―――翌日
村の中央には人だかりが出来ていた。3人も野次馬になる。
「なんだあれは?」
「人が多くてよく見えない…」
「あ!あれって…」
「村を救ってくれてありがとうございます。今は若い働き手がないと家計が成り立ちません」
「若い人を無理やり徴兵だなんて」
「なんて外道な者達だ!」
「そのような者を追い出してくださるあなた様はまさにこの村の"神様"です」
"いいのよ。私に取ってあなた達を守る事が一番大事なのよ"
「有難いお言葉です」
"これからも、 幸せに 暮らしなさい"
………
「本当に、あのような方が私達の支配者で良かった!」
「そうだな。これから上手く行きそうな気がしてきた」
「それじゃ、畑仕事に戻るか!」
"鍬持つ農民助けつつー銃取る歩兵うち破りー敵をー沈黙せしめたるー"
………
「なんだか、村はあの妖怪を受け入れようとしているわね」
「まあ、外敵から守ってくれるのはいい事なんじゃないか?」
「…」
「…どうした?こーりん」
「怖い…」
「ん?」
「あの妖怪は、そこらの妖怪の比じゃないほどの気を発している。気を付けた方がいいよ」
「ふーん、むしろ強い方が村が安全になるから良いと思うけどな」
「いや、私も霖之助くんと同じ意見よ」
「靈夢も?」
「あの妖怪、今は村の人に優しくしているけど、そのうち村に悪い事をしてくると思う。」
「2人がそう言ってるって事は結構当たってるのかもな…」
「靈夢の勘ってよく当たるもんね…」
昨日の事件から3人の不安は高まるばかりであった。
――――――
あの日から、軍隊が来ることはなかった。
村の中では、妖怪、特に紫に対して畏敬の念を持つようになった。
翌年、明治15年、不思議な事が起きた。
村の外で米が収穫できたのだ。
昨年の出来事から農民の気運が高まった。少しでも収穫量を増やそうと努力し、わずかながら人間の食料が増加した。
やがて経済も微増ながら発展し、霧雨商会からリストラされた従業員も再雇用された。結果的にレイオフとなった。
商会は、どうにか村の外で米が収穫できないかと試行錯誤しながら米を栽培していった。
霧雨商会は称えられた。
「霧雨商会は食料問題に革命を与えた!」
「霧雨商会なら自分の米を取り扱っても良さそうだな」
霧雨商会は復興を遂げたのだ。
鍬持つ農民助けつつ
銃取る歩兵うち破り
敵を沈黙せしめたる
我が支配者の砲弾は
放つに当たらぬ方もなく
その声天地に轟けり
村人の歌声が聞こえる。
――――――――――――
明治16年、村の中で謎の思想が広まった。
妖怪を崇める人が出てきたのだ。
「一昨年現れた紫様は、私たちの救世主である。あのお方は外の賊を征伐し、村に恵みを与えて下さる。
この世界の頂点であり、慈愛の心で私達を見ていて下さるのだ。私達が紫様に祈る事でこの村は繁栄を極めるだろう」
「紫様、私達をお助け下さい…」「紫様!」「紫様!」
袈裟の様な服を着た男を中心に人だかりが出来ている。
『…』
野次馬の3人は呆然とするしかなかった。
「くそっ、止めてくる」
「待って!魔梨沙」
「止めるな靈夢!こんなの見てられるか!」
「でも、今行くと…」
「おい!そのわけわからん宗教はなんだ!さっさとやめろ!」
村の男が詰め寄った。
『…』
「おい、何か返事をしたらどうだ!?」
「…彼は紫様の行いに逆らう悪魔です。土壇場へ」
「はい!紫様の為に!」
「お、おい…何をするんだ!離せ!」
「貴方はこの村には必要のない者です…やりなさい」
「はい」
「や、や、やめ…」
「ひっ!!」
「うぁっ!!」
「…」
----頭は空で首肯する----
「全ては紫様の為に!パープル!」
「パープル!」「紫様万歳!」
…この謎の宗教は瞬く間に広まった。代表である法王が誕生し、その下に配下が連なって信仰する様になった。
この宗教は日が昇ってから降りるまでに体を大きく動かす数回の儀式を行う。
運動をすれば精神は健康になる。これを神が授けたお恵みであると皆が勘違いした。
これに乗っかってきたのが、儀式を使った健康ビジネスである。
周囲との距離感を掴めながら体を動かして健康を維持するという合理的な考えにより、更に村に儀式が浸透し、村の文化になるまで台頭した。
―――法王は、この宗教を"空飛ぶマジカル紫教"と名付けた。
村の人間がほとんど洗脳されるのも時間の問題であった。
…………
やがて、宗教は霧雨商会に侵食してきた。
多くの投資先が敬虔な信者となった為、霧雨商会に対して横柄な態度を取るようになる。
"正式に空飛ぶマジカル紫教を認めなければ、御商会から融資を頂きません。
従って、霧雨商会様に致しましては是非「検討」をお願いして頂きたいと存じます"
「左様ですか。弊商会はその考えを否定する気はございません。
しかし、私達は思想や言動は全ての人間が自由に出来る権利を持つと考えます。よって、私達から何かを発言する必要性はございません」
"なにも空飛ぶマジカル紫教に異を唱える者を排除せよと申しているのではありません。
あくまでも、霧雨商会様が私我々の信じる道を認めて頂ければ良いのです"
「…誰がこの村の経済を牽引してきたのかご存知ですか?
