Coolier - 新生・東方創想話

悪い小人はいないか

2021/04/16 23:20:13
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 ごめんなさい、針妙丸はもうオシマイです。

 お父さん、お母さん。
 おじいちゃん、おばあちゃん、ご先祖様のご先祖様。
 霊夢、魔理沙、咲夜さん。天人様に貧乏神にお面の人に、河童に不死鳥にお坊さん。それからえーと、髪とか服とか変な人とかみんな。
 それと、正邪。

 私がお尻の穴から出てくる頃にはきっと、見るに堪えない姿になっていると思います。だから、探さないでね。

──ひとしきりの遺言を唱えきった後、針妙丸は真っ暗闇に飲み込まれた。

 ・

 ・

 ・

「って、誰がうんこ野郎だこらぁ!!」

 針妙丸は密閉されたお椀の中から飛び出した。それはまるで日曜の終わりを告げる国民的アニメの一家が如く。
「……あらぁ。最近のクマの胃の中ってずいぶんアットホームなんだなあ」
 目の前でぱちぱちと暖かな火が燃えていた。その上にはぐつぐつと煮える鍋が天井から吊るされている。これはいわゆる、囲炉裏だ。
 無論、世界のどこを探しても、たとえ幻想郷といえども胃の中が山小屋になっている熊など存在しない。つまりここは内臓ではなく誰かの家に決まっている。
 つん、と酸っぱい臭いが針妙丸の鼻を突いた。後ろを振り向いた彼女の目にその原因が飛び込む。まだ生暖かい鮮血滴る熊の首が、無造作に桶の中からその存在を主張していた。
「天罰だね」
 針妙丸は図々しくもそう主張した。こんなに可愛い私を丸飲みにしたのだ。成敗されて当然だ。

「……ふん、やっぱり小人か。見るのは何百年ぶりだったかも思い出せねえべ」
 この山小屋の主が、大鉈を片手に扉を開けた。
 腕と片方の肩を露出するぴったりとしたワンピースに、腰ほどまで伸びた銀の髪。原始人のような格好を止めれば誰も彼女が山暮らしとは思うまい。
 その女性は囲炉裏の向こう側にどっかりと座り込んで、熊の中から出てきたお椀の小人を見下ろした。
「うちもここに暮らして長いがな、お椀を食ってぶっ倒れた熊に会ったのは初めてだ。その中から小人が出てきたのもな」
「もしかしなくても、貴方が助けてくれたんですね。私は小人族の少名針妙丸と言います。本当にありがとうございました」
「うちは坂田ネムノっつう山姥だ。こっちもでけえ熊が楽に狩れて儲けもんだったべ。礼なんかいらん」
 ネムノと名乗る山姥は皮肉気味た笑みを浮かべた。何だかわからないが熊がのたうち回っていたのを介錯してやったら、食道からお椀が転げ出てきた。雅な椀だし綺麗にして自分で使ってやろうと思っていたらこれだ、もはや笑うしかない。

「……いやね、やり過ごそうと思ってお椀の中に隠れたんだよ。まさかそれごと丸飲みにされるとは思わなかったけど」
「奴は口に入るもんなら何でも食っちまうからな。横綱みたいな巨体に大食い、ああいうのをどすこい級って言うんだべ。うちらは短くどす級って呼ぶがな」
 針妙丸は改めてそのどす級な熊の首を見た。そのまま頭だけで襲いかかってきそうな迫力が、生首になってもなお残っている。全長にして大の大人が二人分はあった、と針妙丸は記憶している。飲み込まれた相手だから誇張して覚えているだけかもしれないが、とにかく大物だったのは間違いない。

「私ね、打出の小槌の力を何度も使ってるうちに、自分の力でちょっとずつ大きくなったり小さくなったりできるようになったんだ。だからあいつの腹の中でお椀ごと大きくなってやったってわけ」
「はっはっは! 傑作だべなあ。小人ってぇのは昔っから腹ん中で悪さしてばっかだ」
「ネムノさんはご先祖様にも会ったことあるんだね」
「まあな。昔は小人族もいろんな所にいた。今じゃあ全然見ねえがなあ」
 何を隠そう針妙丸こそ小人族の末裔。そして小人族は小槌を私欲の為に使った代償で逆さ城ごと封印されていた過去がある。元より隠遁生活を送っているネムノは会ったことがあるだけでも奇跡的な話だ。

