『午前五時の体育』
ガラス戸越しに見える館内には照明が点いていなかった。廊下の暗がりに火災報知機の赤ランプだけがかっと光って、何やら物言いたげに私の方を横目にしていた。こちらから戸を開けて入ろうとしたなら鳴りだす気かもしれない。私は貼り紙に書かれている開館時間を用心深く読み返した。
「水曜日は午前五時から利用可能」――口に出しながら、これは少々異様なことに思えた。とはいえ一般にこの手の施設はどれくらい朝早くからはじまるものなのだろう、べつに事情に詳しいわけでもないのだった。
それは二階建ての円形建築で、壁は全面が白かった。表から見上げた様子はローマの古代劇場に似ていた。南丹の山の中にこんな場所があったとは、昨夜ダム見物のついでに立ち寄った休憩所でパンフレットを手に取らなければ、全く思いもよらなかった。私は持ってきたパンフレットをかばんから取り出し、掲載の写真と実物を見比べてみた。経年により白い壁は少々くすんだらしかったが、早朝の薄明かりの中でその色は青いような赤いような、美しい影を帯びて風景に浮かぶのだった。
一応建物の周囲を回って調べたが、洞窟のように奥まった裏口と、やせ細った非常階段の他には何もなかった。やはり使用できる出入口はこの表玄関だけらしい。
そこへ、買い出しに行っていたメリーが帰ってきた。十五分前に見たときには手荷物などなかったはずだが、どこで拾ったのか大きな籐編みのバスケットを携えていた。薄青色の長いスカートと相まって、公園へ花見に行くような格好だった。
「サンドイッチにしておいたわ」と言ったメリーはその選択がやけに得意らしかった。「あとコーヒーも」
意を決してガラス戸を押し、館内に踏み入った。メリーもすぐに後から続いた。その続く足音はトコトコとあまりに無警戒で、先を歩く友達の判断に何の懸念もないかのようだったので、私にはまるで連れ去られていく子供という印象を受けた。
「暗いのね」メリーが言ったのはそれだけだった。言うと上り口で脱いだ靴を綺麗にそろえて隅に寄せた。私も倣って隅に寄せた。無人の建物だからこそ、それは上手い振る舞い方かもしれないと思った。上り口の横に来客受付用らしき窓口カウンターが突き出していたが、人はいない。鍵を開けに来た職員はその後どこへ引き上げていったのだろう、私が抱いた疑問はそれのみだった。むしろ午前五時の体育館に誰かが義務として待機していなければならないとしたら、その方が不自然に思っただろう。
奥へ進むと廊下はいっそう暗い。私たちははじめ互いの顔もよく見えないくらいだったが、次第に目が慣れてくれた。例の赤ランプの火災報知機が、今はそれが不愛想な案内人のように思えた。(しかしこんな風に書いていくのは大袈裟すぎることかもしれない。私たちは途中階段といくつかの扉に足を止めたが、実のところは運動場を見つけるまで時間にして一分にも満たない道のりだった)
まっすぐ入って突き当りで右に折れ、手洗い場を過ぎると更衣室があった。中は非常な清潔さで、ほとんど使われたことがないようにすら見える。へこみ一つないロッカーの立ち並ぶ隅には、何の必要があってか大きな公衆電話が置かれていた。試しにメリーが受話器を取り上げてみると、当然のように使用できる。そのときは二人顔を見合わせて笑った。なぜそんなことが可笑しかったのか、説明しようとすれば困難な理由だった。
更衣室からまた廊下を道なりに進んだ。
「ここは、小さい運動場かしら」そう言ってメリーが覗き込んだのは重そうな両扉のはめ込み窓で、中は体操用ウレタンマットや跳び箱、卓球台、バレーボールなどが積み重なりかなり奥までひしめき合っていた。
「そこは体育倉庫」一瞥して下した私の結論は、しかしメリーにはそれほど説得的には響かなかったらしい。私が手を引っ張るまでなかなかその場を離れようとしなかった。なるほどメリーの言うように、運動場で見る風景を凝縮したような窓ではあったけれども。
