お引越しの当日。
「皆、忘れ物はないか?」
「ないぜ。あるとするなら、家族かね」
「…僕は大丈夫です」
「お父さん、行きましょう」
「じゃあ行くぞ!」
………
「男女が不貞など紫様の理念に反します。パージです」
「金が無いから物を盗むしかなかった?パージです」
宗教は過激を極め、優性思想を強く匂わせるようになった。
―――紫様の教えに異を唱える者は全てパージせよ―――
「こりゃやばいな…」
「そうね、引っ越しという判断は正しかったと思う」
空飛ぶマジカル紫教信者になるべく近づかない様に村の門へ進む。
………
「何の用でしょう?」
門番が立ちはだかる。
(うわ…どうするのよこれ)
(靈夢、父ちゃんに任せろ!)
「家族でちょっと旅行しようかなと思いまして」
「旅行?…どちらへ?」
「帝都にでも行こうかななんて。西洋の機械がたくさんあるそうでしてね、見物にと」
「東京まで…ふぅん………」
「何か怪しいですね。本当ですか?」
(おい!靈夢の父ちゃん!私に替われ!)
(おう…)
「すまんすまん。東京っていうのはちょっとした冗談だ。
私達は霧雨商会の関係者で村の外の田んぼを調べたいんだ」
「ああ、そういえば最近は紫様のおかげで村の外でも米が作れるようになったようで。ありがたいですね」
「それで、調べるために長居するからちょっと大荷物でね」
「そうですか…ご苦労様でございます」
「お気をつけて。山の中には妖怪がいます。そこまでは行かないとは思いますが」
「おう、ありがとな」
………
「あー怖かったわ」
「チョロかったな。てか、事前に話を作っておくべきだったぜ」
「ありがとな魔梨沙ちゃん。助かった」
「お父さんは嘘つくのが下手なんだから誰かに任せれば良かったのよ」
「おぅ…それは傷つくぞ…」
一行は、山に向かって歩き出した。
――――――――――――
「んで、どこに引っ越すんだ?山の方に何かあるのか?」
「全然決まってねぇ。山から村にみんな来てるんだから、
一つや二つ空いてる家ぐらいあるだろ」
「もうちょっと計画っていうのをな…」
…目的地なんて決めていなかった。
………
なんだかんだ、一行は家を求めて山に向かって歩いていた。
道に広がる田んぼの稲は霧雨商会の努力もあって力強く実っている。
「これなら、村の外で住んでも生きていけるな」
「噂は本当だったのね、霧雨商会が米を育つようにしたというのは」
「そうだな。上手く行った時は家の中が騒がしかったのを覚えてるぜ」
「うれしいだろうなぁ。僕も八卦炉が完成した時はすごく嬉しかったし」
「…そうなのかもな」
やがて一行は、誰も管理していなさそうな家を発見した。
「この家は大きいな」
「恐らく、村にやってきた山の近くに住んでいた人の家だと思う。
他にも似たような建物が沢山あるから、この辺りで大工専門として働いていた人がいたのかも」
「ほぉ!霖之助ってやつは頭がいいんだな!」
「私のこの八卦炉っていうのを作るぐらいだからな。これで、下手な大人に対抗することができる」
「へぇ、靈夢ってすごい友達と仲良くなるもんだ。霧雨商会のご令嬢と頭が良い友達と」
「まぁね。この子たちは私が一番信頼できる友達よ」
「そんな事言われると照れるぜ…」
「靈夢…ありがとう」
「いいのよ、私の本心なんだから」
靈夢の父は玄関の扉を開けた。
「ほぉ、いいじゃないか!十分暮らせる広さだ」
「基本的な設備は全て揃っているわね」
「…何か、臭くないか?」
「こんなもんじゃないの?どうせ、肥料とかそういうのでしょ」
「そうか…」
「よし!早いけどここに住むか!」
「お父さん、あんまり早いんじゃないかい?私は構わないけど」
「…まあそうかもな。なら…」
「皆はどうだ?この家に住みたくないって子はいるか?」
「私はいいわよ」
「僕もこの家に住みたいです!