「……って、そういえば小槌! 私の小槌は!?」
「あー、安心しろ。あの熊の近くに落っこちてたから一緒に拾ったべ。まさか本当に打ち出の小槌とは思わなかったがな」
 ネムノがくいと指差した戸棚の上に、針妙丸がテント代わりに持参した虫籠が置いてあった。その上には打出の小槌も乗っかっている。たとえ自分が無事でも代々伝わる秘宝を無くしたとなっては小人族は一巻の終わりだ。そもそも針妙丸が末代ではあるが。
「そんで、何でお前はそんなちっこいナリで山に来たべ。うちがたまたま通らなかったらさっき食われて終わってたぞ」
「お、聞きたいですか? いやあ、話すとこれが結構長いんですが……」
 でへへ、と針妙丸は照れくさそうに頭を掻いた。どうやら聞いてほしくてたまらないらしい。
「いいべいいべ。どうせ今日の狩りは終わりだ。酒の肴に聞いてやる」
 ネムノは隅に置かれた壺の封を開けて、その中の透明な液体を枡に汲んだ。ツンと鼻を刺激する匂いは、言うまでもなくアルコールだ。
 さらに彼女は桶から熊の首を持ち上げると、その下の内臓を手掴みで取り出して皿に盛る。ネムノの手は血と体液で赤黒く染まった。
「……それ、食べるの?」
「おお、精が付くんだべ。お前もやるか?」
「たぶん私にはまだ早いと思います。遠慮しておきます」
 もの凄く良い人っぽいけど、やっぱりこの人も正真正銘の妖怪なんだなあ、と針妙丸は確信した。単なる小さい人間である小人族とは精神性が違う。
 熊の生肝の代わりに、ネムノは針妙丸の小さな椀に鍋の中の汁をすくって渡す。この味噌汁に浮いている若干臭みのある肉は、先程までは捕食者の側であったあの巨獣であったに違いない。今は食物連鎖の掟に従ってピラミッドの上位者に身を差し出す時なのだ。
 ネムノはまさに野性的な大口で肝にかぶり付く。ぐちゃ、ぐちょ、とあまりにも生々しい咀嚼音が響く中、針妙丸はなぜ山に踏み入ったか、とても深い訳がありそうなトーンで語りを始めた。


「……私の友達、っていうとあいつは嫌がるんだけど、まあ正邪っていう天邪鬼の知り合いがいるんです」
「はー、天邪鬼。お前はまだ若いからいいけどよお、友達は選んだ方がいいべ?」
「一応あんなのでも恩人だからしょうがないんです」
 そもそも封印されていた小人族である彼女に選択の余地など無かったわけであるが。
「でー、その正邪が今は私達のお城にこっそり居候してるんだけど、これがまあ働かなくて働かなくて」
「まあそりゃあなあ。キリキリ働く天邪鬼なんかいたら空でも落っこちる前触れだ」
 ネムノは口周りの血を手でぐいっと拭い、もう片方の手で喉に枡の中身を流し込んだ。
「ところが正邪もこのままじゃ駄目だと修行の旅に出たんだよ。まあ行った先が地獄のブラックもブラックな労働現場でさ、叩きのめされて帰ってきちゃったんだけど」
「本当に天から地に落ちたんだな」
「そうそう。で、それを見てたら思ったの。私も、修行しようって!」
 針妙丸は強い決意の現れとして体の前で拳を握る。ネムノは、顔色一つ変えずにさらに酒を呑む。
「誰かがやったら自分もやりたくなったか。子供にはよくあることだべ。それで山ごもりか。若ぇのがよく考えることだべ」
「……うん、まあそんなところです」
 実際、強くなるなら山ごもりだな、という安直な考えで山に入ってしまったのでそれ以外の事が言い返せない。しかし小人流の修行はその辺の若いもんとは一味違うのだ。針妙丸もそこはきっちり主張したい。

「あのね、元々私の体は小さいけど、そこをさらに小槌の力で小さくして修行してたんだ。自分と同じ大きさのカブトムシと相撲したり、カマキリと刃を交わしたりとか。もの凄い鍛錬になるんだよこれが」
 この時ネムノは思った。
 虫と戦いたいだけなら山じゃなくその辺の草むらでいいべ、と。
 しかし子供のやることに一々ケチを付けるのは大人げないので口にせず。
「うん、カブトムシは強えからな。あれに勝てるなら大したもんだ」
「でしょでしょ。小人族はこの大きさで普通の人と一緒に暮らすから力が強いんだよ。もし普通の人間サイズだったら鬼にも負けない。だから鬼の秘宝も使えるんだろうね」
 納得できるようなできないような。まあ酒の前では些細なことだとネムノは気にせず酒を煽る。
「体が小さければ食べ物もほんのちょっと確保できればいいしね。それで木の実がいっぱい生ってる場所を見つけたーと思ったら、生臭~い吐息が吹きかかってきたわけだけど……」
「お前でもわかるような餌場ならいろんなのが来るもんだ。熊が近づいてくりゃ音でも臭いでも気配でもわかるはずだ。お前は初めての山で舞い上がってたんだな。山では常に感覚を研ぎ澄ませておかないと命がいくつあっても足りないべ。小槌が無きゃお前は終わってたぞ」
「うん……反省してます」
 ネムノが通りがからなかったら、今も針妙丸は悶え苦しむ熊の腸内で動けなかったはずだ。考えるだけでもぞっとする。
「ま、若いうちなら何度か死にかけとくのもいいべ。年寄りはそうなったらそのまま死んじまうからなあ」
 昔の山には姥捨てという風習もあった。働けなくなった老人の死体が転がっているのもさほど珍しいことではない。
 ネムノは懐かしむようにほほ笑んだが、針妙丸には全く笑えない話だ。

「何にせよ、外はもう真っ暗だ。今日は泊まってけ、明日のことは明日考えろ。な?」
 おそらくそう言うだろうとは思っていたが、針妙丸は素直にお言葉に甘えることにした。
 真っ暗闇で野宿している間にまた食べられるかもしれない。それだけはもう御免だから。

