久々に会った部下は、見るからに挙動不審だった。
森の中、しゃがみこんでいる背中に声を掛けたら、飛び跳ねるくらいに驚愕して、というか実際に飛び跳ねて、両腕に抱えていた木の実をバラバラと落とした。
そして落下した木の実を慌てて拾い集めて後ろ手に隠した。もう遅いんじゃないかしら。
「ご、ごごご」
とっても喋りづらそう。喉に蒟蒻でも詰まらせているのかしら。拾い食いはいけないわよ。
「ごきげんよう、クラウンピース。元気そうで何よりだわ」
「ご、ご主人様も、相変わらずお美しい」
滝のような汗を流しながらへらへらと笑う。怪しさ満点ね。どこでそんなおべっかを覚えたのかしら。
タップダンスを踊るみたいに忙しなく身体を動かして、一向に落ち着く兆候の無い部下を眺めていると、なんとなく悪戯心が芽生えてきた。
よく見ると周辺には他にも沢山の妖精が居て、それぞれ木の実や果物を抱えているみたい。ふむふむ。
「手伝いましょうか」
冗談半分、本気半分で提案する。
クラウンピースが幻想郷でどんな友人を作り、どんな暮らしをしているのか興味があった。それと、少しだけ仲間に入れて欲しい気持ちもあったり。
「へっ、へぇえ!?いやいやいやいや、結構です!ありがとうございます!」
素っ頓狂な声を上げ、手と頭をもげそうなくらいにぶんぶん振って、拒絶の意を示してくる。予想以上の反応に、思わず声を出して笑ってしまった。
手と頭を振るたびに汗が周囲に飛び散って、さながらスプリンクラーのようね。大丈夫かしらこの子。脱水症状で倒れなければいいけれど。
何をしようとしているのか、暴くのは簡単。でもここは知らんぷりをして、部下の成長を喜んでおくべき場面でしょうね。
知られたくないことがあるのなら、暫く会いに来るのはやめましょうか。そんな風に思った。
友人の変化に驚いた。
外見の話ではないのよ。その美しさは何一つ変化しておらず、思わず溜息が漏れるほど。美術品のよう、と言って過言では無いでしょう。
ただその美術的価値については、身に纏った割烹着を如何に評価するかによって意見の分かれるところでしょうね。蛇足と見做すか、その不整合に美を見出すか。私は言うまでもなく後者。
黒い着物の上から白い割烹着を着て、長くボリュームのある美しい金髪は後ろで一つに束ね、白い三角巾を巻いている。かわいい。
そんな純狐が永遠亭の台所に立って、ボウルに入れた材料をかき混ぜている。この光景は絵画に残しておきたいわね。画家を呼んでちょうだい。
クラウンピースの様子を見た帰り道。せっかくだからと思って、純狐が頻繁に訪れているという永遠亭まで足を伸ばしたのだけれど。眼前に広がる余りにも予想外の光景に、どんな反応を示せばいいやら、不覚にもしばし硬直してしまったわ。
まさか月の大敵・純狐がお菓子作りをする日が来るとは、お釈迦様でもハデス様でも予想だに出来なかったのではなくて。
嫦娥よ見ているか。純狐はこんなにかわいくなりました。
「へカーティア」
純狐は私の存在に気付くと、手に持っていた泡立て器を置いて駆け寄って来た。
何故お菓子作りなどをしているのか聞く…のは無粋と言うものね。純狐が最近懇意にしていて、そういう贈り物をしそうな相手。そんなの、一人しか浮かばないものねぇ。あの兎さん、幸せ者だわ。
「純狐、大変そうね。何か手伝いましょうか」
生憎お菓子作りの経験は少ないけれど、マジックアイテム作りならお手の物よ。手順は似たようなものだし、力になれるはず。きっと。多分。
「いいえ、それには及ばないわ」
純狐がそう言うのとほぼ同時に、純狐と同じ割烹着を来た女性が背後から現れた。
「あら、こんにちは」
このやたらと柔和な美人は、そう、確か月のお姫様ね。夜の海のように真っ黒い長髪を、後ろで一つに結わえている。純狐とお揃いだわ。いいなあ。
手に抱えているのは、薄力粉、かしら。
「手伝ってくれる人なら、もういるから」
純狐は綺麗に微笑んだ。
それを聞いて、胸の内に少しの隙間風が吹いて、すぐに春風に変わった。
純狐の精神は、この上なく安定している。私の助けなど、もはや必要ないくらいに。
