Coolier - 新生・東方創想話

すずめとすずめとすずめの屋台

2021/05/16 14:14:07
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蕾を膨らませた木々の間を春の妖精が飛び回っていたのはまだ記憶に新しい。
だがお花見で賑わったのも束の間、あっという間に日は長くなり、日中は時折汗ばむほどの陽気となっていた。風が運ぶ香りも淡い目覚めたばかりの花のそれから青々とした若葉の爽やかなものへと変わっている。
季節は初夏。春に芽吹いたエネルギーが熱を持つ頃である。

ひょう、と暮れかけた陽とともに風が夜の到来を知らせる頃、森のそばでは早起きの妖怪や妖精たちが騒がしく列を成していた。
賑やかな列のその先頭でバンドチケットを配っているのはミスティアである。机を挟んでチケットを受け取った妖怪たちが応援の言葉を投げかけると、ミスティアはその1つ1つに笑顔で応えてみせた。うなずく度に帽子の羽根がぴょこぴょこと忙しなく揺れている。
ミスティアと響子によるロックバンド、鳥獣伎楽の初夏の第一回公演チケット販売会である。
これまでゲリラライブが主であった2人が計画的にライブを行うと聞き、熱狂的なファンが押しのけ合うようにして集まっていた。

「あ、ちょっとちょっと。そこちゃんと並んでくださーい!」

列を整理していた響子が自慢の大声をあげる。
鳥獣伎楽チケット販売!と大きく書かれた看板を持ち歩いているが
彼女のよく通る張りのある声があればそれは不要のように思えた。
しかしどうやら声の届かない客が列を乱しているらしい。
言い争う若い妖怪の元へ響子が駆け寄る。

「絶対割り込んだだろ。どけったら!」
「何言ってんだ、俺が先だった!」
「やるのか?」
「やってやるよ!」
「やってやろー♪」
「響子!あんたが喧嘩買ってどうするの!ちょっとこっち替わって!」
「はーい交替でーす!!」

ミスティアはあっけらかんとした表情でとことこと戻ってきた響子にチケットの束を押し付け、血気立った若い妖怪のもとへ急いだ。列を乱していたのはツノを生やした牛のような妖怪と豚鼻の背の低い妖怪だ。言い争いが過熱し周りの目も気にせず牛が豚の胸倉を掴んで喚いている。
客層の若さこそライブの異様な盛り上がりの理由でもあるが、今は公演時間外だ。なりふり構わず騒いでいいというものではない。

「ちょっとあんたたち!やめなさいったら!」

ミスティアの静止の声は2人の怒声にかき消され、押し合いに負けた豚の重い体がよろめいてミスティアの方へ倒れかかる。わ、と咄嗟に身をかわしたミスティアの横にどすん!っと重たい体が転がった。
同時に、ぢ〜!という鳥の悲痛な鳴き声が響く。

「ば、馬鹿!早くどいて!」

ミスティアが飛ばされて驚いている豚の体を乱暴に押しのけると、小さな雀が下敷きになっていた。
妖怪ではない。ただの動物だ。
律儀にも列に並んでいたところを揉み合いに巻き込まれたのだろう。地面に押し付けられた雀は片羽が不自然に開かれ、痛々しいくぐもった声で鳴いている。ミスティアの頭に沸々と血が上った。

「やってくれたわねあんたたち……今すぐとっとと帰りなさい!!!」



赤提灯を灯すと辺りの闇が一層濃くなった。
足は確かに地面を踏んでいるのに、夜の湖に灯り1つで舟で漕ぎ出し揺られているような気分になる。灯りの外にあるのは闇と枝葉のこすれる音ばかり。舟の中では火を起こしただけの鰻焼き器が今晩のお客を待っていた。

「飛べるようになるまでは看てあげるけど、屋台はやらせてもらうわよ。」

紺色の手ぬぐいでほっかむりをしながらミスティアが言う。目線の先には籠とタオルで作ったベッドにうずくまる雀の姿がある。力の入らない翼ごと胴体を包帯で巻いているため見るからに痛々しい。ミスティアが診たところ、骨折こそしていないが自由に飛ぶためにはしばらく時間がかかりそうだった。

「血気盛んなのが多くて困っちゃうわ。あんたも律儀に並んでなくてよかったのに。」

人間の真似ごとのような社会性を身に付けた妖怪はともかく、空を飛ぶ動物なのだからチケットなど気にせず森の木などに留まっていればライブは聞き放題である。
手当の後真っ先にそれを指摘すると、雀は短く強く鳴いてそれを否定した。ミスティアが根気よく問いかけを繰り返したところ、どうやらより近くでファンとして楽しみたかった、ということらしい。本能に従う動物のものとは思えないその返答とやりとりに、自身のような妖怪に近い動物なのかもしれない、とミスティアは大した興味もなく思っていた。
とはいえ、突き放さずしばらくの介抱を約束したのはやはり同族だからだろう。妖獣は個々として独立した妖怪よりもずっと同族間の仲間意識が強い。
やがてミスティアが食材の支度を始めると、ちゅん、と小さなジャンプを繰り返して雀が籠から出てきた。菜っ葉を切るミスティアの手元と顔とを交互に見ながらふらついたジャンプで訴えかける。どうやら雀の方も恩を返そうと、何か手伝えることはないか探しているらしい。

