Coolier - 新生・東方創想話

魔法キャンディの浮かぶ夜

2021/04/25 12:24:04
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埃をまとった年代物の魔導書を読み終わった時、
パチュリーはその違和感に気づいた。
読み終わったとは言え一度目を通すだけでは解読できない。
数冊の別の書物を辞書代わりに言葉を調べ、意図を汲み、
頁を巻き戻って何度も読み返してやっと知識となる。
ティーカップよりも高さのあるその魔導書はめくるたびに塵や埃が小さく舞い、
パチュリーの眉間にしわをつくっていた。
そして今、大図書館に設けられた小部屋で1月近くかかりきりだった
魔導書に片が付き、動かない大図書館の中に新たな知識が蓄えられた。
本来ならば静かな高揚と少しばかりの全能感を味わえる場面なのだが、
どうにも力が湧いてこない。
なにか嫌な感じがする。

「なにかしら。」

ひとまず落ち着こうとティーカップを見やるが中身はとうに空になっている。
小悪魔や咲夜に頼めばすぐに持ってきてくれるだろうがそこまでする気力もない。
まぁいいわ、とパチュリーは体をひねり、やや後方に積んであった書物の中から
メモ書きが挟まったものを探した。
別の書の魔法と組み合わせるとどう反応するのか、試してみたい。
床から巻き上げるように微風を起こし、半開きになった書物から
メモだけを手繰り寄せるーーー動くことを極端に嫌うパチュリーが
編み出した魔法の応用だ。
いつものように頭でイメージを組み立ててメモへ集中を向ける。

ぶつぶつ……
短い詠唱に呼応してふわっと魔導書がページを開く。
と、次の瞬間ビビッと音を立てて風に乗りかけたメモがねじれるように破れた。
硬直するパチュリーを他所に、ひらりひらり、
2つに分かれた用紙が絨毯に吸われるように落ちる。

「なによ。」

一瞬の困惑の後、パチュリーは苛立ちを覚えた。
生まれながらの魔女が魔法を扱えないとは格好がつかない。

「あの本でもいいわ。来なさい。」

今度は立ち上がって棚の最上段の魔導書に手を伸ばす。
すーっと列から抜け出した本はしかし、突如ぎゅん、と
方向を変え足元にあった本の山へ盛大に突っ込んだ。
バタバタバタと雪崩れる本が埃を巻き上げる。

「けほっけほっ!」
「パチュリー様?どうかされましたか?」

音を聞きつけた小悪魔が小走りにやってくる。
何が起こっているのかわからない。
ただなぜか、いつもならば息をするようにできるはずの魔法が使えないのだ。
どうして?詠唱は間違っていない。扱う精霊の特性も理解している。
環境は幻想郷中で一番よく知る大図書館。
魔法に影響があるような異変の噂も聞いていない。

「あらら、何か実験されてたんですか?
せっかくなら、あちらの広い場所で試されたらどうです?」

悪気はないのだろう。
しかし頭の整理が追いつかないパチュリーにとって、
その言葉はにわかに気持ちをざわつかせた。
こちらは私が片付けますから、と崩れた本の山に小悪魔が手をかける。

「そのままでいいわ。ほっといて。」
「これくらいいいですよ。いつものことです。」
「いいから置いておいて。一人にしてと言ってるのよ!」

慣れぬ剣幕に小悪魔の肩がびくりと跳ねた。
慌ててもごもごと何か言おうとしたが言葉が見つからなかったのか、
小さく謝罪を呟いて部屋を出ていく。
物言わぬ魔導書の壁が、山が、パチュリーの心をぎゅっと押しつぶすようだった。


「なに、またなの?」

咲夜から報告を受けたレミリアはステーキにナイフを入れながら怪訝そうな声をあげた。
食卓のキャンドルが誰もいない席の銀食器をゆらゆら照らす。
パチュリーは食事に来ていない。

「どうも、部屋に引き籠もってしまったようでして。また、と言いますと何かお心当たりが?」
「ほっておけばいいわ、そんなもの。あら?このソースいいわね。ベリーソースかしら。」
「……ソースは厳選したブラックベリーとラズベリーを混ぜています。
先日のジャムにもブラックベリーは使用しましたが、こちらはステーキとの相性を鑑みて
甘さを抑えた品種でご用意しています。」

ふうん、とレミリアはフォークに刺したベリーの実を眺める。
いちいち何を食べたかなど覚えてはいないが、咲夜が館に来てからは
食事も1つの楽しみになった。
ベリーの酸味を口の中で味わいながら次の肉を切る。
ステーキはもう少しね。いえ、ステーキだからダメなのかしら。
やはり生の血がないと……。
もう一口ステーキを頬張ったところでレミリアは咲夜の視線に気づいた。
何かしら。ああ、パチェの話だったわね……。