(……あれ?床の間のテーブルにあるアクセサリー…)」
「問題ないぜ。ここに住もう」
「魔梨沙ちゃんは今まで大きい家に住んでいたから狭いと思うけど大丈夫かな?」
「もちろんだぜ、そんな事は覚悟してた。
というか、いつも本ばっかり読んでたからここより狭い部屋にしかいなかった」
「よし、全員一致だな!」
一行は早速、住むことに決めた。
それぞれの部屋をどう区切るかをまず決める事にした。
の、だが…
「きゃああ!!!」
「!!?、お母さん!!どうしたの!?」
「ほ、骨が…」
「…なんだ、これは…」
「…どうりで臭いと思ったぜ」
奥の間にいた死体。
服から染み出した体液や油で床が濡れていた。
「軍服…という事はこの前の軍人か」
「あの場から逃げ出したのかな」
「妖怪に対抗出来なかったのね」
「…んで、この机の上にある紙は遺書なんだろうな」
「死ぬことが分かって書いていた…攻撃を受けたのね」
「なんか、可哀そうだな。村の敵ではあるけど」
「この人には申し訳ないが、ちょっとだけ遺書を読んでもいいかな?」
「お父さん…人が悪いわよ」
「すまんな、こういうのには興味を持ってしまってな」
「もう…勝手に読んだら?」
靈夢の父は遺書の様な紙を読み始める。
………
「………!!」
「どうしたのお父さん?凄い顔をしてるけど」
「ちょっと待ってくれ…」
「…皆、これは単なる遺書じゃない。今から全て読み上げる。心して聞いてくれ」
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
遺書
これを誰かが読んでくれることを願っている。
我々は遠征先の性質を都度調べるべきだった。あんな化け物がいるなんて想像もつかなかった。
少しはいるだろうと思ってはいたが、我々の銃が効かないなんて考える由もなかった。
我々の部隊は全滅だ。
そもそも今回の人手は足りてなかったんだ。
数年前の薩摩との戦によって国の財政は厳しくなった。松方財政によるデフレ政策は、農民と地主の格差社会が発生した。
そのせいで農民である俺の家族の生活もどんどん厳しくなった。
俺は何としても家族に豊かな生活をして欲しくて、地主に畑を売り、その金で陸軍に志願した。
今回の遠征は俺と同じ境遇の野郎だ。鍬しか持った事のない俺たちは皆武器の扱いが下手だった。
しかし、今回の目的は村の人間を徴兵させる事である。それだけなら、俺達でも上手くいくはずだったんだ…。
我々は、村へ進駐し、徴兵を要求した。反対した村民に隊長が慈悲もなく討った後、謎の女が"空に"現れた。
黄色の髪をして、紫色の服を着ていた。
その姿は薩摩が戦ったとされる"エゲレス人"の特徴そのものであった。
隊長は感情的に動いてしまった。
隊員を散開させる事で錯乱させようという作戦を取ろうとしたのだが、"空に"いるのだから散開など意味がない。
一人ずつ倒されるのが落ちだ。
私だけでも見つからないよう、散開時に隊員と近い場所を走った後、軌道を変えて民家の裏へ回った。
ここに隠れて息を止めるしか防衛手段はない。見つかったら終わりだ。
そう覚悟してじっと座っていた。やがて、隊員の声が聞こえなくなった後、周囲の隙を突いて村から逃げ出した。
逃げるしかない。あれは関わってはいけないやつだ。どこか隠れられる場所は…あの山まで行こう。森の中に紛れよう。
私はその方角に向かって全力で走った。しかし、妖怪から振り切れない。むしろ、どこに行くかを楽しんでいる様子だ。
"人間が私に逃げられるわけがない"
分かっている。でも諦められない。ここで死んだら俺の家族の生活はどうなる?
どんな手段を使っても生き残るしかないんだ!
