Coolier - 新生・東方創想話

あきないもん秋姉妹

2021/05/15 08:35:51
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「四季様……どうか私と結婚していただけないでしょうか!」
「穣子が駄目なら私でも。なんなら二人まとめてでも私は一向に構いません」
 秋姉妹は二人同時に土下座で懇願した。もはや彼女らに残された手はこれしかなかったのだ。
 そしてあらゆるごめんなさいのパターンを繰り出せる映姫から、おそらく最も衝撃的であろうお返事が飛び出した。

「……私は既婚者です」
『うぇえええええ!?』
 姉妹の声は見事なハーモニーを奏でた。


 降り積もった深雪が雪解けの兆しを見せ、春告精が忙しなく幻想郷を飛び回る節の境。
 幻想郷には四つの季節の内の一つでしか輝けない者が少なからず存在している。
 妖怪の山の麓にある、小ぢんまりとした神社っぽい小屋。冬の間はそこでひっそりと自分達の季節を待ち望んでいた秋の恵みを司る姉妹も、そんな一時期限定キャラクターの一員だった。

「……一つ一つ、ゆっくりいきましょうか。まず私はまだ独身です。先ほどのは単なる冗談です」
 幻想郷の最高裁判長(ヤマザナドゥ)こと四季映姫とて、土下座をしてまで求婚されるのは初めての経験であった。他にいろいろと言いたいことはあったのだが、それら全てが吹っ飛んでしまったのも無理からぬ。
「ふぇ!? なんだぁ、冗談きついですよ映姫様~」
 秋姉妹の比較的目立つ妹の方、秋の作物の実りを司る神、穣子が掌をぷらぷら振って気さくに閻魔を嗜めた。
「嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれてしまいますよ? あ、でも御自身がそうだから平気なのでしょうか。羨ましい限りです」
 比較的影の薄い姉の方、芸術方面で秋を担当する静葉ものんびりとした口調で映姫の方便に口を挟む。

「冗談は言いましたが、誰が頭を上げて喋ってよいと言いましたか?」
『ハハアッ!』
 姉妹は慌ててまた床に頭を擦り付けた。

 裁判長らしく公明正大な人物として知られる映姫は、非番の時でも各地でお説教をして回る光景がよく目撃されていた。有罪無罪を決めるのが彼女の仕事であって治安維持は無関係なのだが、出来れば地獄送りになる人物は減らしたいのだ。
 そんな折、秋以外は大人しい秋の神の自堕落っぷりがこのところ輪をかけて酷い、という話を部下である死神から聞きつけた。(無論、報告してきた死神もサボっていたから知れたのは言うまでもない)
 秋以外の行事では存分に力を発揮できないとはいえ、営業を疎かにして小屋に引きこもり、日々を無為に過ごしているそうだ。このままでは申し訳程度にいる彼女の信者にも悪影響が出かねない。
 そういった訳で、いつものようにこの二人にも喝を入れてやるかと出向いた矢先の土下座。どうせ求婚するのならばもっとムードを重視しろ、とも思ったのは映姫の内緒である。

「……面を上げなさい。貴方達が迷走しているのは浄玻璃の鏡で見ています。だからといってよく知らない相手に取り入ろうとは」
「取り入ろうだなんてそんな! 私達はただ四季の姓が欲しかっただけで……」
「……はあ?」
「ハイッ、すみません!」
 穣子が上げたばかりの頭をまたまた叩き付ける。
 何かを言う度にこの動作を繰り返されたのでは話が一向に進まない。そう判断した映姫は、かろうじて綺麗に保たれているちゃぶ台に眼差しをくいと向ける。
「それはさておき、お茶をいただけますか。外は寒くていけません」
「あああ、はい! すみません私ったら!」
 冷えた足を労るように優しく腰を下ろす映姫を見て、穣子はバタバタと釜戸に向かう。静葉も布巾を絞って台を拭き、続いて戸棚に数種類ある茶葉の中から一番装飾が凝った物を選びとった。
 床は散らかり、あちこちが傷んだ家屋に住んでも、農作物の質だけは拘るらしい。一応そこは豊穣の神の誇りが残っているのだと、映姫も少し安堵するのであった。


