良く晴れた冬のある日。大学生は春休みを迎えてバイトに勤しむものや、研究や論文に追われる者、遊び惚ける者、みな思い思いの休みを謳歌していた。私、マエリベリー・ハーンも期末考査を終えひと段落ついたところで、休みを利用してアルバイトに勤しんでいた。
終業時間になり、ロッカールームで帰宅の準備をしているとき、ふと携帯を見ると蓮子からメールが来ていた。内容は、今日会わない?という短い文だった。いつもはアポすら取らないで、「今から行くわよ!」とか言い始める蓮子にしてはあまりに珍しいので少し驚いたが、もしかしたら急ぎのネタでも仕入れたのかもしれないので、「いいわよ」とメールに返信しロッカールームを後にした。
2月の外はまだまだ寒い。立春も過ぎたというのにマフラーが手放せず暖かい食べ物がどことなく恋しく感じてしまうような肌寒さが襲ってくる。こんな寒い中待ち人をずっと待たせるわけにはいかないなと思いつつ、少しばかり急ぎ足でメリーの元へ向かった。
「お待たせ、蓮子」
「あらメリーさすがね、時間ぴったりよ」
「貴女とは違ってね」
日もすっかり落ちて駅前は岐路を急ぐ人や私たちみたいな待ち合わせをする人で溢れている。バレンタインデーを明日に控えて、街はチョコのセールやプレゼント広告やらで、どこか浮かれた空気が漂っている。
そんな中でふと蓮子の姿に目をやると、心なしかいつもよりかっこよくキマっているように見える。
「なんだか今日は素敵ね、蓮子」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
そう言ってメリーはクスっと微笑み返した。
「ところで今日はどうしたの?」
「少し蓮子に用事があってね。立ち話も何だし少し歩きましょう。こんな中にずっと立っていると倒れちゃいそうだし」
そういって蓮子は私の手を取って歩き始めた。
大学やバイト、最近あったことなどたわいもない話をしながら歩いた。最近は互いに時間が合わず、なかなか秘封倶楽部としての活動もできていなかった。そんな中で蓮子からの久々の誘いというものは、退屈で窮屈な毎日に花が咲くようなものだった。当たり障りないような、普通の大学生のような会話をしながら一緒に歩くというのも蓮子とだったら退屈しないものだ。
蓮子に先導されしばらく歩き続けると、駅前の喧騒から少し外れた住宅街までやってきた。行く道はまばらについた街頭や家から漏れ出す部屋の明かりだけになり、少しばかり寂しく、感傷的な気分に浸りながらも私は手を引かれ歩き続けていた。
「ねえ蓮子、あなた引越しでもしたの?」
「もうすぐ目的地よ…あ、ほらあそこよ」
蓮子が指差す先を見ると、そこには小さな公園があった。2つのブランコ、小さな時計の塔、少しのベンチ。大学生になった今ではあまりに懐かしくなった場所だ。
「また随分と懐かしく、ノスタルジックになるような場所に案内されたわね」
こんな小さな公園を見かけたのは久しぶりだった。最近では外で遊ぶ子供も減ってきて、公園自体が消えていっているとニュースで見たばかりだ。
ああ、懐かしい。そう思いながらブランコに座り、少し漕いでみる。何だか少し照れ恥ずかしいが、久しぶりに乗ったブランコはとても楽しく思えた。
「暖かいコーヒーか冷たいおしるこ、どっちがいい?」
「コーヒーに決まっているでしょ」
だよね、と笑いながらわざわざ少し離れたところの自販機まで飲み物を買いに行ってくれた。着こんでいるとはいえ冷える公園の夜には暖かいコーヒーがおあつらえ向きで良く合う。
「でもどうしてこんな公園に?秘封倶楽部としての活動?」
「いいえ、今日は違うわ」
「じゃあなんでここへ?」
そう私が聞くと蓮子は少し微笑みながら、隣のブランコへ座った。
「なんだと思う?当ててみて」
「珍しく私を試すじゃない」
