Coolier - 新生・東方創想話

でも記事にはなった

2021/05/28 21:32:34
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 管狐という種族ゆえであるか、はたまた後ろめたいことでもあるのか知らんが、典は狭いところを好む傾向にある。目抜き通りに差し掛かれば必ず裏路地へ回るし、私が買ったベッドには見向きもせず、ベッドの入っていた段ボール箱に潜り込むし、寝ている私の脚の間に挟まろうとする。広いからゆったりできるとか開放的で気持ちがいいとか、そういう観念を嫌悪している節すらある。だいたい普段の話し方からして、その片鱗が出ている。小耳にはさみましょうとか、お耳を拝借とか言うが、結局のところ、話すときに耳の穴という狭くて小さなモノを見てないと落ち着かないだけじゃないのか、と思う。気の小さな女狐なのだ。

 そんなわけで典を散歩に連れていくときなんかは、いつも大変な苦労を強いられる。なんせ典の奴、狭いところ細いところがあれば、つったかたったか進んでいく。あとを追う私の苦労など気にも留めてない。私はこれでも大天狗なので、往来を歩けば下っ端天狗やら、うだつの上がらない神やらなら、私のために広く道を開けるのが常である。というのに、典を連れているときに限っては、まるで攫ったばかりの人間にでもなったように人目を忍ばされる。路地裏へ入り込み、汚い植木鉢の隙間を抜けて、塀の下を潜る。街並みというテクスチャへ波縫いを入れる裁縫針にでもなった気分だ。

 そういうのが常だからこそ、見誤ったとも言える。

 そも、狭い所というのは何か。ここでは単純に、通過可能な面積が極端に小さい場所と定義しよう。典が狭い所を好むというのは、なにも無限の欲求ではなく、明確なラインが存在する。それが無ければ彼女は、嬉々として針の穴を潜る糸通しにだってなっただろう。しかし現実、典は管狐からの脱却は考えたこともなさそうだ。これは典の中の基準が明確なゆえである。そしてその基準というのは単純で、『自分の身体が通るか否か』なのだ。
 言ってしまえば、あぁ、なんだという気持ちになる。だが、この基準は曲者だ。典は自分の身体が通るギリギリの狭さを愛していて、好みの穴を見つけた典はそれだけでワッと頭がいっぱいになってしまう。まるで盛りのついた人間の雄のようだと言えば、その尋常ではないことが伝わると思う。自分をピッタリと飲み込む穴へ、無理やりにでも身体をねじ込む快楽以外の全てを、典は考えなくなってしまうのだ。

 たとえ、その穴の先が公衆浴場に繋がっていても。
 たとえ、その穴が主である私にとっては、狭すぎて進むことも戻ることもできなくなる面積であっても、だ。

「……どうしよう」

 ピッタリと私の腰を捕らえて離さない穴にハマった私は、自身のあまりの情けなさに顔を覆う。先に穴を通り抜けた典は、壁穴にハマった私を押したり引いたりしてくれたが、やがてどうしようもないことを悟ったのか、こーん、と弱々しく鳴いたりしていた。

「でも龍さま。まだ浴場は営業時間外です。誰もいないことは好都合でございました」
「誰も居なければいいって問題じゃないだろう。公衆浴場を隔てる壁にハマっているという事実そのものがマズいのじゃないか。浴場に空いた穴に頭から突っ込んでいく者を、他の者が見たらどう思うと?」
「はい、欲情したのかな、と思われるかと」
「典はユーモアがあって可愛いなぁ」

 私は右手を伸ばして、典の喉元を撫でてやった。くるる、と喉を鳴らし、うっとりと目を細める典は愛嬌があって実に癒しだが、癒されて現実を忘れているわけにもいかないのだ私は。

 大天狗だぞ。
 何が悲しくて出歯亀のような醜態をさらさなくてはならないのか。
 一刻も早い解決が求められる。

「そもそも典が通れているんだ。私が通れない道理はなかろう」
「そうですね。本当に申し訳ありません、龍さま」
「なに、お前の性癖を見誤った私が悪いのだ」
「口を挟むようですが、龍さまが見誤ったのは私ではなく、ご自身のことではないかと」
「……うん、つまり?」
「ここで、お耳を拝借」
「許す。言うがよい」
「はい、失礼いたします――」

