「ええ。とても使いやすくて助かっているわ。お嬢様のためのお肉の保存が簡単になったもの。にとり印の電気氷室には大感謝だわ」
「こっちに来てからは、食料の保存が難しくて困ってました。でもにとり印のれいぞ……失礼、電気氷室を購入してからは物を腐らせることがなくなりました! 便利でとても助かっています!」
「ああ。非常に興味深い道具だったよ。普通の氷室も好きだけれど、よく考えられた商品だと思うね。僕的には、真夜中になるブーンって音も結構気に入っているよ」
『感謝の声多数! にとり印の電気氷室は氷いらず。もういちいち氷を買う手間はありません! 忘れて溶かし切ってしまうことも無し! にとり印の電気氷室(バッテリーは別売り)は何となんと驚愕の安さ……』
「さぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、かの奇想天外大天才河童にとりの革命的発明品、『電気氷室』だよ! 買った買った!」
人里の真ん中で、リュックサックからラッパのような蓄音機を出し、大音量のコマーシャルを垂れ流すにとり。その周りにはたくさんの人だかりができている。
彼女が風呂敷の上にゴトゴトと並べたのは、短いコードの伸びた、小さな箪笥サイズの鉄の箱。にとりが箱の段を開くと中にも鉄板が敷かれており、その上に乗せられた生魚が一つ。
「この魚は四日前に私が釣り上げたものでございます。少しずつ暖かくなってきたこの頃、まだ肌寒いとはいえ箪笥の中に生魚では腐ってしまう。ところがどっこい、ほうらペロリペロリ、キンキンに冷やされた電気氷室の中で寝かされた魚で腹を下すことはありません」
朗らかな声で実演販売を行うにとりを好奇の目で見つめる人々。それとは裏腹に、氷の妖精、チルノは納得がいかないというような顔で人だかりを見つめていた。
「人間ってばかね、あたいがいれば氷室なんて最初っからいらないのに。ね!」
「ははは、そうだよなあ」
チルノの横で、複雑な顔で眺めていた男も頷いた。
彼は人里で氷を売ることによって生計を立てている男だった。本業というわけではないが、祖父から続く仕事であって、夏場の家族の生活を支えていた大切な生業の一つであった。
チルノの力を借りて湖を凍らせては、老けた体に鞭打って氷を人里まで何度も運び売りさばく。チルノは彼のアルバイトとして、夏場の暑い中で協力しては、駄菓子や飲み物を代金としてもらっていたのだ。
「ねぇ、早く今日の約束のお菓子!」
「はいはい、好きなところに入るといい」
バシバシと背中を叩いて急かすチルノに、幼き頃の息子の姿が重なる。家を継がずに出て行った息子との記憶のノスタルジイに背つかれて、ついつい彼はチルノを甘やかさずにはいられないのだった。
◇
「おいしいかい?」
「んー!」
一日働いた分、この妖精が請求したのは3杯のアイスクリンだった。口の周りをベタベタにしたチルノの皮膚は、石膏ほどの白さに染まっていく。この変化を見るのも彼の楽しみの一つであった。
「明日も頼むぞ」
わしわしと青い髪を撫で、氷売りの男はハンケチで汚れたチルノの口を拭いてやった。
「あたぼうよ!」
チルノはニカっと笑って湖の方に飛び去って行った。男は、その姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
帰り道で、誰かが後ろから男の腰をつついた。
「ご主人、氷はもう売り切れかな?」
突いていた方を振り返ると、大きな丸い耳が二つ。ナズーリンだった。
「ああ、もう今日は売り切れだね。また明日も来るから、その分の氷を取っておいてあげようか」
「いいのかな? それじゃあお願いするよ」
人里の皆はナズーリンが妙蓮寺に住んでいる妖怪だということを知っている。男も少し驚いたが、無害な妖怪であると知ってからは普通の客として接している。