「……さて、貴方達の悩みは概ね把握しているつもりですが」
 香り高く甘いお茶に二人のこわばった顔が多少は綻んだのを見計らって、映姫が話を再開した。今は三人とも顔の高さが同じだ。少しは落ち着いて話ができるだろう。
「ええ、その……何か近頃、凄い人が安売りされすぎじゃないですか?」
 穣子が妖怪の山の頂上をちらりと見た。思えば守矢神社が降って来てからが彼女らの苦難の始まりだった。
「私達、一応は神として細々と活動していましたけど、後から求心力の強い方が続々と出てこられて……」
 静葉も湯呑みを手の中でもころころと転がしながらうつむく。
 魔界に封印されていた僧侶に、長い眠りから目覚めた聖徳王に、四季の力を操り幻想郷を管理する神までお出ましと来た。そこらの雑魚妖怪と同程度の扱いの神では到底太刀打ちできる相手ではない。
「気持ちは分かります。だからといって自堕落に暮らすのはまた別の話でしょう」
「閻魔の地位で安泰している映姫様にはわかんないですよぅ!」
 やけくそ気味に穣子が叫んだ。
「ちょっと、穣子……!」
 この妹、地獄行きを恐れていないのか。静葉が青ざめた顔で口をあんぐりと開ける。
「すみません映姫様。ですが前に仰られたような地道な活動だけでは埋もれていくんです。まるで降りしきる雪の下で凍える落ち葉のように……」
「だから私達は考えました。秋だけじゃない、これからは四季全部で活躍する神になるんだ、と!」
 映姫に反論の隙を与えず言い切ったのは見事と言えなくもない。だからといって既に負けている彼女らに最初から勝ちなど無いが。
「……それで、私の姓を欲しがったと?」
「はい。四季様が来た時にピンと閃いて、ヤケで」
 穣子は焼け石に水でしかない事を真顔で言い張った。
「私が秋姓に変えたり別姓を選択する可能性は考えなかったの?」
「そこまで行けたら後は夫婦の話し合いですので……」
 静葉がまたゆっくりと頭を下げた。
 お説教だけして帰るのは容易い。しかし姉妹がその上で思い詰めている事は、かつても指導した映姫が一番承知している。これは何か根本的な部分を変えなければ救えないと判断した。もちろん結婚はしてあげないが。

「……はあ。まだ自分を変えたい気持ちが少しでも残っているのなら、とある御方を紹介しますが」
 穣子の眉がぴくりと動いた。
「とある? その人なら私達を変えられるって言うんですか?」
「それは貴方達次第です。彼女も少し前まで抜け殻のようでしたが、ちょっとした事件をきっかけに本来の自分を取り戻しまして。そんな彼女ならば貴方達の境遇も理解してくれるやもしれません。ちょうど協力者を求めているそうで、私が口利きしますからそこで自分を磨いてはどうでしょうか」
 答える前に、姉妹は揃って互いの顔を見た。
 今にも細枝から離れそうな枯れ葉だった静葉の全身に生気が戻っている。干し葡萄のようにしなびていた穣子の眼に輝きが戻っている。映姫の申し出は停滞していた二人への虹の架け橋となるに十分であった。
 迷うことはない。このまま信仰と一緒に存在まで消えたくない。姉妹は映姫に向かって力強く頷いた。

 ◇

 その神は山道にぽつんとある道祖神の横で立ち止まって悩んでいた。自身の飢えの解消について。
 無論、単に腹が減っただけの俗物的で人間的な悩みではなく、精神的な飢えである。神は本質的に食物を必要としない。

 天弓千亦。それが神の名だ。
 市場の神である彼女は売り物に飢えていた。まだ記憶に新しいカード異変においてその取引の元締めとして君臨する千亦であったが、巫女達に市場をぶち壊されてからはカードの開発元と仲違いしたのもあって再び何もない神に戻っていた。
 ただし、金が無くて困る神とは福の神か貧乏神である。千亦にとっての致命傷とは自身が主催の市場が存在しない事だ。異変の解決者によって一時的に市場の開催を頼まれた事もあったが、異変が終われば当事者の顔すら忘れることもざらな幻想少女は飽きっぽい。千亦の存在も既に忘れられ始め、彼女には再び緩やかな衰退がにじり寄っていた。
 市場を、何か商いを。
 唯一気が合いそうだった守矢神社もあっちはあっちで我欲が強い。それに守矢は天狗と表向き友好関係にあり、大天狗と揉めたばかりの彼女をどう扱うかも不安であった。商売を始めるならば全く新しい者達でなければ。
 つまりは『商い』に悩んでいた千亦の所に『秋』を連れてきた映姫の采配は、閻魔ながら神がかりのジャストタイミングだったのだ。


「……映姫ちゃん? 映姫ちゃあん!」
 神は開口一番で閻魔に抱きついていた。
「久しぶりねえ! 元気だった!? 地獄は相変わらず世知辛いのかしら!?」
「え、ええ。貴方も以前よりはお元気になられたようで何よりです」
「全然よ! 映姫ちゃんが来てくれなかったら私、もうどうしようどうしようって……!」
 地獄の沙汰も金次第。つまり地獄にはビジネスチャンスが転がっている。千亦にとっても映姫が雲間に差し込んだ虹に見えたに違いない。
「ぷっ、く。映姫様……これ、ですか?」
「こら穣子。指を差さない。これとか言わない」
 とは言ったものの、静葉も笑いを堪えるのに必死であった。カラーリングが独特な人物はそれなりに見てきたが、流石に全身虹色の神は前代未聞。
「……おほん。こちらは無主物の神であり、市場のプレゼンターでもある天弓千亦様です。いいですか、古代の強い力を持った神ですので、決して侮らないように」
 映姫も実は『こんな格好ですが』と付け加えたかったのは内緒である。
「は、はい。秋穣子です。一応、豊穣の神様をやってます。う、くく……」
「姉の、秋静葉と申します。主に紅葉や芸術を担当しています……っ」
 姉妹が吹き出しそうなのは映姫にも分かるが本人の目の前で注意もできない。この二人は神の威光の前で感極まっているだけだと、千亦がそう思ってくれることを願うのみ。
「……別に、おもいっきり笑ってもいいわよ? それで私を忘れないでくれたら安いものだわ」
「で、では……げほんっ、ごへんっ!」
「だ、大丈夫です。もう収まりましたので」
 咳き込むだけ咳き込んで落ち着いた姉妹が、ぎこちない笑顔を千亦に見せた。