俺は胸ポケットから発煙手榴弾を取り出してピンを外した。
煙が舞う中必死に走った。
やがて、山の手前に家を見つけた。この中に鍵をかけて身を潜めれば大丈夫だ。
鍵をかけた!これでもう大丈夫だ。
そう思った、
しかし。
「―――ぅえ?」
ぷつんと背中から何かで貫かれた。妖怪の特殊な技だろう。
痛みは感じず力が抜けるような感覚だった。立つ事が出来ない。家の中なのにどうやって…。
あの化け物は俺にこう言った。
"貴方はどうせ死ぬでしょうし、なぜ私があの村を支配しているか聞きたい?"
この化け物が言うなら本当かもしれない…。
「聞こう…じゃないか…」
"それはね、妖怪は人間がいないと存在できないからよ。妖怪は精神を軸にして出来ている儚い存在なの。
妖怪を認知し、妖怪に対して強い感情を持つことによって私たちは成立しているの。
喜びでも不安でも構わない。…その分、肉体は強固だけどね。
人間はその逆。だから、私は人間に知性を与えない。
知性によってあなたが持っているような武器を作る。完全に妖怪を超越してしまう。
なら、知恵を"操作"すればいいのよ。そんな事は造作もない。
人間から妖怪に対する感情のエネルギーを搾取し、妖怪は更に進化する。
いずれ私たちは"日の本"中の人間よりも強くなり、
[この世界を変える]
…貴方には見届ける事が出来なくて残念だわ"
それからは、私の前にあの妖怪が現れることはなかった。
今、奥の間でこれを書いている。庭に見える植物がとても美しい。
恐らくもうすぐ俺は死ぬだろう。せめてこの綺麗な風景を見ながら死にたい。
そして、この手紙と風景を誰かが見てくれる事を願う。
母さん、父さん、ごめん。金だけなくなって何も返せなさそうだよ。幸せに暮らしてくれる事を願います。
今までありがとう。さようなら。
明治16年 大日本帝国陸軍副隊長 山川有盛
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
『…』
………………………
「…冗談じゃねぇ!」
紙が沈黙の空を舞う。
「もう我慢できねぇ。あの妖怪をぶっ潰してやる」
"一揆だ"
「おいおい落ち着けって、分かってるだろ?あんな奴に勝てるわけがない。加えてあの宗教も敵になって戦う事になる。
変な事考えないでここで暮らせばいいじゃないか」
「いや、俺の考えは絶対に曲げねぇ。あんな奴に支配される人生なんて勘弁だ!」
「ならどうするってんだよ?」
「…そこまでは決めてない。でも、あの妖怪をぶっ潰す。潰さなきゃなんねぇ」
「全然考えてないじゃないか…」
「別に強制はしねぇよ。ただ、俺と供に行くならちゃんと考えた上で、それぞれが結論を出して欲しい。」
「お父さん!皆子供なのよ?仮にも靈夢にそんな事言うのかい?」
「………そうだ」
「お父さん!」
「だからこそ、靈夢も考えた上でこれから生活していって欲しい。何度も言うが絶対に強制はしない。…どうだ靈夢?」
「…」
「まあ、難しいよな」
「…戦うよ」
「靈夢?」
「結局あの妖怪を倒さなきゃ私たちに将来はないわ。それに、私の勘だけど、米の問題もあの妖怪のせいだと思うの。
仮にそうなら、またこの周辺で米が収穫できなくなる。なら、いずれにしてもあの妖怪は倒さなきゃいけないのよ」
「靈夢!あの妖怪が村に来た後の様子は見ただろう!?地面が真っ赤になった!あんな風になりたいって言うのかい!?」
「これは私が決めた事。村を助けるためならあの妖怪に抵抗するわ」
「私も戦うぜ。家を守るってのもあるけど、靈夢やこーりんを一番守りたい。それだけだ」
「…僕も魔梨沙と同じ意見だ。どうにかあの妖怪に対抗できる策とアイテムを作らないと」
「靈夢がそう言うなら私も頑張らないとね。お父さんに一生付いていくって誓った身として」
「…皆、ありがとう…」
「人間はこんなもんじゃないって事を見せつけてやりましょう!」
--------いんでぃぺんでんと幻想郷--------
「皆、忘れ物はないか?」
「ないぜ。あるとするなら、家族かね」
「…僕は大丈夫です」
「お父さん、行きましょう」
「じゃあ行くぞ!」
………
「男女が不貞など紫様の理念に反します。パージです」
「金が無いから物を盗むしかなかった?パージです」
宗教は過激を極め、優性思想を強く匂わせるようになった。
―――紫様の教えに異を唱える者は全てパージせよ―――
「こりゃやばいな…」
「そうね、引っ越しという判断は正しかったと思う」
空飛ぶマジカル紫教信者になるべく近づかない様に村の門へ進む。
………
「何の用でしょう?」
門番が立ちはだかる。
(うわ…どうするのよこれ)
(靈夢、父ちゃんに任せろ!)
