「蓮子、アンヨは上手、アンヨは上手」
うれしそうに手を叩きながら話すメリーに対して
「メリー。フザケないで」と苦々しい顔をしながらも決して不愉快ではない表情で蓮子は応えた。
両手をロフストランドクラッチ(前腕部支持型杖)に体重を掛けながら、ゆっくりゆっくりとぎこちない歩く蓮子。
これでも大分良くなったものだ。
一昨年の三月末、秘封倶楽部の活動とお花見を兼ねて山奥に行った時のこと。
泥酔した蓮子は崖の近くに有る桜に近寄り転落事故に遭った。
「え~」という気の抜けた声と共に蓮子の姿が消えたのをメリーはハッキリと見た。
悲鳴も叫び声も無い。
メリーは大急ぎで崖下を見た。自分が落ちかねる事も鑑みず。
蓮子の名前を呼ぶも返事は無い。助けを呼ぼうとするも、手段は無い。
助けを呼びに全力で山を駆け下りるも、無駄に時間のみが過ぎていった。
幸いな事に「命は」助かった。
頭と腰を強く打った蓮子は暫く意識が戻らない。
蓮子の見舞いに来た両親は今後をどうするか相談していた。
そこにメリーが訪れた。
以前会ったことのある二人にメリーは「お久しぶりです」とだけしか言えなかった。
目の前に横たわる親友と両親にそれ以上何も言うことは出来なかったのである。
メリーは脱力して椅子にもたれ掛かった。
蓮子の両親よりも憔悴しきっている。
最早一生介護が必要な障碍を持つか、死ぬまで目を覚めない人生になることは確実に思えた。
幾ら蓮子が誘い、悪ノリと酒飲みの行き着く果ての自業自得とはいえ、メリーは自責の念に駆られている。
メリーは蓮子の手を握り涙を流しながら「蓮子」としか言えなかった。
両親はメリーを尻目に今後の事を話し合っていた。
大学は退学させ酉東京に戻して介護を行うという話が聞こえてきた。
「私が責任を持って一生介護します」とメリーは叫んだ。
「大学も休学にして下さい、絶対に戻れます。」
涙を流しながら縋り付き懇願するメリーに蓮子の両親の顔は引きつっている。
彼女とは親友であることは知っていたが、親友と呼ぶには軽すぎる関係であることは知っているつもりであった。
しかし蓮子の両親にとっては言ってしまえは「タダの友人」に過ぎない関係であるメリーの意見をそのまま受け入れるわけには行かなかった。
親としては当然である。
しかし到底「親友」では現せないような雰囲気は言動を越えて伝わってきた。
とりあえず蓮子の事は病院に任せ定期的に見舞いに来るとしてもメリーの言う通り大学は休学手続とした。
親としては一抹の望みを持ちたいと思っていたのであろう。
メリーは大学が終わった後、時間が許す限りほぼ毎日見舞いを欠かさなかった。
そして蓮子の両親のために毎日写真と状況の報告を欠かさなかった。
事故から1ヶ月程経た頃だろうか。蓮子の顔や手に反応が見始めた。
更に3ヶ月程経ると瞳が開き、メリーの言うことに微かなるものの理解を始めた。
それでも未だ自発的に意志を示すことは難しかった。
更に2ヶ月、事故から半年ほど経た頃に漸く蓮子は意識を完全に取り戻した。
とは言ってもベッドから起き上がれず、思考は正常ながらも意思の伝達は未だ難しかった。
自分の口で食事を食べられる様になったので夕飯はメリーが一口一口食べさせた。
そんな日々が続く中メリーが鞄を携え「蓮子持ってきたよ」と言った。
中からは愛用の黒いハット、新品の白いワイシャツ、黒いスカート、ケープ、ネクタイ、ストラップシューズ…
それらをベッドの横のハンガーに架けた。
「また秘封倶楽部活動を二人で再開しましょう」とメリーは手を握りながら言った。
起き上がれない体で蓮子は涙を流した。自分の手で拭くことも満足にできない涙をメリーは拭った。
事故から一年程経った頃だろうか。蓮子は不満足ながらも上半身が動くようになり、会話も成り立つ様になった。
メリーは外泊の許可を取り、蓮子を昔の姿に着飾り桜を見に行った。
ぼーっと空を見る蓮子に「見える?」とメリーは聞く。「うん」と蓮子は応えた。
二人共涙が頬を伝わっている。
意思の疎通が十分となり車椅子での移動が可能となった蓮子をどうするかで病院側と両親が話し合いが持たれた。
いわば「介護とリハビリ」をどうするかだ。