「手伝うって言ってもその状態じゃねぇ。幻の雀の酒を作ってくれってわけにもいかないし。」

雀が竹に隠した米粒からできたという太古のお酒。以前これを売り出した時は大評判であった。だが、副作用も強く妙な評判が立ってしまったために最近は出せていない。そもそも、飛べない雀に酒造りを頼むほど屋台運営が上手く行っていないわけでもない。

「でもお酒って大事なのよね~。妖怪も人間も酒好きが多いから、珍しいお酒を入荷した時は客の入りもいいし……。」

あ、と包丁を下ろす手を止めてミスティアが雀を見つめる。
ちゅっ?と雀が首をかしげてそれを見返す。

「いいこと思いついちゃった。」

もう一度首をひねる雀の前で、夜雀は怪しい笑みを浮かべて見せた。



「おお!なんだこりゃ!本当に同じ酒か?」

のけぞった拍子に膝から落ちそうになった帽子を慌てて抱え直し、魔理沙が感嘆の声をあげる。

「まろやか!でも甘すぎず、すすーっといくらでも飲めそうだ!
霊夢、こいつはすごいぞ!」
「あんたさっき、散々普通すぎるとか個性がないとか罵ってたじゃない。」
「いやあ、それが本当に味が変わったんだよ。雀様様だぜ!」

ほれほれ、と徳利を振る魔理沙に呆れながら、
霊夢もおちょこに酒をもらいぐいっと一息に煽る。

「……ほんとね。あんたがそう言うからか、さっきよりもいくらか美味しく感じるわ。」

だろー!と笑う魔理沙の前では意味不明な歌を口ずさみながらミスティアが満足げに鰻を焼いている。机の上では包帯を巻いた雀がことの成り行きを不思議そうに見上げている。

「介抱した雀が幸福の雀だなんてずるいよなー。話がうますぎるぜ。」
「鳥に優しくするといいことあるわよ?あんたも八目鰻派に乗り換えることね。」
「美味い酒を取るか、美味い鶏をとるか…か。うーん悩ましいな。」

言いながら悩みなど一つもない嬉しそうな顔で魔理沙はおかわりを注いでいる。
隣にいた霊夢はその様子をちらりと見た後、ミスティアを見てふぅ、と息を吐いた。

「お代が変わるわけじゃないでしょうね。」
「まさか。おまじないで値段をあげるなんてことはしないわ。
ん~~とりぃ~すずめのぉ~あ、おまじない~」
「ちゃんと聞いてる?うーん、おまじないねえ……。」

ミスティアのおまじないはシンプルなものだった。
まずはお客に不幸な事故ーーーチケット販売ではなくーーーで傷ついていた雀を介抱した話をする。雀が恩返しをしたいというので聞けば、介抱した雀は実は幸福の雀で特にお酒の質を少しだけあげる能力があるらしい。そこでお客に一度安価な酒を飲んでもらい、その後酒瓶の周りをちゅん、そしてちゅん、幸福の雀が一周ジャンプして回るとあら不思議、安酒が美味くなる、というものである。

「まぁ私の仕事は危険を及ぼす妖怪退治であって詐欺の取締りじゃないからいいわ。」
「詐欺じゃないわ。それに楽しいお酒の席に水を差すのは野暮ってものよ。」

霊夢がどこまで見抜いているのかわからなかったが、このおまじないには条件がある。1つはお客がほどよく酔っていて酒の味に鈍感になっていること。もう1つはミスティアの言葉を素直に信じる者であること。
味覚というものは記憶や印象に大いに影響を受けるという。安価な酒ならば可もなく不可もない普通の味がするだろうし、祝福を受けた酒なら美味いに違いない、その印象操作に少しばかりミスティアの歌で感覚を惑わせたものーーー感覚を鈍らせるという意味では鳥目にするのとやり口は似ているーーーがこのおまじないの正体である。

「人間にだって焼鳥より美味しいものがあるって広めてもらわないといけないし、
騙して店の評判を落とすようなことをするわけないでしょ。」

はい、八目鰻おまちどお様!と置いた皿の上には
八目鰻ではなく肉厚の普通の鰻が乗っている。

「じゃ、幸福の雀の宣伝よろしくね~。」

呆れたため息を漏らす霊夢の横で、
魔理沙が頬を紅潮させて酒のおかわりを頼んでいた。



夜の鳥ぃ~
「金銀財宝とは言わないが、助けた雀がお礼してくれるなんて舌切雀みたいだなあ。」
「何事も助け合いだねえ。」
ある夜は人間たちの息抜きの場となり。

夜の歌ぁ~
「お、おいしい…。なんで幸福とか幸運の、ってやつはこんなにズルいのかしら…。
私は毎日薬を売っても兎をまとめても褒めてもらえないのに…生まれながらのなんてズルよズル!」
ある夜は月の兎の鬱憤を晴らす場となり。

