#1 降下する幻想
桜が舞い降りた後の季節。灼熱地獄のような気温が続く科学世紀の京都。あんなに赤かった太陽もとうの昔に地平線へと沈み込み、辺りは暗い夜空のなかに、輝く星々や欠けた月が浮かんでいた。
私たち秘封倶楽部は今、大学の屋上に来ている。ここは、科学世紀の京都の中でも、きれいな夜景が見える所だ。過去にも何度かここで活動をしたことがある。
私、宇佐美蓮子様は屋上のフェンスに腕を掛け、冷たい夜風にあたりながら科学世紀の摩天楼を見つめていた。
「いままで、いろいろな結界を暴いてきたよね。」
虫のようなかすかな呟きだったが、私の隣にいるメリーにははっきりと聞こえていたようだった。
月明かりに照らされたメリーは、私の方を向いた。
何かを訴えているような目つきだったが、私はそのことには答えず、ゆっくりと大学の屋上のフェンスを乗り越えた。
そして私は、フェンスにもたれ、科学世紀の摩天楼を見つめながら呟いた。
「幻想が否定されたこの科学世紀。世界の非常識は、私たちの常識。今まで楽しかったわよ。」
「何最期みたいな台詞言ってるの。蓮子らしくないわよ。」
ふふふ。と少し笑った。そして、長年かぶり続けていた、白のリボンが付いている黒色の帽子をそっと脱いだ。
フェンス越しにある、"生と死の境界"。私とメリーの"境界線"。
同じ倶楽部の、違う二人。別々の道をたどっていたけれど、それが合わさった。そして"今日"まで、その道は同じ方向を進んでいた。
楽しかった。秘封倶楽部を結成して、活動をしたこと、結界を暴くためにいろいろなところへ行ったこと。そして、メリーと出会えたこと。
私はメリーの方を向き、胸に帽子を当て、ニッコリと作り笑いをした。
「さあ、秘封倶楽部の活動をはじめましょう。」
そう言って、私は手を振った。さようならのサイン。またどこかで出会いましょうのサイン。私の目には、涙があった。
「まさか、まって、待ちなさい!蓮子っ!」
私はそのまま、身体を後ろに傾け、大学の屋上から飛び降りた。後ろからものすごい勢いの風が吹き乱れ、強い重力に身を任せた。私の眼から、夜空の星と共に輝く涙がこぼれた。科学世紀の星空は、うっすらとであるが、永遠にキラキラと輝いていた。
「8月15日、午前2時29分59秒。今夜も、いい星空ね。」
そう呟いたあと、私は静かに、涙であふれる眼を瞑った。
#2 友人の墓
蓮子がこの世を去ってから、一週間が過ぎた。
あの日蓮子は、私たちが通っている京都の大学の屋上から静かに飛び降りた。
(秘封倶楽部の活動を始めましょう)
その一言が、私にかけてくれた最期の言葉だった。涙の雫を落としながら、笑顔で。
その後、蓮子の地元である東京で、親族たちとの葬式をした。科学世紀となった今では、幽霊の類などは、科学的に否定されたため、"形だけ"の葬式だった。
今のこの状態を、昔の僧侶たちが見ることがあればどう思うだろうか。きっと、「ただのお遊びだ」とかと言われそうだ。
しかし、こんな葬式を悪く思ったりはしない。なぜなら、現実に目を向けさせられる時間が減るからだ。
とても短かった科学世紀の葬式が終わった後、私は蓮子の実家から近い霊園に来ていた。
住宅地のなかに、ずらりとならぶ墓石。その中に、「宇佐見家」の墓石があった。携帯用ホログラムの彼岸花が数本さしてあり、親族がさしていったであろう線香が独特の香りを漂わせながら数本立っていた。
「私も、愛してもらえる家族が欲しかったな。」
そう言いながら、私も火のついた線香をさした。
私の過去は、たくさんある"夢"だった。それも、京都に来るまでは基底現実など存在しなかった。たくさんある夢を渡り歩き、主観で見たものこそがたくさんある"真実"だと感じていた。そして、その考えを治してくれたのがあの"蓮子"だった。彷徨い続ける私に道を示してくれた。でも、今はその友人はこの世のなかにはいない。
