Coolier - 新生・東方創想話

先輩んげ

2021/02/20 00:50:35
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「鈴仙、お客が来てるよ」
 薬売りからの帰り道の途中、反対方向からやって来たてゐに呼び止められた。
「お客?患者じゃなくて?」
「患者だったらわざわざ鈴仙に言わないよ」
「それはそうだけど」
 永遠亭に、私に会いに来る客。心当たりが全く無い。いや友達がいないわけではないよ。ほんとだよ。
「誰?」
「後輩だってさ。客間に通したから、よろしく」
「分かった」
 分かってないけど。後輩?誰だそれ。
 てゐはそれ以上ヒントをくれず、スコップを抱えてどこかに行ってしまった。スコップかー。次に外出する時は空を飛んでいこうと思った。

「ちーっす」
「あー、いたなぁそういえば」
「なにその反応」
 客間には、まるで自宅かのように寝そべって団子を頬張る後輩がいた。
「鈴瑚、何か用?」
「別に、暇つぶし」
「人を暇つぶしに使うな」
 なんてふてぶてしいやつだ。昔はもう少し可愛げがあったはずなのに。歳月は人を変えるのか。
「いーじゃん別に。どうせ友達いないんでしょ」
 うぐーっ。なんてことを言うんだこの人でなし。あんただって友達多い方じゃ無かったでしょうが。
 まあ、鈴瑚の場合は深く付き合う相手を慎重に選んでいた結果友達が少なかっただけで、顔は広かった。私は単純に人付き合いが下手だった。そして、そんな私達が仲間内で孤立せずにいられたのは、清蘭のおかげだ。
 おや、そういえば。部屋を見回すが、それらしき姿はどこにも無い。
「清蘭は一緒じゃないの」
「あいつはお偉いさんに会うの怖いから嫌だって」
「お偉いさん?」
「八意様と輝夜様」
「なるほど」
 私は大分慣れてしまったが、私達が産まれる遥か昔に地上へ追放された、教科書に載っているような人達だ。清蘭が臆するのも無理はない。

 月に居た頃、私は清蘭のことが苦手だった。
 ミスは多いし、成長しない。すぐ人に頼るところとか。
 それなのに、みんなに愛されるところとか。
 私にできることをできないのに、私が一番欲しい物を手に入れている。そんな風に見えたから、私は清蘭が苦手だった。いや、嫌いだった、のかもしれない。
「のかもしれない」
 全部喋った。お酒おいしいなあ。
 このお酒は妖夢から貰ったものだ。冥界のお酒は少しだけ月のお酒に近い味がする。団子を食べて、お酒を呑んで、目の前に後輩。昔もよくこうして二人で呑んでいたのを思い出す。
「そんなんだから友達いないんだよ」
 うぐぐーっ。
 鈴瑚はいくらお酒を呑んでも顔色が変わらない。けど、少々言葉に棘が増える。つらい。
「あんたには分からないかもしれないけどさ、頼りにされるって嬉しいことなんだよ。清蘭は人に頼る。だから愛される。あんたは人に頼らないから愛されない。そんだけ」
「オブラートください」
 泣いちゃうぞ。いいのか。泣き上戸は面倒くさいぞ。
「…まあ、そういうことを言えるようになっただけマシか。昔だったらお酒を呑んでも、自分の弱いところは絶対に見せなかった」
 言われてみればそうだったかもしれない。自分は優秀で、欠点など無いと、そういう風に見せたかったのだ。人に頼ることや不満を言うこと、誰かを嫌うことは、相応しくないから隠さなければならないと思っていた。要するに見栄っ張りだった。
 地上に降りてからは、逆立ちしても千回生まれ変わっても絶対に敵わない相手とか、自分とは全く違う価値観で動く相手とか、ただただ得体の知れない相手とか、色々な相手と関わるようになったので、見栄を張ることも減った。身の程を知ったとも言う。
「あの頃は呑むたびにウザい自慢話を延々聞かされたっけな」
 うっぐぅー。やめてくれ。それは今でも結構飲み会の時とかにやらかして、次の日死にたくなるんだ。一度染み付いた癖はなかなか消えない。今なお私に残る月暮らしの残滓だ。

 人に頼らず、甘えず、見栄っ張りで、口を開けば自慢話。今振り返ってみると、月に居た頃の私には他人に好かれる要素が皆無だった。仕事は出来るから上には気に入られていたし出世もしたけれど、それもまた遠巻きにされる要因だったのだろう。
 結局私は出世するたびに孤立していって、清蘭とも徐々に疎遠になって、最後まで近くに居たのは鈴瑚くらいだった。私が出世するたびに、一拍か二拍遅れて鈴瑚も出世して、私の下に就いていた。
 なんで鈴瑚は、私から離れなかったんだろう。

