Coolier - 新生・東方創想話

太陽の子ら

2021/06/23 19:54:19
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 一

「だって、フランが私に会うのって……」
 森の隙間からのぞく蒸した青空を見ながらサニーミルクが言う。
「……お外に出たいから……でしょ」
「…………」
「お外に出たいから……そのために……私を使いたいから……でしょ」
「…………」
 サニーミルクは一秒たりともフランドールを向こうとしない。そのために必死になっている横顔がフランドールには滑稽でありまた息苦しかった。
 眩しく光るサニーミルクの熱い手首をフランドールは握りしめて持ち上げた。
「因果が逆よ」
 紅い瞳がサニーミルクの頬を灼く。サニーミルクは眉をしかめていっそう青空を凝視した。フランドールはけっしてサニーミルクの手首を握りつぶさないように細心の注意を払うことへの苛立ちを幸福へ変換するように噛み締めながら手に篭める力を強めた。
「サニーに会いたいから、お外に出てるのよ」
 フランドールはすべての苦虫を噛み潰したくなるような気分で言った。そしてサニーミルクの青紫色の瞳がわずかにゆらめくのを見逃さなかった。
 手首を握られた方の拳を握りしめながらサニーミルクは言った。
「どうして……」
 フランドールを見ないようにする必要はないのに意固地になってそうしている自分を想い、サニーミルクは泣き出したくなってきたが、そんなの子供みたいなのでこらえた。
「そんなに……怖い……」
「怖い?」
「フラン、すごく怒ってる」
 フランドールは以下のように願った。
「(サニーは、私に利用されるのを嫌ってこんなことを言っている。つまり、私とビジネスライクな関係でいるのは嫌で、もっと情緒的なつながりでいたいってこと。私のことを好きってこと!)」
 唇をむずむずとさせながらフランドールは続けて願った。
「(そしていま! その好きが消える瀬戸際ということ……)」
 絶望的な気持ちがフランドールを包んだ。
「(嫌だ……私……妖精ごとき相手に……なにを……こんな……黒ずんだ気持ちになったりして……)」
「フラン?」
 サニーミルクがフランドールを見た。手首を掴む力が急に緩んだからだった。
「サニー」
「なに……」
「湖で泳がない?」
 満面の笑みを浮かべてサニーミルクは答えた。
「いいね!」