 気を取り直して、姉妹を代表して姉の静葉が千亦に申し出る。
「商いの神様であらせられる天弓様は現在人手を欲していると映姫様から伺いました。私達姉妹にそのお手伝いをさせていただけないでしょうか」
「あら、良いの? オーケー、オーケー。是非とも協力してちょうだい!」
 千亦はあまりにあっけらかんと静葉の申し出を受け入れた。その証として静葉の手をギュッと握りしめる。
「い、良いんですか? まだ私達、何の能力も紹介してないですけど」
「商売は人なくして成立し得ないわ。出店者もそのお手伝いも大歓迎。邪魔者以外は来る者拒まずが市場なのよ。それに映姫ちゃんが連れてきたのなら性格にも問題なし、でしょう?」
 千亦の眼から虹色のウインクが飛んだ。
「天弓様からそこまで信頼していただけて光栄ですよ。神としてはまだ未熟ですが純粋な心の姉妹です。そこは私が保証しましょう」
 まさかの閻魔からの太鼓判で一番戸惑ったのが姉妹なのは言うまでもない。揃ってくすぐったそうな笑顔を浮かべた。

「さて、役目も終わりましたし、私は次の見回りに行かせてもらいま……」
「えー! 待ってよう、映姫ちゃんの知恵も貸してちょうだいよう。貴方が居れば百人力なのよう」
 飛び去ろうとした映姫の足に千亦の両手が絡みつく。
「て、天弓様……!」
 バランスを崩して前のめりの映姫が手をわたわたさせる。この上なくコメディチックな光景だが、この二人は閻魔と神である。戯れるだけでも空気がビリビリと揺れて環境に優しくない。
「今日はオフなんでしょう? いいじゃないの、減るもんじゃなし~」
「わ、分かりました。分かりましたからお手を……」
 言質を取った千亦の手はあまりに呆気なくパッと離れた。
「流石! 映姫ちゃんは話が分かって助かるわー」
 商売の神らしく、千亦は非常に現金なのだった。秋姉妹がこの高次元の神々の遊びをただ呆然と眺めるしか出来なかったのは言うまでもない。


「……さて、私の事は千亦と呼んでいいわ。二人は何か売りにできるものはあるのかしら?」
 今の茶番を無かったかのように話せる切り替えの早さも商売人の資質の一つである。
「は、はい。では千亦様と。私達の本領は秋なので、今はちょっとした作物しか育ててないんです。お姉ちゃんも腕が鈍らないように小さな絵とかは描いてるんですけど……」
「作物と絵ね? ちょっと見せて貰える?」
 姉妹はそれぞれ鞄からジャガイモとスケッチブックを取り出した。熱心に物を確認する千亦の横から覗いた限り、作物は上質であり風景画も上手だが、特筆することもない。少なくとも映姫はそのような印象を抱いた。
「うん、グーよ。十分だわ!」
「そうでしょうか……私は自分で描いておいて地味だと思っているのですが」
「それで良いの。市場の商品だけが持つものって分かるかしら。それは特別感なのよ」
「特別……自分で言うのも何ですけどこれはいたって普通のジャガイモですよ」
 秋姉妹はこれまでの扱いから自分が生み出す物に卑屈になっていた。これが秋ならもっと良かったはず。秋じゃない季節に作った物なんて大した事ないと思いこんでいるのだ。
「例えばだけど、お祭りの縁日で買う焼きそば、焼きトウモロコシ、かき氷……どれも特別美味しいと思う?」
 千亦が挙げたのは祭りでなくても食べようと思えばいくらでも食べられる商品だ。
「うーん、冷静に考えると普通より美味しくないくらいですよね。だけどつい買っちゃう」
「でしょう? なのに買ってしまうのはハレの日で気持ちが昂揚しているからに他ならないわ。そんなありきたりの商品でも輝いて見えるような場所を提供するのが私の役割なのよ」
「なるほど……つまり、私と穣子の作った物も場所次第では春風に誘われて舞い飛ぶ花びらのように売れると、そう仰りたいのですね?」
「……花びら? ええ、まあそんな感じかしら」
 芸術肌な静葉の発言は意図が今ひとつ相手に伝わらない事が多い。穣子も常日頃やめろと言っているが聞き入れてもらえないのだった。
「……うん、うん、思い付いたわー! 二人の物を見たら祭りの内容も閃いた! あとは場所と人ね。あのお金に飢えてそうな紅白の巫女の神社がいいかしら。人もあの娘に声をかければ集めてくれるでしょう。そうだ、映姫ちゃんの権力に頼ってもいいわね。うーん、考えるだけでもうフェスティバルよ!」
 千亦は皆を置いて一人で空想の虹の先へ行ってしまった。大天狗に声をかけられるまでは信仰を失って、それこそ秋姉妹と同等レベルにまで落ち込んでいたらしいのだが、その原因が姉妹にも何となく分かったような気がした。