あまりにも、奇怪な言動を為されるのであれば、その時点で融資を停止し、返済を要求しますが…」
"お言葉ですが、霧雨商会様に融資されている店の何割が我々の宗教を信じているかご存知でしょうか?
ざっと7割は下りません。これらの者達が一斉に反旗を翻すとどうなるか…想像が付くとは思いますが…"
「…」
霧雨商会はどうしようもなく、宗教を一部認める事とした。
あくまでも信教、結社、言論の自由はあるものと強調した。
しかし、村民には自由という概念は理解出来なかったようだ。
ただ、霧雨商会が空飛ぶマジカル紫教を認めたというニュースに対して村民は喜んだ。
やがて、霧雨商会の顧客の大方を信者が占め、空飛ぶマジカル紫教の思想に反するビジネスは出来なくなった。
「魔梨沙、お客様の為に空飛ぶマジカル紫教の儀式を練習しよう。なに、1回5分くらいだからすぐに終わるよ。そしたら、また本を読めばいいさ」
「…ああ!そういえば、友達の家に行くんだった!また後にする!」
「…。はぁ…」
―――霖之助宅―――
「お母さん、これから僕たちどうすれば…」
「あの宗教に入信なさい。それが貴方の為よ」
「…」
「今までの状況から打破出来るチャンスよ。いくら貴方が如何なる者であろうとこの宗教の信者は皆を平等に優しくしてくれるわ」
「…確かにそうかもしれない」
「でしょ?なら…」
「でも、そんな事をしてまで僕を認めて欲しくない!入信して信者になった所で、僕の人生は幸せになるわけがない!」
「…」
「僕は、この村から出ていく。母さんも行こう。こんなところで暮らしていてももうどうしようもない。遅かれ早かれ、崩壊するよこんなところ」
「…なら、貴方だけ行きなさい、霖之助君」
「母さん…」
「私はこの村から出ないと貴方が産まれた時から決めているの。それがあの人の為なの…」
「…」
―――靈夢宅―――
「…引っ越ししよう。山に暮らすんだ。もうこの村は危ない」
靈夢の父は疲れた顔をしていた。いや、靈夢も、母も疲れ切っていた。
「…そうしましょう。靈夢の為にもこんなところにいたら危ないわ」
「でも…友達が…魔梨沙と霖之助くんが…」
「一緒に連れてくればいい。それなら問題ないんじゃないか?」
「お父さん、親御さんの考えもあるでしょう」
「…そうだな、一度友達にこの話をしてみたらどうだ」
「米はいつ無くなっても困らない様に節約をしてきた。おかげで2年は食べていける。
どこかに田んぼを引いて慎ましく暮らしてもいいんじゃないか?」
「明日、友達に聞いてくる―――」
「靈夢!いるか!?」
玄関の扉が五月蝿く開く。
「魔梨沙!どうしたの!?」
「ついに、私の家も"あれ"に飲み込まれた。もう逃げるしかない……」
「魔梨沙……ちょうど良かったわ」
「なんだ?まさかお前も…」
「違うわよ。私達も魔梨沙と同じ事を考えていたのよ。引っ越しするの」
「…本当か?」
「ええ。食べ物はたくさんある。暫くは皆で暮らしていけるわ」
「そうか。…」
「…霖之助君は来るのかしら?」
「分からない、今日はまだ会ってない―――」
「靈夢!魔梨沙!」
玄関の扉が静かに開く。
「お邪魔します」
「こーりん!」
「霖之助君!」
「話は聞こえたよ。僕もついて行ってもいい?」
「おう!おめぇが靈夢の友達とかいう男か。お前には働いてもらうぞ」
「お父さん!冗談よ霖之助君。靈夢のお友達は大歓迎よ!」
「ありがとうございます!お父さん、お母さん!」
『………』
家族みんなでお引越し。
新しい家族が2人増えた。
村の中央には人だかりが出来ていた。3人も野次馬になる。
「なんだあれは?」
「人が多くてよく見えない…」
「あ!あれって…」
「村を救ってくれてありがとうございます。今は若い働き手がないと家計が成り立ちません」
「若い人を無理やり徴兵だなんて」
「なんて外道な者達だ!」
「そのような者を追い出してくださるあなた様はまさにこの村の"神様"です」
"いいのよ。私に取ってあなた達を守る事が一番大事なのよ"
「有難いお言葉です」
"これからも、 幸せに 暮らしなさい"
………
「本当に、あのような方が私達の支配者で良かった!」
「そうだな。これから上手く行きそうな気がしてきた」
「それじゃ、畑仕事に戻るか!」
"鍬持つ農民助けつつー銃取る歩兵うち破りー敵をー沈黙せしめたるー"
