Coolier - 新生・東方創想話

怪鳥

2021/03/19 21:39:10
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 パチュリー・ノーレッジが件の煙草を隠れて吸っているらしい、小悪魔はこんな噂話を、偶々聞いた妖精メイドの会話から耳にした。
 件の煙草というのは勿論、人里で恐ろしい速さで出回っている摩訶不思議な『軍艦鳥』のことである。一体誰が初めに製造したのであろう。一体誰が広めたのであろう。『とんでもなく速く飛ぶから軍艦鳥と言うらしいね』噂好きな人々は影で囁きあった。煙草で『飛ぶ』とはおかしな言い方だが、実際その煙草は確かに『飛ぶ』のである。
 例えば白い煙。火をつけてみると甘ったるいような、息苦しいような芳香を辺りに撒き散らす。それを一息に吸い込み、口の中に溜めて吐き出してみると、金槌で殴られたような鋭い衝撃が脳天を閃光のように駆け抜ける。
 例えば黒い毒。軍艦鳥はとてつもなく体に悪い。落伍を史上の喜びとする、刹那崇拝の気がある若者ですら、本能的に自覚する。体中の細胞が赤色黄色のサイレンをりんりんと大音量で鳴らすのだ。しかし一度、あの魔性の煙幕を吸い込んでしまうともう戻れない。あの衝撃をもう一度。背骨を締め上げられるようなあの甘い苦楽を。経験者は飯時、風呂時、果は床の中でまで、四六時中軍艦鳥のことを考えるようになるのである。
 当然、稗田家の号令によって軍艦鳥の販売は早々に禁止された。だがそれは表面のみ。酒場や路地裏、ひと目のつかないところでやり取りが続けられ、確実にその煙草は人里の奥深くに根を生やしていく。それと同時に生やした枝からぼんやりとした抜け殻のような人間を生産し続ける。
 小悪魔はそんな噂を鼻で笑った。『軍艦鳥とパチュリー様。まるで対極じゃないか。一体どうすれば聡明と虚弱の二つを兼ね備えたパチュリー様が、あのような愚劣な代物に耽溺するところを想像できるのか』
馬鹿げた噂を無くす最も良い方法は、その噂に触れないことである。小悪魔は生来の何でも首を突っ込みたがる性格をぐっと抑えると、先程聞いた会話を頭の中からかき消すように、早足で図書館に向かった。




 霧雨魔理沙は箒の先にちょこんと掛けた麻袋から玩具の双眼鏡を取り出すと、それを覗いて紅魔館の門の前に向けてみた。
 例のごとく紅美鈴は壁に背を向け、目を閉じている。これでは単に眠っているのか、目を瞑っているのか分からない。
 よくよく判別してやろうと、魔理沙は目を凝らして美鈴の表情を読み取ろうと試みる。しかし腕が僅かに震え、中々見定めることができない。小さく舌打ちをすると、魔理沙はエプロンの裏ポケットから一本の煙草を取り出して、宝物のミニ八卦炉で優しく火をつけた。濃厚な煙を咀嚼するように口の中に入れ、そのまま吐き出す。魔理沙には自身の視界が急速に広がっていくことを実感できた。
 煙草を唇の間に挟み込み再び、美鈴の顔を双眼鏡で覗いてみる。腕の震えはもうない。
しばらく眺めていると、美鈴はぐわっと大きく伸びをして、目を細めて辺りを見渡した。やがて、大きな欠伸を一つすると、また目を閉じる。
 吸いさしをドロップの空き缶に放り込むと、持っているものを袋に詰める。魔理沙は音もなく灰色の空の上から紅魔館に忍び寄っていく。




『本の内容が全く頭に入ってこない。これからこの先、自分の生活から読書の影が一切合切霧散したら、一体どうすれば』
 パチュリーはその寿命の長さのせいか、事象を全て永続に引き伸ばして考える悲観的な思考の癖がついていた。
 本を閉じて大きく息をつく。パチュリーは人間の皮で装丁されたというその珍しい本の表紙を、瞑想的に撫でてみた。窓の外をぼんやりと眺める。そこには何時も変わらない、重苦しい霧の中に、陰鬱な芝生が多少の幻想味を孕んで広がっているのみである。
 バスタオルと着替え、テーブルの横のマガジンラックから抜き取った科学雑誌を一冊持ってパチュリーはバスルームに向かった。その表紙には木星の鉛筆画が不格好に拡大されて載っている。
 ゆっくりと服を脱いで几帳面に畳む。湯船の蓋の上に雑誌を置く。シャワーで軽く体を流すと、風呂の蓋を半分ほど開けて、滑り込むようにお湯に浸かり、雑誌を開いた。
 その雑誌では宇宙について特集が組まれていた。異星人は存在するのか。宇宙の果てに何があるのか。初めは熟達した長距離選手のように淡々と読んでいたパチュリーだったが、ある時を境に炙られた蝋の如く急速に興味が無くなっていく。先ほどの本と同じ心理活動。パチュリーは再び大きなため息をついて、おもむろに立ち上がり、蛇口を捻って熱いシャワーを浴びた。