 ニ

 茫然自失ってどういう意味か知ってる? とフランドールが言うと、失われた自然が茫っとしてるの逆だから自然豊かって意味じゃない? とサニーミルクが返すので、それは“考えてる”であって“知ってる”ではない、とフランドールが言い、“考えてる”と“知ってる”の違いってなに? とサニーミルクが返すので、引き出しの中身を新たに入れるか既にあるかよ、とフランドールが言った。
「水着を持ってくればよかったね」
 とサニーミルクが言った。
 フランドールは身の着のまま湖に飛び込んだ……美しいフォームで……虹色に光る羽を煌めかせながら……。
 【ここに湖に飛び込むときの擬音】
「水着を持ってないの? フラン」
「家に帰ればあるけど。別に着なくてもいいかなと思って」
「服が濡れちゃうよ」
「別にいいかなと思って」
「風邪引くよ」
「別にいいかなと思って」
 湖から覗かせた濡れた顔でフランドールは挑発的な目つきをしてみせた。
「サニーはおりこうさんなんだ」
 サニーミルクは湖に飛び込んだ。
 【ここに湖に飛び込むときの擬音】
「おりこうさんじゃないやい。不良妖精だもん」
「不良吸血鬼とつるんでるもんね?」
 フランドールは水面に魔法陣を浮かべた。
 ポンっ、と音がして身の丈ほどの大きさの半透明なドーナツ状の物体が出現した。
「なに、それ」サニーミルクが言った。
「魔法の浮き輪だよ」フランドールが言った。「乗ってみて」
 サニーミルクは膜のような羽を羽ばたかせて水面から飛び出し、魔法の浮き輪に乗った。ドーナツの空洞にお尻を沈めてどっかりと座った。お尻だけが水に浸かった。
「どう?」
「悪くないわー」顔を拭いながらサニーミルクは言った。「水の上にいながら日光をまんべんなく浴びれてすごい! ちょっと霧がじゃまだけどー」
 サニーミルクのことばを聞いてフランドールは水中に潜った。
「吸血鬼さんってさー」
 フランドールは水中にいるのだから、もっと大きな声を出さないと聞こえない、と気付き、サニーミルクは声を大きくして再び言った。
「吸血鬼さんってさー! 水が苦手なんじゃあないのーっ!」
「ごぼごぼごぼ」
「何言ってんのーっ!」
「今のはわざとです。私はすごいので水中からサニーに声を聞かせることなど造作もないのだ。吸血鬼さんが苦手なのは、流水よ。雨とか川とか。アレって自律神経が失調するのよねぇ」
「湖って流水じゃあないのーっ?」
「確かに多少波打ってはいるけどね。今日の霧の湖は穏やかだから。このくらいなら、むしろ水の上を歩いて渡れるほどなのよ」
「見たーい!」
「いいぞ」
 フランドールは水中から空中に飛び出した。背中の虹色の翼からきらきらと飛沫が舞う。きれいだなあ、とサニーミルクは思った。
「きれいだなあ」
「私はいついかなる時もきれい」
「フランドール・スカーレット様〜! きゃ〜! いついかなる時もきれいなフランドール・スカーレット様よ〜! いま、アタシの方を向いたわ〜! いやワタクシの方よ〜っ!」
「ふっ。カワイイ仔猫ちゃんたち、争いはやめて、オレサマの美技に酔いな」
 サニーミルクの茶番にぴったり付き合いながら、フランドールはびしょ濡れの服を重そうにしてつま先から水面に降り立った。
 ぴたりと靴の先から波紋が広がる。かかとまで靴の裏を水面に合わせると、更に波紋が広がる。
 太陽光が真上から降り注ぐ霧の湖で、ずぶ濡れの吸血鬼が水面に立っているのを、ずぶ濡れの妖精が浮き輪から眺めていた。
 サニーミルクは夢中になって浮き輪から身を乗り出し、フランドールの全身と、水面から広がる波紋と、しとしとのツヤツヤになった紅い靴に注目した。
 サニーミルクが息をひそめていると、ゆっくり、そうとてもゆっくりと、フランドールは歩行を開始した。
 ひたり……ひたり……一歩……一歩……靴の裏が水面に貼り付いて……そのたび波紋がうまれて……重なる……。
 フランドールの翼に左右八つずつぶらさがる虹色の羽……そのひとつひとつから水滴が滴り落ちる……フランドールの左側にまとめられた金髪……その濡れぼそった先から水滴が滴り落ちる……その水滴も波紋を生んでいく……。
