Coolier - 新生・東方創想話

暮れなずめ

2021/06/02 22:10:45
最終更新
サイズ
3.79KB
ページ数
1
閲覧数
1521
評価数
11/16
POINT
1290
Rate
15.47

分類タグ

 だって、できるもん。
 永琳はそう思って、夕焼け空に手を伸ばした。



 夕焼けは『さよなら』の色なのだと、メディスンは言った。

 オレンジ色に染まった鈴蘭畑で、お人形の集会。輪っかになって座った人形たちからは、少し離れて、その暗い眼差しの人形は、手頃な岩の上に座り、一段上から集会の様子を俯瞰していた。
 物憂げな、小さな女帝。
 メディスンは膝の上に、塩化ビニールのおもちゃの人形を乗せている。古臭い感じのするその子は、打ち捨てられた人形たちの中にあっても、自分に自信が持てないでいた。メディスンの造り物の瞳は憂鬱そうに澱み切っていたけれど、膝の上の子をそっと抱く手付きだけが、全体の印象から乖離して優しげだった。
 すぐそばには赤と青の置物。時折、メディスンが話し掛けると「そう」と応じるので、置物ではなく永琳が立っているのだと知れた。あまりに先進的に過ぎる機械は、せめて動いていないと奇妙なインテリアと区別が付かない。
 この鈴蘭畑には、狭い意味での生きた生き物はいなかった。あるのはただ、物だけ。

 人形は人形にしか聴こえない声で活発な議論を交わし合っている。飛び飛びでまちまちだった話題は、ある時に、子供達と遊んだ思い出に及んだ。
 人形と言っても色々で、女の子のお人形だけなく、中にはプラモデルといった、男の子のおもちゃもいた。やんちゃな子供の持ち物だった子なら、外に連れ出してもらったこともあるのだろう。いいえウチの中のおままごとだって事情は同じよと、すらりとしたスタイルの人形が言った。電池で動く恐竜のおもちゃが目を光らせて威嚇した。メディスンはそのあたりで一声かけて、喧嘩を諫めた。
 誰かを愛することができた人形って、幸せ。
 思い出を持っている人形もいれば、持っていない人形もいる。
 思い出は人形の財産で。財産はたやすく、争いの種になる。
 例えば、ある子供の持ち物は、他の子供達が家に帰らないといけない時間いっぱいまで、注目を集める自慢のおもちゃだったとか。全ての人形が、そういう財産を持っているわけでもない。活発な議論は、思い出自慢大会へと移り変わっていた。
 人形達は好き勝手に喚くばかりで、メディスンの思う通りには動かない。それなのに、鈴蘭畑には定期的に存在を忘れられた人形が漂着する。その子らもやっぱり、メディスンの思う通りには動かない。外の世界で忘れられる子供のおもちゃは後を絶たない。いつしかメディスンは、ひどく疲れた眼差しをするようになっていた。

「……それは良かったわね」

 過日の思い出を語る塩化ビニールの塊に、メディスンは労わりの声を掛けた。
 そして、夕焼けは『さよなら』の色なのだと、メディスンは傍らに置いてある永琳に向けて言ったのだった。

「子供が楽しいなら、大抵、おもちゃも楽しいものよ。名残惜しいのは、あの子達も同じ」

 自分は子供のためにある物だから。そんな意識が高く、お姉さんぶって、子供達を律する人形がいて、たとえ喋らない物であっても、さりげない仕草で誘導することがある。もちろん、駄々を捏ねる困った人形もいるけれど。

「子供の見る夕焼けは時として、思いがけないほどにさみしくて、切実なものになる」

 稜線に半分だけ沈んだ太陽から、赤色がとろけて滲み出る。空から見下ろしたなら、谷間の鈴蘭畑に黄金色の樹液を流して込んで、琥珀に固めようとしているみたい。
 本当に、固まってしまったみたい。
 太陽が丘の向こうに隠れようとしてから、どのくらいの時間が過ぎたのか、誰にも分からない。三時間くらいのようでもあるし、三日間くらい、ずっとこうだったようにも思える。

「分からないわ」
 と、永琳は心底不思議そうに呟いた。
「さよならが嫌なら、しなくても良いのに」
「人間は、貴方ほど何でもできる生き物ではないの。暗くなったらもう帰る時間だし……お人形遊びは、いつか卒業するものだわ」
「そう」
 永琳は、まだ納得した顔をしていない。
 恨めしげに、夕陽のことを睨んでいる。貴方が沈むからいけないんだわ、とでも言いたげな顔。
「あのね、永琳。もう、帰らなくちゃいけない時間よ。おうちの人が、待ってるわ」
「まだ夕方よ」
「そうね。ずっと、夕方ね。ずっと、ずっと、夕方のまま。もしかしたら永遠にこのままかも知れない。でも、時間は時間」
 メディスンは毒のように纏わりつく倦怠感を振り払って、もう一度、頑是ない無垢な子供に諭して聞かせるように、誠実に繰り返す。
「おうちの人が、待っているわよ」
「それもそうね」
 と、永琳は言った。

 奇禍は去った。
 もうすぐ日が暮れる。
 じゃあね、バイバイ、また明日。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.250簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
おお…うまくいえませんが、なんだかとても良かったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.90夏後冬前削除
メディの方が大人という永メディの斬新さにやられました。面白かったです。
5.100南条削除
面白かったです
綺麗なお話でした
7.90名前が無い程度の能力削除
万能感で満ち溢れた永琳と達観しているメディの掛け合いが、儚げで綺麗でした。もっと浸りたいと思ってしまったのでこの点数で……
8.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
9.100Actadust削除
この逆転のアンバランスさがすごくいいです。すごく素敵でした。
10.100めそふ削除
すごくよかったです。
夕焼けと鈴蘭畑にが織りなす情景描写の美しさと、メディスンの切実さの空気感がとても素晴らしくて、本当によかったです。
12.100名前が無い程度の能力削除
メディスンの人形と言うには大人びすぎている様子に何か業を感じました
13.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
15.100サク_ウマ削除
メディスンの人形へ向ける優しい視線の裏におびただしい数の残酷な記憶が垣間見えて寂しい気持ちになりました。全能に近いが故にその記憶を「理解できない」と拒絶する永琳がメディスンの傍にいることが、彼女の救いであったら良いな、と思います。
とても好きな空気感でした。良かったです。