間、靈夢の焦りは募っていく…。
「友達の事は分かりますが、今は何も考えないで」
「はい…」
精神を一にする。映像も、破壊の音楽も、全て遮断する。
「…力が…」
焦りとは対照的に体が軽くなる感覚。
と、同時にふと目を開けて巫女を見ると…だんだん体が弱っていく姿が見えた。
痛々しさと罪悪感からそれ以上見る事は出来なかった。口を開ける。
「大丈夫よ。これなら戦える…」
「命還其地再誕之為…」
何を言おうとお構いなしである。これは、本当に死ぬ気だ。
「もういいわ。やめ――」
「ハァッ!!!!」
ビュン――
「!?」
体が軽い。飛んでいるかのような…いや!?「飛んでる!!??」
靈夢は宙に浮いていた。直立不動でありながら、地面から離れている。
足が地面から離れている事に驚きを隠せない。
「え、えええ!!??」
「靈夢。いえ、博麗の巫女様。これこそ…博麗代々に伝わる力…空を飛ぶ力。
貴方が持っている武器の力も上昇しているでしょう。その力…あの妖怪にぶつけて下さい…うっ…」
「巫女様!!」
巫女、もとい前巫女は抜け殻になったかのように倒れる。
靈夢は前巫女を横にして目の前に座る。前巫女は顔だけ靈夢を見る。
「…私の事はもう放っておきなさい。それより、あの妖怪を倒すのです。頼みましたよ…」
「…はい!私が、あの妖怪を倒して見せます!!」
苦しそうに呼吸をしている姿は見ていられなかった。
「安心しました…。博麗の代を継承出来て私は幸せでした。
ずっと、孤独の中で本当に巫女を引き継いでくれる人が来るのか…。
そして、貴方がやってきた。こんなにも優しくて…真面目な…貴方こそ…巫女になるべき人。
ようやく…私は…やっと、解放され―――」
「巫女様?」
「………………………」
「……ぐっ……ぅぅ……」
靈夢も呼吸が苦しかった。
体の軽さとは対照的に心は重く、倒れない様に必死に支えていた。
「…あの妖怪を倒す。それがこの方の為…私のため…みんなの為!」
空に言葉を残すと、巫女は立ち上がる。
そのまま飛び上がり、紫の元へと向かう。
紫は魔梨沙と霖之助に光線を発している。
「待ってて!!」
靈夢はお札を投げる。
御札によって光線ははじかれ、消滅する。
"!?。まさか…"
「妖怪!よく聞きなさい!私は博麗神社の"巫女"、靈夢よ!あなたを倒して村を救い出すわ!」
"…さっさと貴方を消すべきだったわね。まあ、でも大丈夫かしら。まだ浮いているのも覚束ないし。
今度こそ消えなさい。"
紫は高速直線の光線を発射する。
「くっ……ん?」
(光線が遅い…。さっきは逃げるだけで精一杯だったのに。
…!。そうか、私が早くなっているんだ!)
「遅い!」
靈夢は空を駆け、光線を避けた。
"…強くなっているようね。でも、私の技は早くなくていい。確実に相手を追い詰める。死ぬまで逃げなさい"
紫は追尾光線を発する。楕円を描く光線はさっきの光線より速度はゆっくりだ。だが、確実に靈夢を追いかける。
「くっ…、でも!」
ポケットの中にあるお札を取り出し、追尾光線に向けて投げる。お札に光線が弾かれる。
「貴方には負けられないの!」
紫より高い位置にいた靈夢は体を狭めて空気を切り裂きながら、紫へ一気に間合いを詰める。
紫の目の前で足を前に伸ばし、その速度のまま放つは靈夢の蹴り。紫の胴体は勢いよく地面に叩き付けられた。
"ぐっ!ぁ…!"
「はぁ…はぁ…どう!?」
"くっ………本当に私の計画力のなさには呆れるわ。こんなに本気で戦うなんて考えていなかったもの。
妖怪の為、××の為、私は負けられない…"
―――今度こそ、本気で貴方を殺すわ―――
空に戻った紫は、その瞬間――
ギィィイン!!!
「うぁっ!」
紫から放たれる不快な音と衝撃。本当に本気のようだ。
並の人間はその衝撃で吹き飛ばされるが、
靈夢はその場に残っていた。
(こんなにすごい衝撃…吹き飛ばされそう…だけど…)
「博麗の力はこんなもんじゃないわよ!」
巫女の仕事が始まった。