 サニーミルクは、友人であり同居人であるスターサファイアの使う弾幕を想起した。
 スターサファイアは水の上を歩ける? サニーミルクの目にしたことはない……。
 フランドールは輝かない。サニーミルクが日光を曲げてあげているからだ。艷やかな金髪も、虹色に光る羽も、太陽光に照らされることはない。
 ただ、フランドールの周囲を舞う水しぶきはきらきらとしていて……それでフランドール自体もきらきらとして見えたし……フランドールの羽根はもともとみずから光を放っていた。
 みずから光を放つものを、恒星といい、それが太陽だとか、ベテルギウスだとかにあたるんだって──スターサファイアのことばだ。『天体めっちゃ入門の本〈著・飯綱丸龍〉』を開きながら、内容をそのまま口に出して言っていた。
 フランドールの左右八つの虹色に光る羽は恒星なんだ、とサニーミルクは理解した。
 吸血鬼は太陽に弱い。
 それはきっと恒星と恒星が戦っているんだ……フランドールの十六枚の恒星と、燦々と輝く太陽が、戦争をしているんだ……サニーミルクの青紫の瞳に、フランドールの背中の恒星と、水面の波紋と、日光を遮る霧と、その上からでも照りつける陽射しが、ぐんぐんと入ってくる。フランドールは歩を進める。音を立てず。静かに。
 サニーミルクは日光の妖精だ。太陽の使者だ。そのサニーミルクが、戦争相手である、フランドールの十六の恒星の味方をしていていいのか? いますぐ、日光を曲げるのをやめれば、直射日光がフランドールを灼き尽くし、炭にしてしまう、そういうこともできる、戦争に勝てる──サニーミルクはあははと笑った。
「(いいんだ。裏切りもんだ。私は不良妖精なんだ。フランの羽が強く大きく眩しく育って太陽を灼き尽くすところまで見ててやるわ)」
「なに笑ってんの」
 フランドールが振り向いた。
 サニーミルクは浮き輪から飛び出して、湖を歩行するフランドールの隣に浮遊した。
「だってさ。けっきょく、飛べるわけじゃない。そんな水の上を歩くなんて、飛べるやつだったら誰にでもできるんじゃないの。私にもできるんじゃないの」
「あっはっは!」フランドールは水面に立ったまま高笑いをした。「やってご覧なさい。水の上を歩くのは、西にも東にも、聖人と吸血鬼だけなのよ」
「私が例外の第一人者となろう」
「できるかな?」
「サニーミルクを舐めないでよね」
 ニヤニヤと笑みを浮かべるフランドールの前で、サニーミルクはおそるおそる、高度を下げていった。
 そうして左足から靴の裏を水面に合わせようとすると──ずぼん。足首まで水没してしまった。
「あっあれっ?」
「言わんこっちゃない!」げらげらとフランドールが笑った。
 サニーミルクはこれでもかと右足も踏み出してみせた。
 やはり、ずぼん。両足が水没した。
「あれあれあれ~っ? なんで~っ!? ちゃんと飛んでるのに~っ!」
「サニーミルク、ぺろぺろ」
「舐められたー! くそーっ!」
「ほら……」
 フランドールが手を差し伸べるので、サニーミルクはそれを掴んだ。
 ざぶんと空中に引き揚がると、サニーミルクはぶーたれた。
「いったいどういった仕組みなわけ? いみがわかんない!」
「わかるようにしてあげようか?」
「どういうこと?」
「サニーが……」フランドールはサニーミルクの首元にそっと唇を寄せて言った。「吸血鬼に……私の眷属になれば……わかるわ……ぜんぶがね……」
「……私の血を吸うって言ってる?」
「そう……」
 サニーミルクはフランドールを引き剥がした。
「だめだよ。そんなの」
 きわめて真剣な眼差しをしてサニーミルクは言った。フランドールは、にゅう、と目を細めて唇を歪めた。
「なんで?」
 サニーミルクは一歩下がった。
「私がフランといっしょにいるのは、私が日光妖精だからだよ。陽射しからフランを守ってあげてるからだよ。吸血鬼になっちゃったら、日光妖精じゃなくなって、私、フランを守れなくなっちゃうよ」
「はあ?」
 途端にフランドールは機嫌を悪くした。
「あんた、今日のはじめに、自分がなんて言ったのか、もう忘れたのか!? 馬鹿が!」



