Coolier - 新生・東方創想話

創作論

2021/01/22 12:19:09
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 その殺人には、姦淫を働いてしまったような背徳感と、長年夢見ていた目標を果したような達成感を伴っていたが、それほどの危機感というか焦りというか、禁を破った罪悪感みたいなものは、不思議とそれほど感じなかった。この小さな男の子を殺したとき、わたしは「こんなものか」と思った。大昔にたくさんの人を殺し、それからは禁酒ならぬ禁殺で生きてきたわけだけど、数年ぶりに人を殺した「反動」みたいなのがきて「もっと殺したい」とか思うようなことがなかった。むしろ「またか」と思ってしまった。わたしの殺人衝動は大昔からいままで続いていたのだ。

 けど、まあ、昔との違いとして、人を殺したら迷惑を被る人がいるということ。被害者を除いて。彼女らのためにわたしができることと言えば、この哀れな男の子の死体を、だれにもばれないように水底に沈めてしまうことだけだった。あらゆる水死体がそうであるように(少なくとも、わたしはそれしか見たことがない)、この子も浮く。浮いたまま目を見開き、絶望と無力間、理不尽に対する抗議をするかのように目を見開いている。恨みがましいなどという生易しいものではない。彼から魂はとっくに抜け落ちているけれど、その双峰には激しい憎悪が渦巻いていた。

 死んだ人の顔をまじまじと見るのも久々だな、と思った。数千年前、わたしが殺しのピークを迎えていたときは、大きな船ばかりを沈めていたから。人そのものを殺すというより、船を沈めることに達成感を得ていたのだろう。怨みとか悲しみはもうなかった、と言えば嘘になるが、わたしがただ怨みとか悲しみだけで人を殺すのだとは思われたくなかった。つまり、思想を感じてもらいたかった。場当たり的な殺人だとは思われるのは我慢ならないし、わたしに殺される程度の人たちに馬鹿だと思われるのも我慢ならなかった。

 この男の子は、どういう気持ちで死んだのだろうか。もしかしたら、ただ苦しいと感じていただけかもしれない。工夫が必要だ、とわたしは思った。この子を殺したのがわたしだとバレることに、聖や一輪たちに迷惑がかかるという理由以外で憚る謂れはない。だから、もしバレてしまったときに、わたしからはなにかしらの思想を感じさせなくてはならない。大義名分が必要だ。

 水面にぷかぷか浮かぶ男の子を、わたしは担ぎ上げ、陸にあげた。はじめてのことだった。一度沈めた相手を陸に戻すのは。それだけに新鮮な感覚で、ワクワクした。なんだって始められるような気がした。
 わたしは破壊する。この子の尊厳を、これから破壊する。
 「なにをしようか!」
 上擦った声で、だれにともなく言った。友達が家に遊びに来たような感じだった。こんな声を出せるということに自分でも驚き、同時に、こんな声が自分の中にあってはならない、という気持ちも湧いてきた。ここまでしておいて、今更ながら、いまならまだ戻れるのでは、と踏みとどまりそうになった。わたしは地べたに座り込んだ。幸い、この湖に人が来ることはほとんどない。考える時間はいくらでもあるはずなのに、わたしはだれかに急かされていた。気配も感じないのに、周囲をキョロキョロと見まわさなければ気が済まなかった。

 気を引き締めた。こんなことではいけない。わたしはもう殺してしまったのだ。取り返しのつかないことをしてしまった。最悪なのは、後戻りができないことじゃない。自分の通ってきた道はなんの意味もなかった、と指差されることだ。幸いにして、意味なんか後から幾らでも付け加えられる。どうぞ、わたしの知らないところで好きなだけ、この子が死ななければならなかった理由を議論してください。
 わたしは考えた。この子が死ななくてはならなかった客観的事情を。理路整然ではないにしろ、完全に理解できないわけではない犯人の心理を。
 決めた。睾丸を潰す。
 
