Coolier - 新生・東方創想話

リトルシスターズ・オープニング

2021/01/28 20:53:35
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 こつんと、聞き覚えのある小さな音が、静かな部屋に響いた。
 私はベッドに寝転がっていた体を起こさないまま、図書館から拝借してきた本の文字を追っていた目線を横にずらして、音のした方へ目を向ける。
 そこにあるのは、丸い小さなテーブルとそれを挟むように置かれた椅子が二脚。そして、そのテーブルの上には、数日前にふらりとやってきた姉と対局した時のまま出しっぱなしだった、チェス盤と駒。
 そこまで目をやって、すぐに異変に気付いた。一つだけ、駒の場所が変わっている。確か、最後の対局の勝敗がついた後、この盤面を残しておくのは癪だと姉自ら初期配置に戻してそのままだったはず。
 もう少し近くで見てみようと、読んでいた本に栞を挟んでから枕元に置いて、テーブルの元に向かう。やっぱり、一個だけ駒が動いている。見間違いじゃない。
 動いていたのは、白のポーン。それが、二マス前に進んでいた。ルール上、正しい場所だ。
 先の小さな音の発生源が分かったところで、次は音が鳴った原因を探ろうと辺りをぐるりと見回す。分かっていたことだけど、私以外に誰もいない。
 それならと、次は気配を探る。とはいえ、私はこういう気を張り詰めるような術は不得手なので、ある程度当たりを付けて。
 こんなことをした理由は置いておいて、この館に居る者でこれを引き起こせそうな者や要因を考える。まず思い付くのは、咲夜の仕業。違う。それなら、パチュリーの魔法。違う。大穴で妖精メイドの命知らずな悪戯。違う。
 私は気配を探るのを止めた。パッと思い付いたその三つが違うなら、もういい。これ以上必死に神経を尖らせて唸ったって、どうせ分からないだろう。
 次は別のアプローチ。誰が、じゃなくて、何故、を考える。
 悪戯ならもっと派手な方が楽しいし、悪意敵意を持った行動にしては地味すぎる。だから、もっとシンプルに考えて。
 私はチェス盤に手を伸ばして、黒のポーンを動かした。私が聞いた音よりも、ちょっとだけ大き目の音が鳴るように、強めにこつんと。
 すると、少しの間を開けて、また別の白の駒が動いた。これも、ちゃんとゲームが成り立つ場所だ。
 やっぱり。駒を動かしたのは、チェスで遊びたいから。これ以上ないくらいシンプルな理由だ。
 手番が返って来たところで私は、黒側の方に置かれていた椅子を引いて腰掛ける。
 ちょうど、さっきまで読んでいた本には飽きてきたところだった。姿形の見えない相手とのチェスの方が、あの本よりも絶対に面白い、いや、面白くなる。運命がどうこう言うつもりは無いけれど、そんな確信があった。




 期待外れだったかも知れない。そう思ったのは、五戦目を終えた後だった。
 最初の二戦くらいは対局相手が謎の侵入者という物珍しさであまり気にしていなかったが、続けざまに三、四、五戦と終えて、一度も危なげなく全勝となれば逆に面白くない。
 この相手、時折なかなか鋭いところを突く妙手を繰り出してくるものの、大抵それを活かす手には続かず、二、三手もすれば何故そっちをと在らぬ方向へ攻めが寄れていく。最初はその寄れも私の受けを見て徒花に終わると察してかと思っていたが、全体的な腕前を見る限り、その妙手自体が思い付きの一手がたまたま上手く嵌っただけの可能性が高いと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
 私としてはもうそろそろいいかな、という気分なのだけれど、どうも向こうはまだまだやる気らしく、自身の敗北を認める度に全ての駒を初期配置に戻して、一手目を指してくる。勝敗がついたそばから駒が勝手に元に戻るのは楽だけど、一手目までがセットなのはちょっとせっかちだと思う。