 三

 魔法の森の陽射しの少ないお決まりの待ち合い場所に、フランドールがいつも通りちょっと焼き焦げになりながらも辿り着くと、サニーミルクはいつも通りそこにいたが、その表情は暗かった。
「こんにちは、サニー」
「…………」
 フランドールが挨拶をしても、サニーミルクは答える様子がなく、どこか遠くの方を見ていた。
 フランドールは不安になってきた。
「サニー、どうしたの。なにかあったの?」
「…………」
 すこしの沈黙のあと、サニーミルクはか細い声で言った。
「……フランとあそぶの、やめようと思う」
「エッ」
 フランドールは茫然自失とした。
「エッ。な。なんで……」
「だって……」



 四

「私があんたと会うのは、あんたが日除けをしてくれるからで、私があんたをこき使ってるからって言って、そういう利害関係がいやだって、あんたが言ったんじゃんかよ!」
 サニーミルクは青紫の瞳をゆらめかせた。
「たしかに……たしかにそう言った……」
「だったら!」
 フランドールは目にも留まらぬ速さでサニーミルクに距離を詰めた。
「いいでしょ……そのほうが……あんた日の力を失って、私の眷属になって、一緒にウチの地下で暮らしたほうが……そっちのほうが……友達ってことでしょ? サニーが言ったのは、そういうことでしょ!?」
「違う!」サニーミルクは叫んだ。「私がフランの……けんぞく……? っていうの……? に、なったら、それこそただの手下じゃん! いまよりもっと、しかたがないからいっしょにいるって、しょうがないからって、そういうことになっちゃうじゃん!」
「おまえは、しょうがないから私と会っていたのか!?」
「それはフランの方でしょ! だから私、そう言ったんでしょ! 私が陽の光を曲げられなくなったら、フランには私はお役御免なんでしょ!?」
「なら、いますぐやってみせてみれば!?」
「なにを!?」
 フランドールは目を見開いて、静かに言った。
「ここにある陽の光をぜんぶ私に集約して。私を消し炭にして。殺して……みせなさいよ……」
「────」
 サニーミルクは絶句をした。
「どっちが……」これみよがしにフランドールはサニーミルクの前に手のひらを差し出した。「はやいかな? 私がサニーの目を潰すのと。サニーが私を焼き殺すのと。どっちがはやいかな?」
 それから……。
 ふたりは……黙った。
 ふたりは……見つめ合った。
 ふたりは……茫然自失とした。
 ふたりは……過ごした。
 ふたりは……身震いしたり……くしゃみをしたり……鼻水が出そうになるのをこらえたり……した。
 そして……。
「どっちが……」
 サニーミルクが言った。
「どっちが……はやいだろうね……」
 やる気になったのか、と思い、フランドールはサニーミルクの目を手のひらにあつめ始めた。
 サニーミルクは続けた。
「どっちが……はやいだろうね。こうして、このまま、どっちが動くか、わからないでいて、ずうっと止まってて……どっちが……先に……ほろぶだろうね……」
「……膠着状態のことを言っているの?」
「こうちゃくじょうたい、って言うの、こういうときのことを?」
「そりゃあ……おまえ……」考えながらフランは言った。「太陽がある限り、サニーはほろびないでしょう。サニーがほろぶのは、太陽がほろぶときでしょう。太陽がほろぶのは……五十億年後だと言われているわ。私は……吸血鬼だから、五十億年程度は生きるでしょうけど……太陽がほろんだら、ほろぶだろうね」
「どうして?」サニーミルクは首をかしげた。「太陽って吸血鬼の天敵なんだから、いなくなったほうが嬉しいんじゃないの?」
「太陽がほろぶと、人間がほろぶ。人間がほろんでは、餌がなくなって、生きてはいけないわ」
「そう……そうか……」
 フランドールの言説にサニーミルクは頷いたが、すぐにその頷きを取り消した。
「いや。違う。違う……」
「どこが? なにが違うっての?」
「フランは太陽と戦争をしているんだよ」
 フランドールは、「は?」と思った。
「は?」
「太陽はほろびるんじゃない。フランによってほろぼされるのよ。そして太陽がほろぼされたとき、フランの背中のその十六の恒星が、あらたな……その……なんか……宇宙の……アレが……なんか……始まるんだよ」
