「あら、久しぶりね」
私はそう口にした。目の前には誰もいない、ただ真っ暗な空間が広がっていた。
「私が夢を見るなんて、久しくなかったことよ」
ああ、私は自覚していた。
今、私は夢の中にいる。
意識はしっかりしている。
それでもやはり、ここは夢の中だ。
改めて自覚するとため息が漏れた。
「京の夢、大阪の夢とは言うように、どうせならもっと突拍子もない夢でも見させなさいよ」
誰にとでもなくそう、文句を言った。
まあ所詮、私が見る夢など、どうせたいしたものではないだろう。人のトラウマが見させるのが夢ならば、私にとってそれはただ一つしかないのだから。
「全く、少しは小説の参考にでもなるかと思ったのに」
この夢の原因がわかっているからこそ余裕が私にはあった。なにせ、トラウマの扱いには大層慣れているのだ。
「さっさと、見せなさい。私は恐れないわ」
そう大きな声で言うと、わざとらしく、何もない所にドアが現れた。
「全く、わかりやすいわね。少しぐらいこりなさいよ」
そう口にするが、私は自分の心臓の鼓動が確かに速まったのを感じた。胸に手を当て大きく息を吸う。
「大丈夫。私はあなたを恐れないわ」
ああ、恐れてはいない。これは強がりではない。ただ、自分のトラウマが何かを重々承知しているだけだ
吸った息を吐き出す。心臓の鼓動は収まった。
嫌なものなら見なければいい。それは大きな間違いだ。
トラウマを恐れるからこそ、トラウマは大きくなり続ける。
だが、トラウマが常に近くにあっては心が休まらない。
つまりのところ、大事なのは距離なのだろう。
そんなことを思いながら、私はドアノブへと手を伸ばした。
ふと、匂いした。それに思わず手を止めてしまう。ああ、これはあなたの匂いだ。目を閉じればあなたが私の中でおおきくなってしまう。
閉じそうになった目を開いて、手を再び伸ばす。
今度は扉から、青い触手が伸びてきた。ああこれもあなただ。その触手が腕に絡みついてくる。咄嗟に払いのけようとするのを我慢する。
腕まで登ってきてようやく触手は止まった。紐が止まったことを確認すると私は遂にノブへと手を触れた。金属の冷たさなど感じなかった。そのかわり、あたたかい、そう、生き物が持つ熱を私は手に感じた。
ドアノブは私の見ている前で形を変え始めた。だんだんとそれは見覚えのある形へとなっていく。丸く丸くどんどん変えていく。
流石に眉を顰め、顔を背けそうになったが、伏し目になりながらもドアノブをにらみ続ける。
「大丈夫、私はあなたを恐れない。ええ、恐れないわ」
それが完璧に見知った形になるのを待って、私は手に力を込めた。
「~~~」
どこかで見知ったうめき声が聞こえた気がしてあたりを見渡す。そして、はっとして自分の手を見ると、触手は消え失せていた。ただ、普通のドアノブだけが手に残っていた。無機質な金属の感触がすこし心地よかった。
「さて、どうしたものかしらね」
次に備えようとしたとき、ひとりでにドアが開こうとした。慌ててドアノブに力を籠める。
「~~~」
まただ、どこかで知っているうめき声がした。まるで手から逃げるようにドアは開こうとする。何故だか知らないが、無性にそれを邪魔したくなった。
両手でノブをつかむと、うめき声は少し大きくなった。暫く、力は拮抗していたが、急に一段と力が強くなった。私もそれに合わせて両足で踏ん張る。だが、僅かに向こうのほうが力が強かった。少しずつドアの向こうから光が漏れてくる。
そしてその光がだんだんと私の顔へと差し掛かる。私は力を振り絞った。うめき声はされにおおきくなる。ドアの向こうの光が完全に私を捉えた時、ついに開いた。私の瞼は開いた。
目をパチパチとすると目の前ではあなたが必死に何かを引っ張ていた。それは彼女から延びる青い紐だった。
そしてそれをたどっていくと、誰かの手がしっかりと握りしめていた。ああ、私の手だった。そこまで確認した時、ようやくあなたは私の目をみた。髪の毛をぼさぼさにしたあなたはすこし涙目になっていたが、私を見るとホッとしたようであった。
「~~~」
彼女の口が何かを言った、だがまだ脳が覚醒しきっていない私には何も聞こえなかった。ええ聞こえなかったのよ。
寝返りをうって私はそのままもう一度ゆっくりと目を閉じた。
うめき声がどなり声に変わった気がするが気のせいだろう。ああきっと気のせいだ。布団の中にすっぽりと頭まで入った私はそばの紐に腕を絡めた。ああおまけにもう一周、そしてよぶんにもう一周。
次はどんな夢を見るだろうか?トラウマとは適切な距離を保つべきだとは言ったが、今はトラウマを感じて眠りたかった。
きっと起きた時にはあなたはいないわよね。ならこれぐらいは許されるはず。