もう少し一緒に活動したかった。
涙があふれ出てきた。早い、早すぎる。約束したでしょう。ずっと一緒だって。そう言ったでしょう。
大粒の涙があふれる中、友人の墓の前で手を合わせ、卯東京駅まで歩いて行った。
#3 幻視の東海道
この卯酉東海道線にも、蓮子と何度か乗車した。近代技術で作られた、古典的な偽者の映像と静かに流れる古風な音楽を横目に、東京はこんな環境だ、とかこんな結界があった、とかと話したのはいい思い出だ。
しかし、あの時は、広い車内にちらほらと人がいる程度だったが、今は私一人だけが座っていた。
「変ね。一週間前までは、私一人だけが乗ることなんて想像できなかったのに。」
蓮子がいなくなってから、私は現実を受け入れられなくて「いなくても大丈夫」という雰囲気を醸し出していた。しかし、内心はものすごく動揺していた。
誰だってそうだ。大切な友達が理由を聞かされていないまま自殺すれば、動揺のひとつやふたつ起きてもおかしくない。
だけれどあの時、いざ友人の墓の前に立ってみるととてつもない悲しみに襲われた。
私は、合成茶葉を使った紅茶の入ったカップを持った。しかし、ものすごく動揺しているせいか、腕が小刻みに震えた。
現実を受け入れられない。蓮子にまた会いたい。
蓮子はいない
でも会いたい
いない
会いたい
いないけれど…会いたい。
そう思うごとに、私の腕の震えも大きくなっていった。
その震えが続いた後、私はやっと我に返り急いでカップを元の場所に戻した。
「終点、酉京都駅です。お帰りの際は、お忘れ物にご注意いただき・・・」
車内に鳴り響くアナウンスの声を聞きながら、53分間の短い旅に幕を閉ざした。
コトッと駅のホームに降り立ったとき、周りの人ごみのなかに懐かしい人影を見つけた。黒いスカートに白いワイシャツ。そして、白のリボンをつけた黒い帽子をかぶっていた。
「れ、れんk」
蓮子。と言いかけたが、気付いた時には人ごみと、蓮子らしき人影は、あたかも初めからなかったように、きれいさっぱりなくなっていた。
私は駅のホームにポツンと立ったまま、途方にくれていた。
#4 親愛なるメリーへ
やっぱり地獄だった。真夏の京都は。東京と比べて盆地なのと、都市化によって熱が大量に排出されているのが原因だろう。科学世紀なのだから、なにか涼しくなるような対策ができるのではないだろうか。
バス代をケチったため、歩いて帰ることになったのだが、あまりにも汗が多い。今思うと、涼しいバスの中にいながら帰ったほうが、よっぽどよかっただろう。
そう思いながら、私は重い足を引きずり、なんとか私の家があるマンションまでたどり着いた。
たくさんのポストのなかから私の部屋の番号が書かれたものを見つけ、一週間ほど放置していたポストの小さな扉を開けた。
その中には、一通の手紙が入っていた。
あて先は書かれていない。直接入れたのだろうか。
科学世紀の今、便利なデジタル郵送があるというのに直接入れにくるのは、ラブレターか、デジタル切手代をケチった手紙だけだろう。
恐る恐る開けてみると、中には半分に折られた紙と見知らぬ御札が入っていた。
私はその半分に折られた紙を手に持ち、だんだんと速くなる鼓動を聞きながらゆっくりと開け、中身を読んだ。
「まさか、」
私はその手紙と御札を握り締め、マンションの玄関を走りぬけた後、真夏の太陽が照りつける道を走り抜けた。
・
・・
・・・
・・・・・・
親愛なるメリーへ
この手紙を読んでいるということは、きっと私はこの世にはいないでしょう。
そういえば、こんな都市伝説があります。
