……小説は嫌いだった。時間潰しにはなる。でも、あまりにも夢を見すぎている。第一、おとぎ話など身近にあるわけがない。もう手元には、小説は一冊しか残っていない。
内容もしょうもない。城に引きこもるお姫様が、王子様に連れ出されて幸せになる話。……この一文で全て。実に空虚な話と言える。
私が他の子とは違う――この表現は緩すぎる。……イカれていると知った時、私は小説に出てきた素敵な王子様が、私を助けてくれることを期待した。今思えば、我ながらあまりにも浅はかで、儚い妄想だった。私の周りには、当然王子様など居なかった。私が知っていた王子様は、お姉様お抱えの魔法使いが寄越した小説の中にのみ居た。これは、先程述べた本だ。
何はともあれ、私を救ってくれる王子様は居ない。一生この狂気とともに過ごさねばならないことを理解した時、私は深く失望した。小説は、私を上げて落とすだけの空虚な虚構でしかなかった。
知識を伝えてくれる本はいいものだ。己の狭い地下室を、知識で広く、ディテールを鮮明にして、綺麗に彩っていく。私は、ようやくこの壁が「レンガ」という名だと理解したばかりだ。少し前までは、これはただの壁でしかなかった。知識が少ないことは、私にとってはかなりまずいことだ。こうやって、考えるも無駄なレンガのことを考えることのような、退屈しのぎすらできなくなる。
この地下室、私の癇癪のせいでよく物がなくなる。物がなくなることが恐ろしくて、ついに本以外の物は、百年前くらいに、正気な内に潰してしまった。……たまに本も消えていることが、私は悲しくてならない。
特に魔導書は素晴らしい。魔法を使えるようになれば、できることが増える。私を一回り大きくする。「広くなった」地下室を埋めるように私も大きくなれる。大きくなれば、それはまた新しい発見に繋がる。
ドアノブに弱い雷の魔法を当てると、次にドアノブを触れば酷い目にあう。でも、服の袖を伸ばして、布だけでドアノブを触れば、十中八九酷い目に遭わない。私が雷魔法を使えなければ、一生涯知ることはなかっただろう。地下室ギチギチに膨らんだ私が落ち着く為には、また地下室を広げるほかない。ここでもまた、知識は必要だった。
今触ったそのドアノブを回せば新たな発見が待っている? 自分でもおかしな話だと思うが、それは……怖かった。私は、少ししか知らないことは興奮したにも関わらず、何も知らないことは極端に恐れていた。私の限界が訪れることは、環境によってのみ起こってほしかった。多分私は、私が知らないことだらけになることを恐れていたのだと思う。
だから、誰かが私の地下室に来たのなら……それは迎えいれるつもりであった。「誰か」しか私の知らないことはないのだから。その人のことだけを見定めたら良い。
何はともあれ私を誉め称えたいと思う。人を壊さずに、拒絶することなく迎え入れられたのだから。
「それ、何の本なんだ?」
「下らない本よ。魔理沙の望むものではないわ。……もう一度だけ、読んでみようかな、って」
「ふーん、こっちは貰っていっていいか?」
「その本は、一ページから終わりまで全て分かっているから、魔理沙にあげていいよ」
昔の私を否定するものだけど、この小説は好きになった。そもそも、時間を潰せるものは好きだし、きっとこの本は私に知識をくれると思い直した。ここには乙女の、王子様に対する模範解答が山ほど載っている。私は、この地下室の全てを知ったはずだ。知らないのは、目の前の魔法使いと、魔法使いとの接し方だけ。
したがって、私には必要な本だ。だって、王子様は実際居たのだから。
内容もしょうもない。城に引きこもるお姫様が、王子様に連れ出されて幸せになる話。……この一文で全て。実に空虚な話と言える。
私が他の子とは違う――この表現は緩すぎる。……イカれていると知った時、私は小説に出てきた素敵な王子様が、私を助けてくれることを期待した。今思えば、我ながらあまりにも浅はかで、儚い妄想だった。私の周りには、当然王子様など居なかった。私が知っていた王子様は、お姉様お抱えの魔法使いが寄越した小説の中にのみ居た。これは、先程述べた本だ。
何はともあれ、私を救ってくれる王子様は居ない。一生この狂気とともに過ごさねばならないことを理解した時、私は深く失望した。小説は、私を上げて落とすだけの空虚な虚構でしかなかった。
知識を伝えてくれる本はいいものだ。己の狭い地下室を、知識で広く、ディテールを鮮明にして、綺麗に彩っていく。私は、ようやくこの壁が「レンガ」という名だと理解したばかりだ。少し前までは、これはただの壁でしかなかった。知識が少ないことは、私にとってはかなりまずいことだ。こうやって、考えるも無駄なレンガのことを考えることのような、退屈しのぎすらできなくなる。
この地下室、私の癇癪のせいでよく物がなくなる。物がなくなることが恐ろしくて、ついに本以外の物は、百年前くらいに、正気な内に潰してしまった。……たまに本も消えていることが、私は悲しくてならない。
特に魔導書は素晴らしい。魔法を使えるようになれば、できることが増える。私を一回り大きくする。「広くなった」地下室を埋めるように私も大きくなれる。大きくなれば、それはまた新しい発見に繋がる。
ドアノブに弱い雷の魔法を当てると、次にドアノブを触れば酷い目にあう。でも、服の袖を伸ばして、布だけでドアノブを触れば、十中八九酷い目に遭わない。私が雷魔法を使えなければ、一生涯知ることはなかっただろう。地下室ギチギチに膨らんだ私が落ち着く為には、また地下室を広げるほかない。ここでもまた、知識は必要だった。
今触ったそのドアノブを回せば新たな発見が待っている? 自分でもおかしな話だと思うが、それは……怖かった。私は、少ししか知らないことは興奮したにも関わらず、何も知らないことは極端に恐れていた。私の限界が訪れることは、環境によってのみ起こってほしかった。多分私は、私が知らないことだらけになることを恐れていたのだと思う。
だから、誰かが私の地下室に来たのなら……それは迎えいれるつもりであった。「誰か」しか私の知らないことはないのだから。その人のことだけを見定めたら良い。
何はともあれ私を誉め称えたいと思う。人を壊さずに、拒絶することなく迎え入れられたのだから。
「それ、何の本なんだ?」
「下らない本よ。魔理沙の望むものではないわ。……もう一度だけ、読んでみようかな、って」
「ふーん、こっちは貰っていっていいか?」
「その本は、一ページから終わりまで全て分かっているから、魔理沙にあげていいよ」
昔の私を否定するものだけど、この小説は好きになった。そもそも、時間を潰せるものは好きだし、きっとこの本は私に知識をくれると思い直した。ここには乙女の、王子様に対する模範解答が山ほど載っている。私は、この地下室の全てを知ったはずだ。知らないのは、目の前の魔法使いと、魔法使いとの接し方だけ。
したがって、私には必要な本だ。だって、王子様は実際居たのだから。
知識を得ることで世界の解像度が上がっていくことや、魔法を覚えることで自分の可能性が増えていくことを喜ぶフランがとても素敵でした。
そして夢物語だと思っていた小説の出来事が本当に起きて、小説からも何かを学ぼうとする姿が健気でかわいらしかったです