「……それは宜しいのですが、天弓様」
 勝手に権力を当てにされてしまっては映姫も口を挟まずにいられない。閻魔とはいっても地蔵の身から抜擢された映姫はそこまで職権を濫用できる立場ではないのだ。
「貴方が市場を開くに際しまして、虹が出るといった吉兆ないしはそれに準ずる非日常が必要だったと記憶しています。そのような好天の日時に心当たりは?」
「それなのよねえ。妖怪の山だったら滝と空気で簡単に虹が出るのだけど」
 千亦が落ちぶれていた一因もそこにある。特定の条件下の商売でないと彼女に力が集まらないのだが、生活のかかっている商売人は神の都合に合わせた営業などしていられない。
「千亦様、非日常って例えばどのような事ですか?」
「人々が畏れるような事が良いわね。火山が大噴火とか、隕石とか、大竜巻とか。神社をレインボーに塗りたくるとかでも良いけど……」
「ダメです。殺されちゃいます」
 穣子が静かだが力強い語気で止める。ゲーミング博麗神社。見てみたくはあるが、やったら最後日の光を拝めなくなるだろう。
「……私が、頼んでみましょうか?」
「映姫ちゃんが? 映姫ちゃん、博麗神社を虹色にしてくれるの?」
 我ながら、お人よしだなあと思っていた。しかし最初にこの話を持ち込んだ責任感と、何より堕ちていく人を見捨てられない性分が映姫を突き動かしたのだ。
「他人の家を染色はしませんが、非常時を演出できる御方なら心当たりはあります。おそらく天弓様になら御力を振るっていただけるのではないかと」
「……映姫ちゃん!!」
「うぐっ」
 千亦はまたも映姫に全身でしがみついた。
「映姫ちゃんって本当は閻魔じゃなくて慈愛の女神なんじゃないかしら!?」
「も、勿体なきお言葉です。しかし行動が全く予測出来ない方ですので駄目だった時の準備はお願いしますよ」
「大丈夫よー。その時は秋ちゃん達が博麗神社をレインボーにしてくれるから」

『え?』
 姉妹は目と口を限界まで開いた青い顔で千亦に振り返った。

「やむを得ませんね。では、私は早速……」
 映姫は今度こそ千亦の手が伸びてこないと確かめてから地獄の方へ飛び去っていった。
「え、映姫さまー! どうか、どうか必ずやお願いしますー!」
「私達、まだ死にたくありませーん!」
 秋姉妹の必死な訴えを背に受けて──。

「さあ秋ちゃん、これから忙しくなるわよー! 神社との交渉に売り物の選定、ビラも撒いて、あああと旗も作らなきゃ。ついでに天狗は出禁ってのも言っておきましょう。大変だけどその分二人には良い場所あげるから頑張ってね!」
「は、はいぃ……!」
 それからしばらく神達は多忙の日々を送る。参拝客に飢えていた博麗神社の霊夢は千亦の申し出を二つ返事で承諾した。異変が終わってみれば特に悪意もなかった首謀者の市場を、とりあえずでぶち壊してしまった後ろめたさが霊夢にもあった、のかは不明だが。
 秋姉妹の穣子の方は売り物となる作物の確保に追われた。自前の畑だけでは足りないだろうと数少ない信者の畑からも野菜を徴収して回り、最後の手段としてなけなしの力で短時間に種から収穫可能な状態まで育てる神技も披露した。
 静葉の方は裏方としてビラや幟のデザインに注力した。印刷機などという気が利く物の無い幻想郷では一枚一枚を手書きしなければならない。そこは山一帯の葉を手で塗り変えるという科学的にあり得ないスピードとまで断言された静葉の手腕が唸る。千亦から要求された無茶振りとしか言いようのない量を片付けたついでに、勢い余って博麗神社用のペンキまで手に取ったところで穣子から羽交い絞めにされて我に返ったそうな。
 市場の開催が翌日に迫った頃、姉妹は喝を入れられる前よりも遥かに生き生きとしていた。映姫の狙い通りであった。

 ◇

 そして、市場の開催日当日。
 博麗神社に月が落ちた。

「……いい! まさにルナティックインパクトだわ!」
 博麗神社の大惨事に大盛り上がりの参加者たち。もうもうと立ち上る砂埃の中、千亦はとてもご満悦な様子で境内に落とされた岩石を歓迎した。言うまでもなく、いくら何でも本物の月が落ちてきたら幻想郷どころか地球が消滅している。これはあくまで月っぽい直径2メートルほどの丸い岩だ。
「げほっ、ごほっ。何なのこれー!」
「映姫様は一体どのようなお方を連れてこられ……え?」
 咳き込みながら辺りを見回していたら、静葉が上空にその姿を見付けてしまった。煙の中から降りてくる、あまりにも珍妙なシルエットを。
 黒字に怪しい英単語とハートマークのシャツ。見る者を威圧する三原色のスカート。首輪から伸びる三本のチェーンには惑星のような球体が、一つは本人の青髪に刺さり、残りの二つは何故か宙に浮いている。
 もはや説明不要。そこに居たのは地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリその人であった。
「……四季映姫たっての頼みで参りました。天弓千亦は何処に?」
「私が天弓千亦です。まさか噂に聞く地獄の女神様がご降臨なさるとは思いませんでしたが、ご協力に心より感謝します」
 率直に言って、神の力を完全に取り戻したとしても千亦とヘカーティアの間には大きな格の差がある。しかし千亦は全く気後れせずヘカーティアの真正面に向き合った。
 そこに居るだけで大地が身震いするほどの圧倒的な存在感を放っていたヘカーティアだったが、千亦の姿を見た瞬間に表情を変える。
 全身ツギハギレインボーの女と、三原色スカートの女。互いの格好に釘付けの二人が意気投合するのに言葉も時間も要らなかったのだ。
「まさか貴方のような神が居るとはね。四季ちゃんが気に入ると言った理由がよく分かったわよん」
「いいえ、地獄の女神に相応しい神々しきお姿。この千亦も感服いたしました。今より開きます市場もご堪能いただければ幸いです」
「そうさせて貰うわ。可愛い部下にも会いたかったところなの」
 レインボーウーマンと変なTシャツヤローが固く手を結んだ。
『いや、お前らどっちもファッション変だよ』などと口を挟む勇気がある者はそこに居なかった。
 何故なら神二人の所に鬼の形相をした巫女が駆けこもうとしていたからだ。神社に隕石を落とされて大層ご立腹であり、その眼前に飛び込むのは自殺行為に他ならない。