「そう言えば、命蓮寺では買わないのかい? あの電気氷室っていうやつは」
「いいや、高すぎる高すぎる。紅魔の連中と、人里の甘味処? あとは呉服屋とか……金持ちが買ったくらいだろう」
「代金を先に渡しておくよ」とナズーリンは男に銭を幾らか手渡しながら、思い出すように話し始めた。
「そうそう、あの電気氷室なんだが、アレはどうやら無縁塚で拾われた物らしい」
「はぁ……それを複製して売ってるのか」
「そうみたいだ。でも不思議な感じじゃないか? こっちで最先端なモノは、もうとっくの昔に外の世界では使われてないんだってさ」
ナズーリンは運んできた氷室を再び背負い上げて、麻紐の肩掛けをグイグイと調節した。
「あんなにカチカチで暖かみも感じないものに変わっていくって事を知ってしまうとさ、なんだか切なくなるよ」
そうか、もう外の世界ではとっくのとうに氷売りなんて居ないし、氷室なんてモノは残っていないんだろう。氷を売っている人間は、もしかしたら自分で最後になってしまうんじゃないだろうか。
男は急に、少し寂しい気分になった。
◇
「おい……せっ!」
鍬で厚い氷をバリっと砕く。チルノが大雑把に端の方を凍らせてくれるので、適当な大きさに砕いたら木箱に詰めて人里に向かう。
「あたいね、今日はコーラがのみたい!」
「はいはい、終わったら飲もうな」
じりじりと照り付ける夏の登りきらない太陽に焼かれて、男の額から大粒の汗が流れ落ちる。チルノはその横の木陰で涼みながら、男が氷を割り終えるのを見届ける。
やがて背負いきれない量の氷を切り出したところで、手ぬぐいを氷水で濡らして頭に巻きつけ、男は木々をくぐって人里に出た。
チルノは男が背負う氷を後ろから支えながら、溶けてしまわないように冷やし続ける。
「あのさ、あのでんきひむろっていうのをみんなが買えたら、あたいもおじさんも仕事しなくてよくなるね!」
「ああ、そうだな」
「そしたらあたいは何にもせずに甘いもの食べれて最強だ!」
「……だな」
チルノは無邪気に男に笑いかける。男も、仕方のない奴だな、というふうに笑い返す。
人里の入り口の方には、定期的にゴミを燃やす為の場所があって、そこには雑紙や生ゴミ、時には箪笥などが投げられている。そのゴミ捨て場に捨てられているものは、外の世界の人間からすればめちゃくちゃな組み合わせのものである。外来のゴミ溜めから流れ着いた新しい道具が入ってくるたびに、古きよき品は淘汰され、このゴミ捨て場に流れ着く。
いつもならばなんと言う感想も持たず通り過ぎているこのゴミ捨て場だが、男はそこを通りがかった時、灰の積もる近くに置かれていた木の箱の存在に気がついた。男が何度となく目にしている箱だ。
男は黙ってゴミ山に足を踏み入れると、中からその氷室を拾い上げて戻ってきた。
「ひむろ? ゴミなんだったら捨てたままにしないの?」
「……寂しそうだからさ、連れて行ってあげよう」
何度となく使われたであろうその氷室は、垂れた水の染み跡で色は抜け、あちこちがささくれていた。しかし取手のサビは綺麗に磨いてとってあり、これが今まで大切に扱われていた事を示していた。
「それに、暖かみがあるだろう?」
チルノは納得がいかないというような顔で男を見つめた。
「でもそれって冷たくする箱じゃないの?」
男はクスリとチルノに笑いかけた。
「チルノ、これを運んでくれたらコーラ2本に増やしてやるぞ」
「あたいは元から2本のつもりだったけど?」
「じゃあ3本に増やそう」
「やったぁ!」
今日もにとりが大きな音で電気氷室の宣伝を行なっている。男とチルノはぼろ箱と氷を背負って、その人里の中へ歩いて行った。