こんな小さな公園にいったい何があるのだろうか。周りを見渡して境界を探してみたり、意味もなく空を見上げたりしたが、何かあるはずもなく時間が過ぎていく。しばらく色々と考えてみたが思いつきすらもしない。
「...お手上げだわ蓮子。答えを教えて」
「あれ、もういいの?」
蓮子は私が答えを出せなかったのが嬉しかったのか、満足げな表情で確認してきた。いやに今日は焦らしてくる気がする。こうなると早く答えが気になってしょうがなくなってくる。
「いいから、早く答え教えてよ」
私が急かすように言うと、ニヤっと笑い蓮子が口を開いた。
「何もないわよ。」
「...え?」
何かの聞き間違いかと思ったが、そういうわけではないらしい。まさにあっけにとられるとはこのことなのだろうか。今私はすごい間抜けな顔をしているだろう。
「何もない?」
「何も、ない。」
そう答えると蓮子はこらえきれなくなったのか、無邪気に笑い始めた。
「もうメリーったら、真剣に何かないかと探し始めたり、突然考え込んだりして、もう笑いをこらえるのが大変だったわ」
あと、そのあっけにとられた顔良かったわよ。とケラケラ笑っている。
「まさかほんとにそれだけのために今日呼び出したの?」
「うーん、まあ半分正解よ」
そういうと蓮子は自分のカバンを探り、小さな箱を取り出した。
「はいメリー、数時間早いけどハッピーバレンタイン」
蓮子から渡されたプレゼントは女子大生の間でも有名なブランドの箱だった。
「開けても?」
「もちろん」
ゆっくり開けるとそこにはシンプルながらも細めの綺麗な時計が入っていた。
「こんな高価なものどうしたのよ」
「色々バイトして買ったのよ」
「でも突然どうして...」
蓮子は少し考えてから話し始めた。
「こういった記念日に渡すプレゼントには意味があるって知ってる?時計のプレゼントには『時間を共有する』って意味があってね。今日メリーと久々に一緒に歩いて一緒に話して、一緒の時間を共有したかった。そういう意味も込めてのプレゼントよ」
少し照れくさそうに話す蓮子も珍しい。それだけ考えて選んでくれたということだろう。
「本当にとてもうれしいわ。早速つけてみても?」
「せっかくだから付けてあげるわ」
私の腕を取り、時計をつける蓮子。ベルト部分は革だからサイズは問題なさそうだ。
「やっぱりメリーによく似合うわね」
時計と私を見比べて蓮子は満足げに答えた。
「でも本当にこんな高価なものもらってもいいの?」
「もちろんよ、私が選んで私が渡したかったものだから、喜んで受け取ってもらえた方がうれしいわ」
「それなら、お言葉に甘えて。ありがとう蓮子」
「どういたしまして、メリー。あ、ほらもう日付が変わるわ」
空を見上げながら蓮子が残りのカウントを始めた。
「58、59...0、改めてハッピーバレンタイン、メリー」
「ハッピーバレンタイン、蓮子」
誰もいない夜の小さな公園で、ブランコに乗りながら2人でささやかなバレンタインデーを祝った。
「そういえば、もう一つ時計には意味があってね」
公園からの帰り際、ふと蓮子が話した。
「『貴女と一緒の時間を歩みたい』って意味よ」
そうつぶやき、小走りで私の前に出て振り返って続けた。
「だからメリー、この先も、私と、秘封倶楽部と、一緒に歩みましょう」
本当に貴女は、こういう時ほどロマンチックな言葉を吐く。でも私、マエリベリー・ハーンにとってこれ以上にないうれしい言葉だ。
「ええ、喜んで蓮子」
お互い顔を見合わせ笑いあった。この先も貴女と一緒に歩み続けたい。心の底からそう願った。
「さて、メリーさんはホワイトデーに体何を返してくれるのかなー」
「気が早いわよ」
「3倍...いや、5倍ぐらいは期待しちゃおっかなあ」
「ちょっと蓮子っ!」