 コン、コン、コン。ノックの音。いつもどおり返事がない。小悪魔は図書館の扉を開いて中に入り、パチュリーの姿を探した。
 主の姿はすぐに認められた。本を机の上に無造作に投げ出したまま、パチュリーは窓硝子をじっと眺めていた。正確には館の影から生じる、暗がりに反射した自身の退屈している姿と小悪魔の姿を見比べていたのだが、小悪魔はそれには気が付かない。退屈というものは全て自惚れを原料に作られるというのがパチュリーの持論である。彼女は今、自信を失いかけていた。
 自分が誰かもわからないような耄碌老人が縁側に座って一日を過ごしている、小悪魔はパチュリーのだらしのない姿から何か醜悪なものを感じ取る。その後、自分の考えを深く恥じた。
 小悪魔は近くの本棚から分厚いものを何冊か抜き取り、パチュリーの前にわざと音を立てて本を置いた。パチュリーの口だけが動く。
「なんなのよこれ」
「パチュリー様、近頃一体どうしたんですか。本を読みましょうよ。本ですよ、本。最高ですよ本は。これを通してありとあらゆる体験ができるんです。なんと全く動かなくてもですよ。まさにパチュリー様にぴったり」
小悪魔はセールスマン風に多少おどけて言ってみた。パチュリーは目の前に高く積まれた本を軽く一瞥して、すぐさま視線を窓の外に向けてしまった。
「パチュリー様、何をそんなに熱心に見てるんですか?窓の外に何かあるんですか?」
期待していた返事は返ってこなかった。仕方がないので小悪魔は椅子に腰かけ、本を手元に引き寄せ一冊開いてみる。
 暗剣殺。八白土星。乾宮傾斜。本命星。マクロコスモス。グランドライン。テトラビブロス。ホロスコープ。意味不明の文字の羅列がと刃と化し、波のように押し寄せて集中力と活力を削いでいく。小悪魔は何だか世の中全体に馬鹿にされているように思えてくる。しずしずと本の題名を確認してみると『修訂傾斜宮氣学占星術全解』。わざと分かりにくく書いてるのではないかという気さえする。ページをばらばらとめくってみる。すると、パチュリーがつけたのであろう、所々に傍線が引いてあるのが目に入った。小悪魔は少しだけ嬉しくなる。そして、次々と登場する活字を自動人形のように追い続けた。