「家族でちょっと旅行しようかなと思いまして」
「旅行?…どちらへ?」
「帝都にでも行こうかななんて。西洋の機械がたくさんあるそうでしてね、見物にと」
「東京まで…ふぅん………」
「何か怪しいですね。本当ですか?」
(おい!靈夢の父ちゃん!私に替われ!)
(おう…)
「すまんすまん。東京っていうのはちょっとした冗談だ。
私達は霧雨商会の関係者で村の外の田んぼを調べたいんだ」
「ああ、そういえば最近は紫様のおかげで村の外でも米が作れるようになったようで。ありがたいですね」
「それで、調べるために長居するからちょっと大荷物でね」
「そうですか…ご苦労様でございます」
「お気をつけて。山の中には妖怪がいます。そこまでは行かないとは思いますが」
「おう、ありがとな」
………
「あー怖かったわ」
「チョロかったな。てか、事前に話を作っておくべきだったぜ」
「ありがとな魔梨沙ちゃん。助かった」
「お父さんは嘘つくのが下手なんだから誰かに任せれば良かったのよ」
「おぅ…それは傷つくぞ…」
一行は、山に向かって歩き出した。
――――――――――――
「んで、どこに引っ越すんだ?山の方に何かあるのか?」
「全然決まってねぇ。山から村にみんな来てるんだから、
一つや二つ空いてる家ぐらいあるだろ」
「もうちょっと計画っていうのをな…」
…目的地なんて決めていなかった。
………
なんだかんだ、一行は家を求めて山に向かって歩いていた。
道に広がる田んぼの稲は霧雨商会の努力もあって力強く実っている。
「これなら、村の外で住んでも生きていけるな」
「噂は本当だったのね、霧雨商会が米を育つようにしたというのは」
「そうだな。上手く行った時は家の中が騒がしかったのを覚えてるぜ」
「うれしいだろうなぁ。僕も八卦炉が完成した時はすごく嬉しかったし」
「…そうなのかもな」
やがて一行は、誰も管理していなさそうな家を発見した。
「この家は大きいな」
「恐らく、村にやってきた山の近くに住んでいた人の家だと思う。
他にも似たような建物が沢山あるから、この辺りで大工専門として働いていた人がいたのかも」
「ほぉ!霖之助ってやつは頭がいいんだな!」
「私のこの八卦炉っていうのを作るぐらいだからな。これで、下手な大人に対抗することができる」
「へぇ、靈夢ってすごい友達と仲良くなるもんだ。霧雨商会のご令嬢と頭が良い友達と」
「まぁね。この子たちは私が一番信頼できる友達よ」
「そんな事言われると照れるぜ…」
「靈夢…ありがとう」
「いいのよ、私の本心なんだから」
靈夢の父は玄関の扉を開けた。
「ほぉ、いいじゃないか!十分暮らせる広さだ」
「基本的な設備は全て揃っているわね」
「…何か、臭くないか?」
「こんなもんじゃないの?どうせ、肥料とかそういうのでしょ」
「そうか…」
「よし!早いけどここに住むか!」
「お父さん、あんまり早いんじゃないかい?私は構わないけど」
「…まあそうかもな。なら…」
「皆はどうだ?この家に住みたくないって子はいるか?」
「私はいいわよ」
「僕もこの家に住みたいです!