しかし大学生であり、十分に意思の疎通が可能な状況である蓮子の希望が第一優先である。
さりとて無理な要求は通すことは出来ない。
メリーは必死に蓮子を説得し続けている。
同居して介護し続けることを。
しかし親友とはいえ赤の他人と、常時介護が必要な娘と同居を許すのは親として難しい。
だがこれまで一年間のメリーの言動と蓮子の強い意志を考えた末に蓮子の両親は許可をした。
二人が住めるバリアフリーのアパートを借り、生活費は蓮子の両親持ちで。
「大学生なんだから同棲くらいしてもおかしくはない。しかも相手は同性だ間違いは起こらない。」と言い聞かせて。
そして「取り敢えず先のことは考えないでおこう。現状はこれが最適解だ。」とお互いに言い聞かせた。
蓮子の乗った車椅子と、それを押すメリーの二人が新居に入った。
二人のアパートに有った荷物が運び込まれる。
二人で夜を駈けた時の服に蓮子を着替えさせた。
「不幸の中の幸せ」とも言うべき現状なのに蓮子は最良の夢と幸せを感じていた。
蓮子は二年目になる休学、メリーは一年の休学を申請した。
メリーの休学に蓮子は泣いたが、メリーは「幸せだ」と言って涙の伝わった蓮子の頬を撫でた。
そして二人だけの介護生活が始まった。
時折未だ手が震える蓮子に食事を一口一口与える。
下半身が満足に動かず車椅子の蓮子をトイレに連れて行く。
特に買い物など外出の前には必ず行う。
二人で風呂に入り、メリーは蓮子の体を拭き髪を乾かし梳く。
本当に二人で一人。
でも蓮子が「それだけは勘弁」と顔を赤らめながら半泣きで拒絶したことが一点。
「トイレに行った時に自分でやる」と蓮子。
蓮子の女の子の日にナプキンをメリーは楽しげに交換する。
ショーツを脱がして「ほら蓮子真っ赤だよ」と言いながら楽しそうに生理ナプキンを交換する。
「清潔にしなきゃダメだよ、女の娘なんだから」と言って蒸しタオルでキレイに拭き取る。
それを多い日には一日数回。必要以上に交換している。
「処分する」と言いながらホカホカのナプキン片手にメリーは眺める。
ゴミ袋に入れる前に蓮子の見えない所で舐めて蓮子を味わう。
そんな日常の中で蓮子は毎夜毎夜空を眺め「ブツブツ」と一人で喋っている。
二人で毎日車椅子から立つ様に繰り返したリハビリも相成ったのか徐々に足腰が立つようになった。
退院から一年半が経つ頃には歩けないまでもロフストランドクラッチ(前腕部支持型杖)で何とか立てるようになった。
あとは少しの辛抱である。
あと少し経てば蓮子は何とか自分の足で歩ける。
そして事故から二年目が近くなった時には漸く部屋の中ならロフストランドクラッチを使えば有るけるようになった。
メリーは蓮子の回復を温かい目で見ていた。
蓮子の両親も娘の回復とメリーとの同居を選んだ結果を喜んでいた。
「アンヨは上手」と言いながらリハビリを見守るメリー。
未だ風呂と外出は介護が必要であるが。
そして何故か生理ナプキンの交換はメリーが譲らなかった「衛生的な方が良い」と言って。
メリーの手帳には蓮子の日常以上に詳細に書かれてるのは極秘だが。
事故が起きて丁度二年目。
例の事故が起きた場所にメリーは蓮子を車椅子に載せて連れて行った。
二年前の当日と同じ様な澄み渡る夜空と月に照らされた桜。
蓮子は様々な意味で涙が止まらなかった。
そしてメリーと同じ部屋で過ごした一年は今後永久に訪れることのない幸せであると確信した。
「蓮子見える?」とメリーが言うと「うん、現在時刻は…」と泣きながら応えた。
「蓮子、4月から大学に戻れるよね。私が連れて行くから。まだ車椅子でも一緒に登校しようね。」
蓮子は泣いていた。
「私一年後輩になっちゃったね」と、蓮子は微笑んだ。
「まだ外を歩くのは厳しいけど車椅子で一緒に登校しようと」メリーは言った。
今後の生活はマダマダ難しいかもしれないが、何も考えでおこう。
今はともかく楽しもう。
過去の後悔も受け入れられるだけの幸せだ。
蓮子は再び涙した。
春、新しい生活で右も左も分からず困惑している新入生の中。
黒いハットと同じく黒いロングスカートと白いワイシャツ姿で臙脂色のネクタイを締めた車椅子に乗った女子学生と紫色の服とドアノブカバーの様な帽子を被った白人の女子学生がこの上無く楽しそうに歩いていたのであった。