夜の灯りは昼には消えるぅ~
「この間はその、すみませんでした。ついかっとなって周りが見えなくなって…。」
「怪我、大丈夫ですか。何かできることがあれば俺も手伝いますんで…。」
ある夜は妖怪の償いの場となり。

幸福の雀のいる屋台はささやかな賑わいを見せた。
それは妖怪の一生の中ではほんの一時、その月の、その夜の、その時々だけであったがミスティアと雀に心地よい時をもたらした。
ミスティアは机の上の雀を見た。うずくまっていた籠は片付けられ、ゆるい包帯を身に着けてちょこちょこと机を行ったり来たりしては屋台の客を喜ばせている。
妖怪と動物といえど、同じ鳥として気持ちを通じ合わせることができることには他の者とは共有できない安心感のようなものがあった。
屋台を訪れる客の、鳥への関心が上がったことも喜ばしい。
しかし、そろそろ動物らしく自由に飛ぶときだろう。

「いつもの幸福の雀のやつ、頼める?」

新しく常連となった人間の客が雀を指差してミスティアに声をかける。雀もそれを察してちゅん、と酒瓶を取り出すのを待つようにミスティアを見上げる。

「ごめんなさい。あれ、昨日までの期間限定だったの。」

代わりに少し上等なやつをサービスするわ、と
別の酒瓶の蓋を開けながらミスティアはけろりと笑って見せた。



照りつけ方を忘れた寝ぼけた太陽の光が優しく、片付けた屋台に降り注いでいた。机の部分にちょこん、と乗った雀の体から包帯をするすると外してやる。
翼の怪我はとっくに治っていた。ミスティアも雀自身も、それは知っていた。ちゅん…と雀が寂しそうに鳴いてすがるようにミスティアを見る。ミスティアは首を振った。

「これ以上ここにいるとあんた、妖怪化するかもだし。
さっさと元の生活に戻りなさい。」

鳥目の鳥が夜間に活動し、幸福の雀と複数の者から認識され、決まったお酒に決まった動作を繰り返す。難しいことは分からないが、動物としての本来の姿を歪めすぎるべきでないことはミスティアも直感で感じるところだった。
それはたとえばミスティアに、夜は眠れ、歌は歌うな、と言っているに等しい。

「雀は空へ~夜雀は灯りへ~。」

歌を歌うときも雀の様子を気にかけながらだった。人間を狂わせることのある歌声で、雀がおかしくなっても不思議ではなかった。それでも今日まで包帯を外せなかったのは何故なのか。ミスティア自身にも上手く説明ができなかった。
小声で歌を口ずさみながら、ミスティアは前掛けのポケットから小さな紙切れを取り出す。指の先でようやくつまめるようなその紙切れには鳥、と大きく書いた後に書ききれなかったのかぐちゃぐちゃと小さな文字が潰れて書かれていた。

「それじゃあね。次回のライブもよろしく!!」

差し出された紙切れをぽかんと見つめた雀はしかし、次の瞬間にはそれをくわえて文字通り飛び上がった。それは鳥獣伎楽の雀専用チケットだった。ぐるりぐるり、お礼のようにミスティアの周りを飛んだ雀は小さな翼を目一杯広げて人里の方へ消えていった。再開の時は遠くないだろう。

「はあ。柄でもないことしちゃったわ。」

雀の飛んでいった空をしばらく見つめた後、
ミスティアは腕と翼をぐぐっと伸ばして大きく息を吸った。

「さてと、歌うわよ~!!ら~~」

それからしばらく、夜の屋台は歌のサービスが頻繁に繰り返された。
幸福の雀の集客効果で一時八目鰻が流行るなど、嬉しい成果もあったようだ。店主の歌は相変わらず意味のわからない歌ばかりだったが、自由なその歌に惹かれて屋台を再訪する客は少なくなかったという。

幸せのぉ~雀の屋台~
初夏の明るい夜に、夜雀の楽しげな歌が響いていた。
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コメント



0.140簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
とても心地の良いお話でした。綺麗にまとまっており、気持ちよく読み終われました。
5.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。健気で楽しそうなミスティアが良かったです。
6.90夏後冬前削除
非常に良い話でした。ミスティアの良いところが前面に出ていて、素敵でした。面白かったです。
7.100Actadust削除
ミスティアのちょっとした非日常感がすごく出ていて好きです。楽しませて頂きました。
8.100南条削除
面白かったです
商売上手なミスティアが素敵でした
9.100めそふ削除
とても面白かったです。
ひょんなことから幸福の雀を拾い、それによってなんだかんだ屋台が繁盛する話。ミスティアの同族に対する優しさが温かくて、ほっこりしました。雀にはこれからもライブを楽しんでほしいですね。
10.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
12.100ローファル削除
日々を楽しく全力で生きているミスティアの心温まるお話、よかったです。