「霊夢、少し宜しいですか?」
「ああん!?」
 しかしその鬼を全く恐れず肩を叩く者も居た。それはこの惨状を招いた張本人である四季映姫その人だ。
「今回の事は私に非が有ります。よって私の気持ちを受け取ってください。そしてどうか矛を収めてはもらえないでしょうか」
 映姫は皆から隠して霊夢の両手にずっしりと重い束を握らせる。少し前、映姫は巫女や魔法使いやメイドから、虹龍洞のいざこざを解決する為にと多額の賄賂を受け取っていた。つまりは、かなりリッチなのだ。
「ぐ……ゆ、許すわ! ただし、次からは事前にちゃんと言いなさいよね!」
 霊夢は怒りと喜びが混ぜこぜになった気味が悪い顔で、神社のめったに使わない金庫に直行した。これにて一件落着。

「……それでは、待ちに待ったクリエーターズフェスを開催します! 手作りならば何でも良し。皆、自慢の品をこぞって出品するといい!」

 幻想郷には職人気質で目立ちたがりが多い。それが自身の丹精込めた物を存分に披露する場を設けられて大人しくできるはずがない。千亦の目論見は見事に当たり、大勢の参加者が集まったのだ。
「さあお姉ちゃん、私達もいざ行かん!」
 穣子は芋が大量に詰まった箱を担ぎ上げた。野菜も自作ならば当然出品可だ。
「秋姉妹は秋じゃなくても全力です! 皆様、よろしくお願いしますー!」
 静葉もキャンバスを数枚に加えてイーゼルを設置した。お姉ちゃんの筆の速さなら行けるとおだてられ、その場でリクエストにも応える所存なのだ。
 月に飛び乗った千亦が指を天に突き立てるの合図に、市場が今開かれた。

 ◇

『いらっしゃいませ~。夜雀屋台はここでも営業してますよー! 何だか目の前が真っ暗になってはいませんか? そんな時は八ツ目鰻ですよ~』
『へーい、らっしゃーい! 氷精オリジナルブレンド氷を使ったキンキンに冷えたかき氷だよー! 脳天に効くよー!』
『河童の新発明! 切っても絶対にキュウリがくっつかない包丁だよー! 他の野菜もくっつかないよー、たぶん』
 祭の常連組はここでも相変わらず怪しい屋台を出しているようだ。とりあえず、まだ春先だというのに時期外れのかき氷屋は閑古鳥確定であろう。

『魔理沙、あんたの売り物って魔道書なの? これって絶対に盗品でしょー。追い出されちゃうわよ』
『失礼だなー成子。これはれっきとした私の手書き本だぜ。まあ大図書館から借りた本を書き写した所も多いんだけどな』
『盗作じゃない……』
 泥棒魔法使いの品はやっぱり一癖あるようだ。しかし今回の市場のルールには抵触しないと判定されてお咎め無しとなった。

『……青娥、あんまり聞きたくないけどこれは何?』
『あら華仙様、分かりませんか? どこからどう見ても孫の手ですよ』
『はあ、それはどうも。でも私の知ってる孫の手は木で出来てるわ。この孫かも定かでない子供の腕はどこから切ってきたの!』
『とんでもない。これはシリコンと豚の皮で似せて作った物です。痒い所はもちろん、猫の手も借りたい忙しさの時に貴方の三本目の腕となってお役立ち。華仙様もお一ついかがですか?』
『腕はもう間に合ってます!』
 邪仙の出品物はとてもリアルな腕型のおもちゃだ。どうやって動いているかは彼女が死体を操る達人である事からお察しである。なお、物自体は無邪気な妖精や一人の夜が寂しい妖怪に案外好評だったようだ。

 他にも魔法使いの人形やら、唐傘妖怪の金物やら、永遠亭の兎印の健康グッズやら、創造神の埴輪やら。実用的な物から売る気があるのか怪しい物までバラエティーに富んだ人と物が集まり、市場の神は大層ご満悦だ。千亦はこれなら二回、三回と定期的に開催するのも有りかもしれないと考えていた。まあ、その度に博麗神社を隕石が襲うことになるのだが。

 さて、気になる秋姉妹だが──。

「いらっしゃいませー。お芋二つですね? ありがとうございましたー!」
「はい、似顔絵ですね? ちょっとお時間いただきますねー」
──いたって普通に物が売れていた。