 わたしは立ち上がり、男の子の両足を持ち上げ、開いた。ごくりと生唾を飲む音が、やけに遠く聞こえた。体が自分のものではないみたいだ。あり得ることだ、と思った。たぶん、心を守る本能みたいなものが働いているのだ。これをやったのは自分ではない、だから大丈夫、みたいな。
 利き足を後ろに引いた。肺から重たい空気が登ってきた。足を勢いよく前に出しながら、本当に潰れたらどうしよう、みたいなことを考えた。
 鈍い音が鳴った。手応えがあるようなないような、よくわからなかった。ただ、丈夫ではないことは確かだから、挑戦する甲斐はあった。
 なんなら、と思った。最初は完璧じゃない方がいいかもしれない。不完全に損壊した死体は、犯人の必死さを表現するかもしれない。何度も蹴り上げながら、この小さな男の子で自分の感性を表現する方法を思案した。
 ……最初は?
 ことをやり遂げて、死体をあらためてから抱いたのは「次がありそうだな」という感想だった。

 思想を感じさせる、という点では完璧な仕事だと思う。呼吸を整えながら、わたしは水面に顔を近づけた。表情が崩れていくのをどうしようもなかった。これで終わりじゃない。この殺人に意味を持たせるには、第二、第三の殺人が必要だ。今回は意図的に「完璧」からズラした。次から少しずつ完璧にしていく。
 そのために、
 これは仕方のないことだ。
 これは仕方のないことだ。
 これは仕方のないことだ。
 これは仕方のないことだ。
 これは仕方のないことだ。
 沈んでいく。沈んでいく。
 或いは、自分から潜っていく。

 水面に映るわたしは、泣きながら笑おうとして、どちらにも失敗していた。
 見せびらかすのは好きじゃないから、なるべくわかりにくいところにこの子を隠さなければならない。自分から見つけやすいところに置くのと、隠した上ででだれかに発見されるのは、ぜんぜん別のことだった。
 血の海から男の子を拾い上げる、そのときだった。がさ、と音がした。わたしがやろうとしていることとは、真逆の意味を持つような音。その音は、わたしに気付かれるために自分から鳴っているような感じだった。

 音の方を向いた。見知った顔だ。古明地さんのところの妹。さも当たり前のようにそこにいた。そこら中に覗き見するのに適している木がたくさん生えてるというのに、こいしちゃんは堂々とわたしの前に立っている。たぶん、一部始終を見られている。男の子を沈め、わたしなりの芸術に仕立て上げるところまで、ぜんぶ。
 わたしは落ち着いていた。こいしちゃんが少しでも怯えたりしていたら、慌てて取り繕っていたかもしれない。けれど、彼女はそう言った感情をおくびにも出さない。むしろ、まるで弱肉強食の世界の一端を垣間見たときのような、ある種の感動さえ瞳の中にたたえている。当たり前のことなのだ。この世界で妖の類が人間を殺すことは。
 なぜ彼女がここにいるのかとか、そういう詮索をするのは野暮なんだろうし、おそらく、彼女自身にもわからないのだろう。

 こいしちゃんがあまりにも平然としているので、わたしまで落ち着いてきた。あまりにも落ち着きすぎて、言葉すら出てこない。わたし達の間に「睾丸が破裂した子供の死体」という格好の話題のネタがあるというのに。
 空気に心が馴染むのを待った。それまで、絶対に彼女を見失わないように用心する。なんと言っても、こいしちゃんは告げ口魔で有名なのだから。
 「あ……」自分の声が、自分のものではないように感じられた。「こいしちゃん?」
 「なあに?」
 「その……」言葉を探す旅が始まった。「あのね、こいしちゃん」
 弁解をすべきか、口封じの策を模索すべきか、判断がつかない。いっそ、こいしちゃんが「ドッキリでした!」なんて言ってくれたらいいのにと思った。
 「ね、お姉さん」
 意識していないタイミングで呼ばれたので、必要以上に身構えてしまう。無意識のうちに、彼女へ向ける目が細められる。乗せられてしまっている。あの子にそのつもりがなくとも、ね。
 
