先日メリーの部屋を訪問した時だった。
メリーは何やら女性の肖像を緻密に描いてた。
「蓮子…。
以前夢を見た話したよね。
赤いお屋敷、夜の竹林、人里離れた神社…。」
私は声に出さないで背後から頷いた。
「昨日また夢の中に行ってきたみたいなの。」
「今ね。そこで会った女の人を描いてるの。」
「何を話したのか、そもそも話したこと自体もどうかも分からない。」
「何となく寂しそうな顔をした紫色のドレスを着た女性だった。」
「でも。私に似ていたのはハッキリと覚えている。」
「だけど私とは違う。」
メリーは何か夢の中で「出会った」女性の手がかりを掴む為に肖像を描いているのだと話した。
A4の原稿用紙に0.3 mmのシャープペンシルで細々と下書きをし、ペン入れに入ったのは宵の口になってからだった。
漬けペンと墨汁で時間を掛けてペン入れした。
黙々と続く作業により夕飯を食べる機会すら逸した。
私はその間、ただ横で何も語らず眺め続けていた。
本当に幸せな時間。
贅沢な時間の使い方の一つに鉄道旅行で道中休みもせず、本も読まず、仕事もせず。
ただ車窓から流れ行く景色を眺め、体を軽やかな振動に身を任せる贅沢な時間。
そんな「何もしない贅沢」の中でも最高峰の贅沢。
親友が黙々と作品を完成させる様をただ眺めてるだけの時間。
メリーの指が漬けペンを操り、原稿用紙に命を加えていく。
そんな動作を何時間と横で眺める時間。
二人だけの時間を過ごすことの多い私達でもこれは別格だ。
命を吹き込む様を何時間と見ているのだ。
漸くペン入れが終了したのは日付が変わる直前だった。
私は「お疲れさま」と言い、墨汁が乾くまでの間ビールを空けた。
原稿用紙に描き出された女性の肖像は私にとってはメリーそのものであった。
メリーは「私に似た女性」と言っていたが。
表情は寂しそうにも超然適にも泰然的にも受け止められた。
深夜というより早朝に近くなって来た頃、ビール瓶と缶が床に転がり酔いが良いように回っていた。
十分に乾いた原稿用紙に消しゴムを慎重に撫でて下書きの線を消した。
下書きが消えて漬けペンと墨汁のみで線が強調され、ありありと現れた女性の顔は先程よりも妖艶に見えた。
メリーは数分間自分の作品をしげしげと舐め回す様に見た後「蓮子これいる?」と聞いてきた。
一生懸命に描いたのだから、と説得しても
「結局、新しい知見を得る事が出来なかったし、手元にあると夢にまた出てきそうで気味悪いから処分する。」とのことだった。
メリーの家で眠り、二日酔いの頭痛に悩まされながらも飛び跳ねるような嬉しさで帰路についたのはもう太陽が真上を過ぎた頃だった。
例の原稿用紙が折り曲がらないようにバインダーに入れ、帰宅後途中の文房具店で額縁を購入した。
帰宅後原稿用紙を取り出した。
私は、メリーが描いたメリーに似た女性の絵を直接撫でた。傷つかないように緩やかに。
墨汁で描いた線は撫でると凹凸が指先に感じられた。
メリーが1日かけて描いた重みが伝わってくる。
メリーが伝わってくる。
汚損しないように額縁に入れて机の上に飾った。
ええ、メリーが描いたメリーに似た人の絵を。
それを私は何度も何時間も眺めた。
そして時に額縁を手に寄せ、それを抱きしめた。
メリーが描いたメリーに似た女性の肖像。
これを私は朝・夕・そして気の向いた時に額縁越しに抱きしめ、時には額縁のガラス越しに口づけをするのだ。
メリーは何やら女性の肖像を緻密に描いてた。
「蓮子…。
以前夢を見た話したよね。
赤いお屋敷、夜の竹林、人里離れた神社…。」
私は声に出さないで背後から頷いた。
「昨日また夢の中に行ってきたみたいなの。」
「今ね。そこで会った女の人を描いてるの。」
「何を話したのか、そもそも話したこと自体もどうかも分からない。」
「何となく寂しそうな顔をした紫色のドレスを着た女性だった。」
「でも。私に似ていたのはハッキリと覚えている。」
「だけど私とは違う。」
メリーは何か夢の中で「出会った」女性の手がかりを掴む為に肖像を描いているのだと話した。
A4の原稿用紙に0.3 mmのシャープペンシルで細々と下書きをし、ペン入れに入ったのは宵の口になってからだった。
漬けペンと墨汁で時間を掛けてペン入れした。
黙々と続く作業により夕飯を食べる機会すら逸した。
私はその間、ただ横で何も語らず眺め続けていた。
本当に幸せな時間。
贅沢な時間の使い方の一つに鉄道旅行で道中休みもせず、本も読まず、仕事もせず。
ただ車窓から流れ行く景色を眺め、体を軽やかな振動に身を任せる贅沢な時間。
そんな「何もしない贅沢」の中でも最高峰の贅沢。
親友が黙々と作品を完成させる様をただ眺めてるだけの時間。
メリーの指が漬けペンを操り、原稿用紙に命を加えていく。
そんな動作を何時間と横で眺める時間。
二人だけの時間を過ごすことの多い私達でもこれは別格だ。
命を吹き込む様を何時間と見ているのだ。
漸くペン入れが終了したのは日付が変わる直前だった。
私は「お疲れさま」と言い、墨汁が乾くまでの間ビールを空けた。
原稿用紙に描き出された女性の肖像は私にとってはメリーそのものであった。
メリーは「私に似た女性」と言っていたが。
表情は寂しそうにも超然適にも泰然的にも受け止められた。
深夜というより早朝に近くなって来た頃、ビール瓶と缶が床に転がり酔いが良いように回っていた。
十分に乾いた原稿用紙に消しゴムを慎重に撫でて下書きの線を消した。
下書きが消えて漬けペンと墨汁のみで線が強調され、ありありと現れた女性の顔は先程よりも妖艶に見えた。
メリーは数分間自分の作品をしげしげと舐め回す様に見た後「蓮子これいる?」と聞いてきた。
一生懸命に描いたのだから、と説得しても
「結局、新しい知見を得る事が出来なかったし、手元にあると夢にまた出てきそうで気味悪いから処分する。」とのことだった。
メリーの家で眠り、二日酔いの頭痛に悩まされながらも飛び跳ねるような嬉しさで帰路についたのはもう太陽が真上を過ぎた頃だった。
例の原稿用紙が折り曲がらないようにバインダーに入れ、帰宅後途中の文房具店で額縁を購入した。
帰宅後原稿用紙を取り出した。
私は、メリーが描いたメリーに似た女性の絵を直接撫でた。傷つかないように緩やかに。
墨汁で描いた線は撫でると凹凸が指先に感じられた。
メリーが1日かけて描いた重みが伝わってくる。
メリーが伝わってくる。
汚損しないように額縁に入れて机の上に飾った。
ええ、メリーが描いたメリーに似た人の絵を。
それを私は何度も何時間も眺めた。
そして時に額縁を手に寄せ、それを抱きしめた。
メリーが描いたメリーに似た女性の肖像。
これを私は朝・夕・そして気の向いた時に額縁越しに抱きしめ、時には額縁のガラス越しに口づけをするのだ。
紙一枚にメリーの重みを感じる蓮子に強い感情を感じました