 ◇

 針妙丸が虫籠から出てきた時、ネムノは既に朝食の支度を始めていた。山姥の朝は早い。
「起きたか。よく眠れたか?」
「うん……まあまあかな?」
 生臭い獣臭が鼻に残っていたせいで満足な睡眠ではなかった。とはいえそれを正直に言うほど針妙丸も我がままではない。
「待ってろ、飯よそってくるべ」
 ネムノは囲炉裏の火を針妙丸に任せ、別室の台所に引っ込んだ。

 ピーッ、カパッ。
 扉の向こうから二つの音が鳴る。

「……ん?」
 感覚を研げ。この言葉を心に刻んでいた針妙丸は今の違和感にも即座に反応した。まさかとは思うが、今の音は。
 おっかなくて昨夜は一切足を踏み入れなかった山姥の台所に、まさかを見るため突入する。
「……いやいや、山姥さん。いやいや、それはおかしいでしょ」
 そのまさかだった。ネムノの前には電気炊飯器。そして電子レンジに冷蔵庫、IHコンロまである。山姥の台所はシステムキッチンと呼ぶのがふさわしい代物だった。
「ここ、山! 囲炉裏は、薪は、釜戸は!? 山暮らしはどこに行ったの!?」
「山はここだべ。ここで暮らしてれば山暮らしに決まってる。お前が言いたいことはわかるが落ち着いて、まずは飯を食え。腹が減ってると怒りやすくなるんだ」
 ネムノが盛ったご飯をずいと顔の前に突き出す。ハイテクの全自動による最高の炊き上がりでつやつやと輝くそれは、これこそ銀シャリと呼ぶに相応しい。
 針妙丸は思わず生唾を飲んで、大人しく茶碗を受け取った。

「……でー、あの台所はなんなの? あんなのを作れるのは河童ぐらいだと思うけど」
「そうだな。どれもあいつらがごちゃごちゃやったもんだ。うちはいらねえって言ったんだけど、使ってみたらこんなに楽で便利なもんはない」
 ご飯に味噌汁、きゅうりのぬか漬け、獣肉の佃煮。シンプルな朝食だが一つ一つが驚くほど美味い。
 二度のおかわりを経てから、ようやく針妙丸は疑念を口にしていた。
「うーん、そりゃ便利で楽なのは良いことだけど、やっぱり自然の中で暮らすのとはちょっと違うような……」
「お前の言う自然ってのはどういう事だ。ここは妖怪が住む山だ。生えてる草木もな、自分達に都合が良いように手を入れてるべ。うちだって裏に小さな畑を作ってるしな」
「……そっか、言われてみればそうなんだよね」
 確かに妖怪の山は自然豊かな場所ではある。しかし、そこに住む者に不便を我慢してあるがままの自然を受け入れよと、外部から口を挟むのはお門違いだ。
「ご飯、とっても美味しかったよ。ご馳走さまでした」
「うむ、お粗末様」
 ネムノは二人が使った食器を水桶、ではなく食器洗浄器の中にセットした。これも冬場は特に重宝するネムノのお気に入りだ。
「さて、私は山での修行に戻るかなあ。あ、ネムノさんは狩りに行く? だったら付いていきたいけど」
「いんや、今日はもうちょっとしたら来客の予定だ。ちょっと待つ」
「来客? まだご飯食べたばっかりだよ。ネムノさんもだけど朝から早くない?」
「山はすぐ暗くなっからな。明るくなったら明るいうちにやることやるのが鉄則だ」
 見通し悪く、明かりもない。そんな所で過ごす夜の恐ろしさは身に染みていたので、針妙丸は素直に納得した。

 せっかくだし、もう少しネムノさんに付き合おう。
 そう決めて二人で待つことしばらく、ガチャンガチャンと、明らかに人工的な何かがこすれる音が近付いてきた。
 針妙丸はピンときた。これは山姥の家にハイテクを持ち込んで情緒をぶち壊しにした河童野郎に違いない、と。

「おう、よく来たな」
「おはようございまーす! ネムノの姐さん、ご無沙汰でーす」
 しかし彼女の予想は微妙に外れた。河童の一張羅といえば全身水色の上着とスカートだが、この河童もどきはグリーンの迷彩柄だ。つまるところ、来客とは山に適応した童、山童であった。
「……ありゃ? 姐さん、いつから小人なんて育て始めたんで?」
 床に置かれた茶器が二人分あるのに気付いた山童は、湯飲みより一回り二回り大きい程度の人間に目を向ける。
「昨日熊の腹をかっ捌いたら出てきたんだべ。赤子だったら熊五郎とでも名付けてたとこだ」
「そこはせめて熊子とか熊姫にしてよ。どうも、少名針妙丸です」
「あ、どうも。山城たかねです。獣に飲み込まれても生きてる奴に会えて光栄ですよ、お嬢ちゃん」
 小人と山童は丁寧に頭を下げた。いくら幻想郷民でも他人の家では礼儀正しくするぐらいのマナーはある。
「そうだよね、山に来るんだったら河童じゃなくて山童だよねえ」
「当たり前だよ。あんな水臭い両生類なんかと一緒にしないでほしいね」
 ほぼ同じようなものなのに、たかねの言い草は辛辣だ。もっとも、陸上と水上部隊の仲が悪いのは大日本帝国からの伝統でもある。河童から言わせればこちらは山猿であって。