 わたしはこいしちゃんの言葉を待った。五秒か十秒か一分か待った。喉から手が出てくるくらい待ち詫びた。
 そして、彼女は男の子を指差して、言った。
 「お姉さん、それ、持ち帰っていい?」
 「えっ、ダメ」
 「……」
 「……」
 「欲しいな」
 「ダメ」わたしは男の子の前に立った。「ダメですよ、絶対」
 「使うの?」
 「え?」
 「お姉さん、それ、使うの?」
 「どちらかと言えば、まあ、はい」
 この男の子の死体が発見されたときに「犯人になにか思想があるように見せる」ために使わなくてはならないので、わたしの返事は嘘ではない。
 「そっか、使うんだ」
 こちらとしては納得いかれたことに納得できないけど、とにかくこいしちゃんは納得した様子だった。
 
 「お姉さん?」
 と、まったく気づかないうちに距離を詰められていた。こいしちゃんがわたしを覗き込んでいる。閉ざされたサードアイは、もうその役割を果たすことなどないはずなのに、わたしの心を見透かしているような気分になる。
 「お姉さん」
 「な、なんです?」
 「それ、ちょうだい」
 「……」
 「ちょうだい」
 「ダメ」
 こいしちゃんは一瞬、思案顔になって、
 「ください」
 「言い方の問題でなく」
 「えー」
 
 ここまで引き下がられるとは。もしかしたらこの少女は本当に死体が入り用で、これがなかったら身内が死んでしまうとか、そういう危機的な状況に陥っているのかもしれない。
 「なにに使うんです、あなたは」
 「家に飾るの」
 「はあ」わたしのやろうとしていたことも似たようなことだけど、この娘がやろうとしていることはまったく理解できなかった。「家に?なんで?」
 「ねー、くれないの。くれないと言いつけちゃうよ」
 そう来たか。って言うか、まあそうくるよね。彼女なりの良心があったんだろうか、それとも、最終兵器として出し惜しんでいたのだろうか。

 さてと、どうしようか。この娘を殺すという選択肢は真っ先に思い浮かんだけれど、それはわたしのやり方に反する。最初が肝心なのだ。こいしちゃんに睾丸があるなら話は別だが、わたしは男の子のみを殺さなければならない。それに、彼女の姉を怒らせるのはお寺にとってもよくない結果を運んでくるだろう。あの姉は、目に入れても痛くないほどにこの娘を愛している。
 実際のところ、下手人にとってこの提案は涙が出るくらい嬉しいだろう。自分の罪の証を引き取ってくれるのだから。それも、絶対に人が寄り付かないような場所に。だからこそ、わたしはこの死体を手放したくない。この男の子は発見されなければならない。でなければ、わたしに殺された甲斐がない。

 「ダメ」わたしは言った。そう言うくらいしかなかった。「ダメよ、ねえ……お願い、お姉さんを困らせないで」
 「あれもダメ、これもダメ。ねえ、じゃあ、なんならいいの?」
 なんにもダメよ、そう言いたいのをぐっと堪えた。彼女にとって、この死体と同程度の価値を持つものがなんなのかわからない以上、なにを交換に出せばいいのかわからない。
 と、いきなり思いついた。
 「じゃあ、そう……また作ってあげる」
 こいしちゃんは首を傾げた。憎たらしい、というのが率直な感想だった。
 「いいでしょ?これと同じのをまた作ってあげる。それをあげる」
 「また殺すの?」
 「そうです。わたしは、また殺します」
 「へえ……」
 「これじゃないとダメ、ってわがままを言うつもりなら、これはわたしにとっても大事なものなの。これじゃないといけないの。お願い、わかって」
 こいしちゃんは楽しそうに微笑んでいる。感情を見せてしまった。失敗だった。彼女の目的が「わたしを困らせること」に移ったら、これほど厄介なことはない。きっと彼女は、わたしを困らせる方法を百ほど知ってるはずだ。
 