親友の幸福を祝福して、ほどほどに世間話をしてから、私は帰路についた。
「へカーティア」
「ご主人様」
二人は声を揃えて言った。
「いつもありがとう!」
目を瞬かせる。さて、いつも、とは何時のことで、ありがとう、とは何に対するお礼なのかしら。
「これは…ええっと、どういうこと」
事態を受け止めきれなくて、気が動転する。むしろ二転三転して回転する。もはやパニックと呼んでも差し支え無いかしら。
人里でお茶を飲んでいるところにクラウンピースが飛んできて、仙界にある純狐の家に連れてこられた。そこまではよし。
純狐の家には以前来たことがあったけど、なんだか様子が変わっていた。かつて全く飾り気の無い無機質な建物だったそこは、今や紙で作られたガーランドや造花が壁に飾られ、お遊戯会のような有様になっている。劇的なリフォームね。
その室内に足を踏み入れた途端、純狐とクラウンピースに感謝を告げられた、と。よし。分からない。分からないということが分かったわ。一歩前進ね。ゴールまであと何歩あるの。
部屋の中央には、クラウンピースの背丈ほどの大きさの箱が、包装紙とリボンで丁寧にラッピングされ、これ見よがしに鎮座している。あんな大きな箱どこから調達してきたのかしら。
「ご主人様には、いつもお世話になっていますから!」
嬉しそうに笑うクラウンピース。その顔を見ているとこちらも嬉しくなってくるけれど、部下のお世話をするのは主人の務めではないかしら。お礼を言われることではないと思うのだけど。
そんなことを考えていたら、純狐が手作り感溢れるたすきを手に近づいて来た。何それは。“本日の主役"って書いてあるように見えるのだけど。掛けろってこと?誰の入れ知恵かしら。
「へカーティア、あなたは献身的すぎる」
け、献身的?随分長く生きているけれど、そんな形容をされたのは初めてね。意外すぎて二の句が告げなくなった。
「強大な力を持つあなただから、私たちへの献身なんて何一つ苦ではないのかもしれない。でも、感謝くらいは伝えさせて欲しいわ」
「あたいも友人様も、幻想郷でとっても楽しく過ごしてます。だから、その幸せを、ご主人様にもお裾分けしたかったんです」
二人の声が鼓膜を通し、全身に波打つように響き渡る。
胸の奥底から手足の爪先まで、ふつふつと湧き上がるものがあった。血が滲むように、皮膚の表面が熱を帯びる。
橙色をした光に包まれて、周囲の景色の輪郭がクレヨンで描いたように柔らかくなっていく。そんな錯覚に陥る。
部下の成長と、友人の変化に。
それをもたらしてくれた幻想郷に。
感謝の念が泉のように湧き出て、しばらく収まりそうになかった。
私は純狐からたすきを受け取って身につけ、浮き足立つ気持ちで箱の包装を解いた。
箱の中身はケーキだった。綺麗な円錐形をしている。表面にクリームが塗られ、果物や木の実が散りばめられていた。
ただ、その、何と言うか。
「おっきくなぁい?」
気付くべきだったわね。箱の大きさがクラウンピースの背丈くらいある時点で、中身も相応の大きさがあると。
「へカーティアならこのくらい食べられるわ」
「いや純狐」
「へカーティアならこのくらい食べられるわ」
あ、話聞かないモードだ。久しぶりに見たわね。
「あと、何この色」
「ご主人様カラーです!」
ケーキの表面に、三色のクリームが渦を描くように塗られている。赤、黄色、青。確かに私の色なのだけど、原色なのよね。円錐形の形状と合わさって、食べ物というよりも、むしろポップなクリスマスツリー。これ、本当に食べられるのかしら。
「木の実で作った色を、友人様に純化してもらいました」
ちみっこい星条旗が何か言ってる。なんてことすんの。
純狐も純狐よ。疑問に思ってほしい。お菓子作りに純化なんて工程は存在しないのよ。
「さあ、へカーティア」
「ご主人様、どうぞ!」
さあ、どうぞ、と言われても。どこから手をつければいいのやら。無意味にケーキの周囲をぐるぐる歩き回る。切ろうかしら。でも下手に切ったら倒れそうね。
形状が円錐形なのが厄介だわ。ウェディングケーキみたいに段があるならまだ切り分けやすかったかもしれないのに。
