…やがて、年が明け明治11年。6月末になったある日の事である。
霧雨商会の門を叩く人間の姿があった。
「お前たちか!?うちの田んぼを荒らしたのは!!」
「…何のご用件でしょうか。」
「うちの田んぼだけ米が育たなくて、何で村の周りは育ってるんだ!!」
「落ち着いてください、深呼吸をしましょう」「あぁ!?」
「はい、…私に合わせて…すぅ、はぁ」
「おう…。すぅ、はぁ…
………
はぁ…」
「では、最初からゆっくりと説明をお願いします」
「…俺は、山から近い所に住んでるんだ。
去年は豊作で最近高くなった税金も難なく払えたんだけど、
今年は米が全然育たねぇんだ…」
「そもそも、苗代が全然育たねぇ。水もいつもみたいに綺麗でよ。
種籾も去年の物だから今年もいいもんが育つはずなんだ。」
「去年はたまたまだったのかなって思って、
村にもし米が余ってる人がいたら
ちょっとでも分けてもらえないかって思って村まで来たんだ」
「そしたら、村の近くは物凄く育ってるんだ!
苗代がピン!としててうちの苗代と全然違うんだ。何が起きてるんだ?」
「左様ですか。その件に付きましては私では判断しかねますので中でお待ち頂けますでしょうか」
「早く呼んで来てくれ」
………
「お熱いうちにお茶をどうぞ」「おう」
女中が下がると、再び静寂が現れる。
………
「大変お待たせ致しました」「ああ…待ったぞ」
「大変申し訳ございませんが、今回の事由に関しましては
私たちは認知しておりません」
「村一番の金持ちがか?というかあんたは専門家なんだろ?」
「言うべき言葉もございません」
「今回の件に関しまして、事実確認も踏まえ、
私と弊商会の研究員でお客様のお宅に伺わせて頂き
田んぼの調査を無償で行わせて頂きたいと考えております。
ひとまず、本日はお引き取り頂きますようお願い致します。」
「はぁ…納得いかねぇが後でうちに来てくるんだな?」
「左様でございます」
――――――
後日、山奥の男の家に霧雨商会の調査員が来た。
苗代、水、周辺の植物、昆虫のサンプルを持ち帰り、商会内で検査が行われた。
「なんだこれは…」
「主任、どうかなさいましたか?」
「お前、これを見てみろ」
「…!?。これは一体…」
「ああ…」
「何だか、凄く嫌な予感がする」
――――――
後日、検査結果をまとめ、調査員は再び男の家に向かった。
今度は検査を行った研究員の同伴している。
「失礼いたします」「おう、入ってくれ」
「先日の件につきまして、弊商会で検査を行いました。
今回お客様の田地の根腐れについて、誰かが故意に農薬を撒くなどの行為はございませんでした。
よって、誰かのいたずらではございません」
「なんだ、回りくどいな。さっさと結論を言ってくれ」
「それが…今回の原因は…」
「そもそも、別の品種になっています。
これはお客様が今まで育ててきた稲ではございません」
「!?」
「遺伝子操作が為されており、厳密に言うと"籾の様に見える何か"の方が正しいでしょうか。
これは、一般的に育てる様なお米の塩基配列ではございません」
「?」
「おそらく、籾を小屋から取り出す時期、3月頃までに何者かが小屋にある籾を
"稲の様に育つ、籾に似た物"と入れ替えた可能性が考えられます」
「!」
「ばか言っちゃいけねぇ!
俺はしっかり去年の稲から籾を取ったんだ。
俺の小屋に保管して、鍵も俺が肌身離さず持っていた。
誰かが小屋に入れるなんて事はねぇ!
どうせお前たちが前から計画してやったんだろ!!」
「落ち着いてください、私たちは何も行っておりません。
そもそも、こんな事をして誰が得するというのですか」
「…。そうだな…疑ってすまなかった…」
「いえ…私も失言を致しました。申し訳ございません」
「んで、品種が違うってのはどう違うんだ?