 フランドールは自分の背中を見た。淡く光る左右八つずつの虹色の羽。
 ──こいつはこれが恒星だって、そう言っているのか?
「だから……先にほろぶのは……私だわ。フランが太陽に勝って、それでほろんだ太陽とともに、私もほろぶ」
「え……」フランドールはおろおろし始めた。「そんなのいや。そんなのだめ。私より先にサニーがほろぶなんて。そんなのぜったいにだめ」
「太陽がほろんで、フランの十六の恒星が……その……なんか……新しい……宇宙を……こう……始まったら、みんなそれをたよりに生きていけて、人間もほろばないで済むし、フランや、フランのお姉さんも、太陽に苦しまずに快適に過ごせるようになるよ。私がいなくても、傘を差さなくても、お外を歩けるようになるよ」
「だめ。だめ。サニーがいなきゃやだ。サニーがいなきゃだめ。サニーがいなきゃお外を歩けない私じゃないとやだ」
「私、太陽がほろんで、フランの十六の恒星が新しい宇宙をはじめても、それを見られないのは、残念だけど、きっと祝福できるわ」
「だめ、だめなの、だめだって、そんなの耐えられない、私、そんなの、新しい銀河系ができたって、サニーがいなくちゃやだ」
 フランドールは、サニーミルクが始めた十六の恒星がどうとかいう荒唐無稽な物語に呑み込まれていることを自覚しつつもそれを止められないでいた。太陽がほろぶことで、付随してサニーミルクがほろぶとしたら、しかも新しい銀河系が始まって、サニーミルク以外のものはほろばないとしたら、それは許せないことだった。フランドールは生まれ持った吸血鬼としての特性ではなく個人的な妄執によって太陽の存在を憎んだ。はじめてのことだった。
「銀河系、そう、銀河系ね、フランは物知りだよね、やっぱり。そうそう、太陽系っていうんだよね。いまの宇宙の状態がね。思い出した思い出した。それで、太陽系が、フランドール系になるって話をしてるんだよね。ふふふ。フランドール系だって。いいね。うん。いいと思う」
「よくない!」
 張り裂けんばかりにフランドールが叫んだ。サニーミルクはびっくりして、うっ、となった。
「サニーが、ほろぶのは、絶対によくない!」
「そんな……」サニーミルクはよろめいた。「どうして……私なんていなくたって、フランはお外でやっていける世界が来るんだよ?」
「お外なんてどうでもいいのよ!」
 フランドールは叫びすぎて枯れ始めてきた声を振り絞った。
「私はね! 別に日の下歩くことに興味ないのよ。メイドに世話させて本でも読んで部屋で過ごしてりゃあそれでじゅうぶんなんだから。外に出るなんて七面倒なこと、この私がわざわざやる必要なんてどこにもないし、外への好奇心なんて一切ないのよ!」
「じゃ……じゃあなんで……いつも……私と……」
「サニーと……!」
 竜頭蛇尾になりながらフランドールは言った。
「サニーと……遊びたいから……。サニーが……好きだから。サニーと一緒にいると……気持ちいいから。部屋にいるよりも……傘を差して外にいるよりも……サニーと一緒にいるのが……うれしいから……たのしいから。サニーは……私を好奇心の世界に連れて行ってくれるから……。だから……好きなの……」
 フランドールはほとんどサニーミルクにすがりついていた。サニーミルクはフランドールのそんなところ見たことがなかったので狼狽をした。
 サニーミルクの目はとっくにフランドールの手のひらからはなれていた。
「私……」泣きそうになりながらサニーミルクは言った。「私……ひどいことを言った。フランがそんなふうに想ってくれてたなんて知らなくって、私はフランの友達だと思ってるのに、フランは私を友達だと思ってなかったら、いやだなと思って、私のことべんりに使ってるだけだったらいやだって、勝手に決めつけて、ほんとうにひどいことを言った。ごめんねフラン。ごめん……」
 フランドールは首を横に振った。
「いいの。いいんだ。口に出さなかった、今まで、言葉にしてこなかった、私が悪いの。そう思われても、仕方なかったって思うわ……」
「ううん。フランは悪くないよ。ひとり決めした私が悪いんだよ」
