Coolier - 新生・東方創想話

此の親にして此の子あり

2021/04/30 20:07:20
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「青娥。私は仙人になるためこの家を出る。決して追ってきてはいけない。」
「いやだよお父さん、どこへ行ってしまうのお父さん。そんなに仙人がいいの――!?」



――またあの夢を見た。
霍青娥は目を覚ました。昔、大好きだった父親が仙人になるために自分たち家族を捨ててしまった時の夢。
あの夢を見たあとは、いつも寝汗が凄まじい。ベタつく汗が気持ち悪くて仕方がない。
――まだ夜中じゃないの。
身体を起こした青娥は、寝室の窓から空を見上げる。今日は月が綺麗だ。
じっと月を見つめたあと、寝室に目をやる。隣には旦那、そしてまだ幼い息子が眠っている。
青娥は家族に目をやったあと、再度布団に倒れ込んだ。
そして、先程みた夢の内容を反芻する。
お父さん。自分が幼い頃、仙人になると言って私たち家族を捨ててしまったお父さんの夢。あんなに大好きだったのに、私を捨ててしまったお父さん。
青娥はその時は、どうしても父親が仙人になりたがった理由がわからなかった。
家族を、娘の自分を捨ててまで、父親が仙人になろうとした理由。
幼かった青娥は、勉強した。仙人とは何か。どういう力を持つのか。
父親が遺した書物を読みふけり、彼女は父親が家族を捨ててまで仙人になりたがった理由を、どんどん理解していった。
長寿長命。飛ぶ、潜る、消える。不思議な力。知れば知るほど、仙人は魅力的な存在であった。
人智を超えた、強力な存在。とても不思議で、あまりにも強大な存在。
『そんなに仙人がいいの?』
子どもの時に父の背に投げかけた言葉を、今、自分の胸に投げかける。
――ええ、仙人はとっても素晴らしい。

とは言っても、結局青娥は仙人に興味を持ちこそすれども、仙人にはなっていなかった。
仙人を目指して父親と再会することを夢見たときもあったが、結局は忘れようと努めて、普通の生活を取った。
青娥は優秀な子どもだった。高い能力を持ち、幼い頃から尊敬と羨望の眼差しを受けてきた。
そして、美貌を見込まれて名家に嫁いだ。今は旦那と幼い一人息子と普通に暮らしている。
旦那との出会いは偶然ではあった。しかし、お世辞にもいい出会い方とは言えなかった。
今の旦那は、彼が偶然目にした青娥に一目惚れしてしまい、彼が持っていた不思議な簪で青娥の家に穴を明けて夜這い未遂をかけてきたというとんでもない出会いであった。
第一印象こそ最悪ではあったものの、そこから紆余曲折あり、二人は晴れて結ばれた。
決定打になったのは、彼が少し青娥の父親に似た顔立ちだったところだろう。
それからの暮らしに不満があるわけではない。旦那は少し助平なのが玉に瑕だが、優しく気が利くし、息子はかわいい。
少し父の面影のある旦那に愛され暮らしている。そのことに対して、不満があるわけもなかった。
そんな家族とそれなりに幸せに過ごしている青娥には、父親を知るという理由以外に、あまり仙人を目指す理由がなかった。
…若い頃は。
どうしても「老化」は止められない。自分の自慢の美しさが、歳を重ねるごとに失われてしまう。
そんな少しの焦りが青娥の心の中に芽生えてから、少し心境に変化があった。
と言っても、青娥はまだ十分若い。どちらかと言うと、将来来る老いに対する恐怖のようなものがあった。
大人になるにつれて仙人へ憧れは薄くなっていったが、月日がめぐるたび、再び『仙人になりたい』という気持ちが少しずつ強くなっていく。
美しさを保ちたい。他の人は持たない力を持ちたい。持て囃されたい。あの尊敬と羨望の眼差しが忘れられない。
何より、仙人になって――父親に会いたい。
父親のことは何度も忘れようとしていたのだが、そのたびに『あの夢』を見ては父親のことを思い出す。
優しかったお父さん。頼りになったお父さん。
――そして、私を捨ててしまったお父さん。
父親のことを考えると、青娥の胸のうちに恋しさと同時に暗い気持ちが宿る。
会って父親に問いただしたい。何故私を捨ててまで仙人になりたかったのか、と。
ただ、そんなことをしなくても。もしかしたら、仙人になったら父親の気持ちがわかるかもしれない。
仙人になること自体が、父親を知ることになる。
そう考えると、仙人を目指さない理由は――家族以外には、なかった。

しかし、翌朝を迎えても、ひと月が過ぎても。青娥は仙人を目指すための行動を起こせないでいた。
青娥は悩む。
家族と一緒にいるか、父親を求めて仙人を目指すか。
決断が、出来ない。
家族と居ながら仙人を目指すのは、現実的ではない。仙人の修行に集中できなくなってしまう。
息子が大きくなるまでは…とも少し考えたが、それでは十年以上の歳月が必要になる。
それも選択肢としては選びたくなかった。どうせなら若さを保てるうちにならねば意味がない。
息子が大きくなってから居なくなるのは、騙すべき大人が多くなり、難しくなるようにも思う。
日増しに膨らむ、子供の頃に捨てた仙人への憧れ。若さが永遠でないことへの焦り。
そして、それと衝突する家族への思い。
旦那、そして息子と一緒に居るのはたかが数年だが、幸せであることは疑いようもない事実だった。
それらを全て捨ててまで、なれるかも分からない仙人を目指すのか?
人としての一生を平凡に終えるだけではいけないのか?
人生は一度きり。それならばチャンスを自分の望みに振ったほうがよいのでは?