 鈴瑚は聡明で、優秀で、要領が良く、しかし誰よりも怠け者だった。
 私の下で働くことを自ら希望したと聞いた。曰く、働き者の下に就けば楽ができるから。私としても、余計な仕事を増やさず、指示通りの働きをしてくれる部下は有難かった。
 二人で呑みに行くようになったのは、単純に私に他に誘える相手が居なかったからだ。私は自慢話をして、鈴瑚はご飯の話をした。

「清蘭の作る団子は味にムラがあって、たまにすっごく美味いのがあるんだよね。それを狙って作れるようになったらいいんだけど、まあ清蘭だから無理だね」
「清蘭だからねえ」
 今もまた、鈴瑚はご飯の話をしていた。私は先程から何度か自慢話が口をついて出そうになるのをどうにか堪えていた。
「だから代わりに私がその味を再現して売ってるってワケ」
「ずっる」
 なんてやつだ。清蘭に売り上げの一部を分けるべきじゃないのか。そう指摘すると、たまに失敗作を食べさせてやってるからチャラだと言ってケケケと笑った。チャラなわけあるか。


 逃げた。恐怖はあった。迷いもあった。だが未練は無かった。私は孤立していたから。繋がりが無いということは、縛るものが無いということなのだと、その時初めて気が付いた。
 鈴瑚に声をかけることはしなかった。そんな余裕は無かったし、責められるのが怖かった。
 それなのに、いよいよ月面を離れる、というところで、通信が飛んできた。
『先輩』
 ぎくりとした。喉が渇いて、視界が激しく点滅する。鼻先から爪先まで、冷えた鉄柱を飲まされているような息苦しさと悪寒。全身の筋肉が強張って、体がばらばらになりそうだ。ごうごうと響く耳鳴りの中で聞こえた鈴瑚の声は、今まで一度も聞いたことがないくらいに、真剣だった。
『後は任せて』
 それきり通信は絶えて、二度と届かなかった。

「鈴瑚はさー」
 いよいよ酔いが回って、意識が過去に飛んでいた。折角なのでそのまま過去を掘り下げることにした。
「私が逃げたとき、どう思った?」
 あ、駄目だ。今なら平然と聞けるんじゃないかと思ったのに。口に出した途端に舌が痺れて、喉の奥が焼けつく。眼球が忙しなく動いて、何一つ満足に捉えることができない。指先で手の平の汗を弄びながら、返答が届くまでの時間が異様に長く感じた。
 そんな私をよそに、鈴瑚の声は呑気だった。
「おーって思った」
 おーか。なるほど。おー。は?
「なにそれ」  
「別に驚かなかったよ。予想してたから」
 鈴瑚は淡々と、まるで昨日の夕飯の味付けを思い出すみたいに語った。
「この人は月にも仕事にも仲間にも一切愛着を持っていないから、いつか何もかも投げ出して、どこかに行ってしまうんだろうなって、ずっと思ってた」
 全て見透かされていたらしい。鈴瑚は、私よりも私のことを理解していた。でも、じゃあ、なんで。
「なんでわざわざそんなやつの下に就いてたの」
 私が居なくなって、空いた穴を誰が埋めたのか。考えなくても分かる。
 そんな貧乏くじを予測していながら避けないなんて、鈴瑚らしくない。
 鈴瑚は少しの間視線を左右に彷徨わせてから、困ったように笑った。
「あんたは本当に友達がいないんだねえ」
 どういうことだ。なんで突然貶されたんだ。
 言葉の意味は分からなかったが、鈴瑚の目線には僅かに棘があって、それが私に刺さって抜けないのだった。

「あ、良かった。まだ居た」
 お酒も無くなり、座っているのも億劫になって、二人して死体のように床に寝そべっていたら、てゐが帰ってきた。手足や服が土で汚れているので、やはり落とし穴を掘っていたのだろう。
 と思ったら、それ以上に全身土まみれになって半ベソをかいたやつが部屋に入ってきて、いくらお酒を呑んでも変わらなかった鈴瑚の顔色が一瞬で蒼白になった。
「清蘭」
 綺麗な青い髪は見る影もなく真っ黒で、随分派手に落下したようだ。その原因を作った本人は露骨に目を逸らしている。
 鈴瑚は慌てて立ち上がって、ふらついて、転んで、てゐに手を貸してもらいながらなんとか清蘭の元までたどり着いた。相当酔ってるな。今日帰れないんじゃないか。私はそれを寝そべったまま見ていた。今日はここで寝よう。
「どうしたの清蘭、何でここに」
「だっ、だって、鈴瑚がなかなか帰ってこないから」
 今にも大泣きしそうな顔の清蘭と、見事に狼狽している鈴瑚を見て、私はようやく理解した。
 そうか。鈴瑚は、心配してくれていたんだ。私のことを。
 恐らくは、私が月を離れてからもずっと、心配してくれていた。だから今日ここに来てくれた。
 私は、それに応えなければならない。
「ねー、二人ともぉ」
 ああもう、酔いすぎて舌が回らない。間延びした声しか出ない。なんでこんなになるまでお酒呑んだんだ。
 それはきっと、鈴瑚と話すのが楽しかったからだ。鈴瑚もきっと、私と話すのを楽しんでくれていた。
「今日、泊まっていきなよ」
 鈴瑚と清蘭は目を瞬かせている。顔を見合わせている。なんだ。文句あんのか。
「てゐ、お風呂連れてってあげて」
 私が指示すると、てゐは渋々従って、二人を連れて浴室へ向かった。なんで渋々なんだ。あんたのせいで汚れたんでしょうが。
 私は柱を掴んで立ち上がると、もつれる足を罵倒しながら三人分の布団を出して敷いた。普段の十倍くらい時間がかかった。てゐの布団を敷くのは諦めた。自分で敷け。
 勝手に泊めたら師匠や姫様に怒られるだろうか、と今更ながら思ったけど、その程度で怒る人達ではないことを思い出した。