ここら辺の米は大体同じものじゃないのか?」
「…」
「では、その辺りの詳しいお話を研究員である私から説明させていただきます」
「…お客様の仰る通り、村の中心部と山奥で栽培しているお米に品種の違いはほとんどございません。
弊商会で取り扱っているお米も3~4種類程度であり、
ここ一帯の土地ではどの品種も日照環境さえ良ければ育つようになっております。
しかし、こちらの品種は弊商会で取り扱っている物には含まれておりません」
「じゃあ、どこから来たんだよ?」
「恐れ入りますが、それは私たちにも存じ上げません。
この一帯で生育出来ない以上、別の国から運ばれた物か、
もしくは村の誰かが植物の遺伝子を組み替えた物を意図的に作ったか、に絞られます」
「そしたら、外から誰かが持ってきたかもしれない…って、
あそこの山は人は住んでなかったな。
最近は人が歩いているところなんて全然見ないしな。
―――昔、山まで歩いて行った女はいたけどそいつも村から出なくなって山に行かなくなったしな」
「…その方に関しては存じ上げませんが、山に人が住んでおらず往来がない事を踏まえると、
やはり誰かが意図的に遺伝子組み換えをしたものと考えます」
「じゃあ、やっぱりお前たちの誰かがやったんじゃないか?そんな事できるのあんた達しかいないだろう!」
「いえ、弊商会でもこの技術はまだ確立しておりません。
あくまで理論的に出来るのではないかと推測はしておりますが、
実用化する気も全くございません。
仮に弊商会の誰かが勝手にその技術を作り上げて事件を行ったとしても、
村の門から従業員が出たという記録はございません。」
「記録を捏造し、誰かに頼めば出来るじゃないか!」
「……大変失礼な事を申し上げますが、今回の事件はお客様、貴方様だけが被害を受けております。
そうなると、よほどの理由がない限り遺伝子操作を行って籾を入れ替えるなどの、
利益にもなるのか分からない様な行動を、
誰かが行うとは思えません。
弊商会もしくは村の人に仲の悪い方はいらっしゃいますか?」
「なんだと!?そんなもん、商会なんて皆嫌いに決まってるじゃないか!
わけのわからない方法で金を稼ぎまくって!怪しい商売をしているに違いねぇ!」
「そのような言葉は常日頃から様々な方に頂いております。
もっと特定の人に対して仲が悪いという事はなかったでしょうか?」
「…特にいねぇな、そんなやつは」
「………何で、そんなに俺へ肩入れしようとしているんだ?
あんたらを嫌ってるような俺に」
「…あまり詳しくは話せませんが、今回見つかった品種は非常によくない物であると考えております。
それは、ここ一帯の田んぼで育たない以上にまずい事が起きるのではないかという事です」
「小泉構文かよ」
「…その為、現在お客様が持っている籾を全て回収させて頂きます。
引き換えと言っては何ですが、
今年分のお米をお送りします。加えて、今回の調査料金も頂きません」
「…そんなに大変な物か…」
「そこでお願いしていただきたい事がございます」
「なんだ」
「来年、仮に他の家でも被害が起こらないとは限りません。
弊商会はお客様の様な被害に遭う方を減らしたい為、こちらで山奥に住んでいる方々に対して
今年の支出を減らすようお願いをする予定でございます。
それに合わせてお客様からも近くの家の方々にお声がけして頂けると幸いです」
「そのくらいなら構わないぞ。だが、その分籾を多くしてくれよ」
「当然でございます。ご協力ありがとうございます」
――――――
「本日は、ありがとうございました。
今回の事件が来年も起こらない様にこちらも対策を取らせていただきます」
「具体的にどうするんだ?」
「来年の籾はこちらで保管し、植える当日に送らせて頂きます。
その時に守って頂くのがその日中に籾を植えきる事です。
植えられる状態になるまで弊商会で調整しておきます。
事前に受取日を選んで頂き、申請通りに籾を当量お渡しします」
「その方がいいかもな」
「では、差し支えなければ来年もお邪魔させて頂きたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します。
それでは失礼致します」
「………帰ったか」
「…うーん、めんどくさい事を押し付けられた気がするが、
これで今年分の米をもらったし、働かずに済んだ!来年までゆったりできるぞぉ!」
男はのんびり過ごしながら、やがて年は明けてゆく…。
霧雨商会の門を叩く人間の姿があった。
「お前たちか!?うちの田んぼを荒らしたのは!!」
「…何のご用件でしょうか。」
「うちの田んぼだけ米が育たなくて、何で村の周りは育ってるんだ!!」
「落ち着いてください、深呼吸をしましょう」「あぁ!?」
「はい、…私に合わせて…すぅ、はぁ」
「おう…。すぅ、はぁ…
………
はぁ…」
「では、最初からゆっくりと説明をお願いします」
「…俺は、山から近い所に住んでるんだ。
去年は豊作で最近高くなった税金も難なく払えたんだけど、
今年は米が全然育たねぇんだ…」
「そもそも、苗代が全然育たねぇ。水もいつもみたいに綺麗でよ。
種籾も去年の物だから今年もいいもんが育つはずなんだ。」
「去年はたまたまだったのかなって思って、
村にもし米が余ってる人がいたら
ちょっとでも分けてもらえないかって思って村まで来たんだ」
「そしたら、村の近くは物凄く育ってるんだ!
