Coolier - 新生・東方創想話

妹紅の杞憂

2021/01/22 23:00:20
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「昔の中国には、美しさを追い求めて不老不死になろうとした王が居たらしいな。今となっては理解に苦しむね」
「あら? そうかしら。私には解るわ、その気持ち」

 輝夜が言葉を吐こうとする度に、右胸に突き立てられた竹、その周りから血混じりの空気がぷしゃっと吹き出す。妹紅は、馬乗りになるようにして輝夜に跨っていた。つい先ほど地面に叩きつけられた妹紅の側頭部は、まるで缶にそうしたように、ベコリと凹んだままだった。

「でも少なくとも、あの頃には興味があったんでしょう?」

 輝夜が笑みを浮かべるのを見て、妹紅はその顔を思い切り殴打した。かつて帝を、父親を傾かせた絶世の美女、その女の顔の原型が無くなるまで殴り続ける。

「ぶっ、じゃなきゃ、人を落としたり、なんて、できな」

 首を絞めながら、握り込んだ爪が手の腹に刺さって血が出ているのにも構わず、妹紅は拳を振るう。違う、違う、違う、その通りだ。妹紅は最悪の気分だった。最近は輝夜をボロボロにして勝てているのに、そんな事を言われてしまったら、勝っている気になどなれたものじゃない。

「その、話は、私、の、黒歴史ランキング堂々の1位だよ」

 言葉の合間合間に力を込めて叩く。もう既に、相手の脳が機能を止めている事に気がつくと、妹紅は輝夜の体から降りた。折れた歯が指に突き刺さったのか、右手のあちこちから血が流れていた。
 少し頭を冷やそうと思い、胸ポケットに入っていてはずの煙草を探る。そこにあるはずの胸ポケットは既に無かった。なんだか虚しくなってきて、妹紅は草むらの虫を払って枝をへし折ると、どっかりと腰を下ろした。

「いはいぎゃあぃ(痛いじゃない)」

 意識が戻ってきた輝夜は、まだ元に戻らぬ顔のままでむくりと体を起こした。一張羅に、閉まらなくなった口から落ちた血がぼたぼたと染みていた。

「ごめんな」

 一寸もそうは思ってはいないような口ぶりで、妹紅は返した。

 その夜は、寝待月の綺麗な夜だった。丁度あの時と同じだ。満月が終わり、下弦の、まだ完全に半月とは言い難い、丸みを帯びたあの月だ。ということは、今日の殺し合いは随分と長引いてしまっているのだろう。

「怒っちゃったかしら?」
「いや、もう、別に」

 輝夜が這い寄ってきて、妹紅の隣に座る。治り切らない、両目の潰れたままのグロテスクな顔を近づけてきたので、妹紅は無理矢理押し返した。心なしかしゅんとした表情をしているような気がする。
 妹紅は潰されていた頭をさする。既に元通りの形になっていたようだ。いつもは患部をさすれる腕が残っているだけで大健闘と言えようが、それ以上に妹紅より輝夜の死んだ回数が多いことが奇跡的だった。

「あのさ、お前手加減してなかった?」
「ええ? 別にしてないわ。ただ、ちょっと他のに気を取られていただけよ」
「……私のことだけ考えてくれよ」

 少しずつ視力を取り戻した輝夜は、竹林の切れ目から月を見上げていた。澄んだ瞳に、涙のような月が瞳孔として刻み込まれた。暫くの間、二人の間にはえも言われぬ沈黙のみが漂って、趣深い情景に浸っているようだった。
 おもむろに、妹紅が口を開いた。

「なぁ、何で月なんか見てるんだ? ずっと住んでて、しかもこっちに来てまで千年もの間、とうに見飽きただろうにさ」

 輝夜は月を見つめる目を細めた。唇が笑み、彼女は歌うように言う。

「きっと、風流な詩歌を読みすぎたせいね」
「お前に風流が分かっていただなんて驚きだよ」

 フンと鼻を鳴らして、妹紅は言い放つ。一陣の嫋やかな風が竹の葉をサラサラと鳴らして、彼女の近くに咲いていた小さな紫の花を揺らした。花びらは、誰に別れを告げるでもなく、ふわりと流されていった。