結局、頂点部分を水平に切って、お皿に取り分けた。フォークを刺して一口、口に運ぶ。
純狐、味まで純化したのかしら。クリームの色ごとに、味がまるで違う。苛烈な甘味、酸味、苦味が口の中で綺麗に分かれて、一切の調和を拒否している。舌に触れる度に刺激が神経を突き刺す。これは、"攻撃"ね。
しかし、部下と親友からの贈り物を無碍にするなど、ゼウスが許しても私が許さない。意地でも食べ進めることにした。
食べ切った。
久しく味わっていない命の危機を感じた。汗をかきすぎて、動くたびに雨のような水滴が落ちる。絶え間無く波状攻撃を仕掛けてくる吐き気を寸前で堰き止めながら、立つことすらままならなくなって床に倒れ伏す。服がべちゃりと音を立てた。身体全体が異様に火照っていて、冷たい床が気休め程度に心地良い。
「美味しかった?」
純狐が無邪気に微笑んで訪ねてきた。その顔はずるい。そんな顔を見たら、返答の選択肢は一つしかないじゃない。
「もちろんよ」
横たわったまま親指を立てて宣言した。
純狐とクラウンピースは手を叩いて喜んでいる。微笑ましい。
「じゃあ、また作りますね!」
クラウンピースが満面の笑みを浮かべる。
本当に楽しかったのでしょうね。仲間達と一緒に木の実を集めることも、部屋を飾り付けることも。
純狐もそう。お姫様だけじゃなくて、きっとあの兎の子も手伝ってくれたのでしょう。その全てが、私のため。私のことを思って。
気の早いクラウンピースは既に、次はこんなケーキを作りたいと、沸き立つような調子で矢継ぎ早に純狐に提案している。純狐はそれを慈愛に満ちた表情で聞いている。
そんな二人を見ていると、もう何個でも食べられるような気が。
気が。
気が──。
「次は服が欲しいわ」
森の中、しゃがみこんでいる背中に声を掛けたら、飛び跳ねるくらいに驚愕して、というか実際に飛び跳ねて、両腕に抱えていた木の実をバラバラと落とした。
そして落下した木の実を慌てて拾い集めて後ろ手に隠した。もう遅いんじゃないかしら。
「ご、ごごご」
とっても喋りづらそう。喉に蒟蒻でも詰まらせているのかしら。拾い食いはいけないわよ。
「ごきげんよう、クラウンピース。元気そうで何よりだわ」
「ご、ご主人様も、相変わらずお美しい」
滝のような汗を流しながらへらへらと笑う。怪しさ満点ね。どこでそんなおべっかを覚えたのかしら。
タップダンスを踊るみたいに忙しなく身体を動かして、一向に落ち着く兆候の無い部下を眺めていると、なんとなく悪戯心が芽生えてきた。
よく見ると周辺には他にも沢山の妖精が居て、それぞれ木の実や果物を抱えているみたい。ふむふむ。
「手伝いましょうか」
冗談半分、本気半分で提案する。
クラウンピースが幻想郷でどんな友人を作り、どんな暮らしをしているのか興味があった。それと、少しだけ仲間に入れて欲しい気持ちもあったり。
「へっ、へぇえ!?いやいやいやいや、結構です!ありがとうございます!」
素っ頓狂な声を上げ、手と頭をもげそうなくらいにぶんぶん振って、拒絶の意を示してくる。予想以上の反応に、思わず声を出して笑ってしまった。
手と頭を振るたびに汗が周囲に飛び散って、さながらスプリンクラーのようね。大丈夫かしらこの子。脱水症状で倒れなければいいけれど。
何をしようとしているのか、暴くのは簡単。でもここは知らんぷりをして、部下の成長を喜んでおくべき場面でしょうね。
知られたくないことがあるのなら、暫く会いに来るのはやめましょうか。そんな風に思った。
友人の変化に驚いた。
外見の話ではないのよ。その美しさは何一つ変化しておらず、思わず溜息が漏れるほど。美術品のよう、と言って過言では無いでしょう。
ただその美術的価値については、身に纏った割烹着を如何に評価するかによって意見の分かれるところでしょうね。蛇足と見做すか、その不整合に美を見出すか。私は言うまでもなく後者。
黒い着物の上から白い割烹着を着て、長くボリュームのある美しい金髪は後ろで一つに束ね、白い三角巾を巻いている。かわいい。
そんな純狐が永遠亭の台所に立って、ボウルに入れた材料をかき混ぜている。この光景は絵画に残しておきたいわね。画家を呼んでちょうだい。