「んじゃ、早速だけどメンテナンスに入らせてもらいますよーっと」
「ああ、礼はいつものように適当に持っていけ」
 たかねはネムノ謹製の煮物や漬物の味を思い出し、ごくりと生唾を飲んだ。メンテナンスの報酬として貰った料理を肴に酒を呑む。それが彼女の楽しみの一つなのだ。
 で、あるからこそ仕事はしっかり丁寧に。たかねは背中の箱から工具を取り出して台所に立ち入った。
「これって河童の機械だよね。なのに山童が修理するんだ」
 針妙丸が素朴な疑問を口にする。
「違うんだなあ。確かに大部分のパーツは河童製だけどね、余計な部分を排除してお客様のニーズに応えられるように組み立てたのは我々山童なのさ」
「……ふーん。でもそれ、山童が間に入る必要ある? ネムノさんと河童で直接やり取りすればいいんじゃない?」
「必要ある! 河童の造るものは自己主張が強すぎるんだよ。無駄にゴテゴテ装飾を付けたりさあ、隙あらば変形機能とか自爆スイッチとか付けやがる。このキッチンにはそういうのないでしょ?」
「なるほど……」
 針妙丸も河童の一人と何度か弾幕を交えたことはある。あの時見た機械は無駄が多いと言うべきか、見た目のインパクトを重視しすぎてコミカルに感じた。木と同じカラーリングで統一され、至ってシンプルにまとまっているこのキッチンとは大違いだ。
 元々住んでいた河を離れて山に住み着いた河童、それが山童だ。きっと河童とはややこしい仲なのだろうなとは、箱庭育ちの針妙丸でも何となく想像できた。


「……炊飯器、ヨシ。食洗機、ヨシ。電子レンジ、ヨシと。いやあ、ネムノさんは機械の扱いも優しくて助かるよ。メンテが楽で楽で」
 たかねは左手のレーダーのような物を見ながら、一つ一つ家電の機能を確かめていく。針妙丸はそのレーダを覗き込んでみた。現在地を中心に、いくつかの点と英数字が周囲に点在しているようだ。
「これってもしかして機械に反応してるの?」
「ご名答、なかなか賢いじゃないか。河童製のコアパーツにはチップを埋めてあってね、これで誰が作った物がどこにあるかがわかるんだよ」
「凄いけど、そこまでする必要ある?」
「ある。アイツら作者にしかわからない設計とか平気で作るから、我々だけじゃ手に負えない事もあってさあ。ちなみにこのレーダーは外の世界の龍玉を探して冒険するバトル漫画を参考にしたんだ。いいでしょ」
 改めてレーダーを眺めてみると、確かに点の位置と家電は一致しているようだ。点に付随している文字は機械か作者名という事なのだろう。

──しかし。
 一つだけ、台所から外れた場所に点がある。位置関係からするとおそらく、ネムノが座る囲炉裏の辺りに。
「……あれ? 電気囲炉裏なんて入れた覚えはないんだけどなあ」
 さりとて身に覚えが無くとも反応がある以上は確認しなければ。おかしいなあと呟きながら、たかねはレーダーを頼りに謎の一点を追いかけた。
「……おお、もう修理は終わったか?」
「いやあ、この辺にもう一個見てないのがあるみたいで」
 ネムノの近くまで来て、やはり機械はここにあるとレーダーは示す。しかしそれらしいものは見当たらない。少なくとも二週間前に来た時は無かった。

 ピコン、ピコン。
 目視でわからないならと追跡モードをオンにした。これで捜索中の点に近付くほど反応が大きくなる。

 ピコッ、ピコッ、ピコッ。
 反応が強くなった。ネムノに近付いた時に。
 まさかとは思うが念の為、たかねは失礼して彼女の足元から順にレーダーを当てていく。

 ピコ、ピコ、ピコ、ピコ……ビーッ! ビーッ!
『腹』
 ネムノの腹部に目標物がある。レーダーはそう示した。

「…………あー、そのう」
 三人の間に気まずい沈黙が訪れる。
「姐さんって、実は山姥型サイボーグだったりとかします?」
「何だかわからんが裁縫道具ならうちにあるべ」
「奇遇だねえ、私も針だけなら持ってるよ」
 しかし三人揃って現実逃避しても結論は変わらない。
「ちょっと……ちょっと、時間をいただきます!」
 たかねはネムノに背を向けて工具箱からトランシーバーを取り出すと、慣れた手付きで数字を四つ叩く。

 ガー、ガガッ。ピー、ピー、ブツッ。
「もしもしもしもしぃ!? こちら山城。応答せよ、応答せよ!」
 恩人の非常事態とあって、通信相手を呼びつけるたかねの口調は相当荒ぶっていた。
『……ハイこちら河城! そんなデカい声出さなくても聞こえるっつーの!』
 スピーカーの向こうから怒鳴り声と何かをボリボリかじる音が響く。
 河城、つまり相手は河童の河城にとりだ。針妙丸とは何度か弾幕を交えた相手でもある。朝のキュウリタイムに水を差されたため、こちらも声だけで相当不機嫌なのが伝わってくる。