 それはこの六戦目も、どれも変わらない。五戦目の終了及び片付けが終わって早々、六戦目の開始を向こうの白のポーンが告げ、中盤辺りにいい手があったが上手くは実らず――実らせず――、もう勝負は終盤どころか実質終局間際だ。
 黒のナイトとクイーンに踏み荒らされていく白には、もう碌な駒は無い。チェックメイトまで持って行くにはもう少し手番が必要だが、後は流れ作業と言ってもいいくらい。
 六戦目も、もう私の勝利で大勢は決しただろう。そんな盤面になった相手の番、私はつい欠伸をしてしまった。
「ふあ……」
 特に意識せず、右手で口元を隠したその瞬間、ナイトのこれ以上の蹂躙を止めようと動き出し掛けていた白のビショップが、かつっ、と音を立てる。
 それは、駒をチェス盤に置いた音じゃなかった。落ちたのだ。目的の場所に動かす途中で、手から零れるように。落ちた高さこそ大したものではなかったが、チェス盤に対し斜めに落ちたビショップはあらぬ方向へ跳ねて、チェス盤の外へと跳んでいく。
 私は欠伸をしながらもテーブルの下に無意識に視線と左手が伸び、手の平に少しの衝撃と重みがくる。ナイスキャッチ。
 しかし、そんな心持ちに浸るのも束の間、テーブル下の左手の方に向けていた瞳にあるものが映っているのに気付き、一度だけ瞬きした。
 手がある。ビショップを床との激突から救った私の下に、添えるように。もしも、私が上手く駒を拾えていなかったら、この手が拾っていただろう。
 私は、チェス盤の脇に伸ばしていた視線と左手を、テーブルまで持ち上げる。
 目の前には、一人の少女がいた。
「ごめんね、落としちゃって」
「次は気を付けること」
「はーい、ありがとー」
 差し出された手の平にビショップを乗せて返すと、少女はビショップが元々あった場所を思い出しつつ、えーっと唱えながら人差し指で動けるマスを確認し直した後、改めて駒を置いた。
 一方、あとはチェックメイトまで持って行く作業と半ば化している私は、すぐに駒を動かして相手に手番を返しながら、目の前の少女に話しかける。
「貴方は一体、何をしに来たの?」
「んー? 別にこれと言って無いよ。大きなお屋敷があったからお邪魔して、色々見て回ってたらここを見つけて、誰かいるな、チェスがあるなって思って……」
「今に至る」
「そうそう」
「でも、自分からチェスに誘った割にはあまり強くないのね」
「お姉ちゃんとたまにするくらいで、動かし方とちょっとしたコツくらいしか知らないもの」
 私は口も手も止めず、少女は口は止めずに手は時々止めて、話しながら戦場の時を進めていく。もう、終戦が近い。
「そもそも、相手してくれるとも思ってなかったし。その時は私のこと、見えてなかったでしょ?」
「最初から貴方が見えていたら、私はきっと相手してないわ」
「おー。こういうのって何て言うんだろ、運命の悪戯?」
「どうだか」
「……あー。こうなるともう私の負けね」
 そうこう話しているうちに、相手のキングは端にポツンと一人。自軍を加勢に向かわせようにも、あと三手は掛かる。それだけあれば、もう私の兵士が王を討つだろう。
 結果、六戦目も危なげなく勝利した。
 六連敗を喫した少女は、負けを認めるとからからと笑いながら、駒を戻していく。だけど、全てが元通りの位置に戻ったところで私は右手をひらひらと振った。
「もうチェスはおしまい」
「えー、終わり? 私が見えるから?」
「それは関係ないわ。単に、退屈だからよ。もう少し貴方が強ければ、まだしてあげても良かったんだけど」
 左腕で頬杖をついて、振っていた右手を軽く握る。
「だから、再挑戦はもっと強くなってからにしてね。また、欠伸が出ちゃうから」
 言い終わったのに合わせて、本当にまた欠伸が出てしまい、捻りかけていた右手で口元を隠す。次の瞬間には消えてしまう相手でも、そんな顔を見せるのは流石にはしたない。
「あー! そう、それ!」
 刹那、少女は急に大きな声を張り上げるとテーブルの縁に手をついて、こちらに身を乗り出して来た。手を伸ばしすらせずとも手が届くほどに近い距離まで接近され、視界が殆ど少女しか映らなくなる。