 布団の中で、明日のことを考えた。
 二人を連れて、どこへ行こうか。地上暮らしの先輩として、何を教えてあげようか。考えるだけで胸が躍って、なかなか寝付けそうにないのだった。
あおりんご派向けの補足:鈴瑚は風呂で酔い潰れたので清蘭が体を洗ったり体を拭いたり着替えさせたりしました。
阿上坂奈
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コメント



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2.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
3.90名前が無い程度の能力削除
よかった!
4.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
「別に驚かなかったよ。予想してたから」からの流れが本当に好き
分からない鈴仙が本当に好き
6.100ふつん削除
良かったです。地の文が、うどんげのモノローグがいちいち良くて好きです。ギャグ的な面でもシリアスな部分でも。
鈴瑚がちゃんと先輩んげを気に掛けてくれていて、最後で本人がそれにちゃんと気付くというのが良いですね。
「後は任せて」と伝えたときの鈴瑚がどんな心境だったのか、どんな気持ちを込めて口にしたのかを想像すると心に沁みるものがあります。
三人それぞれの絆や距離感というものが良い具合に描写されていて読んでて心地良かったです。
『泣いちゃうぞ。いいのか。泣き上戸は面倒くさいぞ。』『おーか。なるほど。おー。は?』←ここ好き。
最後の補足も好き。
7.100名前が無い程度の能力削除
最高でした
鈴仙の月時代は確かに友達が少ないイメージです

幻想郷での数少ない友人の妖夢も酒を飲んだ鈴仙に自慢話を長々と聞かされてウンザリしてる様子が目に浮かびました
8.100名前が無い程度の能力削除
鈴仙の地の文が最高でした。頼るのも頼られるのも苦手な鈴仙が鈴瑚に心配されてる事を理解して応えようとちょっと前進する成長が◎
そして終始有能な鈴瑚が最後w
10.100大豆まめ削除
いいなあこの関係。あおりんご派ですが、この鈴仙と鈴瑚の組み合わせもなんとも素敵なものですな。
鈴仙一人称の心情描写が巧みで惹き込まれました。
人に頼らず見栄っ張りで友達少なくて……という鈴仙の性格がすごいわかりやすくて共感。私にも鈴瑚みたいな友達がいたらなあ。
12.90名前が無い程度の能力削除
玉兎組は草の根組や地底1~3ボス組みたいな連帯感と言うか近すぎないけど遠すぎもしないってクラスメート感が良いですよね
15.100水十九石削除
うぐぐーっ。
今と過去の対比、鈴仙の浮き沈みで物語を進めながらも鈴仙と鈴瑚のノリで緩急付けて読み応えが出来ているのがとても良かったです。
まさしく空白を経た後の再開って感じの気の合う会話も楽しく、気持ち良い読後感の作品でした。
16.80夏後冬前削除
ぜんぜん先輩してなくてうぐーって感じの鈴仙が見てて楽しかったです
17.100Actadust削除
鈴仙の事細かい心情描写がしっかりしていて、気丈に振る舞っていながらも奥底に抱えているのがひしと伝わってきました。
そして鈴瑚の言葉。鈴仙が抱えていたものがほどけていくのが感じ取れました。素敵なお話をありがとうございます。楽しませて頂きました。
18.90めそふらん削除
良かったです
過去への後悔とか、後輩達への関係性が自然な感じがして読みやすかったです。
19.100南条削除
面白かったです
思い出話という形で語られる過去がとても鈴仙たちらしくてしっくりきました
鈴瑚のことを歳月をかけて変わったと言っていた鈴仙ですが、一番変わったのは鈴仙のような気がします
友達もできたみたいですし