クラウンピースの様子を見た帰り道。せっかくだからと思って、純狐が頻繁に訪れているという永遠亭まで足を伸ばしたのだけれど。眼前に広がる余りにも予想外の光景に、どんな反応を示せばいいやら、不覚にもしばし硬直してしまったわ。
まさか月の大敵・純狐がお菓子作りをする日が来るとは、お釈迦様でもハデス様でも予想だに出来なかったのではなくて。
嫦娥よ見ているか。純狐はこんなにかわいくなりました。
「へカーティア」
純狐は私の存在に気付くと、手に持っていた泡立て器を置いて駆け寄って来た。
何故お菓子作りなどをしているのか聞く…のは無粋と言うものね。純狐が最近懇意にしていて、そういう贈り物をしそうな相手。そんなの、一人しか浮かばないものねぇ。あの兎さん、幸せ者だわ。
「純狐、大変そうね。何か手伝いましょうか」
生憎お菓子作りの経験は少ないけれど、マジックアイテム作りならお手の物よ。手順は似たようなものだし、力になれるはず。きっと。多分。
「いいえ、それには及ばないわ」
純狐がそう言うのとほぼ同時に、純狐と同じ割烹着を来た女性が背後から現れた。
「あら、こんにちは」
このやたらと柔和な美人は、そう、確か月のお姫様ね。夜の海のように真っ黒い長髪を、後ろで一つに結わえている。純狐とお揃いだわ。いいなあ。
手に抱えているのは、薄力粉、かしら。
「手伝ってくれる人なら、もういるから」
純狐は綺麗に微笑んだ。
それを聞いて、胸の内に少しの隙間風が吹いて、すぐに春風に変わった。
純狐の精神は、この上なく安定している。私の助けなど、もはや必要ないくらいに。
親友の幸福を祝福して、ほどほどに世間話をしてから、私は帰路についた。
「へカーティア」
「ご主人様」
二人は声を揃えて言った。
「いつもありがとう!」
目を瞬かせる。さて、いつも、とは何時のことで、ありがとう、とは何に対するお礼なのかしら。
「これは…ええっと、どういうこと」
事態を受け止めきれなくて、気が動転する。むしろ二転三転して回転する。もはやパニックと呼んでも差し支え無いかしら。
人里でお茶を飲んでいるところにクラウンピースが飛んできて、仙界にある純狐の家に連れてこられた。そこまではよし。
純狐の家には以前来たことがあったけど、なんだか様子が変わっていた。かつて全く飾り気の無い無機質な建物だったそこは、今や紙で作られたガーランドや造花が壁に飾られ、お遊戯会のような有様になっている。劇的なリフォームね。
その室内に足を踏み入れた途端、純狐とクラウンピースに感謝を告げられた、と。よし。分からない。分からないということが分かったわ。一歩前進ね。ゴールまであと何歩あるの。
部屋の中央には、クラウンピースの背丈ほどの大きさの箱が、包装紙とリボンで丁寧にラッピングされ、これ見よがしに鎮座している。あんな大きな箱どこから調達してきたのかしら。
「ご主人様には、いつもお世話になっていますから!」
嬉しそうに笑うクラウンピース。その顔を見ているとこちらも嬉しくなってくるけれど、部下のお世話をするのは主人の務めではないかしら。お礼を言われることではないと思うのだけど。
そんなことを考えていたら、純狐が手作り感溢れるたすきを手に近づいて来た。何それは。“本日の主役"って書いてあるように見えるのだけど。掛けろってこと?誰の入れ知恵かしら。
「へカーティア、あなたは献身的すぎる」
け、献身的?随分長く生きているけれど、そんな形容をされたのは初めてね。意外すぎて二の句が告げなくなった。
「強大な力を持つあなただから、私たちへの献身なんて何一つ苦ではないのかもしれない。でも、感謝くらいは伝えさせて欲しいわ」
「あたいも友人様も、幻想郷でとっても楽しく過ごしてます。だから、その幸せを、ご主人様にもお裾分けしたかったんです」
二人の声が鼓膜を通し、全身に波打つように響き渡る。
胸の奥底から手足の爪先まで、ふつふつと湧き上がるものがあった。血が滲むように、皮膚の表面が熱を帯びる。
