Coolier - 新生・東方創想話

Snow Tears

2021/05/14 12:57:25
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――酷く濁った、赤黒い液体。
私の口元から首へ、首から腕を伝い、指から滴り落ちる。
生々しくも、高揚感を唆る。
鼻につく鉄の匂い、私にとってはもう何も感じない程にまで、身近な存在。
しかし、そんな下賎な物は、私には似合わない。
こちらはどうかしら?
ほぅ、見事な紅色ね。
まるで深紅の宝石の様、紅い悪魔には相応しい。
そうねぇ、例えるのなら……血に濡れた藍宝石、といった所かしら。
本来ならば藍色に輝くこの宝石ですらも、私は真っ赤に染めてしまうのよ。
それ程までに、この身には何度も赤い雨を纏ってきた。
……さぞかし、お前の血の味は甘美なるものなのでしょう?
でもお生憎様、私の飢えは満たされているわ?
仕方がない、此度は見逃してあげましょう。
貴女のモノを頂くには、まだ時が早い。
それに、何れ貴女は私の元へとやってくる。
生ける人としてか、はたまた喰らわれるだけの屍か。
その選択は、貴女自身が決めることね。
――運命には抗えない、しかし変えることは出来る。
故人はそう言っていたわ。
……無様なものよね。
その「運命」とは、所詮人間が定めた根拠の無い、暫定的な未来でのお話でしょう?
私の言う「運命」はね、全てが定められた……絶対的なる事象への道筋なのよ。
その道を外れることも、第二者が捻じ曲げることも許されない。
昔の話をするのなら、かつての絶対王政に近いかもね。
まぁ私は、そんな余興にもなり得ないちっぽけな事には、興味はないのだけれど。
さて、そろそろ行くとしましょうか。
時が来れば、また会いましょう?
貴女は満月の浮かぶ夜空の元、闇にどんな色を添えるのか……楽しみにしているわ?
動くことのない歯車に囚われた、哀れな銀の仔羊さん?
あら、怯えているの?
大丈夫、取って喰いはしないわよ。
先程も言ったでしょう?
……駄目ね、話にならないわ。
でもね、これだけは伝えてあげる。



貴女の居場所は、そこではない。
月夜を見上げ、己を問い正せ。
高貴なる吸血鬼へ忠誠を誓うと……少し先の未来が訪れる前に、約束しなさい?
そうすれば、何も無い空間から、貴女を連れ出してあげましょう。
時を縛る鎖には、穿つ真紅の槍を。
先の見えぬ果てなき闇には、血染めの灯火を。
もしも、これらを欲するのならば、貴女の全てを私に捧げなさい?



「レミリアお嬢様、どうか泣かないで下さい。 きっと私はまた……お仕え致しますから」
待って、私はまだ……!!
目を閉じずに、私を見て……!
――ぷつんと、生命を繋ぐか細い糸が切れる音がした。
それはこの場の何にも反響せず、ただ一人、私にだけ突き付けられたあまりにも呆気なく重い音。
全身から、何もかもが抜けていく感覚を覚える。
主にこんな顔させて……大馬鹿者……。