「おい河城、お前ネムノの姐さんに何かしたのか!?」
『ハァ? 何の事だよ、誰だよネムノって』
「山姥の坂田ネムノだよ! その人の腹ん中からお前のチップ反応があった。フタ・ヒト・マル・ロメオ・インディア。これお前だろ!?」
『確かに私だけど、山姥の腹に機械だってえ? そんな記憶は全くないよ。レーダーの誤動作か、そいつがウチ製のメカを飲み込んだか何かじゃないのか?』
 確かに誤動作は否定しきれないし、むしろそうあって欲しいとも思う。しかしそれ以外の家電はしっかりと探知していたのだ。たかねは一度、藁にも縋る思いでレーダーを睨んだ、が。

『……あ、もしかしてアレか』

 たかねはその小声を聞き逃さなかった。
「おい河城ォ! 今なんつったぁ!?」
『怒鳴んな山城! 無線機に優しくない!』
 そんな気はしたが、やはりこの二人は犬猿の仲らしい。何にせよ閑散な山中に轟かせて良いボリュームの声ではない。
「まあ、落ち着け。うちは今のところ腹が痛えとかは何もない。大丈夫だからゆっくり喋れ」
「あ、ああ……」
 本当は彼女こそ一番不安であろうに、当のネムノからそう言われてしまっては大人しく従うしかない。たかねは呼吸を整えて無線機に向き直る。

「……悪かったよ。それで、心当たりはあるんだな?」
『ああ、蛙型捕食寄生式超小型自立特攻注薬機かなぁー……と』
「は? なんだって?」
『だから、蛙型捕食寄生式超小型自立特攻注薬機だよ。私はケロ丸って呼んでるけど……』
「二度も言わなくていい。それより捕食寄生式って言った?」
『そうだよ。食われる事で相手の内部に直接薬剤を注入できる画期的な小型ロボットさ。見た目をカエルにしたんで通称ケロ丸』
「何の為にそんな回りくどく……いや、言うだけ野暮だなお前には」
 何かに役立てる目的があって作る、ではなく思い付いたから作る。用途は後から取って付ければ良い。発明家とはそういうものなのだ。だから言うだけ野暮だ。
『でもなあ、元が小さいから人が食うなんてあり得ないんだよ。食った小動物を生でそのまま食うような食物連鎖でも無い限りは。だから火を使う知能のある生き物には寄生しないはずなんだ』

「……あ」
 針妙丸は昨夜を思い出した。
 食べてた。肝を。生で。ネムノが。

『おい今誰か「あ」って言っただろ! 心当たりあるんだな!?』
 心当たりありすぎたので、おずおずとトランシーバーの前に顔を近付ける。
「えーと、にとりだよね? 私だよ、針妙丸」
『ああ、小人か? 何でそこに。茸狩りか山籠りか?』
「まあそんなところ。それよりネムノさんね、昨日クマの肝を生で食べちゃってたんだけど、それ?」
『あー、おそらくそれだ。そうだよなあ、妖怪ってのはそういうもんだよなあ』
 ほとんどキュウリばかり食べている妖怪だから、肉食系山姥ギャルにまで考えが及ばなかったのだ。河童ならではの見落としだ。
「それで、そのケロ丸は胃の中でどうするの? ネムノさんはどうなっちゃうの?」
「いや、どうもしないよ。そいつは試作機だから食われても機能が生きてるかを試してただけ。本番では内部から毒なり薬なりを注入する予定ではあったけど。あー、その、ただ……」
 河童の機械にはある共通点がある。山童がそれだけは外せと口を酸っぱくして言い続けたあの機能が。

『自爆はするかもしれない……』
 その場に重々しい空気がのしかかった。

「おいコラァアアア! 河城ォオオオオオオ!!」
『待て待て! だから叫ぶなっちゅーの!』
「もうやだぁ!付喪神異変から爆発とか炎上とかそんな事件ばっかり起きてる気がするんだけど!?」
 少なくとも公式で紅魔館が爆発したとか鈴奈庵が燃えたなどという事件は起きていないのだが、まあ針妙丸は夢でも見たのであろう。
『いいか聞けェ! 自爆機能はあるが命令しない限り爆発しない! ただ……胃酸が強すぎたりするとヤバいかも』
「強すぎたりって……姐さん、山姥の胃ってどうなんですか?」
「うちは鉄の胃袋だと思ってるが、さすがに食い物じゃない鉄屑までは無理だ」
 少なくとも野生の生肝を食べてもケロリとしていられる胃腸なのは実証済みだ。現在爆発してない以上は即座に爆発するということも無さそうではある。しかし胃液というのは体調次第で強まったりする事ぐらいはたかねだって知っている。楽観視はできない。
「それで、回収方法は? まさかコントローラーが無いはずないよな」
『うん、あるけど。いや……あったけど。川が増水した時に流されちゃって……ケロ丸を飲み込ませてた魚にも逃げられたんでそのまま放置してた……』
 つまり、ケロ丸を飲み込んだ魚が食物連鎖でどす級熊の体内に渡り、それをネムノが飲み込んでしまった。
 指摘事項がありすぎてもはや怒鳴る気も失せた。その代わりにたかねは大きなため息をつく。
「……何でお前らは精密機器を水辺に置いとくかなあ。作り直しはできる?」
『設計図も流されちゃって、周波数も忘れた……』
「つまり取り出すのは不可能、と」
『あとは外科手術しか……』
 そもそも用途としては体内に侵入させての特攻兵器。入った後の事なんか知ったこっちゃない、とは流石にこの状況では言い出せないが、にとり的にはそういう物なのだ。
「手術か……胃の中の小さなロボットを取り出せる医者となると……」
 まず人里の昔ながらの医者では技術的に無理だろう。そもそも妖怪など診てもらえない。
 となれば迷いの竹林の蓬莱人か。彼女の本業は薬師であって外科ではないが、なんとなくやれそうな気はする。ただ、アクセスが絶望的に悪いのが難点だ。
 あとは人体を切ったり繋いだりに慣れていそうな人物。例えばそう、死体を連れ回している邪仙とか──は論外か。たかねはそれを頭から消去した。