 穣子が出しているのは祭りの定番じゃがバター。自分で育てたじゃがいもを蒸かし、秘密のルートで取り寄せたバターを塗っただけの、シンプルだが祭り特有の魔力に満ちた食べ物だ。袋詰めした生芋の方もそこそこ売れている。
 静葉のスケッチも子供を中心にちらほらと依頼が来る。絵画の方もぼちぼちだ。
 海千山千の強敵が揃う中でこの売れ行きは、はっきり言って普段の秋姉妹から考えれば快挙レベルの好調である。しかし閻魔を相手に恥を忍んで頭を下げ、市場の神と直々に手を組んだというのにこの結果で良いのだろうか。いや、良いわけがない。ここで満足しているから秋姉妹の停滞がある。
 客の流れが一時途切れたところで姉妹の心に生まれた焦り。その隙間に付け込んでくる不届き者が一人、この市場には紛れ込んでいたのだ。

「……ちょっと失礼。お二人の商品はこれだけなのですか?」
「ええそうです。けど、穣子のお芋は他に何もいらない美味しさですよ。それともスケッチのご依頼でしょうか?」
「いやいや、勿体ない! お二人にはまだまだポテンシャルが眠っているとお見受けします。ですがその引き出し方をご自分で理解できていない。いやいや勿体ない勿体ない……!」
 胡散臭い。麦わら帽子を被ったこの上なく胡散臭い少女が、他に客が居ないのを良いことに秋姉妹の前を占拠してしまった。
「勿体ないって言うならじゃがバターを買ってちょうだい。売れ残ったら全部廃棄なんだから」
「ああ! これは失礼を。買ってあげたいのですが、私は主人からお金をあまり持たせて貰えなくて……代わりと言ってはなんですが、足りない分はこれと交換していただけないでしょうか」
 少女は帽子の位置をくいくいと気にしつつ、腰のポーチから紙束を取り出した。先の映姫が渡した歴史上の偉人などが印刷された紙束とは違う、何の価値も無さそうな無地の紙束である。
「何これ? これで名刺でも作れって言うの?」
「待って、穣子。これは……微かにだけど力を感じるわ」
「おお、素晴らしい! これは少し前に流行りましたカードの原紙なのです。実はこれを作り出したのは私の主でありまして。そして名刺にするというのも遠からず。いやあ素晴らしい」
 少女が言うカードとは、とある大天狗と千亦が組んで金儲けと信仰稼ぎの礎にした物だ。他人の能力をカードにして自分で使える力があったのだが、千亦が管理する取引下でないと効力を失うという致命的な欠陥があった。ブームが過ぎた今ではメンコとして遊ぶくらいしか使い道がない。
「私達、お金が無いからカード遊びしてる余裕もないのよ」
「でしたら是非受け取っていただきたい。あの頃と同じ使い方は出来ませんが、別の使い道もあるのです。少し、お耳を……」
 姉妹も訝しくは思うが不思議と無下にする気にもなれなかった。少女から言われるがまま向けた耳に、調子の良い甘言がするりと流れ込む。それはさながら、狭い穴にも潜り込む彼女の種族のように。


──来たか。

 千亦が素早くその兆しに気付けたのは、それが彼女もよく知る力であったからに他ならない。
 そう、先ほどの秋姉妹と少女のやり取りは強引ではあるが条件を満たしてしまっていた。カードの効力が復活したのである。
「……天弓様もお気付きですか」
 月の上で神っぽいポーズを取っていた千亦に声が掛けられる。
「流石ね、映姫ちゃん。そうよ、闇取引が行われたわ」
 白黒はっきり付けるのが得意な映姫も不正の気配を検知していた。ましてそれが気に掛けていた秋姉妹絡みだったら尚更だ。
「役割分担しましょうか。私は秋姉妹、天弓様は不正元。これでいかがでしょう」
「賛成よ。どうやら私もよく知ってる奴の仕業のようだから。まったく、天狗は出禁にしてたのに……」
 禁じていたのに来れたのは何故か、千亦は確信していた。彼女は天狗の関係者ではあるが天狗ではないからだ。
 管狐の菅牧典、奴に違いない。お得意の口八丁で秋姉妹の心の隙間に付け込んだのだろう。それが管狐という妖怪の本能だからだ。
 困ったものだが千亦が力を取り戻せたのも典の飼い主のおかげであって、身から出た錆の一面もある。とはいえ千亦が想定していない取引が蔓延っては信仰の妨げになってしまう。看過することはできない。
 少なからず可愛がっていた小狐にどんな罰を与えてやるか、千亦は頭の中で典の泣き顔を想像しながら、神社の石段を駆け降りる麦わら帽子を追いかけるのだった。