……夢を見ていたの?
静かな朝が訪れ、暖かな陽の光が、カーテンの隙間から差し込んで来る。
夜を統べる者には、こんな輝かしい場所は似合わない。
かつての私は、こんな空間でさえ好きだった。
風花、貴女が傍に居たからね。
「お嬢様、朝食のご用意が出来ました」
「えぇありがとう、すぐに向かうわ」
以前とは違う、一日の始まりを告げる言葉。
何故かしらね。
私が居る場所と貴女の居る場所が、違う様にも思えるの。
気怠い身体を起こし、淡い桃色のドレスを身に纏う。
部屋を出、いつもの場所へと向かう。
私が歩く度、この広大な場所を行き交う小さなメイドたちは、皆一様に頭を下げる。
慣れない光景ね。
主が表を歩くのならば、従者はそれを見守る。
当然のことと言えば当然なのだけれど、私の柄じゃないわね。
テーブルへと並べられた、鮮やかな食事たち。
随分と豪勢なものね、あの頃とは違う。
あら、私の後ろに立つの。
……共に食卓を囲みなさい、そんな一言さえ、何故か伝えることが出来ない。
あの子とは違うのだから、この子の自由にさせればいい。
でも何故かしら。
口に入る度、懐かしくも思える暖かい味の数々。
……私の時間が止まっているの?
いえ、そんなことはないわ。
幻想郷の夜の王として、私は今ここに居る。
第一、私がそんなものに屈することなんて有り得ないのよ。
でも、料理の見た目は違うのに、この味を何度も味わったことがあると思ってしまうのは……何故だろう。
もう何も残っていないはずなのに。
今日の朝食は、何処かもどかしくも思えるものだったわね。
何か、このへばり付く靄を捨ててしまいたい。
そんな気分だわ。
……あら?
気が利くのね、紅茶なんて頼んでいないのに。
この茶葉の匂い……懐かしいわね。
まだ残っていたのね、あの子の温もりは。
万物から恐れられる吸血鬼を、真っ直ぐで星の様に煌めく眼差しで見つめていた、丸く大きな瞳。
何をするにしても心配が勝ち、仕えるというよりも飼われていたという方が似合う、惨めな人間。
それでも私は、貴女を必要としていた。
片時も離れずに、私の最期を看取ってくれると思っていた。
でも……人とは脆い生き物だった。
数十年もしたら年老い、朽ちていく。
少しの衝撃にも耐えられず、少しの病魔にも冒される。
結局、すぐに私の元を離れてしまった。
あんな言葉を残して、無責任な子だったわ。
……大丈夫な訳ないじゃない。
貴女という宝物を失ってしまったのよ……!?
このまま生命を捨て、共に旅立とうとも思った。
しかし、吸血鬼というのは元来より最上位の生物。
少しの細胞が生存する限り、一夜もあれば元に戻ってしまう。
言うなれば不老不死に近いの、この意味が貴女には分かる?
……貴女を永遠のものにすることも出来た。
私が鮮血を喰らえば、貴女はずっと私のもので居られる。
それでも私は、あの子を自分のモノには出来なかった。
貴女が人であることに、意味を見出していたから。
ずっと、私の隣で咲いていて欲しかった。
例え醜くても、私からすれば……とても綺麗だったもの。
二度と会えない場所に居るのは分かっている。
それでも……もう一度会えるのなら……きっと……。



「お嬢様? 如何なされました?」
ふと我に返る。
可笑しいわね、こんなにも目頭が熱いなんて。
吸血鬼が流すのは、冷たく滴り落ちる血だけだと思っていたのに。
「ごめんなさいね、少し昔のことを思い出していたわ」
「そうでしたか。 ところでお嬢様、こんな言葉をご存知ですか?」
輪廻転生。
万物は何度も生まれ変わり、この世で生を謳歌するという意味らしい。
珍しい言葉を知っているものね、うちのメイドは。
……活字は苦手なのよ。
「お嬢様にも、大切な方がいらっしゃることでしょう。 しかし人間とは、短い時間の中でしか生きることは出来ません。 その時間を早めることは出来ても、止めることは出来ないのです」
「そうね、それは私もよく知っているわ。 そうだ、貴女はこの言葉をどう思う?」
私はまた、レミリアお嬢様にお仕え致しますから。
言葉だけを聞くならば、これは真っ赤な嘘。
すぐに散ってしまう命だもの。
無責任、裏切り。
私は、心の中でずっとそう思ってしまっていた。
「私は信じますよ、その言葉。 大切なものは、例え形なくなろうとも、元の場所へと帰ってくるのですから」
「へぇ、随分と夢心地な事を言うのね。 貴女には、とてもじゃないけど、似合わないわね」
「そう言って頂けて、光栄ですわ。 そうだ、私から今の内に、お嬢様をお伝えしたいことが」
私の手を取り、目線を合わす。
まだぼやけた視界の中、彼女は笑って見せる。



「人とは脆く、すぐに崩れてしまう物。 私も一生死ぬ人間でしょう。 ですが、大丈夫です。 生きている間は一緒に居ると約束致します。 お嬢様の傍でずっと、咲き誇り続けますから」