(……あれ?床の間のテーブルにあるアクセサリー…)」
「問題ないぜ。ここに住もう」
「魔梨沙ちゃんは今まで大きい家に住んでいたから狭いと思うけど大丈夫かな?」
「もちろんだぜ、そんな事は覚悟してた。
というか、いつも本ばっかり読んでたからここより狭い部屋にしかいなかった」
「よし、全員一致だな!」
一行は早速、住むことに決めた。
それぞれの部屋をどう区切るかをまず決める事にした。
の、だが…
「きゃああ!!!」
「!!?、お母さん!!どうしたの!?」
「ほ、骨が…」
「…なんだ、これは…」
「…どうりで臭いと思ったぜ」
奥の間にいた死体。
服から染み出した体液や油で床が濡れていた。
「軍服…という事はこの前の軍人か」
「あの場から逃げ出したのかな」
「妖怪に対抗出来なかったのね」
「…んで、この机の上にある紙は遺書なんだろうな」
「死ぬことが分かって書いていた…攻撃を受けたのね」
「なんか、可哀そうだな。村の敵ではあるけど」
「この人には申し訳ないが、ちょっとだけ遺書を読んでもいいかな?」
「お父さん…人が悪いわよ」
「すまんな、こういうのには興味を持ってしまってな」
「もう…勝手に読んだら?」
靈夢の父は遺書の様な紙を読み始める。
………
「………!!」
「どうしたのお父さん?凄い顔をしてるけど」
「ちょっと待ってくれ…」
「…皆、これは単なる遺書じゃない。今から全て読み上げる。心して聞いてくれ」
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遺書
これを誰かが読んでくれることを願っている。
我々は遠征先の性質を都度調べるべきだった。あんな化け物がいるなんて想像もつかなかった。
少しはいるだろうと思ってはいたが、我々の銃が効かないなんて考える由もなかった。
我々の部隊は全滅だ。
そもそも今回の人手は足りてなかったんだ。
数年前の薩摩との戦によって国の財政は厳しくなった。松方財政によるデフレ政策は、農民と地主の格差社会が発生した。
そのせいで農民である俺の家族の生活もどんどん厳しくなった。
俺は何としても家族に豊かな生活をして欲しくて、地主に畑を売り、その金で陸軍に志願した。
今回の遠征は俺と同じ境遇の野郎だ。鍬しか持った事のない俺たちは皆武器の扱いが下手だった。
しかし、今回の目的は村の人間を徴兵させる事である。それだけなら、俺達でも上手くいくはずだったんだ…。
我々は、村へ進駐し、徴兵を要求した。反対した村民に隊長が慈悲もなく討った後、謎の女が"空に"現れた。
黄色の髪をして、紫色の服を着ていた。
その姿は薩摩が戦ったとされる"エゲレス人"の特徴そのものであった。
隊長は感情的に動いてしまった。
隊員を散開させる事で錯乱させようという作戦を取ろうとしたのだが、"空に"いるのだから散開など意味がない。
一人ずつ倒されるのが落ちだ。
私だけでも見つからないよう、散開時に隊員と近い場所を走った後、軌道を変えて民家の裏へ回った。
ここに隠れて息を止めるしか防衛手段はない。見つかったら終わりだ。
そう覚悟してじっと座っていた。やがて、隊員の声が聞こえなくなった後、周囲の隙を突いて村から逃げ出した。
逃げるしかない。あれは関わってはいけないやつだ。どこか隠れられる場所は…あの山まで行こう。森の中に紛れよう。
私はその方角に向かって全力で走った。しかし、妖怪から振り切れない。むしろ、どこに行くかを楽しんでいる様子だ。
"人間が私に逃げられるわけがない"
分かっている。でも諦められない。ここで死んだら俺の家族の生活はどうなる?
どんな手段を使っても生き残るしかないんだ!