………
「なんだか、村はあの妖怪を受け入れようとしているわね」
「まあ、外敵から守ってくれるのはいい事なんじゃないか?」
「…」
「…どうした?こーりん」
「怖い…」
「ん?」
「あの妖怪は、そこらの妖怪の比じゃないほどの気を発している。気を付けた方がいいよ」
「ふーん、むしろ強い方が村が安全になるから良いと思うけどな」
「いや、私も霖之助くんと同じ意見よ」
「靈夢も?」
「あの妖怪、今は村の人に優しくしているけど、そのうち村に悪い事をしてくると思う。」
「2人がそう言ってるって事は結構当たってるのかもな…」
「靈夢の勘ってよく当たるもんね…」
昨日の事件から3人の不安は高まるばかりであった。
――――――
あの日から、軍隊が来ることはなかった。
村の中では、妖怪、特に紫に対して畏敬の念を持つようになった。
翌年、明治15年、不思議な事が起きた。
村の外で米が収穫できたのだ。
昨年の出来事から農民の気運が高まった。少しでも収穫量を増やそうと努力し、わずかながら人間の食料が増加した。
やがて経済も微増ながら発展し、霧雨商会からリストラされた従業員も再雇用された。結果的にレイオフとなった。
商会は、どうにか村の外で米が収穫できないかと試行錯誤しながら米を栽培していった。
霧雨商会は称えられた。
「霧雨商会は食料問題に革命を与えた!」
「霧雨商会なら自分の米を取り扱っても良さそうだな」
霧雨商会は復興を遂げたのだ。
鍬持つ農民助けつつ
銃取る歩兵うち破り
敵を沈黙せしめたる
我が支配者の砲弾は
放つに当たらぬ方もなく
その声天地に轟けり
村人の歌声が聞こえる。
――――――――――――
明治16年、村の中で謎の思想が広まった。
妖怪を崇める人が出てきたのだ。
「一昨年現れた紫様は、私たちの救世主である。あのお方は外の賊を征伐し、村に恵みを与えて下さる。
この世界の頂点であり、慈愛の心で私達を見ていて下さるのだ。私達が紫様に祈る事でこの村は繁栄を極めるだろう」
「紫様、私達をお助け下さい…」「紫様!」「紫様!」
袈裟の様な服を着た男を中心に人だかりが出来ている。
『…』
野次馬の3人は呆然とするしかなかった。
「くそっ、止めてくる」
「待って!魔梨沙」
「止めるな靈夢!こんなの見てられるか!」
「でも、今行くと…」
「おい!そのわけわからん宗教はなんだ!さっさとやめろ!」
村の男が詰め寄った。
『…』
「おい、何か返事をしたらどうだ!?」
「…彼は紫様の行いに逆らう悪魔です。土壇場へ」
「はい!紫様の為に!」
「お、おい…何をするんだ!離せ!」
「貴方はこの村には必要のない者です…やりなさい」
「はい」
「や、や、やめ…」
「ひっ!!」
「うぁっ!!」
「…」
----頭は空で首肯する----
「全ては紫様の為に!パープル!」
「パープル!」「紫様万歳!」
…この謎の宗教は瞬く間に広まった。代表である法王が誕生し、その下に配下が連なって信仰する様になった。
この宗教は日が昇ってから降りるまでに体を大きく動かす数回の儀式を行う。
運動をすれば精神は健康になる。これを神が授けたお恵みであると皆が勘違いした。
これに乗っかってきたのが、儀式を使った健康ビジネスである。
周囲との距離感を掴めながら体を動かして健康を維持するという合理的な考えにより、更に村に儀式が浸透し、村の文化になるまで台頭した。
―――法王は、この宗教を"空飛ぶマジカル紫教"と名付けた。
村の人間がほとんど洗脳されるのも時間の問題であった。
…………
やがて、宗教は霧雨商会に侵食してきた。
多くの投資先が敬虔な信者となった為、霧雨商会に対して横柄な態度を取るようになる。
"正式に空飛ぶマジカル紫教を認めなければ、御商会から融資を頂きません。
従って、霧雨商会様に致しましては是非「検討」をお願いして頂きたいと存じます"
「左様ですか。弊商会はその考えを否定する気はございません。
しかし、私達は思想や言動は全ての人間が自由に出来る権利を持つと考えます。よって、私達から何かを発言する必要性はございません」
"なにも空飛ぶマジカル紫教に異を唱える者を排除せよと申しているのではありません。
あくまでも、霧雨商会様が私我々の信じる道を認めて頂ければ良いのです"
「…誰がこの村の経済を牽引してきたのかご存知ですか?