苗代がピン!としててうちの苗代と全然違うんだ。何が起きてるんだ?」
「左様ですか。その件に付きましては私では判断しかねますので中でお待ち頂けますでしょうか」
「早く呼んで来てくれ」
………
「お熱いうちにお茶をどうぞ」「おう」
女中が下がると、再び静寂が現れる。
………
「大変お待たせ致しました」「ああ…待ったぞ」
「大変申し訳ございませんが、今回の事由に関しましては
私たちは認知しておりません」
「村一番の金持ちがか?というかあんたは専門家なんだろ?」
「言うべき言葉もございません」
「今回の件に関しまして、事実確認も踏まえ、
私と弊商会の研究員でお客様のお宅に伺わせて頂き
田んぼの調査を無償で行わせて頂きたいと考えております。
ひとまず、本日はお引き取り頂きますようお願い致します。」
「はぁ…納得いかねぇが後でうちに来てくるんだな?」
「左様でございます」
――――――
後日、山奥の男の家に霧雨商会の調査員が来た。
苗代、水、周辺の植物、昆虫のサンプルを持ち帰り、商会内で検査が行われた。
「なんだこれは…」
「主任、どうかなさいましたか?」
「お前、これを見てみろ」
「…!?。これは一体…」
「ああ…」
「何だか、凄く嫌な予感がする」
――――――
後日、検査結果をまとめ、調査員は再び男の家に向かった。
今度は検査を行った研究員の同伴している。
「失礼いたします」「おう、入ってくれ」
「先日の件につきまして、弊商会で検査を行いました。
今回お客様の田地の根腐れについて、誰かが故意に農薬を撒くなどの行為はございませんでした。
よって、誰かのいたずらではございません」
「なんだ、回りくどいな。さっさと結論を言ってくれ」
「それが…今回の原因は…」
「そもそも、別の品種になっています。
これはお客様が今まで育ててきた稲ではございません」
「!?」
「遺伝子操作が為されており、厳密に言うと"籾の様に見える何か"の方が正しいでしょうか。
これは、一般的に育てる様なお米の塩基配列ではございません」
「?」
「おそらく、籾を小屋から取り出す時期、3月頃までに何者かが小屋にある籾を
"稲の様に育つ、籾に似た物"と入れ替えた可能性が考えられます」
「!」
「ばか言っちゃいけねぇ!
俺はしっかり去年の稲から籾を取ったんだ。
俺の小屋に保管して、鍵も俺が肌身離さず持っていた。
誰かが小屋に入れるなんて事はねぇ!
どうせお前たちが前から計画してやったんだろ!!」
「落ち着いてください、私たちは何も行っておりません。
そもそも、こんな事をして誰が得するというのですか」
「…。そうだな…疑ってすまなかった…」
「いえ…私も失言を致しました。申し訳ございません」
「んで、品種が違うってのはどう違うんだ?