運動場入り口は、その倉庫のすぐ奥で見つかった。入り口にも鍵はかかっていなかった。高い天井の下にバスケットコートが二面収まる大空間は、やはり無人の静寂だった。館内の床はまるで薄氷を張ったように滑らかでつやめいている。その上を秘封倶楽部は靴下の足でぺたぺた歩き回った。
「自由ね、走り回ってもいいし」とメリーは言った。私は「体育館だからね」と言った。
「大の字に寝てもいいし」とまたメリーは言った。しかしこれには返事をしなかった。
照明のスイッチは隠されてでもいるのだろうか、見当たらない。館内の光源は、競技場を取り囲み見下ろす二階の観戦席奥に並ぶ大窓……それらも今は分厚いカーテンに覆われ、早朝の弱い日差しをわずかに下へ漏らしているのみだった。
「あそこが良いわ」とメリーは東側中央の窓を指さした。「蓮子、開けてきて」
私は手近にあった階段から二階へ上がった。その階段はメリーの指とは反対に西を向いていたので、観戦席前列の通路を回り込んで向かうまでは「蓮子違う」とか「そっちじゃなくて」とか、分かりきったことをしつこく注意されなければならなかった。
私がカーテンに手をかけようとすると、メリーは「慎重にお願いね」と割れ物を扱うようなことを言った。「それじゃなく右の布を、そう、真ん中で少しだけ隙間ができるように……」
私がこんな風にメリーに従順だったのは奇妙なことだろうか。その時は理由を訊こうともしなかった。理由を知る必要は何もないように思っていた。要するに私もときによるとメリーとそう違わない、連れ去られていく子供だった。
ともかく私はメリーの言うとおり慎重な手つきでカーテンを引っ張った。上部の滑車は抵抗なく動いて、かすかに砂を流したような音をたてた。そうして二枚の布の間に作り出した隙は本当にささやかなもので、せいぜい二本指が通る程度だったが、その効果には劇的なものがあった。
蝋石で引かれたような実体感のある白線が空中を斜めに走った。薄明るい館内を切り裂いて、一階の床まで達しているのがくっきりと見えた。早朝の日差しは相変わらず淡いものではあったが、これに比べればはじめカーテンの下から漏れていたのはほとんど影さえ作れない光の切片に過ぎなかった。
この「影さえ作れない」という表現は瞬間頭上に浮かんだもので、よく私の腑に落ちた。メリーに聞いて欲しくなり、口を開きかけたが、すぐに適切な比較ではないと気づかされた。
窓から伸びる白線上、ちょうどそれを真正面から受け止めて正中線をなぞらせる位置にメリーは立っていた。そうしてその足元には、まるで薄氷の底から浮かんできたような反射光が床の上に長く途切れなく続いていた。つまり白線はメリーの体を透り抜け、その影を両断しているのだった。
「どういうことなの?」
私の問いにメリーは首を振って「たぶん光が弱いせいか、強すぎるせいか、どちらかよ」と言った。しかし、そんなことがあり得るのだろうか。白線は、このとき首を振ったメリーの顔の上を遠慮なく撫でまわした。前髪の一本一本までがまるで輪郭線だけで描かれた漫画のように、影の無い扁平さで空間にはめ込まれて見えた。
そのとき私が思ったのは「不意打ち」という言葉だった。おそらく、私たちはこの早朝の体育館に潜り込み、まだ目の覚めきらない何かに不意打ちを仕掛けてしまったのだろう。午前五時なのだから、そういうことがあっても無理ないように思えた。そのうえ私たち以外に誰も見ていないはずのここで、メリーの影は実世界の進行に何の影響もない、いわばささいな省略に過ぎなかった。だから今にして思えば、私たちだって、ことさら気に留めるほどの異常でもなかったのかもしれない。
数十秒ほど呆然としてから、ようやく意識づいて私も光に手をかざしてみた。しかしこれにははっきりと影が落ちた。
「こっちへ来て、素敵な感じよ」とメリーが言う。
運動場へ降りて、メリーの居た位置に立ってみた。やはりそこでは影が落ちなかった。白線の中に立って窓を直視しても、光はただ白い色に視界を塗るばかりで少しも明るくは見えなかった。そうしてメリーの言う通り、何か素敵な感じでもあった。
面白いから、ここで朝食ということになった。