――あぁ、そうね。
そうなる運命にした覚えはないのだけれど。
貴女は、自分で選んだのね。
この運命から目を背けていたのは、私だったのかもしれない。
――きっと、その言葉が欲しかった。
だからこそ、貴女にも立派に咲いて欲しいの。
あの夜、あの人間はしばらくの間その場を動かなかった。
夜空へと昇るのを躊躇う、儚い月の様に。
十六夜 咲夜。
……そう、私がこの名前を与えたのよね。
貴女がどんな花を咲かせてくれるのか、楽しみにしているわ?
そしてきっと、私を照らす月光にもなるでしょう。
――あの子は、今の私をどう見ているのかしらね。
「咲夜、これから少し外に出るわ。 お前も来なさい」
「私もですか? 買い出し程度なら私が……」
「違うわ。 貴女には、あの場所へと来たる義務があるの。 すぐに支度なさい」
「……かしこまりました」
貴女は、色とりどりの花々が咲いている、こんな場所が好きだったわね。
もちろん、今もきちんと覚えているわよ。



「お嬢様、ここは?」
「普段は立ち入ることがないようにしている場所よ。 お前がここに来る以前、私に仕えていた従者である、望月 風花が眠る場所よ」
「何故、私をここへ?」
「理由は……そうね……。 何れ、知る時が来るのではないかしら」
あら珍しい。
不思議そうな表情もするのね。
はぁ……まだまだ固いわね、もう少し柔軟に生きなさい?
時を手中に納めたとしても、戻すことは出来ない。
貴女に与えられた時間は有限よ。
かしこく使いなさいな。
「お嬢様、少しここでお待ち頂けますか?」
そそくさと立ち去る咲夜。
何か忘れたのかしらね。
どこか天然で抜けているのよ、人間味があっていいと思うけれど。
数分と経たぬ内に、何やら手に持ち戻ってきた。
あれは……。
「手向けの品がありませんでしたから。 私が独断で選別したものですが、ご満足頂けるかと」
橙色のスノードロップの花、か。
偶然よね……?
あの子が好きだった花を、貴女が持つなんてね。
これも運命の巡り合わせかしら?
私は何もしていないけれど。
いつ見ても、仏花には程遠い花ね。
共に手を合わせ、目を閉じる。
かつての色々な時間が、脳内を巡る。
他愛もない話で、夜明けまで語り明かした時もあった。
まだ私に仕えて間もない頃、よく眠るのを見守っていたわね。
本来ならば、それは貴女の役目でしょう?
幾度もなく、ティーカップを割ったわね。
その度に、貴女は悲しげな顔をしていた。
そんな顔しないで、いくらでも買えばいいのだから。
私たちが生まれた日には、特大のケーキを作っていたかしら。
まだ、あの時よりも素晴らしい甘味には、出会っていないのよ?
吸血鬼に舌鼓を打たせたこと、光栄に思いなさい?
他にも様々なことがあった。
どれもかけがえのない、どれだけの時が経っても変わらない。
片時も忘れていないわ、貴女との日々。
そうだ、今日一つ決めたことがあるのよ、聞いてくれる?
今まで、私は現実を受け入れることをせずに、ずっと逃げていたの。
でも、そんな自分は今日で終わり。
紅魔館で暮らす新しい子たちに相応しい、レミリア・スカーレットで居ることを、ここに誓うわ。
……ほんの少しだけでもいいから、見守っていてくれる?
「お待たせ致しました、お嬢様」
「咲夜、随分と長い間目を閉じていたわね。 何かあったの?」
「いえ、よく分かりませんが……誰かと話をしていた気がするんです」
「へぇ、何を話していたの?」
「お嬢様、こんな言葉をご存知ですか?」
女性というものは、一つや二つ秘密がある方が魅力的なのですよ、ですって?
はぁ、これだから人間は。
……面白い生き物ね、本当に。
「咲夜、今宵は宴を開きなさい?」
「急なお申し出ですね。 何か良い事でもありましたか?」
「お前には教えないわよ、その方が魅力的でしょう?」
「……ふふっ、かしこまりましたわ。 すぐに手配致します」
……何よ、貴女が言い出したんでしょうに。
まぁいいわ。
また、会いに来るわね。
そうだ、貴女にも、咲夜にも感謝しているのよ?
普段は言えないけどね、そういう柄じゃないもの。



さようなら、宝物を失った自分。
そしてようこそ。
既望に浮かぶ月の光の中、風に揺られても尚鮮やかに咲き誇る、藍の大輪の花たち。
遠い過去から現在、そして遥か先の未来が訪れたとしても、ここが貴女たちの居場所よ。
ご閲覧頂きありがとうございます。
短い間に、色々な意味を含ませた作品に仕上がりました。

宜しければ、その意味等も探って頂けると幸いです。

次回以降もお楽しみくださいませ。
REEYA
https://twitter.com/R_Y_35
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