「私がやる!」

 そんなたかねの思考を遮って力強く宣言したのは、まさかの針妙丸であった。
「……お嬢ちゃんが? お嬢ちゃん、医者の経験があるの?」
「要はお腹からケロ丸を取り出せばいいんでしょ。私ならお腹を切り開かなくても大丈夫!」
 つまり針妙丸は、自分自身もネムノの腹に入ってケロ丸を回収してくると言っているのだ。
「そうか、小人か……! だけどいいのかい? お嬢ちゃんも消化されるかもしれないよ」
「たかねさんは機械のプロ。そして胃の中で悪さをするプロは私たち小人だよ。ねえにとり、大丈夫だよね?」
『……やむを得ない。ケロ丸は胃腸のどこかに貼り付いているはずだ。面倒なら針でもぶっ刺してくれ。壊しといた方が持ち運びやすいだろう』
 製作者からの許可は出た。あとは患者のネムノ次第だ。
「……ということなんだけど、ネムノさん、私がお腹の中に入ってもいい?」
「ふん、胎から出たがる子はいくらでもいたが、腹に入りたがる童は初めてだよ」
 ネムノは皮肉を漏らした。いくら昨日食われたばかりの針妙丸とて、そんな事態に慣れているわけがない。それでも彼女の為に文字通り身を捧げるつもりなのだ。
 ここまでずっと成り行きを静かに聞いていたネムノだったが、話を彼女なりに頭の中で整理して、ゆっくりと考えを述べる。
「一応言っておくがうちも妖怪だ。腹の中で小せえのが爆ぜたぐらい平気かもしれんし、こんな山暮らしの婆が一人どうにかなっても何も変わらん。お前が危ない目に遭う事はないんだぞ」
「そんなことない。ネムノさんは私を助けてくれたし、ご飯も美味しかった。体を張る理由なんてそれで十分だよ。それに居なくなっても平気な人だったらたかねさんもこんなに必死にならない。お願い、私を信じて助けさせて」
 針妙丸はぐっと拳を握り、気合いを込めた眼差しを向けた。

「……わかった、お前に任せる。ただし、絶対に溶けんじゃねえぞ。針が腹の中に残ったまんまになるのは御免だからな」
 ネムノは小さな勇者に優しい微笑みを返した。


 ◇


 それからネムノの腹が空くのを待つこと夕暮れ時、針妙丸は山童謹製の防護スーツに身を包んでいた。
「一応作っておいた3Sサイズがここで役立つとは思わなかったよね」
 針妙丸の可変式背丈は調子が良い時でもたかねの腰くらいだが、これが一着だけあった極小サイズのスーツにぴったりであった。
「この格好、本で読んだ宇宙飛行士みたいでちょっと新鮮かも。ただちょっと前が見づらいなあ」
 針妙丸は吐息で曇る金魚鉢みたいなヘルメットを手で擦った。
 これから胃袋という名のブラックホールに飛び込むことになるのに小人は能天気だ。いや、一番不安を抱えているのは患者であるからこれぐらいでいいのかもしれない。
「こっちは昼も水と茶だけで腹ぺこだ。この際小人でもいいから腹に入れてえべ」
 今日一日を安静で過ごす事になったネムノもあまり笑えない冗談を漏らす。針妙丸の着替えも済んだことで、ようやく絶食の時間が終わりを告げるのだ。

「それじゃ、確認するよ。私の作ったケロ丸は本物のカエルみたいに胃腸のどこかにへばりついているはずだ」
 全身青色の童、つまり河童のにとりもネムノ宅まで出張していた。お詫びとして大量のキュウリを持参して。

「こんな奴の作った機械なんて遠慮なくぶっ壊しちゃっていいからね。どうせ無くしたのも忘れてたような物なんだから」
「ぐっ……! まあともかく、ケロ丸は危険を察知したら逃げるかもしれないから、やるなら一発で仕留めるんだぞ」
 たかねとにとりは二人で刺々しい雰囲気を溢れさせている。が、その割にはさっきから肩を並べてそのままだ。喧嘩するほど仲が良いのか、あるいは先に距離を開けた方が負けとでも思っているのかもしれない。
「ネムノさん、ちょっとチクッとするかもしれないけど許してね」
「頼むぞ、針妙丸。終わったらまたたっぷり飯食わしてやっからな」