 「そっか、じゃあ、わたしもやっていい?」こいしちゃんが言った。
 「な、なにを……?」
 「一緒にやろうよ、楽しそうだから。ね、ね、いいでしょ」
 「だから、なにを……」
 「わたしもね、やったことあるよ」
 こいしちゃんは得意げに笑い、それからわたしの唇に自分の唇を重ねた。
 突然の出来事に、わたしはこいしちゃんを押し除けた。こいしちゃんは地面に尻餅をついたが、痛そうにするでもなく、笑っている。
 わたしの唇はやけに粘っこかった。緊張していた。こいしちゃんはぺろりと舌を出し、言った。
 「去勢」


 もはやわたしの中にある殺人衝動は、わたしのものではなかった。どう言うことかと言うと……あれ。
 忘れてしまった。
 わたしはこいしちゃんと協力することにした。そこに至るまでの、精神的苦痛を伴う道のりを選択するのは決して楽なものではなかったけれど、協力した方が楽だというのが結論だった。
 わたしは子供を殺さなくてはならない。なぜなら、既に子供を殺してしまったから。一人だけじゃ飽きたらない、というのが理由ではなく、一人だけ殺してもなんの証明にもならないから。
 だけど、大勢を殺すのは一人じゃ難儀だ。協力者は必ずしも必要というわけじゃないけど、なにかを証明するのに絶対に一人でなくちゃならないという必要もない。
 とどのつまり、本当に証明しなくてはならないことなど、なんにもないのだから。そう見えるだけでいい。一人でやらなきゃいけない掟も理由もない。

 というわけで、わたし達はその日のうちに別の子を拐い、また例の湖に沈めて殺した。はっきり言って、乗り気じゃなかった。しかし、抵抗されればされるほどに、
 「殺したい」
 という気持ちが湧き出てきた。人間の男の子の抵抗など取るに足らないものだったけど、やり遂げたあとには、やはり小さな達成感があった。
 「お姉さんてさ、こういうときだけ楽しそうだよね」
 一仕事を終え、陸に戻ったわたしにこいしちゃんが声をかけたけど、わたしは無視した。新鮮な男の子の死体を引きずり上げる。
 「ほら、これ、あげますよ」
 わたしは、自分の手でたったいま作り上げたばかりの、男の子の魂の抜け殻を顎でしゃくった。こいしちゃんは興味なさげに首を振った。喜ばれるとは思っていなかったけど、無関心に振る舞われるのはお門違いも甚だしい。
 
 「まだだよ」
 こいしちゃんは、わたしの仕草を真似るように、男の子を顎で指した。わたしは馬鹿のフリをすることもできたが、彼女に「やれ」と言われてからやるのでは腹が立つので、自分から男の子の足を持ち上げ、開脚させた。
 胸が疼いている。この子の大事なところを壊すのに興奮しているわけではない。この死体を見て、世間がどんな反応をするのか、それを想像して胸が疼いている。露悪趣味と言われるだろうか、憐まれたりするだろうか、妖怪の仕業だと思われるだろうか。
 「こいしちゃん」
 わたしは虚空に向かって視線を泳がせている彼女を呼んだ。意識がどこかに漂っていたのか、反応があるまで少し間が空いた。
 「なに?」
 「こいしちゃんは、この子の死体を見てどう思った?」
 「んー、悪趣味」
 上等な答えだ。
 わたしは足を思い切り後ろに引いてから、まだ成長段階の「男の子」へ向けて突き出した。
 
 
 「こんなつもりじゃなかった」と、吐き気と、血の臭いと、自分を正当化する意識と、聖への「ごめんなさい」と、たくさんの祝福。
 水面に映る自分の目は、信じられないほどに見開かれている。「またやってしまった」と、「またやりたい」。
 こいしちゃんの声。「お姉さんさ、道具は使わないの?」
 嗚咽とえずきの間から漏れる言葉をどうにか繫ぎ止める。「やった……またやっちゃった」
 