「月に叢雲、花に風ってか」

 言の葉に応じるように、細く靡いた雲が月にかかり始めた。更なる闇——しかし同時に、それは微かな月明かりでもあった——が二人の頬を染め直す。
 妹紅はその闇の匂いを嗅いで、ふと眠気がある事に気がついた。どうせここいらでお開きだろう。

 妹紅の思いに応えたかのように、竹林の奥から、誰かを呼んでいる声が二つ聞こえてきた。やがてその声は近づいてきて、ガサガサと草むらからその姿を現した。

「はぁ、やっと見つけたぞ、妹紅」
「姫様、あまり遠くに行ってはいけないと言ったでしょう」

 保護者二名がやってきて、二人の肩を抱えるようにして抱き起す。ぱんぱんと尻についた土や葉をほろい、必要以上に心配した素振りで、慧音と永琳はしきりに服の破けた箇所やケガを確認していた。

「すいません、うちの妹紅がいつもお世話になって……」
「いえいえこちらこそ、うちの姫も……」

 ぺこぺこと行儀を続ける慧音と永琳の影から、輝夜がべっと舌を出したので、妹紅はそれに応えて首を掻き切る仕草をして見せた。二人は引きずられるようにして保護者に連れ去られていった。


「今日は服が原型を留めてるな。あんまり激しくはやらなかったのか? あんまり馬鹿みたいに殺しあって体を粗末にするのはやめてくれよ。見ているこっちは恐ろしいんだ」
「いいや。いつも通りの激戦だったよ。聞いてよ、今日は輝夜のやつをいっぱい殺してやれたんだ」

 やれやれと言った顔で慧音は妹紅を見つめる。丁寧に継ぎ接ぎだらけの服を縫い合わせ、もう元の生地は残っていないのではないか、と疑うようなテセウスの船状態のモンペとシャツを、慧音は人が人らしく着ることができるような形に戻していく。
 
「それにしてはあんまり嬉しそうじゃないな」
「んん、そうかな」

 妹紅は否定気味に言うが、実際心の中で喜んではいなかった。それというのも、輝夜が今日は何故か真剣に殺し合ってくれなかったからだ。3日ほど前に戦った時は普通に実力をぶつけ合って勝てていた感じだった。それなのに今日のは何だったのだろう。気を取られていた、と言っていたのも、あの後しみじみとしながら月を見上げていたところから、そっちに意識が飛んで行っていたのだろうと妹紅は思った。
 しかし、そうなると余計に不思議だった。このかた、輝夜が月に見惚れていたところなど見たことは無い。それも最中になのだから、よっぽど気になるところでもあったのだろうか。妹紅は慧音に送ってもらって家に戻った後も、布団に入って寝付くときもそのことについて考えるのをやめることができなかった。

    ◇

 次の日の朝には、その悩みは妹紅の頭からほとんど抜け落ちていた。彼女は少し前に拵えた木炭、竹炭を人里で売り歩くため、朝早くに目を覚ました。それを売った金はヤニと衣服用の安い生地に溶けていくのだが。

「あら? おはようございます」
「おお、おはよう鈴仙ちゃん」

 竹林の分かれ道で、妹紅は薬売りの姿の鈴仙を見かけた。彼女もまた人里で薬を売るために出かけているようだ。目的地が同じなので、妹紅と鈴仙は並んで人里を目指し始めた。

「こんな時間に出てくるなんて珍しいわよね」
「ああ、そろそろ金が尽きかけてきてるからな。寺子屋も冬休みで、慧音のとこで働かしてもらうことも出来ないからさ」
「ちゃんと自立してて偉いですよ。うちの姫様にも見習ってほしいわ」
「私はあの蓬莱ニートがうらやましいよ」

 妹紅は、鈴仙が輝夜について触れたせいで、昨日のことを思い出した。そういえば、住むところも同じ鈴仙ちゃんならば、何かあいつが変な風になっている理由がわかるかもしれない。妹紅はそう考えて切り出した。

「なあ、輝夜のヤツ、なんかおかしなところとか無かったか?」
「え? 別になかったと思うけどなあ」

 鈴仙は思い出すように人差し指を顎につける。ぐつぐつという雪を踏む音だけがしばらく聞こえた後で、鈴仙はいきなりポンと手を叩いた。

「そう、そうだ、最近姫様は風流とかそんなのにハマってて色々とおかしいのよ」
「風流? そういえばそんなこと言ってた気もしなくもないな」

 妹紅は、輝夜が月を見上げていた姿を思い出した。なるほど、さしずめ何かの物語に影響を受けての事だろう。前までは永遠! 穢れ無き絶対の狂気!! などと物騒な月人感ごり押しの女だったはずだが。