 針妙丸が一族の秘宝、打出の小槌を手に取る。
「打出の小槌よ、我が願いを聞き届けたまえ……!」
 小槌で大きくなれるなら、逆もまた然り。淡い光に包まれた針妙丸がみるみるうちに縮んでいく。
「それじゃあネムノさん、噛まないように気を付けてよ!」
 親指どころか爪と同程度まで小さくなった針妙丸が水の入った枡の中に飛び込んだ。
 ネムノは枡を手に持って、揺れる水面をしばらくじっと見つめた。これが妖怪の本能のまま拐った子供ならまだしも、一晩世話をしてやった相手の踊り食いとなると気が引けるのだ。
 しかしこうしている間にもケロ丸が腹の中で大きくなりだしているかもしれない。目を閉じて覚悟を決め、枡の水を大口で一気に飲み干した。

「……どうだ?」
「姐さん、お腹の調子はどうですか?」
 にとりとたかねが不安そうにネムノの腹を見る。
「ん、空きっ腹に水だけ入れたから余計にひもじい気分だな」
 ネムノはあぐらをかいて、自分の腹をそっと撫でた。
 横になると上下がわからなくて迷う、と針妙丸が言ったので体を起こして結果を待っているのだ。
 端から見ると河童と山童が山姥の腹を座って見つめているだけの珍妙な光景だが。

『ガー、ガガ、ガー…………たかねさん、聞こえるー?』
 たかねの通信機にかなり小さいが声が入る。無論、声の主は針妙丸だ。
「来た! こちら山城。そちらは問題なしか? ライトは胸のボタンだよ」
 スーツに付属している無線機は小さくなってもちゃんと機能しているようだ。まずは一安心。
『……うん、大丈夫! ちゃんと胃の中が見え……』
 そこで一度声が途絶える。

『あひゃぁああああ!?』

「どうしたの!? なに、何があった!?」
 いきなりの悲鳴。空きっ腹のはずの胃で、針妙丸に一体何が。
『む、虫が……なんかうねうねとかびろびろしたのがいっぱいいて、みんなぐたーっとしてる……』
「うわぁ……襲ってきそう?」
『死にかけっぽいからそれはなさそうだけど、気持ち悪くて吐き気が……』
「お、おい。うちの胃にゲーすんのは勘弁だべ?」
 一応針妙丸はスーツで完全防備しているので吐瀉物がネムノの胃に撒き散らされはしない。ただ、針妙丸のスーツ内が悲惨なことになるが。
「ちょっとたかね、この山姥の胃はどうなってるんだよ」
「姐さんは生肝食べるの好きだから……ケロ丸以外にもいろいろ寄生虫が入ってたんだろうね……」
 それでいて本人はケロっとしているので、食えない物は無いと自称したのも間違いではなかった。事実、針妙丸が見た虫達はまさに虫の息である。山姥恐るべし。

「うん、虫は見ないようにして。それよりケロ丸っぽいのは居た?」
「ケロ丸はカエルの頭に白衣を着てる人っぽい見た目の奴だ。膨らんでたら気を付けろ。爆発するから」
 実際そうなるのだからそうとしか言えないのだが、気軽に爆発物を作るなと改めて思う、にとり以外の一同であった。
『上の方には居ないなあ。うーん……ひゅいっ!? このライト範囲が狭くてなかなか……あああ!』
「頑張れ針ちゃん! 辛い時は姐さんの顔とご飯の味を思い出すんだよ!」
 探そうとすればするほど虫も見ざるを得ない。ましてやその虫の群れの中に埋もれてたりしたら虫を掻き分けなくてはならない。定期的に針妙丸の悲鳴が無線機から響く。あまりにも居たたまれない。
「なんかまあ、その、すまん」
「これからは腹に入る小人の事も考えて生肝は食べような」
 恥ずかしそうにうつむくネムノに、にとりがいい加減な言葉を投げかけた、その時。

『あ、あっひゃあああああああ!』

「どうした!? 見付けたの? ただビックリしただけ!?」
『あった! たぶんこれだよ、白衣のカエルみたいなのがいる!』
「よくやった、偉いぞっ!」
 たかねがまるで外国人のようなオーバーリアクションで拳を振りかざした。しかし見つけただけでは問題は解決しない。針妙丸の戦いはここからである。
「どうだ、爆発しそうな気配はあるか?」
『それは無さそう。というかにとり、このデザインは守矢に祟られても知らないよ、私……』
「今はそれは置いといてくれ。いいか、そっと近づけよ。高速で接近してくる物に反応して逃げるからな!」
「にとり……本当にお前は余計な機能しか付けないな……」
「これは必要なんだって! 無いと歯に挟まれてその場でボンといっちゃうぞ」
「そもそも必要ない物に必要な機能だとか……」
 たかね・にとり間でも別の戦いが起きかけているが、今は針妙丸だ。腹の中の様子は一切見えないが、腹に当てているネムノの手にもいっそう力が入る。

『あ、ああああああああああ!!』

 スピーカーのみならず、ネムノの手にも僅かに振動が伝わるほどの大絶叫であった。口喧嘩から我に返ったたかねが無線機を握りしめる。
「針ちゃん!? どうした針ちゃん!」
『ケロ丸が、奥の方に逃げた……』
「なにィ!? ケロ丸を脅かしたのか!?」
『だって、汁が何か吹き出てきて、思わず体が……』
 びっくりしたリアクションにケロ丸が反応してしまったらしい。そしてケロ丸は胃から腸へ。吹き出てきた汁がどういう物なのかはおそらく聞かない方がいいだろう。