メリーは持ってきた籐編みのバスケットから黄色いレジャーシートを取り出した。広げてみると小学生が遠足へ持っていくような小さいもので、二人ではどうしても脚を外へ投げ出さなくては座れなかった。バスケットと合わせてこれも、どこから調達してきたのか訊きそびれたまま不明に過ごしてしまった。
メリーの買ってきたサンドイッチは玉子とハムの二種類。コンビニの冷蔵庫でひんやりとなったパンが口の中で不思議に心地よく、マヨネーズの味を濃くしているようだった。紙製カップに入ったコーヒーは無糖と加糖を一本ずつで、私は無糖を選んだ。口をつけようとして顔を近づけると、まだかすかに湯気が立っていた。これもおいしかった。
「食べ終わったら……まず何からしよう?」
私の問いに、メリーは膝の上のバスケットを眺めながら答えた。
「バスケットボール」
「いいね」
「でもバスケは走るからやっぱり最後がいい」
「じゃあまず卓球して……」
「次がバトミントンかな」
「順に球を大きくしていくのね」
「それから次にバレーボール」
「バレーよりバスケの方が大きい?」
「たぶんバスケが大きいような気がするけど、後で比べてみないと……」
「跳び箱はしない?」
「跳び箱が最後かな。バスケはやっぱりその一つ前で」
「そうね」
どのサンドイッチもコーヒーも、そうして私たち二人さえも、ここでは影の落ちない空っぽな立体で、恥ずかしくなるほどきれいだった。ただ無機質な光の白線だけが、そんな朝食の席上に淡々として横たわっていた。
「雨、降ってきた?」
ふいにメリーがそう言って、掌で雨粒を受けるような手ぶりをした。二人が言葉を切ると体育館は床から天井まで素早く元の静寂に満たされて、何も聴こえない。私は立って窓を見上げ、カーテンの細い隙間から空の色をうかがった。
「降ってないよ」
ガラス戸越しに見える館内には照明が点いていなかった。廊下の暗がりに火災報知機の赤ランプだけがかっと光って、何やら物言いたげに私の方を横目にしていた。こちらから戸を開けて入ろうとしたなら鳴りだす気かもしれない。私は貼り紙に書かれている開館時間を用心深く読み返した。
「水曜日は午前五時から利用可能」――口に出しながら、これは少々異様なことに思えた。とはいえ一般にこの手の施設はどれくらい朝早くからはじまるものなのだろう、べつに事情に詳しいわけでもないのだった。
それは二階建ての円形建築で、壁は全面が白かった。表から見上げた様子はローマの古代劇場に似ていた。南丹の山の中にこんな場所があったとは、昨夜ダム見物のついでに立ち寄った休憩所でパンフレットを手に取らなければ、全く思いもよらなかった。私は持ってきたパンフレットをかばんから取り出し、掲載の写真と実物を見比べてみた。経年により白い壁は少々くすんだらしかったが、早朝の薄明かりの中でその色は青いような赤いような、美しい影を帯びて風景に浮かぶのだった。
一応建物の周囲を回って調べたが、洞窟のように奥まった裏口と、やせ細った非常階段の他には何もなかった。やはり使用できる出入口はこの表玄関だけらしい。
そこへ、買い出しに行っていたメリーが帰ってきた。十五分前に見たときには手荷物などなかったはずだが、どこで拾ったのか大きな籐編みのバスケットを携えていた。薄青色の長いスカートと相まって、公園へ花見に行くような格好だった。
「サンドイッチにしておいたわ」と言ったメリーはその選択がやけに得意らしかった。「あとコーヒーも」
意を決してガラス戸を押し、館内に踏み入った。メリーもすぐに後から続いた。その続く足音はトコトコとあまりに無警戒で、先を歩く友達の判断に何の懸念もないかのようだったので、私にはまるで連れ去られていく子供という印象を受けた。
「暗いのね」メリーが言ったのはそれだけだった。言うと上り口で脱いだ靴を綺麗にそろえて隅に寄せた。私も倣って隅に寄せた。無人の建物だからこそ、それは上手い振る舞い方かもしれないと思った。上り口の横に来客受付用らしき窓口カウンターが突き出していたが、人はいない。鍵を開けに来た職員はその後どこへ引き上げていったのだろう、私が抱いた疑問はそれのみだった。むしろ午前五時の体育館に誰かが義務として待機していなければならないとしたら、その方が不自然に思っただろう。