あまりにも、奇怪な言動を為されるのであれば、その時点で融資を停止し、返済を要求しますが…」
"お言葉ですが、霧雨商会様に融資されている店の何割が我々の宗教を信じているかご存知でしょうか?
ざっと7割は下りません。これらの者達が一斉に反旗を翻すとどうなるか…想像が付くとは思いますが…"
「…」
霧雨商会はどうしようもなく、宗教を一部認める事とした。
あくまでも信教、結社、言論の自由はあるものと強調した。
しかし、村民には自由という概念は理解出来なかったようだ。
ただ、霧雨商会が空飛ぶマジカル紫教を認めたというニュースに対して村民は喜んだ。
やがて、霧雨商会の顧客の大方を信者が占め、空飛ぶマジカル紫教の思想に反するビジネスは出来なくなった。
「魔梨沙、お客様の為に空飛ぶマジカル紫教の儀式を練習しよう。なに、1回5分くらいだからすぐに終わるよ。そしたら、また本を読めばいいさ」
「…ああ!そういえば、友達の家に行くんだった!また後にする!」
「…。はぁ…」
―――霖之助宅―――
「お母さん、これから僕たちどうすれば…」
「あの宗教に入信なさい。それが貴方の為よ」
「…」
「今までの状況から打破出来るチャンスよ。いくら貴方が如何なる者であろうとこの宗教の信者は皆を平等に優しくしてくれるわ」
「…確かにそうかもしれない」
「でしょ?なら…」
「でも、そんな事をしてまで僕を認めて欲しくない!入信して信者になった所で、僕の人生は幸せになるわけがない!」
「…」
「僕は、この村から出ていく。母さんも行こう。こんなところで暮らしていてももうどうしようもない。遅かれ早かれ、崩壊するよこんなところ」
「…なら、貴方だけ行きなさい、霖之助君」
「母さん…」
「私はこの村から出ないと貴方が産まれた時から決めているの。それがあの人の為なの…」
「…」
―――靈夢宅―――
「…引っ越ししよう。山に暮らすんだ。もうこの村は危ない」
靈夢の父は疲れた顔をしていた。いや、靈夢も、母も疲れ切っていた。
「…そうしましょう。靈夢の為にもこんなところにいたら危ないわ」
「でも…友達が…魔梨沙と霖之助くんが…」
「一緒に連れてくればいい。それなら問題ないんじゃないか?」
「お父さん、親御さんの考えもあるでしょう」
「…そうだな、一度友達にこの話をしてみたらどうだ」
「米はいつ無くなっても困らない様に節約をしてきた。おかげで2年は食べていける。
どこかに田んぼを引いて慎ましく暮らしてもいいんじゃないか?」
「明日、友達に聞いてくる―――」
「靈夢!いるか!?」
玄関の扉が五月蝿く開く。
「魔梨沙!どうしたの!?」
「ついに、私の家も"あれ"に飲み込まれた。もう逃げるしかない……」
「魔梨沙……ちょうど良かったわ」
「なんだ?まさかお前も…」
「違うわよ。私達も魔梨沙と同じ事を考えていたのよ。引っ越しするの」
「…本当か?」
「ええ。食べ物はたくさんある。暫くは皆で暮らしていけるわ」
「そうか。…」
「…霖之助君は来るのかしら?」
「分からない、今日はまだ会ってない―――」
「靈夢!魔梨沙!」
玄関の扉が静かに開く。
「お邪魔します」
「こーりん!」
「霖之助君!」
「話は聞こえたよ。僕もついて行ってもいい?」
「おう!おめぇが靈夢の友達とかいう男か。お前には働いてもらうぞ」
「お父さん!冗談よ霖之助君。靈夢のお友達は大歓迎よ!」
「ありがとうございます!お父さん、お母さん!」
『………』
家族みんなでお引越し。
新しい家族が2人増えた。