「く……針ちゃん、追えるか? 無理そうなら無理でいい。他の手段を考えるから!」
『行ける! ここまで来て帰ったんじゃ、ただ悲鳴を上げてただけじゃない!』
 ただどころか自分から胃に飛び込んだだけでも十分に勇敢であるのに、針妙丸の勇気はまだ尽きない。
 体が小さい針妙丸は普段からいろいろな人に助けてもらっている。そんな自分が体の小ささを武器に人助けできる千載一遇の好機が来たのだ。絶対に逃すものかと彼女の心は燃えに燃えていた。

『ゲロォ!』

 無線機から無機質な鳴き声が響いた。決して針妙丸が吐いた音ではない。このゲロは蛙の鳴き声のゲロである。
「やったか!?」
「お、おい……」
 思わずフラグ全開のセリフを叫んでしまうにとりに、たかねが焦りの表情を向ける。
 はたして結果は、針妙丸はケロ丸を捕まえられたのか──。

『やったよ! ケロ丸を捕まえたよー!!』

「「よぉし!!」」
 舞い上がったにとりとたかねが肩を組む。が、両者ともやっちまった顔で即座にお互いを突き飛ばした。
「よく頑張ったね針ちゃん! さあ、帰っておいで」
 気を取り直してたかねが労いの言葉をかけた、が。
『それが、その。ちょっと問題がありまして……』
 ハイテンションから一転、針妙丸の声のトーンが露骨に落ちる。一体何の問題があるというのだろうか。

『胃の口が閉じちゃって、帰れない……』

「な……」
 胃腸には当然、逆流を防ぐための機能がある。腸から胃に戻ろうとする固形物を見逃すわけがない。
『ネムノさん……胃に穴開けても良い……?』
「だめだべ。良いわけねえべ」
 当然の返答である。
 ではどうすれば針妙丸はネムノの体から出られるのだろうか。いや、どうすればもこうすればもない。上から出られないのならば残る出口は一箇所しかない。それは誰しもが分かっていることだった。

「おい、たかね……」
「何です、姐さん」
「風呂、沸かしといてくれないか。うちはちょっと、まあ、お花を摘みに行ってくるから……」
「ええ、お気を付けて……」
 ネムノがそそくさと立ち上がった。行き先は言わずもがな。それを聞くのはマナー違反である。
『ねえ、私はこの後どんな呼ばれ方をされるのかな』
 風呂場に行ったたかねの代わりににとりが応答する。
「心配するな、この事は絶対に他には漏らさない、いや漏らすは駄目か。口外しないから……」
『それは余計なお世話だよ……』


 ◇


「ただいまー……」
 返事の代わりにガチャン、グシャ、ボトと言った騒音が鳴り響く。
 針妙丸が修行に出ていた間、輝針城を自宅警備していたのは涅槃像のように寝っ転がっていた天邪鬼だ。
「お帰りやがれ。私はもうちょい一人暮らしを満喫したかったのにな」
 ゴミに囲まれた正邪が挨拶代わりに憎まれ口を叩く。針妙丸もとっくに慣れっこだ。
「はいはい、だらけて生活してたのを急に装っても無駄だよ。ゴミは落ちてるけど全然埃が積もってないじゃん」
「うるせー。チビのくせに余計な観察力を働かせてんじゃねー」
 正邪は誰かと一緒だと天邪鬼っぷりを存分に発揮するが、一人では損するだけなので結構几帳面なのだ。言うと暴れるので言わないが。
「……で、何か美味そうなもんを持ってるが、本当に山ごもりしてきたのか? 人里で食べ歩きツアーでもしてきたんじゃないだろうな」
「これは山で会った山姥からのお土産だよ。私が助けてあげたんだから」
 針妙丸はえっへんと胸を張るが、どことなくぎこちない。
「ふん、悪ガキが相変わらず良い子ぶりやがって。まあ暇潰しに何があったか聞いてやってもいいが?」
「う。それは、ちょっと……」
「言えんのか。やっぱり遊び呆けてたんじゃねえのかあ?」
 針妙丸の顔に脂汗がたらりと流れる。やはり怪しい、何だかんだ針妙丸に興味津々の正邪がしつこく問い詰めるので、今回の山ごもりで学んだ教訓を、一つだけ教えることにした。

「お肉は生で食べちゃ駄目。特にホルモンは。河童との約束だよ」
「……はあ?」

 ちなみに、ネムノの得意料理にモツ鍋が加わったというのはまた別の話である。
にとりが出る話で毎回う○こが出てるのは気のせいです。
石転
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コメント



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3.90名前が無い程度の能力削除
胃洗浄針妙丸面白かったです
4.100夏後冬前削除
登場人物みんないいキャラしてて好きでした。とても面白かったです。
5.100南条削除
とても面白かったです。
針妙丸の義理と勇気と覚悟を見せていただきました。
6.100めそふ削除
とても面白かったです。
キャラ同士の描写が良くて、話に入り込める事ができました。
オチは、まぁ汚いものでしたけど面白かったですし、そこに至るまでの過程がなにより素晴らしくて本当に良かったです。
7.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです