『ブロンドと笑顔が素敵な貴女へ
いつも迷惑をかけてばかりでごめんなさい。
お礼にもならないけど、他の人とは違うチョコを用意してみました。
今度の週末、幻想郷の入り口で待ち合わせましょう。
時間は神社を夕焼けが染める頃。
そのとき、改めて日頃のお礼を言おうと思います。
貴女の蓮子より』
柄にもないことをやってみようと思った。
すっかりバレンタインのチョコも贈答品という認識が普遍的になってしまったけど、不慣れな料理に挑戦してメリーに喜んで貰いたかったんだ。
動機は裏表もなく、これだけだった。
それで、こんな手紙を内包して手渡してみることにした。
恥を知らない性分じゃないから、同じような包みを霊夢と魔理沙にも用意して。
探索の帰り際に手渡してやった。
霊夢と魔理沙は不思議そうにしていた。
どうやらこの風習は、西洋文化ですらなかったらしい。
日本という国の商魂の強さを思い知ってしまいそうだ。
メリーは少し気恥ずかしそうにしながら、包みを胸にして固有の文化について二人に教えてくれた。
「告白をするためにチョコを贈る日があるのよ。普段じゃ言い出せないことでも、チョコと一緒ならっていうのがあったんじゃないかしら。今はこうやってお世話になった人にも贈る習慣があるわ」
「謝肉祭みたいなもんか?」と魔理沙が尋ねると、
「後者はどちらかというと義理に近いわね」とメリーがさらりと答えた。
魔理沙は顔を膨らませて、「なんか悔しくないか、こういうの!」と言った。
霊夢は別段に取り乱す様子を見せずに、包みの底を覗きながら、
「報酬に文句言っても仕方ないでしょ。道案内料だと思いなさいな」と魔理沙を諭していた。
あれから七日経った週末のこと。
そんな幻想郷での出来事を思い返しながら、柑橘色に染まる石段を上っていた。
メリーはどんな表情で私を待ってくれるだろう。
直接確認を取るのは流石に躊躇ってしまって、平日には何も行動を起こせなかった。
それでも、月曜日には「昨日はありがとうね」と言っていたのだから伝わっているはずだ。
踊り場で少し息を整える。
日差しは暖かそうな色をしているのに、呼吸をすると口の中が冷たくなる。
滲み出た汗を拭って、最後の十段を一段飛ばしで駆け上がった。
「お待たせ! ごめんね、ちょっと家出るの遅れて……」
朱色の大鳥居の真下で、親友の顔を見るよりもすぐに息切れを起こした。
膝に手を当てて、少しばかり石畳を見つめる。
それでも視界には、境内にいる彼女が映っていた。
呼吸が落ち着くのと同じペースで、その残像は頭の中で鮮明になっていく。
(ブロンドの、白黒装束…………え?)
枯れ木に止まった鴉の群れが、一斉に鳴き声を上げて羽ばたいていく。
「いや、こっちも初めての試みで時間がかかっちまった。どうやら、あの謝肉祭はルーレット方式ってわけじゃないらしいな」
膝から転げそうになった。頭の中は混乱している。
だって、こんなの。最悪だ。
「魔理沙!? どうやってこっち側に来たの!?」
境内にいた彼女は、メリーではなかった。
魔理沙は三角帽子を片手でくるくる回して、憎たらしくも笑みを浮かべている。
「メリーが言ってたからさ。普段言い出せないことを告白するためにある祭りだってな。霊夢と相談して、なんとかこっち側の時間に合わせられた。けど、向こう側の住人を簡単に呼びつけるなよ? 次に用があるときは、お仲間の能力使って自分から来いよな?」
どうしたらいいか分からず、とりあえず一歩ずつ確実に魔理沙に近づいた。
互いの腕が届かないくらいの距離で立ち止まると、申し訳無さを込めて事情を説明してみることにした。
「……多分、わたし間違えてたの……」
「お前が間違えた用件でも聞けばいいのか?」
噛み合わない。ここまで配慮がないと、逆に腹が立つ。
思わずムキになって、声を荒げてしまった。
「そうじゃなくて! もう、間違えたのよ! 私も貴女も!」
「待てよ。落ち着けって、私の何が間違ってたって言うんだよ」
上手く言葉にならない。
魔理沙はこの体たらく。仕組みはよく分からないけど、少なくとも霊夢達には大きな迷惑をかけたのだろう。こちら側の世界で異変が発生したわけでもない。にもかかわらず、境界を超えて一人の人間を往来させる羽目になったのだから。
それに、メリーとのやりとりをやり直そうと思っても無理だ。
「失敗しちゃった。ごめん!」で仕切り直せるのは、相手が認識していることだけだ。種明かしをするのも気が引けるし、次回やろうと思っても霊夢達はチョコのことを理解してしまった。
どうしていいか分からなくて、被っていた帽子を魔理沙に向かって投げつけてやった。
「なんで早く言ってくれなかったの!」
「だから待てって……お前は何が言いたいんだよ」
そもそも、彼女の観察力の無さに問題がある気がしてきたのだ。
霊夢はあんなに頭の回転が速いのに、魔理沙なんて馬鹿の一つ覚えしかないんだから。
「貴女は器量は良いし、人懐っこくて、誰からも愛されてるのに。真面目に取り合おうともしないで、都合が悪くなったらすぐに空に逃げる……こんな……私みたいに上手く話のできない奴の気持ちなんて、どうせ分からないんでしょうね!」
眩しかった斜陽が、少しずつ高層ビル群の奥へと消えていく。
その刹那の輝きが、私の頬をすっと照らした。
視界が眩しく濡れていてようやく気づいた。
困り果てた末に、私は泣いていたのだ。
やけになって魔理沙に当たっても、仕方ないというのに。
他にも酷いことをずっと言い続けていた気がする。
エスカレートするたびに、体が熱くなって、声もうわずってきた。
魔理沙は私の投げつけた帽子を拾うと、どうしたことか。
自分の三角帽を私に被せてきたではないか。
「ひっぐ……え……?」
「卑屈になるなって。可愛い顔が台無しだぜ」
そうして、三度。私の頭を撫でてきた。
魔理沙の優しさが、内側と外側から感じられた。
これだけでも充分、人の心は動揺するものだ。
なのに。彼女ときたら、私の投げつけた帽子を被ってみせるんだ。
「へぇ、こういう視界ってのもたまには面白いかもな」
「貴女……何、を……」
嗚咽混じりの質問に対して、魔理沙はこう言ってきた。
「あのな。見方ってのは、人それぞれなんだ。他の人が羨ましいと思ったって、お前は満足してないことだってある。それって、私にも言えると思わないか? お前のお仲間だって、同じだと思うぜ。お前の見てる、感じてる。そういうのがすべてだと思うなよ。誰も、お前を悪いとは思っちゃないんだからさ。私も、文明の発達した世界が見れて面白かったぜ」
私は馬鹿だ。
彼女の頭の回転が鈍いだとか、逃げるとか。
片食いな見方を押しつけて。彼女の善意にはちっとも注目してやれなかったんだ。
それでも、やっぱり。
「……馬鹿みたい」と平気で口から出てしまう。
少しずつ迫る宵が、寒さを助長させていく。
私は自分が流した涙と汗で冷え切っていたから。
そういう方便を自分について、魔理沙の少し高い胸を借りることにした。
優しい温もりは、今の私には毒なのだろうか。
自暴自棄になって、涙を流してしまう。魔理沙の服が台無しだ。
「せっかく隠してやったのに。そんなに気にするなって。いつも、誰かが応援してくれてるって考えろよ」
こんな意味の分からない女性でも、魔理沙は抱き寄せてくれる。
力強さは、馬鹿にしていた理由の一つなのに。
そのときは、どうしてだろう。
魔理沙の匂いに憧れを感じてしまった。
★☆★
それからしばらく経って。夜がやってきて、大空を星屑が覆う。
街中だったらあまり見かけないような小さな星も、懸命に輝いていたんだと、捉えることができて面白い。新月が明けて間もない月は、細い弓のようでどこか初々しかった。
誰も来るはずのない小さな社に腰掛けて、魔理沙と天体観測を楽しんだ。
結局、魔理沙に本当のことは言えずじまいだった。
分かってくれたのかと思ってたけど、渡したチョコを持ってくる辺り、本心はどうなのかまでは定かではない。
メリーに贈るはずだったチョコは、大きな星型をしていた。
魔理沙はこれを手元で割ると、私にも手渡してくれた。
「お前、星って好きなのか?」
「好き……季節と、時間で変わる。人の心みたいじゃない?」
「じゃあ、さ……向こうの! あの二等星って、アルゴルって知ってるか?」
「当然じゃない。ペルセウス座のでしょ。食変光星だったはずだわ」
「あれって、グールって意味らしいぜ。なんでも昔の中東人がさ」
「知ってるけど……今話すこと?」
夢中になってたくせに、気まずそうに額に手を当てる。
何かに没頭する姿は嫌いにはなれない。それは幻想郷の霊夢達も一緒なのかもしれない。
「ねぇ、魔理沙……」
ちょっとだけ。伸ばした手が、魔理沙と重なった。
メリーとは違う、ちょっと乾燥した傷のある手だ。
「あっ」
魔理沙は私の表情を見ないで、指を絡ませようとする。
こういう癖が、色々な者達を勘違いさせるんだろう。
「なんだよ……」
星屑のようにきらきらした、貴女の瞳に吸い込まれそうで。
私はおもむろに肩を寄せると、彼女にこう言った。
「また、会いに行くから」
すると、魔理沙は私の頭をぽんっと撫でてきた。
「いつでも来いよ。また、すぐに見つけてやる」
馬鹿馬鹿しくて、あっという間の時間で。
だけど、終わりはあっけなくて。
瞼を閉じて次に星を捉えたときには、隣に彼女はいなかった。
「帰ったんだ……」
それは、きっと幻想のような存在。
私達はいつでも会いに行ける。
彼女達はその限りではない。有限の中で生きている。
落胆する私の手元には、食べかけのチョコと。
魔理沙の三帽子があった。
きっと、私の帽子を向こう側に持っていったんだろう。
「約束、ね」
こう自分に言い聞かせると、残りのチョコを頬張って社を去ることにした。
石段を降りながら、星空を見つめる。
それは確かに、彼女と一緒に見ていたものだ。
(来週、メリーに幻想郷探索の提案をしよう。それで、魔理沙を見つけて帽子を交換しなきゃ。)
そこからもう一段、一段と。踏み外さずに。
現実の、街の明かりに近づいくる。
ちょっと嬉しくなって、一段飛ばしてもう一段。
待ち遠しい思いで、胸がいっぱいになる。
この出来事をなんと形容しよう。
あの、霧の湖畔の悪魔は運命と言ってくれるのだろうか。
ブロンドと笑顔が素敵な魔法使い。
顔を覆いたくなるような乙女心。
それらが今は愛おしくてたまらない。
どうやら私にも、幻想郷へ行きたい理由ができてしまったみたいだ。
(了)
いつも迷惑をかけてばかりでごめんなさい。
お礼にもならないけど、他の人とは違うチョコを用意してみました。
今度の週末、幻想郷の入り口で待ち合わせましょう。
時間は神社を夕焼けが染める頃。
そのとき、改めて日頃のお礼を言おうと思います。
貴女の蓮子より』
柄にもないことをやってみようと思った。
すっかりバレンタインのチョコも贈答品という認識が普遍的になってしまったけど、不慣れな料理に挑戦してメリーに喜んで貰いたかったんだ。
動機は裏表もなく、これだけだった。
それで、こんな手紙を内包して手渡してみることにした。
恥を知らない性分じゃないから、同じような包みを霊夢と魔理沙にも用意して。
探索の帰り際に手渡してやった。
霊夢と魔理沙は不思議そうにしていた。
どうやらこの風習は、西洋文化ですらなかったらしい。
日本という国の商魂の強さを思い知ってしまいそうだ。
メリーは少し気恥ずかしそうにしながら、包みを胸にして固有の文化について二人に教えてくれた。
「告白をするためにチョコを贈る日があるのよ。普段じゃ言い出せないことでも、チョコと一緒ならっていうのがあったんじゃないかしら。今はこうやってお世話になった人にも贈る習慣があるわ」
「謝肉祭みたいなもんか?」と魔理沙が尋ねると、
「後者はどちらかというと義理に近いわね」とメリーがさらりと答えた。
魔理沙は顔を膨らませて、「なんか悔しくないか、こういうの!」と言った。
霊夢は別段に取り乱す様子を見せずに、包みの底を覗きながら、
「報酬に文句言っても仕方ないでしょ。道案内料だと思いなさいな」と魔理沙を諭していた。
あれから七日経った週末のこと。
そんな幻想郷での出来事を思い返しながら、柑橘色に染まる石段を上っていた。
メリーはどんな表情で私を待ってくれるだろう。
直接確認を取るのは流石に躊躇ってしまって、平日には何も行動を起こせなかった。
それでも、月曜日には「昨日はありがとうね」と言っていたのだから伝わっているはずだ。
踊り場で少し息を整える。
日差しは暖かそうな色をしているのに、呼吸をすると口の中が冷たくなる。
滲み出た汗を拭って、最後の十段を一段飛ばしで駆け上がった。
「お待たせ! ごめんね、ちょっと家出るの遅れて……」
朱色の大鳥居の真下で、親友の顔を見るよりもすぐに息切れを起こした。
膝に手を当てて、少しばかり石畳を見つめる。
それでも視界には、境内にいる彼女が映っていた。
呼吸が落ち着くのと同じペースで、その残像は頭の中で鮮明になっていく。
(ブロンドの、白黒装束…………え?)
枯れ木に止まった鴉の群れが、一斉に鳴き声を上げて羽ばたいていく。
「いや、こっちも初めての試みで時間がかかっちまった。どうやら、あの謝肉祭はルーレット方式ってわけじゃないらしいな」
膝から転げそうになった。頭の中は混乱している。
だって、こんなの。最悪だ。
「魔理沙!? どうやってこっち側に来たの!?」
境内にいた彼女は、メリーではなかった。
魔理沙は三角帽子を片手でくるくる回して、憎たらしくも笑みを浮かべている。
「メリーが言ってたからさ。普段言い出せないことを告白するためにある祭りだってな。霊夢と相談して、なんとかこっち側の時間に合わせられた。けど、向こう側の住人を簡単に呼びつけるなよ? 次に用があるときは、お仲間の能力使って自分から来いよな?」
どうしたらいいか分からず、とりあえず一歩ずつ確実に魔理沙に近づいた。
互いの腕が届かないくらいの距離で立ち止まると、申し訳無さを込めて事情を説明してみることにした。
「……多分、わたし間違えてたの……」
「お前が間違えた用件でも聞けばいいのか?」
噛み合わない。ここまで配慮がないと、逆に腹が立つ。
思わずムキになって、声を荒げてしまった。
「そうじゃなくて! もう、間違えたのよ! 私も貴女も!」
「待てよ。落ち着けって、私の何が間違ってたって言うんだよ」
上手く言葉にならない。
魔理沙はこの体たらく。仕組みはよく分からないけど、少なくとも霊夢達には大きな迷惑をかけたのだろう。こちら側の世界で異変が発生したわけでもない。にもかかわらず、境界を超えて一人の人間を往来させる羽目になったのだから。
それに、メリーとのやりとりをやり直そうと思っても無理だ。
「失敗しちゃった。ごめん!」で仕切り直せるのは、相手が認識していることだけだ。種明かしをするのも気が引けるし、次回やろうと思っても霊夢達はチョコのことを理解してしまった。
どうしていいか分からなくて、被っていた帽子を魔理沙に向かって投げつけてやった。
「なんで早く言ってくれなかったの!」
「だから待てって……お前は何が言いたいんだよ」
そもそも、彼女の観察力の無さに問題がある気がしてきたのだ。
霊夢はあんなに頭の回転が速いのに、魔理沙なんて馬鹿の一つ覚えしかないんだから。
「貴女は器量は良いし、人懐っこくて、誰からも愛されてるのに。真面目に取り合おうともしないで、都合が悪くなったらすぐに空に逃げる……こんな……私みたいに上手く話のできない奴の気持ちなんて、どうせ分からないんでしょうね!」
眩しかった斜陽が、少しずつ高層ビル群の奥へと消えていく。
その刹那の輝きが、私の頬をすっと照らした。
視界が眩しく濡れていてようやく気づいた。
困り果てた末に、私は泣いていたのだ。
やけになって魔理沙に当たっても、仕方ないというのに。
他にも酷いことをずっと言い続けていた気がする。
エスカレートするたびに、体が熱くなって、声もうわずってきた。
魔理沙は私の投げつけた帽子を拾うと、どうしたことか。
自分の三角帽を私に被せてきたではないか。
「ひっぐ……え……?」
「卑屈になるなって。可愛い顔が台無しだぜ」
そうして、三度。私の頭を撫でてきた。
魔理沙の優しさが、内側と外側から感じられた。
これだけでも充分、人の心は動揺するものだ。
なのに。彼女ときたら、私の投げつけた帽子を被ってみせるんだ。
「へぇ、こういう視界ってのもたまには面白いかもな」
「貴女……何、を……」
嗚咽混じりの質問に対して、魔理沙はこう言ってきた。
「あのな。見方ってのは、人それぞれなんだ。他の人が羨ましいと思ったって、お前は満足してないことだってある。それって、私にも言えると思わないか? お前のお仲間だって、同じだと思うぜ。お前の見てる、感じてる。そういうのがすべてだと思うなよ。誰も、お前を悪いとは思っちゃないんだからさ。私も、文明の発達した世界が見れて面白かったぜ」
私は馬鹿だ。
彼女の頭の回転が鈍いだとか、逃げるとか。
片食いな見方を押しつけて。彼女の善意にはちっとも注目してやれなかったんだ。
それでも、やっぱり。
「……馬鹿みたい」と平気で口から出てしまう。
少しずつ迫る宵が、寒さを助長させていく。
私は自分が流した涙と汗で冷え切っていたから。
そういう方便を自分について、魔理沙の少し高い胸を借りることにした。
優しい温もりは、今の私には毒なのだろうか。
自暴自棄になって、涙を流してしまう。魔理沙の服が台無しだ。
「せっかく隠してやったのに。そんなに気にするなって。いつも、誰かが応援してくれてるって考えろよ」
こんな意味の分からない女性でも、魔理沙は抱き寄せてくれる。
力強さは、馬鹿にしていた理由の一つなのに。
そのときは、どうしてだろう。
魔理沙の匂いに憧れを感じてしまった。
★☆★
それからしばらく経って。夜がやってきて、大空を星屑が覆う。
街中だったらあまり見かけないような小さな星も、懸命に輝いていたんだと、捉えることができて面白い。新月が明けて間もない月は、細い弓のようでどこか初々しかった。
誰も来るはずのない小さな社に腰掛けて、魔理沙と天体観測を楽しんだ。
結局、魔理沙に本当のことは言えずじまいだった。
分かってくれたのかと思ってたけど、渡したチョコを持ってくる辺り、本心はどうなのかまでは定かではない。
メリーに贈るはずだったチョコは、大きな星型をしていた。
魔理沙はこれを手元で割ると、私にも手渡してくれた。
「お前、星って好きなのか?」
「好き……季節と、時間で変わる。人の心みたいじゃない?」
「じゃあ、さ……向こうの! あの二等星って、アルゴルって知ってるか?」
「当然じゃない。ペルセウス座のでしょ。食変光星だったはずだわ」
「あれって、グールって意味らしいぜ。なんでも昔の中東人がさ」
「知ってるけど……今話すこと?」
夢中になってたくせに、気まずそうに額に手を当てる。
何かに没頭する姿は嫌いにはなれない。それは幻想郷の霊夢達も一緒なのかもしれない。
「ねぇ、魔理沙……」
ちょっとだけ。伸ばした手が、魔理沙と重なった。
メリーとは違う、ちょっと乾燥した傷のある手だ。
「あっ」
魔理沙は私の表情を見ないで、指を絡ませようとする。
こういう癖が、色々な者達を勘違いさせるんだろう。
「なんだよ……」
星屑のようにきらきらした、貴女の瞳に吸い込まれそうで。
私はおもむろに肩を寄せると、彼女にこう言った。
「また、会いに行くから」
すると、魔理沙は私の頭をぽんっと撫でてきた。
「いつでも来いよ。また、すぐに見つけてやる」
馬鹿馬鹿しくて、あっという間の時間で。
だけど、終わりはあっけなくて。
瞼を閉じて次に星を捉えたときには、隣に彼女はいなかった。
「帰ったんだ……」
それは、きっと幻想のような存在。
私達はいつでも会いに行ける。
彼女達はその限りではない。有限の中で生きている。
落胆する私の手元には、食べかけのチョコと。
魔理沙の三帽子があった。
きっと、私の帽子を向こう側に持っていったんだろう。
「約束、ね」
こう自分に言い聞かせると、残りのチョコを頬張って社を去ることにした。
石段を降りながら、星空を見つめる。
それは確かに、彼女と一緒に見ていたものだ。
(来週、メリーに幻想郷探索の提案をしよう。それで、魔理沙を見つけて帽子を交換しなきゃ。)
そこからもう一段、一段と。踏み外さずに。
現実の、街の明かりに近づいくる。
ちょっと嬉しくなって、一段飛ばしてもう一段。
待ち遠しい思いで、胸がいっぱいになる。
この出来事をなんと形容しよう。
あの、霧の湖畔の悪魔は運命と言ってくれるのだろうか。
ブロンドと笑顔が素敵な魔法使い。
顔を覆いたくなるような乙女心。
それらが今は愛おしくてたまらない。
どうやら私にも、幻想郷へ行きたい理由ができてしまったみたいだ。
(了)
斬新な組み合わせでした