「ある人が強い思いを持って自殺してから、その人の友人が御札を持ったまま蓮台野にある特定の墓石をまわすことで、自殺した人は冥界の境界を通りぬけ、復活できる。」
私は蓮台野の境界で待ってます。
宇佐美蓮子
#5 Re:蓮台野夜行
夜の京都を走った。日中あんなに暑かったとは考えられないほど気温が下がっている。涼しくもあり、少し不気味でもある。
デコボコとした未舗装の道を勢いよく蹴りつけながら、東の山の中腹あたりにある墓地――蓮台野へと目を向けた。
「まったく、なんで人にやらせるのかなっ!」
怒りを言葉にして蓮子に伝えようとするが、返事はない。
それもそうだ。なにせ彼女は自殺して冥界にいるのだから、簡単に届くはずがない。
私はそれでも走り続けた。
走って、
走って、
息が切れそうになってもずっと走り続けて、
ようやく蓮台野の前までたどり着いた。夜の京都よりもいっそうと不気味で冷たいところだ。
今更だが、蓮子のためとはいえやっぱり来たくはなかった。私は土の道を足で踏みながら、ずらりと並んだ墓石を慎重に見ていった。
随分前にもここで倶楽部活動をしたことがある。そのときは――
「あった。彼岸花がたくさんある墓石。」
この墓石を1/4回転すると、一面に桜が花をなびかせていた冥界へと行けた。
今夜もこの墓石を回さなければならない。
(蓮台野の墓石を回して、私ををもとの世界へと連れ戻して。)
手紙の最後の文は、きっとこういう意味なのだろう。蓮子らしいっちゃ蓮子らしいけど、やるしかない。
しかし私は、とても胸騒ぎがした。蓮子を連れ戻すことはできるのか、ほんとうにこの行動は正解なのだろうか。時がたつにつれて、私の心臓の鼓動が速くなっていった。力強く身体に鳴り響くその音は、極限まで私を苦しめていた。
迷って
苦しくて
迷って
苦しくて
とても苦しくて、
私は腹をくくって、
「やるしかない。蓮子のためにも。」
私は御札を持った手をのばし、墓石を1/4回転。ゆっくりと回した。
目の前が眩しくて明るい光でおおわれると、一面が桜に覆われた世界が広がっていた。そこには桜吹雪の中、目を見開いて立ち続けている一人の少女がいた。
私は大粒の涙を流しながら、その少女に抱き着いた。
#6 終わりのない二人の物語
夏の暑苦しい季節も終わる今日。同じ倶楽部の友人と、大学のカフェテリアで話をしていた。なにせ新しい結界の噂が見つかったらしい。
友人は、パソコンの画面をこちらに見せながら、
「メリー、秘封倶楽部の活動をもう一度始めましょう。」
「バカね、もうとっくに始まっているでしょ。」
二人の物語と友情には、終わりなど存在しないのだ。
いつまでも、永遠に。
#EXTRA 幻想の噂
世界に明るい日差しとぬくもりを与えてくれる太陽が、南の高い空に昇る時間。大学のカフェテリアで、紅茶を飲んでいる二人の少女がいた。
紅茶を飲んでいた金髪の少女は、疑問に思っていたことを話した。
「ところで蓮子、"あの時"になんで先に落ちたの?」
「ああ、それは、ええと…」
私は少し息が詰まった。なんというか、メリーにも言いにくい。
私個人の問題だから、メリーには伝えれないというか、ウーン。
やっぱり嘘を伝えよう。
「メリーを信じていたから!」
一生懸命に作り笑いを作る。私は何を言っているのだろう。多分、昨日レポート提出の為に徹夜したのが原因だろう。
一方メリーは…顔を赤くさせながら横を向いている。
絶対笑っているな。
そう確信した私は、少し傾いていた帽子を机の上に置いた。
まぁでも、メリーが"あの噂"を知っているなんて予想外だったな。
きっと誰かから聞いて、それを実行したんだろうな。メリーらしいや。