 「どうして止めてくれなかったの」と、「どうだった?」。
 「お姉さん?」
 わたしは感情を殺した。感情の方から「殺せ」と申し出があった。
 「大丈夫?」
 頷く。小刻みに震えてると言った方が正しい。
 血溜まりの中に沈む男の子を、わたしは見た。客観的に見れた。客観的に見て、男の子はただ死んでるだけだった。
 陽が沈みかけている。カラスの鳴き声が、わたしには警告に聞こえる。
 「ねえ、どうして殺してから去勢するの?」
 「それより、手伝って」わたしは食い気味に言った。「この子を隠さなきゃ」
 「どこへ?」
 この娘は質問ばかりするな、とわたしはイライラしていた。コミュニケーション能力が欠如していることの証左だ。
 考えなければいけないのに、この娘の存在が思考を邪魔した。
 「ねえ、どんな場所に隠すの」
 わたしは一息ついた。すんでのところで、この娘に酷いことを言いそうになる。
 
 「ええと……」わたしは周囲を見回した。木しか生えてない。死体を隠すなら森の中の方が都合がいいだろうけど、それではわざわざ死体に手を加えた意味がない。「見つかりっこなさそうでも、見つかるような……そんな場所がいい」
 「だったら、この森の中でもいいと思うよ」
 「そう?」
 「ここにも案外、いろんな人が住んでいるからね」
 彼女の目をじっと見つめる。わたしにサードアイがあれば、と思ってしまう。この娘が嘘をついていないか暴けるのに。
 「信じていいの?」
 「勝手にしてよ」
 「……」
 「信じたいものを信じればいいのよ」
 こいしちゃんは傍に転がっていた、二番目に殺した方の男の子を担ぎ上げた。最初に殺した方は、そのままこの場所に放置することに決めた。
 「ね、こいしちゃん」わたしは言った。「聖には内緒よ、このことは、絶対に。あなたも同罪なんだからね」
 「わたしは罪とは思わないけどね」いけしゃあいけしゃあとこいしちゃんは言った。「自然の形じゃない、こんなこと」
 「約束して」
 彼女の肩を掴み、強い口調で言った。
 「いいよー」あまりにも軽々しく承諾するので、拍子抜けしてしまった。「そのかわり、またちょうだいね」
 「……うん」

 
 彼女は彼女の、わたしはわたしの帰るべき場所へと帰った。
 門の前で飽きもせずに終日掃き掃除をしている響子ちゃんが、門番かなにかに見えた。通りかかると、響子ちゃんは近所迷惑も甚だしき大声で「お帰りなさい」と挨拶してくれた。
 「ただいま」
 「遅かったですね、聖さまが心配してましたよ!」
 「響子ちゃんは心配してくれなかったの」
 意地悪を言うと、響子ちゃんは困ったようにもじもじした。
 この子と同じくらいの背丈の、未来ある少年の命を、今日だけで二つも奪った。この娘はわたしの殺人癖となんにも関係ないのに、まるでわたしの罪が実体を持って、いま目の前に立っているのではないか、などと考えてしまう。
 わたしは響子ちゃんの頭を撫でた。響子ちゃんが恐縮して苦笑を浮かべた。
 「響子ちゃん」
 「は、はい」
 「あんまり遅い時間に外に出てちゃダメですよ」
 「大丈夫ですよ、わたしだって妖怪だし……」
 「ダメよ」
 断固とした口調に、響子ちゃんの体が強張った。
 「こんな時間に外を出歩いてたら、悪い人に連れてかれちゃいますからね」

 
 翌朝。
 托鉢と称して出かけた一輪が、青白い顔をして帰ってきた。わたしは期待と不安で押し潰されそうになっていた。
 「どうしたの?」
 わたしは声から必死に感情を押し殺した。言葉は意味だけを伴って、ちゃんとわたしの口から出てくれた。
 「里で子供が二人、行方不明になったんですって」
 がっかりしてしまった。まだ見つかっていないのか。
 はやく見つかって。
 だれも見つけるな。