「貴方のその仕草、上の階で見た人にそっくり。もしかして、あの人は貴方のお姉さんか妹さん?」
 少女の言っているそれが誰かは言われずとも分かる。そういえば、色々見て回ったと言っていたっけ。
「貴方も妹だと嬉しいなー。運命って感じで」
「私は別に嬉しくないわ」
「そんな言い方するってことは、やっぱり私とお揃いなのね。ねえねえ、貴方はもう気分じゃないみたいだから今日はここでおいとまするけど、また遊びに来てもいい? 見えても相手してくれるって言ってたし、ちゃんと強くなってくるからさ。いいでしょ?」
 体を乗り出した至近距離のまま、捲し立てるように少女は言う。初対面の相手にもかかわらず、人のパーソナルスペースというものを気にしない少女だ。いや、他人のそんなものを気に掛けるという発想すらないのかも知れない。
「謎の侵入者が、無事に帰れると思っているの?」
 そんな少女の頬の傍らで、右手をもう一度、緩く握るように構える。すると、少女はテーブルの縁をとんと押して乗り出していた体を椅子にぽすんと収めると、丈の余った袖で口元を隠してくすくすと笑う。
「平気平気、心配無用。五体満足で帰りますとも。だって私、強いもの」
「チェスより?」
「チェスより」
 ついさっきまでは感じなかった敵意が、僅かに地下室に漂う気配を感じた。でも、目の前の少女はにこやかな笑顔のまま、椅子の上でゆらゆらと楽し気に肩や脚を揺らしている。一方で、見合った瞳――私を映しているのか分からない――は、一切揺れない。
 なるほど。これは確かに、私がちょっかいを出しても五体満足で帰るだろう。私も、つい頬が緩んでしまう。
「ふふ、いいわ。このまま帰してあげるし、待っててあげる。妹同士のよしみで」
 それなら、綺麗に整ったチェス盤が乱れない選択肢を選んだ方が賢そうだ。
「よかった。駄目って言われたら、今日のお洋服はもう着れなくなっちゃうところだったわ。じゃあじゃあ、また遊びましょうね。お姉ちゃんといっぱい練習してくるから、楽しみにしててねー」
 少女は満面の笑顔を見せて立ち上がるときちんと椅子をテーブルに収め、ぱたぱたと扉の方へ向かうと鍵のかかっていない戸を開けて、この部屋から出ていく。最後に、扉を締め切る前にこちらを振り向くと、手をふりふりと大きく振った。
「ばいばーい」
 それに右手を軽く持ち上げるくらいで応えると、少女はにこりと小さく笑って、軽やかな足音を立てながら上へと向かっていった。
 お互いに、名前すら聞かなかったし名乗らなかった。あの少女が人間ではないのは確かだけど、どんな妖怪か、そもそも妖怪に属するのかすらも分からなかったけれど、その必要も無い。そんなのを知るのは次の機会でいい。
 私は椅子の背もたれにさっきよりも少しだけ深く身を預けてから、何も駒が動いていないチェス盤を見やる。必ず、あの少女はまたここに来る。今だけは運命とやらを信じてもいい。
 ほんのりと感じていた眠気は、もう吹き飛んでいた。





 こつんと、白のポーンがチェス盤を叩く小さな音が、静かな部屋に響いた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
奈伎良柳
https://twitter.com/nagira_yanagi
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
4.100サク_ウマ削除
こいフラたすかる。静かな雰囲気すきです。
5.100名前が無い程度の能力削除
綺麗なこいフラでした
6.80名前が無い程度の能力削除
良い感じのこいフラでした。
助かりました、有難う御座います。
7.90めそふらん削除
こいフラの雰囲気が良かったです。
9.100南条削除
面白かったです
雰囲気がよくてするする読めました
10.90名前が無い程度の能力削除
白と黒の駒から始まる二人の関係。落ち着いた雰囲気で良かったと思います。味わい深く読ませていただきました。