「……さあ、カードはまだ残ってるよ! いらっしゃいいらっしゃ~い!」
「高額商品をお買い上げのお客様はくじもいっぱい引けます。ウルトラレアを狙うなら是非。早い者勝ちですよ~!」
 映姫の目の前には頭の痛くなる光景が広がっていた。芋と絵の後ろに並べられた、秋姉妹の全身が描かれたカード。それに群がる信者を中心とした男達。男を煽る秋姉妹。
 カードの姉妹の恰好も様々だ。普段着の姉妹、浴衣姿の姉妹、セーラー服、バニースーツ、くのいち、風呂上がり、水着。姉妹が手に持って念じるだけで白紙のカードに自分のあられもない姿が浮かび上がった。これをおまけに付ければ商品はバカ売れ、管狐はそのように吹き込んだのだ。
 どうやら露出度が高い絵ほど当たりにくい設定らしい。映姫が言葉を失っている間にも、射幸心を煽られた男性達に芋も絵も飛ぶように売れ、カードはあっという間に無くなっていった。
 静葉の絵はそこそこだったのに、このカードの絵に男が群がっていた理由。それは本人をコピーしたカードの姉妹は動き、声を掛けてくれるからである。幻想郷の外ではソーシャルゲームでもよく見られる仕組みだが、こちらでは前代未聞の新鮮なリアクションを得られたのは言うまでもない。

「……つまり抱き合わせのガチャ商法じゃない!」
 我に返った映姫は手に持っていた笏で脳天に天誅を下す。
「あいたっ! 映姫様、どうして邪魔をするんですか!?」
「どうもこうもありません! 知らない人の入れ知恵を真に受けるような悪い子たちにはこれぐらいがちょうどいいの!」
 あまりの事に映姫も閻魔の役職を忘れてお母さん化してしまう。実のところ、商法自体は外でもよく見られるものだ。チョコやパンにキャラクターのシールが付いてくる商品などが有名であろう。しかし問題は金を払って望まない物が手に入る所にある。
「……天弓様は、消費者の間で勝手な取引が横行する事で力を失ってしまったのです」
 望む物を手に入れる為に消費者間で交換や取引がされる事もあるが、きちんと市場を通さない場合は往々に詐偽や一方のみが損をする取引を招く。千亦のみならず、映姫もそれは見過ごせない。
「彼女もプレゼンターとしてあんな派手な衣装に身を包んだり、奇抜な言動をしたり、生きるのに必死なの。力を奪うような事はしないであげて。これは閻魔ではなく、『千亦ちゃん』の旧友としてのお願いです」
「映姫様……」
 あの映姫が理論ではなく情に訴える。これは姉妹に少なからぬ衝撃を与えた。
 単なる地蔵だった頃の映姫は、無主物の神である千亦に何度か面倒を見てもらっていた。閻魔となってからは多忙で会う機会も減ってしまったが、その時の恩は今でも忘れていない。ただ、一つ誤解を指摘するならば、千亦の奇抜な衣装は単なる趣味である。
「それでも納得いかないならもう一つ。貴方達は自分の信仰の源である実りや芸術をカードのおまけにしてしまった事に気付いていますか?」
「え、あ……!?」
 先の商売はカードを得る為に芋や絵を買わざるを得ない状況であった。殺到していた客がどちらを目当てにしていたかは言うまでもない。
「もちろん、あの客達の中には姉妹を信仰していた者も居るでしょう。しかし、カードが無くても来た方もいたはず。それが買った後からこの騒ぎだったと知ればどう思うでしょうね。冷静に見てみなさい。カードが無くなった今、お客の足がぱったりと途絶えてしまった事を」
「う、う……」
 姉妹は既に自身の過ちを理解していた。ここに更に畳み掛けるのは映姫の趣味ではないが、どうしても言わなければならない事がまだ残っていた。
「……あのカードは正しく取引をしないとすぐに効力を失ってしまいます。今は天弓様の力もあって動いていますが、この市場から離れてしまえば動きも喋りもしないただの絵に戻ってしまうでしょう」
「そ、そんな……」
「お姉ちゃん……」
 秋姉妹は無言でうなだれた。
 やってしまった。そのつもりは無かったが、買ったお客からは詐欺だと思われるだろう。神としてあまりにも致命的な失態だった。もう秋姉妹はお終いだ。二人揃って消えるのだ。そんな絶望感が姉妹を包んでいた。

「……逆ですよ。これは好機と考えなさい」
 姉妹はハッと顔を上げる。映姫はまだ救いがあると言っているのだ。
「貴方達に悪気が無い事は分かっています。だからこそ、まずは商品を買った人全員に謝罪なさい。カードを渡した人にも渡してない人にもです。許す、許されないよりも二人の誠意を見せる方が大事。これは貴方達のような身近な神だからこそ出来るのです。買った人全員を覚えてはいないでしょうが、特別に私の浄玻璃の鏡も見せてあげますから……と、それで宜しいですか?」
 秋姉妹に尊大な態度で神の威厳を示すなど最初から無理だと分かっている。ならば別の要素で魅力をアピールするしかない。映姫の考えるそれは、親しみやすさだ。いつでも会える、気軽に触れ合える。そんな庶民的な神様が居ても良いじゃないか。

「……私、やります」
 穣子が声を挙げる。
「私も、やらせてください」
 静葉も続いた。自分達の強みは民衆との近さにある。それを思い出したのだ。
 アイコンをクリックして真っ先に会える神様が秋姉妹だ。謝罪を口実に、今度はこちらから会いに行ける絶好の機会。自分達のような木っ端の神にはそれこそが相応しい。
『映姫様……ありがとうございます!』
 深々と頭を下げる姉妹に、映姫は地蔵菩薩のような慈愛に溢れた笑顔で頷いた。