俺は胸ポケットから発煙手榴弾を取り出してピンを外した。
煙が舞う中必死に走った。
やがて、山の手前に家を見つけた。この中に鍵をかけて身を潜めれば大丈夫だ。
鍵をかけた!これでもう大丈夫だ。
そう思った、
しかし。
「―――ぅえ?」
ぷつんと背中から何かで貫かれた。妖怪の特殊な技だろう。
痛みは感じず力が抜けるような感覚だった。立つ事が出来ない。家の中なのにどうやって…。
あの化け物は俺にこう言った。
"貴方はどうせ死ぬでしょうし、なぜ私があの村を支配しているか聞きたい?"
この化け物が言うなら本当かもしれない…。
「聞こう…じゃないか…」
"それはね、妖怪は人間がいないと存在できないからよ。妖怪は精神を軸にして出来ている儚い存在なの。
妖怪を認知し、妖怪に対して強い感情を持つことによって私たちは成立しているの。
喜びでも不安でも構わない。…その分、肉体は強固だけどね。
人間はその逆。だから、私は人間に知性を与えない。
知性によってあなたが持っているような武器を作る。完全に妖怪を超越してしまう。
なら、知恵を"操作"すればいいのよ。そんな事は造作もない。
人間から妖怪に対する感情のエネルギーを搾取し、妖怪は更に進化する。
いずれ私たちは"日の本"中の人間よりも強くなり、
[この世界を変える]
…貴方には見届ける事が出来なくて残念だわ"
それからは、私の前にあの妖怪が現れることはなかった。
今、奥の間でこれを書いている。庭に見える植物がとても美しい。
恐らくもうすぐ俺は死ぬだろう。せめてこの綺麗な風景を見ながら死にたい。
そして、この手紙と風景を誰かが見てくれる事を願う。
母さん、父さん、ごめん。金だけなくなって何も返せなさそうだよ。幸せに暮らしてくれる事を願います。
今までありがとう。さようなら。
明治16年 大日本帝国陸軍副隊長 山川有盛
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
『…』
………………………
「…冗談じゃねぇ!」
紙が沈黙の空を舞う。
「もう我慢できねぇ。あの妖怪をぶっ潰してやる」
"一揆だ"
「おいおい落ち着けって、分かってるだろ?あんな奴に勝てるわけがない。加えてあの宗教も敵になって戦う事になる。
変な事考えないでここで暮らせばいいじゃないか」
「いや、俺の考えは絶対に曲げねぇ。あんな奴に支配される人生なんて勘弁だ!」
「ならどうするってんだよ?」
「…そこまでは決めてない。でも、あの妖怪をぶっ潰す。潰さなきゃなんねぇ」
「全然考えてないじゃないか…」
「別に強制はしねぇよ。ただ、俺と供に行くならちゃんと考えた上で、それぞれが結論を出して欲しい。」
「お父さん!皆子供なのよ?仮にも靈夢にそんな事言うのかい?」
「………そうだ」
「お父さん!」
「だからこそ、靈夢も考えた上でこれから生活していって欲しい。何度も言うが絶対に強制はしない。…どうだ靈夢?」
「…」
「まあ、難しいよな」
「…戦うよ」
「靈夢?」
「結局あの妖怪を倒さなきゃ私たちに将来はないわ。それに、私の勘だけど、米の問題もあの妖怪のせいだと思うの。
仮にそうなら、またこの周辺で米が収穫できなくなる。なら、いずれにしてもあの妖怪は倒さなきゃいけないのよ」
「靈夢!あの妖怪が村に来た後の様子は見ただろう!?地面が真っ赤になった!あんな風になりたいって言うのかい!?」
「これは私が決めた事。村を助けるためならあの妖怪に抵抗するわ」
「私も戦うぜ。家を守るってのもあるけど、靈夢やこーりんを一番守りたい。それだけだ」
「…僕も魔梨沙と同じ意見だ。どうにかあの妖怪に対抗できる策とアイテムを作らないと」
「靈夢がそう言うなら私も頑張らないとね。お父さんに一生付いていくって誓った身として」
「…皆、ありがとう…」
「人間はこんなもんじゃないって事を見せつけてやりましょう!」
--------いんでぃぺんでんと幻想郷--------