「体力不足よ。ちょっと魔導書に没頭すると大抵そう。
月の光でも浴びれば治るわ。」
「体力不足ですか……。
少し図書館から出て休んで頂ければ良いのですが。」
「行けば分かると思うけど、結構頑固だから無駄よ。
ほっとけと言ってるならほっとけばいいんだわ。」

しかし咲夜は納得のいかない表情で眉根を寄せている。
パチュリーが魔法が使えないからといって咲夜が困ることは何もないはずだ。
それなのに何をそんなに考えることがあるのだろう。人間はよくわからない。
ワインを煽ると、パチュリーの席に並べられたショープレートが目に入った。
シャンパングラスに赤ワイングラス、白ワイングラスも誰かを待ってしんとしている。
その奥には背が高く、布地に細かな金の模様が施されているダイニングチェア。
水の流れのような、生命のうねりのような、ゆらめく炎のような、
そんな模様がレミリアの目になんとなく留まった。
いつもは見えない模様だった。

「……咲夜。」
「はい、なんでしょうかお嬢様。」
「パチェに、魔法キャンディを作らせなさい。明日の夜までよ。」
「魔法キャンディ?」
「ええ、飴がきらきら光って浮くのよ。見たことなかったかしら。
たくさん浮かべるとフランが喜ぶのよ。」
「……かしこまりました。
お嬢様のご要望ですから、パチュリー様へはなんとか
伝えてみましょう。でもどうしてまた?」

レミリアがベリーソースのよく乗ったステーキを満足気に口へ運ぶ。

「どうしてですって?私が食べたいからよ。」


作業机の上に置かれた宝石のような飴を前に、
パチュリーはささくれだった心を露わにしていた。
正面には満杯のパフェグラス、そしてその横に全く同じ大きさの空のグラスがある。
すなわち、これら全てを魔法キャンディにしてもう片方のグラスへ移しきらなければならない。

「どうして今なのよ……。」

こほん、こほっ……。喘息がひどい。
地下の図書館では分からないが、外は空が白み始めた頃だろうか。
咲夜を通してのレミリアのわがままとも言える突然の依頼に
深い溜息をついたのはつい先程のことである。

「こんなもの作って何になるっていうの……。」

魔法キャンディは光って浮き上がる星やダイヤの形をした
飴のことだ。
魔法というと聞こえはよいが、厳密には手品のような
仕込みが必要である。
というのも、光ったり浮いたりする原理は飴に手作業で空洞を設け、
その中で微弱な魔法を花火のように起爆させ続けることで
輝きと推進力とを得るものだからである。
まず空洞を開けるためには鉛筆ほどの食品用極細ドリルを
使う必要があるし、起爆と魔法の継続のために空洞の中に
自由度を持った物質ーーーここでは削った飴の欠片だがーーーを
小さな穴へ注ぎ込まなければならない。
つまりは目の悪いパチュリーにとって、これ以上になく不向きな労働なのである。

「こう押さえればやりやすいかしら。
うーん、駄目ね、これだと手が震えるから……。
寝かしてやれば……うーん、全然見えないわ……。」
「パチュリー様、紅茶をお持ちしました。
まただいぶ沢山作るのですね……。」
「このペースじゃだいぶかかるわ。ねえ、ちょっと……。」

手伝ってちょうだい、と言おうとしてパチュリーは口をつぐんだ。
部屋できつくあたってしまった際、傷ついた表情を浮かべた小悪魔を思い出したからだ。
それとこれとはまた別、とは思うものの進んで助けを求める気にはなれなかった。

「………もう部屋へ下がっていいわ。」
「いいえ、私も手伝いますよ。
ほら、咲夜さんからエプロンも借りてきたんです。
パチュリー様のもありますよ!」
「エプロン?」

じゃん!と小悪魔が取り出したのは腰から下だけの簡易エプロンで、
メイド服よろしく半円状に広がった裾の部分に大きなフリルがついている。
日頃よりふりふりのパチュリーと比べると小悪魔のそれは
真新しく映えるかと思ったのだが、しかし何故か、
パチュリーにとって小悪魔のそのエプロン姿を見るのは初めてではない気がした。

「私がどんどんキャンディに穴を開けていきますから、
パチュリー様はうまく光るか試してみてください。」

当然のようにパチュリーから道具を受け取り、
鼻歌まじりに作業を始める小悪魔を見て
パチュリーはやっと思い出した。
前回、魔法キャンディを作った時もこうして小悪魔に
手伝ってもらったのだ。
いや、正確には小悪魔の方から手伝いを申し出たのだったか。
ちょうど今日のように。ごくごく自然なこととして。