最後に父親の夢を見てから、数ヶ月。
青娥は、決断はした。
――仙人を、目指そう。

散々今の暮らしに不満があるわけではないことを自分の胸に投げかけたが、結局それは仙人を目指さない理由付けでしかないことに、自分自身で納得してしまったのだ。
そして、自分が旦那に…男に求めていたものが、父の影であることに気づいてしまった。
結局自分が求めているのは、父親だったのだ。
旦那が父親と少し似ているのは偶然ではなく、青娥が彼に父親の面影を見たからであった。これが嫁ぐことの決定打にもなっている。
当時今よりも若く未熟だった青娥はそのことを言語化出来ないまま、なんとなく今の旦那に惹かれて嫁いだと思っていた。
しかし、歳を重ねたことで当時の思いが言語化して認識できるようになってしまったがゆえに、彼女は気づいてしまった。
――私、お父さんが好きなのであって、夫が好きだったわけじゃないかもしれない。
客観的に自分を見つめて得た結論は、青娥は今の家族ではなく、父親のほうをよっぽど愛していたということだった。
ならば、目指そう。仙人になろう。父親に、会いに行こう。
青娥は決断をした日から、書斎に引きこもるようになった。
最初はまたなんかの書物にハマったな、程度に思っていた旦那も、ひと月する頃には心配して青娥の引きこもる書斎の戸を叩くようになった。
一年が経とうとしても、旦那は青娥の書斎を頻繁に訪れていた。中々根気のある旦那である。
足しげく書斎に通う旦那は、『妻がおかしくなってしまった』と思いこんでいるようだった。
――失礼な。私は私の意思で決めて、ここにいる。
最初の一年は旦那が来たらきっちり相手をしていたのだが、これじゃダメだなと青娥は思った。
旦那と会うと、なんとなく自分がやっていることが間違っているんじゃないかという気持ちになる。
なので、旦那と会話を減らしていくことにした。
二年が経つ頃には、旦那とは会話することもなくなり、三年が経つ頃には、顔を会わせることも珍しくなっていた。
それでも、旦那は青娥のことを「愛している」と言い続けていた。
そんなに愛してくれているのか、と思う気持ちもある反面、父親を求めていただけだと気づいてしまった青娥には、旦那はどうでもいい人に成り下がりつつあった。
愛されるのは悪い気はしないが、旦那を愛する気持ちだと思っていたのは別の気持ちだったとわかり、冷めてしまった。
そんなことより仙人である。知れば知るほど仙人は素晴らしい。

八年が、経過した。
ある程度仙術を操ることができるようになった青娥は、久しぶりに書斎を出た。
自発的に書斎を出たのは、何年ぶりであろうか。
もういいのかい、と旦那は八年前と変わらぬ笑顔を向けてくる。
――本当、お人好しなんだから。
その笑顔が少しだけ青娥の心にチクっと刺さる。まあ、どうせもうすぐ捨ててしまう旦那だ。
せめてもの手向けだ。最後くらいいい思いをさせてやろう。その晩は久しぶりに彼に抱かれてやることにした。

それから少しの間、書斎を出た青娥は日常生活に戻るフリをして、着々と家を出る準備を進めた。
まずは、病気になったフリ。病床に伏せていることが多いような体を装い、彼女は寝てるだけの日々を過ごした。
そして、起き上がれている日は少しずつ竹の棒を加工し、仙術を施していく。
この竹の棒が、身代わりだ。自分は死んだことにしてしまい、仙術で家族をだまくらかして家を出てしまおう、という魂胆だ。
結論から言ってしまえば、この企みは成功した。
すっかり騙された家族は竹の棒を青娥の代わりに埋葬して弔った。
これで晴れて自由の身である。
仙術を中途半端に身に着けた青娥は旦那の簪を持ち出し、仙人になるための修行を行うために人里離れた山へと足を向ける。

――仙人は、素晴らしい。
青娥は、父親の当時の気持ちを十分過ぎるほどに理解していた。
家族を、自分を捨ててまで仙人を目指した父親と、今の青娥が取った行動は、全く同じ行動だったからだ。
仙人は素晴らしい。魅力的なものに惹かれ、家族を捨ててまでそれを目指そうとした気持ちがとても良くわかる。
――私はやっぱり、お父さんの娘なのね。
全く同じ行動を取る父娘。周りを鑑みず、自分のやりたいことだけをやる気質は、父親譲りだ。
この八年で、父親の気持ちは十分に理解した。
父親と再会した際には、いったい何を話そうか。
青娥はそんなことを考えながら、人の住まう世を離れていった。
父親と再会することを夢見て仙人になった青娥。実は父親と同じ「家族を放り出す」という行動取ってるんですよね。
此の親にして此の子あり、とはよく言ったものです。
果たして彼女は、1,400年の間にお父さんと再会できたのでしょうか。
徒桜
https://twitter.com/adazakura_midi
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コメント



0.80簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
青娥「パパ大しゅきー」
2.100南条削除
面白かったです
突き進むと決めた青娥の一途さと強さがよかったです
4.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.90ローファル削除
青娥の過去話、よかったです。
芯の強さが伝わってくるいい作品でした。