奥へ進むと廊下はいっそう暗い。私たちははじめ互いの顔もよく見えないくらいだったが、次第に目が慣れてくれた。例の赤ランプの火災報知機が、今はそれが不愛想な案内人のように思えた。(しかしこんな風に書いていくのは大袈裟すぎることかもしれない。私たちは途中階段といくつかの扉に足を止めたが、実のところは運動場を見つけるまで時間にして一分にも満たない道のりだった)
まっすぐ入って突き当りで右に折れ、手洗い場を過ぎると更衣室があった。中は非常な清潔さで、ほとんど使われたことがないようにすら見える。へこみ一つないロッカーの立ち並ぶ隅には、何の必要があってか大きな公衆電話が置かれていた。試しにメリーが受話器を取り上げてみると、当然のように使用できる。そのときは二人顔を見合わせて笑った。なぜそんなことが可笑しかったのか、説明しようとすれば困難な理由だった。
更衣室からまた廊下を道なりに進んだ。
「ここは、小さい運動場かしら」そう言ってメリーが覗き込んだのは重そうな両扉のはめ込み窓で、中は体操用ウレタンマットや跳び箱、卓球台、バレーボールなどが積み重なりかなり奥までひしめき合っていた。
「そこは体育倉庫」一瞥して下した私の結論は、しかしメリーにはそれほど説得的には響かなかったらしい。私が手を引っ張るまでなかなかその場を離れようとしなかった。なるほどメリーの言うように、運動場で見る風景を凝縮したような窓ではあったけれども。
運動場入り口は、その倉庫のすぐ奥で見つかった。入り口にも鍵はかかっていなかった。高い天井の下にバスケットコートが二面収まる大空間は、やはり無人の静寂だった。館内の床はまるで薄氷を張ったように滑らかでつやめいている。その上を秘封倶楽部は靴下の足でぺたぺた歩き回った。
「自由ね、走り回ってもいいし」とメリーは言った。私は「体育館だからね」と言った。
「大の字に寝てもいいし」とまたメリーは言った。しかしこれには返事をしなかった。
照明のスイッチは隠されてでもいるのだろうか、見当たらない。館内の光源は、競技場を取り囲み見下ろす二階の観戦席奥に並ぶ大窓……それらも今は分厚いカーテンに覆われ、早朝の弱い日差しをわずかに下へ漏らしているのみだった。
「あそこが良いわ」とメリーは東側中央の窓を指さした。「蓮子、開けてきて」
私は手近にあった階段から二階へ上がった。その階段はメリーの指とは反対に西を向いていたので、観戦席前列の通路を回り込んで向かうまでは「蓮子違う」とか「そっちじゃなくて」とか、分かりきったことをしつこく注意されなければならなかった。
私がカーテンに手をかけようとすると、メリーは「慎重にお願いね」と割れ物を扱うようなことを言った。「それじゃなく右の布を、そう、真ん中で少しだけ隙間ができるように……」
私がこんな風にメリーに従順だったのは奇妙なことだろうか。その時は理由を訊こうともしなかった。理由を知る必要は何もないように思っていた。要するに私もときによるとメリーとそう違わない、連れ去られていく子供だった。
ともかく私はメリーの言うとおり慎重な手つきでカーテンを引っ張った。上部の滑車は抵抗なく動いて、かすかに砂を流したような音をたてた。そうして二枚の布の間に作り出した隙は本当にささやかなもので、せいぜい二本指が通る程度だったが、その効果には劇的なものがあった。
蝋石で引かれたような実体感のある白線が空中を斜めに走った。薄明るい館内を切り裂いて、一階の床まで達しているのがくっきりと見えた。早朝の日差しは相変わらず淡いものではあったが、これに比べればはじめカーテンの下から漏れていたのはほとんど影さえ作れない光の切片に過ぎなかった。
この「影さえ作れない」という表現は瞬間頭上に浮かんだもので、よく私の腑に落ちた。メリーに聞いて欲しくなり、口を開きかけたが、すぐに適切な比較ではないと気づかされた。