桜が舞い降りた後の季節。灼熱地獄のような気温が続く科学世紀の京都。あんなに赤かった太陽もとうの昔に地平線へと沈み込み、辺りは暗い夜空のなかに、輝く星々や欠けた月が浮かんでいた。
私たち秘封倶楽部は今、大学の屋上に来ている。ここは、科学世紀の京都の中でも、きれいな夜景が見える所だ。過去にも何度かここで活動をしたことがある。
私、宇佐美蓮子様は屋上のフェンスに腕を掛け、冷たい夜風にあたりながら科学世紀の摩天楼を見つめていた。
「いままで、いろいろな結界を暴いてきたよね。」
虫のようなかすかな呟きだったが、私の隣にいるメリーにははっきりと聞こえていたようだった。
月明かりに照らされたメリーは、私の方を向いた。
何かを訴えているような目つきだったが、私はそのことには答えず、ゆっくりと大学の屋上のフェンスを乗り越えた。
そして私は、フェンスにもたれ、科学世紀の摩天楼を見つめながら呟いた。
「幻想が否定されたこの科学世紀。世界の非常識は、私たちの常識。今まで楽しかったわよ。」
「何最期みたいな台詞言ってるの。蓮子らしくないわよ。」
ふふふ。と少し笑った。そして、長年かぶり続けていた、白のリボンが付いている黒色の帽子をそっと脱いだ。
フェンス越しにある、"生と死の境界"。私とメリーの"境界線"。
同じ倶楽部の、違う二人。別々の道をたどっていたけれど、それが合わさった。そして"今日"まで、その道は同じ方向を進んでいた。
楽しかった。秘封倶楽部を結成して、活動をしたこと、結界を暴くためにいろいろなところへ行ったこと。そして、メリーと出会えたこと。
私はメリーの方を向き、胸に帽子を当て、ニッコリと作り笑いをした。
「さあ、秘封倶楽部の活動をはじめましょう。」
そう言って、私は手を振った。さようならのサイン。またどこかで出会いましょうのサイン。私の目には、涙があった。
「まさか、まって、待ちなさい!蓮子っ!」
私はそのまま、身体を後ろに傾け、大学の屋上から飛び降りた。後ろからものすごい勢いの風が吹き乱れ、強い重力に身を任せた。私の眼から、夜空の星と共に輝く涙がこぼれた。科学世紀の星空は、うっすらとであるが、永遠にキラキラと輝いていた。
「8月15日、午前2時29分59秒。今夜も、いい星空ね。」
そう呟いたあと、私は静かに、涙であふれる眼を瞑った。
#2 友人の墓
蓮子がこの世を去ってから、一週間が過ぎた。
あの日蓮子は、私たちが通っている京都の大学の屋上から静かに飛び降りた。
(秘封倶楽部の活動を始めましょう)
その一言が、私にかけてくれた最期の言葉だった。涙の雫を落としながら、笑顔で。
その後、蓮子の地元である東京で、親族たちとの葬式をした。科学世紀となった今では、幽霊の類などは、科学的に否定されたため、"形だけ"の葬式だった。
今のこの状態を、昔の僧侶たちが見ることがあればどう思うだろうか。きっと、「ただのお遊びだ」とかと言われそうだ。
しかし、こんな葬式を悪く思ったりはしない。なぜなら、現実に目を向けさせられる時間が減るからだ。
とても短かった科学世紀の葬式が終わった後、私は蓮子の実家から近い霊園に来ていた。
住宅地のなかに、ずらりとならぶ墓石。その中に、「宇佐見家」の墓石があった。携帯用ホログラムの彼岸花が数本さしてあり、親族がさしていったであろう線香が独特の香りを漂わせながら数本立っていた。
「私も、愛してもらえる家族が欲しかったな。」
そう言いながら、私も火のついた線香をさした。
私の過去は、たくさんある"夢"だった。それも、京都に来るまでは基底現実など存在しなかった。たくさんある夢を渡り歩き、主観で見たものこそがたくさんある"真実"だと感じていた。そして、その考えを治してくれたのがあの"蓮子"だった。彷徨い続ける私に道を示してくれた。でも、今はその友人はこの世のなかにはいない。