 今回魔理沙が教授する、窓硝子を突破する方法(一部の魔法技術だけではなく、ありとあらゆる破壊行動にも、彼女は説明書を付属させることができた)。
 
  注意することは特に二つ。
一、一息で一気に割ること。
二、硝子の破片から目を守ること。

 このために態々、硝子避けのマントを羽織り、先の尖った歩き辛い革のブーツを履いていた魔理沙だったが、一ヶ月前紅魔館全体の窓ガラスが厚めのものに取り換えらえられたため、魔理沙はこれを破ることについて苦労していた。
 蹴っても蹴ってもひびが入るだけで中々割れない。踵、拳、肘、色々試してみる。挙句の果てに鈍器を持ち出してやろうかと思案した魔理沙だったが、これではまるで強盗じゃないかと思いなおす。彼女は美学という言葉に対して人一倍敏感であり、彼女の美意識の根幹は創意工夫で形作られていた。
 結局たどり着いた方法は、自分のベルトを外し、バックルをグルグルと靴に巻き付け、それを振り上げて窓を蹴破る術。これなら確実に割れた。何回か繰り返すうちに手慣れていき、魔理沙はこの方法を偉く気に入った。『弟子が出来たら是非伝授してやろう』
 さて紅魔館に侵入すると、妖精メイドがやって来ないうちに、超特急で図書館に向かっていく。魔理沙の経験上、咲夜にさえ途中で出会わなければ目的地までの侵入には大方成功した。
 図書館の窓を直接割って入ることも以前なら可能だったが、近頃は魔術の罠が図書館周辺に神経質に張り巡らされ、その道は封じられている。
 しかし、いくら警備を強固にしようとも、究極的に霧雨魔理沙には関係がないのである。なぜなら彼女は天性の犯罪の才を所持していたからだ。それは人の気配を察知する勘の良さや、不測の事態における身軽な思考では断じて無い。継続的な犯罪行為に必要なこと、それは砂糖一摘みほどの破滅願望、それだけである。ただしこれ以上多くても少なくてもいけない。
 心臓が小気味よく早鐘を打っているのを全身で感じつつ、魔理沙は図書館に向かっていく。そしてようやく、目的の扉の前までやってくると、魔理沙は胸中、舌なめずりをしながら、音を殺して扉を開けた。
 図書館に入ると、異様な光景が飛び込んできた。自分の姿には目もくれず、小悪魔が熱心に本を読んでいたのだ。どこかへ出かけているのか、パチュリーの姿は見当たらなかった。
「よお」
両脇に立ち並ぶ、厳粛な本棚の並木をすり抜けて、魔理沙はおずおずと小悪魔に話しかけた。
「はい、何か用ですか」
小悪魔は本から顔も上げないで、短く返事をした。悪魔特有の契約至上主義の距離間から生じる、いつもの纏わりつくような、黒色のコケットリーが微塵も感じられない。それが却って気味が悪かった。
「パチュリー知らない?」
「お部屋に戻ってますよ」
「お前は何してんだよ」
「本を読んでいるんですよ」
「それは見れば分かるけどさ」
この図書館に蔓延している正体不明の疎外感のせいだろうか。魔理沙の胸中には拳大ほどの名状しがたい罪悪のようなものが湧き上る。無性に煙に包まれたい心地になったが、場所が場所だけにそうもいかない。
 魔理沙はぶっきらぼうに自分ポケットをまさぐり、クリーム色の包みを取り出すとテーブルの上に音を立てて置いた。
「これお前の主に頼まれていたものだぜ、あいつに渡しておいてくれ」
小悪魔は音を立てずに本を閉じると怪訝そうに魔理沙の顔を見つめた。
「なんですかこれ」
「水晶を砕いたやつだよ。何に使うか知らないけど」
「はあ、ありがとうございます」
「それじゃあ、よろしく。ああ、そうだ、私に頼み事をした時ぐらいは罠切っとけって、パチュリーに伝えておいてくれよ」
魔理沙は箒を抱えて、何かに急き立てられるように図書館から飛び出した。小悪魔は無意識に彼女が置いていったものに手を伸ばしたが、やがてその手を引っ込めると、そのままにして再び読書を始めてしまった。




 どうして突然本が読めなくなってしまったのだろう。パチュリーの関心事はそれのみに集中した。そして、この執着心という灰色のベールは、全ての心の動きは絶対に外部の刺激よりも先行することはないという至極当然なからくりを、聡明なパチュリーから隠してしまったのである。事実、パチュリーは精神が思い通りにならないことを酷く気に病んだ。加えてその気がかりが増々、彼女を本来の目標である筈の読書から遠ざけた。
 普通、読書というものはいくら本が好きでも、読者に想像力を要求するというその性質上、気合を入れて一日中するようなものではない。気が向いたら本を開き、その気にならなければ諦めて何か別のことをするものだ。しかし彼女にとって読書というものは、一般的なそれとは全く別のもの、いわば宇宙そのものだった。
 驚くべきことに今までのパチュリーの生活時間を合算すると、現実の滞在時間よりも、書物が導くワンダランドの滞在時間の方が遥かに長かったのだ。彼女の現実は、正気を保つために、抽象性が徹底して破壊され、具体的かつ頗る単純なものへ置換を強制させられた。その結果現実において、彼女は全くもって活動的な死人であり、あらゆるものを死人の目で眺めるようになってしまったのである。死人は偏見を持ちえない。彼女にとって、現実は常に掌に乗るものであり、それは透明な硝子のみで構成されていなければならなかった。
 パチュリーはベッドから身を起こし、向かいの仰々しい装飾が施された柱時計に目線をやった。色々思いを巡らしていたつもりだったが、先程から一時間も経っていなかった。軽い絶望感を胸に抱きつつ、のろのろと扉に向かっていく。
 この私室は図書館に隣接していた。一昔前までは煌びやかな調度品で整えられた、ロココ調の豪華絢爛な部屋だったが、今は天蓋付きベッドと柱時計と僅かに汚れたオリエンタル絨毯しか置いていない。殺風景というよりは、なにやら強迫観念めいたものを見た人に抱かせる部屋であった。
 元々、私室に引きこもることが多かったパチュリーが初めに億劫に感じたのが、本の調達の為の図書館への移動である。勿論、ドアを開けるまでの数十メートルの話なのだが、反復回数が増える程、上達の可能性がなければ、どんなものも苦痛に成り得るのだ。
 パチュリーは、あるルールを自分に課すようになった。それは、私室に持ち込んだ何冊かの本を読んでしまうと、すぐに図書館に本を取りに行くのではなく、もう一度初めから読み直すというもの。これならば移動回数を半分にできる筈だった。だが、これは半年で完全に機能しなくなる。最終的にこのルールが彼女にもたらしたのは、自分の記憶を消すという消極的か積極的か分からないような無限大の努力と、その布の表裏で起きる摩擦から発生した若干のニヒリズムだけだった。
 そこで採られたのが第二の策。こうして、彼女は私室の家具を外に持ち出し、図書館を私室に見立てるという方法に至り、パチュリーのあの奇妙な領地が誕生した訳である。この精力的な試みはパチュリーにとって、実に理に適った素晴らしいアイデアのように思えた。この話を聞いた小悪魔は主の手前同意したが内心、質の悪い魚の小骨が喉に引っかかったような気分だった。