窓から伸びる白線上、ちょうどそれを真正面から受け止めて正中線をなぞらせる位置にメリーは立っていた。そうしてその足元には、まるで薄氷の底から浮かんできたような反射光が床の上に長く途切れなく続いていた。つまり白線はメリーの体を透り抜け、その影を両断しているのだった。
「どういうことなの?」
私の問いにメリーは首を振って「たぶん光が弱いせいか、強すぎるせいか、どちらかよ」と言った。しかし、そんなことがあり得るのだろうか。白線は、このとき首を振ったメリーの顔の上を遠慮なく撫でまわした。前髪の一本一本までがまるで輪郭線だけで描かれた漫画のように、影の無い扁平さで空間にはめ込まれて見えた。
そのとき私が思ったのは「不意打ち」という言葉だった。おそらく、私たちはこの早朝の体育館に潜り込み、まだ目の覚めきらない何かに不意打ちを仕掛けてしまったのだろう。午前五時なのだから、そういうことがあっても無理ないように思えた。そのうえ私たち以外に誰も見ていないはずのここで、メリーの影は実世界の進行に何の影響もない、いわばささいな省略に過ぎなかった。だから今にして思えば、私たちだって、ことさら気に留めるほどの異常でもなかったのかもしれない。
数十秒ほど呆然としてから、ようやく意識づいて私も光に手をかざしてみた。しかしこれにははっきりと影が落ちた。
「こっちへ来て、素敵な感じよ」とメリーが言う。
運動場へ降りて、メリーの居た位置に立ってみた。やはりそこでは影が落ちなかった。白線の中に立って窓を直視しても、光はただ白い色に視界を塗るばかりで少しも明るくは見えなかった。そうしてメリーの言う通り、何か素敵な感じでもあった。
面白いから、ここで朝食ということになった。
メリーは持ってきた籐編みのバスケットから黄色いレジャーシートを取り出した。広げてみると小学生が遠足へ持っていくような小さいもので、二人ではどうしても脚を外へ投げ出さなくては座れなかった。バスケットと合わせてこれも、どこから調達してきたのか訊きそびれたまま不明に過ごしてしまった。
メリーの買ってきたサンドイッチは玉子とハムの二種類。コンビニの冷蔵庫でひんやりとなったパンが口の中で不思議に心地よく、マヨネーズの味を濃くしているようだった。紙製カップに入ったコーヒーは無糖と加糖を一本ずつで、私は無糖を選んだ。口をつけようとして顔を近づけると、まだかすかに湯気が立っていた。これもおいしかった。
「食べ終わったら……まず何からしよう?」
私の問いに、メリーは膝の上のバスケットを眺めながら答えた。
「バスケットボール」
「いいね」
「でもバスケは走るからやっぱり最後がいい」
「じゃあまず卓球して……」
「次がバトミントンかな」
「順に球を大きくしていくのね」
「それから次にバレーボール」
「バレーよりバスケの方が大きい?」
「たぶんバスケが大きいような気がするけど、後で比べてみないと……」
「跳び箱はしない?」
「跳び箱が最後かな。バスケはやっぱりその一つ前で」
「そうね」
どのサンドイッチもコーヒーも、そうして私たち二人さえも、ここでは影の落ちない空っぽな立体で、恥ずかしくなるほどきれいだった。ただ無機質な光の白線だけが、そんな朝食の席上に淡々として横たわっていた。
「雨、降ってきた?」
ふいにメリーがそう言って、掌で雨粒を受けるような手ぶりをした。二人が言葉を切ると体育館は床から天井まで素早く元の静寂に満たされて、何も聴こえない。私は立って窓を見上げ、カーテンの細い隙間から空の色をうかがった。
「降ってないよ」
半ばバグめいた、日常の秩序が動作を始める前の些細な痕跡
カーテンという結界の隙間をそっと開けて得られる白紙の自由
それを素敵だと感じる感性を二人が持っていること
非常に難解ながら、秘封のモチーフが凝縮されていると感じました
互いが互いに対して「連れ去られていく子ども」な蓮メリの関係性もとてもしっくりして良かったです
静謐な空気感と、少しの違和感。とても素敵でした。
怪異だって朝はきっと眠いんでしょうね
寝ぼけまなこな「不思議」が素敵でした
町が眠り、人が浅き夢を見る時間に、2人は屋内運動場(体育館)で何を舞う?