 私が通れる穴を、龍さまは通れないのですね。
 それは単純に、龍さまのお身体が、私よりも太いというだけのこと。
 惨め。無様。でーぶ、でぶでぶ、百貫でぶー。

「――以上でございます」
「うーん、思ってた以上に痛い所を突くなぁ」
「申し訳ありません」
「ちなみに腹が閊えてるわけじゃないからデブではない、とは主張しておきたい。どうもこう、骨盤の辺りがな……」
「なるほど、大天狗というのは、お尻が大きいということを意味するのですね」
「なるほどじゃないんだよなぁ」
「そんなデカ尻さらして、よく大天狗の椅子にケツが収まるものですね。安産型で実にいやらしくて素敵です。頼むから死んでください」
「典はヒトを傷つける言葉のチョイスが的確だなぁ。百発百中じゃないか」

 私は左手を伸ばして、典の耳元を撫でてやった。ぷるぷるとくすぐったそうに震える典の耳は実にキュートだ。だが問題は何も解決していない。もうデブでもデカ尻でも何でもいいから、とりあえずこの状況を打破したい。私は大天狗だが、女の子でもあるのだ。女の子が自分の下半身を壁から生やしている状況というのは、全く健全とはいえない。路地裏なのが幸いして周囲に人気はないが、いつ誰が来るとも判らないし、仮に誰か来れば今度は人気のなさが災いして大変なことになると思う。

「龍さま、ご覧ください。あそこに石鹸が」
「む? 本当だ。でかしたぞ典。あの石鹸で滑りを良くして、ハマっている尻を外そうという算段だな」
「はい。ヌルヌルにして抜いちゃおう、という作戦でございます」
「うーん……よし、やってくれ」

 何だかいやらしい口ぶりに不安を感じなくはないが、他に手段はない。典の思うがままにやらせてみよう。典は小走りで石鹸と手桶を取りに行き、手桶に湯を張って戻ってきた。

「では、始めます」
「あぁ、よろしく頼む」

 典が石鹸を手桶の中に入れて、私の前で膝を折る。正座の姿勢を取った典は、石鹸を手桶の中の湯でクルクルと混ぜ、石鹸水を作り始めた。
 石鹸が湯に溶けていく音が響く。

 タパタパタパタパ――。

「…………」
「…………」

 タパタパタパタパタパタパタパ――。

「……なぁ、典」
「はぁい」
「どうしてお前が手桶で石鹸を混ぜてるだけなのに、私は変な緊張を覚えているんだろう」
「私が龍さまをヌルヌルにして抜いちゃうのを、今か今かと首を伸ばして待っているからでは?」
「間違ってない……間違ってないはずなんだけどなぁ……」

 なぜか不安だ。子どもに見せてはいけない、と私の本能が全霊で警鐘を鳴らしている。いや、大天狗が壁穴にハマっている時点でもうアウトなんだが、それでも、それでも。

 その時、私の尻に悪寒が走る。
 誰かが近づいている気配がする。

 それも一人ではない。複数人で談笑している声が遠く微かに、だが確実にこっちに迫ってくる。
 ぜ、絶体絶命のピンチ……!

「典、マズい。誰か来る。早くその石鹸水を――」

 と言いかけたところで、典が手桶を自分の頭の上でひっくり返した。
 白濁した液が、だばぁ、と典の全身を濡らす。服はぴっちりと典の肌に張り付き、透けて肌の色を透かして映す。ピチャ、ピチャと水滴が典の身体から零れる様は実に悩ましいものだった。

「……自分に掛けてはマズいと思うのだが」
「も、申し訳ありません、つい、いつもの癖で……」
「シャンプーハット無しでも頭を流せるようになったのだな。偉いぞ。でも今は私の救出に使ってほしかったなぁ」
「龍さま、私を見てください」

 典が私の目を見て、小さく微笑んだ。そして自分の身体の上で両手をヌルヌルと動かし、全身に泡を擦り付けるような動作を見せる。
全身に泡を纏わせた典の姿は、実に艶やか――というかただ単純にエロいな、と思った。

「……何してる?」
「タマミツネです」
「そっかぁ、タマミツネかぁ」

 典は泡姫ではなく、泡狐竜の真似をしていたに過ぎなかった。私の心が汚れていたのだ。石鹸で洗い流してほしいところだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。自分の失態をモノマネで乗り切ろうとする典はチャーミングだが、どうやら私はここまでのようだ。

「仕方ない。いまから来る誰かに助けを乞うしかあるまい」
「よろしいので?」

 身体をプルプルっと震わせて石鹸水を飛ばした典が、小首を傾げて尋ねてくる。

「先んじて事情を話せば判ってくれるだろう。私も少々の恥程度ならば目をつむる。私が恐ろしいのは、これから来る連中がエロ同人の竿役である場合と、直属の部下である場合だけだからな」
「私が龍さまのお尻の方へ向かい、事情を説明するという手も」
「さっきまでならば何とかなっただろうが、今のお前は濡れ透けフェチ特攻がついてるので駄目だ。そういうプレイだと思われる」
「お役に立てず申し訳ございません」