「何? 姫様の心配?」
「んなわけ。昨日の逢引で変に手抜きしやがったんだよ」
「そういえば昨日の姫様はダメージが凄かったかも」

 話しながら歩いているうちに竹の数は減っていき、二人はやっと人里へと出てきた。人々はそろそろ起きだすくらいの時間になる。

「じゃあ、私こっちから回らないといけないから」
「ああ、じゃあね、鈴仙ちゃん」

 鈴仙はウサギ耳が完全に隠れているのを確かめて笠を深くかぶり直すと、手を振って通りの西側へと入っていった。妹紅は姿が見えなくなるのを待ってから、声を張って客寄せを始めた。

「炭ぃ、炭はいりませんかぁ」


 日が昇ってしばらくたつ頃には、妹紅は予定より幾ばくかの金を儲けていた。何年も続けている商売なので、それなりに商売の術も鍛えられていた。子供のころから顔なじみの人間もいて、そういうところに買ってもらえたりもしていた。

「炭ぃー。良質な竹炭、木炭だよー」
「すみません。炭売って下さいな」
「はいはい……ってあんたは……三泊八日」
「魂魄妖夢です」

 妹紅を引き留めたのは白玉楼の従者、魂魄妖夢だった。背中には唐草模様の風呂敷で包んだ大荷物を抱えており、まるで泥棒のようだった。

「どうも。残ってる炭全部買ってもいいですよね?」
「え、まあそりゃ構わないけども……その荷物は?」
「死活必需品です」

 妖夢はぐいぐいと風呂敷を背負い直して、首から下げていた桜模様のがま口財布から金を取り出して支払った。妖夢の慣れたような仕草と、その荷物の量にあっけにとられながら、妹紅は炭を渡そうとした。しかし、これ以上妖夢が何かを持つ余裕があるようには見えない。

「えっと、あの、持ってついてこうか?」
「いや、結構です」

 妖夢が断るので、妹紅は仕方なくそっと炭を入れた麻袋を手渡した。しかし、妖夢がそれを受け取るために手を伸ばそうとすると、風呂敷の中に入っていた包みがぼとぼとと零れた。

「あの、その、ついて来てください」
「はい」

 さすがに無理があると悟ってくれたのか、妖夢は少し耳を赤らめながらそう言った。

    ◇

 妹紅は結局、石鹸やら蝋燭やらも持たせられて、危なっかしい飛び方をする妖夢を追って冥界に入った。
 冥界といえば死霊の飛び交う場所なので、洞窟のように冷たいのだろうと妹紅は思っていたが、いざ門を抜けてみると春のように暖かい場所だった。咲き乱れるは桜、その花びらは散ったそばから生え続けるもので、長い長い階段には桜色の絨毯が敷かれていた。左右の灯籠は儚げな光を放ち、そこを登る者の影を編まない。水晶のような鳳蝶が、花吹雪と見紛う程の群れをなして踊っている。

「すごい……桜の音が心地いいね」
「あら。貴女にも聞こえるの?」

 石段の頂上で、妖夢が仕える屋敷の主人である幽々子が待っていた。人に非る佇まいをした彼女は、扇で口元を隠しながら静かに微笑んだ。

「おかえりなさい、妖夢ちゃん」


「ありがとうねぇ、妖夢ちゃんのこと手伝ってもらって」
「ああ、その、気にしないでください」

 妹紅はあまり人と関わるのが得意ではなかったので、正直殆ど関わり合いのなかった幽々子の前で非常に気まずかった。妖夢が「用が済んだので帰っていいですよ」と礼儀もクソもない事を言ってくれたのがそこそこ有難かった。しかし手伝ってもらった人の手前、幽々子は妹紅のことをもてなさない訳にはいかないと考えただろう。そうして妹紅は仕方なくお茶をあがっているのだった。

「そういえば、貴女さっきは桜の音がいいって言ってたでしょう? 平安の時の方だって聞いてるし、やっぱり歌詠みがおできになるのかしら?」
「いや、私は歌はからっきしだから、なので……遊びとかはできないです」