 「……村紗?」
 暗い表情でもしていたのか、一輪がわたしを心配そうに上目遣いで見ていた。
 「大丈夫だって。子供なんてね、そんなもんよ。わたしだって若いときはそこら中を駆けずり回って、みんなを心配させたものだわ」
 「いまでもね」
 バツが悪そうに一輪は笑った。
 「ま、すぐに見つかるでしょう」
 
 一輪の言葉通り、子供はほどなくして発見された。睾丸を潰された無残な姿で。
 殺された子は、命蓮寺を懇意にしてくれている檀家の跡取りだった。彼らの両親の相談を受け、命蓮寺の一同で捜索に出たのだ。
 見つけたのは一輪だったが、見つかったのは二人のうちの一人だけで、もう一人は杳として行方がわかっていない。
 わたしは一輪に死体の状態を尋ねてみた。
 「酷いものだったわ。体の一部が壊されてて……」
 響子ちゃんが息を飲み、聖は神妙に目を閉じて、なにか考え事をしていた。
 「一部って……どこですか?」
 響子ちゃんが尋ねると、一輪は言い淀んだ。
 「その……」
 「一輪、死体はどこを損壊していたの?」
 彼女の反応が面白くて、新鮮で、かわいいから、わたしは追求せずにはいられなかった。恥ずかしいのかしら、それとも、凄惨だったから思い出したくないだけ?
 彼女の口から聞きたかった。第一発見者の、飾らない感想を。
 聖が、ぱん、と手を叩いた。
 「興味本位で訊くことじゃありませんよ」  
 聖が言うと、響子ちゃんは萎縮してしまった。わたしもそれらしく振る舞った。
 「いまは、亡くなられた方の冥福を祈りましょう」
 わたしと響子ちゃんは神妙に頷いた。
 「聖さま、わたし達にできることはありませんか」
 一輪が鬼気迫る表情で聖に言った。聖は力なく首を振った。
 「放っておけないですよ、あんなことを……あんな殺し方をするなんて……妖怪の仕業にしたって……」
 いちばん最初に目撃したとあって、責任を感じているのかもしれない。一輪はいまにも泣き出しそうだった。
 「あなたの気持ちはわかります。しかし、勝手な行動はしないでくださいね」
 聖が一輪の肩に手を置き、諭すように言った。それから、わたし達にも注意喚起をし、部屋を出て行ってしまった。
 
 一輪は俯いて、怒りか無念からか震えている。響子ちゃんが心配して声をかけようとしたが、わたしはそれを遮った。
 「一人にしておきましょう」
 響子ちゃんは不満げだったが、わたしの心遣いと一輪の心境を理解して、頷いてくれた。
 響子ちゃんを連れて部屋を出る折、一輪が叫んだ。
 「気色が悪い!あんな、あんな……」
 わたしはそれを聞き、響子ちゃんに悟られぬよう、限りなく悲劇的な笑みを浮かべながら襖を閉めた。
 まだまだ、工夫の余地はあるということだ。
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コメント



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1.無評価名前が無い程度の能力削除
タグでグロつけて欲しかった。
2.100名前が無い程度の能力削除
妖怪らしい倫理観や価値観が良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
悪趣味
4.100めそふらん削除
村紗が絶妙に気持ち悪くて、面倒くさく言い訳がましいどうしようもなさが良かったです。
5.100南条削除
面白かったです
思想思想言いながら右往左往している村紗がよかったです
一輪の反応が印象的でした
6.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
8.無評価名前が無い程度の能力削除
タイトルがなあ・・・

まあ、フィクションはフィクションなんだし
そう考えればこれもアリではある
9.100名前が無い程度の能力削除
村紗のじっとりとした気持ち悪さとこいしちゃんのうっとおしいかんじがよかったです。