うれしそうに手を叩きながら話すメリーに対して
「メリー。フザケないで」と苦々しい顔をしながらも決して不愉快ではない表情で蓮子は応えた。
両手をロフストランドクラッチ(前腕部支持型杖)に体重を掛けながら、ゆっくりゆっくりとぎこちない歩く蓮子。
これでも大分良くなったものだ。
一昨年の三月末、秘封倶楽部の活動とお花見を兼ねて山奥に行った時のこと。
泥酔した蓮子は崖の近くに有る桜に近寄り転落事故に遭った。
「え~」という気の抜けた声と共に蓮子の姿が消えたのをメリーはハッキリと見た。
悲鳴も叫び声も無い。
メリーは大急ぎで崖下を見た。自分が落ちかねる事も鑑みず。
蓮子の名前を呼ぶも返事は無い。助けを呼ぼうとするも、手段は無い。
助けを呼びに全力で山を駆け下りるも、無駄に時間のみが過ぎていった。
幸いな事に「命は」助かった。
頭と腰を強く打った蓮子は暫く意識が戻らない。
蓮子の見舞いに来た両親は今後をどうするか相談していた。
そこにメリーが訪れた。
以前会ったことのある二人にメリーは「お久しぶりです」とだけしか言えなかった。
目の前に横たわる親友と両親にそれ以上何も言うことは出来なかったのである。
メリーは脱力して椅子にもたれ掛かった。
蓮子の両親よりも憔悴しきっている。
最早一生介護が必要な障碍を持つか、死ぬまで目を覚めない人生になることは確実に思えた。
幾ら蓮子が誘い、悪ノリと酒飲みの行き着く果ての自業自得とはいえ、メリーは自責の念に駆られている。
メリーは蓮子の手を握り涙を流しながら「蓮子」としか言えなかった。
両親はメリーを尻目に今後の事を話し合っていた。
大学は退学させ酉東京に戻して介護を行うという話が聞こえてきた。
「私が責任を持って一生介護します」とメリーは叫んだ。
「大学も休学にして下さい、絶対に戻れます。」
涙を流しながら縋り付き懇願するメリーに蓮子の両親の顔は引きつっている。
彼女とは親友であることは知っていたが、親友と呼ぶには軽すぎる関係であることは知っているつもりであった。
しかし蓮子の両親にとっては言ってしまえは「タダの友人」に過ぎない関係であるメリーの意見をそのまま受け入れるわけには行かなかった。
親としては当然である。
しかし到底「親友」では現せないような雰囲気は言動を越えて伝わってきた。
とりあえず蓮子の事は病院に任せ定期的に見舞いに来るとしてもメリーの言う通り大学は休学手続とした。
親としては一抹の望みを持ちたいと思っていたのであろう。
メリーは大学が終わった後、時間が許す限りほぼ毎日見舞いを欠かさなかった。
そして蓮子の両親のために毎日写真と状況の報告を欠かさなかった。
事故から1ヶ月程経た頃だろうか。蓮子の顔や手に反応が見始めた。
更に3ヶ月程経ると瞳が開き、メリーの言うことに微かなるものの理解を始めた。
それでも未だ自発的に意志を示すことは難しかった。
更に2ヶ月、事故から半年ほど経た頃に漸く蓮子は意識を完全に取り戻した。
とは言ってもベッドから起き上がれず、思考は正常ながらも意思の伝達は未だ難しかった。
自分の口で食事を食べられる様になったので夕飯はメリーが一口一口食べさせた。
そんな日々が続く中メリーが鞄を携え「蓮子持ってきたよ」と言った。
中からは愛用の黒いハット、新品の白いワイシャツ、黒いスカート、ケープ、ネクタイ、ストラップシューズ…
それらをベッドの横のハンガーに架けた。
「また秘封倶楽部活動を二人で再開しましょう」とメリーは手を握りながら言った。
起き上がれない体で蓮子は涙を流した。自分の手で拭くことも満足にできない涙をメリーは拭った。
事故から一年程経った頃だろうか。蓮子は不満足ながらも上半身が動くようになり、会話も成り立つ様になった。
メリーは外泊の許可を取り、蓮子を昔の姿に着飾り桜を見に行った。
ぼーっと空を見る蓮子に「見える?」とメリーは聞く。「うん」と蓮子は応えた。
二人共涙が頬を伝わっている。
意思の疎通が十分となり車椅子での移動が可能となった蓮子をどうするかで病院側と両親が話し合いが持たれた。
いわば「介護とリハビリ」をどうするかだ。
しかし大学生であり、十分に意思の疎通が可能な状況である蓮子の希望が第一優先である。