ここら辺の米は大体同じものじゃないのか?」
「…」
「では、その辺りの詳しいお話を研究員である私から説明させていただきます」
「…お客様の仰る通り、村の中心部と山奥で栽培しているお米に品種の違いはほとんどございません。
弊商会で取り扱っているお米も3~4種類程度であり、
ここ一帯の土地ではどの品種も日照環境さえ良ければ育つようになっております。
しかし、こちらの品種は弊商会で取り扱っている物には含まれておりません」
「じゃあ、どこから来たんだよ?」
「恐れ入りますが、それは私たちにも存じ上げません。
この一帯で生育出来ない以上、別の国から運ばれた物か、
もしくは村の誰かが植物の遺伝子を組み替えた物を意図的に作ったか、に絞られます」
「そしたら、外から誰かが持ってきたかもしれない…って、
あそこの山は人は住んでなかったな。
最近は人が歩いているところなんて全然見ないしな。
―――昔、山まで歩いて行った女はいたけどそいつも村から出なくなって山に行かなくなったしな」
「…その方に関しては存じ上げませんが、山に人が住んでおらず往来がない事を踏まえると、
やはり誰かが意図的に遺伝子組み換えをしたものと考えます」
「じゃあ、やっぱりお前たちの誰かがやったんじゃないか?そんな事できるのあんた達しかいないだろう!」
「いえ、弊商会でもこの技術はまだ確立しておりません。
あくまで理論的に出来るのではないかと推測はしておりますが、
実用化する気も全くございません。
仮に弊商会の誰かが勝手にその技術を作り上げて事件を行ったとしても、
村の門から従業員が出たという記録はございません。」
「記録を捏造し、誰かに頼めば出来るじゃないか!」
「……大変失礼な事を申し上げますが、今回の事件はお客様、貴方様だけが被害を受けております。
そうなると、よほどの理由がない限り遺伝子操作を行って籾を入れ替えるなどの、
利益にもなるのか分からない様な行動を、
誰かが行うとは思えません。
弊商会もしくは村の人に仲の悪い方はいらっしゃいますか?」
「なんだと!?そんなもん、商会なんて皆嫌いに決まってるじゃないか!
わけのわからない方法で金を稼ぎまくって!怪しい商売をしているに違いねぇ!」
「そのような言葉は常日頃から様々な方に頂いております。
もっと特定の人に対して仲が悪いという事はなかったでしょうか?」
「…特にいねぇな、そんなやつは」
「………何で、そんなに俺へ肩入れしようとしているんだ?
あんたらを嫌ってるような俺に」
「…あまり詳しくは話せませんが、今回見つかった品種は非常によくない物であると考えております。
それは、ここ一帯の田んぼで育たない以上にまずい事が起きるのではないかという事です」
「小泉構文かよ」
「…その為、現在お客様が持っている籾を全て回収させて頂きます。
引き換えと言っては何ですが、
今年分のお米をお送りします。加えて、今回の調査料金も頂きません」
「…そんなに大変な物か…」
「そこでお願いしていただきたい事がございます」
「なんだ」
「来年、仮に他の家でも被害が起こらないとは限りません。
弊商会はお客様の様な被害に遭う方を減らしたい為、こちらで山奥に住んでいる方々に対して
今年の支出を減らすようお願いをする予定でございます。
それに合わせてお客様からも近くの家の方々にお声がけして頂けると幸いです」
「そのくらいなら構わないぞ。だが、その分籾を多くしてくれよ」
「当然でございます。ご協力ありがとうございます」
――――――
「本日は、ありがとうございました。
今回の事件が来年も起こらない様にこちらも対策を取らせていただきます」
「具体的にどうするんだ?」
「来年の籾はこちらで保管し、植える当日に送らせて頂きます。
その時に守って頂くのがその日中に籾を植えきる事です。
植えられる状態になるまで弊商会で調整しておきます。
事前に受取日を選んで頂き、申請通りに籾を当量お渡しします」
「その方がいいかもな」
「では、差し支えなければ来年もお邪魔させて頂きたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します。
それでは失礼致します」
「………帰ったか」
「…うーん、めんどくさい事を押し付けられた気がするが、
これで今年分の米をもらったし、働かずに済んだ!来年までゆったりできるぞぉ!」
男はのんびり過ごしながら、やがて年は明けてゆく…。