 妹紅はポリポリと頭をかきながら、俯いて縫われたばかりのもんぺを見つめていた。もう帰りたい。彼女の頭の中は既にその気持ちでいっぱいだ。

「あらそう。この間は貴女と同じような、平安の蓬莱人が来てくれたから、集まって歌読みでもどうかなと思ったのだけれど」
「ほ、蓬莱人? 輝夜のことか?」

 妹紅がばっと顔を上げると、幽々子はそうなるのを意図していたかのような顔でニコリと見つめていた。

「ええ、そう言う名前だったわ。一昨日だったかしら?」
「おととといです」

 妖夢が要領を得ない返答をしながら自分の湯呑みに茶を注いだ。おそらく3日前という意味だろう。

「もしかして、何か変なことっていうか……教えました? 輝夜に」
「うーん、ちょっと物語しただけよ。何か彼女にあったのかしら?」
「別に、悪いことがあった訳じゃないんだけど……」

 妹紅は何となく輝夜が風流云々に関心している理由について分かってきた。この亡霊姫が何か吹き込んでしまったに違いない。咎めるような事ではないのだが、もしこのまま輝夜が変に本腰入れないままになって、最終的に殺し合い、スペカバトルから歌詠み合戦なんてのになってしまったらたまったものではない。最悪だ。

「変に月だったりとか気にしてばっかりで、ちゃんと私に向き合ってくれないんです。どうしたらいいんだろうと思って」
「あらあら」

 幽々子は暫く考え込んだが、やがて一言でこう片付けた。

「仕方ないじゃない。そこに美しさがある、って知っていた事を知ってしまったんだもの。美の呪縛からは剥がせない」

    ◇

 妹紅が浮世に戻った頃には、既に日が落ちかけていた。彼女の足取りがなんとなく重く感じられたのは、白玉楼でたっぷりと持たせられた金のせいだけではなかった。

「んー……ずっとこのままって事はないと思うけど……何だかなぁ、嫌な気分だ」

 帰りがけにヤニを買う気力もなく、妹紅はとぼとぼ竹林を歩いて帰る。日が山の端に折られて、聳える竹の影が浮き上がった。黄昏が満ちる。

 ふと妹紅が足元から目線を上げると、そこには人の大きさをした影が一つ。周りとは雰囲気が違く、そこの温度だけが僅かに高いように感じた。人影は、呪いの言葉だろうか、何か尺のようなものを持ってブツブツと言葉を唱えている。只者ではない、妖怪だろうか。妹紅は緊張して、いつ飛びかかられてもいいように構えて言った。

「誰だ」

 鼓動が高鳴る。来るか? 日が沈みきり、逆光が止み、その輪郭が鮮明に浮かび上がった。

「妹紅?」「輝夜?」

 そこに立っていたのは紙と筆を持った輝夜だった。

「何してんだ、こんな時間に一人で」
「見てわからないかしら? 私は詩歌を嗜んでいるのよ」

 輝夜は自慢げに妹紅に聞かせる。妹紅は若干諦めたような、呆れたようなため息をついた。輝夜の足元には何枚か、完成された歌が置かれているようだ。

「ほぉん。ちょっと見せてみなよ」
「あっ! ダメっ!」

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太陽が
  沈むよきらきら
      綺麗だな 
                      輝夜
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「ぶっ、ぶはぁはははははは! まじかよ輝夜!」

 どうやら絶望的に輝夜にはセンスがないようだ。寺子屋の子供でもこれよりいいものが詠める。妹紅が堪えきれず爆笑する中で、輝夜は顔を真っ赤にして、筆を握りしめる。

「はぁーあ、変に落ち込んで損したよ」
「はぁ? 何言ってんのよ! 私の趣ある言の葉を侮辱したわね!」
「趣w」

 輝夜はとうとう怒って紙と筆をかなぐり捨て、妹紅に飛びかかった。

 その日の殺し合いは、輝夜の圧勝だったという。
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面白かったです
妹紅たちが仲良さそうでよかったです
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平安時代にあれだけ良い歌を詠まれてきたのに、自分はてんで駄目な輝夜笑う。
平和な殺し合い、良いっすね
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良かったです