さりとて無理な要求は通すことは出来ない。
メリーは必死に蓮子を説得し続けている。
同居して介護し続けることを。
しかし親友とはいえ赤の他人と、常時介護が必要な娘と同居を許すのは親として難しい。
だがこれまで一年間のメリーの言動と蓮子の強い意志を考えた末に蓮子の両親は許可をした。
二人が住めるバリアフリーのアパートを借り、生活費は蓮子の両親持ちで。
「大学生なんだから同棲くらいしてもおかしくはない。しかも相手は同性だ間違いは起こらない。」と言い聞かせて。
そして「取り敢えず先のことは考えないでおこう。現状はこれが最適解だ。」とお互いに言い聞かせた。
蓮子の乗った車椅子と、それを押すメリーの二人が新居に入った。
二人のアパートに有った荷物が運び込まれる。
二人で夜を駈けた時の服に蓮子を着替えさせた。
「不幸の中の幸せ」とも言うべき現状なのに蓮子は最良の夢と幸せを感じていた。
蓮子は二年目になる休学、メリーは一年の休学を申請した。
メリーの休学に蓮子は泣いたが、メリーは「幸せだ」と言って涙の伝わった蓮子の頬を撫でた。
そして二人だけの介護生活が始まった。
時折未だ手が震える蓮子に食事を一口一口与える。
下半身が満足に動かず車椅子の蓮子をトイレに連れて行く。
特に買い物など外出の前には必ず行う。
二人で風呂に入り、メリーは蓮子の体を拭き髪を乾かし梳く。
本当に二人で一人。
でも蓮子が「それだけは勘弁」と顔を赤らめながら半泣きで拒絶したことが一点。
「トイレに行った時に自分でやる」と蓮子。
蓮子の女の子の日にナプキンをメリーは楽しげに交換する。
ショーツを脱がして「ほら蓮子真っ赤だよ」と言いながら楽しそうに生理ナプキンを交換する。
「清潔にしなきゃダメだよ、女の娘なんだから」と言って蒸しタオルでキレイに拭き取る。
それを多い日には一日数回。必要以上に交換している。
「処分する」と言いながらホカホカのナプキン片手にメリーは眺める。
ゴミ袋に入れる前に蓮子の見えない所で舐めて蓮子を味わう。
そんな日常の中で蓮子は毎夜毎夜空を眺め「ブツブツ」と一人で喋っている。
二人で毎日車椅子から立つ様に繰り返したリハビリも相成ったのか徐々に足腰が立つようになった。
退院から一年半が経つ頃には歩けないまでもロフストランドクラッチ(前腕部支持型杖)で何とか立てるようになった。
あとは少しの辛抱である。
あと少し経てば蓮子は何とか自分の足で歩ける。
そして事故から二年目が近くなった時には漸く部屋の中ならロフストランドクラッチを使えば有るけるようになった。
メリーは蓮子の回復を温かい目で見ていた。
蓮子の両親も娘の回復とメリーとの同居を選んだ結果を喜んでいた。
「アンヨは上手」と言いながらリハビリを見守るメリー。
未だ風呂と外出は介護が必要であるが。
そして何故か生理ナプキンの交換はメリーが譲らなかった「衛生的な方が良い」と言って。
メリーの手帳には蓮子の日常以上に詳細に書かれてるのは極秘だが。
事故が起きて丁度二年目。
例の事故が起きた場所にメリーは蓮子を車椅子に載せて連れて行った。
二年前の当日と同じ様な澄み渡る夜空と月に照らされた桜。
蓮子は様々な意味で涙が止まらなかった。
そしてメリーと同じ部屋で過ごした一年は今後永久に訪れることのない幸せであると確信した。
「蓮子見える?」とメリーが言うと「うん、現在時刻は…」と泣きながら応えた。
「蓮子、4月から大学に戻れるよね。私が連れて行くから。まだ車椅子でも一緒に登校しようね。」
蓮子は泣いていた。
「私一年後輩になっちゃったね」と、蓮子は微笑んだ。
「まだ外を歩くのは厳しいけど車椅子で一緒に登校しようと」メリーは言った。
今後の生活はマダマダ難しいかもしれないが、何も考えでおこう。
今はともかく楽しもう。
過去の後悔も受け入れられるだけの幸せだ。
蓮子は再び涙した。
春、新しい生活で右も左も分からず困惑している新入生の中。
黒いハットと同じく黒いロングスカートと白いワイシャツ姿で臙脂色のネクタイを締めた車椅子に乗った女子学生と紫色の服とドアノブカバーの様な帽子を被った白人の女子学生がこの上無く楽しそうに歩いていたのであった。