「ありがたいけど……レミィのわがままにあなたまで
付き合う必要ないわ。
これくらい1人でできるから。」
「いけません。パチュリー様は力のある方ですから
1人でできることは多いかもしれません。
でもだからといって、1人でやりきる必要はないんですよ。」
「たいしたことないわ。」
「そうですね、でも頑張りすぎてしまう前に誰かを頼らないと、
できることもできなくなってしまいます。」

先天性の魔女として生きてきたパチュリーには頑張る、という表現はしっくり来ない。
できることはできる。できないこともやればできる。
時に時間や労力、知恵は必要かもしれないが、
それは他人を頼って得るものではない。

「もっと頼ってくれていいんですよ、パチュリー様。」

はい、とストロベリー色の飴をパチュリーに手渡しながら
小悪魔が微笑む。
その表情を見て、パチュリーはなんとなくレミリアのわがままの思惑を理解した。
そして同時に、魔導書の解読で蓄積した疲労が
堰を切ったように訪れた。
おそらくこれまでもずっと抱えていたものの
魔法が使えないことで取り乱し、いっぱいいっぱいになって
感知できていなかったのだ。
それが今、自身ではなく他のもの、小悪魔や魔法キャンディに
意識が移ったことで視野が広がり”思い出した”というわけである。
そしてこれもまたレミリアの狙い通り、
前回魔法キャンディを作った時の出来事もいまやありありと思い出せた。

「前に作った時も、一大研究の後だったわね……。
なんだか足に力が入らなくて、でも意識だけははっきりしていて。
魔法の加減がうまくできなくてそこの絨毯を焦がしたわ。」
「あっちの大時計は水まみれにしてましたよ。」
「……ウンディネの趣味に合ったのよ。」
「調度品はともかく、パチュリー様はもう少し
お体を労ってください。
研究を進めたいならなおさらです。」
「……分かった。そうしたら今後は適度に声をかけてちょうだい。」
「いつもかけてますよ。」
「……悪かったわ。今度から気を付けるようにする。」

くすくすと小悪魔が困ったように笑う。
きっとあまり変わらないのでしょうね。小悪魔は想う。
きっとあまり変わらないわ。パチュリーは紅茶を飲む。
少し目を閉じてそれを味わって、パチュリーは魔法キャンディ作りを再開したのだった。


食卓の周りで魔法キャンディは赤や緑の光を放ち、
時折小さく弾けては軌道を変え宙を漂っていた。
興奮したフランが口でこれを捕まえて、頬を透かして美鈴や咲夜に自慢している。

「やっぱり数が多い方が綺麗ね。」
「おかげで全然休めなかったわ。」
「休めたなら感謝するところじゃないの?」

レミリアがいたずらっぽく笑う。

「でも同じものばかりだと飽きちゃうわね。今度は何か違うものを頼もうかしら。」
「レミィのための魔法じゃないのだけど。」
「他に役に立つわけでもないんだしいいじゃない。」
「ひどい言い草ね。」

頬杖をつきながらけらけらとして星型の結晶をつつく。

「役に立たないけど、面白いのよ。パチェの魔法は。」

そしてレミリアはぱくん、と楽しそうにキャンディを口に放った。
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。手間がかかるけどその分綺麗で楽しい魔法、素敵だと思います。
7.100Actadust削除
優しい雰囲気がいいですね。落ち着いて読めました。
パチュリーの何気ないわだかまりのようなものがふっと溶けていく感じが好きです。
8.90めそふ削除
良かったです。
魔法キャンディっていう発想、なんだか実際にありそうな雰囲気の物で可愛らしい雰囲気でした。魔法キャンディの作成を経て、パチュリーが調子を取り戻していくという優しい話が面白かったです。
9.100南条削除
面白かったです
パチュリーの苦悩を紅魔館メンバーの小さな思いやりで解消する流れが綺麗だと思いました
魔法の仕組みにもこだわりが感じられてよかったです
キャンディのようにやさしい味わいのお話でした
10.90夏後冬前削除
パチュリーに対する距離感が家族過ぎず他人過ぎずな感じで良い距離感の気遣いでよかったです。
11.90名前が無い程度の能力削除
おぜうのカリスマがすごい
12.100UTABITO削除
絶妙なレミリアとパチュリーの距離感と、回復していくまでのあたたかさが好きでした。
パチュリーを気にかける咲夜を「わからない」と言いながら、

「ワインを煽ると、パチュリーの席に並べられたショープレートが目に入った。
シャンパングラスに赤ワイングラス、白ワイングラスも誰かを待ってしんとしている。
その奥には背が高く、布地に細かな金の模様が施されているダイニングチェア。
水の流れのような、生命のうねりのような、ゆらめく炎のような、
そんな模様がレミリアの目になんとなく留まった。
いつもは見えない模様だった。」

この巧みな表現を機に魔法キャンディを作らせようと決めたレミリアの心境が、とても、とても気になります。