 秋姉妹は屋台を畳むと自分達の品を持つ客を探して回った。
 カードを持つ客には千亦の市場を離れればただのブロマイドになってしまう事、持たない客には改めて似たようなカードを描き上げて渡す事を伝え、既に会場を去ってしまった客の後も映姫の力を借りて追いかけた。
 平謝りする姉妹にショックを受けこそすれ、怒る者は一人として居なかったという。それどころか動かなくなったカードでも有り難い、神棚に飾ると言った者や、買った後まで気にしてくれた事に感謝し、今後信仰すると約束する者もいた。
 これまでの頑張りがようやく報われだしたのだと実感した姉妹の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。


 ◇


──ただいま、戻りました。

 声の方に振り向いた大天狗、飯綱丸龍の目に衝撃的な姿が飛び込んだ。
 いつもの白い服が見るも無残なレインボーに染め上げられた部下、菅牧典の珍妙な格好である。腕には祭りで買った芋の袋がぶら下がっている。
「……また、奇天烈な服で帰ってきたものだな。まるでどこかの情けない神のようだ」
「はい。その天弓千亦にやられました。お前の部下を私色に染め上げてやった、ざまあみなさい。そう伝えろと」
 千亦に追いかけられていると気付いた典は特に逃げ惑ったり抵抗もしなかった。全力を取り戻した神にしがない管狐が勝てる道理が無い。ならば大人しくされるがままが一番被害が少ないと知っているからだ。
「ふっ、服などいくらでも漂白してやるさ。それより私が頼んだお使いは達成できたか?」
 龍が典に命じた事は二つ。一つは売れ残ったカードを処分してくる事。そしてもう一つは『市場が開かれる博麗神社』へのお届け物である。
「申し訳有りません。酒は……『月虹』は千亦に没収されてしまいました。カードの処理より先に酒を届けるべきだったと反省しています」
「……そうか。まあ良い、酒などまた届け直せばいいからな」
 信頼する右腕、典の失敗にも龍は寛大だ。それは可愛がっている管狐に甘いから、ではない事を典本人がよく分かっていた。
「そうそう、千亦から貴方様にもう一つ伝言がありました。私は天狗は来るなと言ったが『龍』は禁止していなかった、だそうで。いやはや、一体何の事なのか、私には理解に苦しみます」
「ふぅん……」
 千亦、龍、典、そして大蜈蚣の百々世。月虹の下で四人だけの市場を開いた時、典はカード遊びで興奮する上司達を内心呆れながら眺めたものである。特に千亦はあれを掛け替えのない一時だと思っていたらしい。所詮は互いに利用し、利用されるだけの関係に過ぎないというのに。
「ところで、このジャガイモだけは持ち帰れましたが如何しましょうか。千亦は竜田揚げにして食うと美味いなどと申しておりましたが」
「ならば、そうしよう。千亦は市場の神だけあって物を見る目は確かだからな。奴が言うならそうなのだろうさ」
「……ふふ」
 典は手を口に当ててこれ見よがしに笑った。
「どうした。何かおかしいところでもあったか?」
「いえ、ただ……神というのは回りくどくて面倒なものだ、と思いまして」
「まあ、そんなものだ。人の上に立つ者というのは面倒が多い。それは私も同じ事だがな」

 今頃は千亦達も市場の成功を祝って芋の竜田揚げと『月虹』で宴を開いているのだろう。その光景を脳裏に浮かべながら、龍ももう一本だけ残っていた酒の封を切るのだった。
こーん(笑)
石転
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コメント



0.450簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
虹龍洞製品版キャラたちと秋姉妹や映姫様がワイワイ絡んでお祭りのように楽しい作品でした!
キャラクターたちの掛け合いもらしくて、良かったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.90名前が無い程度の能力削除
新キャラを含む大勢のキャラがそれぞれ魅力を発揮しながら動き回り、それでいて綺麗に纏まって大変良い読後感でありました。
浮き沈みの激しい神様たちを上手く導いて話を繋げる映姫の硬すぎも軟らかすぎもしないクッション力が光っていたように思います。
7.100ヘンプ削除
うわああ!凄い!読みやすい!そして色んなキャラが楽しそうにしているのがとても良い!
とても面白かったです。ありがとうございます。
8.100夏後冬前削除
新キャラの解像度が出たばっかりのこの時期にこんなにも高いということに才能を感じまくりでした。面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
新キャラたちのわちゃわちゃ感が良かったです。あと秋姉妹は本当になんでもできるなと思いました。
10.100めそふ削除
良かった、すごく面白かったです。
まさかこんなに早く新キャラを登場させてくるとは…。キャラ同士の関係性もしっかりと伝わってきてちゃんとエンタメしてる良いお話でした。
11.100Actadust削除
すごく読みやすかったです。エンタメしてました。
神様同士のドタバタっぷりが出ていて面白かったです。

新キャラや新作設定もしっかり練り込まれていてすごい。
12.100南条削除
とても面白かったです
それぞれのキャラの魅力がこれでもかと詰まっていました
13.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
14.90名前が無い程度の能力削除
こーん
色んなキャラが上手いこと動いていてよかったです。
19.100名前が無い程度の能力削除
とても読みやすく、面白かったです。
安定した文章力でエンタメもあり、随所に挿入されるギャグのテンポも良く、楽しく読むことが出来ました。