 人目を引くことを嫌がった魔理沙は、エプロンの上から紺色のマントを頭からかぶり、人里の寂れた一角に降り立った。昼時だというのに人っ子一人いない。魔理沙は定期的に、ここにやって来ていたが、子供時代にしか触れることの許されない例の不安感に毎回悩まされた。
 注意深く辺りを見渡す。不均衡に切り分けられた大根が干されている。穴の空いた障子が煩雑に並べてある。塀に墨で書かれた落書きがある。不自然に太った野良犬が一匹、路地裏から出てきて魔理沙と目が合った。その犬は不細工な顔に似合わず、ビー玉のような目をしていた。魔理沙はかぶりを振り、その路地裏へと歩みを進める。
 河城にとりはそこにいた。彼女も気がついたらしく、詮索するように魔理沙の顔を盗み見た。魔法使いは片手を上げてこれに答えた。
「なあ、にとり。言っただろ。バレると結構やばいんだって。最近取り調べ厳しいんだから、お前も変装ぐらいしたらどうだ」
「大丈夫だよ。私透明人間になれるから。それより例のもの、出してくれよ。そうだ、今日は一気に二本吸ってみようよ」
にとりはリュックサックを下ろすと、中から茶封筒を取り出して魔理沙に手渡す。
「ひい、ふう、みい、よしよし。確かに受け取った。ほら例の煙草だぞ、大事に吸えよ」
魔理沙は白色の包みを放り投げた。にとりは慌てて掴もうとしたが、上手くいかず、指に弾かれ落下した。鋭く嫌な音が路地裏に響く。どこか遠くでガラガラと雨戸を開ける音がした。にとりは驚いて包みをほどき、中を検めた。
「ねえ、魔理沙、この中割れた硝子みたいのがいっぱい詰まってるんだけど、ねえ?」
魔理沙はちょっとの間呆然としていたが、突然場違いな声を上げた。




 私室の小さな扉が開く。小悪魔は慌てて栞を挟んで本を閉じた。
「あ、パチュリー様、さっき魔理沙さんが来たんですよ」
先程まで無かった、机上の包み。湿った怒りが彼女の頬を僅かに紅色に染める。彼女はこの生真面目な従者をキッと睨んだ、あるいは睨んだつもりでいた。小悪魔は主の抗議に気が付いついた様子もなく、話を続ける。
「それで、これ、パチュリー様にって」
パチュリーは無言で受け取るとそのまま地下の研究室に向かっていった。その後ろ姿は、小悪魔に孤高な登山家を思わせた。小悪魔は不思議な感動を抱いたまま、本を開いた。