「こっちに来てからは、食料の保存が難しくて困ってました。でもにとり印のれいぞ……失礼、電気氷室を購入してからは物を腐らせることがなくなりました! 便利でとても助かっています!」
「ああ。非常に興味深い道具だったよ。普通の氷室も好きだけれど、よく考えられた商品だと思うね。僕的には、真夜中になるブーンって音も結構気に入っているよ」
『感謝の声多数! にとり印の電気氷室は氷いらず。もういちいち氷を買う手間はありません! 忘れて溶かし切ってしまうことも無し! にとり印の電気氷室(バッテリーは別売り)は何となんと驚愕の安さ……』
「さぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、かの奇想天外大天才河童にとりの革命的発明品、『電気氷室』だよ! 買った買った!」
人里の真ん中で、リュックサックからラッパのような蓄音機を出し、大音量のコマーシャルを垂れ流すにとり。その周りにはたくさんの人だかりができている。
彼女が風呂敷の上にゴトゴトと並べたのは、短いコードの伸びた、小さな箪笥サイズの鉄の箱。にとりが箱の段を開くと中にも鉄板が敷かれており、その上に乗せられた生魚が一つ。
「この魚は四日前に私が釣り上げたものでございます。少しずつ暖かくなってきたこの頃、まだ肌寒いとはいえ箪笥の中に生魚では腐ってしまう。ところがどっこい、ほうらペロリペロリ、キンキンに冷やされた電気氷室の中で寝かされた魚で腹を下すことはありません」
朗らかな声で実演販売を行うにとりを好奇の目で見つめる人々。それとは裏腹に、氷の妖精、チルノは納得がいかないというような顔で人だかりを見つめていた。
「人間ってばかね、あたいがいれば氷室なんて最初っからいらないのに。ね!」
「ははは、そうだよなあ」
チルノの横で、複雑な顔で眺めていた男も頷いた。
彼は人里で氷を売ることによって生計を立てている男だった。本業というわけではないが、祖父から続く仕事であって、夏場の家族の生活を支えていた大切な生業の一つであった。
チルノの力を借りて湖を凍らせては、老けた体に鞭打って氷を人里まで何度も運び売りさばく。チルノは彼のアルバイトとして、夏場の暑い中で協力しては、駄菓子や飲み物を代金としてもらっていたのだ。
「ねぇ、早く今日の約束のお菓子!」
「はいはい、好きなところに入るといい」
バシバシと背中を叩いて急かすチルノに、幼き頃の息子の姿が重なる。家を継がずに出て行った息子との記憶のノスタルジイに背つかれて、ついつい彼はチルノを甘やかさずにはいられないのだった。
◇
「おいしいかい?」
「んー!」
一日働いた分、この妖精が請求したのは3杯のアイスクリンだった。口の周りをベタベタにしたチルノの皮膚は、石膏ほどの白さに染まっていく。この変化を見るのも彼の楽しみの一つであった。
「明日も頼むぞ」
わしわしと青い髪を撫で、氷売りの男はハンケチで汚れたチルノの口を拭いてやった。
「あたぼうよ!」
チルノはニカっと笑って湖の方に飛び去って行った。男は、その姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
帰り道で、誰かが後ろから男の腰をつついた。
「ご主人、氷はもう売り切れかな?」
突いていた方を振り返ると、大きな丸い耳が二つ。ナズーリンだった。
「ああ、もう今日は売り切れだね。また明日も来るから、その分の氷を取っておいてあげようか」
「いいのかな? それじゃあお願いするよ」
人里の皆はナズーリンが妙蓮寺に住んでいる妖怪だということを知っている。男も少し驚いたが、無害な妖怪であると知ってからは普通の客として接している。
「そう言えば、命蓮寺では買わないのかい? あの電気氷室っていうやつは」