たわいもない、他から見たらただの女子大生の日常かもしれない。だけれど、私にとってはいつになっても忘れられない、ある日の夜のお話。
終業時間になり、ロッカールームで帰宅の準備をしているとき、ふと携帯を見ると蓮子からメールが来ていた。内容は、今日会わない?という短い文だった。いつもはアポすら取らないで、「今から行くわよ!」とか言い始める蓮子にしてはあまりに珍しいので少し驚いたが、もしかしたら急ぎのネタでも仕入れたのかもしれないので、「いいわよ」とメールに返信しロッカールームを後にした。
2月の外はまだまだ寒い。立春も過ぎたというのにマフラーが手放せず暖かい食べ物がどことなく恋しく感じてしまうような肌寒さが襲ってくる。こんな寒い中待ち人をずっと待たせるわけにはいかないなと思いつつ、少しばかり急ぎ足でメリーの元へ向かった。
「お待たせ、蓮子」
「あらメリーさすがね、時間ぴったりよ」
「貴女とは違ってね」
日もすっかり落ちて駅前は岐路を急ぐ人や私たちみたいな待ち合わせをする人で溢れている。バレンタインデーを明日に控えて、街はチョコのセールやプレゼント広告やらで、どこか浮かれた空気が漂っている。
そんな中でふと蓮子の姿に目をやると、心なしかいつもよりかっこよくキマっているように見える。
「なんだか今日は素敵ね、蓮子」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
そう言ってメリーはクスっと微笑み返した。
「ところで今日はどうしたの?」
「少し蓮子に用事があってね。立ち話も何だし少し歩きましょう。こんな中にずっと立っていると倒れちゃいそうだし」
そういって蓮子は私の手を取って歩き始めた。
大学やバイト、最近あったことなどたわいもない話をしながら歩いた。最近は互いに時間が合わず、なかなか秘封倶楽部としての活動もできていなかった。そんな中で蓮子からの久々の誘いというものは、退屈で窮屈な毎日に花が咲くようなものだった。当たり障りないような、普通の大学生のような会話をしながら一緒に歩くというのも蓮子とだったら退屈しないものだ。
蓮子に先導されしばらく歩き続けると、駅前の喧騒から少し外れた住宅街までやってきた。行く道はまばらについた街頭や家から漏れ出す部屋の明かりだけになり、少しばかり寂しく、感傷的な気分に浸りながらも私は手を引かれ歩き続けていた。
「ねえ蓮子、あなた引越しでもしたの?」
「もうすぐ目的地よ…あ、ほらあそこよ」
蓮子が指差す先を見ると、そこには小さな公園があった。2つのブランコ、小さな時計の塔、少しのベンチ。大学生になった今ではあまりに懐かしくなった場所だ。
「また随分と懐かしく、ノスタルジックになるような場所に案内されたわね」
こんな小さな公園を見かけたのは久しぶりだった。最近では外で遊ぶ子供も減ってきて、公園自体が消えていっているとニュースで見たばかりだ。
ああ、懐かしい。そう思いながらブランコに座り、少し漕いでみる。何だか少し照れ恥ずかしいが、久しぶりに乗ったブランコはとても楽しく思えた。
「暖かいコーヒーか冷たいおしるこ、どっちがいい?」
「コーヒーに決まっているでしょ」
だよね、と笑いながらわざわざ少し離れたところの自販機まで飲み物を買いに行ってくれた。着こんでいるとはいえ冷える公園の夜には暖かいコーヒーがおあつらえ向きで良く合う。
「でもどうしてこんな公園に?秘封倶楽部としての活動?」
「いいえ、今日は違うわ」
「じゃあなんでここへ?」
そう私が聞くと蓮子は少し微笑みながら、隣のブランコへ座った。
「なんだと思う?当ててみて」
「珍しく私を試すじゃない」
こんな小さな公園にいったい何があるのだろうか。周りを見渡して境界を探してみたり、意味もなく空を見上げたりしたが、何かあるはずもなく時間が過ぎていく。しばらく色々と考えてみたが思いつきすらもしない。
「...お手上げだわ蓮子。答えを教えて」
「あれ、もういいの?」
蓮子は私が答えを出せなかったのが嬉しかったのか、満足げな表情で確認してきた。いやに今日は焦らしてくる気がする。こうなると早く答えが気になってしょうがなくなってくる。
「いいから、早く答え教えてよ」
私が急かすように言うと、ニヤっと笑い蓮子が口を開いた。
「何もないわよ。」
「...え?」
何かの聞き間違いかと思ったが、そういうわけではないらしい。まさにあっけにとられるとはこのことなのだろうか。今私はすごい間抜けな顔をしているだろう。
「何もない?」
「何も、ない。」
そう答えると蓮子はこらえきれなくなったのか、無邪気に笑い始めた。
「もうメリーったら、真剣に何かないかと探し始めたり、突然考え込んだりして、もう笑いをこらえるのが大変だったわ」
あと、そのあっけにとられた顔良かったわよ。とケラケラ笑っている。
「まさかほんとにそれだけのために今日呼び出したの?」
「うーん、まあ半分正解よ」
そういうと蓮子は自分のカバンを探り、小さな箱を取り出した。
「はいメリー、数時間早いけどハッピーバレンタイン」
蓮子から渡されたプレゼントは女子大生の間でも有名なブランドの箱だった。
「開けても?」
「もちろん」
ゆっくり開けるとそこにはシンプルながらも細めの綺麗な時計が入っていた。
「こんな高価なものどうしたのよ」
「色々バイトして買ったのよ」
「でも突然どうして...」
蓮子は少し考えてから話し始めた。
「こういった記念日に渡すプレゼントには意味があるって知ってる?時計のプレゼントには『時間を共有する』って意味があってね。今日メリーと久々に一緒に歩いて一緒に話して、一緒の時間を共有したかった。そういう意味も込めてのプレゼントよ」
少し照れくさそうに話す蓮子も珍しい。それだけ考えて選んでくれたということだろう。
「本当にとてもうれしいわ。早速つけてみても?」
「せっかくだから付けてあげるわ」
私の腕を取り、時計をつける蓮子。ベルト部分は革だからサイズは問題なさそうだ。
「やっぱりメリーによく似合うわね」
時計と私を見比べて蓮子は満足げに答えた。
「でも本当にこんな高価なものもらってもいいの?」
「もちろんよ、私が選んで私が渡したかったものだから、喜んで受け取ってもらえた方がうれしいわ」
「それなら、お言葉に甘えて。ありがとう蓮子」
「どういたしまして、メリー。あ、ほらもう日付が変わるわ」
空を見上げながら蓮子が残りのカウントを始めた。
「58、59...0、改めてハッピーバレンタイン、メリー」
「ハッピーバレンタイン、蓮子」
誰もいない夜の小さな公園で、ブランコに乗りながら2人でささやかなバレンタインデーを祝った。
「そういえば、もう一つ時計には意味があってね」
公園からの帰り際、ふと蓮子が話した。
「『貴女と一緒の時間を歩みたい』って意味よ」
そうつぶやき、小走りで私の前に出て振り返って続けた。
「だからメリー、この先も、私と、秘封倶楽部と、一緒に歩みましょう」
本当に貴女は、こういう時ほどロマンチックな言葉を吐く。でも私、マエリベリー・ハーンにとってこれ以上にないうれしい言葉だ。
「ええ、喜んで蓮子」
お互い顔を見合わせ笑いあった。この先も貴女と一緒に歩み続けたい。心の底からそう願った。
「さて、メリーさんはホワイトデーに体何を返してくれるのかなー」
「気が早いわよ」
「3倍...いや、5倍ぐらいは期待しちゃおっかなあ」
「ちょっと蓮子っ!」
たわいもない、他から見たらただの女子大生の日常かもしれない。だけれど、私にとってはいつになっても忘れられない、ある日の夜のお話。
ちくしょう見せつけやがって