『水晶、水晶。昨日まであんなに待ち望んでいたのに、今日の私にとってはガラクタね。何て不条理なの』
 パチュリーは立て付けの悪い研究室の扉を力任せに開ける。手探りで燐寸箱を探して火を付け、オイルランプにそれを移す。埃っぽい部屋の壁、黙然的な橙色の夕焼けを、巨人の影がゆらゆらと進んでいく。手元の銀のナイフで不器用に包みを切り裂き、内容物を机にばら撒いた。
 パチュリーは慄然とした。思わず悲鳴を上げそうになった。そこから出てきたのは彼の悪名高き軍艦鳥だったからである。パチュリーは道端で乞食に遭遇した人のように、慌てて目を背けた。代わりに、遠い昔この部屋に持ち込んだ一冊の小説が壁に立てかけてあるのが目に入った。
 読書ができない、すなわち世界の崩壊を感じつつある彼女が、混沌に相対した時どうなるのか。現実において常に簡潔さを要求するその楔が突如として機能しなくなった際に、彼女はどうするのか。何か途方もない勇気が生み出され、それが行使されるのだ。
 パチュリーは震える手で散らばった軍艦鳥を掴むと、燐寸を擦って火をつけた。大きく息を吐いて、口に咥えた。そしてそこから放出されるものを体の中に入れてみた。
 景色が回転し出す。現実がゆっくりと回り出す。さながら彼女が幼いころに憧れた回転木馬のよう。やがて、パチュリーはそこから迸る不自然な陶酔感に耐えきれなくなり、煙草を口から吐き出した。彼女は咳き込みながら、腕を伸ばして小説を手に取り、開いてみる。
 その瞬間、事は起きた。ぐんぐんと彼女の脳髄に吸引されてく。文字が、活字が、急激に色彩を帯びて鮮やかな光の反射を始めたのだ。無理に読もうともせずに。あの空しい努力を必要とせずに。宇宙は再び誕生したのである。一度は消失したと思った、兎の穴が再び彼女の前に出現したのである。
 彼女は再び煙草を咥えた。思いきり煙を吸い込んだ。途端、その七色は泥の如く混濁し、暗くなる。パチュリーは気絶した。
 尾羽の燃えた軍艦鳥は持ち主の手を離れ、物語の上に羽を下ろし、やがて一つの巨大な、どす黒い巣を造った。
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コメント



0.60簡易評価
1.100戸隠削除
ああ、なんてこった!
2.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
個人的に幻想郷のキャラが煙草吸って……という話は嫌いなのですが、その煙草を吸うという邪悪さと嫌気が良き暗い雰囲気になっていてよかったです。
一番読んでいて驚いたのは序文の時点で「ああパチュリーが煙草に犯されてしまう話なんだろうな」とオチが予測できるのに、文章の上手さと不気味さで飽きることなく読めることでした。
魔理沙がただの売人になってるのは個人的には好きではありませんでしたが、それを差し引いても面白かったです。有難う御座いました。
6.100名前が無い程度の能力削除
描写がしっかりしてて好き
トリップしてない?幻想万華鏡ってこれのことかぁ
7.100名前が無い程度の能力削除
煙草に憑りつかれている様が面白かったです。
読書できるようになってよかったねパッチェさん
8.100ヘンプ削除
パチュリーが堕ちていく様がとても素敵でした。
9.100南条削除
とても面白かったです
ある種のスランプに陥ったパチュリーが薬に手を出す様が、読んでいて非常につらかったです
描写も素晴らしかったです
10.100めそふ削除
面白かったです。
急遽おかしくなったパチュリーと彼女を取り巻く環境が上手く作用してしまったというお話でした。オチはなんとなく予想がついていましたが、それに至るまでの過程が良く書かれていたと思います。描写に重量感がありながらも最後まで失速せずに読ませるのは素晴らしいと思いました。
11.100夏後冬前削除
この緩慢な死に方は劇的じゃないどこかリアリティのある恐ろしさがあってよかったです。
12.100Actadust削除
どこか緩慢な描写が、パチュリーの緩やかな焦燥感を表現しているようで引き込まれました。面白かったです。
13.100yakimi削除
どんどん堕ちていく様子にリアリティがあって良かったです。
14.90名前が無い程度の能力削除
堪能しました。面白かったです。
15.90名前が無い程度の能力削除
お、おわった
16.100名前が無い程度の能力削除
金髪の子悪い子
17.90福哭傀のクロ削除
自分の中のパチュリー像という身勝手な思い込みが、
いや、どう転んでも冒頭の『軍艦鳥』に手を出すようなことにならんだろ……って思って
そのまま読み進めたのですが、
書に対するある種の絶望と偶然の重なりから、
あー……なるほど……?と納得させられそうになる手腕が非常にお上手でした。