橙色をした光に包まれて、周囲の景色の輪郭がクレヨンで描いたように柔らかくなっていく。そんな錯覚に陥る。
部下の成長と、友人の変化に。
それをもたらしてくれた幻想郷に。
感謝の念が泉のように湧き出て、しばらく収まりそうになかった。
私は純狐からたすきを受け取って身につけ、浮き足立つ気持ちで箱の包装を解いた。
箱の中身はケーキだった。綺麗な円錐形をしている。表面にクリームが塗られ、果物や木の実が散りばめられていた。
ただ、その、何と言うか。
「おっきくなぁい?」
気付くべきだったわね。箱の大きさがクラウンピースの背丈くらいある時点で、中身も相応の大きさがあると。
「へカーティアならこのくらい食べられるわ」
「いや純狐」
「へカーティアならこのくらい食べられるわ」
あ、話聞かないモードだ。久しぶりに見たわね。
「あと、何この色」
「ご主人様カラーです!」
ケーキの表面に、三色のクリームが渦を描くように塗られている。赤、黄色、青。確かに私の色なのだけど、原色なのよね。円錐形の形状と合わさって、食べ物というよりも、むしろポップなクリスマスツリー。これ、本当に食べられるのかしら。
「木の実で作った色を、友人様に純化してもらいました」
ちみっこい星条旗が何か言ってる。なんてことすんの。
純狐も純狐よ。疑問に思ってほしい。お菓子作りに純化なんて工程は存在しないのよ。
「さあ、へカーティア」
「ご主人様、どうぞ!」
さあ、どうぞ、と言われても。どこから手をつければいいのやら。無意味にケーキの周囲をぐるぐる歩き回る。切ろうかしら。でも下手に切ったら倒れそうね。
形状が円錐形なのが厄介だわ。ウェディングケーキみたいに段があるならまだ切り分けやすかったかもしれないのに。
結局、頂点部分を水平に切って、お皿に取り分けた。フォークを刺して一口、口に運ぶ。
純狐、味まで純化したのかしら。クリームの色ごとに、味がまるで違う。苛烈な甘味、酸味、苦味が口の中で綺麗に分かれて、一切の調和を拒否している。舌に触れる度に刺激が神経を突き刺す。これは、"攻撃"ね。
しかし、部下と親友からの贈り物を無碍にするなど、ゼウスが許しても私が許さない。意地でも食べ進めることにした。
食べ切った。
久しく味わっていない命の危機を感じた。汗をかきすぎて、動くたびに雨のような水滴が落ちる。絶え間無く波状攻撃を仕掛けてくる吐き気を寸前で堰き止めながら、立つことすらままならなくなって床に倒れ伏す。服がべちゃりと音を立てた。身体全体が異様に火照っていて、冷たい床が気休め程度に心地良い。
「美味しかった?」
純狐が無邪気に微笑んで訪ねてきた。その顔はずるい。そんな顔を見たら、返答の選択肢は一つしかないじゃない。
「もちろんよ」
横たわったまま親指を立てて宣言した。
純狐とクラウンピースは手を叩いて喜んでいる。微笑ましい。
「じゃあ、また作りますね!」
クラウンピースが満面の笑みを浮かべる。
本当に楽しかったのでしょうね。仲間達と一緒に木の実を集めることも、部屋を飾り付けることも。
純狐もそう。お姫様だけじゃなくて、きっとあの兎の子も手伝ってくれたのでしょう。その全てが、私のため。私のことを思って。
気の早いクラウンピースは既に、次はこんなケーキを作りたいと、沸き立つような調子で矢継ぎ早に純狐に提案している。純狐はそれを慈愛に満ちた表情で聞いている。
そんな二人を見ていると、もう何個でも食べられるような気が。
気が。
気が──。
「次は服が欲しいわ」
それでいてヘカ純ピースの和気藹々感と来たら暴走奔走愛情引っ括めて全部良いのなんの、オチまできっちり締めてくるのですからたまりません。
キャラクターの活かし具合が完璧で面白かったです。ありがとうございます。
ヘカーティアがこんなにいい人だなんて知りませんでした
慌てるクラウンピースも張り切る純弧も微笑ましかったです
個人的にはこれがベストなんじゃないかって思うほどの柔らかな雰囲気で楽しめました。純狐とクラピの感謝が伝わってきて、温かい気持ちになれました。面白かったです。
みんな幸せな感じでとても良かったです。次は美味しく食べられるやつだと良いですね。