もう少し一緒に活動したかった。
涙があふれ出てきた。早い、早すぎる。約束したでしょう。ずっと一緒だって。そう言ったでしょう。
大粒の涙があふれる中、友人の墓の前で手を合わせ、卯東京駅まで歩いて行った。
#3 幻視の東海道
この卯酉東海道線にも、蓮子と何度か乗車した。近代技術で作られた、古典的な偽者の映像と静かに流れる古風な音楽を横目に、東京はこんな環境だ、とかこんな結界があった、とかと話したのはいい思い出だ。
しかし、あの時は、広い車内にちらほらと人がいる程度だったが、今は私一人だけが座っていた。
「変ね。一週間前までは、私一人だけが乗ることなんて想像できなかったのに。」
蓮子がいなくなってから、私は現実を受け入れられなくて「いなくても大丈夫」という雰囲気を醸し出していた。しかし、内心はものすごく動揺していた。
誰だってそうだ。大切な友達が理由を聞かされていないまま自殺すれば、動揺のひとつやふたつ起きてもおかしくない。
だけれどあの時、いざ友人の墓の前に立ってみるととてつもない悲しみに襲われた。
私は、合成茶葉を使った紅茶の入ったカップを持った。しかし、ものすごく動揺しているせいか、腕が小刻みに震えた。
現実を受け入れられない。蓮子にまた会いたい。
蓮子はいない
でも会いたい
いない
会いたい
いないけれど…会いたい。
そう思うごとに、私の腕の震えも大きくなっていった。
その震えが続いた後、私はやっと我に返り急いでカップを元の場所に戻した。
「終点、酉京都駅です。お帰りの際は、お忘れ物にご注意いただき・・・」
車内に鳴り響くアナウンスの声を聞きながら、53分間の短い旅に幕を閉ざした。
コトッと駅のホームに降り立ったとき、周りの人ごみのなかに懐かしい人影を見つけた。黒いスカートに白いワイシャツ。そして、白のリボンをつけた黒い帽子をかぶっていた。
「れ、れんk」
蓮子。と言いかけたが、気付いた時には人ごみと、蓮子らしき人影は、あたかも初めからなかったように、きれいさっぱりなくなっていた。
私は駅のホームにポツンと立ったまま、途方にくれていた。
#4 親愛なるメリーへ
やっぱり地獄だった。真夏の京都は。東京と比べて盆地なのと、都市化によって熱が大量に排出されているのが原因だろう。科学世紀なのだから、なにか涼しくなるような対策ができるのではないだろうか。
バス代をケチったため、歩いて帰ることになったのだが、あまりにも汗が多い。今思うと、涼しいバスの中にいながら帰ったほうが、よっぽどよかっただろう。
そう思いながら、私は重い足を引きずり、なんとか私の家があるマンションまでたどり着いた。
たくさんのポストのなかから私の部屋の番号が書かれたものを見つけ、一週間ほど放置していたポストの小さな扉を開けた。
その中には、一通の手紙が入っていた。
あて先は書かれていない。直接入れたのだろうか。
科学世紀の今、便利なデジタル郵送があるというのに直接入れにくるのは、ラブレターか、デジタル切手代をケチった手紙だけだろう。
恐る恐る開けてみると、中には半分に折られた紙と見知らぬ御札が入っていた。
私はその半分に折られた紙を手に持ち、だんだんと速くなる鼓動を聞きながらゆっくりと開け、中身を読んだ。
「まさか、」
私はその手紙と御札を握り締め、マンションの玄関を走りぬけた後、真夏の太陽が照りつける道を走り抜けた。
・
・・
・・・
・・・・・・
親愛なるメリーへ
この手紙を読んでいるということは、きっと私はこの世にはいないでしょう。
そういえば、こんな都市伝説があります。
