―だめだ、泣いては。
泣いたら、涙が凍って体温を奪ってしまう。
嗚呼、泣くものか―
気まぐれに外に出てみると、どうやら季節は冬になっているようだった。白雪が肌のうえで融けていく。冷たい風が吹き荒び、帽子が飛びかけた。
夜はとっぷりとした深紫色で、雲が覆っているからより暗い。月の明かりすらもない。
何かをしようと思って出てきたわけでもないから、とりあえず何もしないことにした。雲を見上げて、ただ肩に雪が積もっていくのを感じていた。ふと、誰かが遠くに浮いていることに気づき、立ち上がって向かってみる。
それは雪女だった。
「今晩は」
「今晩は」
「よく冷えるね」
「そうね」
雪女は私に近づいて、肩の雪を払い落とした。
「風邪ひくわよ」
そう言われても、吸血鬼は風邪をひくのだろうか。私は地下に居たから、風邪の抗体なんて持っていないかもしれない。そのお蔭で咳き込むことには慣れているけれど。
雪女がそそくさと何処かへ行こうとするから、追っかけた。しきりに下をきょろきょろと見回して、何かを探しているみたいだ。何をしているのか訊こうとすると、雪女は地面まで降下し始めた。早速何かを見つけたのかもしれない。
雪女につづいて地面に降り立つと、彼女は狸の凍死体を埋めようとしていた。両の手で狸が入るくらいの穴を掘っている。爪に泥が入って汚いから止めたら、と言ったけど止めようとしない。そのうち穴が完成して、丁寧に狸が埋められる。雪女はその前で長く長く合掌して、立ち上がった時には頬が紅くなっていた。
「何してたの」
「祈ったの。この子がうまく春の肥しに成れますようにって」
そういえば冬の次には春が来るのだった。知識として知っていても、この身で感じなかったら実感なんて湧かない。冬か春かなんてどうだっていいし。
「分解されて土壌を太らせることを祈ったってことね。悪趣味」
「だって死んだんだもの」
「そうね。死んだんだもんね」
そこらの木を折って墓標代わりにさした。こんな所の土壌が豊かになっても、さしたる意味はないだろうけど。雪の匂いに混じって、ぷんと薄い煙の匂いがした。
「何かしら?」
「何が?」
「ほら、煙の匂いが。薄いけど」
「私には判らないな」
匂いを辿っていけば、その元が判るだろう。こんな雪の夜に何が焼かれたんだろう。
どうやら木の洞から匂いがしているようだ。中を覗き込むと、火の灯っていない洋燈が転がっている。煙の匂いはこれから漂ったのだろう。その近くに、小さく身を竦めた人間があった。防寒着を纏っているけど、背中に大きな傷あとがついている。
寄って見てみると、とっくに硬くなっていた。顔には何個か凍った滴がくっ付いている。遅れて雪女が来て、私のよこにしゃがみ込んだ。寝っ転がった人間を観察している。
「凍死してる」
「うん」
おもむろに雪女はそれを運び出そうとした。死体は重くて、洞から引っ張り出すには雪女一人では時間がかかった。やっとそれが出されたとき、また私の肩には雪が積もっていた。
「手伝ってくれてよかったのに」
そう言って雪を掻き分けて穴を掘っていく。きっとまた埋めるのだろう。人間一人分だから、穴を掘るのは大変そうだ。
「手伝うね」
「ありがとう」
雪は冷たい。その下にある土も、同じくらい冷たい。手で掘るのはいかにも馬鹿らしい。それでも、この寒さだから馬鹿くらいがちょうどいいだろう。
その内に穴ができた。死体はその身を縮めてくれていたから、ぴったり入った。積もらせた土の山から土を掬って、埋めていく。もしかしたら何かの拍子に生き返るかもしれないなんて考えたけど、全然そんなことはなくて、おとなしく土の下で眠っていった。手が汚れたし、冷えてしまった。こんなこと手伝うんじゃなかった。
遠くを見ると、曇天から妖精がぼとぼとと落っこちていった。どれも全く動かない。
「なんであんなに妖精が死んでるの?」
「あぁあれ。冬には死ぬ自然が多いから、その分死ぬ妖精も多いの」
冬には死ぬものが多い。
「あ、おかえり」
「お姉様、今年の冬は寒いわ。風邪に気をつけてね」
「ありがとう。気をつけるわ」
雪国で暮らしている冬の厳しさがひしひしと感じられました。
綺麗な情景が目に浮かんできました
ぼとぼとと落ちていく妖精たちが恐ろしくも神秘的でよかったです
レティが見るもの、触るものをフランドールが体験する一幕。とても印象的でした。興味深く読ませていただきました。