 しょんばりと肩を落とす典に、私は首を横に振り、

「その気持ちだけでも嬉しいよ」

 そう告げる。私ひとりの恥くらい何ということはないのだ。典はただ偏執的に穴を攻めることが好きなだけで、こうなってしまった責任は私にある。これくらいのことを飲み込む度量失くして、何が大天狗だ。大天狗の大は器が大きいの大なのだ。尻が大なわけじゃないことを典にも判らせてやらねば。

「さて、ここはひとつ、私のこのザマを笑い飛ばしてくれるような奴に来て欲しいところだが」
「笑い飛ばされる」

 典がフムフム、と首を振りながら私の言葉をオウム返しする。かと思うと私の耳元に口を寄せてきて、

「……本当は?」
「できれば慎み深い者であってほしい。さすがにこんな状態の私を喧伝されては困るのでな」
「……からの?」
「私より若い男だとより好ましい。だからと言って、こんな状態の私に性的なイタズラを働くのではなく、むしろ頬を染めて照れながら助けてくれるような奴だと、私的に好ましい」
「……かーらーのー?」
「年収と身長は私より高くて、レオナルド・ディカプリオ似のイケメンで長男以外。酒は私に付き合えるほど飲むけど酒乱じゃなくて、煙草は吸わない方がいい。掃除と洗濯やってくれて、料理もちゃちゃっと作れる程度には器用で、でも私の手料理にぞっこんになって欲しい。子どもができても夫婦の時間を作ってくれて、趣味も私に合わせてくれる綺麗好きな人で、なおかつ指が細くて長い、そんな男と出会って恋に落ちて結婚したい!」
「うわ……」
「引かないでよぅ」

 典が冷たい目で私を見下ろしてくる。視線が痛い。だが私はくじけない。諦めない。妥協しない。結婚の条件は下げない。必ず私に見合ういい男はいるはずなんだ。違う。今は私の婚活についてはどうでもいい。

 頼む。
 多くは望まない。
 求める条件はたったふたつだ。エロ同人の竿役みたいな卑劣漢じゃないことと――

「――ねぇ、文! 見て! 壁尻だよ! ジャパニーズ壁尻! エロ同人みたい!」
「あややや……っはっはっはっは!! アーッハッハッハッハッハ!!!」

 私の直属の部下じゃなければ良かったのになぁ。

「……龍さま」

 ものすごい勢いで写真が撮られる絶望の音が聞こえてくる中、典がしゅんとした表情で私を見てくる。
 終わった。

「……うん、何も言うな。もう駄目だ、私は……」
「ここでお耳を拝借」
「うん?」
「はい、失礼します――」

 よりにもよって新聞記者の部下二人に見つかるとか、ついてないですね。
 威厳もへったくれもあったものじゃないですね。明日の朝刊の見出しは、壁から生えた龍さまのデカ尻に決定です????
 お尻に『彼氏募集中』って書いておいた方がいいですか?

「――以上でございます」
「典は本当に弱った奴の隙を見逃さないなぁ。切れ味の鋭さじゃ幻想郷で並ぶ奴がいないんじゃないかと思うよ」
「恐縮です」

 うん。なんと言うか、うん……。
 もう逆になんか気持ち良くなってきた。
『彼氏募集中』と書かれるのだけは回避できた
夏後冬前
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コメント



0.420簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
とりあえず石鹸水でぬるぬるの典ちゃん貰っていきます。ください。
2.100名前が無い程度の能力削除
メンタルクソ強天狗
4.100石転削除
まあ大天狗はケツでかいでしょうね
5.100名前が無い程度の能力削除
おっ、こんなとこにいい尻があるじゃねぇか
6.100南条削除
面白かったです
何を言われようと冷静さを失わない飯綱丸に器の大きさを感じました
7.100めそふ削除
てっきり典が分からせられると思ってたらまさかの飯綱丸でしたか…
メンタル最強の飯綱丸とボケと尖り方が凄まじい菅牧のやりとり、めちゃくちゃ面白かったです。ちょっと下品な要素も含まれながらも、それをしっかりと笑いに変えられるほどの絶妙な度合いに抑えられているのがとても好きでした。
8.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
12.100名前が無い程度の能力削除
ぼかぁ短くて笑える話が一番好きなんだ
17.100サク_ウマ削除
クソ狐が最高にクソ狐してて最高でした。すき。
18.100名前が無い程度の能力削除
記事になっちゃったか。最高ですね。