「サニー、サニー、サニーのこと、好きだよ。友達だって、想ってるよ」
「私も、フランのこと、友達だって思ってる。好きだよ、フラン」
 霧の湖の上で、二人は抱きしめ合った。吸血鬼のつめたいぬくもりと、妖精の自然のぬくもりが、伝わり合って、混ざり合って、水滴になって、落ちていった。
 波紋がひろがってゆく。
「ねえサニー」
「なに、フラン」
「五十億年後、太陽がほろんだら、私、あなたを眷属にしてあげるわ。そうしたらもうサニーは日光妖精じゃないんだから、太陽がほろんでも、サニーはほろばなくて済む。そうして私の背中の十六の恒星が新しい銀河を始めたら、またいっしょに遊ぼう。いろんなところに行こう。また私を好奇心の世界に連れて行って」
 見たこともないほど穏やかな笑みをしてフランドールがそう言うので、サニーミルクは頷く以外の選択肢を持たなかった。
「うん……いいよ。太陽がほろんで、フランドール系ができて、吸血鬼が日の光に怯えなくていい世界が来たら、私、フランに噛まれて、吸血鬼になるわ」
「フランドール系じゃなくて、スカーレット系がいいな。お姉様をリスペクトしたいし、サニーのことも、サニーミルク・スカーレットにしたいから」
「うん。いいよ。スカーレット系にしよう」
「その時までは、日光から私を守ってね」
「必ず守るよ。フランは私が守るよ」
「約束だよ」
「約束」
「五十億年後よ」
「五十億年後ね」
 ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーらはりせんぼんのーます。
 ゆーびきった。
「それにしたって、サニー」
 十六の恒星がどうとか、戦争がどうとか、スカーレット系がどうとか、所詮はサニーミルクが描いた絵物語だ。ほんとにそんな未来が来るなんて──来たらいいな、とは願っていても──フランドールは思っていない。
 それを承知しながらも、絵物語が事実だという前提を心の中でつくりあげて、フランドールは言った。
「私の恒星と、太陽が戦争してるんでしょ。サニーは太陽軍じゃないの? いいの? 私を守るなんて約束して」
 それを聞いたサニーミルクは、にいやりと得意げな笑みを浮かべて、人差し指を立てて、言った。
「不良妖精だからね」
 そして、次のように続けた。
「へっくしゅん!」
 くしゃみだった。
「…………」
「…………」
 二人は、今更になって、着衣で湖に飛び込んだりしたことを、じぶんたちはなんておろかな生物なんだ……と後悔し始めてきた。
「次泳ぐときは水着を持ってこよう、フラン」
「そうねサニー。“別にいいかな”じゃないわ。よくないわこれ」
「水着を考えたひとって賢いんだね」
「そうね。そう思うわ」
 びしゃびしゃになったお互いを見て、なんだかおかしくなってきて、フランドールとサニーミルクは笑い合った。
「サニーが湖の上歩けるようになるのは、五十億年後ね」
「待ち遠しいなぁ……」



【了】



気に入らねぇな。霧の湖から帰ってきてから、サニーの様子がどうもおかしい。なんかきな臭ぇ。そんな折、ピースが上司から紅魔館に侵入するように頼まれたので手伝って欲しいと言ってきた。紅魔館。大物だぁ……。相手にとって不足はねぇ。ルナも連れて行く。だが、そんな私達の前に、復讐の鬼と化したフランドールが立ちはだかる! どうしたんだサニー! 早く帰ってきてくれ!
次回、銀河妖精フラサニガー、参る!
疾楓迅蕾
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
5.100南条削除
面白かったです
スケールの大きいフラサニでした
6.100Actadust削除
ド直球な百合でした。お互いがお互いを求めているのに妙な勘違いからすれ違っていく感じ、すごくいいです。あら^~
7.100名前が無い程度の能力削除
思い悩む二人が微笑ましさと愛おしさに溢れてて好きでした。
10.100サク_ウマ削除
あまりに感情が重いのすげーたすかる。サニフラはいいぞ。
【ここに湖に飛び込むときの擬音】とか「ぺろぺろ」「舐められたー!」のやりとりとか、細かいところでくすっとさせられるのが本当に上手いと思います。
ご馳走様でした。良かったです。