「ある人が強い思いを持って自殺してから、その人の友人が御札を持ったまま蓮台野にある特定の墓石をまわすことで、自殺した人は冥界の境界を通りぬけ、復活できる。」
私は蓮台野の境界で待ってます。
宇佐美蓮子
#5 Re:蓮台野夜行
夜の京都を走った。日中あんなに暑かったとは考えられないほど気温が下がっている。涼しくもあり、少し不気味でもある。
デコボコとした未舗装の道を勢いよく蹴りつけながら、東の山の中腹あたりにある墓地――蓮台野へと目を向けた。
「まったく、なんで人にやらせるのかなっ!」
怒りを言葉にして蓮子に伝えようとするが、返事はない。
それもそうだ。なにせ彼女は自殺して冥界にいるのだから、簡単に届くはずがない。
私はそれでも走り続けた。
走って、
走って、
息が切れそうになってもずっと走り続けて、
ようやく蓮台野の前までたどり着いた。夜の京都よりもいっそうと不気味で冷たいところだ。
今更だが、蓮子のためとはいえやっぱり来たくはなかった。私は土の道を足で踏みながら、ずらりと並んだ墓石を慎重に見ていった。
随分前にもここで倶楽部活動をしたことがある。そのときは――
「あった。彼岸花がたくさんある墓石。」
この墓石を1/4回転すると、一面に桜が花をなびかせていた冥界へと行けた。
今夜もこの墓石を回さなければならない。
(蓮台野の墓石を回して、私ををもとの世界へと連れ戻して。)
手紙の最後の文は、きっとこういう意味なのだろう。蓮子らしいっちゃ蓮子らしいけど、やるしかない。
しかし私は、とても胸騒ぎがした。蓮子を連れ戻すことはできるのか、ほんとうにこの行動は正解なのだろうか。時がたつにつれて、私の心臓の鼓動が速くなっていった。力強く身体に鳴り響くその音は、極限まで私を苦しめていた。
迷って
苦しくて
迷って
苦しくて
とても苦しくて、
私は腹をくくって、
「やるしかない。蓮子のためにも。」
私は御札を持った手をのばし、墓石を1/4回転。ゆっくりと回した。
目の前が眩しくて明るい光でおおわれると、一面が桜に覆われた世界が広がっていた。そこには桜吹雪の中、目を見開いて立ち続けている一人の少女がいた。
私は大粒の涙を流しながら、その少女に抱き着いた。
#6 終わりのない二人の物語
夏の暑苦しい季節も終わる今日。同じ倶楽部の友人と、大学のカフェテリアで話をしていた。なにせ新しい結界の噂が見つかったらしい。
友人は、パソコンの画面をこちらに見せながら、
「メリー、秘封倶楽部の活動をもう一度始めましょう。」
「バカね、もうとっくに始まっているでしょ。」
二人の物語と友情には、終わりなど存在しないのだ。
いつまでも、永遠に。
#EXTRA 幻想の噂
世界に明るい日差しとぬくもりを与えてくれる太陽が、南の高い空に昇る時間。大学のカフェテリアで、紅茶を飲んでいる二人の少女がいた。
紅茶を飲んでいた金髪の少女は、疑問に思っていたことを話した。
「ところで蓮子、"あの時"になんで先に落ちたの?」
「ああ、それは、ええと…」
私は少し息が詰まった。なんというか、メリーにも言いにくい。
私個人の問題だから、メリーには伝えれないというか、ウーン。
やっぱり嘘を伝えよう。
「メリーを信じていたから!」
一生懸命に作り笑いを作る。私は何を言っているのだろう。多分、昨日レポート提出の為に徹夜したのが原因だろう。
一方メリーは…顔を赤くさせながら横を向いている。
絶対笑っているな。
そう確信した私は、少し傾いていた帽子を机の上に置いた。
まぁでも、メリーが"あの噂"を知っているなんて予想外だったな。
きっと誰かから聞いて、それを実行したんだろうな。メリーらしいや。
それに二人の関係性も上手く描かれていて、とても良い作品ですね