「いいや、高すぎる高すぎる。紅魔の連中と、人里の甘味処? あとは呉服屋とか……金持ちが買ったくらいだろう」
「代金を先に渡しておくよ」とナズーリンは男に銭を幾らか手渡しながら、思い出すように話し始めた。
「そうそう、あの電気氷室なんだが、アレはどうやら無縁塚で拾われた物らしい」
「はぁ……それを複製して売ってるのか」
「そうみたいだ。でも不思議な感じじゃないか? こっちで最先端なモノは、もうとっくの昔に外の世界では使われてないんだってさ」
ナズーリンは運んできた氷室を再び背負い上げて、麻紐の肩掛けをグイグイと調節した。
「あんなにカチカチで暖かみも感じないものに変わっていくって事を知ってしまうとさ、なんだか切なくなるよ」
そうか、もう外の世界ではとっくのとうに氷売りなんて居ないし、氷室なんてモノは残っていないんだろう。氷を売っている人間は、もしかしたら自分で最後になってしまうんじゃないだろうか。
男は急に、少し寂しい気分になった。
◇
「おい……せっ!」
鍬で厚い氷をバリっと砕く。チルノが大雑把に端の方を凍らせてくれるので、適当な大きさに砕いたら木箱に詰めて人里に向かう。
「あたいね、今日はコーラがのみたい!」
「はいはい、終わったら飲もうな」
じりじりと照り付ける夏の登りきらない太陽に焼かれて、男の額から大粒の汗が流れ落ちる。チルノはその横の木陰で涼みながら、男が氷を割り終えるのを見届ける。
やがて背負いきれない量の氷を切り出したところで、手ぬぐいを氷水で濡らして頭に巻きつけ、男は木々をくぐって人里に出た。
チルノは男が背負う氷を後ろから支えながら、溶けてしまわないように冷やし続ける。
「あのさ、あのでんきひむろっていうのをみんなが買えたら、あたいもおじさんも仕事しなくてよくなるね!」
「ああ、そうだな」
「そしたらあたいは何にもせずに甘いもの食べれて最強だ!」
「……だな」
チルノは無邪気に男に笑いかける。男も、仕方のない奴だな、というふうに笑い返す。
人里の入り口の方には、定期的にゴミを燃やす為の場所があって、そこには雑紙や生ゴミ、時には箪笥などが投げられている。そのゴミ捨て場に捨てられているものは、外の世界の人間からすればめちゃくちゃな組み合わせのものである。外来のゴミ溜めから流れ着いた新しい道具が入ってくるたびに、古きよき品は淘汰され、このゴミ捨て場に流れ着く。
いつもならばなんと言う感想も持たず通り過ぎているこのゴミ捨て場だが、男はそこを通りがかった時、灰の積もる近くに置かれていた木の箱の存在に気がついた。男が何度となく目にしている箱だ。
男は黙ってゴミ山に足を踏み入れると、中からその氷室を拾い上げて戻ってきた。
「ひむろ? ゴミなんだったら捨てたままにしないの?」
「……寂しそうだからさ、連れて行ってあげよう」
何度となく使われたであろうその氷室は、垂れた水の染み跡で色は抜け、あちこちがささくれていた。しかし取手のサビは綺麗に磨いてとってあり、これが今まで大切に扱われていた事を示していた。
「それに、暖かみがあるだろう?」
チルノは納得がいかないというような顔で男を見つめた。
「でもそれって冷たくする箱じゃないの?」
男はクスリとチルノに笑いかけた。
「チルノ、これを運んでくれたらコーラ2本に増やしてやるぞ」
「あたいは元から2本のつもりだったけど?」
「じゃあ3本に増やそう」
「やったぁ!」
今日もにとりが大きな音で電気氷室の宣伝を行なっている。男とチルノはぼろ箱と氷を背負って、その人里の中へ歩いて行った。
切なさを感じる郷愁と、暖かさが綺麗にまとまっていて短編として完成度が高いように感じられました。
グレートでした。有難う御座いました。
新たに生まれるもの、その陰で消えていくもの
その寂しさを感じました