私はそう口にした。目の前には誰もいない、ただ真っ暗な空間が広がっていた。
「私が夢を見るなんて、久しくなかったことよ」
ああ、私は自覚していた。
今、私は夢の中にいる。
意識はしっかりしている。
それでもやはり、ここは夢の中だ。
改めて自覚するとため息が漏れた。
「京の夢、大阪の夢とは言うように、どうせならもっと突拍子もない夢でも見させなさいよ」
誰にとでもなくそう、文句を言った。
まあ所詮、私が見る夢など、どうせたいしたものではないだろう。人のトラウマが見させるのが夢ならば、私にとってそれはただ一つしかないのだから。
「全く、少しは小説の参考にでもなるかと思ったのに」
この夢の原因がわかっているからこそ余裕が私にはあった。なにせ、トラウマの扱いには大層慣れているのだ。
「さっさと、見せなさい。私は恐れないわ」
そう大きな声で言うと、わざとらしく、何もない所にドアが現れた。
「全く、わかりやすいわね。少しぐらいこりなさいよ」
そう口にするが、私は自分の心臓の鼓動が確かに速まったのを感じた。胸に手を当て大きく息を吸う。
「大丈夫。私はあなたを恐れないわ」
ああ、恐れてはいない。これは強がりではない。ただ、自分のトラウマが何かを重々承知しているだけだ
吸った息を吐き出す。心臓の鼓動は収まった。
嫌なものなら見なければいい。それは大きな間違いだ。
トラウマを恐れるからこそ、トラウマは大きくなり続ける。
だが、トラウマが常に近くにあっては心が休まらない。
つまりのところ、大事なのは距離なのだろう。
そんなことを思いながら、私はドアノブへと手を伸ばした。
ふと、匂いした。それに思わず手を止めてしまう。ああ、これはあなたの匂いだ。目を閉じればあなたが私の中でおおきくなってしまう。
閉じそうになった目を開いて、手を再び伸ばす。
今度は扉から、青い触手が伸びてきた。ああこれもあなただ。その触手が腕に絡みついてくる。咄嗟に払いのけようとするのを我慢する。
腕まで登ってきてようやく触手は止まった。紐が止まったことを確認すると私は遂にノブへと手を触れた。金属の冷たさなど感じなかった。そのかわり、あたたかい、そう、生き物が持つ熱を私は手に感じた。
ドアノブは私の見ている前で形を変え始めた。だんだんとそれは見覚えのある形へとなっていく。丸く丸くどんどん変えていく。
流石に眉を顰め、顔を背けそうになったが、伏し目になりながらもドアノブをにらみ続ける。
「大丈夫、私はあなたを恐れない。ええ、恐れないわ」
それが完璧に見知った形になるのを待って、私は手に力を込めた。
「~~~」
どこかで見知ったうめき声が聞こえた気がしてあたりを見渡す。そして、はっとして自分の手を見ると、触手は消え失せていた。ただ、普通のドアノブだけが手に残っていた。無機質な金属の感触がすこし心地よかった。
「さて、どうしたものかしらね」
次に備えようとしたとき、ひとりでにドアが開こうとした。慌ててドアノブに力を籠める。
「~~~」
まただ、どこかで知っているうめき声がした。まるで手から逃げるようにドアは開こうとする。何故だか知らないが、無性にそれを邪魔したくなった。
両手でノブをつかむと、うめき声は少し大きくなった。暫く、力は拮抗していたが、急に一段と力が強くなった。私もそれに合わせて両足で踏ん張る。だが、僅かに向こうのほうが力が強かった。少しずつドアの向こうから光が漏れてくる。
そしてその光がだんだんと私の顔へと差し掛かる。私は力を振り絞った。うめき声はされにおおきくなる。ドアの向こうの光が完全に私を捉えた時、ついに開いた。私の瞼は開いた。
目をパチパチとすると目の前ではあなたが必死に何かを引っ張ていた。それは彼女から延びる青い紐だった。
そしてそれをたどっていくと、誰かの手がしっかりと握りしめていた。ああ、私の手だった。そこまで確認した時、ようやくあなたは私の目をみた。髪の毛をぼさぼさにしたあなたはすこし涙目になっていたが、私を見るとホッとしたようであった。
「~~~」
彼女の口が何かを言った、だがまだ脳が覚醒しきっていない私には何も聞こえなかった。ええ聞こえなかったのよ。
寝返りをうって私はそのままもう一度ゆっくりと目を閉じた。
うめき声がどなり声に変わった気がするが気のせいだろう。ああきっと気のせいだ。布団の中にすっぽりと頭まで入った私はそばの紐に腕を絡めた。ああおまけにもう一周、そしてよぶんにもう一周。
次はどんな夢を見るだろうか?トラウマとは適切な距離を保つべきだとは言ったが、今はトラウマを感じて眠りたかった。
きっと起きた時にはあなたはいないわよね。ならこれぐらいは許されるはず。
愛しきトラウマとの距離が少しだけ縮まったように思えました
素敵な話でした